私が初めて叔父の研究室に訪れたのは、今から6年前だった
もともと研究職に憧れていて大学も叔父と同じ生物学を専門に進んでいた
好きなことはとことん突き進む性格もあり、成績も良好で叔父の研究所に就職することができた
「よろしくお願いしますね。叔父さん」
「ここではエドワード所長。そう言ってくれよ…」
叔父であるエドワード・エスターが所長を勤めるエドワード研究所は
主に優秀な遺伝子やより人間に近い人造人間など
先進的な生物学を専門としている
そして本質は櫻の国に存在する御三家「陸月家」の保有する研究所で優秀な悪魔祓い師を作る
御三家とは「海無」「岸織」、そして「陸月」の
一族によって構成された櫻の国に存在する悪魔祓い師の集団を指す
彼らはその血筋に「異形」を殺すことに特化した能力を有していることが特徴だ
始まりは数百年前、共に同じ能力を有した彼らが出会い共に同じ人類の幸福を願って戦いをしてきた
だが、それはもう昔の話だ
すでに時代は、当初の盟約を切り捨てている
悪魔祓いの技術の差、他者への嫉妬に近い醜い争いはすでに殺し合いにも発展していた
「君も聞いてはいるだろう…? あの海無が未だに御三家最強の地位にたち続けていることに」
「はい…」
互いを潰しあってるなか、各勢力の差を覆そうと必死になっている
序列は古き伝統を守り続ける「海無」
科学技術や海外の技術を得ている「陸月」
一族の才能を伸ばし続けている「岸織」の順とされている
だが、陸月家は現在低迷を続けている
本家の長男夫婦は子宝に恵まれず、血筋を重んじるが故に養子も迎えるできず
挙句の果てにはタイミングがよかっただけとはいえ、もう殆ど衰退している岸織にさえ覇権を握られた始末だ
その屈辱を受け陸月家はその科学力を前面に押し出して、現在の人造人間の制作に至った
一族の才能を受け継ぎつつ、海無や岸織に劣らない陸月家の人間を作る
それが、この研究所の目的だ
「今現在稼動している人工母体は現在神寄の海無の少女の遺伝子から作られたものを、それと岸織の子と我等陸月の遺伝子を使って
ホムンクルスを作るっているんだ」
目線の先には緑色の液体に満たされたガラスケースの中に白髪の少年が体中にチューブをつけた姿で浮いている
それが1体ではない、所長とともにいる研究室にだけでも10体以上が見える
そのすべてが、同じ顔をして深く眠りについている
「彼らは全て失敗作だ、あらゆるパラメーターが基準値に達していない。一応経過観察はするが…一週間もすれば廃棄だ」
「………。」
陸月家を救済する打開策だ
他の御三家のオリジナルが存在する以上、それらを超える必要がある
だが、未だにオリジナルを超えた個体の製造法はいまだ確立されていない
偶発的に高いパラメーターを有した存在がいるのだが、それでも今まで作られた数千体のうちに2,3体らしい
「君は確か独自の人造人間制作理論を組んでいるらしいね。」
「はい。しかし、あまりに成功率が低くて……可能性として数百回挑戦して成体まで成長できるか…」
「構わないよ、今は新しいことをどんどんやる事が大切なんだ。君に新しい研究所を与えよう、必要なら人員も用意しよう」
~~~~~
私は好きでこの仕事をしている
いくら叔父がその陸月と遠い親戚だろうと関係はない
人の命の誕生を自らの手で成し遂げてみたかった、ただそれだけだ
妊娠とか、そんな普通のことでなく
自分の、手で。新しい命を
「室長、資料もって来ました」
「あぁ、ありがと。置いといて」
研究所に配属されてすでに1年だ
叔父から研究室を渡され、自分の理論で人造人間の製造をしているが思いの他上手くいかない
別に問題はないと叔父は言う
聞けばすでに8年以上研究室と人員、資金を借りているが成果が出ない研究室もあるらしいがそれでも
どこか申し訳ない気分になる
「室長も、少し休まれてはどうですか? ここ半年毎日3時間以上寝ました?」
「いいのよ、好きでやってるんだから……このデータよろしく」
今日も実験失敗実験失敗の繰り返し
受精まで至っても、そこからの成長が上手くいかないのだ
なんども薬品の分量の変化、あらゆるサンプルとの比較、実験の繰り返しだ
なんど、あの整った顔を望んできただろう
自分が作って廃棄された彼らはどこに行くのだろう
初めていい線までいって廃棄確定な失敗作だったときは思わず泣きたくなったこともある
そして今も、ディスプレイに映った「失敗」の羅列
何十回、何百回、何千回と何度も見た光景だ、もう慣れている
それでも、再び実験を繰り返す
まだ見ない、彼の産声を夢見ながら―――――。
「――――――ん。」
いけない、寝てしまっていた
時計を見ればすでに午前4時だ
意識が飛んでいたのだ、今日はこれぐらいにしようか
この研究所生活に特に朝礼とか面倒なしきたりはないが、毎度お世話になっている食堂のメニューは待ってくれない
さっさと仮眠して、朝食を食おうかと
そう思ってパソコンの電源を落とそうとしたら
「………え?」
さまざまなグラフや計算がリアルタイムで動いている中、ひとつの文字を見つける
【成功】の2文字
「………は?」
それは確かに存在していた
間違いない、今目の前のガラスケースの中でひとつの命が――――――。
「~~~~~~~っっっ!」
~~~~~
「この子が?」
「えぇ、研究室の発足1年で受精を成功させ、成体成長に至るとは…所長の姪さん…でしたっけ?」
「はい、鼻が高いですな。はっはっは」
受精から1年、この子はすでに10歳程度までに成長した
成長するほど成長促進剤の量が増えるため、適宜休息を与える必要があり許可を得てガラスケースから出すことは多くなった
初めて出たときは歩くことも、喋ることもままならなかったがその知識レベルは高いらしく
片言ではあるが、日常会話をするようになった
「おかあ……さん…?」
「そうそう、室長をそう呼んであげればきっと…」
「馬鹿、何してるのよ。さっさと仕事しなさい」
名前は「被検体:2645号」
素っ気無いかもしれないが、そうするのがここの決まりだ
白い癖毛の髪に紅いの瞳……それはみんな一緒だが、それがこの研究室で生まれた子だ
「ほら、室長も……そんな素っ気無いことしないで下さいよ~。 この計算ドリルも
すぐに解けたんですよ? ちょっと頭なでるくらい…」
「そんな………この子は研究材料で…」
「…………」
この子はよく、こうやって好奇心に近いまなざしで見てくることがある
そうやって見てくることがよくある
私の研究資料や、パソコンのディスプレイをじーっと眺めることが好きなのだろうか
「ほら室長~」
「まったく………ほら」
「……………えへ」
初めて撫でてあげた
彼の頭はとても柔らかくて―――――気持ちよかった
~~~~~
「海無が最近活動が活発でここの存在に気づいているらしい」
「既に中小規模の研究所は潰されてます」
「あいつら悪魔祓いの形式は古い癖にこういう破壊活動には自前の部隊があるらしいぜ…」
「仕方がない、拠点を移す必要があるそうだな」
「………この研究所を捨てる?」
「はい、室長。既に海無は活動を始めています……一週間後には星の国の支所に移動ですって」
「移動か……この研究所も好きだったんだけどな…」
あれからもう2年は経っている
「被検体:2645号」が誕生して既に3年だ。以前、彼の成長は安定しており、所長も彼の存続を認めている
彼が成長促進剤に満たされたガラスケースに入れられている時に助手がそう伝えたのだ
この研究所は既に6年と入り浸っているが、愛着がわくのもしょうがないだろう
ただ、ここを潰されればもう研究もできなくなる
海無の武力介入がどの程度か分からないが、しばらく研究できないと一生できないじゃあ比べられない
「分かったわ、成長促進剤も次の分はその支所で入れましょう。聞こえてる?2645号。」
『うん、分かったよ。室長』
ぷしゅーっとガスの抜ける音と余剰成長促進剤を排出する
シャワーを浴びさせて「被検体:2645号」タオルを頭に載せて研究室に帰ってきた
「引越し?」
「うん、そうよ。しばらく実験はできないわ」
「そっかー……暇だなー…」
ここの生活で「被検体:2645号」の仕事はその殆どが薬剤注入に耐える肉体作りだ
連続で受けるのは体の負担となるので健康維持くらいしかやる事がないのだ
「そう言われてもねー…」
「……あ!室長!あそこ!ショッピングモール!最近できたって言うあれ!」
「え…あそこに? そんな私…人が多いところは苦手で………」
「行く」
「…………え?」
「行くの……室長」
この子の性格は中々面白いものがある
好奇心が旺盛で、見たことないもの、知らないものに興味があるのだ
おかげで私は、行った事もないショッピングモールに行く羽目になったのだ
~~~~~
「ねぇ、これなに?」
「犬よ。動物は苦手なんだけど…」
「ねぇ、これなに?」
「ゲームセンターよ。あなたにはできないわ」
「ねぇ…これって…」
「ちょっと待って………つ…疲れたわ…」
この子は本当に元気だ
世の母親という人種はこれを何年も、育てるのか……
信じられない………と、頭の中で思考する
「それに貴方、えっと……他に着るものはなかったの?」
「……? 無いよ?」
研究所で支給されている白衣だ
この子は患者服の上にそれを着ているスタイルだ
いや、ただの実験体に服なんてあまり必要ないかもしれないのだが…
「………ちょっとこっち来て」
「……?」
向かったのは服屋のコーナーだ
未だにその行動原理はよく分からない
ただ、私は買ってあげたかったのだろうか
この子に服を着させてあげようと思えたのだろうか
「この服と、これ、あと…これも」
「ありがとうございます~!」
店員に服を突き出して会計を済ます
体のサイズは研究対象だ。よく知っている
そんな彼に合ってる服を適当に
そんな姿を、彼は後ろでどんな顔で見ていたのだろう
「………えへへ」
「…………………。」
その服は、似合っていたと。思う
とても
だが、そんな日々は続かなかった
~~~~~
衝撃は痛覚で伝わった
耳を裂く衝撃音は研究室にいた自分にも伝わってきた
「室長!」
「分かってる! 急いで資料をトラックへ!」
衝撃が収まると同時に警報のアラームが鳴り出す
所長の放送も聞こえてきた
『全職員に告げる!ランクA以上の資料をB-1地区の運搬トラックに運び、非難するんだ!
これは訓練ではない!繰り返すこれは訓練では……』
続く爆発音、これは研究所の正面ゲートを破壊したか
海無の連中の仕業に違いない
窓から覗けば黒い装備に身を包んだ特殊部隊のような人間が研究所の敷地に入っていくのが見えた
「くっ……早く資料を! 私は別ルートから彼を連れて行くわ!」
「はい!」
「行くわよ!」
「う、うん!」
できるだけ大きい道は通らない
あまり知られていない裏道使う
銃声と爆発音が間違いなく自分のいる研究棟で響いている
もう、敵は近いのが分かる
「室長…!」
「大丈夫!大丈夫よ…!」
彼の手を引いて走る
何故だろう、彼を握る手はとても強かった気がする
「だめだ!その子……「被検体:2645号」は乗せられない!」
「どうして!? この子は順調に成長して――――」
「ランクA以上だ!この子のランクは基準値に達していない!」
「それは…!」
そう、この子は決して成功した優秀な被検体ではない
ただ生きながらえただけ、たまたま成体まで寿命がもっただけ
それだけなのだ、この施設に存在するランクC以下の子
「それじゃあ、他の被検体は――――!」
「もちろん捨てるさ、ランクA未満はな」
急ぎ足でドアを閉めて発進するトラックに載せられた3体の子供
彼らだけだ、生存を許されたのは
「早く君も乗りたまえ、君にはまだ仕事をしてもらわなければ――――」
「乗りません」
確かに、言い切った
「な、何を―――」
「この子を逃がします。先に出てください」
そういって私は「被検体:2645号」の手を引いて研究所に戻った
後悔は無かった
なぜか、「この子を捨てたくない」という
なんとも言いがたい感情が、心を満たしていた
~~~~~
「陸月の人間だ。撃て」
「くっ!」
銃声が響き渡る
もう数センチ先には死が待っている
機関銃を持った海無の兵士が当たりに弾丸を撒き散らして―――
「見つけたぞ!」
「―――――っ!」
走る、走る、走る
右手に伝わる温かさ
これを助けたい―――――
「室長……」
この気持ちだけで、
私はここまでやってきた
【医療用緊急コンテナ】
やっと見つけた
緊急時における生命維持装置の役割を果たすコンテナ
殆ど利用されないからうろ覚えだったが、見つけることができた
「室長………」
「服は脱いで、毛布はあるから、この中に入って」
脱がせて、それをコンテナの端に
医療用の清潔な毛布を裸の「被検体:2645号」に与えて、コンテナを起動する
「室長……・・・」
「この中なら大丈夫、だから早く…」
だが、彼は動かない
なぜかそこに立ち尽くす
急がないと――――――、早く!
「なにしてるの!早く中に―――――」
「嫌だ!」
「どうするの……室長……。室長は……どうするの?」
「……………」
「どこに………行くの……?」
私は、自分の首に巻かれたタグ型のペンダントを外す
これは私のものだ、ここの職員がつけている…軍人のドッグタグみたいなものだ
私はそれの裏面に割れた鉄の破片で文字を刻む
――――何故そんなことをしたのだろう
分からない
「私は………ここよ」
「……………。」
「ここに、ずっといるわ……」
それを、この子の首につけてあげた
「だから……私は……」
「…………」
私は、彼の顔を見ていれなかった
もう私は――――君とは
「―――――――――――――――おか、あさん」
「え…………」
その笑顔を―――――――私は覚えている
「だから、また会おうね」
~~~~~
電力はおよそ2年は持つ
このコンテナは廃棄されて、どこに行くのだろうか
だから、きっと、彼はここではないどこかに行くだろう
もう、すべてやることは全部した
あの中では殆ど睡眠状態だろう
2年も眠ればもう目覚める時にはなにも覚えていないかも知れない
それでもいいのだ
私はここでできることは全て――――――
もう、この部屋も持たない
ヒビが入って崩れていく
ただ、何でここまで
彼を生かすためにここまでしたのだろう
―――――ああ、それは
彼が、私の息子だからだろう――――――。
Fin
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