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2008年4月から半年間、2chドラマ板本スレに毎日のように投下してくださっていた通称「あらすじさん」のまとめです。
体が悪いのではないか、と糸子に問われた草若は、病魔に侵されていることを告白する。医師にも手遅れだと言われた、と言う草若は、誰にも言うなと釘を刺す。小草若にもか、と糸子。草若は、言えば入院させられる、と言う。生きているうちに、やらねばならないことがある、と。
喜代美は草々に、草若から創作落語をやれと命じられたと明かす。創作落語をやったことがあるか、と聞く喜代美に草々は、徒然亭は誰もやったことがない、と答える。創作落語をどう作ればいいか分からず溜め息をつく喜代美を、草々はちょっと来いと連れ出した。
喜代美は寝床で、UFOを題材にした尊建の創作落語を見学する。古臭いイメージの落語をこうして間口を広げているのだ、いずれはこれも古典になる、と尊建。それはどうか、と草々。だんご三兄弟など普遍性のない落語が残るのは難しい、何より完成度が低いと。尊建は反論する。草若の芸風を受け継ぐ草々など、尊建からみればただのコピー、物真似だと。二人が言い争う中、柳眉がやってくる。二人の論点は一理あるが、形から入りすぎだと柳眉。落語はエンターテインメントであると同時に芸術だ、と柳眉は見台を置き、一席始める。お前の押し付けがましい落語など聞きたくない、と尊建。なんですと、と柳眉まで論争に加わった。
草若邸で夕食の支度をする糸子は喜代美に、しばらくここにいると宣言する。糸子は、草若に才能を見い出されたかもしれぬ、真剣に落語家を目指そうか、と言い出す。そのためしばらくここにいて、落語家の生活を観察する、と滞在の理由をごまかす糸子だった。
草若は、喜代美が知らない噺を唱える。喜代美に尋ねられて草若は、地獄八景亡者戯と答える。地獄と聞いて喜代美は震え上がる。幼少期、悪いことをしたら地獄に落ちると聞いて恐ろしかった、と。本気で怯える喜代美の様子に草若は笑って、落語の地獄はそんなに怖い所ではないと言う。草若は、噺の冒頭を喜代美に聞かせる。そのけったいな様子に、喜代美は笑い出す。この後もアホらしい話が続く、と言う草若に喜代美は、数年後には教えてほしいと言う。その瞬間、草若は「あかん!」と声を上げる。「お前には、教えられへん」いつになく草若は、何ものをも拒絶するような強い口調だった。
喜代美は草若に、なぜ地獄八景亡者戯を教えてくれないのかと詰問する。創作落語も面白いが、草若から教われない。地獄八景も愛宕山も、いつかは草若みたいに演じたい。そう頼む喜代美に草若は、師匠の言うことを聞けないなら破門だ、と言った。
稽古部屋で、草原が草若から地獄八景の稽古をつけてもらう。稽古を終えたところに喜代美が入る。草原は、一度やってみたいと言ったら快く稽古をつけてくれた、と言う。自分には創作落語をやれと断った、と喜代美は言い、草若に見放された気がすると悲観的になる。それはない、入門から5年以上この家に住むことを許されているのは喜代美だけだ、と草原は力づけた。
草若は庭に降り、つい今まで鳴きながら飛んでいた蝉の死骸を手にとる。買い物から帰ってきた糸子は「どないして死のう、ひとつおもろいことして死のう」という声を聞く。見ると草若が、蝉の墓を作って弔いつつ、地獄八景を呟いていた。糸子は声をかけることもできず、木戸から草若の背中を見つめていた。
離れの扉がノックされ、草若が入ってくる。草若は、頼みがある、と言う。出ていってくれないか、他に住む所を探せ、と。草々は即座に、わかりましたと答える。長々と居座ったことへの謝罪をする草々と対照的に喜代美は、いよいよ見放されたと思い込む。草若は、翌日に弟子を全員集めろ、と指示した。
居間に勢揃いした弟子たちに草若は、常打ち小屋造りに乗り出そうと思う、と切り出した。四草は草若に、まだ懲りていないのかと聞く。あの時も計画を急いだあまり、失敗しただろうと。草原は四草をなだめ、また一人で動くつもりかと草若に尋ねる。前回と同じ轍は踏めない、今度は天狗芸能に話に乗ってもらうつもりだ、と草若。前は鞍馬の反対を押し切って一人で動いて失敗した。天狗芸能が本腰を入れれば実現も夢ではない、と。草原は、上方落語を取り巻く環境はあの頃とさほど変わらないと言う。あの時の鞍馬は、落語の人気がない時期に小屋を造っても客は入らないと協力しなかった、と。まあな、と草若は同意して続ける。今回は鞍馬に掛け合う前に弟子たちに話しておきたかった、と。喜代美は、居間を出ていく草若が遠い人になっていくような、漠然とした不安を抱き始めていた。
四弟子は、志保が入院していた頃、常打ち小屋設立を目指して草若が奔走していたと説明する。やがて草若は、ファイナンシャルプランナーに、銀行から借りた金を持ち逃げされた。その借金を鞍馬に肩代わりしてもらったが、間もなく志保が亡くなった。それ以来、借金を返す意欲もなくなり、酒に溺れて落語もしなくなった、と。
草若は糸子に、上方落語は「その道中の陽気なこと」がよく出ると言う。愛宕山、貧乏花見、地獄八景。地獄八景は、鬼や閻魔を茶化した噺だ。何故、死ぬのは怖くない、地獄は楽しいという噺にしたのか。そう思わないと、死とまともに向き合ったら、怖くて耐えられない、と。地獄までの道中を笑って歩きたい、そのため思い残しのないようにしたい、と草若は語った。
常打ち小屋があることのメリットを咲に尋ねられ、草原が解説する。落語は個人芸に見えるが、笑う人がいて初めて成立する。だから客が気楽に行ける常打ち小屋が必要だ、と。草若の受け売りだろう、と四草がと突っ込み、一同が笑う。喜代美は、自分を弟子にしたことを草若が失敗だと思ってるのかも、と落ち込む。自意識過剰、と四草。草原も、草若はもっと大きなことを考えている気がする、と話した。
苦々しい表情の鞍馬に草若は、今回は小銭を用意すると言う。そんな金がどこにある、と鞍馬は聞く。土地家屋を売る、自分は何とかなるから一刻も早く小屋を、と焦る草若。鞍馬は、草若と女の弟子で師弟落語会をさせてやる、と言い出す。女の落語家も面白い、と客が思って落語ブームが来たら、常打ち小屋のことも考えると鞍馬は言った。
草々は、草若と天狗座で二人会をかける弟子は喜代美が初めてだ、と喜ぶ。草若は喜代美に、早く作らないと間に合わない、と言う。喜代美は、なぜ創作落語なのかと問う。そんなに古典に向かないか。創作も挑戦したいが、自分があれこれできないのは草若も分かっていよう。草若は自分に、落語をやめさせたいのかと、喜代美の声が高くなる。草若が腹に手を当て、うずくまった。草若は切れ切れに、お前に落語を続けさせたい、と言う。喜代美みたいな不器用な子が落語をやるのは大変。この道で生きていけるすべを身に付けさせたい。そこまで言って、苦悶の声をあげた草若の体が崩れ落ちた。
糸子は稽古部屋に駆け込むなり、早く救急車を呼べと喜代美に指示する。草若には時間がないのだ、と糸子は草若の背中をさすった。
マンションを売った小草若は、四草の部屋に転がり込む。草若と会うのはしんどい、と漏らす小草若に、だから草若の息子の自覚を持てと言ったろう、と四草。小草若は、父の名がどれだけ重いか四草には分からない、と吐露する。小草若の携帯電話が鳴った。小草若は、公衆電話からの一報に、顔色を変えた。
五人の弟子は、草若の病状についての医師の説明に聴き入る。最初に来院した段階で、完治できないことは分かった、と医師は弟子たちに告げた。
小草若は仏壇店で、水をくれと菊江に頼む。また喫茶店みたいに、と言いながら菊江は奥へ行く。水を持ってきた菊江は、ソファに座り込んだ小草若が涙を流していることに気付いた。四草は、平兵衛に水をやろうとするが、動揺して手が震え、水入れを落とす。籠の中の平兵衛は「セヲーハヤミ」と一言鳴いた。草原は楽屋で、こわばった自分の顔を鏡で見つめている。両手で頬を引き上げ、無理にその表情を笑顔に作り上げていた。草々は喜代美と、背中合わせに座り込んでいた。なぜ師匠が、と呟く草々の頬に、涙が伝う。喜代美が顔を覆って泣き出す。向き直った草々は、喜代美を抱き締めた。
草若が病室で目覚めると、弟子が勢揃いしていた。小草若は、なぜ黙っていたと声を震わせる。まだ懲りてないのか、あの時も常打ち小屋のために志保に寂しい思いをさせただろう、と小草若。「仁志…すまんなあ」草若は小草若を見つめた。
喜代美はベッドの横で泣き続けていた。何を泣く、笑わんかと草若が言う。笑えるわけがない、正太郎を亡くして泣き倒したあんな思いは二度としたくない、と喜代美はまた泣く。それならお前が先に死ぬか、そして残った自分にそんなかなわん思いをさせるか。草若は尋ねる。喜代美より自分が先に死ぬのは道理。消え行く命をいとおしむ気持ちは今生きる自分の命をいとおしむ気持ちに変わっていく。そうすれば今よりもっと一生懸命生きられる。もっと笑って生きられる、と諭した草若は、喜代美の創作落語で俺を笑わせてくれ、と語りかける。やがて喜代美は、やってみます、と決意を草若に伝えるのだった。
創作落語に悩む喜代美に奈津子は、喜代美の面白いと思うことを書けばいい、と助言する。奈津子と違って自分は凡人だから、と喜代美。奈津子は、喜代美は才能があると思う、だから草若も創作落語を勧めたのではないか、と言った。
小梅も糸子を追って大阪に行ってしまい、小浜では正典と正平が向き合って素麺を食べている。正典は不意に、塗箸をやってみないか、と正平に問いかける。糸子から電話が入る。まだ帰れそうもない、と糸子が伝えた時、庭に草若が現れ、糸子は電話を切った。草若は、師弟落語会の稽古をすると頑張る。落語会は中止だと草々が言う。弟子が決めるな、と草若は怒鳴る。弟子だから、修業の途中で師匠を失いたくない、と草々が反論する。草若は再び倒れ込んだ。
病室で小草若は、草々と喜代美に、ずっと草若と一緒にいてなぜ病に気付かなかったと声を荒らげる。草原は、今はそんな場合ではないとたしなめる。草若には一日も長く生きてほしい、一つでも多く受け継ぎたい、そして草若を安心させたい、と。
仏壇店で磯七は菊江に、自分の父親の話をする。死んだ時は悲しかったが、月日がたったら気付いた。父の散髪の技術も知識も、何百何全の客の頭を散髪して研鑽したのに、みんな消えて灰になったと。磯七は、中学の頃から聴いてきた草若の落語を惜しみ、殺生やと繰り返す。菊江の頬にも、涙が伝っていた。
電話の様子が気になった正平と正典が、大阪に押し掛ける。宝くじ購入の旅から戻った小次郎も現れた。
病室で小梅が、天狗座の出番だろう、行きなれと声をかけ、草々は去る。草若が目を覚ました。小梅は、正太郎のことを話し始める。正典と秀臣が去り、正太郎は一人で若狭塗箸を背負ったつもりでいたようだった、と。朝から晩まで箸を作り、ある日突然倒れ、亡くなった。なぜ気付けなかったかと長いこと後悔した、と。男はそれぞれ、譲れないものを抱えて生きているのだろう、しかし時には草若の命を大事に思う者のことを考えてくれ、と語るうち、小梅の目に涙が溢れる。正太郎は分からぬままだったが、塗箸は正典が継いでくれた。だから躍起にならずとも、草若が伝えたいものは、5人の立派な弟子たちが受け継ぐから。小梅の言葉に、草若は安心したようだった。
小梅が草若と語らうところに、喜代美が現れる。後ろから小次郎、正典、正平まで顔を見せた。小次郎は、宝くじが当選したら草若にも何かおごると緊張感がない。やめろ、と叱る正典と小次郎は口論になる。喜代美は、今までこんな調子だったと言う。全員で押し掛けたら迷惑だから二手に分かれようと言ったのに、と喜代美は弁解する。正典と小次郎はまた、お前が勝手についてきた、兄ちゃんが横槍を入れたと小競り合いになる。騒がしさに謝る喜代美。草若は、喜代美と話しているとほんまにおもろい、としみじみ言った。それは喜代美に、幼い頃に正太郎が「お前はおもろい子や」と評した記憶を呼び起こした。草若は喜代美に、お前は落語の世界から抜け出してきたような子だと言う。おもろい家族に囲まれてバタバタ生きてきた、そんな子のお喋りはおもろい。喜代美が小さい頃から見聞きしてきたことは、喜代美自身にはしょうもないことだと思うかもしれない。しかし、ほんまにおもろいのだ、と草若は力を込めて語った。ややあって喜代美は、椅子の上に正座をして口を開いた。それは、宝くじ騒動を落語化した話だった。一同は喜代美の作り上げた噺に吹き出す。草若も笑っている。その光景は、正太郎が亡くなる間際、愛宕山のテープに一家で泣き笑いしたものと重なった。草若は、やはりおもろい、と喜代美の創作落語を評し「お前の宝物や、大事にしい」と頭を撫でた。
草若は、一日だけの約束で外出許可をもらう。自宅に戻った草若は紋付羽織袴を着る。喜代美は着装を手伝い、一足先に稽古部屋に行く。草若は志保の写真と向き合った。激痛をこらえ、薬をのみ、草若は稽古部屋に足を踏み入れた。稽古部屋では五人の弟子が、正座して待っていた。草若は、見台の前に座った。一礼して小拍子を鳴らし、草若は地獄八景亡者戯を演じ始めた。それは、五人を相手にした稽古だった。もう一度自宅で稽古をつけてやりたいと、医師に頼んだのだ。草若の熱演が続く中、庭では糸子が忍び足で歩いていた。熊五郎、咲、磯七、菊江もついてくる。五人は縁側に腰を下ろし、草若の落語に聴き入る。稽古部屋と縁側と。それは実質、草若の最後の高座となった。「やかましゅう言うて、やって参ります。その道中の、陽気なこと!」
草若の渾身の一席が終わった。糸子たちはそっと庭から立ち去る。草若は、喜代美との師弟落語会で地獄八景をかけるつもりだったと話す。しかし、今回はしんどいからやめる。代わりに草原、草々、小草若、四草で手分けして演じてくれ。前座は喜代美の創作落語、その後四人で地獄八景をやるようにと告げて、草若は稽古部屋を後にした。
病室に戻った草若の元に、弟子たちが稽古をつけてもらいに訪れる。四草の語り口に草若は、ええかっこしいだ、もっとアホらしくできないかと注文をつける。小草若にテンポが悪いと首を捻る草若は、自分の中にないものをやろうとするなと助言する。草々の語りに草若は満足するが、草々は何か言ってくれ、俺にも稽古をつけてくれと言う。草原の完成度に草若は頷く。兄弟子の真似が大仰になっていく喜代美に草若は、飲む物をと要求した。
創作落語の制作が進まずに愚痴を繰り返す喜代美を、うるさいと草々は怒鳴る。喜代美は愛宕山のテープを取り出し、正太郎の工房で初めて落語を聴いた日を思い出す。喜代美は、最初に草若の落語を聴いたのは17年前だ、草々はどうだと聞く。草々はその3年前に草若の高座を聴いていると答え、早い遅いの問題ではないと突っ込む。なおも不服そうな喜代美に草々は、何でも悪い方向に考えると指摘する。ビーコになってしまったのだから仕方ない、と喜代美は小学生の頃を思い返した。学校の人気者のわだきよみ、清海の存在が子供心にも応え、自らビーコに甘んじたことを。自分をエーコの裏側だと決めつけるその申し出を後々まで後悔した、と喜代美は草々に語る。それを順子に、すべては天から降ってきた天災だから諦めろと言われ、よけいに落ち込んだ、と。そうしたら、落語のテープを聴きたくなった。工房に入り、正太郎と同じ空間で落語に耳を傾けた。その話に草々は、よかったなと言って喜代美の頭を優しく叩いた。喜代美が落ち込んでいたから、落語がすっと心に入ったのだと草々は諭す。くよくよ悩む自分が嫌だったかもしれないが、そんな喜代美だからこそ落語に、草若に出会えたのだと。喜代美はテープを見つめ、草若の声に導かれた運命を改めて思い返す。不意に、草々は問いかけた。喜代美が歩んできた道が、落語になるのではないか、と。
草若は病室で、糸子に面倒をかけていることを詫びる。草若は、喜代美が稽古に往生しているかと尋ねる。糸子は、喜代美にしてはよくやっていると答える。入門の際に蟹を持っていった甲斐があったと言う糸子は、草若のお陰なのは本当だ、と頭を下げた。
喜代美は正太郎の思い出話を続ける。一緒に暮らした短い間に、宝物のような言葉を沢山くれたと。「人間も箸と同じや、研いで出てくるのはこの塗り重ねた物だけや」「お前はこれからぎょうさん笑え。一回きりの人生や」喜代美は、そんな正太郎の言葉を頼りに生きてきた、と語る。いつの間にか草々は、むせび泣いていた。
病室で糸子は、カット林檎を蟹に見立てて、蟹を差し上げるからこれからも喜代美を頼む、と言う。そこに小次郎が顔を見せ、買い物に立った糸子に代わって腰を下ろす。小次郎は、林檎を剥こうか、小咄をしようかと落ち着かない。そんな小次郎を草若は、おもろい人だ、喜代美と似たところがあると笑う。小次郎は、出来のいいきょうだいと比べられていじけるのが似ている、と言う。父の名前は正太郎。兄は正典。正平も正典から一字継いだ。自分は和田家の男子で唯一正しくない。正典が家を出て、一時は自分も塗箸をやったが、正太郎はさほど厳しく教えなかった。正典は10年も家を空け、自分は30年ずっと正太郎と一緒に暮らしていた。しかし正太郎は最期、正典に言葉をかけ、小梅の顔を見て逝ってしまった、と小次郎は語った。草若は、正太郎は小次郎にも話しかける気でいたが、死神に時間切れを告げられたのだと言う。小次郎の小は小梅の小、小次郎の郎は正太郎の郎。自分も夫婦一字ずつ息子にやったからわかる、と。小次郎は、喜代美はこんな人生の師匠に出会えて幸せだ、と語った。
喜代美は、梅丈岳でかわらけ投げをしたことを思い出す。もういっぺんおじいちゃんに会えますように。喜代美は、かわらけ投げは本当に願いを叶える、ちゃんともう一度おじいちゃんに会えた、と言う。自分でも意外なほど喜代美は冷静にそこまでの道のり、清海とのことを思い返していた。
その頃、当の清海は段ボール箱を抱えて、魚屋食堂を訪れていた。店に立てかけられた、キャスター時代の自分のサイン色紙を、清海は暗く冷たい目で見つめていた。
魚屋食堂に納品する箸の箱を置いて帰ろうとする清海を友春は、焼鯖を食べていけ、と引き留める。小梅と竹谷が来店した。清海に近況を尋ねる小梅に友春は、静の看病をしてもらっている、と説明した。竹谷は、かつて恐竜の化石発見を報じられた清海に、恐竜博物館の開館イベントへの協力を頼む。清海は黙って立ち去った。
石を交換した経緯を語った喜代美に草々は、結局悪いのは喜代美ではないか、と聞く。自覚しているのだから指摘するな、と喜代美。順子に石の価値を指摘されて高校生の喜代美は、キーホルダーの輝く石を海に放ったのだった。その石は今、小浜の病院で静に付き添う清海の首元で、ペンダントヘッドに姿を変えていた。
喜代美は、石の出来事の後悔から、学園祭で三味線を弾こうと思ったと語る。しかし結末は、自分から照明係になると言ってステージを諦めた。喜代美は、その後悔から現状打破を考えたと言う。一度は地元の短大への進学を考えたが、家族に迷惑をかけて大阪に出てきて、出会った。庭のたんぽぽに愛宕山を聞かせていた、草若に。かわらけ投げから10年たって草若に出会った、正太郎ともう一度会いたい願いが叶った、と喜代美。「ここにおったら一つだけええことがある。一人やない、ということや」草若の言葉を思い出して草々は、草若は喜代美がいてくれたらいいと思って提案したのかも、と呟く。弟子を集め、寝床で落語会を開き、小草若の寿限無が収拾がつかなくなり。そして、草若が高座に向かった。「えー…徒然亭、草若でございます」
あのときは感激したなあ、と小草若の声がして、喜代美は驚く。見ると、草原と四草もいた。草々は、弟子入りを懇願する喜代美が寝込んだ時の、正典の言葉を思い出す。「亡くなった父が、私や喜代美の進むべき道を照らしてくれとる気がするんです」正典が草若を説得したのか、と喜代美。四草は草々に、口止めされていただろうと言う。小草若が草々に、ドアホと怒鳴る。時効だから、と草原はなだめる。草々は、愛宕山のテープに見入る喜代美に語りかけた。きっと正太郎は天国で笑っている。かわらけ投げではなく、喜代美が自力で草若を見付けた。そして自分の道を見つけて歩いているから、との草々の言葉に、喜代美は笑顔を見せた。
草若の病室に奈津子が入ってくる。小次郎は、宝くじが200万円以上当たれば、もれなく奈津子と結婚できると笑う。私もあやかりたい、と御守袋を両手で包む草若に小次郎は、草若の分も買って来ると病室を飛び出す。残った奈津子に草若は、奈津子のお陰でどれだけ喜代美も自分も助かったか、ありがとうと頭を下げた。
喜代美は、創作落語をまとめられず苦しむ。どうしても草若のことを思い出し、心配になると。草原は、芸人は身内の不幸も笑いに変えられないとあかん、と叱った。
最初は稀少な女流落語家はいいネタになると思っただけだった、と奈津子は語る。だが、もがきつつ前進する喜代美の軌跡を本にすることをライフワークにしようと本気で思い始めたと。奈津子は、清海を傷つけた直後の喜代美が、草若が淹れた茶に心安らいだ話をする。同じ茶っ葉なのに何故だろう、と喜代美が言っていた、と。分かってない、と草若は苦笑する。奈津子は、喜代美は言葉にできないだけで分かっていたと弁護した。
四弟子は、もうかなわん、何言うてんねん、ここを注意された、草若はすごいと盛り上がる。喜代美は羨望と苛立ちの目で、兄弟子たちのやりとりを見ていた。
草若は奈津子に、喜代美が塗り重ねた模様がどんな創作落語になるのか見守ってくれと頼む。そこに喜代美が乱入した。地獄八景をやりたい、自分だって草若に教えてもらいたい。ずるい、と兄弟子の数だけ繰り返した喜代美を、草若は優しく呼ぶ。自分が教えた地獄八景はいずれも、自分のとは違うものになるだろう。しかしいずれも徒然亭の地獄八景。喜代美もいつか四人に教えてもらい、自分の落語を受け継いでくれ。そして草若は、喜代美の頭を優しく撫でた。
弟子の会の前日、草若は外出許可を得た。糸子に白湯のお銚子を渡され、喜代美は草若の猪口を満たす。草原は乾杯の音頭をとろうとして、噛んでしまう。何度も言い直すうち、四草が口上を述べてしまう。晩餐の最中、草若は草原、草々、小草若、四草、若狭と名を呼び、ほんまにありがとう、と微笑んだ。
寝床では、外出許可が出たなら少しは良くなっているのかと磯七が喜ぶ。菊江は、本当は医師が目を離したらいけない状態なのだと、磯七らに明かした。
寝床で菊江は、草若の一時帰宅の真相を語る。草若は、一晩だけでも自宅の布団で寝たい、そして何としても弟子の高座を見に行く、と願った。草若と小草若と医師とで、何度も話し合って決まった外出許可なのだ、と。
夜中、就寝する草若の部屋の入り口に、枕を抱えた小草若が立つ。無言で草若の布団に歩み寄る小草若。草若は枕をずらし、小草若に背を向けるように布団を半分あけた。布団に入った小草若は、天井を見つめたまま、懸命に涙をこらえた。
弟子たちは、草若と火打ち石を打つ糸子に見送られ、天狗座へと出発する。楽屋で喜代美は、草若の羽織を衣紋掛けにかける。兄弟子たちはその羽織に見入った。
糸子は車椅子を準備し、そろそろ行こうかと草若に声をかける。草若は、うめき声をあげて倒れ込む。そのまま草若は、病院に運び込まれた。楽屋で連絡を受けた小草若は、覚悟してくれとの医師の言葉を一同に伝える。草原は、高座が終わったらすぐ病院に行けるように準備しろと指示する。小草若が飛び出そうとする。高座をぶち壊す気か、と草々は怒る。高座が何だ、親父はたった一人の親父なのだと小草若は反論する。草原は、お前が草若の元に行きたいなら、代わりにお前の部分も務める、と言い出す。しかし、草若が身を削って稽古をつけた地獄八景をかけないで、本当にいいのかと草原は問う。死んでも死にきれないだろう、自分と同じ過ちを繰り返す息子を残して、と四草も言う。小草若は振り切るように、楽屋の出入口に向かう。蜩紋の暖簾の向こうから、一番太鼓が聞こえてきた。小草若はへたり込む。草々が小草若に抱きついた。草原は喜代美に、出番だと告げる。喜代美に草原は、客に草若の入院を思い出させるな、と厳命する。ええな、と草原に念を押され、喜代美は涙ながらに頷いた。
喜代美は草履を脱ぎ、「草若弟子の会」の額がかけられた舞台に現れた。喜代美は小拍子を鳴らすと、師弟落語会から弟子の会に変更になった理由をマクラに、噺を始めた。草若の病気をネタにしているのに、客は受けている。袖に控える草原も、想像以上の仕上がりに驚く。昏睡状態のはずの病室の草若の口元にも、笑みが浮かんでいる。そうと知らず喜代美は、草若と自分のやりとりを面白おかしく演じ続けた。
創作落語を演じ終えた喜代美を、兄弟子たちは労い讃えた。その頃、糸子と小次郎が控える病院に菊江と磯七、咲が駆け付けていた。
地獄八景の序盤を演じる四草の脳裏に、草若の苦言が蘇る。もっとアホらしく、と。四草は明るい声で、舞妓の簪に見立てて小拍子を頭の脇で揺らして見せる。そう、お前はそういう落語のできる男や。草若の声が聞こえた気がした。続いて登場した小草若は「お前の明るい高座を期待する客は大勢いる」との草若の言葉を思い出す。吹っ切れたような語り口の小草若。底抜けまで飛び出し、客は喜ぶ。病室の磯七は、草若が笑っている、と驚いた。流れるような語り口の草々の落語には、草若は何も心配していなかった。落語と同じように喜代美も大事にしてやれ。それが草若の唯一の注文だった。
草原がいてくれて本当に助かった。後は草原に任せた。徒然亭の落語を守り続けてくれ。草若の言葉を胸に草原は、くしゃみと腹痛と屁を繰り返す人呑鬼を熱演した。その頃、病室に警告音が響いた。糸子は草若の手を握り、周囲の四人にも呼び掛ける。草若の弟子の人数と同じ五人で、草若を送る、と。一同は糸子に従った。天狗座では草原のサゲに、万雷の拍手が起こる。弟妹弟子は「お疲れ様でした」と頭を下げた。病室では、草若の名を呼びながら五人が涙にくれていた。そして寝床では熊五郎が、お銚子とお猪口が消えていて首をひねっていた。
挨拶に向かう喜代美が振り返ると、羽織姿の草若が楽屋で酒を飲んでいた。病院に運ばれたのは嘘や、早く挨拶に行けと草若は言う。頷いた喜代美は、暖簾の前で再び振り向いた。草若の姿はなく、ただ羽織だけがかかっていた。舞台で草原は観客へ礼を述べ、今後の精進を誓う。五人は、頭を下げた。
草若は周囲を眺めつつ、若旦那や芸者衆が通り過ぎる地獄への入口に立つ。正太郎が草若を呼ぶ。やはり地獄に落ちたのか、と草若は問う。正太郎は、好きに天国と行き来できるがとりあえず地獄に来てくれ、と言う。三代目草若を待って地獄寄席の前は大行列だ、志保も三味線を構えて待っている、と。草若は、手折ったたんぽぽをくわえ、地獄寄席へと足を踏み入れた。「やかましゅう言うてやってまいります。その道中の、陽気なこと!」
草若の葬儀で、焼香を終えた柳宝は悔やみを述べるが、やっぱりあかんと首を振る。かつて四天王で、一人が死んだら葬式で落語の「くやみ」をかけて参列者を笑わそうと言っていた。だが、そんなことができるはずがない。そう柳宝は嘆いた。漢五郎が、弟子に支えられて現れた。漢五郎は、草若の遺影に向かって不明瞭な発声で語りかける。柳宝と尊徳は、そんな漢五郎の様子に涙を流した。
小次郎が現れた。草若に頼まれた宝くじの当選番号が載った新聞を探していた、と小次郎。何もこんな時に、と正平はあきれるが、当たりなら今のうちに草若に教えたい、と小次郎は言う。一方、漢五郎は小草若に話しかける。「早く小草若の『小』が取れるよう精進しろ」と尊徳が通訳する。小次郎は、草若が宝くじを保管しておいた福助人形がある、祭壇の裏を家捜しする。宝くじを発見した小次郎は、番号を読み合わせるのに喜代美を縁側へと付き合わせた。漢五郎は、今度は草々に懸命に何かを伝えようとしている。尊徳が「草若の芸風を受け継いでしっかりやれ」と通訳すると、漢五郎は「そうそう」と頷く。漢五郎が草原に話しかけるのと同時進行で、十万の位から始まった小次郎の当選確認が続く。和田家が縁側に集合する。当たったらどうする、と聞く正平に小次郎は、草若の棺に入れると答える。糸子の驚きの声に、弟子たちも気にし始める。当選金額が一億と聞いて、漢五郎の目の色が変わった。一同は口々に、一億を灰にする気か、でも三途の川の渡し賃が、ニセ金を入れておけなどと言い出す。注目の中、小次郎と喜代美が読み上げた最後の一の位は、二番違いだった。一同は脱力する。突如、漢五郎が明瞭な一声を上げる。「はずれやがな~」つられて一同は笑い出す。賑やかな草若邸の様子に、門の前まで訪ねてきた鞍馬は笑みを浮かべ、そのまま帰っていった。
後日、草々は小草若に、自分と喜代美は別に住む場所を探すから、ここに住んだらどうか、と提案する。今更ここで一人で暮らすのは寂しすぎる、と小草若は断る。電話が鳴り、喜代美が居間に向かう。また弟子入り志望者からだ、と喜代美が戻ってくる。草々は、もうかけるなと言え、と指示する。小草若はそんな草々に、弟子をとれよ、と言うのであった。
自分は未熟だから弟子なんかとれない、と言う草々に、ならばどう草若の落語を継ぐ、と小草若は聞く。小草若は草々に、ここに喜代美と住んでくれないか、自身は四草に世話になって落語をする、と言う。わかった、と草々は頷き、しかしここは小草若の家だ、草若の名を継ぐのはお前だ、と念を押した。
小浜の病院では、静が清海に、自分のせいで実家に戻らせてしまってごめんね、と謝っていた。清海は、自分で決めて戻ったのだから何も心配しないで、となだめた。
夕飯どき、草々と喜代美は食卓に並んで座る。上座には、草若の座布団。上座に座ったらどうか、と喜代美は草々に尋ねる。師匠の席に座るなんて恐れ多い、と草々。また弟子入り志願者から電話が入る。喜代美は、一度会ってみてはどうかと草々に聞いた。草若の落語を継いでくれる人になるかもしれない、と。
草原が稽古部屋に入ると、四草が一人で算段の平兵衛を稽古していた。四草は草原に、草々に先に弟子が来て悔しいか、と聞く。俺は華がないから、と草原は切り返す。草原は、四草が勝手に落語会で算段の平兵衛をかけたことを思い出す。叱った半年後に、ようやく草若は四草に算段の平兵衛を教えた。草若は弟子の一人一人をよく見ていた、師匠であることは大変なことだ、と草原はしみじみ語った。
ごめんください、との声に喜代美は玄関に向かい、草原以下四人は居間に集合する。草々は小草若に、家主は上座に座れと指図する。何であるじに命令形なんだ、と二人はもめる。いつの間にか、四草が上座にいる。何でお前が、と押し退けて、草々は上座に座る。ほんまに弟子がとれるのか、と草原は不安を覚えた。
はじめまして、と木曽山は丁寧に礼をする。師匠と早速呼ばれて、草々は面映ゆい。木曽山は、徒然亭の落語はどれも好きだと、草原の芝居噺、四草の算段の平兵衛を例に挙げる。小草若の底抜けな明るさ、喜代美の創作落語。各人の得意分野を誉められ、一同はいい気分になる。大学時代に四天王の落語を聴き、そこから草々の落語に惚れ込み、プロになりたいと思った。落語家の大きい流れに自分も入りたい、と熱弁を振るう木曽山に、徒然亭の全員が心を鷲掴みにされる。この木曽山が大変な問題児であるとは、まだ誰も気付かなかった。
寝床で草原は、木曽山にビールを勧める。草々は、まだ木曽山を弟子にとるとは決めていない、もっとよく話を聞く、と言う。磯七は木曽山に、持ちネタがどれ程あるのか尋ねる。15~16ほど、と木曽山は答える。その多さに、喜代美と小草若は青ざめる。木曽山はいずれも前座ネタばかりだと、演目を列挙する。本当にそんなにできるのか、と小草若は疑る。木曽山は一席始める。それは、嘘つきの男が嘘つき勝負に赴く「鉄砲勇助」だった。
一通り聴いた草々は、基本はできている、と頷く。いちばん好きな噺だから、と木曽山は胸を張る。草々は木曽山に、親は同意しているのかと聞く。木曽山は、親は亡くなったと答える。しかし自分の落語好きは知っていた、きっと応援して見守ってくれる、と木曽山はうつむく。情に絆された草々は、弟子にしてやる、今日から俺をお父ちゃんと思え、と宣言する。ありがとうございます、と木曽山は喜代美にも、おかみさんもよろしくお願いします、と頭を下げる。一同が沸き立つ中、喜代美は「おかみさん」の響きをかみしめていた。
秀臣は清海に、製作所を継いでほしいと切り出す。できるわけがない、と清海は言う。すべてを清海に負わせるわけではない、決めた人がいるならいいが、と見合い話を匂わせる秀臣。できれば婿に来てもらい製作所を継いでほしい、結婚を考える相手がいるのか、と秀臣は清海に尋ねた。
木曽山が内弟子部屋に越して来た。喜代美は掃除や家事の注意点を伝えようとするが、木曽山はすべてそつなくこなしている。草々への気配りも申し分なく、喜代美は、手がかからないと感心する。姉が家事を仕込んでくれた、その姉ももう亡くなった、と木曽山は言う。その不幸な身の上話に、草々と喜代美は、木曽山の本当の家族になろうと誓った。
お使いに行く木曽山に奈津子は、肉じゃが女やボタンつけ女に通じる胡散臭いものがある、と言う。用心するに越したことはない、と喜代美に笑顔で忠告して、奈津子は帰る。その忠告の意味が分からず、喜代美は首を傾げる。背後に人の気配を感じて、喜代美は振り返る。清海が、そこに立っていた。突然の来訪に、喜代美は驚きを隠せない。清海は「ビ~ィコ」と、ねっとりとした口調で喜代美に笑いかけるのであった。
清海は、草々との結婚おめでとうと言う。喜代美は過去を思い出し、ごめんと謝る。昔のことや、私もいろいろ出会いがあったと清海は笑う。しばらくは東京でマスコミの仕事の合間に、静の看病をしていた。しかし一年ほど前に小浜に戻った。今は製作所で箸のデザインやマスコミ展開をしている、と言う清海に喜代美はさすが、と感心する。喜代美こそ19歳の時の夢を見失わずにしっかり生きている、と清海は言う。ところで大阪には何の用で、と喜代美に聞かれ、ちょっと仕事で、と清海は言葉を濁す。草々は元気か、との清海の問いに喜代美は、相変わらず高座一筋だと答える。本当に相変わらずやね、と清海は呟いた。
鞍馬は小草若に、草若が死の半年前に、常打ち小屋造りの協力を仰ぎに来たことを明かす。父の遺志を継ぐ気はあるか、いずれ草若の名を継げる噺家になる覚悟はあるのか、と鞍馬は問う。小草若は顔を引きつらせた。
喜代美は草々に、清海の来訪を報告する。しばらく大阪にいるらしい、会ってみるかと喜代美は聞く。お前はいいのか、と聞く草々に喜代美は、穏やかな表情を見せる。草々も、今ならあの頃のことを笑って話せるかも、と呟く。不意に草々は、木曽山はどうしたと聞く。お使いに出たまま、まだ戻っていなかった。ようやく帰宅した木曽山は、商店街で転倒したおばさんを千里の方の自宅へ送っていった、と説明する。ちょっと母に似ていたので、と言う木曽山に草々は涙ぐんで、それなら仕方ないと許した。
木曽山が掃除をやりかけたまま、汚れた食器も放置して、いなくなる。戻ってきた木曽山は、掃除中に見つけた仔猫の親を探して歩いていた、と言い訳する。喜代美は順子に電話で相談する。順子は、弟子がさぼっていたと疑っているのかと聞く。信じるけど、と言う喜代美に順子は、信じる、信じないはさほど重要ではない、と言う。親が子どもにしてあげられることはひとつだけ。愛してあげることだと。順子は、母の眼差しで春平と順平を見つめた。
草々は稽古部屋で鉄砲勇助を稽古している。喜代美は、草々の世話を木曽山に頼んで高座に向かう。颯爽と喜代美が出ていくのと入れ違いに、清海がゆらりと中庭に入ってくる。それに気付かず、草々は熱の入った稽古を続けていた。
小浜の工房では正典が、箸を作る正平に筋がいいと誉め、正平が金箔を貼った箸を糸子に見せる。反応の鈍い糸子に、なかなか綺麗に貼れないのだと正典は力説した。正平は休憩する、と工房から出る。正平は幼少期から手先が器用だった、跡継ぎに悩まずに済みそうだと語り合う糸子と正典。正平は両親の声を聞きながら、己の掌を見つめた。
木曽山は草々に来客を告げる。ご無沙汰してます、と清海が現れた。草々に買い物を命じられ、木曽山は出かけていく。弟子をとったのか、と清海は草々に尋ねた。まだそんな器じゃないと思っていたが、そんなことでは草若の落語を伝えていけないから、と草々。清海は、あの頃と一つも変わらない、と草々を見つめ、過去を思い返す。清海は、いつ自分に好意を持ってくれたのかと聞く。恐竜の化石の話を聞いた時だ、と草々は答える。草々は稽古に戻るが、ゆっくりしてくれと言う。清海は、草々の稽古を見せてほしいと頼んだ。
小草若と四草は、台所の下を探る木曽山に、何をしているのかと聞く。ネズミがいた、と木曽山は言う。小草若は気持悪がるが、四草は不審感も露に木曽山を見つめた。
草々の鉄砲勇助を聴き終えた清海は、景清をリクエストする。あれはお囃子が必要だ、と草々は渋る。部屋の隅の三味線を見やった清海は、学園祭で喝采を浴びたことを思い出す。そこに喜代美が帰宅する。草々は、景清のお囃子をやってくれと頼む。指慣らしさせてくれと喜代美は三味線を構える。その運指とバチ捌きに、清海の表情がこわばった。喜代美は、今夜兄弟子が揃って来る、と草々に言う。清海も一緒に夕飯をどうか、と喜代美は誘う。小草若も喜ぶだろうと乗り気になる草々に、清海は辞退の言葉を飲み込んでしまった。
夕食どき、追加のお造りを持って咲が来る。足りるように買わないと、と草原は木曽山に注意する。草々は、木曽山はよくやっているとかばう。甘い師匠だ、と四草はあきれたように言う。咲は、清海の存在に気付く。清海の雰囲気に咲は、何かを感じとった面持ちで帰っていく。電話が鳴った。喜代美は通話しながら怪訝そうな表情に変わっていき、木曽山に視線を向ける。その視線に、木曽山は表情を固くして目をそらす。そんな木曽山の変化を、草々は全て見ていた。
喜代美は反射的に電話を切り、間違い電話だと言う。再び電話が鳴った。今度は草々がとる。通話を終えた草々は、木曽山の母からだ、と言った。流しの下から酒瓶と煙草の箱を発見した四草は、要は木曽山は嘘つきなんだろうと言う。木曽山は、親は反対している、賛成なしに入門できないなら死んだことにすれば手っ取り早い、と言う。喜代美は、亡くなった姉の話は嘘だったのかと聞く。怪我したおばさんの話も、仔猫の話も。木曽山は全て、嘘だと認める。たださぼっていただけだ、嘘をつくためにさぼっていた、と。噺家はでまかせで食っている、と言う木曽山に、草々は立ち上がる。鉄砲勇助の嘘は楽しいが、木曽山の嘘は許されない。親が死んだなんて、よく今、この家で言えたと。不意に清海が、嘘をつくしかない時だってある、と呟いた。草原は木曽山に、落語家の大きい流れに入りたいと言ったのも嘘かと聞く。あれは本当だ、と木曽山。信用できない人間は破門だと草々は言い渡す。木曽山を置いてあげてくれ、と喜代美は懇願する。信用できるかどうかは分からない、しかし自分はもう木曽山のおかみさんだ、と喜代美は言い切る。嘘つきの落語家なんて、草若ならきっと育てろと言う。草若は欠点だらけの自分を面白がってくれた。もっと面白がるのが自分たちの師匠修業であり、おかみさん修業だと思う、と。草々は木曽山に、本当に落語家になりたいなら親を説得してこい、と指示した。
木曽山が親を説得しに帰宅した。縁側で草々は、あんな嘘つきを落語家に育てる自信はない、と呟く。喜代美は葉書に気付く。差出人は千里の婦人。送ってくれた木曽山が落語を話してくれた、とあった。「敬愛する師匠に弟子入りがかなったと嬉しそうだった」という一節に微笑む喜代美。その言葉すら嘘かもわからん、と草々は、表情を隠すように立ち去った。
喜代美は庭で、訪ねてきた清海に笑いかける。清海は、これから帰るところだと言う。「結婚するの」清海の言葉に喜代美は、誰と、という言葉を絞り出す。さあ、誰でもええわ、と投げやりな様子の清海に、喜代美は「エーコ?」と呼び掛ける。清海の表情が、突然険しくなる。吐き捨てるように「嘘つき!」と喜代美を睨みつけた。「ビーコのせいで、私の人生メチャクチャや!」
清海は喜代美に、恨みを一気にぶつけ始めた。いい気なものだ。人を東京に追いやり、落語家の夢を叶え、草々と結婚して。草々は東京に行くなと言ってくれたのに、喜代美の余計な発言のせいで、東京に行くしかなくなった。喜代美の嘘にのせられて草々と別れなければ、不幸な目に遭わなかった。草々の隣で草々を支えるのは本当は自分だったのに、と清海は叫んだ。いつの間にか、清海の背後に草々がいた。走り去る清海。その様子を、咲が寝床の入り口から見ていた。
思ったとおりだ、清海は東京でどん底を味わったのだ、と咲は一人合点する。夢を叶えようと東京に行ったが、番組は半年で終了。タレント事務所の安い仕事も請け、雑魚扱いされ。派手なバイトをして安酒に肝臓を悪くし、ろくでもない男に捨てられ、と咲はついに泣き出す。熊五郎に慰められてなお咲の話は続く。親の看病で帰郷したら、今度は昔の恋人と親友の結婚の噂。文句の一つも言いたい、あわよくば草々とよりを戻したい。それが大阪に来た理由ではないか、と。自分の人生も入っているから、と熊五郎はなだめるが、喜代美と草々は気まずい思いになった。
親の許しを得た木曽山が戻ってきた。木曽山は、弟子入りをやめたと親に言った、と報告する。その嘘に対し、父親は嘘で説教した、父は嘘つきの師匠なのだ、と木曽山。嘘ついてまで落語家になりたい気持ちを分かってもらえた、と言う木曽山に草々は、本当かと念を押す。はい、と頷く木曽山に、その返事は本当かときりがない草々。喜代美は、慣れるしかないと構える。電話が鳴った。草々に指示されて電話に出た木曽山は元気よく「こちら宇宙ステーション」と名乗る。烏山からのその電話の内容は、小浜市民会館からの高座の依頼だった。
挨拶に来た竹谷の前で喜代美に釘を刺す糸子に、喜代美は口答えする。竹谷は、昔と変わらないと笑う。ふと竹谷は、清海は勝山に出来た恐竜博物館のイベントに狩り出されている、と言う。その日も、恐竜博物館に清海はいた。展示物の恐竜の化石に、発見者の清海の紹介文が付されている。清海は当時の自分の写真に、足を止めて見入った。和田家では竹谷が、同姓同名の幼馴染みがどちらも大活躍だ、と我がことのように喜んでいた。
恐竜博物館で会った正平と清海は遠慮がちに、感じが変わったとお互いを評する。正平は、清海の記事が載った頃、正平の学年も盛り上がったと懐かしむ。清海は微笑んで、立ち去った。
喜代美は魚屋食堂に友春を訪ね、清海の結婚話は本当かと聞く。友春は否定せず、製作所の経営はさらに悪化しており、清海しか頼る者がいないと続ける。清海に悪いことをしたが後戻りはできない、立派な魚屋になって順子と息子たちを幸せにしなければ。そう語る友春を、幸助と松江は暖かく見つめた。
帰宅した喜代美が店頭で箸を一膳手にとると、それは正平が作ったのだ、と正典が言う。驚く喜代美。正典は、正平が塗箸職人になってくれたら嬉しいと笑い、立ち去る。そこに現れた秀臣は正平が作った箸に目を留める。ひとしきり眺めた秀臣は、あの時と同じだと呟く。帰ろうとする秀臣に喜代美は、清海のことを尋ねようとする。清海は家族思いのいい子だ、と秀臣。東京で道に迷ったようだが、家族の元でこそ立ち直れると信じている。そう言って秀臣は帰っていった。
菊江は商品の仏壇の前に「売約済」の札を立てる。小草若は、草若の名にふさわしい落語家になれるだろうか、と不安がる。分からない、仁志は仁志らしい落語をすればいい、と菊江は言う。しかし小草若は、それではいけない、早く小草若の「小」が取れるようにならないと、と仏壇店を出た。
正典は夕飯どき、小梅が使っている箸は正平の作品だ、と明かす。小梅は、正平の表情の暗さに気付く。喜代美は、日中の秀臣のことを話す。製作所の経営は厳しいのか、と小梅は尋ねる。糸子は、静も長く入院しているし、大変だろうと製作所を思いやった。
喜代美が見舞いに行くと静は、喜代美が転校してきた日を思い出す。清海は息せききって帰宅した。同じ名前のわだきよみちゃん。あの子となら、いい友達になれそうな気がする、と。皆に慕われた清海の意外な発言に喜代美は驚く。静は言う。清海は、一人でいいから親友を欲していた。だから三味線ライブが決まった時も、清海は毎日遅くまで稽古した。喜代美と一緒にステージに立てるのが、よほど嬉しかったのだろう。静はそう微笑んだ。喜代美は愕然とし、そして清海と話をしたいと強く思い始めた。
草若の部屋に置かれた仏壇に、四人の弟子は手を合わせる。草原は、小草若一人に負担させるわけにいかない、喜代美が戻ったら仏壇の代金を精算しようと言う。草々は木曽山を呼んで、スーツをクリーニングに出すよう指示する。丈が合っていませんよ、との木曽山の指摘に、兄弟弟子は吹き出す。いいから言われたとおりにしろ、と草々は怒鳴り、木曽山はしょげてしまった。
順子は喜代美に、清海と今更話してどうする、やめときと告げる。喜代美は、今まで清海を理解していなかった、ちゃんと話して分かりあいたいと言う。順子は語りかける。喜代美は長いこと、勝手に清海のことを妬んだり恨んだりしただろう。今の清海がそうだ、会ったところで清海は面白くなかろう、あんたも傷付くだけや、と。なんでと喜代美は聞く。順子は般若の形相で、とにかくやめとき、と重ねて告げた。
クリーニング屋に向かう木曽山に四草は、お前の算段はその程度か、高度な嘘は無理か、と尋ねる。算段を教えてくれ、と懇願する木曽山に対し、四草は腹をさすりながら寝床の入り口を見つめた。
糸子は喜代美に、おかみさんの仕事はしっかりやっているかと聞く。まだよくわからん、と喜代美。小梅は、いくら可愛がっても結局は赤の他人、それだけは肝に命じろと言う。奈津子と小次郎が押し掛けてきた。奈津子は喜代美の取材、小次郎は儲け話を聞き付けたと言う。小次郎は、正平が作った箸を京都の道具屋に売ると言う。秀臣が衝撃を受けるほどの作品だ、きっとかなりの値がつくに違いない、と小次郎。喜代美は「はてなの茶碗」みたいだ、と一同に解説する。折しも、高座では草原がその噺をかけていた。
高座を終えた草原の楽屋に訪ねてきた小草若は、仏壇の代金は自分一人で払いたいと言う。皆の師匠である前に自分の親父だから、という小草若に、草原は納得する。小草若は草原に、稽古をつけてくれと頼む。何の演目をと問われ、はてなの茶碗を、と小草若は答える。草原は微笑んだ。次の瞬間、「無理。」の一言が小草若に浴びせられた。
小次郎に呼びつけられた竹谷は、京都の百貨店に顔を出したら製作所の嬢ちゃんの見合いだ、と言う。清海のことか、と小次郎。二人がのんびり会話する前で、喜代美は表情をこわばらせていた。
静の病室で秀臣は、清海が夢破れて道を見失っていることを語る。優しく面倒見のいい清海にこの道を用意することが、いずれ清海を立ち直らせると思う、と。
喜代美は、清海が秀臣を待つ製作所を訪れる。何、と冷たい声の清海。清海は、見合いは自分で決めた、喜代美に心配されることはないと突き放す。喜代美は、嘘だ、望んで選んだ道ならそんな顔はしないはずだ、と言う。エーコが、と言いかける喜代美に清海は、やめてと叫ぶ。そう呼ばれるたびにぞっとしたと。親の期待を裏切らんええ子や、と決めつけられているみたいだ。ええ子から逃れたくて、初めてわがままを言って東京に行ったが変われなかった。自分はええ子でいるしかないのだ、という清海の話を廊下で聞いていた秀臣は、その場を立ち去った。清海は石のネックレスを返す、と喜代美に押し付け、帰ってと繰り返した。
はてなの茶碗を稽古する小草若に、風格のない茶金さんだ、と四草。草原も、いきなりこれは、と言う。廊下に草々の怒鳴り声が響いた。稽古部屋に木曽山が、かくまってくれと転がり込む。草々のいでたちに草原と小草若は驚く。縮んだスーツはあちこち裂け、裏地も飛び出していた。洗濯機で洗ったらしい、と四草は平然と言う。そうしろと言ったではないかと木曽山は泣き付く。鉄砲勇助が平兵衛に負けたか、と草原。草々は、おかみさんの思い出が、と泣き崩れた。
順子は喜代美に、だから傷付くだけだと言っただろう、と諭し、化石の一件を持ち出す。その後ずっと人前で嘘をつき通す羽目になった清海のことを考えたことがあるか、と。どれだけ清海を傷付けただろう、と喜代美は呟く。さあ、と言って順子は、それはお互い様だと続けた。生きてれば人を傷付けることがある。ダラダラ生きてても、一生懸命生きてても、人と関わる限り、と。
秀臣は清海に、今日の見合いは先方の都合で中止になった、と言い、製作所を出る。秀臣は、友春が鯖を焼く魚屋食堂に入る。幸助も、春平と順平も、快く秀臣を迎える。小次郎が来て秀臣に、ややこしい見方をするな、と文句を言う。正平の箸にいい値がつかなかったと。秀臣は、その箸を見て、友春を呼ぶ。「製作所をたたもうと思っている」予期せぬ言葉に、一同は秀臣を見つめた。
夜更け、和田塗箸店に清海が駆け込む。秀臣は来ていないか、と清海は取り乱す。糸子は、起きろと家族に大声で呼ぶ。不安な時は役に立たない者でも大勢いる方が気が楽になる、と。寝間着姿の眠たげな一同に、秀臣が行方不明だ、と糸子は説明する。小梅は落ち着き払って、一同を工房へいざなった。
秀臣は工房に座っていた。製作所を畳むなんて言わないで、私がどうにかすると清海は説得する。お前にそう言わせたくないから畳むのだ、と秀臣。奈津子が興味深げに割り込む。秀臣にとって若狭塗箸とは何なのか、と。こんな時に、と小次郎がたしなめるが、うちも聞きたい、と小梅が言う。聞きそびれたままだった、と。
父の祖国の文化に合わせて育った秀臣は、箸をうまく使えなかった。父が帰国し、秀臣の母は新たな家庭を持った。馴染めなかった秀臣は、箸が使えないせいだと考えた。様々な箸を試した秀臣の手に、最も馴染んだのは若狭塗箸だった。家族で一緒の鍋をつつき、ようやく受け入れられた気がした。秀臣にとって箸は、家族の象徴だった。そんな若狭塗箸の職人になりたくて、秀臣は小浜に来た。ある時、当時中学生の正典が工房で、手すさびに塗箸を作った。それは昔からの流れをくむ箸だった。秀臣は、やはりここでもよそ者なのだと痛感する。そんな時、静と結婚し、友春が生まれた。幸せな中、秀臣は不安を覚える。伝統塗箸の職人としてやれるのか。家族を食べさせていけるのか。秀臣の職人への未練を断ち切ったのもまた、正典だった。修業の果てに箸を完成させた正典は、糸子からの痛切な手紙に工房を飛び出した。その箸を手にとった秀臣は、出来栄えに敗北感を覚えた。それでも正典が出ていった以上、自分が正太郎の箸を受け継ぐしかないと、秀臣は箸を作り続けた。しかしそのたび、正太郎はやり直しを命じた。自分に正典の代わりは務まらない。そう思いつつ箸を研ぐ秀臣に、決定的な出来事が起こった。「正典!」工房の明かりに、正太郎は喜びに叫んで扉を開けた。秀臣が振り向く。正太郎の笑みが消え、狼狽の色が浮かんだ。あまり根を詰めるな、と正太郎は工房の扉を閉めた。秀臣は絶望の涙を浮かべた。
そして自分は正太郎の元を去った…秀臣はそう語った。
秀臣の一人語りは続く。製作所の経営が軌道に乗るにつれ、秀臣はあることに気付いた。伝統は技術を受け継ぐ者だけでは伝わらない、確実に次代に手渡す役割の者が必要だと。製作所を拡大して、小浜が箸の町だと全国にアピールして、伝統若狭塗箸を守る。そうすれば正太郎の役に立てると思った、と。小次郎は小梅に、もういいだろうと言う。秀臣が伝統若狭塗箸を大切に考えていたことは分かった、と。あかん、いややと小梅は首を振る。秀臣が正太郎を傷つけたことには変わりない、と。喜代美は、正太郎の怒りの本当の理由は、秀臣が他人行儀に出ていったからではないかと言う。小梅は、正太郎は秀臣が正典に劣等感を抱いていたことも、すべて分かっていたと告白する。だからこそ傷ついた。だからこそ許せない。小梅は声を震わせた。糸子が小梅に声をかける。小梅も、秀臣を大事な息子だと思っていたのですね、と。おかみさん、と秀臣が呼び掛ける。小梅は秀臣を抱き寄せると涙声で、ごめんねと謝り続けた。
清海に喜代美は、落語会のチラシを手渡す。よかったら見に来てほしい、と。今すぐは無理かもしれないがちゃんと分かりあいたい、本当の友達になりたい。そう説く喜代美に、まだそんな気になれないと、清海はチラシを返した。
喜代美が大阪に戻ると、ズタズタのスーツを着た草々が横たわっていた。そこに、草原と四草が来る。草原は、紙袋を草々に手渡す。中身は新品のスーツだった。俺からのプレゼントや、今のお前にぴったりのはずやと草原は言う。草原は、草若や志保のことは忘れてはいけないが、思い出にしがみついてもいけないと説く。着る物も振る舞いも、身の丈に合わせて身に付けろと。草々は草原に礼を言い、早速着てみると去る。草原は、どこまでがお前の算段だったと尋ね、とぼける四草に、スーツ代を半分払えと請求する。虚を突かれた四草の表情に、そこまでは算段していなかったか、と草原は笑った。
正平は工房でぽつりと、ごめんと正典に謝る。やっぱり塗箸は継げない、と。その頃、草々のスーツ姿を見た木曽山が、似合いませんねと朗らかに答えていた。喜代美は慌てる。草々は、似合うという意味だろと余裕の微笑みで言い、いい加減に慣れなさい、と喜代美に諭した。
寝床で喜代美は、四草から烏龍茶を頼まれ、注文するよう木曽山に指示する。途端に草原が叱る。四番弟子の四草は五番弟子の喜代美に用を言いつけた。その用を二番弟子の草々の弟子にやらせるな、と。磯七が草々に、木曽山の初高座は決まったかと聞く。考えてもみなかった、との返答に小草若が呆れる。磯七は、10月に散髪屋の寄り合いで落語会を開催したい、草々一門会なんてどうだと提案する。草々は乗り気になるが、磯七が告げた日付は、草々の天狗座の出番のある日だった。磯七は諦めかけるが、草々の代わりに寄り合いに出る、はてなの茶碗をやると小草若が言い出す。喜代美は喜代美で、新作落語を作ろうと思いを巡らす。木曽山の笑顔は、ひきつっていた。
食事時、正典は正平に、跡を継ぐ気もないのに箸に触らないでほしかったと言う。正典がやれと言うからやった、他にやることもなかったし、と正平は答える。何だと、大学まで出してやったのに、と正典の語気が荒くなる。何がしたいのだ、と。うつむく正平に代わって糸子が、外国の大学に行きたいのだと説明する。正平は驚いて糸子を見る。そうなのかと問われ、正平は正典に話す。恐竜の研究をしたいが、博士号をとるには留学するしかない。それは金がかかるから、との正平の言葉に正典は、だからと就職もせず小次郎の真似をしたのかと憤る。就職して金をためるなり、自分に相談するなり、何とでも方法はあっただろうと正典は説教する。正平は反論もせず、謝罪すると居間を出た。
小梅は正平を引き留め、こんな衣装をつけないとはみ出すこともできない、中身は変わらないと言う。小梅は、昔からお前は冷静で賢く優しい子だったと語りかける。跡を継いでくれると思い込んで喜ぶ正典に、本心を明かせなかったのだろう。親をがっかりさせてまで我を通すのも苦しい、そんな子なのだな。そう言って小梅は、正平の頭を撫でる。正平は、声を殺して涙を流した。
草々は木曽山に、初高座に向けて稽古を始めると宣言する。磯七は草若の頃から世話になっている大事な人。磯七のためにも、しっかりやらねばいけない。そう語る草々に、木曽山は「はい!」とはきはき返事する。草々も喜代美も、木曽山の返事が嘘の「はい」であることに、気付いていなかった。
木曽山の稽古が始まった。上下を間違え、言葉に詰まる木曽山は、緊張を言い訳にした。
離れに奈津子が訪ねてきた。喜代美は奈津子に、木曽山の初高座が10月に決まった、と言う。流暢だった落語が急に下手になった、との喜代美の言葉に奈津子は、絶対何か企んでる、と怪しんだ。
喜代美は新作を菊江と磯七に披露する。磯七は、若い子が噺を作ってまで落語をやることを喜ぶ。磯七は、昨今のテレビのテロップに苦言を呈する。ここで笑えと合図を出されているようだと。対して、落語は聴く側の想像力が試される。一人の落語家の噺から、情景を思い描く。噺家の鍛練も聴く側の力も不可欠。それが落語という文化の難しくも素晴らしい点だ、と磯七は語った。
喜代美が帰宅すると、木曽山は台所にいた。洗った皿を割ってしまったと。草々のせかす声に今度は、木曽山は卓上の卵のパックを落としてしまう。割れた卵を早く調理しないと、と慌てる木曽山は、稽古を避けているように見えた。
喜代美は、四草の部屋に兄弟子たちを訪ねる。急にどんくさくなった木曽山を、喜代美は案じる。落研も持ちネタの数も嘘ではないか、と小草若は疑う。何が原因か、話し合っても答えは出ない。草原は、喜代美はおかみさんだから、初高座を一緒に心から喜んでやればいいと助言した。
喜代美は草々に、着なくなった着物はあるかと聞く。木曽山の初高座に、仕立て直して贈りたいと。他にも何を買って贈ろうかと思い悩む喜代美の姿に、草々は楽しそうだなと笑みを漏らした。
高座でちりとてちんを演じた喜代美が楽屋に戻ると、柳眉が出演料を渡して、次も頼みたいと言う。喜代美が快諾するところに尊建が顔を出し、創作落語をやると思ったのに、と残念そうに愚痴る。柳眉は、自分の会は古典落語を楽しむ主旨だから、自分から頼んだのだと説明する。尊建は喜代美に、今度は自分の創作落語の会に出ないかと声をかける。やめとけ、と柳眉。尊建は、柳眉は新作を作る能力もないくせにと敵意を見せる。何ですと、古典もやりきれないくせに、と応戦する柳眉。二人が額をぶつけてやりあう中、喜代美はさっさと楽屋から退散した。
喜代美が帰宅すると、正平が訪ねてくる。しばらく泊めてもらってもいいか。正平はそう切り出した。
縁側で正平が作った恐竜像を見ている糸子に、家事もせず珍しい、と小梅が声をかけて麦茶を出す。正平はもう着いただろうか、ちゃんと断ってから行くのが正平らしい、と小梅は笑う。糸子は、正平が留学を希望していたことも、気を遣って遠慮していることも知っていた、と語る。結局、正平に甘えた。親のくせに、子どもに甘えてしまった、と糸子は己を責めた。
喜代美と正平に、木曽山が茶を運んできた。喜代美は正平を紹介する。神田川です、と頭を下げる木曽山に、喜代美は突っ込みを入れ、気にするなと正平に言う。正平は、けっこうおかみさんが板についている、と喜代美を評価した。
小梅は糸子を、誰でも子を持って初めて親になる、思う通りにならなくて当然だと慰める。小梅は糸子に、麦茶を飲むよう勧める。喉を潤した糸子は、おいしいと一声発した。小梅は糸子に、結婚以来ずっと、人にお茶を淹れてもらうこともなく家族のため働いたことをねぎらう。そんな糸子を見ているから正平は大丈夫、甘えたからと言って恨みはしない、と小梅は励ました。
正平は、喜代美が小浜を出ると決意した時はどうかと思った、と話す。私って親不孝だ、と喜代美は呟く。正平は、それでも喜代美はやりたいことを見つけたと言う。人生のど真ん中を歩いているのは、本当の親孝行だと思う、と。糸子から電話が入る。正平は着いたか、どうしているか、何か食べさせて、と糸子は畳み掛ける。喜代美は遮って、正平に何があったかと尋ねる。電話を終えた喜代美は、一心不乱に恐竜のジグソーパズルに向き合う正平を見つめた。
帰宅した草々は、以前正平に相談されたことを喜代美に明かす。喜代美がテレビの仕事に忙しい頃だったから、心配をかけないよう口止めされていた、と。喜代美は、少年期からの正平を思い出す。小浜を出ると喜代美が宣言した時は、一晩待てと言った。落語家になると呟いた時は、心境の移ろいを的確に代弁してくれた。喜代美は、正平は自分のことをよく見てくれたのに、自分は正平の気持ちに気付かなかったと悔やむ。自分がやりたいことをやっているから正平が諦めなければいけないのだ、と喜代美は言う。草々は、そんなことを言うな、我儘でもずるくても、喜代美のことが正平は好きなのだ、と諫めた。
寝床で小次郎は正平に、なぜ今頃継げないと言い出したのかと聞く。正平は、先日の秀臣の告白を聞いたらいい加減な気持で塗箸を作ってはいけない気がした、と答える。小次郎は、何でもできる正平が羨ましいが、何でもできるのは案外不自由なのかもしれない、と言う。そして何があっても正平の味方だ、宝くじを当てたら留学でも何でもさせてやると笑う。その前に正平が作った箸で大儲けしたい、と小次郎は、はてなの茶碗に重ね合わせて期待を抱いた。
そのはてなの茶碗を、小草若は四草の部屋で稽古する。「ヘタクソ」平兵衛の声に小草若が振り向くと、四草が「やめてまえ」と後を受けていた。平兵衛が言った、としらばくれる四草に小草若は、自分の落語をどう思うと聞く。まさにはてなの茶碗だ、と四草。小草若が演じても一文の価値もない。小草若がこのネタにこだわるのは、草々がやったことがない大ネタだからだろう。愛宕山では比べられてしまう、そんなせこい算段ばかりだからいつまでも小さい草若のままなのだ。そう四草は言い当てた。
喜代美は着物を縫い直す最中、針を指に刺す。正平は、店に任せたらどうかと言う。喜代美は、木曽山のただ一度の初高座だから心を込めたい、と頑張る。立派なおかみさんや、立派な奥さんや、と咲と奈津子は喜代美をからかった。
正典の工房を訪れた清海は、製作中の箸に、綺麗だと呟く。喜代美に、木曽山の初高座祝にと頼まれた、と正典は説明する。なぜ箸を、と聞く清海に正典は語った。人間も箸と同じや…という言葉に重ねて、修業の厳しさも初高座も、いい落語家になるための経験だということを、箸を見るたび思い出してほしい。そんな思いを込めて贈りたいのだと。
磯七は、また芸名を考える季節が来たと言う。一同は、木曽山にどんな名前がいいかと案を出し合う。喜代美は、木曽山の希望も聞いてみる。木曽山は突然、落語会には出られないと寝床を飛び出す。立ち上がる草々を止め、喜代美は後を追った。稽古部屋で向き合い、何でも話してくれ、と食い付く。喜代美の脳裏に、順子の言葉が思い出される。相談に乗るときは、身を乗り出してまくし立てるな。喜代美は心持ち後退すると、背筋を伸ばす。木曽山が口を開いた。「怖いんです。高座に上がるのが…」
木曽山は、落研にいた話もレパートリーの数も嘘だと喜代美に話し、せめてあと一ヶ月と草々に頼む。喜代美は木曽山の手を取り、失敗してもいい、自分も初高座は大失敗だったからと語る。それでも皆、自分を見守ってくれた。だから一人で抱え込まず、何でも言ってくれ、と。
なおも怪しむ奈津子に喜代美は、目を見れば嘘か誠か分かる、これが弟子とおかみさんの関係だと言う。己に酔う喜代美は既に、大変な勘違いに陥っていた。
鞍馬は、はてなの茶碗をかけると報告する小草若に、上機嫌で草若の生前の高座を思い返す。見に行く、と言う鞍馬に小草若は、散髪屋組合の落語会だからと断ろうとする。しかし鞍馬は、わしも散髪屋組合に入る、と笑った。
大阪を離れることになった、と磯七は明かす。姉の看病に行く、という磯七は、上方落語が気軽に聴けなくなるのが本当につらいと吐露する。そして草々と喜代美に、最後に草若の初高座を世話させてもらえたのは嬉しい、ありがとうと言った。
木曽山は、正平の箸に目をとめる。正平は、いやいや作ったのが丸分かりの失敗作だと言う。正平は木曽山に、人前で落語するのは勇気が要るだろうが、喜代美のためにも乗り越えてほしいと願う。木曽山は、正平は一番苦手なタイプだと笑い、本音を漏らす。怖いのではない、初高座が散髪屋の寄り合いではしょぼくて嫌なのだと。ちょうど聞き付けた草々が激昂する。喜代美は逃げようとする木曽山の腕をつかみ、頬をひっぱたく。そのまま、磯七の前に木曽山を連れていった。
喜代美は木曽山に、磯七に謝るよう言う。木曽山は、磯七に初高座を決められることに不満を述べた。初高座の場ぐらい自分で選びたい、と駄々をこねる木曽山に、喜代美は説教した。落語は一人でやるものではない。磯七は落語と徒然亭を愛してくれている。それをしょぼいから出たくないと言う人間は、徒然亭にいてほしくない。舞台の中央でスポットライト浴びる者が主役だと思ったら大間違いだ、分からないなら落語をやめろと。
喜代美は落ち込み、やってしもた、叩いてしまったと正平に呟く。一方の草々は、土下座をしていた。木曽山の修業は不十分だった、それを見抜けなかった自分の責任だ。磯七は困惑して、顔を上げてくれと繰り返した。
草々は木曽山に、どついたのが喜代美でよかった、自分だったら初高座は一年後だった、と言う。草々は、落語が何百年もの間伝わったのは、客のお陰もあったことを絶対忘れてはならない、と戒めた。
後悔に落ち込む喜代美を、木曽山が訪ねる。言葉に詰まる喜代美より先に、木曽山が話を始めた。
木曽山は草々に、落語会に出させてくれと頭を下げる。草々と喜代美の話が心にしみた、と。あかん、と頑として折れない草々。木曽山が一生懸命頼んでいるのを放っておけない、と喜代美は木曽山の脇に回って頭を下げた。
草々と喜代美と木曽山は、磯七に頭を下げる。草々は前言撤回する、木曽山を出してやってくれと頼む。磯七は、もうええって、自分は一つでも多く落語が聴ければいいのだからとなだめた。
木曽山に正平は、嘘は程々にしたらいいと遠慮がちに忠告する。木曽山が本音を打ち明けたから喜代美も本気でぶつかった。でないといい関係は作れないと思う、と。やっぱり正平は苦手だ、と苦笑して、木曽山は立ち去る。入れ替わるように、糸子がやって来た。糸子は正平に、長らく甘えてごめんと謝る。正平も、長らく甘えなくてごめんと謝った。正平の手を握って、帰ろうと糸子は言う。恥ずかしい、と言いながら引っ張られていく母子の光景に喜代美は、他愛ないのうと微笑んだ。
木曽山の初高座の日。草々は、芸名は小草々だと宣言する。喜代美は初高座祝として、正典の作った箸だ、と木の箱を木曽山に差し出す。箱から、正平の箸が出てくる。どこで手違いが生じたかと喜代美は動揺する。しかし木曽山は感激して受け取る。小手先の器用さだけで落語をしてはいけないという戒めかと。一人よがりになりそうな時には、この箸を見て思い出せ、ということなのですね、と。喜代美は、そういうことやと頷くことにした。正平の塗箸は結果的に、上方落語の未来に繋がる財産を残す役割を果たした。
小草々は元気よく、鉄砲勇助を演じ始める。舞台袖に草々も急遽戻ってきた。喜代美は、小草々の噺がウケる度に笑顔になる。後に草々はその時のことを、おかみさんというものは不思議なものや、と語った。弟子の初高座がウケるだけで、なんでこんなに嬉しそうなのかと思った、と。
小草若が急病を理由に、落語会を欠席した。喜代美は四草の部屋を訪れる。喜代美は小草若に、草々が愛宕山をかけて事なきを得たことを伝え、何か買って来る、と部屋を出る。四草は小草若に、落語も何もかもやめたらどうか、しんどいのだろう、誰も文句は言わない、と言う。小草若は涙顔で、負け犬のままで終わってたまるかと言った。
和田家の縁側では正平が正典に、家の事情を言い訳に逃げていたかもしれない、と語る。就職して金を貯め留学し博士号をとり、いつか恐竜博物館の学芸員になる、と正平は告げる。正典は、恐竜博物館に勤めたいなら教員枠があると正平に教える。気付かなかった、と正平。だから最初から相談すればよかったのだと正平の頭を撫でる正典に、正平の表情もほころんだ。
製作所の事務室では、退院した静が清海のパソコンの画面を覗き込む。箸のデザインだ、と清海。小浜が箸の町であることの認知度は低い。多くの人に知ってもらえるよう、やれることはやりたい。秀臣や正典の話を聞いてそう思うようになった、と清海は力強く言った。
小草若は、菊江に仏壇代の一ヶ月分を払う。無理するな、落語で稼げるようになってからまとめて払えばいい、と菊江は千円だけを受け取る。次いで小草若は、草若邸を訪ねる。折しも昼食時、喜代美が草々と小草々に声をかけていた。もう一人分作ると喜代美は引き留めるが、草々と小草々との和気藹々とした空気に、小草若は断る。草々は小草若を呼び止め、12月に久々に寝床落語会を開く、トリを務めてくれと頼む。任せてくれ、と小草若は草若邸を後にした。
当日、小草若は姿を見せなかった。草々は飲めない酒をあおる。小草若がどうなろうがいいだろう、親が草若なだけで噺家の才能は何もないのだから、と四草は言う。草々は四草につかみかかる。四草はその手を払い、寝床を出た。部屋に戻ると既に小草若の姿はなく、布団だけが畳まれてあった。平兵衛がはてなの茶碗を唱え出す。四草は、小草若がずっとこの部屋で稽古していたことを思い出す。ニントクデッセ、チャキンサン。平兵衛の声だけが響いた。
2002年春、草若の三回忌を迎えても、小草若は戻ってこない。僧を見送った喜代美は、ゆっくりと門から入ってきた鞍馬に気付き、頭を下げた。
鞍馬は、小草若はまだ戻らないのかと言う。小草若は社長室で、草若の名を継ぐ覚悟はあるのか、と聞いた鞍馬に「頑張ります」と返した。一番嫌いな言葉だ、と鞍馬は苦々しく言う。小草若が何とかなれば、上方落語界は盛り上がったろう。その際には常打ち小屋のことも考えてやってもよかったが、と鞍馬は言う。常打ち小屋は草若の悲願だ、上方落語界にとっても必要な場所なのだと草原と草々は説く。草若と同じことを言う、と鞍馬は苦笑し、草若襲名披露興行を条件に、考えてやってもいいと言う。誰でもいい、と言う鞍馬に草々は、草若の名を継ぐのは小草若だと断言する。いない者にどうやって継がせる、と鞍馬は喜代美に、お前が継ぐか、話題性なら一番だと笑って去った。
草原は、草々破門の頃を思い出し、つらい選択をするべき時があると言う。小草若を切り捨てるのか、と草々はうつむく。やがて面を上げた草々は、仏壇の草若に語りかける。草若の名は草原が継ぐから安心してくれ。その言葉に草原は、俺は襲名しない、草々が継げと慌てる。草々は草若の芸風をいちばん受け継いでいるし、小草々という弟子もいる。草原は喜代美に、それでいいだろうと聞く。喜代美は、草原がそれでいいならと同意する。しかし四草が、納得できない、自分に襲名させろと言い出す。ふざけるな、誰がお前に継がせるかと草々は激昂する。草原は、すぐ怒鳴るその癖をやめろと注意する。喜代美は、もめるぐらいなら草原が継いだらどうかと申し出る。四草も、それなら文句はないと言う。草原をおいて襲名できない、と草々も言うが、当の草原はお前らで決めろと投げ出す。もういい、小草若を待つ、と草々の意見は戻る。草原も、やはり小草若が継ぐべきだと同調する。それが師匠の望むことだ、という草々に四草は、本当に草若がそう言ったのかと食ってかかる。自分は逆だと思う、草若が生きていればあんな下手くそに襲名などさせないだろう、と。お前に何が分かる、と草々は反発する。草若とも小草若とも20年以上も一緒にいた、お前とは付き合いの長さも深さも全然違う、と。そして草々は、小草若には落語しかないのだと言い切る。勝手にしろ、と四草は吐き捨てる。自分は絶対認めないから。そう言い残して、四草は出ていった。
小草々は喜代美に、小草若は落語から逃げたくなったのか、と尋ねる。そんな訳がないと喜代美は大声で否定する。あんなに熱心に打ち込んでいたのだから、と。
正典が作業する工房に、正平が顔を出す。後ろから小学生たちが入ってくる。教師になった正平が担任する児童だった。社会の授業の一環で見学に来た、と正平は言う。塗箸の作り方を教えてやってくれ、との頼みに正典は快く応え、製作所も見学するといい、と言う。職人ひとりが頑張っても伝統塗箸は続かない、大きい製作所に支えられているのだと正典は教えた。
奈津子は徒然亭の一連のトラブルを、嬉々として書きつける。奈津子は、小草若の失踪は喜代美のせいではないかと言う。咲が奈津子の尻馬に乗る。年季明けの折り、喜代美は小草若のマンションに住むと言ったが、草々と結婚した。相手はライバルの草々だ、文句を言っても自分が惨めになる、落語も草々にかなわない、とうとう失踪。可哀想な小草若、喜代美は肉じゃが女よりたちが悪いかもしれないと奈津子は言う。挙げ句、奈津子と咲は喜代美をマンション女呼ばわりし始めるのだった。
宝くじ当選祈願のついでに小次郎が和田家に戻ってみると、居間には竹谷と秀臣がいた。巨大な箸の木地も置かれていた。清海の発案による、塗箸のイベント企画に使うものだ。小浜のみならず全国にアピールを、と秀臣はマスコミ展開の策を探る。豪華ゲストはどうだ、と口を出す小次郎に竹谷は、邪魔をするなと言う。へそを曲げた小次郎は、宝くじが当たってもあげない、と竹谷と口論になる。秀臣と正典は、変わりませんねえ、和むやないさけ、と暖かい目で見つめた。
仏壇に手を合わせる菊江に、喜代美は仏壇代の入った封筒を差し出す。菊江は、あくまでも小草若に払ってもらう、と封筒を受け取らず、仏壇に向き直った。
草原から襲名を説得された草々は、夜の縁側で鴻池の犬を唱え始める。かつて、姿を消した草々を思って小草若がそうした光景を思い出して、喜代美は涙ぐむ。驚く草々に喜代美は、ごめんなさい、私がいけないのだ、私がマンション女だから、と繰り返した。その頃、小浜の町に、黒いコートの人物が現れる。その人物、小草若は厳しい顔つきで和田塗箸店の前で足を止め、そのまま立ち去った。
宝くじの当選発表日、奈津子は小次郎を、当たりますようにと抱き締めてから出かける。テレビでは、正典と秀臣と竹谷が塗箸イベントの告知をしていた。小次郎はその画面に見入った。
四草は今なお、草々が草若を襲名することに拒否を示す。草々は、何でこんな時に小草若や一門や上方落語界のことを考えられない、と怒る。喜代美は、やはり小草若を待つ訳にはいかないか、と言い出す。行方知れずをいつまでも待つのも、と草原は溜め息をついた。
閉店準備をする友春は、入ってきた小草若に驚く。小草若は、友春の仕事ぶりがだいぶ板についてきたと評価する。自分も焼き鯖職人にでもなろうか、と小草若は呟く。何を言う、お前は落語家だろうと友春は言う。小草若は友春に、向いているものが見付かってよかったな、と語りかけた。
小次郎は新聞の当選番号発表を見、また外れかと落胆する。熊五郎は、一等に当選していると気付く。咲も、奈津子と結婚できると喜ぶが、小浜の箸イベントの記事に小次郎の笑みは消えていった。
順子は喜代美に電話で、小草若が魚屋食堂に来たことを伝える。礼を言って喜代美は、電話を切る。小浜にすぐ行く、草々が帰ってきたら伝えておいてくれ、と喜代美は小草々に言う。嫌です、と朗らかに即答する小草々に喜代美は、よろしくと後を任せた。
魚屋食堂に駆け込む喜代美に小草若は、迎えに来てくれてありがたいが大阪には帰らない、と告げる。喜代美は、草若襲名問題が勃発していることを伝える。小草若は、自分には関係ないと言う。たまたま親が落語家だっただけで、落語に興味はなかったと言う小草若に喜代美は、嘘だろうと言う。テレビの仕事が増えて喜代美が悩んだ頃小草若は、タレント活動も落語を守るために大事だと説いた。あの時の話は、落語が好きでなかったら言えないことだと喜代美は説得する。覚えていない、もうほっといてくれ。小草若は、店から出ていった。
草々は草原と四草に、小草若が小浜にいると連絡があった、と言う。草々は我慢できなくなり、小浜に行こうと玄関に向かう。その行く手を四草が阻む。どけ、と言う草々に四草は、行くなと声を荒らげた。「あのアホのこと思うてんのやったら、行くな言うてんねん!」
喜代美が昼頃に起き出すと、居間には小草若が座っていた。糸子に見つかって引っ張り込まれた、糸子にかかったら仕方ない、と小草若は苦笑した。
ほっとけばいいではないか、と四草は語り始める。愛されて育ったくせに、草々への劣等感を言い訳にろくに稽古もしないで。いなくなれば皆して、捜したり草若を継がせたりしようとする。もう、ほっといてやってください。切実な声に、草原は四草の真意を悟る。草若の名が重荷なら、草々が襲名しても構わないのでは、と小草々が尋ねる。四草は、この上草々に草若の名までとられたら本当に小草若は死んでしまう、と悲痛な叫びをあげた。
小草若は喜代美に、草々が襲名すればいいではないか、旦那が草若になれば嬉しいだろうと聞く。否定できない喜代美に小草若は、帰ってやってもいいと言う。その代わり、草々と別れてくれ。小草若の言葉に、喜代美は狼狽する。嘘や、いけずで言っただけや、と小草若は笑い、庭に降りる。ごめんな、喜代美ちゃん。誰にも聞こえぬような声で小草若は呟いた。
寝床では草々が、いつか小草若が草若を継ぐ、本人もそれを望んでいると思っていた、と語る。だから頑張れと、20年以上言い続けたがそれは、小草若を追い込んでいたのかもしれない、と。草原も、本音を明かす。鞍馬が襲名の話を持ち出したとき、筆頭弟子の自分が襲名できると思った、と。しかし、地味な自分が継いだら陰で何を言われるか分からない。だから草々に継げと言ったが、言ってから悩んだ。皆、腹の中でいろいろ考えているのだ。それがしんどい。けど、それがおもろい。その草原の言葉に熊五郎は、もろたと叫んでギターを掴む。やめてくれ、と一般客まで耳を塞ぐ中、歌い続ける熊五郎に咲だけが熱い視線を送っていた。
小次郎は、イベントに五木ひろしを呼ぶ、と案を出すが、正典と竹谷の反応は鈍い。どうすれば小次郎がひろしのギャラを捻出できる、と正典。宝くじが当たったとか、と糸子は言う。あほらしい、来るんじゃなかった。帰っていく竹谷に小次郎は、後で吠え面かくなと怒鳴った。
塗箸店に現れた清海は、イベントに人がなかなか集まらない、手伝ってほしい、と喜代美に頼む。私なんかでよかったら、と了承する喜代美に清海は、ありがとうと微笑んだ。
魚屋食堂を訪れた清海は小草若に、落語をやめてどうするのかと聞く。もっと自分に向いてるものを探す、と答えて小草若は、清海は何をしているのかと問い返す。家の仕事を手伝っている、と清海は、卓上の箸を手にとる。箸は口に入るもの。そこで、製作所の箸の安全性をアピールし始めたら、売り上げが回復してきた。キャスターの経験も少しは役立ったようだ、と言って清海は小草若に、イベントを見てほしいと頼んだ。
喜代美は工房で、愛宕山のテープを聴きながら、新作の落語を作っていた。小梅に喜代美は、自分はここで落語と出会った、いわば徒然亭若狭のふるさとだ、と言う。ふと喜代美は、自分と草々は小草若のふるさとを奪ったのだろうかと問う。いいや、と小梅は答える。誰にも帰るとこがある。誰にも奪うことのできない小草若のふるさとが、きっとあるはずや、と。
イベント当日、参加者に正典は箸作りの手順を説明する。小学生たちを連れた正平もいる。不思議そうに室内を見回す小草若が、見覚えがあると呟いたとき、喜代美が高座に上がった。その頃、控室の五木ひろしに小次郎が、段取りを確認していた。
喜代美は、かつてひろしが正典の箸を買った時のことを脚色して語る。所持金60円、歌ってもいない歌、挙句の果てに詐欺疑惑。小次郎は青ざめ、やめろと会議室に駆け込む。小次郎は会場の参加者に、五木ひろしの登場を告げる。客の歓声が上がるが、竹谷は怒り出す。小次郎は、ラジカセの再生ボタンを押す。聞こえてきたのは、愛宕山だった。小浜市民会館の会議室、高座、愛宕山。小草若は思い出した。草若の落語会の間、4歳の吉田仁志はまさにこの部屋で、真っ赤なミニカーを走らせて待っていた。
場内はめちゃくちゃだった。切り抜けるすべも知らず、喜代美はへたりこむ。喜代美の前を横切る影があった。喜代美は、高座に向かうその姿を目で追う。「底抜けに、お待たせしましたがな~!」高座から発せられた小草若の声に、会場の混乱は止まった。小草若は、底抜けを連発して喋り始める。小学生たちは面白がって、底抜けを真似する。小草若は笑顔でこたえ、羽織がわりのコートを脱いだ。小拍子が会議室に響く。徒然亭小草若による、底抜けのはてなの茶碗の始まりだった。
和田家の居間は、小草若の復活を喜ぶ宴と化していた。小草若は、幼少時は地方公演に連れて行かれ、楽屋で草若の落語と志保のお囃子を聞いていたと語る。自分はそうして育ってきたことを思い出した、と。一人でふてくされる小次郎は、五木ひろしは喜代美の悪口のせいで怒って帰った、と言う。今なお正平と正典は信用しない。糸子は、ふるさとを聴きたかったとラジカセを抱え、泣きべそで歌う。その時、ギターを抱えたひろしが、ふるさとを歌いながら入ってきた。感極まった糸子も合わせて歌う。歌い終えたひろしは、控室で見たはてなの茶碗は底抜けに受けた、と言う。出たら野暮かと思って帰った、と言うひろしに小次郎は、勝手に帰るなと突っ込む。観光協会に寄ったら、和田家で歌って小次郎の顔を立てるよう竹谷に言われた、とひろしは明かす。今日は糸子のために歌った、と語るひろしに、糸子は感激して、もう一曲歌ってくれとせがむ。何を歌いましょう、とひろし。ふるさと、と即答する糸子にひろしは、再びギターを構えて歌い始めた。
喜代美への礼を言いに塗箸店を訪れた清海に、喜代美は石のペンダントを手渡す。この石は、自分が持つようになったら、さほど輝かなくなった。それが悔しくて、海に捨てた。だからやはりこれは、清海が持ってほしい。きらきら輝く清海は、自分の憧れだから。喜代美の言葉に、清海は石を握り締めた。
喜代美と小草若が草若邸に戻ると、草々が庭に駆け下りた。草々は、お前、と言いかけると小草若を抱き締める。それ以上の言葉が出ず、草々は泣き出した。
小草若が仏壇に手を合わせる後ろで喜代美は、小草若のお陰で助かったと話す。小草若は凄い。生まれながらの芸人だ、と。草々は、やはり草若を継ぐのは小草若しかいないと言う。小草若は、父のようにはなれないが、新しい草若になりたいと言う。四草はぼそりと、小草若は底抜けにアホだと手振りつきで言う。小草若が泣き顔で四草に抱きつく。その小草若に草々が抱きつき、草原まで加わり、四人は泣き笑いで転がった。
騒動を謝罪する小草若に鞍馬は、振り出しに戻るだけでどれだけ時間がかかるのだ、と言う。申し訳ありません、と一門は頭を下げる。鞍馬は、もう知らん、常打ち小屋の話は忘れろと突き放した。
小草若は、草若を継ぐ自信が今はある、常打ち小屋のことをもう一度考えてほしいと懇願する。鞍馬は、そんなに欲しいなら土地家屋を売って金を作れ、草若はそうすると言った、と笑った。
奈津子は喜代美に、鞍馬の真意は、常打ち小屋は時期尚早だということではないか、と言う。そこに咲と熊五郎が、おめでとう、見事な大当たりだったと奈津子に話しかける。奈津子は怪訝そうに、小次郎が宝くじを当てたのかと聞く。小浜ではどうやって五木ひろしを呼んだのかと聞く正典に、小次郎が笑ってごまかす。そんな小次郎を、小梅は黙って見つめた。
小次郎は喜代美の部屋にいた。宝くじの真相を話して以来、奈津子が口を利いてくれなくなった、と。一方、カップ麺をすする奈津子は、突然の小梅の来訪に混乱する。奈津子から事情を聞いた小梅は、やはりそうだったかと頷く。奈津子は、当選したことも、イベントのために使いたい思いも、なぜ言ってくれなかったのかと言う。了見の狭い女だと見られていたのか、と怒る奈津子に小梅は、そうではないと思う、と諭した。
小次郎は、当選した瞬間はこれで結婚だと思ったが、これでいいのかと考えた、と語る。小浜では正典らがイベントのために奔走している。小浜の男として、誇れることをしたい。200万でイベントを成功させ、正典らに認められたいと強く思った、と。
小梅は、小次郎は本当は人一倍プライドが高いから、あんな生き方しかできないのだと語る。宝くじの賞金でひろしを呼び、男を上げてから奈津子と結婚したかったのだろう。本人が気付いているかは分からないが、と小梅は笑う。奈津子も微笑んだ。その頃、喜代美は小次郎に、気持ちを奈津子に全部話すように勧める。結婚よりプライドをとった話だ、とためらう小次郎に、小次郎自身の口から伝えるよう喜代美は説いた。
小次郎が恐る恐る帰ると、奈津子は台所にいた。何で帰ってきた、と聞く奈津子の手元には、肉じゃがの料理本があった。何で帰ってきた、これを持って迎えに行こうと思ってたのに。奈津子の言葉に、小次郎は抱きつく。危ない、と言いつつ奈津子は、煮えたじゃが芋を小次郎に味見させる。うまい、と言う小次郎に、奈津子の笑みもこぼれる。鍋の中では、肉じゃががコトコトと踊っていた。
磯七から手紙が届いた。一同は、めいめいに感想を述べながら読む。磯七は、東京には常打ち小屋がいくつかあり、江戸落語の通になったが、大阪には一つもないと記す。次に自分が戻るまでには、落語をいつでも誰でも気軽に聴ける街になっていたら嬉しい。そして小草々は、初高座を見たことを自慢できるようないい落語家になってくれ。磯七はそう願った。
和田家では清海が、正典に箸作りを教えてほしいと頭を下げていた。横で秀臣は、清海は製作所を継ぐ決意をしてくれたと言う。清海は、箸のことも秀臣の歩んだ道も理解したい、職人にならないのに頼む失礼は承知の上だと語る。失礼なことなどない、自分は秀臣に9年も塗箸を教えてもらったのだ。正典は笑って受け入れた。
居間で草々は、やはり常打ち小屋のことを諦めたくないと切り出す。鞍馬には断られたが、磯七からの手紙で、小屋の重要性を改めて感じた、と。現実的にどうする気だ、と小草若は聞く。それはこれから考える、と草々は答える。小草若は、落語をやる意欲はあるが、小屋についてはどっちでもよくなった、と投げ出す。志保の入院時も草若が小屋設立のために奔走して、結果的にみんな不幸になった、と。四草は、小屋ができても上方落語の興隆につながると思えない、と言う。常設の高座がある慢心から、腕を磨かなくなる噺家も現れるかもしれない、と。草原は、作りたい思いはあるが、金や手間など様々なリスクを考えると無理だと言う。妻子がいると考え方が保守的になって、と草原は謝り、草々も同じだと指摘する。小草々が一人前になるまで、草々が面倒見る義務があるのだと。天狗座と無関係に行動を起こせば最悪、干される。草原の言葉に、喜代美の脳裏に映像が浮かぶ。酒に溺れる草々。高座に戻るよう懇願する小草々に、コップ酒を浴びせる。部屋に戻った小草々は、座布団を抱き締めて嗚咽を漏らす…小草々につらい思いをさせたくない、と叫ぶ喜代美に草原は、極端な想像をするなと突っ込む。喜代美は、時期尚早ではないか、と言った奈津子の話を草々に伝える。時期が来るまで待った方がいいのではと提案する喜代美に、時期とはいつのことなのだと草々は苛立つ。草々の熱い思いを、その時の喜代美にはまだ共有することはできなかった。
小草々は、高校の頃聴いた辻占茶屋を草々から直接稽古つけてもらえることを喜ぶ。喜代美は、散髪屋の寄合で草々が辻占茶屋をかけた時に励ましたと懐かしむ。草々は、喜代美のお囃子のせいでひどい目に遭った、と硬直状態の喜代美の真似をする。小草々は、二人にとって特別な噺の辻占茶屋を、自分も早く高座にかけたいと言った。
清海に塗箸を指導する正典は、工程を全部一人でやるのは、塗った者しか中身が分からないからと言う。正典は清海に、ありがとうと言う。秀臣、正典、清海と正太郎の塗箸が伝わり、正太郎も喜ぶだろうと。休憩時、糸子は清海が持つ石に気付く。子どもの頃に拾ったただの石だ、と清海。昔は綺麗に輝いたのに、今は鈍い光しかない、と清海は言う。糸子は、大丈夫、ここには卵の殻も貝殻も光らす名人の正典がいる、きっとまた輝く、と言った。
菊江は小草若に、常打ち小屋は志保の夢でもあった、下座ゆえに草若と共通の夢を抱いたのかもと言う。熊五郎が、噺家とか三味線弾きというだけではそれほど情熱は持てなかったのでは、と割り込む。自分も雇われ料理人だった頃、店を持ちたくても諦めていた。しかし、同じビルのスナックの咲が男に捨てられ酒に肝臓やられ泣いていたのを、ほっとけなかった。咲を守り、寝床になれる男になりたいと思い、その一心で何でもできたと。菊江は、草若も志保も、何かを守りたいという思いに突き動かされていたと思う、と語った。
清海は工房で、鎖から取り外した石を布でくるむと、ハンマーを振り下ろす。石は粉々になった。
喜代美は、糸子から電話で呼ばれて、小浜に帰る。正典の塗箸が、内閣総理大臣賞を受賞したのだ。宴の席上、小次郎と奈津子は結婚を発表する。小次郎は喜代美に、ひろしが返金してくれたと伝える。おめでとう、小次郎をよろしく、ついでに祝ってやる、お義兄さんもおめでとう。一家は揃って笑顔だ。突然、糸子が泣き出す。皆が楽しそうに笑っている顔を見ているだけで嬉しい、と。正典の賞状を持ったままの手で顔を覆おうとする。糸子に、一同は慌てて、ティッシュを持たせる。糸子の手には、たちまちティッシュの山ができあがる。「喜代美。これから、ぎょうさん笑え…」正太郎の言葉が不意に、喜代美の心に強く響いてきた。
清海が工房に来てみると、喜代美が愛宕山のテープを聴いていた。喜代美は清海に、小さい頃は正太郎と毎日ここで聞いていたと説明する。作りかけの箸を見せる清海は、これで模様をつけているのだと、粒子の入った小瓶を見せる。あの石を砕いた。綺麗な模様になるよう、喜代美に負けないように頑張る。喜代美はここで落語を聴いた経験が模様になり、落語家になっている。清海はそう言って笑う。喜代美は一つの考えに至ると、清海にありがとうと言って工房を飛び出した。
喜代美は兄弟子たちに、常打ち小屋を自分達で作りたいと切り出す。子どもの頃、学校でいやなことがあっても、工房で落語のテープを聴けば自然と笑えた。それが、落語家の仕事ではないか。同じように悩み落ち込む人を元気付けたい、そんな場を作りたい。天狗芸能も、人々に笑いを届ける会社だ。説明すれば分かってくれるだろう。落語家の仕事のための小屋でなく、大勢の人に笑ってもらう小屋なのだ、と。
会長室で草原は、常打ち小屋の設立目的を語り、理解を求める。鞍馬は、数人の若手で、草若が生涯かけてできなかった小屋づくりができると思うのか、と一門に聞く。草若ができなかったから自分達が叶えねば、と語る草々に鞍馬は、できるものならやってみ、と笑った。
一門は、貯金を持ち寄って勘定する。小草々が、自分の貯金も使ってくれと言う。内弟子に金を出させてどうする、と断られた小草々は、嘘で言っただけなのにと呟く。合計しても、頭金を貯めるだけで2~3年はかかる。その結論に、一門は落胆する。その時、大荷物を担いだ小次郎と、奈津子が現れた。小次郎は、封筒を喜代美に渡す。200万入っている、小屋に使ってくれ、自分を男にしてくれと。次いで小次郎は、預かってきた封筒を出す。野口家、竹谷、秀臣と静、清海。さらには、金に換えるようにと小梅が持たせた着物。正平からは、何もできないがと箸の恐竜像。正典からはイカ串瓶の貯金箱が返される。やってきた菊江が、貯金箱に手持ちの小銭を入れる。熊五郎は、ギターを持ち出し、中古屋で売れ、と喜代美の肩にかける。小次郎は最後に、糸子からだと言って、大漁旗を打ち振る。がんばれ、がんばれ、と。一同は、涙を浮かべながらも笑顔で、翻る旗に見入った。
関係者の厚意を実感した草原は、何年かかっても常打ち小屋を作ると宣言する。小草若は、草若邸を売る決意をする。ようやく、草若と志保の真意が分かった、二人は、落語ができる場所を残そうとしたのだと。思い出の詰まったこの家を売ることができるのか、と四草は聞く。できないけど、そうせねばならない。それが草若の願いだから。そう答える小草若の頬に涙がこぼれる。喜代美は、最後にこの家で、落語会を開かないかと発案した。その頃、工房の清海は、漆を塗り終えた箸の研ぎ出しを始めようとしていた。
落語会当日、尊建と柳眉がやって来る。尊徳と柳宝も現れ、小草々が感激する。弟子に介助された漢五郎まで現れ、尊徳らは驚きの声をあげた。小草々ら若手が寝床から椅子を借り出してリレー式に運び込む頃、清海は一心不乱に箸を研いでいた。
運び込んだ椅子は、庭に並べられる。客が大勢来て、居間には収容できなくなっていた。一番太鼓が鳴り渡る中、小草々は草若の写真に一礼してから縁側の高座に向かう。満席の庭を見回し、小草々の開口一番が始まる。草々と喜代美は、暖簾の隙間から見守る。次いで、喜代美が創作落語を語る頃、清海の箸の模様が浮かび始めていた。
四草の算段の平兵衛、小草若のはてなの茶碗、草々の辻占茶屋、草原の愛宕山。稽古場では尊建と柳眉が、自分も出たいと草々に頼み込み、飛び入りで落語会に参加する。尊徳も出たがり、わくわくしながら高座に向かうと、既に柳宝の落語が始まっていた。開放感あふれる空気に押し寄せる観客の後ろでは、鞍馬が足を止めて様子を見ていた。
清海は、完成した箸の輝きに満足そうに微笑む。正典と糸子は、清海の作業を工房の外で見守っている。夕日を受けて清海はあふれる涙もそのままに、いつまでも箸を見つめていた。
稽古部屋に、鞍馬が現れた。できたやないか。気軽に入れて、噺家が腕を競う、常打ち小屋が。わしに頼らんでも、できたやないか。鞍馬の表情は、今までとは違う微笑みをたたえている。「この時を待ってたんや」そう言うと、鞍馬は草若邸を後にした。秋風が渡る草若邸の青空落語会は、大勢の観客と大勢の噺家を集めて続いた。いつまでも、いつまでも。
2006年9月。常打ち小屋のオープンも間近なのに、徒然亭は小屋の名前でもめている。底抜け演芸場なんて自分のための名前にするな、ゲラゲラ亭はセンスが古い。歓迎大家なんて中国語なんか知るか、草若の家などそのまますぎる。喜代美は、毎日皆が自然に集まれて、皆が笑えるという意味を込めた名前がいいと思う、と言った。
草若邸を改装して常打ち小屋にするとは決まったものの、やはり金は足りなかった。今後の運営資金や出演料を考えると不安だが、徒然亭のみならず、上方落語の皆でやっていく。そう励まし合った時、小屋の大口スポンサー、若狭塗箸製作所の社長、清海が訪ねてきた。一門は、エーココールで迎え入れる。清海は喜代美に、自分の人気を妬んでいないかと笑う。清海の方が人気者だと思っている時点で厚かましい、と喜代美もやり返す。草々は二人に、喜六と清八みたいだと言う。草原は東の旅・発端を話し始め、一門がそれに続く。清海も、喜代美と笑顔を交わして膝を叩いた。
工房では正典が秀臣に、自分が箸を作れるのは製作所と提携できたお陰、皆に支えられていると言う。秀臣は、喜代美が転校してきた日、清海が転校生の名を言った時に正典の娘だと気付いたと明かす。三丁町の舞妓の「きよみ」の名を出す秀臣に正典は、糸子には言うなと慌てる。自分もそうだ、と秀臣は、静には内緒にしてくれと口に指を当てた。
小屋の二階で喜代美は清海に、小草若からの頼みで今もここに間借りしている、と言う。14年もこの地に住んだんだね、という清海に、喜代美は浮かない顔を見せた。自分は本当に草若の落語を伝えているのか。創作落語で客が笑うのは楽しいが、何か違う気がする、と。
草原以下五人は、小屋の門に飾られた、小浜から届いた巨大塗箸を見上げてそれぞれの思いを語る。落語も塗箸と同じ、塗り重ねたものしか出てこない。悩んだり壁に突き当たったことも、個性になる。落語は300年、少しずつ塗り重ねられてきた。毎日落語があることで、ここは自然に人が集まってくる。毎日やり続けるためには、こちらも毎日稽古だ。そう決意した時、夏の終わりを告げる蝉の声がする。ひぐらし。その声の主の名を呟いた喜代美は、草々に尋ねた。「ひぐらし亭」というのはどうですか、と。
ひぐらし亭という案の理由を、奈津子は喜代美に尋ねる。喜代美は、徒然草の冒頭を唱える。この文は、徒然亭の精神に通じる。落語が好きで、一日中でも飽きず落語をする者が集まる小屋。それは皆が自然に集まり、皆が笑ってくれる場所になると思う、と喜代美は説明した。
柳眉は、ひぐらしという言葉に懸念を覚える。蜩は徒然亭の紋、師匠たちの反発を受けかねないと。尊建は言う。ここでは日暮らし、毎日ずっと落語をやっている、未来に繋がるという意味だと。そう自分たち上方落語三国志が主張すれば、師匠たちだって認めるだろう。尊建に草々は、大人になったと言い、柳眉を含めこれからも切磋琢磨していこうと誓い合った。
寝床で草々は、一ヶ月の番組表を見せる。喜代美は、オープニング挨拶の語に目をとめる。草原以下の五人で初日に口上を述べる、師匠たちがそうしろと言ってくれた、と草々。喜代美は、初日に自分も出ていいのかと聞く。兄弟子は喜代美を励まし、初日の代表だと勇気づける。よろしくお願いします、と喜代美が言った時、熊五郎がオープン初日の特別弁当ができたと声を上げる。喜代美は、こんな豪勢な弁当は初めてだ、と味見するが、その途端、具合が悪くなった。
喜代美の肩を支えて戻ってきた菊江に草々は、どこか悪いと言われたのかと聞く。違う、おめでただって、と菊江は笑う。草々は喜代美の手をとり「ありがとう」と言う。草々は草若の仏壇に報告し、子どもが男なら落太郎、女なら落子と名付けると誓う。勝手に名前まで決めるな、と突っ込む喜代美に草々は、元気な子を産んでくれと言った。
喜代美はお腹に手を当て、幸福な笑みを浮かべ、未来を思い描く。ひぐらし亭の舞台に娘と並んで座り、オープン初日の思い出を語る自分の姿。喜代美の前に、電話で知らされた糸子が現れる。スカートなんか履くな、毛糸のパンツをはけ。今日は寝ていろ、料理は自分がやる、と糸子は有無を言わせなかった。
糸子は、煮物を喜代美の枕元に運ぶ。喜代美の食欲はなく、糸子は煮物を置いていく。楽屋からは、草々の宿替えが聞こえる。糸子の茶色いおかずと草々の落語の声、その中で笑う自分。喜代美は、それこそが幸福だとはっきり意識せぬまま、お腹の中の子とともに眠りに落ちていった。
喜代美がひぐらし亭で高座を務めるところに、腹を空かせた娘が乱入する。鍋の残りを食べて待てと言う喜代美に、茶色いおかずは嫌、と娘は泣き出す。お前が飯を作らずに高座に出るからだ、と草々も現れる…
悲鳴をあげて喜代美が妄想から復帰するとそこは、初日の段取りを確認する楽屋だった。喜代美は、初日は古典を希望する。客が笑うのは嬉しいし落語を伝える意欲はあるが、違和感がある。初めて出会った落語、愛宕山をかけて落語と向き合いたい、と。
小梅が魚屋食堂を訪ねると、清海に製作所を任せた秀臣と静もいた。自分も隠居したいが跡継ぎが未熟で、と幸助。松江が小梅に、喜代美の妊娠が事実かと聞くと、一同は驚きの声をあげた。
喜代美の元に小次郎が、お祝いをしたい、と現れる。儲け話に利用するのでは、と喜代美は疑る。へそを曲げる小次郎の姿に、喜代美の脳内に新たな映像が浮かぶ。喜代美の娘は、どうせ自分は青木家の貧乏神だとふてくされている。悲嘆にくれる喜代美の横で、お前がちゃんとしないからだ、娘は母の姿を見て成長すると説教する草々…喜代美は悲鳴をあげ、小次郎を帰らせる。糸子が、しんどくないか、栄養はとれ、と蕎麦を置く。喜代美は笑顔で食べるが、直後には手洗いに駆け込んでいた。
糸子は草々に、しばらく喜代美を休ませてやってくれと頼む。本当は食欲もなく、つわりもひどいと。すべて糸子に気付かれた喜代美は、ひぐらし亭の初日に何の役にも立たないなんて嫌だと叫ぶ。今回はこらえろ、と説得する糸子に喜代美は、大丈夫だ、自分の体は自分が一番分かると反発する。糸子は、喜代美は自分のお腹の中にいた、だから分かると諭す。草々も、糸子の言う通りにしろと言う。草々にとっても、喜代美と、お腹の中の子どもが一番大事だから、と。
順子がひぐらし亭にやって来る。おめでとう、体調はどうだと聞く順子に喜代美は泣きつく。相変わらず不器用で間の悪いビーコのままだ、と喜代美は、学園祭の照明係だった光景を思い出す。喜代美のトラウマの深さを再認識して順子は、大丈夫だ、13年の修業は伊達ではないと励ます。似た経験をしても、きっと新しい何かが見える。その順子の言葉が最大の予言だったことを、その時の喜代美は予感すらしていなかった。
ひぐらし亭オープン当日。一人の青年が、若狭ちゃんと親しげに喜代美に呼び掛ける。青年は、瀬をはやみ、と唱える。喜代美の脳裏に、座布団上で跳ねる少年の姿が蘇る。その青年、颯太は草原に連れられ、照明の手伝いに向かう。草々は喜代美に、あまり表に出るな、休んでいろと言った。
喜代美は、弁当を用意する熊五郎と咲を手伝う。弁当には、清海の提供した若狭塗箸が添えられていた。喜代美は、彩り豊かな弁当に見とれ、自分の学生時代の弁当は茶色かった、と思い返す。熊五郎は、一日限りの弁当ならいくらでも凝った豪華なものができると言う。しかし、子どもに持たせる弁当は、早く確実に、体のことも考えて作らねばならない。毎日続けるというのは、それだけで凄いことだ。熊五郎の言葉に喜代美は、自分と正平の弁当を詰める糸子の姿を思い出した。
喜代美が楽屋に弁当を運ぶと、糸子が尊徳や柳宝を相手に話をしていた。弁当を前に尊徳が、箸がない、腹が減ってるのに殺生な、と声をあげる。糸子は、箸は食卓の名脇役だ、どんなご馳走も箸がないと食べられない、という正典の言葉を伝えた。
照明ブースの颯太は喜代美に、口上の時だけでも作業してみないかと声をかける。作業は簡単だし、気分が悪くなったら交代する。颯太の申し出を、喜代美は笑顔で受け入れた。
磯七が駆け付け、鞍馬も最後列から見つめる中、開演時刻になる。喜代美はパネルを操作する。喜代美が当てるスポットライトに照らされて、草原ら五人は口上を述べる。草原の挨拶。草々は、その日暮らしの噺家も客に育ててもらいたい、と語る。小草若は、蜩の一生のように修業期間が底抜けに長いこと。四草は、日暮らし、一日中落語をやっても飽きない噺家と聴いても飽きない客が集う小屋であること。そして小草々は、小屋のシンボル、若狭塗箸の意味する、稽古を塗り重ね、積み重ねて精進する決意。草原の総括を経て、五人は頭を下げる。場内は拍手喝采だ。喜代美は、順子の言葉を思い返していた。人にライトを当てるというのは、素敵な仕事だな。笑みを浮かべた喜代美は、客席に目を転じる。笑顔の糸子が、舞台上の五人に拍手を送っている。はっとしてお腹に手を当てる喜代美の胸の内には、説明しきれない感情が込み上げていた。
10月11日、ちょうど正太郎の命日、楽屋で振り返った喜代美は正太郎と対面する。「人間も箸と同じや。研いで出てくるのは、塗り重ねた物だけや」幼い日の光景が蘇った。
高座に上がった喜代美は、家族や小浜の関係者も並ぶ客席に向かい、愛宕山を演じ始める。喜代美は、小浜に越して来た日、スカートを裂いた記憶を呼び起こす。その夜には糸子は、端切れで作った巾着を喜代美に持たせた。
野辺へ出て参りますと…と語る喜代美は、遠足の日、期待した弁当が蕎麦だったのを思い出す。腹を立てて帰宅すると、漆にかぶれた糸子がお色気ムンムンや、と明るく振る舞っていた。
場面はかわらけ投げ。喜代美は、糸子と梅丈岳に行ったことを思い出す。喜代美の幸せと笑顔を祈る糸子は、勢い余って財布まで投げた。つい笑い出した喜代美を糸子は、喜代美が笑った、と心の底から喜んで抱き締めた。
愛宕山を演じ終えた喜代美は一礼すると、笑顔を崩さぬまま言った。「本日は、私の最後の高座にお付き合いいただきましてありがとうございました」突然の発言に客席がざわつく中、喜代美はもう一度深く礼をした。
草々は喜代美に、何を訳の分からんことを、修業を無駄にする気かと怒鳴る。草原は草々をなだめて喜代美に、今の一席は良かった、それだけにもったいないと言う。喜代美は、自分のなりたいものを見付けてしまったと、数年来の違和感も霧消した穏やかな笑みで語る。糸子が楽屋に飛び込み、喜代美に説教する。何を考えているのだ、ちゃんと修業を続けろ。喜代美は糸子に、小浜を出るとき、ひどいことを言ってごめんと謝る。――おかあちゃんみたいに、なりたくないの!喜代美は、あの頃はおかあちゃんはつまらん脇役人生だと思っていた、と告白する。自分のことは後回し、家族の心配をし世話を焼き、泣いたり笑ったり。でも、そうではなかった。おかあちゃんは太陽みたいに毎日毎日、周りを照らしてくれる。それがどんなに素敵で豊かなことか分かった、お腹にいる時から大事にしてくれて、ありがとうと言う。糸子は、何を言っているの、この子は!と涙ぐむ。「わたし…おかあちゃんみたいになりたい」涙を湛えた目で喜代美は静かに、しかしはっきりと告げた。「おかあちゃんみたいに、なりたいんや」
2007年春、どねしよ、と弱気になる臨月の喜代美を、順子は叱咤する。草々の弟子たち、更にはひぐらし亭の落語家全員のおかあちゃんにもなると決めたのだろう。それならもう「どねしよ」は禁止だ、と。
魚屋食堂では順平が、鯖を焼かせてとせがむ。秀臣は春平に、新しいデザインの箸を贈る。幸助は両家の跡継ぎの誕生を予感するが、松江は孫たちを双子タレントにしたがる。口論を始める夫婦に友春は、喧嘩はすな、と焼き鯖を差し出した。ひぐらし亭では、小草若改め四代目草若が襲名披露の高座に上っていた。鞍馬は、やっとまた草若に会えた、と感慨深げに呟いた。そして奈津子と小次郎は、著書が売れずとも、それを叩き売ろうとも、それなりに生活を楽しんだ。
四代目草若を祝福する清海に四代目は、箸のイベントに呼んでくれたからだと底抜けに感謝する。その手が清海に当たり、四代目は取り乱して謝る。清海は笑顔でこたえた。寝床の一角では磯七が、長年の功績を称える賞を受賞した草原を祝福する。草原は、妻が表彰されたと思うと答え、みどり、まーくん、と泣いて抱き合った。その時、怒りの形相の女が現れ、四草に男の子を押し付ける。「あなたの子どもです」一同があっけにとられる中、四草は男の子をあっさりと受け入れた。
草々の演目を弟弟子に聞かれた小草々は、天狗裁きやと教える。別の弟子が愛宕山だろうと突っ込んだ。正平は恐竜博物館への異動がかなった。小梅は相変わらず粋だし、正典は製作所でも塗箸を教えている。そして糸子は鼻をひくつかせて、2~3日のうちに産まれると予言した。
工房で愛宕山のテープを聴く喜代美に草々は、子どもが産まれたら師匠の落語を一緒に伝えようと言う。はい、と答えた喜代美は陣痛に襲われる。テープの声が続く中、喜代美は巾着を握り締めた。
喜代美を運び込んだ分娩室の扉が閉まる。草々は扉の前で、意を決して背筋を伸ばす。「野辺へ出て参りますと…」草々は祈るように、喜代美に届けるように、愛宕山を大声で唱える。「…その道中の、陽気なこと!」しばしの静寂。やがて、元気な産声が響いた。春の日の光の中、草々は声をあげて泣いた。
ベッドに横たわる喜代美は、横に微笑みを向ける。それは、朝日のような「母」の笑顔だった。
2008年春。ひぐらし亭の「四草会」では、草々が高座で育児に奮闘している若狭の近況を語っていた。今日の演目は、若狭と作った創作落語。1996年、小浜―大阪間できょうだい弟子が体験した出来事だ。
四草が運転する車が道に迷い、田舎道に停車した時、辺りはすっかり暗くなっていた。どうしても今日中に帰りたいと草原と小草若は慌てるが、さらにガス欠まで加わる。草原と小草若は、人家を求めて降車の支度をする。四草は「きつねに化かされて、朽ち果てたらいいのに」と吐き捨てていた。
夜なべする扇骨職人・萬事に、ちえ子は「こんな夜は、萬事の息子が訪ねてきたりして」と話しかける。その時「ごめんください」の声がして、ちえ子は扉を開ける。そこに、徒然亭の三人がいた。四草は、宿はあるかと尋ねる。ちえ子は上がるよう勧め、静かにしているならと萬事も許可した。
草原は借りた電話で緑に状況を説明し、泣いている颯太をなだめ、先方によろしくと伝えて切る。次いで小草若は草若に連絡を入れるが、酒を飲むとわがままを言う草若を「親父!」と呼んで叱る。四草はそんな、約束がありそうな、家族のいる二人を見つめていた。
三人はちえ子から地酒と鮒寿司を勧められる。酔った草原と小草若はふるさとを歌い出す。調子を狂わされて萬事は己の手を叩き、ちえ子を呼びつける。ちえ子は三人に静かにするようたしなめ、萬事は気が立っている、刃物を使う作業だしと軽く脅した。
三人は「若狭ガレイなど、身元がはっきりした名産品はおいしい」という話題を始める。四草は「『草若の息子』という身元がはっきりした小草若の落語がうまくないのはおかしい」と言う。険悪になる二人。草原を行司に始まった相撲の騒ぎにまた萬事の手元が狂い、三人はちえ子に睨まれた。
声が低くなる話をしよう、と草原。四草は、皆が静かになる話をする、と賭けを持ちかけ、話し始める。忍は呉服屋社長の妾の子だったが店が潰れ、母は昼夜を問わず働いた。忍は大学を出て大手商社に就職したが、上司の尻拭いの果てにクビになる。母は失意のまま帰らぬ人に…襖が開き、萬事が入ってきた。萬事は「お前が忍か?許してくれ!」と畳に手をついた。「嘘なんです」四草は延陽伯の客、忍の身の上話を混ぜた作り話だと言った。
落胆した萬事が作業場に戻る。小草若は、他人の不幸話を賭けのネタにした四草に怒り出す。未だに得体が知れない。扇の骨と書いて扇骨、馬の骨と書いて四草だ。言われた四草は手近の扇骨を投げつける。弾みで扇骨が一本折れてしまった。
四草は萬事に、糠喜びさせたことを謝り、なぜ苦労が伴う扇骨作りを続けるのかと問う。気を遣いながら世話を焼くちえ子のためにできることは、コツコツ扇骨を作ることしかなかったと萬事。四草は、自分には守るものも、帰る場所もないと吐露する。ややあって時計が零時を告げた。襖の向こうから、ハッピーバースデーが聞こえてきた。正座した草原と小草若が歌っていた。草原と小草若は、襖越しに語りかける。誕生日おめでとう。みんな寝床で待っていたと。さっきの草原の電話は、寝床のキャンセルだった。小草若は、草若が四草の入門年のワインを探したこと、一人で飲むと電話ですねていたことを明かす。四草は襖を開けた。三組並んだ布団の左に草原、右に小草若が、背中を向けて転がっていた。
翌朝、萬事が襖を開けると、三人が絡まるように眠っていた。萬事の笑い声に飛び起きた草原は、前夜の非礼を詫びる。自分の話も全て作り話だ、と萬事。四草が折った扇骨を拾った萬事に草原は、もらっていいかと尋ねた。
四草が給油するそばで、土産に鮒寿司を買おう、また太る、お前は細すぎると応酬する草原と小草若。「馬の骨と書いて四草、骨と書いて小草若ですね」と四草。運転席に乗り込み、延陽伯でもう一人の忍の話を聞きたい、と申し出る四草に、草原は頷いた。小草若を置き去りに発進する車。慌てて追い掛ける小草若に、四草は窓から顔を出す。「きつねに化かされて、朽ち果ててしまえ!」再び走り出す車。疾走する小草若。その道中は、今日も陽気なものだった。
「しょうもないサゲでしたね」再び2008年のひぐらし亭。楽屋に戻った草々に、四草は言い放った。四草は扇子を広げた。骨が一本欠けたその扇子には、右に「一九九六年四月四日」左に「安曇川にて」。そして中央には草原と小草若のサイン。四草の口元がふっと緩む。立ち上がった四草は、草々にぽんと背中を叩かれた。穏やかな目を見交わし、四草は高座へと赴いた。きょうだい弟子の「思い」を携えて。
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