「ねぇ、金糸雀は、まだ帰ってこないのォ~?」
「遅いですぅ~、本当に遅いですぅ」
「本当に遅いのだわ、見て、もう3時間もすぎてるわ」
不意に世界が見えた薔薇乙女達は、N’sレーベルに呼ばれている金糸雀からの連絡待ちにソワソワし、落ち着かない。
その様子を見て蒼星石はクスッと笑う。
「何だか懐かしい雰囲気と光景だね」
「えっ、何が懐かしいですぅ?」
「みんなが落ち着かない雰囲気って、僕達が薔薇女子高の
合格発表を見に行った時のことを思い出してね」
「そうなのォ~、あの時とよく似てるの~」
「フフフ、そう言われたらそうねェ~」
蒼星石の言葉に真紅達は通り過ぎてきた過去を振り返る。
憧れから漠然と始めたバンド、ときにはケンカもした、ある時は
嫉妬し、ののしり、言い合った事もあった。
それでも気付けばいつもの笑顔と流れる音楽の中にいた。
初めてラプラスと出逢った学生音楽コンクール。
はなれ離れになった薔薇乙女。
東京での生活と再会、そしてデビュー。
数々の時間を飛び越えて今、セーラー服を着ていた頃の自分達が
冗談半分で言っていた言葉が真紅達の胸に甦る。
「いつか世界で・・・」
その時、ドアを開ける音が聞こえ、続いて元気な金糸雀の声が響く。
「決まったかしら~!!」
金糸雀の嬉しそうな声に翠星石は両手を胸の前で合わせ、目を
キラキラとさせる。
「何が決まったでぅ、ニューヨークですか?ロンドン?パリ?」
「いきなりソレはないかしらッ、まずはアジアを制するのよ」
「アジアなの~」
「そう、アジアよ。まずは上海、ソウル、台湾、マレーシア、
そして日本に帰ってきて東京ドームかしらァ~」
「カニと焼肉に屋台ですかぁ~、早く行きたいですぅ」
「まぁ~た、翠星石は食べ物ォ?」
「それしか頭に無いかしらッ、だから直ぐに太・・・」
翠星石に笑顔で言っていた金糸雀の顔が唖然とした表情になる。
その視線は翠星石を通り越してテレビ画面を凝視していた。
「どうしたですぅ金糸雀?」
「なぁに?」
「なんなの、金糸雀?」
真紅達は振り向き、金糸雀が向けている視線の先を見る。
テレビ画面の上にニュース速報がテロップで流れる。

~元ラプラスのギター 柿崎めぐ(20歳) 交通事故で死去~

「どういう事ォ~・・・ねぇ、どういう事よぉ?」
「な、なにかの間違いですぅ」
翠星石がテレビのチャンネルを切り替えるとワイドショーの
レポーターが、まだ真新しい事故現場で中継する画面が映し出された。

「あのオディール・フォッセーさんが在籍していた人気バンド、
ラプラスのギタリスト柿崎めぐさんが今朝9時過ぎに・・・」

テレビ画面を見る水銀燈は声と体が震え出していた。
「なによぉ?いったい何なのよォ~?」
「うそだわ、こんな報道ウソに決まってるのだわ」
真紅は呆然と画面を見つめる翠星石の手からリモコンを取り、
チャンネルを変えていく。
だが、その度にメグの死に関する情報は確かなものになり、真紅達は
ただ繰り返し報道される言葉を聞くしかなかった。
「こんなの私は信じないわァ~、絶対にウソよォォォ!!」
水銀燈の叫びに近い声は真紅達の胸に痛みを伴って突き刺さる
ように聞こえた。
「す、水銀燈・・・」
真紅達が出せる言葉はそれだけでしかなかった。

東京の空を被い始めた雪雲からは音も無く静かに粉雪が
舞い降り始めていた。
その白い結晶は地面に落ちると、黒いアスファルトを白色に
塗り替えていく。
それはまるで、水銀燈の胸にある悲鳴と痛みを隠すかのように。

                    *

積もった雪の中、大勢のラプラスファンが沿道に詰めかけ、メグの写真を
持ち、最後の別れに列を作っていた。
報道陣はその様子と弔問に訪れる関係者をカメラに収めている。

「あっ、今、喪服姿の真紅さんと元ラプラスのノリさんが泣きながら
入っていきます。その後ろには翠星石さんと蒼星石さんも・・・」

レポーターが弔問に来た真紅達とノリ達を伝える。
大泣きする雛苺は巴に支えられ、建物の中に消えていく。
花とギターが飾られている壇の上には、もう決して見ることの
ないメグの笑顔が涙を誘う。

「メグゥゥ!!」
「ウワァァ・・・メグぅぅ!!」

メグを乗せた車がゆっくりと沿道に姿を現すと詰めかけていた大勢の
ファンは口々にメグの名を叫ぶ。
永遠の別れを示すクラクションが大きく鳴らされると、ファンの声も
悲痛なまでに大きくなる。
その声は会場にいる真紅達の耳に届き、雛苺は床に座り込みながら
泣いている。
真紅は涙を隠すように壁に向かってうつむく。
だが、嗚咽を漏らす度に揺れる真紅の小さな背中は、もうメグがこの世に
存在しないことをを示していた。
その別れの中に、水銀燈の姿はなかった。

外は降り止まない雪で覆われ、深夜の東京が発する雑踏も白い世界に
埋もれて消えている。
暗い部屋で独り膝を抱き、全てが止ったかのような静寂の中にいる水銀燈。
「ねぇ、どうして・・・約束したじゃぁない。ねぇ、メグぅ」

机の上に飾られている薔薇乙女とラプラスが同じスタジオで撮った
写真に向かって呟く。
だが帰ってくる答えは永遠の別れという名の悲しみだけ。

「本当にメグはおバカさんだわぁ、死んだら何も無いのに、どうして?
 どうして勝手に逝っちゃったのよぉぉォォォオ~!!」

溢れてくる涙に抱いている膝に力が入る。震える水銀燈の細い肩は今にも
崩れ落ちそうなほど弱々しく感じられた。
そのままどれほど泣いたのか?どのくらいの時間が流れたのか?
10分?それとも1時間?水銀燈には解らなかった。
だが、震える肩を後ろから優しく抱く感覚で水銀燈の涙は止る。
「誰ェ?」


最終更新:2006年06月24日 19:46