「(…そう、あれが僕とロックの出会いだったんだ)」
「(あの人に、ロックのことをたくさん教えてもらったんだ)」

今にして思うと、何故あんな怪しい男と話せたのか不思議だった。

「でだ、LSDなんかの幻覚や体験を音楽で表現しようとしたのがサイケデリックロックで…」
「後のプログレッシブやハードロックはここからの派生だと俺は思うんだ」

男は自分の好きなロックについて熱く語り、蒼星石はその話を熱心に聞いた。
気がつけば一時間程話していた。

「…っと、話しすぎたな。すまん、退屈だっただろ?」
「いえ、とても面白かったですよ」

蒼星石は男の話を聞いているうちに、すっかりロックの虜になっていた。
男は再び満足げに笑う。

「こりゃ、また親不孝者を一人増やしちまったかな?」

冗談めかして言うと、ギターとアンプを持って蒼星石に背を向けた。

「俺はもう帰る。嬢ちゃんも早く帰りな!俺みたいなのに絡まれたらやっかいだぜ?」
「はい!」

蒼星石が返事をすると男が歩き出す。

「あ…あの!」

蒼星石が声を上げる。男の足が止まった。

「あなたは…一体誰なんですか?」

蒼星石の質問に男は答えなかった。
代わりに、また村八分の歌を歌い、歩き出した。

…俺のことわかる奴いるけ?…
…わかる奴いるけ?俺のこと…
…耳を澄ましてよく聞きな…
…俺のことをよく覚えな…

ギターもベースもドラムもなく口ずさまれたその歌は、差別表現を多く使っていた。
しかし、それはとても悲しく聞こえた。
そのまま、男の姿は消えていった。

「…」

蒼星石は家へと向かった…おつかいを頼まれたことはすっかり忘れていた。

「(あのあと、翠星石に凄く怒られて泣きながら抱きつかれたっけ…)」

その日の夕飯は、どれも塩気が無かったのをよく覚えている。

そして、その日から蒼星石のロック人生が始まった。
まず、手当たり次第に入手できるロックCDを買いあさった。
洋楽邦楽関係なく、パンクもメタルも全て聞きあさった。

「(あの年の誕生日プレゼントに、お祖父ちゃんがベースをくれたんだった)」

蒼星石がベースを始めると、それと同時に姉の翠星石はドラムをやり始めた。

そして、その年の学園祭。蒼星石と翠星石、そして翠星石の友人で3ピースバンドをやった。
蒼星石はベース&ボーカルという大役を任された。
それほど上手い歌ではなかったし、ベースもまだまだ未熟だった。
だが、優等生で大人しいイメージが強い蒼星石が舞台に立っていること自体が衝撃だった。
しかも演奏したのはセックスピストルズのコピーという、蒼星石のイメージを覆すものだった。

ライブでの蒼星石のテンションは異常に高かった。
ライブの終盤、God save the Queenを歌いながら蒼星石は自らのベースを振り上げ…

「NO FUTURE FOR YOU!!!」

思いっきりアンプに叩きつけた。当然アンプは壊れ、ベースのネックは見事に折れた。

「(これまでの人生で一番ロックな瞬間だったよな…あれ)」

…それが原因でほぼ確定していた有名な進学校への入学が水の泡となり、翠星石と同じ私立薔薇学園高校へ進学することになった。

「(あれが、間接的に真紅達に出会うきっかけになったんだな…)」

薔薇学園で真紅と水銀燈に出会った彼女たちはローゼンメイデンの原型となるバンドを結成した。
その後、キーボード募集の張り紙をみた薔薇水晶がメンバーに加わり、現代のローゼンメイデンが誕生したのである。

「(…そうだ、全てあのとき始まったんだ…)」

蒼星石の意識は一気に現代に戻ってくる。


目を開く。

水銀燈は穏やかな、しかし情熱的なギターソロを弾いている。
その隣で、満足げに笑うチャー坊の姿があった。
二人が演奏する「くたびれて」は終盤に入っていた。

…歩いては くたびれて…
…ふり返り くたびれて…
…握った 手のひらは…
…くたびれて くたびれて…

「…それでも、歩かなきゃいけないんだ」

演奏が終わり、チャー坊が蒼星石のほうを見た。

「…嬢ちゃん、今の歌…どうだった?」

チャー坊は開口一番にそう聞いた。

「…最高でした」

蒼星石は、ニッコリ笑っていた。





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最終更新:2008年03月20日 12:05