照明が落とされた薄暗い室内の中でステージとその周辺だけは卑猥な
オレンジ色の灯りで照らされている。オディールが唄うSweet Ladyに観客は
心地よい音と声に体をゆらしている。
曲が終盤に差し掛かるといつの間にかステージに真紅と雛苺が現れ
オディールと曲のエンディングをハモる。
突然のラプラスと薔薇乙女の競演に観客は色めき立つ。
人々の歓声の中で金糸雀のキーボードから静かなメロディーが流れ出し
いつの間に入れ替わったのかノリからチェンジした翠星石のドラムが
静かに金糸雀のメロディーを支える。その静かに進行するメロディーに
オディールの声が乗る。
「I look in your eyes and I can see~」
マイクをもった真紅はしばらくオディールの唄にゆっくりと体を左右に
ゆらす。雛苺も同様に体を揺らしているとメグのギターのトーンに混じり
水銀燈のギターの音が混ざり出すと同時に巴のベースにも厚みが出る。     
それは水銀燈と一緒に出てきた蒼星石が巴のベースに加わったからである。
(みんな揃ったのだわ、オディール。)
(そうデスね、さぁ、真紅ちゃんとワタシの競演を始めましょう)

それぞれを確認した真紅はマイクを口にもって行き、声を出す。
「Through the fire to the limit to the wall~」
オディールと真紅の声が一つになり店内を駆け巡り真紅の深みのある声と
オディールの透明感のある声が観客一人一人の胸に突き刺さっていく。
「唄と音が走ってる・・・」
ライブハウスの隅で聴いている薔薇水晶はそう呟くとステージから届く
トーンの振動と唄の波動を耳ではなく心で受け止め聴いていた。
曲が終わるか終わらないか、そんな微妙なタイミングで水銀燈のギターが
唸ると翠星石のドラムが激しい振動を叩きつける。
メグのギターもいつもの繊細なトーンから一変しカン高い高音を出すと
水銀燈のギターと音の攻防を繰り広げる。
薔薇乙女ファンとラプラスの街からきたファンが一気に歓声の声を出すと
店内の気温が真夏のように上昇したかのような錯覚すら感じられた。
水銀燈とメグの終わりない攻防を真紅とノリの2本のレスポールからでる
リフで支えられ約6分間にわたりライブハウス内を駆け巡り、そのスピード
感のまま薔薇乙女とラプラスの競演は続いていった。
時に壮大なバラードで、時には心臓の鼓動を止めるかのような
激しいビートにより夢の競演は幕を閉じた。

Illust ID:jPTspcOH0 氏(23rd take)

                    *

ライブの後ラプラスと薔薇乙女はライブ成功の祝杯とラプラス達の大学合格
と東京上京に乾杯をしていた。
珍しく飲むピッチを上げていた水銀燈は明日には東京に荷物を送るから
帰ると言い出したメグの肩に手を回す。
「えぇ~、荷物なんてぇ後よォ、後。今日わァ、朝まで飲むわよォ~」
その横でノリもかなり酔いが回った目つきで真紅を見つめる。
「あぁ~ん、真紅ちゃんって可愛いわぁ~。もう抱きしめたい!」
抱きつこうとすると同じくアルコール成分に支配され真っ赤な顔をした
真紅の平手がノリの手をピシャリと払いのける。
「抱き付くなやァ~。ワレぇ、うっとおしいねん」
関西弁をしゃべる真紅に言葉を無くす翠星石は黙ってウーロン茶に手を
伸ばそうとすると真紅と同じく目の据わった雛苺と巴がカクテルを翠星石
の前に置き2人同時にアルコールを翠星石に進める。
「なに茶やんか飲んでんねん、コレでもクゥ~っとヤリぃな!」
「はい、飲ませていただきます、ですぅ・・・」
うつむき涙目でカクテルを一気飲みさせられる翠星石のとなりの席では
蒼星石、金糸雀、オディールがほろ酔い加減ながら真剣に音楽の話をしていた。
いつになくアルコールの量が増える中で真紅はいつしか眠っていた。
途切れ途切れに思い出す場面はメグ達が迎えの車に乗り込むときにメグと
水銀燈が抱き合っていたこと、雛苺と巴が腕を組み何やら歌っていた事、
自販機の前で倒れている翠星石を笑いながら見ている金糸雀。
その後、気付くと水銀燈の肩に寄りかかりあの公園の前を歩いていた。

「ちょっと真紅ぅ、また体重増えたのォ?重いわよぉ」
「体重やんか増えてへんわ!それは何かの間違いやァ」
「ねぇ、なんで酔うと真紅と雛苺って関西弁なのぉ?」
「ウチは小学6年まで大阪に住んどってん、ヒナは神戸らしいで。
せやけど水やんは酒強いなぁ、ウチはもうアカンわ~」
ふらつく真紅を公園のベンチに誘導しながら水銀燈は今後アルコールを
真紅に勧めるのはやめようと心に誓った。
真紅と水銀燈は酔い醒ましに公園のベンチに座る。しばらくは真紅が
しゃべる天王寺周辺の不思議ワールドについて聞いていた。
「へぇ~、大阪って変な人多いのねぇ~」
「メッチャ多いでぇ~。せやけどなぁ、このままやとウチらも
街に埋もれたただの普通の人になってしまう、のだわ」
少しずつ酔いが覚めてきた真紅の話は続く。
「今日、ラプラスと音を共にして、改めてロックの、音楽の中で
生きていたいと思ってん。あんなに気持ちのエエことは無いのだわ」
「そうねぇ、私も真紅と同じ気持ちよぉ。多分みんなも同じだわァ」
「ねぇ、水銀燈。私達も卒業したらラプラスと同じように東京に行かない?」
東京、それは地方都市に住む彼女達にとっては未知の大舞台であり
成功の階段を昇る上で欠かせない言葉。水銀燈は真紅を見つめニコリと笑う。
「東京、望むところよォ~。私は行くわァ」
その時、後ろから真紅と水銀燈に近づく2人の男がいた。
男の手が真紅と水銀燈の肩に置かれ声がかかる。
「ちょっといいかなぁ~」
振り向くと眩しいライトの光に目を細める真紅と水銀燈。
「君達はこんな時間に何を話してるんだい?この辺りは痴漢やら
で物騒だよ。早く帰りなさい」
2人に声をかけたのは見回り中の警官であった。
「ちょっと今後の進路で悩みを聞いてもらってたのよぉ~。ねぇ真紅」
ベンチから立ち上がり水銀燈は普段と変わらない口調で誤魔化す。
「えぇ、そうなのだわ。進学か就職かを話してたのだわ」
真紅も立ち上がろうとするが残っているアルコールに足を取られフラつく。
「ん?君、もしかして酒を飲んでるのか?名前と住所と、行っていたら
学校名を言いなさい」
(チッ、ヤバイことになったわァ~)

                    *

朝一番で真紅と水銀燈は生活指導室に呼ばれた。
「解っているだろうがお前達こんどはただの停学じゃないぞ」
担任の梅岡が怒鳴りながら真紅と水銀燈を交互に見る。
真紅は両手を膝に置きうつむいていた。その反対に水銀燈は小さな
アクビをする。
「真紅、お前は1ヶ月の自宅謹慎だ。その間レポートをヤッてもらう。まぁ
退学処分じゃないだけマシだろ!ただこれで出席日数がギリギリになるから
お前は1日も休めないぞ。解ったら行きなさい、それと水銀燈は残っていろ」
梅岡の言葉に席を立つ真紅。だが水銀燈の処分が気になり何度も振り返り
ながら指導室を出て行った。
「どうでしたか真紅ぅ?」
心配した翠星石達が指導室の前でまっていた。
「1ヶ月の停学よ・・・それより水銀燈が気になるわ」
真紅達は指導室から漏れてくる梅岡の言葉に耳を傾ける。
「おい、水銀燈。お前はなんど校則を破れば気が済むんだ?
おい、聞いているのか、水銀燈!」
水銀燈は小指を耳に入れ梅岡とは反対の方を向いている。
「聞いてるわよォ~、説教なら早く終わらしてちょうだァい。私ィ
眠いんだからァ」
「お前はただでさえ日数が足りないんだ、このままだと留年決定だぞ。
もう1年高校に来るか、それとも自主退学か?どちらかを選びなさい。
答えは停学あけに聞くぞ。いいな水銀燈!」
「はいはい、考えとくわぁ。で、もうイイ?私ぃ~、眠くてぇ」
あくびをしながら水銀燈が指導室から出てくる。
そこには涙を貯めた真紅の顔があった。
「す、水銀燈、あなた・・・」
「なぁに泣いてるの真紅ぅ~。こんなのどうって事ないわぁ」
「だって私があの時もっとうまくヤッていれば・・・」
「ウフフ、おバカさんねぇ。そんなの関係ないわぁ。それより今から
私とォ、真紅は長期バカンスよぉ。さぁ帰りましょ真紅ゥ」
そう言うと水銀燈は真紅の手をとり翠星石達にウインクと投げキッスを
しながら学校を出て行った。
帰りの道中で何度も謝る真紅に冗談半分でおどけて見せる水銀燈。
「じゃぁ、今晩にでも電話ちょうだァい~。またねバイバイ」
落ち込む真紅を家の近所まで送った水銀燈は手を振り真紅と分かれた。
一人歩く水銀燈はポケットから細長いタバコを取り出す。
(チッ、留年決定ェ? 冗談じゃないわァ!)
足元にある空き缶を力任せに蹴り上げると大きく宙を舞った
空き缶は乾いた音を立てて地面に落ちるとそのまま坂道を転がり
落ちていった。

                    *

停学をもらい1週間が過ぎ、もてあます時間の中にいる水銀燈。
不安、漠然とした将来の不安が水銀燈をいつになくイラつかせる。
留年?自主退学?真紅達の前では強がっていた気持ちが凪いでいく。
(どうせ退屈な学校なんか)そんな気持ちの裏では今まで続いていた
当たり前の日常が途切れ出した不安に自分の考えがまとまらない。
「とりあえずぅ、就職ゥ?」
(私ィ、どうしたらイイのォ?)
「いっその事、こんな街を捨ててぇ、東京に・・・」
(一人でやって行けるのォ?)
「もう1回お気軽なぁ、女子高生もイイわぁ」
(留年?下のヤツラと同期ィ?冗談じゃないわァ)
自問自答する水銀燈の携帯が鳴る。着信相手はメグであった。

「もしもし、水銀燈?私、メグ」
「どうしたのメグぅ、いつもメールなのにぃ?」
水銀燈には無邪気なメグの笑顔が受話器越しに見える。
「近況報告ってヤツかな?というより水銀燈や薔薇乙女は元気かな?と
思って電話したの。ホラ、私って真紅さんやヒナちゃんの番号知らないから」
「真紅は相変わらず紅茶ばかり飲んでるわぁ。雛苺も相変わらず翠星石に
イジメられてるわぁ。もちろん私は元気よぉ。メグはどう?」
メグは東京での大学生活も慣れだしラプラスもそろそろ本格始動したいと
思っていることを告げる。
「東京って街は楽しいよ。水銀燈も卒業したらこっちの大学に進むんだよね?」
「もちろんそのつもりよォ。メグの有栖川大学だっけェ、私もそこ目指そう
かなぁ~ウフフフ」
「あら、自慢じゃないけど有栖川は偏差値たかいわよ大丈夫?フフフ」
「私ならぁ、楽勝よぉ!真紅や雛苺は難しいけどぉ、ウフフフ」
「水銀燈も薔薇乙女も元気そうで良かったわ。薔薇乙女がそろって有栖川
に来てくれたら素敵よ~、絶対歓迎するわ。来年の4月が楽しみ!
じゃぁね、水銀燈、待ってるわよ。バイバイ」
電話を切った後も水銀燈は小さく静かに笑い続ける。
「ウフフフ・・・」
(ねぇ、メグぅ。私これからどうすればイイのぉ~?)


最終更新:2006年05月07日 04:31
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