普段は犬の散歩やジョギングの人達がまばらに行きかう有栖川神社の敷地だが、
今夜は賑やかな人々の笑い声や歓声が境内を走り回っていた。
その笑い声とはうらはらにライブが始まろうとしているステージの裏には
数組の出場バンドが緊張の面持ちで待機している。

翠星石と金糸雀は何度もラップにあたる歌詞の部分を確認している。
真紅と蒼星石は緊張感を解すためか、熱い紅茶とほうじ茶を口にはこぶ。
水銀燈はi-podのボリュームを上げ、目を閉じるとイヤホンから流れる
メロディーに、かかとで小刻みなリズムを取っている。
その水銀燈の後ろをめぐはenjuのメンバーと通りかかる。
同じライブに出場する顔ぶれをチラッと見渡しためぐの目に金糸雀の姿が入る。

………あらっ、あの子…ふ~ん、ローゼンメイデンってバンドの名前だったの?
   じゃぁこの子も同じメンバーなの?

水銀燈の後ろで足を止めためぐは、そっとイヤホンから漏れてくる音に
顔を近づけるとクスッと声に出さずに笑うとそのまま他の出場者たちの
中に紛れて行った。

………なぁに、この香りぃ?

鼻腔にまとわり付くようなめぐのフレグランス。
ロエベ エセンシアの香りに水銀燈のかかとは止まり後ろを振り返る。
そこは他の出場バンドや関係者の人々が行きかうだけであった。
ただ、その人々に見え隠れするように長い黒髪をなびかせて歩いていく
一人の女性の姿がやけに目に付いた。

数発の花火が8月最後の週末の夜空を染めるとステージを見上げている人達から
拍手と歓声が飛び交う。
すでに数組のバンド出場者が演奏を終えるとジュンはムービーカメラにDVDを
セットし、ローゼンメイデンの出場を待っていた。

………あっ、あの女!!

ステージを見上げる人々に混じってカメラを構えているジュンの目に
留まったのはローゼンメイデンの前に出てきたenju、めぐの姿であった。

「enjuです…」

そう一言ささやくようにマイクに向かって言うと爆発的な振動が
ステージから飛び出していく。

「あら、この曲ってなかなかイイ感じなのだわ」
「そおーですかぁ? 翠星石はもうちぃ~っと軽い感じが好みですよぉ」
「カナもこういう曲は嫌いじゃないかしらぁ、ちょっと見てくるかしら~」

出番を待つ真紅達の耳にenjuの演奏が聞こえてくる。
そのメロディーと歌に興味をもった金糸雀はイスから立ち上がると、
同じように水銀燈も立ち上がり2人でステージを見に行く。

長い黒髪を揺らしながら、きわどい言葉を激しく重いメロディーに乗せて
歌うめぐを見た金糸雀は凍りついたような表情になる。

「あ、あのボーカルの女かしらぁぁ…」
「ん?」

金糸雀の言葉に水銀燈はドラムに書かれたenjuの見字を発見する。
そしてライトの光を浴びながら歌うめぐの動きを目で追いながらニヤリと笑う。

「ブルーR、みぃ~つけたぁ…フフフッ」

そうつぶやいた水銀燈の表情は、なぜかオモチャを与えられた子供が
見せるような笑みが口元に表れていた。

enjuの曲が2曲目にさしかかると金糸雀と水銀燈は無言のまま
ステージ裏でまっている真紅達の元に帰ってくると蒼星石と真紅も
無言のままイスから立ち上がる。
少し遅れて翠星石も 「よいしょっ ですぅ」 と立つと、自然と5人で
小さな円陣を組む。
それぞれの肩を抱くローゼンメイデンのメンバー達。
互いの視線は気心知れた同じロックで結ばれた仲間に向けられている。

 ―――パチパチ~―――ピーッピュ~ッ

enjuの演奏が終わると拍手と口笛がステージに向けて飛び交う。
そんな賞賛の音を聞きながら円陣を組んだローゼンメイデン達は
静かに右手を出し合い、円陣の中で重ねる。

「行くですよッ!」
「うん、行こう。僕達の音楽をヤリに…」
「ハジけるかしらぁ」
「もちろんよぉ~」
「じゃ、行くのだわ!!」

ほんの2mほどの階段、その上には眩しいステージが広がっている。
そこからenjuのメンバーが降りてくる。
汗をタオルでふきながらめぐは金糸雀とすれ違うと、フンッと鼻で笑う。
少し奥歯を噛む金糸雀が通り過ぎると、その後ろを歩く水銀燈はめぐと
すれ違いざまに肩をぶつける。

「貴女のブルーRって速いんでしょ~? 弱い者あいてには…フフフッ」

そう言った水銀燈はクスクスッと笑いながらステージに続く階段を上がって行った。

                    *

ライトの光が眩しい。そして発せられる光線が熱い。
ステージに上がったローゼンメイデン達は向けられたライトに目を細める。

水銀燈と蒼星石は軽く音を出し、トーンを確かめる。
翠星石はスティックを握ると細めた目でステージを見上げる人々の
中を見渡す。

………ジュン、ジュンはどこでカメラを撮ってるですかぁ?

真紅は人指し指でトントンっとマイクを軽く叩いてみる。
金糸雀はヘッドマイクの位置を気にしながらも自分達に向けられている
多くの視線を感じると少し手が震えてくる。

 ―――スゥ~…はぁ~

目を閉じて大きく2~3回ほど深呼吸し、とじた目を開けると真紅も
蒼星石も、そして緊張とは無縁と思われていた水銀燈すら自分と同じ
ように深呼吸をしている姿を見る。

………みんな同じ思いかしらぁ~

ニコッと笑った金糸雀はその笑顔のまま翠星石と目を合わせるとコクッとうなづく。
それと同じく真紅、水銀燈、蒼星石も顔を見合わせると最後の深呼吸をする。
ジュンは人込みの中でそんなローゼンメイデンにカメラを向けている。
真紅達の緊張がジュンにも伝わる。

………おい、頑張れよ!!

ジュンは気持ちの中でそう叫ぶと同時にローゼンメイデンの演奏が始まった。
翠星石のドラムと蒼星石のベースが作り出す振動をバックに金糸雀の
キーボードから広がるややポップチューンなサウンドに乗せて真紅は
飛び跳ねるように歌う。

過ぎていく季節に 立ち止まることなんて NO NO NO~♪ 
時代(とき)は光の速さで まわって~♪ Right Now!! 

水銀燈はギターで同じく軽やかなフレーズを刻むと、
金糸雀はそのリズムに合わせて早口で喋るようにラップを展開する。

ちょっとやそっとじゃ倒れないかしら R Z M Rozen Maiden!!! 
これマジ最高最速 ロックでライムな薔薇乙女 
チョーCoolなリズムでそこのアナタのmindにSTOP!! 
滅入った時こそマジ Rozenの飛んでるトーンで今すぐダイブ!! 
Illust ID:i+gC3/k00 氏(79th take)

突然始まったローゼンメイデンの曲、そのメロディーと愛らしくも
今の十代の女の子が時代の波を追いかけて突き進む。
そんな思いがノリのいい軽快な音の波となって人々の頭上に降りてくる。
その波をつかもうと人々はステージに向けて手を伸ばし、
今や有栖川神社横に設置されたステージはローゼンメイデンの色で染められていた。
そこに1台のテレビカメラがステージを映し出す。

「こんばんは、24時間テレビ 愛は地球を救うでは、ここ有栖川市にある
 有栖川神社で募金をしています。ところで今夜の神社ではお祭りもしていまして、
 今はちょうど地元のバンドが元気な演奏をしています。
 では、しばらくその演奏をお聴きください」

レポーターがそう言うとテレビカメラはステージで歌う真紅、そして軽快な
音のシャワーを降り注いでいるローゼンメイデンをアップで映し出す。
それに答えるように真紅はステージを小走りに移動しながら笑顔で人々に
向かって歌う。

Here We Are 地下鉄 階段かけ上がって 息きらして見る~♪ 
晴れた空から落ちてくる 未来(あす)へのエモーション~~ 
遠くに見えたスリルも今じゃ もうヤミツキの Party~♡ 
形のないもの信じて つかんだ 明日行きのチケット 
Yes! 私はDreamers Only!! 

その映像は全国放送のネットにより高知県で見ている雛苺の目にも映る。

「あぁ~、お姉ちゃん達なの~、うわぁ~い、凄いの~!!」

雛苺は画面の中で歌う真紅やギター、ドラム、ベース、キーボードを
使って何も無い空間に音符の夢を書き出すローゼンメイデンの演奏に
目を輝かせ、そして一緒に時を過ごした日々を思い出していた。
みつの店でのライブ、一緒に遊んだ日々が目まぐるしく展開する。
水銀燈、蒼星石、真紅、金糸雀、翠星石、そしてジュンに勇気と優しさを
教えてもらった雛苺。

「こんどはヒナが応援するのぉ、みんながんばるのぉ~!!」

そんな雛苺の声が聞こえたのか翠星石と金糸雀はニコッと笑うと
言葉をラップに変えて軽快なリズムに乗せて刻む。

動き出す第6感にアンテナ ビッと立ててアソコもおっ立てて 
即効ハマッたこのノリにボリュームいきなりMAX状態でOKかしら? 
叫んじゃって波に乗っちゃって歌って踊って Keep On Grooving!!  
限界って言ってみても何も始まらねぇです そこのお前! 
ころがって現実逃避のつもり? めんどう事は明日?  
無理無駄いってないで今すぐJust Do It!! 

「おっ!、イイねぇ~。この娘達って誰よ?地元の娘?今すぐ現地と
 連絡取れるか?」

同じく画面を見ているテレビ関係者や大手レコード会社の人達の目に止まると、
そんな会話が飛び交う。

金糸雀と翠星石のラップが終わり、続けざまに真紅の歌が入ると人々の心に
ノリのいい音符の振動を伴った音のシャワーは余韻を残したまま終わった。

 ―――ドックン、ドックン…

全てを出し切って歌い、音を出したローゼンメイデンは演奏が終わると
一瞬だけ目の前が真っ白な世界に見える。
そんな中で周りの音は消えうせ、聞こえるのは自分の胸の鼓動だけ。
だが、そんな白昼夢とも思える世界はステージに向けられた大きな拍手と、
歓声、口笛でかき消されていく。

それはステージ上からの音符のシャワーを全身にうけた人々がこんどは
賞賛のシャワーを拍手と歓声に変えてステージにいるローゼンメイデンに
向けて贈っていたのだ。
そんな中でジュンもカメラを構えつつもステージに向けて人差し指を
突き立てて笑っている。

………やったぁ、凄いよ!!ローゼンが今夜のバンドの中じゃ一番だよ!!

大勢の人達の中から真紅と翠星石はそんなジュンを見つけるとお互い笑顔で
ジュンを見つめていた。

………フンッ。

大勢の拍手と歓声から離れた場所でめぐは鼻で笑うようにニヒルに笑うと
タバコに火をつける。

………そこにいたのねぇ~、逃がさないわよぉ、ブルーR!!

揺れるライターの火をステージから見つけた水銀燈は賞賛の拍手の中で
一人だけ違った笑みをこぼしていた。

(以下執筆継続中)


最終更新:2006年09月19日 23:29
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