ポケモンマスターの定義とは何か。

ポケモンリーグを突破してチャンピオンに選ばれた者?
戦いだけが全てでは無いだろう。
全てのポケモンを捕まえ、その生態を知り尽くした物?
研究だけが全てでは無いだろう。

単純な定義がなされていないのは確かだ。
しかし多くのトレーナーは、ポケモンマスターの称号を真の目標として駆け回る。

その語源はどこにあるのだろうか。
どこかのテレビで使われたのか、有名な誰かが口にしたのか。
それも今となっては定かでは無い。


ただ、この曖昧な言葉を、辞典ではこのように簡潔に綴られている。
『あらゆるポケモンを使いこなす、最強のポケモントレーナーのことである』と。


 ◆


「ハァッ……ハァッ……ハァ……」

他者を求めて街を駆け巡ったアトは今――道路にぶっ倒れていた。
力尽きていた。

それこそ直前まで、堕落生活を送り続けた彼の体力は完全に落ちていた。
さらには反吐を吐きまくる事で胃は荒れ切っており、こんな唐突に運動をすれば抗議してくるのも当然。
強烈な吐き気が、痛みを訴える肺が、血流上昇による頭痛が。
あと全身から吹き出る汗の不快感もだ。
苦痛が四重奏になって襲い掛かり、アトは涙を滲ませながら喘いでいる。

「苦しい」

誰に伝えるでもなく、呟く。
体力を全開まで消耗するのも久方ぶりである。
心臓がドラムのような音をかき立て、全身に向け脈を打つ感覚が懐かしかった。

……懐かしいと言っても、何の嬉しさも何もないが。
これが少年漫画や小説ならば『あぁ、これも生きてる感覚だ』だとか感傷に浸れるが、割とそんな余裕は無い。
久しぶり過ぎて、自分の限界を図り損ねただけである。
死にそう、死ぬ。本当に死ぬコレ。誰か救急車呼んでくれ。キツイ。

一番痛感したのは、"かつての自分"とは肉体的な面でも隔たりが出来ていたと言う事。
虚しかった。


フシギダネに背中を擦られながら、呼吸を整える。
その手持無沙汰な時間に、思案に暮れる。
数十分ほどは道路上でだれていただろう。

「正攻法じゃあ勝てねぇよなぁ……」

体が冷めると同時に、その思考も冷めてきたのか。

彼の心に火を灯したポケモン。フシギダネとポッポ。
この二体はサカモトの言った『未成熟なポケモン』であり、おそらくはハズレに分類される。
当然『最終進化したポケモン』と殴り合っても歯が立たない。
種族値の差は圧倒的だ。支給品や弱点に関わらず、勝利は絶望的だろう。

アトに与えられた支給品はゴツゴツメット、せんせいのツメ、ひかりのこな。
これに関してはアタリの部類だと思う。
しかし、自分の手持ちポケモンには役不足だ。

「無理くせぇ……。勝てるとしたら、ひかりのこなで攻撃を全て避けるくらいか」

ポッポが首を傾げる。
俺はハハッと乾いた笑いを漏らし、大きくため息をついた。
ヨロヨロと立ち上がり、フラフラと歩き始めた。
呼吸は整ったが、足は痺れていた。


 ◆


特にこれと言った前触れは無い、思い付きとは常に唐突なものだ。

一軒のマンションが目についた。
周囲の背の低い建物の中、頭一つ抜けた三階建て。
外壁はレンガ調の白いブロック(風化で灰色に薄汚れているが)で、ベランダなどの無い四角形の建物。

彼はそれを見た時に、ふと閃いたのだった。
迷う事無く実行に移してみる事にした。

「フシギダネ、戻れ」

ポケモンコンバータにフシギダネをセットする。
慣れない機器の操作に戸惑いつつも、条件に合う技を設定。
バチバチッと電気音がすれば完了。おそらくこれで合っているはず。

廃墟にも関わらず自動ドアが開いたが、アトは気に留めなかった。
一つの階につき住居は一つ。そこに扉は無い。
だいたい真ん中あたりに立ち、フシギダネに指示をする。

「フシギダネ、グラスフィールド」
『ダネッ!』

フシギダネの背中のつぼみから、ぶわっと種子が拡散される。
石造りの床から草が芽を出し、瞬く間にフロア一帯が緑のじゅうたんで覆われる。

「もう少し伸ばせないかコレ」

再度一考し、今度はポッポの技構成を変更させた。

「ポッポ、あまごいだ」

一言。
どこからともなく雨雲が浮き上がり、天井にどろりと留まった。
メカニズムも何もない、不思議でも何も無い、これが当たり前のポケモンの力。
やがて降り注ぐ雨。シャツとズボンの色を暗く変えていく。

「続けてフシギダネ、にほんばれ。そしてもう一度グラスフィールドだ」

どこからともなく室内に強烈な日光が差し込む。
水分と日光を浴び、エネルギーを得た植物たちは、グラスフィールドの後押しで一気に成長を遂げた。

アトはほくそ笑む。
この作業を三度ほど繰り返すと、背丈を超える程の高さにまで植物が生い茂っていた。
まともに身動きが取れない程、ビッシリと。
ポッポにエアカッターを使わせ、移動できるよう道を作る
そうして建物の外へ出て、自動ドアの前に立ったアトは最後の仕上げを行なう。


「フシギダネ、ひみつのちから」


この瞬間、廃墟ビルはただの廃墟ビルでは無くなった。
レイアウトが固定された、戦い余波によって破壊される事が無い空間。
茂みの中の"ひみつきち"という、独自の空間へと変貌する。

「こう上手く行くとは意外だな……。これはいい、壮観だ」

そう呟いて、悦に浸った。
グラスフィールドによって生まれたかりそめの植物は、本来なら時間経過で枯れてしまう。
だがこの"ひみつきち"空間が保つ限りは、確かな壁として現存し続けている。

ひみつのちからは、単に怪しい場所からひみつきちとしての価値を見出す技に在らず。
『トリックルーム』『じゅうりょく』のように「空間に影響を及ぼす」効果があるのだ。
だからこそ、ひみつきち内では大惨事を恐れずにポケモンバトルなどを行なえる。


アトは一度、ひみつのちからを解いた。
同時にグラスフィールドも効果を失い、元の冷たい石畳のフロアへと戻る。

「そうとわかりゃあ本腰を入れて作業するとしよう。
 お前らの力を最大限活かせるフィールドを作ってやるからな。
 フシギダネ、俺が指示した場所にタネばくだんを打ち込んでくれ」
『ダネ、ダネフッシ!』
「ポッポは瓦礫や砂ぼこりをきりばらいで払ってくれ」
『ポー』


 ◆



画一的なマンションの構造は乱され、混沌としたダンジョンへと変わる。

近くを通る者は、入口から漂う『あまいかおり』に気付く事だろう。
外観こそ、何の変哲も無い建物。
しかし扉を開けばそこには、草木の茂る薄暗い迷路が広がっている。

「誰かが入って来たら、ポッポは『どろぼう』で奇襲をかけるんだ。
 そうしたら天井の穴を抜けて三階まで戻れ。いいか?」

これが成功するだけで、他の参加者よりも優位な立場を得られる。
もし侵入者が奥へと進むようであれば、足元に仕掛けた『どくどく』『くさむすび』などが襲い掛かる。
加えてフシギダネが伸ばした『つるのムチ』による攻撃。
構造を知り尽くしたポッポがヒットアンドアウェイで攻める。

……これならばきっと、最終進化ポケモンどもを相手にまともに戦えるだろう。

「ゴメンな、お前たち。俺の頭じゃこういうやり口でしか勝ち筋が浮かばねぇのさ……。
 でも、それでも俺は必ず負ける戦い方を大人しく受け入れたくない。
 俺は絶対に勝ち抜きたいんだ。だから……多めに見てくれ」
『ポポー!』『ダネダネ!』
「……ありがとう」

戦う力が乏しくても、このフィールドならば最大限に引き出せる。
ポッポでなければ奇襲は無しえないし、フシギダネも存分に力を振るえるのだから。




――ポケモンマスターを目指す者として、この策は卑怯ではないのか。
そんな思考がわずかに頭をよぎる。
だが俺にはこの道しか無いし、この道を進む事にためらいは無い。

『あらゆるポケモンを使いこなす、最強のポケモントレーナー』
使いこなす事とは、きっと最大限に力を引き出す事と同義だろう。

この定義が人をポケモンマスターたらしめるのであれば。
俺のこの策は決して、ポケモンマスターの道から外れたものでは無い、と。
そう信じていたい。



【B-1/はいきょのまちその2 はいきょマンション/一日目/午後】

【ギャンブラーのアト 生存確認】
[ステータス]:良好
[バッグ]:基本支給品一式、ランダム支給品(ゴツゴツメット、せんせいのツメ、ひかりのこな)
[行動方針]優勝狙い
1:夢のために走る
2:マンションに籠城し、手持ちの強化を図る

◆【フシギダネ/Lv50】
とくせい:ようりょくそ
もちもの:なし
能力値:HPとくぼう特化
《もっているわざ》
あまいかおり
つるのムチ
ねむりごな
ヘドロばくだん

◆【ポッポ/Lv50】
とくせい:はとむね
もちもの:なし
能力値:こうげきすばやさ特化
《もっているわざ》
どろぼう
おいうち
ねっぷう
そらをとぶ


第29話 しっぺ返し 第30話 The Biggest Dreamer 第31話 「!」

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最終更新:2015年01月02日 17:35