『化物ハ紅イ部屋デ踊ル』
もうだいぶ日が高い・・・だろうとは思うのだが。自分の屋敷ながら、そこはほの暗く、むせ返りそうなほどに湿った空気で満たされていて、ひどく不快。そしてなぜか、ゾンビたちが我が物顔で闊歩する場所になってしまっていた。おまけに私とジュンを見つけ次第、食いかかってくるという・・・。言っておくけどここの主人は(一応)この私なのよ! と、心の中で叫びをあげる。私の後ろを歩くジュンが、唐突に話しかける。「水銀燈、念のため言っとくけどさ、こいつらには言葉通じるだけの脳みそ残ってないからな」・・・彼は読心術でも身に着けているのだろうか?「まぁ似たようなものだな」マジでそうらしい。ガヅン引き金を引いた音というよりは、巨大な歯車がきしむような音。次の瞬間の爆音と同時に、亡者たちが紙細工のように吹き飛び、粘土細工のように叩きつけられる。もう何体のゾンビをこんなにしたのかしら、と思い返してみようとは思うが、記憶に残っているのはひき肉状になった彼らの姿のみ。とても数を数えるような状態ではない。とりあえずわかることは、10コ以上こんな状態のモノを作り出している、ということだ。現在位置。2階中央廊下。エントランスはもう目の前。「・・・3階から今までゾンビあんまりいなかったから、入り口のあたりにたまってるのかと思いきや」吹き抜けになっているエントランスホールは2階から覗くことができる。そこはすでにゾンビたちの死体が累々と積み上げられていた。「なんなんですかね、これは」私たちがここにくるまでに作っていたものは、粉々になったひき肉の塊。しかし、ここに山積みになっていたのは、無残にも切り裂かれ、荒らされ、蹂躙された人型のもの。ぼろ雑巾のように引き裂かれたゾンビたち。巨大な傷跡がいくつも残る床や壁。血でべたべたの空間。「なぁ、もう一回聞くぞ? ここには本当に、お前以外、誰もいないんだよな」「・・・ええ、私の知る限りは」その惨劇の痕は明らかに、私たちによるものではなかった。もっと強大で、品のない、食い散らかしたような、化物の、けだものの仕業。「水銀燈」私の名を呼ぶ彼の声も、氷のように冷え冷えとしていた。「僕の傍から離れるな」部屋中に塗りたくられた紅のせいだろうか? この部屋は喉に絡みつくような湿り気が充満していた。ゆっくり、ゆっくりと、慎重に階段を下る私たち。何がここに潜んでいるのか、わからないのだから。「きっと人工のゾンビのぬいぐるみだ。それも大きな動物ベースだな。おそらく熊だ」頼みもしないのに説明をするジュン。「壁の高いところにも傷があった。かなりでかいに違いない」ゆっくりと歩いてるわりには、銃に弾を込めていたりと、用心しているのか無用心なのか。「水銀燈」「何」「悪いんだが、弾がもうあんまりストックないわ」「ええ!? まだそんなにジャラジャラあるじゃない!」「9発しかない」「十分だと思うけどぉ・・・」「3点バーストって言ってな、一回撃つだけで弾丸3発消費するんだ」「じゃああと2回しか撃てないってことぉ?」「・・・3回だ。小学生かお前は」恥ずかしさで顔が紅潮しているのがわかる。「まぁそういうわけで、だ。ここを荒らした化物と格闘しても勝てる自信ないからな」「・・・じゃあ、会っちゃったらどうするつもりよぉ」「逃げる」『瘢陲如惹闔龠皷』突然どこからか聞こえてきたのは、まるでツクリモノのような声。声がホールに響き渡り、満たされた刹那。巨大な赤黒い塊が天上から降ってくる。化物が、そこにいた。つぎはぎだらけの巨大な熊の体。そしてそこには6本の腕。熊の胸の毛に埋もれた男の顔。眼球はせわしく動き回って、焦点が定まっていない。「ちっ・・・くしょ! 趣味の悪いぬいぐるみだ!」ジュンは銃を振りかざし、化物へと銃口を向け、撃った。後ずさりする化物。しかしジュンは容赦しない。よろめいた化物に2発目を放った。2本、腕がちぎれ飛んでいき、床の上で主を求めてのた打ち回っているが、本体はものともしない。『磁識痔汐屡偲痔射嫉磁痔』化物は唸りを上げ、彼へと突っ込んでゆく。その巨体からは想像も出来ない猛スピード。しかし目標はジュンではない。彼の後ろにいる、この、私だ。「水銀燈ッ」刻一刻と視界を支配する化物の巨体。私はこれに押しつぶされて死んでしまうのだろうか?目前に迫った死に、目を。鼓膜を引き裂くような轟音に、耳を。塞ぐ。
私が再び目を開いたその時、そこに出来上がっていたのは→「巨大な紅い池」私が再び目を開いたその時、そこに横たわっていたのは→「一体の化物」「ギリギリ、セーフってところだな」にこりと私に微笑みかける彼。親指を立てて笑っている。「ジュン」嬉しくなって、彼の傍へと寄る。「ありが」ぬるり。え?ジュンの胸へと触れた手に、異様な感触を感じ、手を離す。自分自身の手を見つめる。そこに絡みつき、こびり付いていたのは、紅い紅い、彼の血。そして彼自身も、打ち倒した化物と同じく、ゆっくりと、笑顔で紅の沼へと落ちていく。私が見開いた目の先、そこに立っていたのは→「新たなもう一体の化物」そこにいたのは、象のように巨大な猫。まるで化猫。化物の目が、私を見据える。それは、血で濡れた自らの爪を、とても、とても嬉しそうにひと舐めし、唇を歪める。わたしをここまでつれてきてくれたじゅんこのひきこもりのわたしを、おもしろいやつ、といってくれたじゅんわたしのてをひいてくれたじゅんわたしをまもって、たおれたじゅんこんなわたしの、ともだちになってくれようとした、じゅんなにもできないわたしおとうさまをなくして、ひとりっきりで、ひげきのひろいんをえんじてたわたしじゅんにであうまでれんびんにひたってたわたしさいごのさいごまで、じゅんにまもられつづけるわたし。ああ、何て醜いんだろう。私が不甲斐ないから。私が弱いから。私が私が私ががががが彼が倒れてしまった。私にもっと力があれば。私は自分自身の無力を憎む。血の沼に沈んだ彼をそっと膝へと抱きかかえる。かすかに彼がうめくのが聞こえる。よかった、まだ息があった。だけれど、彼の胸の傷口は浅くはないようだ。「ごめんねぇ、ジュン」そっと、彼の傷口にキスをする。彼の血の味が、口腔いっぱいに広がる。あたたかく、ほんの少し塩辛く、そして錆びた金属の味がした。「あなたひとりではいかせないからねぇ」あんな化物に、このハーフでおまけに引きこもりのこの私が勝てるだなんて思ってはいない。でも、戦って死ぬ私の命をそのまま彼への手向けの花にする。そんなのは馬鹿馬鹿しすぎるかしら?彼の血潮が、そのまま私の血潮となり、私の全身を巡る。ジュンの力が、私の体にみなぎってくる。とたんに開ける視界。部屋に満たされた血の匂い、香りを感じ始める鼻腔。この部屋のありとあらゆる音を聞き取る鼓膜。「・・・!」聞こえる。ジュンの鼓動の音が、彼の心臓が拍動するが、次第に弱くなってきている。そのことを感じ取った次の瞬間。激痛が背中を貫くのを感じた。痛い。私が今までに体験したこともない、激しい痛み。あの化猫のものではない。多分。あれは今、下品にもばらされた亡者の体を弄んでいるところなのだから。「ああああッ」背中が、裂ける様に痛む。私にできることは、倒れないように、足に力を込める。「うああああああッ」激痛、激痛、激痛。背中に刻み込まれる痛み。私は叫び、唸る事しかできない。永遠とも思える苦痛の連続。幾度となく繰り返される痛み。痛い痛い痛い痛い痛い。お父様、ジュン、助けて。激痛が絶頂に達したとき、私の背中が、ひび割れる。めきり。めりめりめりめり。めき。私の背から這い出すそれは夜のように深い漆黒。ねっとりとした血を纏い、ひくついている。小さく折りたたまれ、ちぢこまっている今ですら、ジュンの腕程の大きさを持つそれ。先ほどまでの痛みが嘘のように引いている。今の私を支配しているのは、限りない高揚感と使命感。そして私は、翼を手に入れた。「待たせたわねぇ、気色悪いデカ猫! ジュンの敵! あんたなんて、この私がいますぐジャンクにしてあげる!」私の声を聞き、びっくりしたように、猫はこっちを向いた。『まだいたのか』なんて、顔をして。第五夜ニ続クジ「はい、というわけで今回から始まりました、 不定期連載蛇足な補足コーナー『血液フェチとナンパ好き疑惑』、始まり始まり」銀「そのタイトルはどうにかならないわけぇ? まるで私たちが変態みたいじゃない」ジ「細かい事は気にするな。ところで今回のラストの水銀燈さんのセリフ、かっこいいですねぇ」銀「あら、そぉ?」ジ「いかにもキメ台詞、って感じじゃないですか」銀「褒めても何にも出ないわよ」ジ「僕も水銀燈みたいなキメ台詞がほしいが、うーん。思いつかないな」銀「『お前の考えている事はマルッとスルッと全てお見通しだ!』ってのはどうかしらぁ?」ジ「それ何て仲間由紀恵さん?」銀「ところで今回出てきた『ぬいぐるみ』、あれは何を喋ってるの?」ジ「さぁね。とりあえずわけのわからないことを口走ってるんだよ。演出って奴だ。 読者のみなさんのブラウザが狂ってるわけじゃないから心配の必要はないです」
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