「巴ちゃん遅かったじゃな~い、アラ? そっちの子は誰?」

「ふふ……おかしな子……薔薇水晶に似ているわね」

今度は憂いの少女に導かれスタジオへ、初めて来た空間に困惑しながら一番最初に目についたのはホールにいる二人の女性。

一人は髪の毛を後ろで束ねた眼鏡の人。
一人は長い黒のロングが美しいガラス細工のような人。

「彼女は薔薇水晶の双子のお姉さんで……雪華綺晶さんです。薔薇水晶に会いに来ようとして迷っていた所に偶然私が……」

巴が二人に出会いの経緯を伝える隣、私は黒髪ロングの女性に向かい右手を差し出す。

「初めまして、雪華綺晶です。妹がお世話になってるようで……」

ロングの女性は細い腕を上げ、私の右手を優しく包んだ。
その右手もまた音楽への思いが感じられる物であったが、何故だろう……とても冷たい……

「初めまして、私は柿崎めぐ。ふふ……やっぱりおかしい、だってローゼンメイデンの双子は性格が全然似てないんだもの……」

「ふふ……そうですわね」

めぐは今にも消え入りそうな笑顔で私を見る。
知らない事なんか無かった私には、その悲しみを滲ませる笑顔がどうも心に引っ掛かった。

「アナタもよろし――

振り返り、今度は眼鏡の女性に挨拶をしようとした時、眼鏡の女性は……

「いやぁぁぁぁ!! 今まで我慢してたけど、きらきーちゃんも超可愛いからぁぁぁぁ!!!」

「えっ!? あっ……ちょっと」

いつの間にか彼女がいるのは私の胸元、挨拶の手を見事にかわし、いつの間にか私は抱き締められ、頬を当てられ、もみくちゃにされていた。

「ちょっとみつさん! 落ち着いて下さい!」

自分の頬と私の頬を焼けるように擦りつける彼女を止めに、巴が必死に間に割ってはいる。

「あっ……ごめんねきらきーちゃん……でも……でもぉぉぉ!!」

「もう……ちょっと!」

バタバタと暴れるみつの脇に腕を回し、必死にみつを押さえ込む巴。

ふふ……本当、思っていたより外には色んな人がいる……

「ごめんね雪華綺晶、ふふ……でもアナタはまだいい方よ、金糸雀の時は誰も止められないんだから」

きゃー、もう、と叫ぶ声に優しく笑いかけながら、めぐは静かにコーヒーを口に運ぶ。

「そろそろローゼンメイデンも休憩するでしょ……ホラ、来た」

めぐの視線の向こう側、真紅の頭をパシパシ叩く水銀燈に、それを止める蒼星石と金糸雀、翠星石はいつも通り雛苺のほっぺをつねって遊び、薔薇水晶は後ろから静かについてきている。

「遅刻するなんてホント……いい度胸ねぇ~ 真紅ぅ」

「だから何度も謝ってるでしょう! あまり怒ってばかりだと目元の小じわが増えるわよ? 水銀燈」

「な、なんですってぇ!?」

今にも掴みかかりそうな二人。もし蒼星石と金糸雀がいなかったら既に取っ組み合いになっていただろう……それ位二人は揉めていた。

「水銀燈が怒るのも無理ないですぅ、今回の水銀燈と蒼星石は絶好調でしたからね」

「うゆ~ 翠星石痛いの~! 離してなの~!」

「もう……止めなよ二人とも! 翠星石も少しやり過ぎだよ」

「止めるかしら―!またカナが怒られちゃうかしら―!!」

蒼星石と金糸雀は水銀燈と真紅、翠星石と雛苺、騒ぐ二組をなだめながら、ふとホールに目をやった。
そこには今日、ローゼンメイデンと同じ日にレコーディングがある、ともえバンドのメンバーと……

「あれ……彼女は……」

「ちょっと……有り得ないわぁ」

「アナタ……本当に……?」

「有り得ないです……翠星石は最近疲れてるんです……」

「うゆ~……ヒナも疲れてるみたいなの……」

「どちら様かしら―?」

「……雪華綺晶」

こちらの世界で出会うことなど決して有り得ない……ハズだった、それもそのはず、彼女だけは、記憶を奏でる彼女だけは私達と世界を違えていたから。
そう、時に不敵に、時に優しく、扉の世界で微笑む少女……

「あ、ホラ、妹さんが来たわよ」

互いに顔を見合わせるローゼンメイデン
私と顔を見合わせるともえバンド

「薔薇水晶! お姉ちゃんが会いに来たわよ―!」

めぐは呆然と立ち尽くすローゼンメイデン、薔薇水晶に向かってにこやかに手を振った。
めぐの言葉が彼女達に届いたその瞬間、呆然が驚愕に変わる。

「ばっ……ばらし―がアイツの妹だったですかぁ!?」

思わず薔薇水晶に詰め寄る翠星石。
ソコにいるはずの無いメンバーがいて、しかもソイツが薔薇水晶の……姉!?

驚きの連続が更に全員の足を止める、誰も知らないのだ、真相を

「違う……私は……一人っ子……」

――そう、彼女以外は

「……ごめんなさい、ともえバンドの皆様」

「……本当の私はローゼンメイデンのメンバー、雪華綺晶……改めて、よろしくお願いしますわ」

響き渡るともえバンドの驚愕の声、その理由はただ一つ。

ローゼンメイデンの……メンバー!?

「ごめんなさい巴、あの時、一刻も早くローゼンメイデンに会うためには嘘をつくのが一番だと思ったのです……」

未だに話が飲み込めず唖然とするホール、私は巴に向かって軽く、頭を下げた。

喋っているのは私だけ
なぜなら私だけが今を理解しているから。
喋れないのは私以外
なぜなら私以外は今を理解できてないから。

「……今なら信じてもらえるでしょう」

ホールの時間が

「私は……夢から来ました」

――動く

「クスッ……またまた、雪華綺晶も冗談が過ぎるわね」

最初に溶けたのはめぐ、私の言葉を笑顔で溶かし、また一口、静かにコーヒーを含む。

「めぐ……雪華綺晶の言ってることは本当よぉ……」

目を細め、必死に今起きてることを理解しようとする水銀燈。

目の前で起きてる事なのに、ここまで信じられない事は今までにあっただろうか……

夢から……来た?

そんなことは有り得ない、絶対に
でも……それしか有り得ないのだ、絶対に

「そう……私は夢から来た。器に魂を、右手に楽器をそれぞれ携え……」

「……ローゼンメイデンに入るため」

……再び沈黙がホールを包む。

彼女の話は現実味を微塵も帯びない現実、見えない説得力が彼女の口から紡ぎ出されホールを巡る――凍る。

「めぐ……ちょっと席を外してくれるぅ? これはローゼンメイデンの問題だわぁ」

ふう、と溜め息

「そうね……行きましょう巴、みつさん……そろそろレコーディングの時間でしょ?」

コーヒーを置き、めぐはゆっくりと椅子から立ち上がる。

「後で説明してよね? 水銀燈」

めぐは黒髪をなびかせ、優しく微笑んだまま名残惜しそうな顔のみつと、何かを言い残したかのような巴の手を掴み、ホールの向こうへ歩いていった。

「……」

無言で残されたコーヒーに手を延ばし、椅子に腰を下ろす水銀燈。
真紅も、蒼星石も、みんなが一人だけを見ながら腰を下ろす。

「アナタも座りなさい」

「……」

口調のどこかに警戒を感じさせる真紅の言葉に従うまま、私はゆっくりと腰を下ろした。

空気が――重い

「私も……いえ、私達も別に怒ってる訳じゃ無いのよぉ……だからそんなに身構える必要はないわぁ」

重たい空気の下から、ソレを持ち上げるかのように口を開く水銀燈。

「ただ……納得がいかないだけぇ……」

確かに、彼女達の顔は怒ってる……というよりかは、何か難しい問題に直面し解明しようとしている顔をしている。

そう、まるで答えなど無いような難問に対して。

「……ふぅ、そうねぇ」

ついに痺れをきらした、とでも言うかのように水銀燈はコーヒーを置き、頭に手を当て目を瞑った。

「あれこれ考えるのも性にあわないし、単刀直入に聞くわぁ」

そして――見据える。

「アナタ……どうやって“こっち”に来たのぉ?」

全員が一斉に私に、答えに、目を向ける。
その視線のどれもが、まさぐるように、捕らえるように、どこか冷たい。

「私は……あちらの世界では、いわゆるこちらの世界で言う肉体を持っていませんでした」

「意識……観念、とでも言うのでしょうか、丁度あなた達から肉体だけを除いたような……そんな存在だったのです」

「でも……それは逆を言えば“肉体さえあればこちらの世界にいれる”と言うこと」

「だから私は望んだ、器を。そして私は手に入れた、器を」

「そして――存在している」

どうやって器を手に入れたのか?
世界を移るのはそんなに簡単な事なのか?

今の説明だけではまだまだ聞かれる事は沢山あるだろう。

でも、それはここまでの話を納得して貰わないと説明しても仕方がない。
いや……仮に納得して貰えたとしても全部は説明出来ないだろう

……もう、私は全てを知ってる訳では無いのだから。

「そぅ……」

水銀燈は睨むような紫を私の金から外し、天井に向かって小さな溜め息をついた。

「滅茶苦茶な話ねぇ」

そして目を瞑り、コーヒーをまた一口含む。

……やはり信じてもらえないのだろうか。

突飛していても、現実味が無くても、それでもこれは真実であって、それ以上でも以下でもない。

――説明のしようのない真実

目に見えない錘が私の両肩に乗り掛かり、私は肩を落とす。
目に見えない錘が私の頭に乗り掛かり、私は頭を下げる。

それでも伝えたいのだ。
他でもない私を、他でもない……気持ちを。

私は重たい頭を上げ、食い下がるように前を見る。
納得して貰えなくとも、信じて貰えるように。

「それでも、私は信じるわぁ」

 ――え?

先に開いたのは水銀燈の整った口。
思いがけない言葉を追うように真紅が、蒼星石が、みんなが首を縦に振る。

 ――どうして?

「確かに現実味は無いし……そんな話だけじゃ普通、私達だってアナタを信じられる訳ないわぁ」

「でも、私達は信じるのよぉ……なぜだか分かるぅ?」

私は静かに首を横に振る。

分からない、こんな話を?私を?――真実を?

「ふふ……それはアナタがローゼンメイデンだからよぉ」

「アナタが夢でしていること、記憶を奏でていること、みんなソレを知って感謝してるわぁ」

「それで……十分じゃないのかしらぁ?」

ふふ……変な感じね。

彼女は…こちらの世界では何でもお見通しみたい。

「ありがとう……ローゼンメイデンの皆様」




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最終更新:2007年04月08日 23:32