京太郎「……さて、いよいよか」


 静かに、点けた煙草を指で弾く。

 普段は吸わない。思考能力が低下するというのもあるし、イメージもある。

 以前は吸っていたが、今はキッパリと止めているのだ。

 人気商売。それに、メディアに顔を出しているというのもある。

 つまりは、自分に多少なりとも影響を受ける人間もいるという事である。

 「格好いい」とか「吸ってみたい」とか、思わせてはならない。

 吸ってもいいことなんてない。大学時代の先輩にも口を酸っぱくされた。

 それでも――こうして火を点けてしまったのは、緊張しているからなのだろう。


やえ「格好つけてんじゃないわよ」

京太郎「痛てっ」

やえ「『人に関わる仕事だから気遣いを忘れない』」

やえ「あんた、自分で言ってたでしょうが」

やえ「全国のファンが見てたらどうするの」


 はい、没収。

 そんな言葉と共に、携帯灰皿に飲み込まれる煙草。

 残り香となる紫煙が物悲しい。

 まだ、点けたばっかりだったのにと貧乏臭い考えに囚われると、


やえ「はい」


 差し出される、手。

 無駄と解りながらも、しらを切ろうとするも……。


やえ「ほら、残りも」

京太郎「……横暴っすよ」

やえ「言って貰える内が華でしょうが」


 にべもなく、巻き上げられる。

 まだプロでないころ、牌譜を調べていて憧れた打ち手だった。

 自分よりも頭がいくつも下の彼女なのに、まさに頭が上がらない。


京太郎「……さっすが、仮面ライダー王者」

やえ「それはよせって言ってんの!」


 仮面ライダー王者。

 とある放送事故から彼女には、そんな渾名が付いた。

 どちらかと言えばそれは、揶揄に近い愛称だ。

 堅実な打ち手である彼女が、インターネットでの人気イロモノプレイヤーとされてしまっているのだから。

 他人事ながら、非常に同情を禁じ得ない。

 寧ろ、他人事と思えない。色々と。


やえ「まったく……」

やえ「でも、そっちの方があんたらしくていいか」

京太郎「そっすか?」

京太郎「これでも、気遣いの須賀って呼ばれてるんですけど」

やえ「……誰に?」

京太郎「俺の中では」

やえ「阿呆か!」


 彼女の前では何故か、こうなってしまう。

 気が置けない関係というものか。

 別段普段の自分が、無理してそういう人間を演じてる訳ではないのだけれど。

 どうしてか、彼女に対しては悪戯っぽい言動をしたくなるのだ。

 まるでかつての、自分の先輩の真似でもしてるみたいだ。

 そんな自嘲が零れた。


京太郎「やっぱりやえさんは流石だな……流石ツッコミの王者」

やえ「だから、何度言ったら――」

京太郎「おかげさまで、落ち着きました。ありがとうございます」

やえ「――って、ああもう!」


 本日は、プロアマ合同の大会。

 二半荘を、タッグで打つというもの。

 持ち点は五万点。それを共有する。

 局の途中でなければ、交代は自由。互いに最低、八局打てばよいというルール。

 そこに、須賀京太郎と小走やえはいた。麻雀解説番組からのタッグである。


京太郎「やえさん」

やえ「何よ」

京太郎「ありがとうございます。俺と、組んでくれて」


 須賀京太郎は、それなりの戦績を持つプロだ。

 運に左右されない――多少の差なら食らいつく技術を持っている。

 また、特異なオカルティックな持ち主は京太郎の餌であった。

 京太郎は基礎を突き詰めた打ち手。そこから、分析を元に臨機応変に対処する。

 奇妙なルールを、論理を読み解き、その弱点を狙い打つ。

 半端な制約ならば、そこを付く事が可能な故に、普通の人間よりも寧ろ勝ちやすいとも言える。

 それでも京太郎には、華がない。

 ここ一番とも言える場所での引きの悪さ。

 いくら多少の運によらない勝率と言っても、やはり運の差は拭えない。

 宮永照のような絶対的なオカルトには正面からでは決して対抗しえないし、

 江口セーラのような、単純に強い相手にも、分が悪い。

 状況が限られて、瞬間風速で上回れる。そんなタイプだった。

 だから、ここ一番で勝てない。


やえ「……何言ってんのよ」

やえ「そういう顔も似合わないんだってば」

やえ「変なところで背負いすぎんのは、悪い癖じゃないの?」


 第一、と彼女は言葉を続ける。


やえ「そんなに卑下されたら、パートナーに選んだ私がバカじゃない」

やえ「頼りにしてるんだってば」

やえ「あんたのその勝ちを目指し続ける貪欲さ――獰猛さを」

やえ「普通そこまで戦うかもしれない相手、戦った相手を分析し続けたり……」

やえ「相手の手牌や山や王牌を真剣に睨んで、考え続ける根性はないっての」


 どんな思考してるんだと、やえは笑う。

 男性は元来、論理的思考に長じている。

 感覚的である女性とは異なり、そして、運やオカルトが絡む麻雀では絶対的になりえない、そんな長所。

 それを――ただそれだけを磨いて、積み上げて、使い続けるのは並大抵の事ではない。

 そこをやえは、評価しているのだと――真剣な顔で伝えていた。


やえ「……ま」

やえ「あんたにない“運”と“直感”は私がフォローしてあげるから、心配しなさんなって」


 それから、バシンと背中を叩かれる。

 痛みに顔を上げれば、笑いかけるやえ。


やえ「振り向いてくれない運の女神さまより、こっちを見て背中を預けろっての」

京太郎「やえさん……」

やえ「さ、行くよ」
















京太郎「すみません……俺、Dカップ以下の女性に興味ないんすよ」

やえ「よし、表でろ。ミンチにしてやる」


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【小走やえの好感度が上昇しました!】

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最終更新:2013年09月22日 17:12