・・・・・・ンッ・・・まぶしい―――
窓から差し込む朝日が目に入り、私はぼんやりとした視界のまま起きた。
ふと左手を見るともう昨日の温もりは感じられない。
握り締めてみる。ギュッ―――空っぽだから、空をつかんだ。
「そっか・・・もう行ったんだ・・・」
ふと横を見ると、枕元に一枚の紙が置いてあるのが見えた。
私はそれを拾って、読みはじめた。
そこには―――冷蔵庫に朝食が置いてあります。食べて帰るようにとか、テキトーに落ち着いたら一回お家に帰りなさいとか、
一緒にギター取りに行けなくなってゴメン!!この埋め合わせは必ず――――などといったようなことがレポート用紙半分辺りまで書いてあった。
「めぐったら・・・甘やかさないのか心配性なのか、どっちなのよぉ」
思わず出てくる苦笑。
「でも、ありがとうめぐ・・・」
今どこにいるのかわからない彼女に向けて私は感謝を口にする。
「さぁて、顔洗ったら特製朝食でもいただきますか」
宣言したらすぐ行動に移した。
顔を洗い冷蔵庫を開けると、用意してくれた朝食はBLTサンドだった。
私はコップにミルクを注ぎ、サンドの皿と一緒に手に持ち、テーブルに置いた。
椅子に座り、一言。

「いただきます」

言い終わるとすぐさまサンドにかぶりつく――――――うまい。
うまい、おいしい、サイコー!
簡単な賛美の言葉が次から次へと出てくる。だけどそんな言葉しか出てこないくらい美味しいのだ、このBLTサンドは!
一気に食べ尽くすと、残ったミルクをゆっくりと飲む。
・・・ング・・・ング・・・プハッ―――飲み終えた。
そして、一言。

「ごちそうさまでした」

作ってくれためぐに感謝をこめて―――――合掌。

食べ終わると食器を洗い、キレイに磨いて食器棚に戻しておいた。
時計を見るともう午前九時を回ろうとしている。
「そろそろ帰ろうかなぁ」
でも、カギはどうしよう・・・?メモにはそこまで書いてはいなかった。
「・・・・・・持ってても、いいよ・・・ね?」
下手にポストとかに置いてると誰かに取られるかもしれないし。あとで謝れば大丈夫かなぁ・・・と少し考えたが結局持っていくことにした。
部屋を出て、カギを閉める。カチャ。乾燥した無機質な音が下りる。
私はカギを大切にポケットに入れて、アパートを後にした。

                    *

―――――家に帰ると、ママがすごく怒ってた。

「パパと二人ですごく心配したのよ、これからはちゃんと遅れるなら遅れるって連絡ぐらいしなさい!」
「・・・ごめんなさぁい」
「全く・・・お帰りなさい、水銀燈」
溜息を一つ吐くと、すぐさま笑顔で言ってくれた。
「ただいま・・・ママ」
私も笑顔で返す。
それからは紅茶片手にめぐの話になった。

―――めぐってすごいのよぉ。歌も上手だし、ギターも弾けるの。それと笑うとすごくキレイなの。それでねそれでね・・・・・・
めぐのことになると勢いばかりで要点をまとめずにドンドン口から出てきた。
そんな私をウンウンと相づちを打ちながらもキョトンとしているママは嬉しそうだった。
それを見てると私も嬉しくなった。
入れ替えても気がつけばいつも手元の紅茶が冷めてしまうほど長く、長く―――私はめぐの話をした。
パパが仕事から帰ってきてもその熱は冷めなかった。
家中には感情が溢れかえっていた。こんな事はどれくらい前の事だろう。
久しく忘れていた団欒というものなのだろうか。
私の前でパパが笑い、ママも笑っている。だから私も笑う。
あまりにも楽しくてついつい時間を忘れてしまったのか、もう日付が変わろうとしていた。
「いっけなぁい、もうこんな時間・・・」
「おやおや、気づかなかった」
「水銀燈が本当に楽しそうに話してるから、時間が分からなくなったわね」
「いや全くだ」
「水銀燈。お風呂に入ってもう寝なさい。こうなるかもって思って沸かしといたから」
「ありがとぉママ。それじゃ入ってくるわぁ。パパ、ママ、おやすみなさい」
「はい、おやすみ」
「おやすみなさい、水銀燈」
私は急いでお風呂に入った。

私はお風呂場に入るとまず汗をかいた身体を丁寧に洗い、髪を洗った。
そして泡を流すとたっぷりと張られたお湯の中にゆっくりと埋もれていった。
「うぅ~・・・気持ちいい・・・」
手の指先から足の爪先まで暖かくなっていく感じ――――とても気持ちがいい。
「今日は二人とたくさんお話ししたわぁ・・・久しぶりに」
とてもうれしい。幸せだ、今の私は。昨日よぎったものは何かの間違いだ。
そう思うことにした。これ以上余計なことを考えて今の幸せを汚したくなかったから。
そんなことを考えながらも、ちゃんと100まで数えて私は湯船を出た。

長い髪にドライヤーを当てながら思う。
長いとやっぱり乾くのに時間がかかるわぁ・・・思い切ってバッサリいっちゃおうかしらぁ。
そう考えたら、なぜかめぐが悲しい顔をしているのが頭に浮かんだ。
「クス・・・あるかもめぐなら」
さっさと乾かすことにした―――髪を切るのはもう少し後でもいいと思ったからだ。

髪が乾いたので自分の部屋に戻る。
昨日の今日でさすがに疲れたのか、私はすぐにベットに飛び込んだ。
憂鬱な気持ちしか抱けないはずのベットは太陽の匂いがした。

―――交換してくれたんだ・・・ママ、ありがとう・・・
身体も心も温かさに包まれ、時計の音だけが響く静かな部屋で眠りについた。


けれど、まだこの時の私は――運命の車輪が、

                     ゆっくりと、

                     音も無く、

                     回り続けているということに、気づいていなかった―――


『Memory of Black Guitar』 第二章~The Lust Waltz~ FIN


最終更新:2006年06月24日 22:53