真紅たちと二ヶ月ぶりにスタジオで音を合わせた日からさらに三週間が過ぎ、桜田家に真紅たちRozen Maidenとジュン、巴を加えた7人が集まったのは、クリスマス・イヴ及び修了式の日までには授業も無い試験休みが明日から始まる薔薇学の内部進学試験の終了日に企画された打ち上げ及び全員の進学祝いパーティのためで、前回の人口密度を踏まえて会場に決まった一階リビングでは、一部は普通に、一部は非常に騒がしく、長い試験勉強の日々から解放された気分を味わっていた。

「ちょっとジュン!グラスが空ですよ、おかわりですおかわり!」
「自分で注げよ!」」
「って言うかコレよく見たらお酒だったかしら」
「またかよ!」
「あはははは、おっかしーの。みんなの顔がうにゅーなの」
「誰だ!雛苺に飲ませた奴は!」
「あなららち、わらしのォ……歌をぉ……っく、聴くのだわッ!
 ♪雨はぁ……夜更けすぎぃに……晴れるでしょぉ……うぉうお
「うるさいぞ真紅!歌うな!アンプを切れ!あと微妙に違う!」

飲み物(一部酒類)とお菓子と宅配ピザ等軽食が並んでいるのではなくてごちゃごちゃになっているコタツ周辺で皆が騒がしく喋ったり歌ったりふざけたりしている様子を90度回転した視界で見ている蒼星石は、もともとそんなに強くもないのに翠星石に無理やり飲まされて悪酔いし、ソファに横になって蒼い子になっていた(顔色的な意味で)。

「気分どう?蒼星石」

頭上から巴の声がかかった。

「うん、さっきよりは平気……」

頭上と言ってもさすがに膝枕などはしていなくて、蒼星石がクッションを枕にして仰向けに寝ているその横に座って、巴は水を飲ませてくれたり額に乗せたおしぼりを換えてくれたりと介抱してくれている。

「……お酒、強いんだね」
「そうかしら」巴は唇に指をあてて「よくわからないけど、別に平気よ」と言った。
巴もまた翠星石に飲まされた……それもけっこうな量を……のだが、何事も無いかのようにけろりとしている。
それで翠星石も「つまらんです」と標的を他に変えて今の騒ぎになっていた。

「みんな楽しそう」

巴がコタツ周辺を見ながら言った。「そうだね」と言いつつ、蒼星石には楽しそうすぎて皆の笑い声とか歌声とか怒声(主にジュンの)とか悲鳴(主にジュンの)がぐわんぐわん頭に響いて痛い。

「でも、みんな無事に合格してよかった……」

と巴がまた話をしかけて、

「あ、ごめん、あんまり喋らない方がいいよね」
「え、ううん、そんなことないよ。むしろ気が紛れるかな」

容赦なく耳を刺すこの騒音の中では、巴の優しく語りかける声はいわば一服の清涼剤であって、黙って横になっているよりはこちらに集中して少しでも色々忘れたい。

「そう?大丈夫?」

と心配そうにこちらを覗きこんでくるので蒼星石が精一杯の笑顔で応じると、巴も軽くうなずいて、「みんな合格したから、またいっしょだね」と言った。
大学部でまた卒業までの4年間、いっしょに過ごすということだ。

「水銀燈と……あの子、薔薇水晶もちゃんとパスしたって」

水銀燈とはかなりの間、まともに会話をしていない。
もともとよく話していたわけではないが、二、三ヶ月くらい前からだったか、ちょくちょく学校を休むようになり、教室にいても何か上の空というか、近寄りがたい雰囲気を放っていて、何かあったのだろうとは思いつつもこちらも自分たちのことで忙しく、水銀燈の個人主義もあるから、結局何も関わり無く過ごしてしまったが、今頃どうしているだろうか。

「進学、するのかな。水銀燈……」
「え、どうして?」

なんとなくどうなのだろう、と思っただけだが、最近の水銀燈には、そう思わせる何かがあるような気がしていた。
そしてもう一人、こちらは進学こそ決めているが、

「翠星石なんか、ちょっと時々何か思うところがあるみたいなんだ」

蒼星石が言うと、巴が少し首を傾げてみせた。

「大学部にいけるのはまあ喜んでるんだけど、『どうせ何も変わらない』なんて言って」

広大な薔薇学園の敷地の中にあって、大学部といってもその校舎は高等部からさほど遠くない位置にあって普段見慣れているし、この場にいるメンバーだけではなく、中等部、高等部で過ごしてきた同学年の生徒たちもそっくり大学部で同学年となる。
一方外部受験での新入生というのがまあまあの数になるのだが、それに関して翠星石は、

(どーせいーとこの坊ちゃん嬢ちゃんばっかりです。どーせつまらん奴らばっかりです)

とやたら悲観的な予想を語っていたが、薔薇学の生徒達を見渡してみても、およそ翠星石の言うところの『フライドチキン食べた手でギター投げる』ような人間など居そうもないおとなしい顔ばかりなのは確かで、ぎりぎり『ギター』に関わる人間が数人いたとしても、前後をはさんでいる条件については絶望的だった。
新入生についてもまあその点は変わらないところだろう。ギターどころか、
なにせ自分達が2年前に文化祭で披露したバンド演奏が『前代未聞』として職員会議にまでとり沙汰されたくらいだし……

「中等部の時と同じで卒業した実感が全然無い、って」
「そう……翠星石らしいね」

巴が見つめる先で当の翠星石は今度はジュンの口に明らかにウィスキーと思しき琥珀色の角瓶をねじこんでいたが、視線に気づいたのか、赤い顔でこちらを見るとジュンをその場に放り出して(ジュンの後頭部が床に激突する鈍い音がした)コタツから這い出てきた。

「とぅおもえぇ~?なーに見てるですかぁ、もしかして、翠星石の美貌に見とれてたですかそーですかそりゃしかたないれす。もっと見るれす」

他にも何か回らない舌でむにゃむにゃ言いながら接近してきた翠星石は、自分の顔をもっと見ろと言った割にはソファの下にへたりこんだかと思うと、座っている巴の腰にいきなり抱きついた。
「す、翠星石、ちょっと」と巴が赤くなってわたわたと手を泳がせる。
翠星石はさらに巴のおなかあたりに頬をよせたかと思うと、すべり落ちて膝の上に顔を着地させた。

「おぅ~、非常にぃ、やわらかなぁ、感触を発見しましたぁ、ですぅ、翠星石はぁ、ここをぉ、 離れらい、はられられらいれす」

起毛素材らしき巴のスカートの感触にか、その下の脚の感触にか、翠星石は感嘆の声をあげると、すりすりすりすり、と巴の両腿の間に顔をすりつけた。

「ひゃんっ!?」

巴が変な声を出して跳ね上がった。

「うぅ~ん、やらかいですぅ~のね~」

すりすりすりすり。

「す、翠星石、ちょっと」
「駄目だよ、翠星石」

さすがに蒼星石も起き上がって止めに入った。翠星石の肩に手をかけて、かけたところで、

「ぬぁーんですかぁ、蒼星石、翠星石はぁ、はられらいのれす、邪魔するなれす」

と、その手を掴まれて、向かい合ったら翠星石が、

「ん~もっとやらかいところならぁ、行きますです、行くのれす、はい」

じとっ、とこちらを見て立ち上がると、倒れこむように覆いかぶさってきた。
あっ、とだけ言った間にソファに倒されて、翠星石が抱きついてくる。

「翠星石、ちょっと、離れて、ってば」

押しのけようとしたら上腕ごとがっちりと抱きつかれていて動けず、

「ひんっ!?」

耳に生暖かい吐息を感じたと思ったら翠星石の顔が真横にあって、耳を噛まれていた。
はむはむと何度か噛まれて、そのたびに漏れる息が、震えるほどくすぐったい。

「ひっ!?だめ、だめ、やめてぇ……」

頼むように声を絞り出すと、翠星石は耳から離れて上体を起こした。
その焦点の定まらない色違いの瞳を見つめて、

「翠星石……お願いだから……」
「んん~? ……んふふ」
「やめて」と言うまでもなく「冗談ですよ」と言って離れてくれることを期待したその瞬間は来ず、ふにへっ、と翠星石が口元をゆるませて、がば、と今度は首筋に吸い付いてきた。
ちぅううううううううううう。

「だめえええええええええええ!!」

視界が涙でにじんで翠星石がどう動いているのかはっきりしなかったが、首筋やら頬やらをかぷっと軽く噛まれたり吸い付かれたりしている感触は見なくてもわかった。

「蒼星石はぁ……あちこちやらかいですねぇ……はむっ」
「あうっ」

また耳。
一体何が翠星石をそこまで『やわらかさ』への飽くなき欲求へと突き動かすのかとか巴はどうしただろうと思ったらどうも両手で顔を覆いつつ「わ、」とか「わぁ……」とか言いながら指の隙間からちらちら様子をうかがってるらしいとか視界の片隅にいつの間にか真紅がいてふらふらと揺れながらこちらを見下ろしていることに気づいて、

「そういえば前にも……こんなことがあったような気がするのだわ……ひっく」

たぶんワンパターンなせいだろう。
とか言って、明らかにウィスキーと思しき琥珀色の角瓶をぐびぐびとラッパ飲みしていた。
助けてはくれなかった。




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最終更新:2008年06月16日 21:55