<エド・サリヴァン・ショウ出演当日>

その日の朝、案の定雪華綺晶はひどい二日酔いになった。それは朝からの彼女のぐーたらな様子をみれば明らかだった。
バンド仲間は心配する真紅に、あきれ返る水銀燈、怒りだす翠星石の三つに分かれた。

「あなたどうしたの?こんななっちゃって…大丈夫?立てるの?」 

「はぁ…。おばかさん」

「生放送のライブを前に飲んだくれるって一体どういう神経してるんです!?」

なにはともあれ、雪華綺晶の回復を祈りつつ彼女たち四人はエド・サリヴァン・ショウ会場に向かう。
バンドは無名だった頃には移動にタクシーを利用していたが、今では番組側から専用の車など用意されて、彼女達はそれで移動していた。

メンバーは番組のシアターに本番30分ほど前に着く。待合室に案内されて、彼女達はそこで待っているように言われた。

水銀燈や翠星石は楽器の最終確認など行い、真紅は雪華綺晶の様子をみるなどして時間を過ごしていると、
いきなり扉が開き一人の男性が待合室に入ってきた。

「やあ。The Maidens 、今日は我らがエド・サリヴァン・ショウに訪れてくれてありがとう。私はこの番組司会者のサリヴァンだ。今後ともどうぞよろしく」

リーダー真紅が前に出て、その男と握手を結ぶ。

「いえいえこちらこそ。お招きありがとうございます。」

「今日番組で演奏してもらう曲は Light my fire ということだが……」

男は言うと、少し遠慮げにいったん言葉を切った。

「歌詞のなかに、"Girl , we couldn't get much higer"という部分があるね?」

「?はい。」真紅は男がいきなり何を言い出すのだろうと思った。


"Light my fire" の歌詞はこうだ。


You know that it would untrue
You know that I would be a liar
If I was to say to you
Girl, we couldn't get much higher

Come on baby, light my fire
Come on baby, light my fire
Try to set the night on fire

番組司会者の彼がいうには、この"Girl , we couldn't get much higher"という歌詞に問題があるらしい。

「 "higher" はドラッグの"ハイになる"という状態を連想させる。この番組はアメリカ全土に放映されるから、このまま歌われてはまずい。だからここを…」

男は一瞬首を曲げ、考える素振りをした。

「そうだな、本番はここを"Higher"とは歌わず、"Girl , we couldn't get much better"にかえて歌ってほしい。よろしいか?」

男は真紅の顔をまっすぐ見つめる。答えを待っている。もちろん、"yes"以外にはありえない答えを。


きいてもいない話に戸惑う真紅。

「そこは私でなく、ボーカルの子にきかないと…」

とりあえず彼女は言い、酔いつぶれ壁際で四つん這いになっている雪華綺晶を起こし、司会者の男の前に連れだしてみる。
そのボーカルが二日酔い状態であることを男に悟られないように、真紅はふらふらしそうになる彼女の身体を影で支えた。

「君がボーカルだね?ジャケットでみたよ。素敵な美少女だ。」

サリヴァンは改めて、彼女に歌詞を "higher" から "better" に変えて歌うように説明する。
すると雪華綺晶は一瞬だけ間をおいたあと、「はぃ。」とだけ答えた。

「それじゃあ決まりだ。」サリヴァンはメンバーにむかって微笑む。「今夜のショーに期待してくれている国民は多い。
なんつってもアンティーク美少女バンド The Maidens の初のTV出演だからな。お互い必ず成功させよう。」といい、
そそくさと待合室を去っていった。

「歌詞を変えろ、ですって!」

司会者が消えると、翠星石は不満を垂らした。

「アーティストに歌詞を変えろだなんて、なめているです!」

「仕方ないわ、翠星石。これだけドラッグが流行っている時代なんですもの」

そういう真紅のすぐ横に、LSDをのみながらのレコーディング経験がボーカリストがいる。

「そうにしても、betterってぇ…」

水銀燈も頭を悩ませているらしい。彼女の原作 Light my fire の歌詞が、誰かに書き換えられる経験はこれで二度目だ。

「 higher は、直前のliar と韻を踏んでいるからこそなのに、betterにしろだなんて、つまらない男ねぇ!」

改めて歌詞を確認するが、


You know that it would untrue
You know that I would be a liar(ライアー)
If I was to say to you
Girl, we couldn't get much higher(ハイアー)

この二つは、"イアー"と韻を踏むことによって初めて真の力を発揮するセットの歌詞なのだ。ところがここを


You know that it would untrue
You know that I would be a liar (ライアー)
If I was to say to you
Girl, we couldn't get much better ("ベター")

となると、韻が崩れて曲のリズムのノリに支障をきたす。水銀燈はそれに不服を感じたのだった。
これについて、雪華綺晶はただ沈黙を守っていた。Light my fire の歌詞が higher だろうが better だろうがもうどうでもよいと思っていたからだ。しかし、それを口に出すと水銀燈に嫌われそうなので彼女は心の中だけにしまった。

いや、そうじゃない。

ふと雪華綺晶は心の中で気づいた。これはむしろチャンスである、と。
何かに閃いたときのような彼女の怪しい目の光に、そのときバンド仲間は気づかなかった。
彼女達はそれぞれ、あまりに複雑な思いを心に浮かべていたのだから。

刻は19時をさす。番組本番だ。
エド・サリヴァン・ショウは、今週最も話題の人気美少女バンド The Maidens をゲストに呼んだとして、観客席にはいつもよりずっと多くの人々が座っていた。

「どうもこんばんは!エド・サリヴァン・ショーにようこそ!今日は特別なゲストを呼んでいます。そう、ザ・メイデンズです!」

司会者のサリヴァンがそうアナウンスすると、わーと観客席からどよめきと興奮が起こる。
しかし、彼女達はまだ観客の前に姿を現していない。

「それではメイデンズに歌ってもらいましょう。ハートに火をつけてです!」

と、そのとき突然照明がパッと明るくなった。
するとどうだろう、暗闇に隠れて待機していたメイデンズのメンバーが楽器などの準備も万端にした状態で姿を現したではないか。
美少女グループを生で目の前にする観客が喚声を上げる。

「ジャケットで見るよりずっとかわいい!」「ホントにお人形さんたちみたい!」と黄色い声を上げる女性客とか、

「キュート!」と叫ぶ男性客とか。

パチパチと拍手が観客席から割れ、メイデンズのメンバーに視線が注がれる。
金髪のツインテールの少女から、凝った黒いドレスのギタリストの少女。ドラマーの綺麗なオッドアイの少女、
そして白い薔薇を象った少女までメンバーが一人残らずとても魅力的であった。男女問わずそれは大衆の目を寄せる。

なかでも異様な雰囲気を放っているのはマイクのスタンドの前に立ったボーカルの通称"白薔薇"である。
実物の白薔薇を目にした観客たちは、ジャケットからは感じ取れなかった彼女のおどけたオーラに気づいた。
まるで存在そのものが幻みたいに不思議だ。と。夢の世界にのみ生きる少女が現実に迷い込んできたかのようだとも。
そんな雰囲気を出している彼女の原因の一つに、二日酔いで少しふらふらしていることもあるのだが、むしろそれが災い(?)して余計に神妙な絵として映るほど、元々の彼女が美しかった。

注目が集まるなか、白薔薇はマイクのスタンドに手をつけると、いきなり観客に向かってこう言い出した。

「ある朝。自由なひばりは白の屋敷で目覚めました。屋敷の庭には美しい薔薇園があり…美しい咲き誇っていた紅の薔薇は白の薔薇へと変わってゆきました。それはどうして…?それはその子が目を覚ましてしまったから……この夢はもう終わってしまったのでしょうか?」

まだ演奏も始まってないのに、なにを語り出すのだろう。と真紅達は思ったが、さすがにもう慣れてきた。
いつもの彼女の即興詩だろう。毎回毎回よくその場ですぐにこういう詩を思いつくものだ。

観客たちも不思議な台詞を語り掛けてくる白薔薇の少女を変に思ったが、彼女の声の魔力によってすぐにそれは魅力へと変わった。

「私たちの儀式(アリスゲーム)が始まろうとしています……」

白薔薇は語り続ける。

「姉妹は全て揃っていますか?」


白薔薇は自分達の演奏のことを"ライブ"とは呼ばず、"儀式(アリスゲーム)"と呼んだ。
それはあくまでも自分の歌がただのロックバンドとしてでなく、詩人として歌いたいという心理の現れだったのかは分からない。

また彼女はライブの観客達に、"姉妹たちは揃っているか"とも呼びかける。
姉妹と呼ぶからには雪華綺晶の眼中に人間の男など入っていないということになるのだが、なんせ Light my fire のようなラブソングを歌っている彼女だ。
ほとんど気にかけた男性の観客はいなかった。

雪華綺晶は一瞬後ろにふりむき、バンド仲間たちに視線を送る。"もうすぐ始めましょう"という合図らしい。
真紅達はそれぞれ演奏する構えをとった。そして、

 Wake Up!(目覚めよ!)

という突然の大声と共に、Light my fire(ハートに火をつけて)のイントロが始まった。

どっと観客からどよめきが起こる。
白薔薇の少女の予告もない大声に観客達はガンと頭をやられたのである。甘味に轟く叫び。それと同時に人気曲のイントロが始まったときたものだから、キャッチーは完璧である。
レコードとしてではなく、実際に演奏されるハートに火をつけての導入部を聴くとあまりにも感動的だ。

イントロが演奏されている間に、スタンドから白薔薇はマイクを手に取り出す。彼女はしばらく思いつめたように下を見つめていたが、やがて顔を上げると歌い出した。


You know that it would be untrue ,
You know that I would be a liar ,

最初の一節が過ぎる。次が、歌詞を "Higher"から"Better"に変えろと言われた箇所だ。
白薔薇の少女はゆっくりと目を瞑る。
マイクを持ってないほうの左手が、自然に胸元に上がってくる。そうして両手でマイクを持ち、


If I was to say to you ....
Girl, we couldn't get much higher

と、歌詞を変えずにそのまま " higher " と歌ってしまう。勿論これは生放送である。シーンはこのまま全土に流れた。


Come on baby, light my fire , Come on baby, light my fire , 
Try to set the night on fire ...

仲間達は"ああ、そのまま歌いやがった"という気分で演奏を続けていたことだろう。
まさしく自分たちがいるのは"生放送事故"その現場だ。演奏が終われば、司会者に何を言われるか分かったものじゃない。


The time to hesitate is through ,(ためらう時間は終わり)
No time to wallow in the mire , (クリームに溺れている時間も)

歌は続く。


Try now we can only lose , (いますることさえすれば)
And our love become a funeral pyre . (私たちは愛の炎に燃え上がって火葬となるでしょう)

Come on baby, light my fire ,(さぁ私のハートに火をつけて)
Come on baby, light my fire ,(私のハートに火をつけて)

凛とした声でそれまで歌っていた彼女だったが、


Try to set the night on , FIREE!!

と、最後のファイアーになると彼女は目を大きく見開いて大声で歌い上げた。二日酔いの症状も効いてひときわ神妙な様子に映る。

そして曲は間奏に入る。
本来ならここで4分ほどの長いソロ・タイムがあるのだが、ここではそれをカットされるように言われている。
歌詞を変えて歌うという約束を見事にぶち破った今では手遅れな気もするが、真紅達は三分版の Light my fire を言われた通りに演奏した。
跳ねるようなサウンドが鳴り響き、ノリを高める。そこで曲はイントロの部分をリピートする。


The time to hesitate is through , (ためらう時間は終わり)
No time to wallow in the mire  ,(クリームに溺れている時間も)

Try now we can only lose  (いますることさえすれば)
And our love become a funeral pyre  , (私たちは愛の炎に燃え上がって火葬となるでしょう)


Come on baby, light my fire ,Come on baby, light my fire  (さぁ私のハートに火をつけて)
Try to set the night on 「FIRE!」

再び叫ぶ白薔薇。

曲もクライマックスを迎えつつある。燃え上がり、心中の破滅へと向かうようなサウンド。白薔薇も様子を変え、勢いつけて歌い始める。


You know that it would be untrue !  (知っているはず それが嘘だと!)
You know that I would be a liar ,  (私が偽りであるということも)

If I was to say to you   (だから貴女に言うならば)
Girl, we couldn't get much higher ,」 (私たち、このままじゃハイになれない-)

と、またしても例の箇所を higher とそのまま歌ってしまう上、


Come on baby, light my fire , (さぁ、私のハートに火をつけてください!)
Come on baby, light my fire ! 」 

と叫ぶように歌い続ける。目を瞑り、両手でマイクを口元に持って、ふらふらしながら。まるで苦痛と闘っているかのように。


Try to set the night on fire ,
Try to set the night on fire ,
Try to set the night on fire ?
Try to set the night on FIRE !!!

再び最後に"ファイアー"と彼女は叫び声を会場じゅうに反響させ、曲は終点に達した。
イントロと同じメロディーであるアウトロを奏でながら、終わる。

パチパチパチ…

観客席から拍手が起こった。ヒューと口笛を鳴らすものから、興奮しすぎてよく分からない何かを言う者もいる。

しかし一方、番組司会者のエド・サリヴァンは激怒していた。

"俺の番組でドラッグのハイを言いやがった!"

この番組はゲストとして招いたロックバンドが演奏を終えたあと、そのバンドのボーカルと司会者が握手することになっている。
これにならって、雪華綺晶は顔に薄笑いを浮かべながら握手をしに司会者に近寄っていったが、サリヴァンは険悪な顔つきをして握手を拒絶した。

生放送のなか気まずい空気が流れたが、雪華綺晶はならいいやとせっせとシアターから降り、バンド仲間の楽器の片付けを手伝い始めたのだった。

こうしてバンドは、エド・サリヴァン・ショー番組側から「二度とくるな」と永久追放された。

思った通り。雪華綺晶は心のなかで思った。
歌詞を better にかえずそのまま歌ってしまえば当然司会者は怒って、握手など拒絶される。これで汚らわしい人間の男と手を繋ぐなんてことはしなくて済んだのだ。
それだけではない。こうして生放送で約束を破って歌えば、当然 Light my fire はいわく付きの作品となる。そうなれば自分がこの曲を歌う機会はおのずと減るだろう。
雪華綺晶はそこまで思って、歌詞をかえずにそのまま歌ったのだった。

ところがのちに、彼女の全く予想もしなかったアメリカ国民の反応がかえってきてしまう。

なんでも番組司会者が白薔薇との握手を拒絶したとのことで、さっそく"裏でなにかあった"と多くのファンが感づき、早くも"前もって歌詞を変えるようにいわれていた"という噂が広まったのだ。そしてファンは、歌詞を変えるように言われたのにそのまま歌ってしまった真紅達のバンドを絶賛し、

「それでこそロック」 「アーティストとして格好イイ」「大人社会に対し反抗的で素敵ね」

などと見当違いもいい(雪華綺晶にとっては)声がアメリカじゅうに出回り、余計 The Maidens は人気を高め、国民的人気バンドにまで躍り出た。

こうした流れも押して、バンドは早くも次のコンサートを取り決めた。
それがHOLLYWOOD-BOWLでのライブだ。

カリフォルニア州ハリウッドにあるこの HollyWood-bowl のコンサート会場は、いままで彼女達が経験してきたどんなライブの場よりも大規模だった。
といっても建設当時から今のような大規模な会場ではなかったらしいが、1929年の移転以来、今のような巨大な会場に変身したらしい。


(hollywood-bowl 会場)

エレクトラ・レコード社のロスチャイルドもこれには有頂天。(サリヴァン・ショーでの約束破りにはヒヤっとしたそうだが)
そんな彼はThe Maidensに、ただでさえ恵まれていたレコーディング設備をさらに強化するというプレゼントを与えた。

それが、8トラックのレコーダー、最新型の空間系エフェクト、ムーグ・シンセサイザー、である。

ムーグ・シンセサイザーとはシンセサイザーの元祖にあたる装置。音の波形を変え奇妙な音を出すことができたが、単音しか鳴らせず楽器としては実用的ではなかった。
その為、奇妙な音だけを録音したレコードは既にいくつか存在したが、これをポップ・ミュージックに使ったのは The Maidens が史上初である。

「二枚目のアルバムの製作にとりかかろう。期待しているファンはあまりにも多い」

ロスチャイルドは言った。

「それから。」改まったような口調の彼。「もう知っているかもしれないが、ついこの間"ビートルズ"が新しいアルバムを出した。
"サージェント・ペパー"がそれだ。このアルバムのレコーディングには『4』トラックのレコーダーが使われいる」

彼が最終的に何をいいたいのか、真紅達を頭を傾げた。

「いま見てもらいたい。君たちに用意された新しい設備は、『8』トラックのレコーダーに、ムーグ・シンセイザー。つまり…」

「冗談でしょう?」水銀燈の顔は、恐ろしく強張っていた。

ロス・チャイルドは瞳を燃やし、言った。



「次のアルバムでビートルズを超えるぞ」




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最終更新:2008年06月06日 17:03
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