それは、嵐の日だった。揺れるセレンディピター号、そこに私はいた。
今日も一方的な取引を持ちかけてられるのかと思うと、面倒で億劫で仕方がない。
コンゴー・ヒューストン。
彼は、火の国にある都市の1つ『フェイディア』のトップだ。
宝石が多く産出されていたが、最近枯渇し始めたと聞く。
今はまだ豊かさを保っているが、いつそれが崩れてもおかしくない。そう噂される。
彼は今まで黒い噂を聞いたことのない人物だった。けれどもつい最近、知ってしまった。
鵺という公安三課に所属する少女から教えられたとあるリスト。その中に、彼の名前があった。
そして、そのリストには機関と繋がりがあると噂される人物の名前も。
彼女は、リストに載っている人物を捕まえるためこの船に潜入していたとの話だった。
――宝石の枯渇に焦っていただけかと思っていたが、もしかすると違うのかもしれない。
「お忙しいところありがとうございます。レイジ・クォーツ様」
「いえいえ、こちらこそお呼びいただきありがとうございます。コンゴー・ヒューストン様」
ああ、今日も始まる。面倒だ。
彼への応対に時間を裂くくらいならば、市役所前の花壇に水遣りをするほうがよっぽど有意義だろう。
――案の定、我が市に殆ど利益のない取引の話だ。どうにかして我が市の資産を吸い上げようとしている。
もっともらしい理由を言って対等な取引と思わせようとしているが、誤魔化せていない。
「コンゴー様。少し場所を変えましょうか」
そんな話より、聞きたいことが……いや、確かめなければならないことがある。
私は彼を連れて、人気の無い奥の方の場所へと移動した。
その意図を察せない彼は戸惑った様子を見せる。
私は、いつでも武器を取り出せるようにカバンへ手をかけながら、彼に話を切り出した。
「コンゴー・ヒューストン。貴方は、私に何かを隠していませんか」
「……? なんのことでしょうか。全く存じ上げませんが」
やはり、シラを切られたか。だが、少し焦りの表情を見せたことを、私は見逃さなかった。
「カノッサ機関。心当たりは?」
「…………いえ」
「パトロン。心当たりは?」
「…………、…………いえ」
なにやら辺りが騒がしくなってきたような気がする。
そのうちこの辺りにも辿り着くのだろうか。巻き込まれるのは勘弁して欲しい。
そもそも、この騒然とした空気は一体誰がもたらしたのだろうか。
――その正体は、後に知ることとなる。
「……実は、少し前に公安三課の方と接触いたしましてね。
とあるリストを見させて頂いたのです。そこに、貴方の名前が記載されておりました」
「…………」
「詳しいお話を聞かせて頂けると――」
突如、背後から何者かが襲ってくる。彼との話に集中しすぎたか。
素早くかわす。――逆五芒星の刺繍が左胸の位置に入ったコートを羽織る、2人の男がそこにいた。
「何も知らずに資産を吸い上げられていれば生き長らえたのになぁ。レイジ・クォーツ」
「正体を表したな。コンゴー・ヒューストン」
私は、カバンからリボルバーを1丁取り出し、機関員の2人に向けて放つ。
揺れる船。狙いが付けづらい。命中したのは6発中1発だ。それも、機関員の1人の肩。
通常の弾ならば致命傷になり難い位置だが、問題ない。
籠められた弾は麻酔弾。機関員の1人の意識が混濁するのが見える。
弾をカバンから取り出してリロード、そしてもう1人の機関員を眠らせるべく――。
「!」
「お前が眠れ! レイジ・クォーツ!」
大きく揺れる船。それによって私に隙が生まれ、彼にリボルバーを取られてしまった。
引き金が引かれる。その音だけが虚しく響き渡った。
「!? ……ジャムったか!?」
いいや、弾詰まりじゃあない。そのリボルバーを使うには少しばかりのコツが必要なのだ。
熱電石。そのリボルバーは、彼が最も目を付けているだろう、その資源を兵器に応用した試作品。
ヒート強化電銃。それは、特定位置に熱を送り込み充電、そのエネルギーで発射する仕組みの銃。
つまり、ある程度熱エネルギーを扱えなければ撃つことすらままならないということ。
彼が熱エネルギーを操作する能力を持っているならば、使うことが可能だ。
だが、例え持っていたとしても、私が仕組みを教えなければ気づくことは難しい。
そして、仕組みを知ったとしてもすぐに使いこなすことは難しいだろう。
私のように、『物を使いこなす能力』でも持っていなければな。
「返してもらおうか」
私は、リボルバーを持つ彼の手に向けて蹴りを放つ。彼の手からリボルバーが放される。取り返す。
そして、もう1人の機関員に向けて発砲。今回は4発中1発が命中し、機関員を眠りへと誘う。
残り2発。彼も眠らせ、できれば公安三課の誰かと合流して引き渡したいところだ。
「…………」
――どこに隠し持っていたのか、彼はいつの間にか拳銃を構えていた。
場が硬直する。西部劇は好きだが、実際に巻き込まれるのは好きでない。
直後、背後から強い衝撃を受ける。何者かに頭部を殴られたのだろうか。
二度も背後を取られるとは、さすがに油断し過ぎたな。
ふらついたのを良いことに、その何者かは私の頭部へひたすら衝撃を与えてくる。
「よくやった。後でボーナスを支給しよう。
……冥土の土産に教えてやろう、レイジ・クォーツ。フェイディアはインフェルニアと手を組むこととした。
ブレイザーシティの資産を得るためにな」
インフェルニア……未だカノッサ機関の支配を受けている、ブレイザーシティ近くの工業都市のことか。
前々から要注意都市だと思っていたが――。
「ああ、もう聞こえていないか」
薄れゆく意識の中、私はどこかにへと引きずられていった。
「レイジ・クォーツ。私に従わないからこうなるんだ」
私は雇った機関員と共に、彼を甲鈑まで運んできた。
そして、荒れ狂う海にへと投げ捨てる。一瞬で波にもまれて見えなくなった。ざまあみろ。
「コンゴー・ヒューストン! 手を上げろ!」
ちっ、やけに船内が騒がしいと思ったら。
逃げ遅れた私は、水国軍の者共に捕まってしまう。雇った機関員と共に。
だが、目的の1つは果たした。
ブレイザーシティの市長が死んだとなれば、混乱は当然避けられない。
それに乗じてブレイザーシティを乗っ取り、資源をフェイディアへと流す。
後は私の部下や仲間がうまくやってくれるだろう。
ああ、フォトン。ありがとう。
再会できていて、本当に良かった。