興奮した感情を落ち着かせるため水銀燈は細長いタバコを口に運び、ジーンズ
のポケットをポンポンと叩きライターを探す。
(おかしいわねぇ、パチンコ屋に忘れてきたぁ? しょうがないわぁ)
水銀燈は周りで取り巻く見物人の中から先ほど声をかけてきた男に近寄る。
「オジ様ぁ~。ねぇ、ライターもってるぅ?」
男はジャケットからライターを出し水銀燈に手渡す。
「あぁ、ライターならあるよ。しかし姉ちゃん強いなぁ」
火をつけ深呼吸するように馴染んだ煙を体内に入れる水銀燈。
「そう?でも本当に強いのは我慢して手を出さずにいたその子よぉ」
そういい目線を地面に座り込む翠星石に向けてニコリと笑う。
「水銀燈・・・す、翠星石は怖かったのですぅ~」
翠星石はそう言い、立ち上がると水銀燈の肩に頬を乗せる。
水銀燈は優しく翠星石の頭に手を乗せなでていると通報されたのか救急車と
パトカーがゆっくりと通りに入ってくる。
鼻からしたたる血をハンカチで押さえ救急車に乗り込む男に向かって
水銀燈は翠星石に接してる時と違う笑みを見せて言う。
「運が良かったわねぇ、相手が私じゃなくて金髪のツインテールの子だった
らァ、今頃は自分の足で救急車に乗れなくなってるわよォ~、ウフフフ」

水銀燈と翠星石が詳しく事情を話し警察署から出る頃、真紅、雛苺、金糸雀
薔薇水晶の携帯に蒼星石から連絡が行く。
「ふゆぅ~、やっぱり水銀燈はつよいの~。翠星石は大丈夫だったの~?」
「うん、水銀燈が助けてくれたから大丈夫みたいだよ、それじゃ金糸雀に
連絡するよ。バイバイ」

「ランディーを相手にしたエロオヤジの方が災難だったかしら~」
「そうだね、でも真紅が相手だったら今頃もっとヒドイことになってるよ
じゃあ薔薇水晶に連絡するから、また明日ね。バイバイ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あのぉ、薔薇水晶?僕の話、聞いてる? じゃ、じゃあ
真紅に連絡するからまた明日ね、バ、バイバイ」

「病院送りですってェ~? まったく水銀燈は腕力にモノを言わせすぎ
なのだわ!」
「そ、そうだね、真紅だったらもっと大人の対応ができてるよね・・・?」
一通り連絡した蒼星石は一息入れ、熱いほうじ茶を口に運んでいると
翠星石が帰って来た。
「今帰ったですぅ~。水銀燈も一緒なのですよッ、今晩は泊まりですぅ」
蒼星石が出迎えると玄関で水銀燈が笑顔で手を振っている。
「翠星石が帰り道が怖いとか言うからぁ、来ちゃったわァ」
「す、翠星石はそんな弱気なこと言ってないですぅ!水銀燈がかってに
犬っコロみたいに付いてきやがったのですぅ」
「ウフフ、じゃぁ翠星石は子ネコみたいに私に引っ付いてたわよぉ」
「なッ、何を言いやがるですかァ」
2人の会話に笑みをこぼす蒼星石。
「水銀燈、今日は本当にありがとう。今夜はゆっくりして行ってよ」
3人は翠星石の部屋で音楽の話やそれぞれこれから一緒に進むであろう
未来の夢や目標について冗談交じりではあるが時に熱く語る部分もあった。
卒業したら薔薇乙女で東京に進出、その後は世界を相手に大暴れ!3人は
冗談とも取れる話で盛り上がった頃、水銀燈が大きく背筋を伸ばすのを見た
蒼星石は水銀燈に風呂を進める。
「僕はもう入ったから水銀燈、お風呂に入っていったら?」
「私は最後でいいわぁ、翠星石が先に入りなよォ」
「覗くんじゃねぇですよッ」
翠星石がそういい残して風呂に行くと蒼星石は水銀燈に改めて礼を言う。
「本当に翠星石を助けてもらって何て礼を言ったらいいのか・・」
「イイわよぉ礼なんてぇ、同じ薔薇乙女っていう仲間じゃないィ」
「ありがとう水銀燈。ところで泊まるって家に連絡しなくていいの?」
「いいわよォ、あんな狭い家に私の居場所なんて無いんだから」
「狭い?水銀燈の家は凄い大きなお屋敷だよね?」
薔薇乙女達が住むこの海沿いの街で水銀燈の家は戦前からの貿易で財を
なした祖父の代から続く名門であった。小高い丘に建つ洋館にはいつも
四季を感じさせる花が咲き乱れ道行く人々から羨望の視線をうけていた。
ただ母親は水銀燈を産むとすぐに他界し父親は幼い頃から海外を飛び回り
水銀燈と顔を合わすのは年に1~2回ほどでしかなかった。
真紅達と出会うまで水銀燈はその広い屋敷の中でいつも独りぼっちの
時間を過ごしていた。そんな水銀燈にとって大きな洋館はただの空洞に
過ぎない。
「ふんッ、あんなのは見せかけの何もない箱だわァ」
やや重い空気が生まれようとした時、いきおい良く翠星石が風呂から
帰ってくる。
「くぁぁ~、サッパリしたですぅ。さぁ水銀燈も入りやがれですぅ」
「じゃぁそうさせてもらうわぁ」
湯船につかる水銀燈は改めて薔薇乙女というバンドを考えてみる。
バンド 仲間 信頼 かけがえのない親友達 そして最高の家族。
「水銀燈、着替えのシャツなんだけど、僕のを置いてるからね」
蒼星石の声に短くアリガトウと答え浴槽から出る水銀燈。
蒼星石のシャツを着て部屋に戻ると蒼星石から羨望の声が出る。
「うわぁ~、やっぱり水銀燈はスタイルいいね。羨ましいよ」
銀色の髪はシットリと濡れて細い湯気が上がり、体温が上がった頬は
ほのかな赤みを差し、ウエストは細く括れ、丸みがありやや小ぶりな
ヒップから伸びる足はしとやかなツヤを見せてスラリと伸びていた。
「そんなに見ないでよぉ~。恥ずかしいじゃないィィ」
「ヘンッ、水銀燈のどこがスタイルいいのですかッ?翠星石にとったら
水銀燈のオシリなんてただのサンドバックですぅ」
そう言うと翠星石は水銀燈のオシリにパンチを笑いながら打ち込む。
「ちょっとォ、何するのぉ?」
水銀燈は翠星石の手を払い、そのまま覆いかぶさるようなポジションを取り
翠星石の脇に手を伸ばす。
「キャハハハ~、止めやがれですゥ、くすぐったいですぅ。キャハハ」
「乙女のヒップにィ、パンチを入れた罰よォォ」
足をバタつかせて笑う翠星石をくすぐる水銀燈を見て苦笑する蒼星石。
「何をやってんだか・・・まったく子供みたいだね」
その言葉に水銀燈と翠星石は一斉に蒼星石に襲い掛かる。
「うわぁ~、止めてよ。アハハハ~」
ただの仲間から音楽が始まりバンドを組み、そのバンドから生まれる音と
メロディーが仲間としての繋がりをより深めていく。
水銀燈、翠星石、蒼星石はそんな絆を明け方まで続いた笑顔と笑い声の
中にしっかりと感じ取っていた。もう独りぼっちじゃない、水銀燈にとって
仲間は家族でありそれ以上の宝物に感じられていた。

その後、停学が解けて登校した水銀燈に担任の梅岡から「退学」の
2文字が告げられた。

停学開けに指導室に呼ばれた水銀燈は突然の言葉に怒りを表す。
「はぁ~? なぜ退学なのよォ!!」
説明を求める水銀燈の言葉に梅岡は苦い表情で説明する。
相手に非があるとはいえ2ヶ所の骨折を負わせた暴力であり先に
手を出したのが水銀燈であること、停学中でありながら夜の街で
警察沙汰になったこと、その際にタバコを所持していた事が上げられた。
「じゃぁ、私が居なかったらぁ翠星石はどうなってたのよォ?それにぃ
私は仲間を見捨てるような腐った女じゃないわァ~」
「翠星石の件に関しては意見の分かれる所だが、お前が起こした暴力や
タバコの所持だけでも大問題だ。お前はあの名門の・・」
水銀燈は梅岡が言った言葉に敏感に反応する。
「あんな箱みたいな家なんか関係ないわァ~、こんな学校も同じクソよ!」
そう言い床にペッと唾を吐きかけ、前にある机を蹴飛ばす。
「こんなところ辞めてやるわぁ~」
そう言い残し水銀燈は派手にドアを開けると出て行く。
かなり遅刻気味に登校した金糸雀は校門を出て行く水銀燈とすれちがい
足を止めた。
「ちょっと水銀燈はどこに行くのかしら~?」
「辞めてきたわぁ、こんなバカらしい所は今日でサヨナラよぉ~」
そう言いながら水銀燈は背を向けたまま手を振り駅の方に歩き出す。

授業が終わろうとした時、マナーモードに設定している携帯が細かい振動で
着信メールを真紅に知らせる。金糸雀から来たメールに目を通す真紅。
ガタンッ、真紅が大きな音をだし席を立つと同時に授業終了のチャイムが
響く。そのまま真紅は廊下に出て梅岡の姿を探し出す。
「話があるのだわ! なぜ水銀燈が退学なのか説明して頂戴!」
そういい真紅は梅岡の手を引き近くにある美術室に入る。
梅岡は水銀燈に告げた退学の内容を真紅に説明する。
その梅岡の目を見据えた真紅の口から言葉が出る。
「翠星石を助けたのは考慮してくれないの?」
「それを考慮してもダメだ、職員会議でも決まった事だ。それに」
「それに、何よ、はっきり言うのだわ!」
「水銀燈といい翠星石といい、あんな場所で何をしてたんだか。
お前達バンドをしているとか言いながら本当は違うことをしているん
じゃないだろうな?」
「違うこと?それは何のことを言ってるの?まさか・・・」
「最近、この街で援助交際が多発していると聞いている。お前らもその中に
入ってるんじゃないのか?」
ありもしない疑いと疑惑を投げかけられた真紅の表情は怒りの色を見せる。
しかし真紅にとって怒りの色は水銀燈や翠星石、その仲間達を侮辱した梅岡
の言葉と表情に対してだった。

真紅の手が素早く梅岡のネクタイを掴むとそのままグイッと力任せに引く。
梅岡の顔は真紅の顔と数センチまで近づく。
「何ていったの? 今ここで殺してやるのだわ!」
掴んでいるネクタイを締め上げる真紅。梅岡の顔色が変わってきた時、
美術室の扉が開き授業の用意に入ってきた教師に真紅は梅岡から引き離される。
「おい、真紅。何をしているんだ」
真紅から開放された梅岡は床に膝を着き激しく咳き込む。
真紅の肩を押さえている教師の後ろから授業を受けるクラスが入ってくる。

「ねぇ、ナニ、ナニこれぇ。また真紅よ~」
「本当ォ、うわぁ、見て見て。梅岡のヤツ顔色ヤバイんじゃないィ~」
「知ってた?水銀燈ってヤツ退学だって。これで真紅も退学決定ね」
「イイ気味ね、ちょっとバンドで人気があると思ったらツケ上がって」

真紅の耳に生徒のヒソヒソ話が小さく入ってくる。その生徒達を睨む真紅。
「そこをドキなさい、邪魔なのだわ!」
美術室から出て行く真紅の後ろで梅岡が怒鳴る。
「おい、真紅。あとで職員室に来なさい!」
その声など耳に入らないかのように真紅は出て行った。

水銀燈の後を追いかけた金糸雀は駅へと続く橋の上で水銀燈に追いつく。
「ねぇ、水銀燈は本当に辞めちゃうのかしら?」
「ふんッ、退学なんだからぁ、しょうがないじゃぁない~」
(コレももうイラナイわねェ~)
水銀燈は鞄から停学中にまとめたレポートを取り出し橋の上から投げ捨てた。
5月の風に乗ったレポートがヒラヒラと舞いながら海へと続く川に落ちていく
のを水銀燈と金糸雀は無言のまま見ていた。


最終更新:2006年05月16日 15:21