憧れ、尊敬、それは十代の少女にとってすればある種の恋愛感情にも似た感覚が芽生えるものである。
とりわけ水銀燈が真紅達とバンドをやり始めたのも白崎が作り出すロックとしての音に惹かれ、自分も音を出してみたい。メロディーを作り出してみたい。彼の存在に近づきたいという一心な感情の表れでもあった。
今その目標としてきた人物が手を伸ばせば届く距離にいる。
水銀燈の胸はいやおうがなしにも高鳴っていた。
「始めましてENJUの白崎です・・えぇ~と、君たちのバンドを見てってカズキに言われて・・その、まずは君たちのバンド名とかメンバーとか紹介してほしいなぁ~アハハハ」
どうやら白崎という男は見かけとは違い人前で喋るのは苦手のようで時折テレ隠しのように頭を掻きながら言う。イメージとは少しかけ離れた白崎のしぐさに真紅達、とりわけ彼女達の中で一番緊張していた水銀燈も張り詰めていたものがほぐれて白崎に親近感を覚えるようになった。
「そうかぁ、君たちはまだバンド名が決まってないの?珍しいね、オレ達なんかギターを買う前からバンドの名前を決めるのに仲間と言い合ったのになぁ~君たちは仲がイイんだね」
頭を掻きながら白崎は彼女達を一人一人見ながら笑顔でいった。
その後はとりとめのない話がしばらく続きいよいよ真紅達のバンドとしての音を聞いてもらうようになった。

「曲はMr・Bigでcolorado bulldogですぅ」

翠星石がそう言うとスティックでリズムを取り水銀燈のギターが唸り出した。
それに真紅の独特の声が広がっていく。今までクセのように頭を掻いていた白崎は途端に目付きが変わり彼女達の音を聴く。とりわけ水銀燈の出すトーン、真紅のハリがあり伸びるような独特の声、謡い方に目と耳を研ぎ澄ます。
「It’s time to start all over again・・・」
彼女達の演奏が終わると白崎は大きな拍手を贈りイスから立ち上がる。
「凄いよ、凄い。このままでも即そこらのライブハウスで目立つ存在になれるよ。本当に凄いよ・・ヤリ始めの頃のオレ達よりウマイよ、マジで」
白崎の絶賛に水銀燈は胸の辺りで両手を重ね満面の笑みを浮かべ喜び聞く。
「ギターのぉ、私の音はどうでしたかぁ~?」
「凄いよ、とてもクールな音だったよ、今すぐにでもENJUにスカウトしたいくらいだよ」
胸のあたりにあった両手を頬にあて少しうつむき照れる水銀燈。
「あぁ~、水銀燈。お顔が真っ赤なの~」
「本当ですぅ、こんな水銀燈を見るのは久しぶりですぅ」
その後も白崎の提案で3曲ほど演奏する。その度に白崎は真剣な眼差しを真紅と水銀燈に向け、時折リズムに合わせ体を揺らしてみたりスローなテンポの曲には目を閉じ水銀燈の音、真紅の声を耳に入れていた。
(このバンドの可能性は凄い、たぶんオレ達ENJUよりも潜在力はある。特にこのギターとボーカル・・)
彼女達の音を聞きながら白崎は考えていた。
「どうも、お忙しい時に僕達のバンドを見てもらって恐縮です」
別れ際に蒼星石は深く頭を下げ丁寧な言葉を選び礼を言う。
「オレこそイイものを聴かせてもらったよ・・機会があればまた君達の音を聴きたいな」
そう言い残すと白崎はカズキの運転する車で去っていった。
その車内で白崎はハンドルを握るカズキに話す。
「なぁカズキ。お前はいつまで日本にいられるんだ?」
「来週いっぱいまでだな、どうした白崎?」
「昔からの友達としてオレの考えを聞いて欲しいんだ」
そう言うと白崎は前から暖めていた自分の計画をカズキに話し始めた。
ENJUは1ヵ月後メジャーデビューが決定していること、ゆくゆくはENJUを抜けてプロデューサー業に付きたいこと。それには今から可能性のあるバンドから個人を引き抜き新たなユニットを組まし世に出す。今みた彼女達のバンドの可能性、特に水銀燈のギター、真紅の圧倒的なまでの歌唱力に魅力があること。
そして白崎は車から降りる間際カズキに向かいこう言う。
「昔からの友達として頼みたい。できれば他の子に解らないようにギターとボーカルの子に渡して欲しい」
名刺を2枚ポケットから取り出しカズキに渡した。

「くそぉ~オレもそんなにヒマじゃぁねぇんだけど、あいつの頼みだからなぁ~」
真紅と水銀燈に名刺をわたすべく2人が途中まで同じ道を通り帰るのを翠星石から聞いたカズキはその道沿いにある公園でタバコをふかし2人をまっていた。
「ねえぇ真紅ぅ、昨日転校してきたカ・・カナ、」
「金糸雀なのだわ。彼女がどうかしたの水銀燈?」
「私のギターを見ていきなり初対面で私のことマイケルって呼ぶのよォ」
「仕方ないのだわ、それマイケルシェンカーモデルでしょ?」
「そんなの知らなァ~い。色が白と黒で私に合ってるから選んだだけよぉ、それよりいきなりマイケルよ、マイケル。みんなに笑われたわぁ」
2人の姿を確認したカズキは「ん?あの2人か」と重い腰を上げて2人に声をかける。
「よぉ、え~っと、ボーカルの真紅ちゃんとギターの水銀燈ちゃんだよね。ちょっとマジメな話があるんだ・・聞いてくれる?」
3人はカズキがまっていた公園に行き、ベンチに座りカズキから白崎の話を聞き名刺を受け取る。
「すぅご~い。真紅ぅ、ねぇ、私達もしかしたらぁ、白崎さんのプロデュースでメジャーぁ?」
はしゃぐ水銀燈、真紅は反対に地面を見つめ浮かない表情のまま口を開く。
「それは確かに白崎さんが言った言葉なの?」
「ああ、そうだよ」
カズキは腕時計の針を見ながら短く答えた。まだ浮かない表情の真紅に水銀燈はベンチから立ち上がり顔を近づける。
「どぉしたの真紅ぅ?こんな話ってなかなか転がってないわよぉ?」
水銀燈の言葉にうなづくカズキ。
「確かに音楽ヤッてるヤツには美味しい話だな、まぁオレには関係ないし
明後日にはロスに行かないと。用意とかあるからオレは帰るわ」
とベンチから立ち上がり最後に手を振りながら「頑張れよ」とカズキは言うと帰っていった。
地面を見つめ考える真紅に水銀燈はおどけてみる。
「ねぇ、さっきからオカシイわよぉ。こんなチャンス翠星石なら「こんな美味しい話はめったにねぇですぅ、このチャンスをモノにするですヨッ」って言うはずよぉ~、ねぇ真紅ぅ」
水銀燈は翠星石のマネをする。
それに対し真紅は水銀燈を見つめゆっくりとではあるが厳しい口調になる。
「その翠星石はどうなるの?蒼星石は?雛苺は?私達はいつも一緒のはずなのだわ!」
しばらく沈黙が2人をつつむ。真紅と水銀燈はたがいの目を見ている。
「いつも一緒ぉ?・・・バカみたァい・・」
小さく独り言のように呟く水銀燈。その言葉に真紅はベンチから立ち上がる。
「今なんて言ったの水銀燈!」
「ウフフフ・・・」
小さく笑いクルリと真紅に背を向け遠ざかる水銀燈。
「ウフフフ、ヤッてらんなァい。こんな話を・・イカレてるわぁ」
遠ざかる水銀燈に真紅も声をあげる。
「待って水銀燈!ちょっと待ちなさい」
そんな真紅の言葉が耳に入らないかのように水銀燈は公園から去っていった。


その夜、真紅は渡された名刺に書かれた白崎の携帯に電話する。
「もしもし・・あっ真紅さん。カズキから聞いたんだ、良かったぁ。で聞いた話の感想はどう?」
「はっきり言って今の私には受け入れられない話なのだわ」
しばらく黙っていた白崎だが、ゴホンと咳払いをし、話し出した。
「他のメンバーの事が引っかかるようだね、バンドをヤッていたらよくある話さ・・ギターの子からはまだ連絡はないが彼女は君と違う選択をしてほしい、できれば真紅さんも考え直して欲しい。突然だけど今週の土曜日に時間があれば、駅の近くのモトリークルーという店に居るからもう一度考えて良かったら来て欲しい、夕方の6時に」
真紅は白崎との会話を終えるとすぐに水銀燈に電話を入れる。
しかし2度3度かけてみても出ない。4度目は話中であった。その後は留守電に切り替わっていた。メッセージを入れる真紅。

「水銀燈、公園では少し言い過ぎたわ。でも私はやっぱりみんなの音が一つになってのバンドだと思うのだわ・・じゃ、また明日オヤスミ水銀燈」

携帯電話の液晶画面に文字が現れる。
「伝言メモ1件」ボタンを押し文字を切り替えボタンを押す。
画面に「伝言メッセージ1件削除しました」との文字が現れて消えた。

蒼星石がベースから手を離し不思議そうに真紅と水銀燈を交互に見る。
「どうしたの真紅?今日はヤケに水銀燈とタイミングが合わないみたい」
翠星石もスティックを指で玩びながら水銀燈に話しかける。
「今ので2回トチッたですよ水銀燈、カゼでもひいたですぅ?」
水銀燈はギターからコードを抜きギターをケースに入れる。
「そうなのよぉ、少しカゼ気味でねぇ~。私帰るわぁ~」
真紅達が通う薔薇女子高は吹奏楽などに力を入れており5月の第3金曜日に春の音楽祭を、11月には冬の音楽祭を毎年行っている。
出場申し込み用紙を1週間前に出した蒼星石は心配そうな表情を水銀燈に向けていた。
「土曜はここを借りて練習だよ」
ドアに手をかけながら水銀燈は蒼星石に顔を向けるが目は真紅を見ている。
「土曜は用事があるからァ、ちょっとパスねぇ~」
そういい残すと水銀燈はドアから出て行った。
土曜、いつものスタジオに集まるがギターの水銀燈がいなくては練習にも力が入らず時間だけが過ぎていく。
「今日はお終いなの~、ヒナはカラオケに行きたいの~」
「チビ苺にしてはイイ案ですぅ、真紅もいくですよ」
時計の針をチラッと見る。PM8:30 真紅は首を横にふる。
「私もこのあと用事があるのだわ」
真紅はスタジオの階段を駆け上がりながら携帯のボタンを押す。
短いコールのあと受話器から白崎の声が真紅の耳に届いた。

「やぁ、真紅さん。考えは変わったかな?水銀燈さんはオレの話に乗り気のようだよ」
「今そこに水銀燈はいるの?」
「ああ、いるよ、前に駅まで送ってるとこさ。ところで真紅さんの気持ちを教えてほしいんだけど?」
道を歩いていた真紅の足が止る。
土曜の人込み、大きな交差点、赤信号、その向こうに水銀燈と白崎が駅に向かい歩いている。
知らない人がみれば週末の時間を楽しむ恋人のようにも見える2人。信号がなかなか変わらない交差点、水銀燈と白崎は真紅に気付かず駅へ消えていく。
「前にも言ったように私の気持ちは変わらないのだわ。私は今の仲間とずっとロックをヤッていきたい。そう思ってるわ・・もしもし聞いてるの?」
駅で水銀燈と白崎は向かい合い手を振る。
「私を評価しくれて感激だわぁ・・これはほんのお礼よ・・」
水銀燈は1歩前に出て白崎の頬に軽くキスをし足早に人込みに消えた。
白崎は照れるようなしぐさで頭を掻きながら携帯越しの真紅との会話に戻ろうとする。
「ちょっと、貴方。水銀燈と何を話ししたの?」
後ろから真紅の声が聞こえ振り向く白崎。
そこには携帯を持った真紅がいた。

真紅は白崎の手を取り人込みから少し外れる。
白崎は携帯をポケットにしまいながら真紅を見、話し出す。
「いやぁ~、水銀燈さんはほぼOKみたいな感じだよ、彼女のギターは少しオレ的には荒削りだけどイイもの持ってるよ・・だけど真紅さんの歌唱力には敵わない。正直に言うと水銀燈さんのギターより本当はキミの声が欲しい」
真剣な表情で話す白崎をじっと見つめる真紅。だがその表情は睨むと言ったほうが適切な表情にも見えた。白崎の話は続いた。
「実はこの話は水銀燈さんには言えなかったんだけど・・・新しいギターの子を見つけたんだ・・」
それは3日前にENJUが東京のライブに出たときに見つけた新たなギターの才能をもつ男。その話を真紅に語り出す。
「彼もまだ明白な答えを出してもらっている訳ではないけど、キミと彼が組んだら最高の音、歌が出来ると思う。そうなればオレはすぐにでも」
そこまで聞いていた真紅は低く搾り出すような声を白崎に向けた。
「それはどういう事?水銀燈は知らないですって?貴方は人の気持ちや夢、希望を何んだと思ってるの?」
真紅はそう言うと大きく平手を白崎の頬に入れると背を向け人込みをかき分けて水銀燈を探し追いかけ始めた。

「待って、水銀燈!」
真紅が水銀燈を見つけたのはカズキから名刺を渡された公園にさしかかる道であった。真紅の声にゆっくりと振り返る水銀燈。
「あらぁ~真紅ぅ。練習は終わったの?」
振り返った水銀燈はいつもと変わらない笑顔に戻っていた。
「聞いて欲しい話があるの水銀燈・・・あなた白崎にダマされてるかもしれないのだわ」
水銀燈の笑顔は消えあの日、公園で真紅と別れた表情に戻っていた。
「どういう意味なの真紅ゥゥ」
真紅はつい先ほどまで白崎と話した内容を水銀燈に伝えた。
水銀燈はうつむき地面に映された自分の影を見ながら小さな声がでる。
「そんなのウソよぉ、白崎さんは私のギターを誉めてくれた。
評価してくれたのよォ・・・真紅ぅ・・・」
その悲しい水銀燈の声に言葉が出ない真紅。水銀燈の声は続く。
「ENJUは、白崎さんは私の憧れだったのよぉ・・・」
そう言うと呼び止める真紅の声を無視し水銀燈は背を向け静かに歩き出す。

2歩、3歩と真紅から遠ざかる水銀燈。
「す、水銀燈・・・」
今にも消えそうな声で水銀燈を呼び止める真紅。背を向けていた水銀燈は立ち止まり真紅に向かい自分の気持ちを言葉にする。
「それでも・・それでも私はカケてみたいのよぉ、真紅ぅ。ねえぇ解るぅ?目の前に現れた現実的な夢って・・」
水銀燈が初めて気持ちの奥底にある自分自身の希望、夢、願望を真紅に語り出した・・・

それは初めてロック、その音、歌が表す世界に触れたとき水銀燈の中で何かが弾けた、最初はただの傍観者、だがあの日の放課後「私たちにも・・」真紅の一言で水銀燈の音楽、ロックに対する想いはただの観客からプレイヤーに動き出した、真紅達と音を出し始めるとその想いは強まっていく。退屈な授業中に夢を見る、ベッドの上で眠りにつくひと時に頭の中、心の中で夢を描いてみる。それは眩しいばかりのライトに照らされステージのド真ん中で音の波を作り出す自分自身の姿・・・。
「夢は私も翠星石たちも貴女と同じよ、ただそのステージには翠星石、蒼星石、雛苺、そして水銀燈も一緒にいる。それが私の夢なのだわ・・」
真紅の言葉にうつむいていた顔がゆっくりともちあがる。
「解ってるわよぉ・・そのくらい私も何度も見た・・その夢は・・私の・・」
水銀燈はそれだけ言うと走り去っていく。
その言葉の最後は小さく真紅には聞き取れなかった。

電気を落とし真っ暗な部屋、一人ベッドに座り携帯にかかってきた白崎の話に声を荒げる。
「なぜ私の音じゃなく真紅の声なのォ?」
「スマナイ、こんな結果になってしまい・・もっと早くキミに言っておけば良かった・・本当にスマナイ」
詰まり気味に答える白崎に水銀燈は最後の言葉を言いそのまま携帯を部屋の壁に投げつけた。
「貴方と貴方のENJUをいつかジャンクにしてあげるわァ~」


最終更新:2006年12月01日 16:02