朝から降っていた雨は昼過ぎに強まり、窓を叩く雨粒は小さな
滝のように流れていく。
やや冷房が効きすぎた感じがする喫茶店のテーブルの上には
飲みかけのアイスコーヒーと、灰皿には吸い終わったタバコが2本。
手の届く距離にはマホガニー製の上品なマガジンラックがある。
そこに入れられている週刊誌の見出しをチラッと目にする。

~社会現象か? ローゼンメイデン!?~

クスッと声に出さず小さく笑うと、3本目のタバコに手を伸ばす。
火を付け、始めの一口を深く吸い込む。
そして街を濡らす雨模様を見つめる。

僕はこの季節の雨が好きだ。
初めて君達と出遭った日も、初めて恋した日も、こんな雨の日だった・・・。
        ~Singin’ in The Rain~  
どうせ直ぐに転校だから、まぁ適当に・・・。
黒板の前で自己紹介しながらジュンはそう考え、視線を巡らせ
空いている席を探す。
(あっ、あの席か・・・)
その席の隣には長い金髪を左右で分けている少女が座っていた。

「こんにちは、桜田ジュンです、ヨロシク」
「・・・私、真紅、よろしく」

ジュンの方も見ずに、短い挨拶をした真紅はアメを口の中で
転がしながら退屈な顔をし、小雨が降る窓の外ばかり見ていた。

(参ったな。この娘、なんだか話しづらいな)

黒板とチョークの音だけが聞こえる静かな授業が続く。
転校初日のジュンは緊張のため意識を黒板とノートに集中していた。
その時、何かがジュンの後頭部に当たる。

なんだよ、転校生イジメかぁ? ったくウザイなぁ・・・
そう思い無視をしているとボールペンのキャップが飛んできた。

(なっ、なんだよ)

ジュンの肩に当たり、机の上に落ちたキャップは可愛いキャラクター物
のマスコットが付いている。
後ろを振り向くと、斜め後ろに座る長い髪をした少女が小声で
話しかけてくる。

「おい、お前は鈍感ですかッ? ちょっと真紅を呼べですぅ」
「えっ?」
「早く呼びやがれでぅ!」

なんだよ、この口の悪い女・・・。
ジュンはイスから体を少し浮かし、真紅のほうに寄る。

「あの~、ちょっと? 真紅さん?」
「なに?」

気だるそうに答える真紅に、作り笑いでジュンは後ろを
指差しながら言う。

「いや、後ろの娘が、呼んでるよ」
「あら、なに翠星石?」
「バンドのことで話があるですぅ、それと翠星石も
 アメちゃん欲しいですぅ」

バンド? この娘達ってバンドやってるんだ・・・。
ジュンは2人の会話を聞いていると、真紅の手がジュンに
伸びてきた。

「これ、翠星石に渡して頂戴」

真紅の手にはアメが2個、オレンジとレモン。
それを受け取りながら真紅を見る。

「どっちかスキなのを取りなさい」
「あっ、じゃ、じゃぁ、レモンにするよ。ありがとう・・・」

真紅は退屈な顔から少し柔らかい表情になっていた。
その真紅にジュンも自然な笑みがこぼれる。
そして、ジュンはレモンキャンディーを口に入れてみた。
その味は、どこか甘くてすっぱかった・・・。

外は雨、強くもなく弱くもない雨が降り続く。
グラウンドの水溜りは時間の経過と共に大きくなる。
雨の中でポツンと佇むゴールポスト。
時おり聞こえてくる体育館からの声。
音楽室からもれてくるショパンの前奏曲。
そんな静かで少し悲しいような景色を、ぼんやりと眺める真紅。

なんだか切ない顔だな、少し笑ったように思ったんだけど・・・。
いつの間にかジュンは真紅が見せる寂しげな横顔を見ていた。
突然のチャイムと席を立つ音にハッとする。

「あの転校生ったらずっと真紅を見てたですよッ。 メガネ&ひ弱
そうで、オタクチック全開ですぅ~」
「あら、そう? 私じゃなくて外を見ていたんじゃない?」
「外ですかぁ?」
「この季節に降る雨の景色は静かで素敵よ」
「そ、そうですかぁ? 翠星石はジメジメ~としてイヤですけどぉ」
「ところでバンドの話って何?」
「そ~です、バンドですぅ。 翠星石のドラムを部室に運ぶですよ」

ブラスバンド部と共同で使用していた音楽室を追い出された真紅達の
軽音楽部に与えられた新しい部室は元物置小屋であった。
グラウンドの隅にある2階建てのプレハブ小屋、その2階部分。

「この雨ですからぁ、翠星石ひとりでは無理ですぅ」
「私は生徒会だし、翠星石だけじゃ無理ね。 水銀燈はどうしたの?」
「水銀燈はまだ来てねぇですぅ。 まぁ~た夜遊びしてるですよッ」
「しかたないわね」

転校初日でクラスに馴染めていないジュンは一人で
弁当を食べていた。
そこに真紅と翠星石が来る。

「ジュン、ちょっといいかしら?」

えっ、なんだ。 いきなり僕のこと呼び捨てにしたぞ・・・。
真紅の言葉に驚きながら振り向く。

「なにかな?」
「放課後の予定とかあるかしら?」
「いいや、べつに帰るだけだよ」
「じゃ、決まりね。 詳しい話は午後の授業が終わってからよ」

それだけ言うと真紅と翠星石は一緒に教室から出て行った。

「ほんろうに、あの転校れいに手伝っでもれいうですかぁ?」
「食べてから喋りなさい。 何いってるか解らないのだわ」

無い! さっきまであった弁当のオカズがない・・・。
ジュンは信じられない顔付きで真紅と翠星石を見る。
ちょうど教室を出ようとしていた翠星石の頬はふくれ、口が
モゴモゴと動いていた。

「マジかよ、あの女・・・食べたのか僕の弁当・・・」

午後の授業が終わると真紅と翠星石はジュンの机に来る。
そして、やや命令口調で話し出す。

「少し手伝ってもらいたいの、付いてきなさい」
「はぁ? 何を手伝うの?」
「四の五の言わず黙って付いてきやがれですぅ」

殴りたくなってくるな、この女・・・。
翠星石の言葉にムスッとしながらも真紅と翠星石の後に続く。

「このドラムセットを部室に運んで頂戴」
「えっ、手伝いってこのタイコを運ぶの?」
「そ~です、いいからコレを持つですよッ」

バスドラムなどを無理やり両手に抱えさせられたジュンは、ドラム
スティックだけ持つ翠星石の後を追いかける。


最終更新:2006年07月01日 19:16