木幣(イナウ)


アイヌが折に触れカムイに捧げた木製の幣。皮を剥いた木の棒を、よじれるように細く削ってちょうど神道の幣帛のような形に作る。本土での祭具「削りかけ」「削り花」も同じ手法で作られており、これらの名前に訳されることもある。似たようなものは日本はもとより、東南アジアやロシア・ヨーロッパ、カナダ等でも知られている。

語源としては、アイヌ語起源、ニヴフ、ウィルタ等の北方民族由来、日本語「稲穂」由来などいろいろに言われており、はっきりした定説は無い。

イナウは、アイヌからカムイたちへの伝令の役を果たすと考えられた。また捧げられたカムイはより徳が高くなり、他のカムイたちからより尊ばれるとされ、カムイたちが最も欲しがる品物の一つとされる。沙流郡二風谷地方ではヤナギのイナウはカムイの国では銀に、ミズキのイナウは金になるとされた。カムイをカムイの国に送る際には酒とともに無くてはならないものであった。

制作に用いる樹種は、植生にもよるがヤナギ、ミズキが一般的である。アイヌの創世神話はいくつかあるが、その中でこれらはササなどとともに一番最初に天から下された植物とされていることが多い。他にも地方によって差異がみられ、また山猟などで普段使う木が無いときは、悪神が好む木でなければ代用してもよいとされていた。

木幣には削り方や木の種類によってたくさんの種類に分類され、それぞれに意味や役割、性別などが違う。イナウには削った人の家の家紋や捧げる対象のカムイを抽象化した紋などが彫られる。

女性が木幣を作ることは固く禁じられていた(女性はもともとほとんどの神事には直接関われなかった)。二風谷地方では、体の弱い女性に年長者が白と黒の糸を縒り合わせたものに、穴のあいた硬貨を通したものを「メノコイナウ(女性のイナウ)」としてお守りに渡す風習があった。

アイヌ式住居のの裏手には幣棚(ヌササン、イナウサン、チパ、イナウチパなどという)が設置され、その家の始祖神やその地方で特に信仰されているカムイ、太陽や水や川などの自然物のカムイ、幣棚のカムイや先祖などにそれぞれ木幣が設置されている。同様の幣棚は村全体で共有するものも村に一つ存在し、特別なカムイノミの際などにも会場に設置した。幣棚のカムイは蛇の姿をしているとされ、ヌサコロカムイ(幣棚を領有するカムイ)、ヌサコロフチ(幣棚を領有する老婆)などといわれる。老婆とされる場合は、アオダイショウのカムイの伴侶とされたりもする。登別市幌別地方では、幣棚の近くで蛇を見かけたりすると、「幣棚のおばあさんが用事で外出しているのだろう」などと言って決して危害を加えなかったという。

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最終更新:2005年08月30日 23:30