その頃ジュンと二人きりになった真紅はまたもや勝手にPCを触っている。

「なぁ真紅。さっきからやけに熱心にファッションサイトを見てるな?」
「当たり前だわ、私達ローゼンメイデンはもしかしたらTVで歌うかもしれない
 のよ、そんな時にみっともない服なんか着れないのだわ」

そうか、ローゼンメイデンはTV曲の番組に出るような話が来ていたんだったな。
そのためにみんなしてオリジナル曲を作っている最中だったよな。

真紅達がオリジナル曲に頭を悩ませている最中だというのを思い出したジュンは何気にモニターに向かってキーを打っている真紅の後ろ姿を眺めていた。
そんなジュンの視線に気付かずに真紅はモニターに向かったまま話しかける。

「ねぇジュン。貴方が想像する女性のロックミュージシャンが着る服って
 どんなのかイメージできるかしら?」
「ん~~~?よく解らないな…あえて言うならカッコイイ、セクシーって感じ
 かな?まぁ、セクシーって言葉は真紅には似合わないな、ハハハハ~」

ジュンの言葉に真紅は無言のままPCの横に置いてあるボールペンを投げつける。
しかもただ投げるのではなくダーツで的を狙うかのように手首のスナップを利かせて投げる。

「うわっ、危ない!!」

顔をかすめて飛んできたボールペンは壁に当たるとドンッと鈍い音を立てる。
真紅はそれを見ると今度はシャープペンシルを手にする。

今度は外さないわ!そんな考えが少々マユを吊り上げ気味な表情から読み取れる。
ちょっとした冗談なのに危ないなッ、うわ、今度はシャーペンかよッ!!

真紅はまたもやダーツを投げるモーションにうつる。
そして今、まさにシャープペンシルが投げられようとしたとき、携帯が鳴り出す。

「もしもし、水銀燈なの?」

おぉ~ナイスタイミングだよ、あのままだと間違いなくシャーペンが直撃していたぞ。こんど水銀燈に何かオゴらないとイケないなぁ~。
でも何の電話だろう?真紅が焦り出してるぞ…?

「いま金糸雀の家なのよぉ~、で、真紅を迎えに行こうと思ったんだけどぉ、
 この雨と風でしょ~、ちょっと今夜はムリっぽいわぁ~」
「ムリってどういう事なの?今すぐ迎えに来るのだわ」
「ムリ、ムリ。だってこの天気よぉ、私が事故っちゃうわぁ~、という訳で
 また明日ねぇ~、バイバイ~~」
「ちょっと待ちなさい水銀燈、ねぇ、水銀燈ッ!!」

何の話だったんだ?電話を切った真紅はいきなりカーテンを開けると諦めに近いため息をはく。
僕は真紅の後ろから窓の外を見てみる。

「うわっ、凄い雨と風だなッ、水銀燈はよく走るよな、こんな夜に」
「迎えにこれないのだわ…」
「そうか、まぁ、しかたないよなァ~こんな天気じゃ……えっ?えぇ?
じゃ、真紅はどうするんだ?」

真紅はジュンから素早く距離を置くと部屋の真ん中に仁王立ちになり人差し指を向ける。

「いいジュン、貴方は今すぐこの部屋から出ていきなさいッ!!」
「はぁ……? な、なんで~~?」

いきなり飛び出してきた理不尽なセリフに驚いた、と言うか唖然とした僕は間の抜けた声が出てしまった。
そんな僕に真紅はテーブルの上にあったティーカップをつかむと投げようとする。
おいおい、そんなのが当たったら本当にケガするよ~~。
危険を察知できるセンサーがもしこの部屋にあるとすれば、まさにこの状態はかなりの数値をはじき出しているだろう。
そんな表情の真紅に圧倒されそうになるが、どうも話がおかしい。ここは僕の部屋なのだ。

「クソ~、なんだよ。ここは僕の家で僕の部屋だぞ…」
「早く出て行きなさい。だいたい誰もいない部屋で男女が一晩一緒なんて
 不純なのだわ」
「押しかけてきたのはどっちだよ?」
「うるさいわ」

こんな押し問答が数分ほど続いただろうか、真紅は厳しい表情のままだ。
しょうがない、僕は腐っても男だ、ここは一つ真紅のワガママを聞いてやろう。
ただしこれでカゼが悪化したら後でイヤミの一つでも言ってやる。
そう思いながら僕は自分の部屋から出ようと真紅に背を向けた。
その時いきなりカーテンが開いた窓に眩しい閃光が走る。
次の瞬間には耳をつんざくような音、いや音というよりも破裂とか爆発に近いような振動が辺り一帯を被った。
ヤバイ、落雷だ! そう思うと同時に真紅の短い悲鳴が聞え、そして部屋の電気が真っ暗になってしまった。 

「うわっ、停電だよッ!」

確か机の引き出しに入れてあるバイクのキーホルダーに小型のマグライトが付いていたはずだ。
いきなりの暗闇に慣れた自分の部屋でも手探りで探さないと机の位置などがどうも解りづらい。

「ジュ…ジュン、どこなの?ねぇジュン?」
「ここだよ、ちょっと待ってろよ、引き出しにマグライトがあるんだ」

暗闇の中で机に向った僕は引き出しの中を手探りでライトがついたキーホルダーを探す。

その時またも稲光が空に走る。一瞬だけ青い閃光が暗い部屋の中を照らす。
そのおかげでジュンは目的のライトを見つけることができた。

「あった、ライトがあっ……たよ、真紅?」

ほんの少し前まで強気な態度を取っていた真紅は後ろからジュンのシャツを親指と人差し指でつまんでいた。

「カミナリが怖いのか?ちょっと待ってろよ、今ライトを点けるから」

こういう言葉にはいつもムキになりそうな真紅だが、今回は黙ってジュンのシャツを掴んだまま放さない。それどころか早くライトを点けてと言わんばかりにツンツンと力なくシャツを引っ張る。

「ほら、ライトが点いたぞ、ちょっとこのライトで棚の上を照らしてくれないか?」
「な、何をするのジュン?」
「いいから、いいから、確かこの棚の上に置いたはず…あっ、あったぞ」

心配そうな顔つきで棚の上を探るジュンの手元を照らしていると、小さな箱をつかんだジュンはそこからランタンを取り出す。
何故そんな物をもっているのか不思議に思って聞くと、ジュンはランタンに燃料を入れながら答える。

「僕のバイクが直ったらそのうちテントとかもってソロツーリングにでも
 いこうかと思ってちょっとづつ買い揃えていたんだよ」

小型のランタンに燃料を入れ終わると点火してみる。
ボッ、そんな音を立て小さいながらもランタンの灯りはジュンの部屋を淡く照らす。
それは天井からの蛍光灯よりも光量は少ないものの揺らめく炎の灯りは何とも幻想的で温かみがあった。

「まさか始めて使うのが停電って言うのは少しオカシイな、ははは」
「こ、こんな便利な物があるなら初めから用意しておきなさい」
「無茶言うなよー、だいたい停電なんて起きるとは思わないだろ普通~」

僕はランタンをテーブルの上に置き、真紅とならんで座る。
どうやら真紅は暗闇とか、そう言うのが苦手らしくさっきからシャッをつまんだまま放してくれない。
それに稲光が窓から入ってくるたびにビクッと体を震わせている。
普段のどこか女王様気分な真紅とは違っている。いつもこんな感じならイイのにな。そうしたら僕だってもっとこう、そう、もっと僕は真紅を……

断続的に鳴り響くカミナリがやや近い所で轟くと真紅はキャッと小さな悲鳴を上げてジュンに近付く。2人の肩は触れそうで触れない。

「ネコだけじゃなくてカミナリとかも怖いんだな」
「う、うるさいわ。誰だって苦手なものはあるわ」
「ははっ、そりゃそうだな」

真紅は少し落ち着くためランタンのとなりにあるティーカップを取ろうとする。その時になって初めてジュンのシャツをずっと掴んでいたのに気付くと、そっと放す。
コホンッとテレ隠し気味に小さく咳払いをするが風と激しい雨音でジュンには聞えない。そしてやや震える手でカップを口に運ぶ。

「ははっ」

怖くて手が震えているのに平静を装っている真紅をみてジュンは小さく笑った。そんなジュンに真紅は少し厳しい目を向ける。
そしてそこで初めて2人の距離があまりにも近いことに気付き真紅は向けた視線を少し外してみる。

あっ、あれは私があげた――――――――お守りだわ…

そらした視線の先、ジュンの顔の後ろ、ベッドの脇にジュンがバイクに乗る際に渡したお守り代わりの小さなマスコットぬいぐるみが置いてあるのを発見する。
それは事故のときに汚れたままの姿、耳がほつれている。こんなのは近所のゲームセンターにいけばいくらでも取れるような安っぽいぬいぐるみ。
それをジュンは今も持っていてくれた。
真紅は思わず声が出る。

「ねぇ、ジュン…このぬいぐ…」

ガラガラッ――――ドドォーーッ

真紅の言葉が言い終わる前に閃光がひらめいたと思った次の瞬間にまた大音響と共に雷音が鳴り渡る。

「うわっ、また落ちたのか?」
「きゃっ」
「えっ…?」

真紅は思わずジュンの胸に顔を埋めた。長い金髪を後ろで2つに結んでいる真紅の頭がジュンの目の前にある。そして小さな腕はしっかりとジュンの背中を抱いている。
そして真っ暗な中でランタンの淡く揺らめく灯りに映し出された2人の影は1つになって部屋の四隅に映し出されていた。

し、真紅…? 今の僕がしゃべったらこんなセリフしか出てこないだろう。
それほど僕と真紅の距離は近すぎる。
いや、近いと言うか、僕は真紅を感じている。
彼女が僕の背中に回している手の細さ、そしてこめられている力の強さ、よっぽどカミナリと暗闇が怖いのか微かに震えている体とその柔らかさ。
顔までは解らないけど僕の胸に押し付けている真紅が目を閉じていることくらいは解る。
だって真紅の息使いもこうして直接僕の胸に感じているから。
こんな時、僕はどうしたらいいんだろう?

冬の嵐が連れてきた強風が窓をガタガタと大きく揺さぶる。
下がった気温の中で真紅の体を感じ散る部分だけ彼女の熱を感じる。
それは真紅も同じことであった。
ふと我に返った真紅だが、突発的とはいえこうして男の背に手を回していることに恥ずかしさよりも何故か安堵感を感じた。
そして安堵感と同時にあの夏に気付き始めた自分自身の感情というものが今、この瞬間にも感じられた。

わ、私はいったい―――――閉じていた目を薄っすらとひらいてみる
ジュ、ジュン?――――――ジュンが呼吸をするたび、胸の動きを感じる
い、いけないわ――――――自分でも解るほど真紅の鼓動は早くなっていく

私は小さい頃からカミナリが大嫌いだった。とりわけ今日みたいに近い所で鳴り響くカミナリは恐ろしさを感じる。
いつだったけ?私が子供の頃に大きな台風がきて停電になった。
小さい私は泣きながら両親の名前を呼んだ、でもそんな時に限って家には誰もいなかった。
私の泣き声に誰も答えてくれない。
停電で真っ暗な中で聞えるのは雨と風とカミナリの音だけ、私は耳を塞いで泣くだけ泣いた。
嵐の音に負けないくらい大きな声で…それからだ、私が暗い所やカミナリが
怖くなったのは。でも、今の私はそれほど恐怖感は感じない。
だって今夜の嵐は一人じゃないから……。

ドックン、ドックン……早まる鼓動から発せられる胸の音、それは自身が歌っているロックのリズムにも似た高鳴りのようであった。
この音が聞えたらどうしよう? そんな考えが浮かぶ。
いつもの真紅なら何事もないような態度で離れるのだが、今夜の真紅は回した腕に力が入ってしまう。

僕の背中を掴んでいる真紅の確かな力を感じる。こうギュッと掴んでいる。
こういう時、僕は、いや男としてどうすればいいのか?
確かに僕はこの学校に転校してきた時、一番初めに意識したのは真紅だった。
その後に翠星石、水銀燈、金糸雀、蒼星石と出会って……いつしか僕の中で真紅は意識していると言うよりも気のあう友達、いや仲間として認識していた
のかもしれない。でも今こうして真紅の体、と言うより存在を感じている。
僕は…僕の気持ちは………。

「し、真紅……」
「…なに、ジュン」

ジュンの胸に顔を埋める真紅に向かってそっと声をかける。
真紅はその声に消えそうな小さな声で答える。
そしてジュンは両手を真紅の小さな肩に静かに、そしてそっと置いた。

「ジュ…ジュン?」

肩にジュンの手の感触を感じた真紅はそこで始めて埋めていた胸から顔を上げるとゆっくりとした動作でジュンを見上げた。
そんな2人を今では遠くなりつつある雷鳴と稲光が包み込んだ。

同じ頃、翠星石と蒼星石もジュンと真紅が聞いている雷鳴を真っ暗になった自分の部屋で聞いていた。


最終更新:2006年11月30日 00:34