『――星石』

「…………ん」

誰だろう?
僕はどこかで聞いたような声に呼ばれたような気がし、ゆっくりと目を開けた

「……あれ?」

――暗黒
初めに目に写ったのは正にそんな言葉がぴったりの世界、上を見ても下を見ても、目を開けた先に広がるのは見慣れた僕の部屋ではなかった

分かるのは足音から僕は浮いてるのでは無く立ってるという事、そして――これが夢だという事

「変だな……」

僕にとって今まで夢、というのは起きてから初めて気付く物だった
夢の中にいる間は微塵もそれが夢だなんて思わない、だけど今回は違う……これが夢だとハッキリ分かる

『蒼星石』

僕はハッとして声の聞こえた方に顔を向けた

そこにいたのはこの真っ暗な世界と正反対の姿、真っ白にくり貫かれた輪郭

輪郭からどうにか分かるのは、ソレのヘアスタイルは僕と同じショートで、僕と同じくらいの身長、僕の持ってるのと同じ形の帽子を右手に持っていて――

「……君は、誰だい?」

『ふふ……自分に自己紹介してもしょうがないじゃないか』

「……え?」

そう言い放つと真っ白な“ボク”はクルクルと帽子を回し、コツコツと足音を立てながら“僕”に近付いてきた


『ようこそ僕、夢の世界へ』

ボクはそう言うと回していた真っ白な帽子を僕にポンッと被せる

近くにきても目の前のボクはただただ真っ白で――それが僕には凄く不気味に思えた

僕に帽子を被せたボクはそんな僕の様子を見、クスッと笑いながら一歩後退する

『時間も無いから簡潔に話そう、ボクは他でもない、蒼星石の“記憶”の部分なんだ』

「……え?」

余りに突拍子な話に、僕は思わず同じ反応を繰り返す

……どうもイマイチ頭の整理がつかない……夢の中に僕が出て来て……それは僕の……記憶?


「……どうして僕の記憶が……?」

『僕なら何となく分かるんじゃないかな? なぜボクが“今”夢に出てきたか』

――スランプ

ふと僕の頭に一つの言葉が頭をよぎった

「まさか……」

『そう――ボクは僕を助けに来たんだ』

「僕を……助けに?」

ニコッと微笑むボク、真っ白でも口元の動きくらいは分かるんだな……と僕は思いながら、真っ白な帽子にそっと触れた

その帽子は温かくも冷たくもなく――僕がよく知ってる僕の帽子だった

『そう、僕を助けにボクは来た……今回は彼女同様、いつもより少し具合が悪いみたいだからね』

「今回?」

そう、とボクは一言こぼしその場でクルクルと踊り出す

『今までだって何回かあったよ、ボクはそのたびに僕の記憶の深淵から拾ったメロディーの欠片を僕に贈っていたんだ』

……僕の記憶

いま夢のボクの言ってる事は真実なのか……

僕はボクの言葉に疑惑の念を持った、だって僕の記憶なら僕だって引き出せるはず……それなのにボクがわざわざ引き出す意味が分からない

『僕は今こう思ってるね、“僕の記憶は僕だって自由に引き出せる”って』

――!!

どうして? と言わんばかりの僕に向かって、ボクはクルクルと踊りながら静かに微笑む

『簡単だよ、さっきの心の中も僕の“記憶”だからボクには分かる、ただそれだけのことさ』

『それに結論から言うと、僕じゃ僕の記憶は正確には引き出せない』

「……どういう事」

心の内をピタリと当てられ、僕は自然とボクを警戒する
恐らく、それさえもボクには分かっているだろうけども

『そうだね……僕は産まれる前の胎動の音や、初めて外に出たときに耳に飛び込んできた音を覚えているかい?』

「それは……」

思わず僕はボクから目を背ける

そうか……記憶、とはこういう事だったのか

『……そんなに気にする必要はないよ、そのためにボクはいる』

『幼すぎる時しか感じれない輝きに満ちた美しい感動、それなのに、本当に大切なのにハッキリとは覚えていないジレンマ……そんな記憶をボクは届ける』


『こっちの世界ではそれを……


“ローザミスティカ”


と呼ぶんだ』


「ローザミスティカ……」

いつの間にか、真っ白なボクはピタリと踊るのを止めていた

『そう、記憶の宝石ローザミスティカ、忘れられる事によって壊れてしまう儚く美しい感動の結晶、僕と同時に誕生し、そして他の何物も代わることが出来ない僕の歴史の雫』

『だからローザミスティカから出来るメロディーは深く人の心に残るんだ、純粋な感動の結晶から作るメロディーは人の根本にあるモノを惹きつけるから』

「そうなんだ……」

『ふふ……今度はこう思ってるね?“ならメロディーの欠片じゃなくて、完成したメロディーでいいじゃないか”って』

……不思議な感じだ

僕はボクに対してなのに、この話の中では優位に立てる気がしない

『ボクも出来る事なら、完成したメロディーを贈りたい……でも、それは無理なんだ』

真っ白なボクは少しだけ悲しそうな声と共に、パチンと指を鳴らす

「……これは」

暗黒の世界に二人きり、と思っていたが今は違う
合図の後、真っ白なボクの後ろには沢山の扉が現れた

しかしその全てが同じ扉では無い、木製の丸みを帯びた素朴な扉や、金縁の角張った豪華な扉などが同じ空間に並んでいる

そしていくつかは開け放たれ、いくつかは固く閉ざされていた

「これは……?」

『これは記憶の扉、僕が何かを思い出すために開けたり、何かを感じた時に作られる』

『もちろんボクじゃなきゃ開けられない扉だってある、そう、特にローザミスティカがある扉は』

『少し扉の中を見てごらんよ、開いてる物は正確に思い出せて、閉じてる物は思い出せないから』

僕は悲しそうに話すボク越しに、開け放たれた扉の中を覗き込む

「……本当だ」

目に映るのは翠星石とお菓子を取り合って喧嘩する小さな僕達

――ああ……よく考えたらあの時のケーキは翠星石のだったね……

隣の扉には初めてベースを触った僕がいる

――僕の初めて触った弦は……そうだ、三弦だった……

そのどれも、楽しかったことも苦しかったことも全てが凄く懐かしくて……美しくて……僕は胸がグッと温かくなるのを感じた

「何となくボクが僕に言いたいことが分かったよ……」

僕は頭に乗ってる真っ白な帽子をボクに被せる

「つまりボクは……もっと世界が見たいんだね」

クスッと笑いながら、ボクは帽子を軽く正す

『そう、記憶は無限じゃないんだ。例えば五歳まで生きた人なら五年分の記憶、三十年生きた人なら三十年分の記憶がある』

『――しかし、例えば三十年生きた内、一年間を寝たまま過ごした人の記憶も三十年分と言えるのだろうか……ボクはこの場合、その人の記憶は二十九年分だと思う。なぜなら空っぽの記憶は“死”と大差ないから』

『“空っぽ”から産まれるメロディーが人を動かせると思うかい? 僕』

僕はふるふると首を横に振るう、空っぽが絶対に人を動かせ無いとは言い切れないが、溢れる“生”の音楽には勝てないとは言い切れる

『だからボクは僕に感じてほしいんだ、より沢山の世界を、輝きを、美しさを』

『そうして感じた物全てが記憶となり扉となる……でも、この先僕はまたスランプに陥るだろう、でも忘れないで、その時……本当に苦しいときは扉を開けてあげるから』

『僕が築き上げた扉は大きな財産になる、いつまでも部屋でウジウジ考えるのはもう止めにしよう。そうして扉を作るのを放棄し続けたら……』

「分かってる……最後には開けられる扉が無くなってしまい、ローザミスティカを削り続けるしかなくなるんだ」

俯く僕の肩にボクの手がそっと添えられる
それはやっぱり温かくも冷たくもなく――

『ローザミスティカが無くなった時、いわゆる僕の根本に根付くオリジナルメロディーは無くなる、だから僕は扉を作って……と、伝えたかったんだ』

「……うん、分かったよ。ありがとうボク、いや“蒼星石”」

ボクはにこり、と微笑み、僕の肩からゆっくりと手を離す

「ふふ……違うよ、ボクは蒼星石じゃない」

「……え?」

あれ?確かに目の前にいるのは僕の記憶だよね……?

僕は予想だにしない返事を受け、今までの事を思い返し、自分に再確認する

『厳密に言えば“蒼星石の記憶の部分”なんだよ今の僕は、実際ちょっと前までは“水銀燈の記憶の部分”だったしね』

「え? え?」

『記憶から記憶へ移るのは結構大変だからね、水銀燈に頼んで隣で寝てもらったんだ、距離が近いと移動も楽だし』

え?
つまりボクは水銀燈の記憶も兼ねてるって事?

僕はボクの言葉に困惑し、頭がこんがらがったまま立ち尽くす

『いやいや、ボクは“真紅の記憶の部分”でもあるし……まあ簡単に言えばローゼンメイデン全員の記憶だね、あっそれで贈り物は贈ったから朝には届くよ……っと、そろそろ時間か……』

――!!

僕はふいに足元に違和感を感じて目線を落とした

「うっ……うわぁああ!」

途端に僕はバランスを崩す、さっきまで確かに立っていた僕の足がいつの間にかガクリと沈み、そのまま足元の闇に飲み込まれようとしていた

「時間!? 時間って何!?」

どんどん飲まれていく僕
ニヤニヤと微笑むボク

『“苦痛”“快楽”数多の“幻想”に“睡眠”に渡るまで……醒めない夢などないでしょう? 蒼星石』

今のボクの声色は――さっきまでのボクとは違う

「――!……君は、誰だ?」

「自己紹介は自分から名乗るのが礼儀ではなくて?」

もう僕は胸まで闇に浸かっていた、足元はフラフラと落ち着かない、まるで宙に浮いてるかのようだ

「僕は……僕はローゼンメイデンのベース……“蒼星石”だ」

飲み込む闇は加速する、既にソレは僕の首まで食い尽くしていた

「ふふ……“私”は……」

瞬間、彼女の体が一瞬眩い光を放ち、僕は思わず目を瞑る
再び目を開けた時、そこにいたのはロングヘアに目を見張る程の真っ白な服の……

――薔薇、水晶……?

違う、確かに髪型や服装は若干似ているが、明らかに違うのが二つだけあった

一つ目は畏怖さえ備えた、全てを透徹するかのような“左目”で僕を見ていること
二つ目は右目のあるハズの場所から白薔薇が絢爛と咲き誇っていること

「私は……ローゼンメイデンの記憶、“――」



「ッうわぁ!!」

僕は跳ね上がるようにベッドから起き上がった
背中は寝汗でぐっしょりと濡れていて、その汗のせいか朝日がやたら熱く感じられる

「……ん……ふわぁあぁ……どうしたのぉ? 蒼星石ぃ」


叫ぶような蒼星石の声に起こされた水銀燈は、寝ぼけ眼でベッドからゆっくり上体を起こした

「……水銀燈……ちょっとそこの紙とペンをとってくれないかな?」

水銀燈はゆっくりと体を回転させ、テーブルにある紙とペンを掴み、渡す

「くぅ……その様子だと……ふわぁ……会えたみたいねぇ」


起きたばかりなのに凄く頭がスッキリしている
ひとりでに手が動きメロディーを創り出していく

止まらない、止まらない

「…………やった……」

ほんの少し、たったひとかけらだけど、そこには僕が欲しかったメロディーが凛と紡ぎ出されていた


初めて出会った純白のメンバーから貰ったメロディー
初めて行った夢の世界で貰ったメロディー

それは凄く肌に馴染むメロディーで、とても僕の記憶にあったものとは思えない旋律だった


僕はそのメロディーをしばらく眺めた後、カーテンから覗く朝日に包まれながら一言のお礼と名前を呟く

――きっとこのメッセージは彼女に届くだろう、だってこれは大切な僕の記憶になるんだから

「……ありがとう」


――雪華綺晶


「ん? という事は水銀燈、実は君もスランプだったのかい?」

「………な……何のことか分からないわぁ」

水銀燈は朝日の眩しさと、僕の目線から逃げるように布団に潜り込む

「ふふ……きっと雪華綺晶は今、扉越しに微笑んでるかもしれないね」

――だって彼女は、全てを知ってるんだから

fin




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最終更新:2007年03月11日 01:22