「あんた、今度でいくつになるんだっけ」

 

 

 最愛の妻の、髪よりやや色の濃い下生えをかき分け、あらわれたなだらかな肉丘にねっとりと舌をからめながら、そんな言葉をバラッドは思いだしている。

 ここに来る数日前、よそ行きの試着をしていたときにララから言われた言葉だ。

 

 

「え、なんですやぶからぼうに。自分の年聞いてどうするつもりです」

「どうもしないわよ。いくつだって聞いてんの」

 試着するからこいと呼ばれて訪れたのは、グシュナサフの家の居間だった。昼日中のことだったので、主人の男は仕事で留守だ。

 驚かせたいので、当日までどんな格好かはないしょです。

 そうことわりを入れたので、今日はコロカントも同席していない。

 バラッドと、ララと、すこし離れたゆりかごの上で手足をばたばたとさせてひとり喜んでいる、赤ん坊の三人だけの、静かな室内だ。

「ええと、永遠の十七歳、なんちゃって。えへ」

「頭にえてるの。ばかじゃないの。で、いくつなの」

 ララが仕立て屋から試着のために借りて来た服は数着あった。一着袖を通してすぐに帰るつもりでいたバラッドは、正直すこし面食らったのだ。

 あんたは別にどうだっていいけど。

 叙勲や謁見に出るわけではない、ただの休暇に着ていく服にたいして、ちょっと大仰すぎないかとぼやいた彼に、用意した上着やズボンを軽く広げながら彼女は言った。

 せっかくのお出かけに、一生懸命おしゃれしてくる姫ちゃんの横に、イマイチなのおけないでしょ。

 シャツの紐を結び、最初の一着に袖をとおしながら、バラッドは情けない声をあげる。

「えええぇ……、なんで聞くんです?あんたの旦那さんと同じなんだから、わざわざ自分に聞く必要、あります?あのもしかして、おっさんは姫の横に並んじゃかわいそうーとか、気を利かせて三歩うしろから歩けーとか、そういう、精神攻撃とかチクチクかけたい系です?それになんていうかもう三十過ぎてから、自分がいくつか数えるのが面倒で数えてないっていうか」

「ごちゃごちゃ言わない。早く言う」

 かえす彼女はにべもない。

「はあ……、ええと……、なんだかなあ。……、姫が十七だから、えーと、それににじゅうにこ足しますよね……いま自分三十八?……じゃないか、九?……うわあ。考えたくない。考えたくない。考えたくない」

 あらためて考えるまでもなく年の差は歴然だ。しかたなく計算した数字が口に出ていて、彼は思わず頭を抱えたくなった。

 

 

 その二十二の年の差がある妻を蹂躙(じゅうりん)している。

 

 ぴく、ぴくとちいさく震えがはしる内股以外は、コロカントはバルコニーで食われるのをあきらめて受け入れることにしたようだ。

 片腕を顔に押し付け、声を押し殺して、快感をなんとか最小限におさえようと懸命になっている。それがよけいに男をあおる仕草だとは気づいてもいない。

 声を出すまいとされると、なんとか声をあげさせたくなるもので、バラッドはゆっくりと伸ばした中指を彼女の内へ沈めながら、その沈めたはずみであふれてきた蜜を舐めあげた。

 そうして不思議だなと思う。

 わりと多人数を相手にしてきた自覚がバラッドにはある。自慢にはならないが仕方がない。そういう流れだったのだ。いまはそう思う。

 なれている商売女も、ぎこちなく見せる市井の女も、反応も体型もさまざまで、けれどこうして秘部を舐めることに、そこまでのこだわりはなかったはずだった。

 単純に、快感だけ求めるなら、突っ込めば男は気持ちがいい。こうして手順を増やすだけ実は面倒なのだ。

 それをあえて焦らすのは、ただ、がっつくと女からばかにされるだとか、いきなり突っ込むと女は痛いだとか、余裕のある人間にみられたいだとか、そんな見栄からだ。

 なのに、こうして妻を鳴かせることは純粋に楽しい。いつまでもなぶっていられる自信がある。突っ込んで快感を得たい気持ちはもちろんあるけれど、その前に存分に焦らして、焦らして、飢えた犬のようにぎりぎりのところまで持っていってから、ようやくごちそうにありつくというのも悪くはないなと最近気がついた。

 それが、不特定多数の女だからでなく、たったひとりの彼女だからそうなのだ、というところまで、バラッドにまだ自覚はない。

 

 最初は塩気のあるだけだった彼女の蜜が、次第にむっと女のにおいを漂わせるようになる。

 内に沈めている中指の先を、彼女の腹側にあてる。そこが彼女のちょうど「いい」ところだということを、彼はとっくに知っていた。

「バ、バラッ……!」

「しー」

 なだめるようにとんとんと、その感部へ指の腹を当てながら、にやけている内心とは裏腹におおまじめな声を出していさめる。

「見えないつくりにはなってますけど、……バルコニーですからね。姫の気持ちいい声が、誰かに聞かれちゃうかもしれませんねぇ」

 嘘だった。

 この宿が、広さに反してひと晩にふた組しか客を泊めないのを彼は調べてあって、そうして今日、自分たちのほかに泊り客がいないというのも事前に確認済みだ。

 結婚してはじめての休暇だった。とことんまで邪魔をされずに過ごそうと計画したのだ。ぬかりはない。

 声が聞かれてしまうと脅しながら、バラッドはさらに顔を寄せ、彼女の谷間につつましく隠されている肉芽をさぐりだすことに専念する。

 ――現実を直視しなさいよ。

 舌先でつつきながら、あきれたララの声がまた耳奥によみがえる。

 

 

「……考えたくない。考えたくない。考えたくない」

 半分冗談、半分本気で耳を押さえるバラッドに、あきれたララが腰に手を当てて眉をしかめた。

「現実を直視しなさいよ。逃避しない。あんた、いま三十九なのよね。三十九。三十九で、それで、いったいいくつまで生きるつもりなの」

「え、いくつまでって……、そりゃ、人間死ぬまでは生きているってものの本に」

「そう言う、哲学めいたこと聞いてるんじゃないのよ」

 長さをはかり、仮どめしながら、すこし離れて女はバラッドを上から下までじろじろと眺めた。

「うーん。だめじゃないけど……、ちょっと堅苦しいか。だめね。はい次」

 二着目を渡され、今着ているものを脱ぐようにうながされる。

「ええ……、なんか今日、いつもよりやたら追及きびしくないですか。……俺、なんでこんなこと聞かれなくちゃいけないんです?」

「いいから。ほら、とっとと着る。とっとと言う」

「……えーと、いま三十九?……ええと、そうですねぇ。……昔は五十あたりでおっ死ぬのが理想だって思ってましたけど。……まあ、いまは、五十じゃちょっと短いかな、六十くらいまでは、できれば生きていたいなって欲が出ました。……あと二十年ほどですか」

「あと二十年。そう。姫ちゃんひとりにして?」

 

「……、……なにが言いたい、」

 

 袖を抜く手が一瞬止まった。一拍おいてまた脱ぎだした彼の喉からこぼれたのは、かなり低音の、はっきり言っておどしの混じった剣呑な声だ。

「ふつうに考えたら、病気や事故でもないかぎり、あんたが先に死ぬわよね」

 彼の低音にもまるで動じないララは、脱いだ一枚目を受け取りほら早く、と彼の試着を急かす。

「年をくったものが先に死ぬ。それはもう、生きてるものの道理よね」

「……だからなにが」

「生きて。それでさっさとよぼよぼになって、あんたは死ぬ。……あんたはいいのよ。年下の可愛い奥さんに看取られて、ご満足な、しあわせな一生でしょうよ。――あんたはね。でも、あとに残される姫ちゃんは、あんたが死ぬとき、ようやく今のあんたと同じくらいの年だって、あんた、わかってる?」

「……わかって、」

「わかってない。だってつきつめて考えたことある?ないでしょ?考えないようにしてるでしょ?あんたが死んで、そうして今度は姫ちゃんがババァになって死ぬまで、ずうっと、ひとりで生きていかなきゃならないって考えたことある?」

 女はほほ笑んでいるが、こちらを見る目は笑っていなかった。からかいや悪ふざけで口にしているわけではないのだとバラッドに伝えている。

「次のいいひとをまた見つけてー、だとか、そう言うことじゃないのよ。もちろん、次がすぐ見つかる場合もあるかもしれない。女ひとりで生きていくのはなにかと不自由だし、ババァになっても姫ちゃんはきっと可愛いババァだろうから、もらい手だってたくさんあるかもしれない。でもあたしの言ってるのは、そう言うことじゃないの」

 ララに半ば睨まれて、彼は二着目に袖をとおす。

 すこし離れてうーん、と首をひねった彼女がだめ、次と三着目をこちらによこした。

「悪くないけど。でもちょっとだぶついてるかな。あんたはぴっちり体に沿うのがいいと思う」

 言って女は彼の顔をあらためてながめ、そのしかめっ面に吹きだした。

「なにそんな叱られたガキみたいな顔してるのよ。だからこんがらがってる男はいやなのよ。あたし、あんたのこと、いじめるつもりで今日呼んだわけじゃない」

「……、」

 いじめるつもりがないのなら、この現状は何だ。そう言いたかったが、言えばその倍小言が返ってきそうだったので、バラッドは無言で三着目を手に取り、のろのろ着替えはじめた。

 

「……言っとくけど、ここからは完全にあたしの邪推よ。グシュナサフに吐かせたわけでも、姫ちゃんを問い詰めたわけでもない」

 彼女は言った。促したくもなかったけれど、口を開くのもいやだったので、バラッドは手首のカフスをとめる動作に集中する。

 

「あんた、子供が怖いのね」

 

 言われてぎくんと肩がゆれ、指がすべる。

 すべった拍子にカフスがひとつ、床にころがり、その彼の動揺に、ララは軽くため息をつき、脇のゆりかごで足の指を口へもってゆきしゃぶる我が子をながめた。

「……最初はね、子供がきらいなのかなって思ってた。この子が生まれても、なかなか理由つけてこなかったでしょ。泣く声が耳ざわりだとか、ぐにゃぐにゃしてて気味悪いとか、単純に粗相(そそう)がくさくていやとか、そういうひともいるでしょ」

 でも、と女は赤ん坊に手を伸ばし、指の背でかるく頬をなでて、目を細める。

「あんたは、きらいなわけじゃない」

 ここに来る三日前から煙草をひかえ、体も清め、最大限身ぎれいにして、そうしてようやくバラッドはグシュナサフとララの赤ん坊と対面することができたのだった。

 おっかなびっくり、抱かせてもらった先ごろを思い出して、ああしまったなと内心舌を打つ。

 無関心を装うべきだった。

 

「……出産に、あまりいい思い出がなくてね」

 三着目の黒い上着をととのえ、ララに向き直ると、あらいいんじゃない、頷いた彼女が、次はズボンを投げて寄越す。

 どう答えて言い逃れようか、バラッドは一瞬考えたが、しぶしぶ口を割ることにした。結局それが一番追及されずにすむからだ。

「……ずっと昔、お産で命を落とした身内がいたんでね」

「姫ちゃんが、そうなるって思ってる」

「……、」

 ああいやだな。眉間に皺をよせてそう思う。この夫婦には、古傷をえぐられっぱなしだ。

 ズボンを穿くと、近くに寄った彼女が裾の長さをあらためはじめた。大人しく、されるがままに任せるバラッドは手持無沙汰だ。なのでなんとなく、彼女が先にみていた赤ん坊に目をやる。

 まんまるな瞳で、赤ん坊は彼をじっと見上げていた。純粋、だとか無垢、というのはこういうことだろうなと感心する。まだなにも知らない、苦しみも悲しみがあるということも知らない、まっさらなまなざし。

「赤ん坊の目ってきれいですよね」

「なにいきなり」

「……これ、ずっと前からの自論なんですがね。幼い子の白目が青いっていうでしょう。白目が青いって言うのも、なんかおかしなもんだなって思いますけど、でも、そう言いますよね」

「……、言うわね」

「そうして年を取った老人の目は黄色く濁ってるって。まあでも実際、比喩じゃなくて物理的にそうですよね。濁っている。これ、思うんですけど、きっと魂の色なんです。色なんですね。魂の色が、白目に出るんですよ」

 赤ん坊の目を見つめかえしているうちに、ふと言葉がこぼれる。いぶかしげな声を出す女へ、彼はつづけた。

「最初はみんな、青く生まれてくるわけでしょう。なにも知らないきれいな魂だ。……でも、生きるって言うのは、楽しい嬉しいだけのことじゃない。いやなことやつらいことは、こっちの心がまえができていないときでも、いきなりやって来る。誰にだってやって来る。死に目にあったり、望まない別れだってあるわけでしょう。……、たぶんね、そんなことをひとつひとつ覚えていくうちに、だんだん魂がくたびれて、くたびれていって」

 このまっさらな目を持つ赤ん坊には、自分はどう見えているのだろうな。そんなことを思う。

 

「――ところで、ひとつ聞いていいですか」

「なに」

「あんたは……というより、女っていうものは、って乱暴にくくってもいいものかな。腹に子を宿して、死ぬかもしれないとは考えなかったんですか」

 足元にしゃがみこんだララが、ちらと彼を見上げ、一度目を落としてまた見上げた。その目にあ、と思う。ときどきコロカントが見せる、あの不思議な色と同じものをたたえていることに気付いたからだ。

「考えないほどおめでたいと思うの。考えるに決まってるでしょう。ばかね」

「……、」

 考えても仕方ないでしょう、だとか、案ずるより産むがやすしって知らないの、だとか、そうした返しを予想していた彼は、意表を突かれ、思わず言葉を失う。

「子供を産むってそう言うことでしょ。命がけなのはあたり前。できたって知って、ものすごく嬉しくて、ものすごく幸せで、そうしてものすごく怖かったわよ」

「……、」

 これでよし、裾をなおして彼女は立ち上がり、二、三歩はなれてバラッドを眺める。

「うん、いいんじゃない。……あんた、手持ちに赤っぽいサッシュある」

「はあ、……あると思います」

「じゃああとそれ締めて。暑いから、足は靴じゃなくてサンダルよね。……うん、それでいいと思う」

 成し遂げた感の顔になり、残りの服をたたみはじめた彼女へ、なんとなくすっきりしない視線を向けながらバラッドが試着を脱ぎはじめると、

「なんで怖いのに産んだのかって、聞きたい顔してるわね」

「……、……してますか」

「してる」

「……、」

 きっぱり言い切られて苦笑する。まあしているのかもしれないな。そう思った。聞きたかったのは確かだ。

わりと茶化さずにうなずくと、こちらをじっと見ていた女がひとつため息を吐いた。

「本当に男ってやつは」

「はあ、すいません」

 

「あの人との子供だからよ」

 

 そうして言う。

 ひゅっと自分が息をのんだ音が、彼女に聞こえたかどうかは微妙なところだ。

 

「できないわけじゃあ、ないんでしょう」

 続けて彼女は言った。バラッドはなにも返せず、視線だけ赤ん坊の方へ流す。こういうとき誤魔化すための時間を稼ぐ煙管(きせる)は、今日は家に置いてきてしまった。

 いつの間にか赤ん坊は、足の指をしゃぶったまま、とろとろ半目になっている。

「お節介ババァのひとりごとだけどね。姫ちゃんをひとりにしたくないんだったら。……あんた、死ぬほど怖くたって、あとに遺(のこ)してあげなさいよ」

「……のこす、」

「そう。遺す。あんたがいなくなったって、姫ちゃんがひとりでないように。あんたが半分が入ってる、だいじなもの」

 言うだけ言うと、今度こそこちらを見もせず、ララは黙って服をたたみはじめた。

 それ以上なんと答えたらいいか判らなくて、バラッドも口をつぐみ、眠りに落ちる赤ん坊を見つめる。

 そうしてあらためて、女は怖いな、と思った。

 

 

 そういえばコロカントも女だ。

 あたり前のことに今さら思い当たって、バラッドはぐずぐず鼻をすすっている妻をうっとり見上げた。

 見えている肌の全部がさくら色に上気していて、きれいだなと思う。

「どうしました、大丈夫ですか」

「……っ、……っ」

 彼の問いにも言葉はない。

 声を出さないように口を押さえ顔を伏せ、念入りに弄られた彼女は、わりと限界まぎわまで行っているようにも見えた。ここでイキたい、だとか、はやく突っ込んで、だとか言わないのが彼女で、手なれた女ばかり相手にしてきたバラッドには、だいぶん新鮮だ。

 ……言わないというよりは言えないというのが正しいのかな。

 わかっていても、言わせたいのだ。

 太股を伝って膝裏からふくらはぎのあたりにまで垂れた、唾液と愛液のまじりあったものを、つつつ、と指ですくいながら、はあ、と彼はあからさまに落ち込んでみせた。

「姫の声が聞きたいなあ」

「……っ、でもっ、」

 とっくに無抵抗な彼女をひっくり返して後ろ向きに立たせ、あらためて尻を割りながら、ほしくはないですか。谷間の花びらへ舌を這わせてささやいた。

「入れてって、言って?」

「でも、……でも」

 いまのいままで、なまめかしい吐息を吐いていた唇を逆に噛みしめ、コロカントが弱りきっている。

「誰かに聞こえちゃってもいいじゃありませんか。聞くなら聞かせてあげましょうよ」

「そっ、そっ、」

「……そ、?」

「そ、そういうわけにはいかないです……!」

 顔を真っ赤にしてわめく彼女が、まだぎりぎりで踏みこらえている。……ああはやくこっちに落ちてこい。

 舌なめずりをし、そらとぼけてそうですかぁ?答える彼を、きっとにらんだぶどう色の瞳は、けれど潤んでいてまるで迫力がなかった。

「言わないと、入っていいかどうかわかりませんからね。……無理強いはよくない」

 内心にやにやしながら、弱った顔で眉を寄せてみせる。

 ふっくらとした尻たぶを揉みしだき、後ろから唇で食みながら、どうです、とささやくと、とうとうぽろんと涙をこぼした彼女が、いじわる、と今日三度目を呟いた。

 

「いじわるです。いじわるなんですよ。……いじわるな俺、好きでしょう?」

 

 そうしてあやすように尻に口づける。口づけながら彼女の下穿きをゆっくりめくりあげ、

「汚しちゃいますからね。持っていてくださいね」

 尻を突きださせる格好へみちびいて、舌と共に指を二本、差し込んだ。

 もうとっくに、言葉以外は受け入れ態勢でどろどろになっている狭間は、指を差し込んだだけで、つうと愛液をまたこぼす。

 数本入れることで同時に空気もすこし入り込んだようで、それが余計にぐちゃぐちゃとした粘った音をひびかせた。

 

「そうだなぁ。じゃあまた練習しましょうか」

「れ、れん、しゅうっ、」

 羞恥と快感に身を固くし、喘ぎをこらえるコロカントがやっとのことでくり返すと、

「そう。練習。前もやったでしょう。いきなりじゃなくて、段階ふんだら慣れますよって」

 悪魔の囁きのような気もしたけれど、バラッドはそう嘯(うそぶ)く。

「イヤ、はまず禁止です。さ、今からこれを言ったら姫の負けですよ」

「っ……、っ」

 何をもって負けで、負けたらどうなるのか、たいして深い考えもない発言だったのでそこはうまいこと誤魔化しながら、中奥の指をぐるりと回して告げると、コロカントがびくびくと背を反らした。

「いい、っていうんです」

「いっ……、」

「そう。声が出そうになったら、いい、気持ちいい、って」

 言ってみて?内壁への愛撫を一旦解放し、彼は立ち上がると、背後からコロカントに覆いかぶさるようにしてささやいた。

 哀れなほどぎんぎんになっているおのれの雄芯を、着衣のまま彼女の尻に擦りつけ、うながしてみる。

 舌を伸ばし、ほら、としめすと、同じように彼女もそろそろと舌をのぞかせた。それへ遠慮なくからめ、吸いしゃぶる。口内を侵す深いものではなく、ただ舌と舌をからめ合う行為は、どこか軟体動物の交尾にも似ているな、と思う。

 開け放しの彼女の口の端から、飲みこみきれない唾液がこぼれた。

 それがひどく淫靡(いんび)で、ぞくぞくする。

「どうです、」

「……き、もちい、っ……」

「そう。くり返し言ってみてください」

「い、……気持ちいい、……きもち、いい」

「お上手ですよ」

 手早くズボンの前立ての紐をゆるめ、バラッドは彼女のぬるつく陰唇の表面を前後させる。こうして狭間に押し当てるだけで、期待にひくつく入り口の動きが伝わってくる。

 その入り口をノックするように、おのれの切っ先でつつくと、ひくんと肩を揺らしたコロカントが涙目で振りむいた。

 こちらを非難するように見えて、けれどその目には、先まではなかった雌の色がちらついている。

「じゃあもうすこし、進んでみましょうか」

「すすむ……、」

 理性をとかされ、崩されていることに気づかないコロカントが、たどたどしく彼の言葉をくり返す。

「――気持ちいい?」

 喉元に唇を落としながら、バラッドはたずねた。

 敬虔(けいけん)な信者を堕(お)とすときの悪魔は、こんなこころもちなのだろうか。

「きもち……いい」

 そう言えば、悪魔は左耳から囁くらしい。左からの言葉は、脳髄の奥、理性の部分を痺れさせるのだそうだ。

左の耳朶を唇で挟んで、彼はさらに言葉を重ねる。

「これがほしい?」

「……その、」

 ぬるぬると腰をゆらめかさせ、竿の部分で彼女の花びら全体を愛撫しながら、そら、もう一押し。

 バラッドは汗ばむ彼女の体をかき抱き、うっとりと囁いた。

「姫のせいで硬くなったこれを入れてほしい?」

「……バラッドの、」

「姫のせいでがちがちにおっ立った硬くて太いこれを入れてほしい?」

「……がちが……っ、……っ……っ!バ、バラッド!どうして言葉を増やすんですか!」

「やあ、難易度いきなりあげすぎました」

 これ以上ないほど真っ赤になった彼女が、それから気の毒なほど震えはじめたのを見て、……ここまでかな。見はからい、彼が口を開こうとするのへ、

「だめ」

 死にそうに赤くなりながらも首をふり、彼女はきっとこちらを睨みつけた。その真摯(しんし)な瞳に見惚れてしまう。

「……だめって、」

「ぜ、ぜんぶ……全部、言います」

「ああ、……いいんです、言わなくていいですよ。言えないのはわかってたんです。自分が言えなくて困る姫を見たかっただけなんで」

「……だめ」

 どこか頑なに首をふって拒んで、コロカントが言い張った。……まいったな。内心バラッドは頭を掻く。もしかすると、いじめすぎたかもしれない。

「言えます。練習でしょう。全部言います」

「姫、」

「……バラッドの」

 その彼の反省を知ってか知らずか、コロカントはおのれの唇を湿し、思い切ったようにひとつ息を吐くと、

「バラッドの、がちがちにおっ立っ……っ、?!……っ」

 言い切る前にバラッドは唇をうばって封じてしまう。

 重ねた唇の端から呼吸と共に非難の声を漏らし、その華奢なこぶしで胸を叩くのを、知らないふりをした。いまのいままで言わせたかったのに、いざ言ってしまいそうになると、彼女の口からそんな言葉を聞きたくない衝動が湧いて出たのだ。

 勝手なのは百も承知だ。

 彼女の体を引き寄せ、むちゃくちゃなキスで翻弄(ほんろう)した。

 

 指でさんざん焦らされ、言葉でいじめられて、コロカントはわりと限界だったのだろう。

 下腹に屹立を擦りつけられ、口中を弄られたまま、一瞬ぎくんとつま先立ちになったと思うと、そのまま一拍、二拍、指先が白くなるほど、向き直った彼の服を握りしめ、彼女は声もなく達した。

「姫、?」

「だめ……っ、だめ、いま触っちゃ……だめ、」

「だめじゃないでしょう。――気持ちいい?」

「きっ、……きもち、いっ……ぁう」

 口に出しただけでまた軽く震える。

「あっ……、あ、あっ」

「……ああもう本当に可愛いなあ」

 ちゅ、ちゅと汗の浮いた額に唇を落とし、そんなことを呟きながらバラッドは力の抜けたコロカントを抱き上げる。

 彼にすがるように立っていた彼女は、もう抵抗しなかった。

「続きはベッドに行きましょうか」

「……バラッ……、」

「今度はこらえていないあなたの声が聞きたい」

「……っ」

 くすくすと笑いながら、そうしてバラッドは彼女を抱いたまま部屋へと戻った。

 

最終更新:2020年05月06日 23:52