エレクトラ・レコード社と契約を結んだ真紅達のバンド The Maidens は、そのレコーディンクを控え、ある問題を抱えていた。

どうやって The End のテイクを成功させるかだ。

一昨日といい昨日といい、The End の演奏は結局成功していない。ボーカルの雪華綺晶が途中で歌うのを放棄したり、歌いながら踊り廻っては突然気絶したり、本来とは違う歌詞をよみあげ始めたりするのだから。

「父を殺し、母を犯す」。「自分の本質を手に取る」。一体どういうことなのか。

それを理解しなければ、彼女の望む The End は曲として完成しえない。
そんな気がした真紅は、UCLA大学で、今度は彼女に

「貴女の両親はどんなお人なの?」

と質問した。すると雪華綺晶はこう答える。

「両親は私が出来立てほやほやの頃に交通事故で死にました」。

嘘だ、と真紅は考えた。両親が幼き頃から死んだのなら、大学の入学金は誰が払った?
もうこれ以上向こうからは何も語ってくれないと悟った真紅は、こちらから詮索していく腹をきめた。
大学での雪華綺晶のロッカーなどから、ノートや日記を引き出して中を覗いて見るのだ。難解なものが多い彼女の歌詞の理解にも繋がるかもしれない。

とはいえ、真紅は雪華綺晶のロッカーが何処なのか分からなかった。大学は同じUCLAいえども、学部は違う。
彼女は映画科だ。映画科の彼女は以前に、「マザー・グースの歌といまどきの映画の繋がり」という題名で自分独自の講義を開いたことがあるそうだが、このとき雪華綺晶は受講してきた人のなかに男が多いことに腹を立て、

「女の子はお砂糖とスパイスすてきなもの何もかもを含めばよいが、男の子はカエルにデンデンムシに犬の尻尾でも含んでおけ」

と文字通りマザー・グースの歌を引用しながら煽動し、大ブーイングを食らったという。
それからも彼女はマザー・グースの歌が「ダイ・ハード3」などの映画に登場していることなどを指摘したが、講義はスムーズに進まず、「もうやめます。」と最後には教室から立ち去り、そのあと「なぜだれもわからない!」と叫び、真紅の胸に頭をうずめて泣いたのだった。

「何かお探しかね、嬢ちゃん」

突然かけられた声で、真紅の意識がはっとその場に戻った。見てみると、大柄そうで図太い男がこちらに声をかけている。

「ああ、映画科の人で探している友達がいて…」
「ちょうどいい。僕も映画科の人間だ。」図太い男はいった。「誰を探しているんだい」

真紅は、探している者の名とその目立つ特徴を伝えた。

「正確には、その子のロッカーが見たいのですが。ノートを借りたくて……」

「あー。」

ポンと男は手を叩く。

「そいつとは同級生だよ。前から奇妙なヤツだとは思っていたがね。こっちだよ。」

男はそそくさと何処かを指差し、真紅を案内していく。

「あいつはとんだ変わった子だよ、嬢ちゃん」

男は言う。

「僕のガールフレンドが目撃したと言ったんだがね、ラスベガスにあるポルノ劇場の駐車場にその白薔薇の少女がいたんだよ。何をするかと思えば、警備員の目の前でマリファナを吸う真似をしてからかいまくってたそうな。」

男は続ける。

「僕も興味をそそられてね。あの綺麗な少女に話し掛けて見たことがあるんだよ。そしたらなんて答えたと思う、私はこれまでどんな人間の男とも会話を当然のように避けてきた。今回私があなたにお答えできたのは、あなたがそれらですらないからだ、だって!」

男は自嘲するように笑う。「僕はチンパンジーかなんかかね!」

「は、はぁ……」

とりあえず真紅は男に合わせて頷いてみせた。雪華綺晶が人間の男を嫌うことは知っている。

「さあここだ」

来るところまで来ると、男はあるロッカーが並んでいる空間を指さした。

「奥の右から7番目だよ。おっと、別に僕はあの子について怪しい詮索はしていないからな。たまたまその隣が僕だったからというだけさ。」

7番目のロッカーの隣にあたる八番目のロッカーは、ひどく汚れていた。中身が収まりきらずはみ出ている。

真紅は苦笑した。それから案内してくれた男に礼をいい、その男が自らの教室へと戻っていく後姿を見送った。

あの男こそが、「ゴッドファーザー」、「地獄の黙示録」などの映画を手掛け、将来超大物映画監督となる、フランシス・フォード・コッポラの若き学生時代の頃の姿だ。


「ふぅ……」

自分を落ち着かせるように、真紅はため息をついた。慎重に七番目のロッカーに近づいてみる。
鍵はかけられていないらしい。UCLA大学の映画科で監督を目指すであろう者たちが、ちまちまロッカーから人の道具など盗むはずがない、というような暗黙の了解があると真紅は耳にしたことがあるが、本当かは定かでない。

キィ……

静かな軋み音をたてて、雪華綺晶のロッカーが開き、その中身が明らかとなる。

「すごい……」

真紅が何より驚いたのは、そのロッカーの中に大量に収納された本の数々だった。
いや、ロッカーの9割が本で埋めつくされている。まさに文学好き少女、といったところなのか。

本を数冊掴んで取り出してみると、どうやら児童文学の本が多い傾向にあるようだ。
『マザー・グース』、『鏡の国のアリス』、『ホビットの冒険』。T.S.エリオットの『CATS』、『荒地』、東洋文学では『三月記』がある。

長編の本だと、『指輪物語』、『北欧神話』、その他ギリシャ神話がもろもろ。

さらに文学とは別に、『旧約聖書』などというものもあった。

彼女の感性豊かで不思議な世界観を持つ詩はこういったところから派生しているのか、と真紅は関心した。

読書自体は自分も好きだが、ここまでとは……真紅は夢中になって立ちっぱで彼女の本を読んでいると、

「私のロッカーを思うままにご覧なさって、何か新しい目は開きましたか?」

「!?」

突然の雪華綺晶の声に真紅は慌てふためき、手元の本から数冊がバラバラとこぼれ落ちる。

「き、雪華綺晶、あら、いたの!驚いたのだわ!」

とっさの真紅がした、あたかも奇遇であるように装うという行動は、まったくその場を繕えていない。

「…。」

雪華綺晶は無言で真紅の落とした自分の本の数々を拾い上げると、それをもう一度真紅の腕のなかに持たせる。

「死んだ両親の骨はここからは出てきっこないですよ?」

と、得意げに真紅に微笑んでみせる。

「雪華綺晶、お願い。次のレコーディングまでに、最終的にあなたが The End どう歌いたいのか、その歌詞を教えてちょうだい」

「人のロッカーを覗いておきながら頼みごとだなんて…ふふ」

挑発的にいうと、雪華綺晶はこう切り出した。

「私とちょっとしたゲームをしましょう。とても簡単なゲームです。いま貴女が持っているその私の本」

雪華綺晶は人指し指の先を、真紅の腕に積み上げられている本の上に置いた。

「貴女はそのうちからどれか一冊を選び」

人差し指は本の上をなぞり、やがてページをめくる部分に達すると、彼女は器用にそれで本をめくってみせた。

「どこかのページからどれかの文を一つ読み上げる。私がそれがだれの本で…何の本であるかを当てる。
それを三回繰り替えす。一度でも間違えば私の負け。全て正解すれは私の勝ち。」

「こ、これだけ大量の本から?」

真紅は手元の持っているのがやっとという程の本を見つめた。

「そう」

自信たっぷりに雪華綺晶が微笑む。

「私が負ければ、あなたの約束どおり、いまここで The End を書き上げて
差し上げる。その代わり…私が勝ったら…」

「な…なによ?」

雪華綺晶の怪しい企みを、真紅は危機感と共に感じ取った。

「読み上げたその本を今日持ち帰り、内容の感想をレコーディングの日にお聞かせください…」

こうして雪華綺晶のロッカー覗きを運悪く本人にばれた真紅は、彼女の提示してきたそのゲームに受けて立つこととなった。

ゲームは学食の場で行うとのことだ。

自分の頭の高さぐらい積み上げられた本を必死に運ぶ真紅。

「ちょっと…前が見えないわ」

「さあ、お好きな本を読み上げて」

雪華綺晶は学食のテーブルにつくと、左手で自分の目を隠した。
彼女には片目しかないので、片手だけで完全に自分の視界を闇に閉じることができる。右目にあるのは白い薔薇だけだ。

「これでもう私は貴女が何の本を手に取ったのか視覚で知ることはできない」

「読んでっていわれてもねぇ……」

一応、ゲームに勝つならば、いかにも分かりにくそうな内容の本を選んで読むというところだが。

ということで、真紅はいかにも地味そうでダークな長編小説を一冊選び、適当にページをめくって、それのなかのたったの一文を読み上げた。

「自分の夢を長く見る者は、自分の影に似てくる。」

「それはジョセフのハートオブザダークネスだ。」

相手のあまりの即答ぶりに真紅はぎょっとなった。本の表紙を見ると、

"ジョセフ・コンラッド著 闇の奥(Heart of the darkness)" とある。

「…正解だわ」

真紅は言った。読書は自分もするが、こうなるほどには読み込んだことがない。

「…あなた、イカれてるわ」

それからも真紅は二回ほどゲームを繰り返したが、いずれも雪華綺晶には即答された。

それは"エディオプス神話"だ、ニーチェの"あまりに人間的な"だ。

こうして真紅は約束どおりにこの本を持ち帰り、その感想を雪華綺晶に聞かせる宿題を課せられることとなったのだった。




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最終更新:2008年06月06日 16:20