十年以上も前の話、ヘルシング邸の一室にて。

「最も恐るべき化け物とは何か、わかるかねインテグラ」

 インテグラの父親である先代ヘルシング卿『アーサー・ヘルシング』がインテグラへと問いかける。

「……吸血鬼」
「そうだ、その通りだよ。我らが宿敵吸血鬼だよインテグラ。では何故吸血鬼はそれほどまでに恐ろしい?
 吸血鬼は弱点だらけだ。にんにくを嫌い、十字架を嫌い、聖餅や聖水は身を焼く。
 川・海・湖畔・流れる堀を渡れず、太陽に目をそむけ、聖書に耳をそむけ、ほとんどの吸血鬼は夜しか動けず、安息のねぐらは唯一ツ、暗く小さな棺だけ。
 それでも吸血鬼は無敵のモンスターと呼ばれる。インテグラ、何故だかわかるかな?」

 アーサーの問いに黙り込むインテグラ。おそらくその答えを考えているのだろう。
 そしてしばらく経った後、口を開いた。

「狼やコウモリを操ること?」
「それは決定的ではない」
「心臓にくいを刺さないと死なない?」
「少々役不足だ。倒す法はそれに限らん」
「他人の血を吸い、いくらでも仲間と下僕を増やす?」
「それは確かに恐るべき事だ。だが無敵か、とは少し違う。もっともっともっともっと単純なことだ」
「……力が強い?」

 インテグラが最後に答えた「力が強い」という答え。それを聞いて満足したかのようにアーサーが笑う。
 そしてニヤリと笑ったまま、アーサーがその答え、吸血鬼が無敵たる所以を話し始めた。

「そうだ。吸血鬼はとっても力持ちなんだよ、インテグラ。
 反射神経、集中力、第六感、身体能力、特殊能力、耐久力、吸血能力、変身能力、不死性、etc,etc.
 しかし最も恐るべきはその純粋な暴力……『力』だ。人間達を軽々とボロ雑巾のように引きちぎる。
 そしてたちの悪いことに、吸血鬼達はその力を自覚している。単一能としてでなく、彼らの理知を持って力を行使する『暴君』だ。吸血鬼との近接戦闘は死を意味する」

 考えただけで震えが来るような恐ろしい内容。インテグラはそれを少し想像し……背筋に怖気が走るのを感じた。
 そして最後にアーサーが、僅かながらの訓戒を加え、この話は終わりを告げる。

「いいかねインテグラ、吸血鬼とは知性ある『血』を『吸』う『鬼』なのだ。これを最悪といわず何をいうのか」


第六話『ELEVATOR ACTION』(6)


「ヤクトミラージュ、モード3……いける?」
『No problem.』

 時間はアーカードが屋上に来るほんの少し前まで遡る。
 スバルの念話を受けた後、何者かが壁を駆け上がる音が響いた。
 壁を駆け上がれるという事は、相当の速度が出ているはず。そう判断し、近くにあった建物(実際はホテルの一部なのだが、便宜上建物としておく)へと潜み、いつでも撃てるように長距離狙撃用の形態『カノンモード』へと切り替えた。

「そいつがクロス……いや、ヤクトミラージュのモード3か」

 この形態を見せるのは初めてだからか、ヴィータは多少驚いているようだ。まあ、このような人間には到底扱えないような大砲を見て「多少」驚く程度ならまだいい方かもしれない。
 何しろティアナはこれを初めて見たときは、製作者の(主にシャーリーの)頭の中身を疑ってしまった程だ。元のロングレンジ用だったクロスミラージュ・モード3を転用・改修したと聞いていたとはいえ、こうなるとは思っていなかったらしい。
 ……まあ、このような蛇足は置いといて、現在の状況へと再び目を向けるとする。
 壁を駆け上がってきた存在、アーカードが屋上へと着地する。それを見てティアナは一瞬だけカノンモードを解こうとするが……

「血が止まらない……ただのトランプでも能力でもないようだな。面白い、面白いぞ。
 あはは、あはははは、はははははははは。あいつらだ、あいつらだ。ひどくおもしろいぞ」

 血まみれのアーカードと、その狂的な笑いが解除を止めた。
 これだけ血が出ているということは、近くに敵がいるという証明。そしてアーカードが「面白い」と言うからには、相当の強敵である。
 その直後、アーカードの背後にもう一人現れる。状況からして彼も壁を駆け上がってきた、すなわちアーカードと戦っていた相手だ。見覚えの無い人物が壁を駆け上がるなど、それ以外に理由は無い。
 そう判断したヴィータは、ティアナへと言った。

「ティアナ、今からあたしが言う通りに動け」


 さて、再び元の時間に戻るとしよう。

「悲鳴をあげる?この私が?まだわからないのか、おめでたいねアーカード君。脳みそまですっかりとおめでたくなったんですかあァ……」

 トバルカインがトランプを数枚構え、アーカードへと狙いを定める。そして構え、

「ねえッッ!」

 思い切り投げた。屋上の床を切り飛ばし、ティアナ達が陣取っている建物を三枚におろす。
 切り刻まれた衝撃で倒壊する建物。それにより巻き上がる大量の埃。アーカードはそれに紛れ、姿を消した。

「また逃げかね?無駄な……!」

 その時だ。切り裂かれた建物の方から、一発の強烈な魔力弾が飛んできたのは。
 トバルカインが魔力弾の方を向き、トランプを数枚投げて相殺。そしてその方向を見やると、その背丈ほどの大きさの砲を構えたティアナがいた。


「嘘、防がれた!?」

 崩れた建物では、ティアナが驚愕の表情を浮かべていた。
 今放った攻撃は、カノンモードの本来の使い方――長距離から一撃で仕留めるための攻撃。それ故に威力も相当のものだったはず。
 だからこそ、完全に相殺されたことに驚いているのである。最低でも少しはダメージを与えられると思っていたのだ。

「ヤクトミラージュ、モード1!」
『Guns Mode.』

 今ので居場所が知られた。だが幸い近くにアーカードやヴィータはいない。
 ならば少しでも注意をこちらに向けるべき。そう考え、ガンズモードへと切り替えて構える。

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 連射、連射、連射、連射。
 二挺の銃の引き金を何度も引き、トバルカインの方へと大量の魔力弾を撃ちまくる。
 対するトバルカインは、手持ちのトランプを使って全て相殺するが、それでも連射は止まらない。

「こぉおォォのおォォお小ぉォ娘ェぇがあぁあッ!なあぁめェえェぇるゥううなあAAAAああ!!」

 ティアナの徹底的な魔力弾の連射に、トバルカインは徹底的なトランプの連射で応える。
 もう彼の視界にはティアナしか入っていないのだろう……それが彼女らには好都合である。
 なにせ、ティアナに注意が向けば向くほど……本命であるヴィータの攻撃を叩き込みやすくなるのだから。

「ラケーテン!ハンマァァァァーーッ!!」

 上空からの咆哮が響く。そこから迫るのは、赤い服を着てハンマーを持った少女、ヴィータである。
 グラーフアイゼンを強襲形態『ラケーテンフォルム』へと切り替え、片側のブースターで一気に加速。『ラケーテンハンマー』と呼ばれる大技を叩き込まんと急接近する。
 トバルカインがそれに気付き、上を向いてヴィータを見つけた。


 ヴィータが先ほど指示した内容とは、こうである。
 まずはティアナがカノンモードを使った狙撃を行う。これで倒せるようならばそれで終了。倒せなかった場合はガンズモードでの連射で、可能な限りティアナに注意を惹きつける。
 そしてティアナに注意が向いている間に、ヴィータが敵の死角でもあるだろう空中で目いっぱい加速をつけ、ラケーテンハンマーを叩き込むという内容だ。
 先ほどティアナの隣にヴィータがいなかったのは、埃に紛れてトバルカインの上へと移動していたからである。


 彼にとって幸いだったのは一つ、迫るヴィータに早いうちに気付いたことだ。速度は速いが、吸血鬼の反射神経なら十分対応できる距離。
 そして不運だったのは二つ。一つはヴィータに注意を向けたこと。それにより魔力弾への迎撃が緩くなり、その結果相殺されずに残った弾があり、トバルカインへと命中。急所ではなかったのか、まだ十分動けるようだが。
 そしてもう一つ。これはこの連携を仕掛けたティアナとヴィータも予期していなかった事だが……

「リボルバァァーー……!」

 スバルがリボルバーシュートを構えながら、ウイングロードを通ってここに近づいている事である。
 そして魔力弾命中によって生まれた隙……もはや回避は不可能。そして、

「シュゥゥゥゥーーートッ!!」
「ぶち抜けぇぇぇぇーーーッ!!」

 着弾。そしてそれと同時に再度、大量の埃が舞った。

「やった!?」
「いや、まだだ。あの野郎、当たる直前に致命傷を避けてる。それでも相当ダメージはあるだろうけどな」

 着弾時の手ごたえ。ヴィータにしてみれば、あれは「仕留め切れなかった」時の手ごたえ。それが「トバルカインは生きている」と教えていた。
 だがそれでも、相当のダメージはあるはず。なにせ、今の攻撃で屋上の床に大穴が開いているのだから。


 そしてホテル最上階。屋上から床ごと叩き落とされたトバルカインがそこにいた。
 周囲には依然、大量の埃が舞っていて、それが彼の姿を隠している。

「小娘どもめぇェ……しゃらくさい真似を!」

 このままでは彼もおさまりがつかないだろう。これだけやられているのだから。
 天井の穴から屋上へと戻ろうとし、跳ぼうとする。だが彼はすぐにそれをやめた。
 自身の背後に何かの気配。それに向けてトランプを数枚投げつける。
 そしてその「何か」の正体を知ったとき、トバルカインの目が驚愕に見開かれる。

「なァあ!?」

 その「何か」とは、アーカード……いや、正確には拘束制御術式を解いたことによって作り出された『分身』。それがカスールを構えていたのである。
 分身は三つに切り裂かれ、無数のコウモリとなって消えていく。
 そして後方からの気配。同時に銃声が鳴り響く。
 間一髪でトランプを使い弾き返すトバルカイン。そしてその方向にトランプを投げる。
 そちらにいたのは、かつてルーク・バレンタインを喰ったものと同じ犬。それがジャッカルを撃っていた。弾丸が尽きているにもかかわらず、それでも引き金を引き続けている。
 トバルカインの心が恐怖に染まり始め、顔を冷や汗が伝う。そんな時に三度、背後からの気配。

「なあ!」

 右手に持っていたトランプを背後の何者かへと投げるべく、構える。
 だが、その何者か――言うまでもないだろうが、アーカードだ。――の行動の方が早かった。
 トバルカインの右腕を掴み、トランプを封じ込める。
 そしてそのまま左足で、トバルカインの右足を蹴りちぎった。骨折音と肉の裂ける音、そしてそれに合わせてトバルカインのうめき声が聞こえた。
 だが、それだけでは到底終わらない。アーカードは自身の右手を貫手にして構え、弓を引き絞るように引き、

「悲鳴をあげろ。豚のような」

 矢のような貫手をトバルカインめがけて振るった。

「うッおおぉ」

 対するトバルカインも左手にトランプを構え、放とうとする。
 だが、それよりもアーカードの貫手が届く方が早かった。左手を引き裂き、そのまま腕を伝って顔面を掴もうと進む。
 そしてトバルカインの左腕がなくなる頃には、アーカードの右手がトバルカインの顔面へと届いていた。

「王手詰み(チェックメイト)だトバルカイン。さあ、私との約束を果たしてくれ。私の使命を果たさせてくれ」

 恐怖に震えるトバルカインに対し、アーカードが言い聞かせるように言う。
 もちろん顔は掴んだまま。どうやら逃がす気は無いらしい。

「洗いざらいしゃべってもらおう。お前の命に」

 もとより言葉で話すつもりはない。それよりもさらに確実な方法があるのだから。
 両手でトバルカインの顎を強引に上げさせ、口を大きく開ける。
 そして次の瞬間、トバルカインの首へと食らいついた。
 首を噛み砕きながら、トバルカインの断末魔をBGMに、その血を思い切り吸い取る。

「Sie...e......da...Heil!」

 不意にトバルカインの口から、何かの言葉が紡がれた。喉が砕かれているせいか、よく聞こえないし、聞き返すこともかなわない。
 何故なら、その言葉を言い終えた直後、トバルカインが突如発火したからだ。
 アーカードを巻き込み、ホテルの最上階に燃え広がり、そしてトバルカイン・アルハンブラはただの消し炭と化した。

「HA!HAAAAAAA!!」

 そして一方のアーカードは、自身に燃え移った炎を振り払い、ただただ笑い続けていた。

 これは完全に蛇足だが、この炎はその後アーカード達が脱出してからも燃え続け、その結果ホテルが半焼してしまったようだ。


「向こうの時間から考えると……実験は終わった頃か?」

 ミッドチルダ某所。スカリエッティが自身の研究所で、時空管理局地上本部襲撃の準備を整えている。
 クアットロとセインは地球に残してきたのだが、順調に行けば作戦開始までには少佐と合流できるので問題は無い。
 ……余談だが、セインとの通信が繋がりにくかったのはミッドチルダから通信を送っていたからである。

『ザザ……ター……ドクター?……』

 セインから実験終了を知らせる通信が入ったのは、ちょうどその時だった。


「そうか、アーカードは結局警官隊を皆殺しにしたか……」

 セインから実験で起こったことを聞くスカリエッティ。その表情はどこか予想通りといったような表情をしている。
 少佐から聞いていたアーカードの人物像……もとい、吸血鬼物像から、この結末は予想できていたようだ。

「分かった。ならば私達が戻るまで、クアットロとともに少佐達の所にいてくれ。
 それと……その実験の映像、合流したら見せてもらうよ」
『ドクター、ひょっとして死体愛好家のケでも……』
「そういう事は絶対に無いから安心するといい」

 そう言って通信を切るスカリエッティ。時計を見ると、もう作戦決行の時間だ。

「時間か……クク、ハハハハ……」
「楽しそうですね」

 地上本部襲撃がそんなに嬉しいのか、突如笑い出すスカリエッティ。そんな彼に話しかけてきたのは、戦闘機人『ウーノ』だ。
 そんなウーノに対しスカリエッティは、彼女の言うところの「楽しそう」な表情を崩さぬまま返答した。

「ああ、楽しいさ。この手で世界の歴史を変える瞬間に、研究者として、技術者として、心が沸き立つじゃあないか。そうだろう、ウーノ?
 我々のスポンサーにとくと見せてやろう。我らの思いと、研究と開発の成果をな……さあ、始めよう」

 号令とともに、地上本部への襲撃が開始された。

TO BE CONTINUED

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最終更新:2007年11月27日 23:30