魔王様、ちょっと働いて!◆wqJoVoH16Y


OPENING PHASE

Opening 1 ノーブルレッドの逆襲(地獄篇)

Scene Player――――マリアベル=アーミティッジ

これを最初に読んだものへ――――

くだらん前置きは止めておこう。お前たちを残し、途半ばで逝く妾をどうか許してほしい。
びりょくながら、お前たちの道を示す標として、欲望が許す限りここに我が叡智を記す。
わらわが、
ノーブルレッドたるこのマリアベル=アーミティッジが全霊を賭して分析した首輪についてじゃ。
か、かー……輝かしきお前たちの未来が輝かやくように、役立ててほしい。
イモータル。
情報に振り回されるのもよくはないが、お主たちならば大丈夫じゃろう。
よく吟味して、慎重に扱ってほしい。
はは、前置きは止めるというたのに、長くなってしまった。すまん、それでは、首輪解除の方法は

ここまで縦読みに付き合った間抜けに教えるわけあるかい。

ぎゃーっはっはははははっはっははははァ!
かかりおった! かかりおったわダボォ!!
実際かかったかどうかは妾には分からんが、かかったと仮定して大爆笑させてもらうッ!
真面目に首輪解除の方法が書いてあるかと思ったか? ざんにゅえーんでーひーはー。
こう言って刻んでおけば貴様が回収するのは目に見えておったわいオディオッ。

そう、解除法なんぞただの撒き餌。真の目的は、回収した貴様に言いたいことを言いまくるためよッ!
あ゛? 仲間ァ? 人間の未来ィ? 知らぬ聞こえぬ心底どうでもよいわ!
この身に流れる妾の血統<カラダ>は妾だけのものであろうがよ。
偉大なる血脈、ノーブルレッドをここまで虚仮にしておいて何も言わずに去れるかよッ!

ひゅっ。カリスマガード、うー☆(防御姿勢。ここではしゃがんで帽子を押さえるもののみを指す)
そろそろぶち切れて一発殴ってくるあたりとみた予感が的中したのう。(と言うことにするプレイング)
しかしあれよのー。こんな見え透いた罠につられるとかないのー。
今時縦読みに引っかかるとか半端ないのー。むしろパないのう。
そのしょっぱいピュア加減にわらわのハートアンダーブレードもびっくり。
まあ、あれよ。妾なりの結論といたしましては……

ド間抜けおつかれちゃーんじゃ。ちゃーんじゃ。

とりあえずじゃ、まず一番最初にコレは言っておかんといかんな。
ちょこ坊から聞いたぞ。何ぞブリキ大王という巨大ロボを参加者が動かしたらしいな。

ずっるううううううい! 説明不要ッ!!
おかしいじゃろ!? なんでそんな糞デカいロボットがぶんぶん飛び回っておって、
妾の『灼光剣帝』も『神々の砦』も無いとかおかしいじゃろ?
差別か。妾がいたいけかつ“ぷりちぃ”でもノーブルレッドで、人間じゃないからか。
妾からゴーレムをとったらガキに妙に懐かれるアルカイックスマイルと30を越えるレッドパワーしか残らんではないか。
あーあー、しょっぱいのー。省みてくれないんじゃのー、かの大オディオでもそういう差別するとか幻滅ぅー。

というかストレイボウから聞いたぞ“オルステッド”。
ルクレチアの悲劇、確かに惨い。
人間は須らく愚かである、と切って捨ててしまうにはお主の生涯はあまりに無残じゃ。
ストレイボウや、お主を勇者と、そして魔王と祭り上げた人間達を憎むお主の憎悪、妾如きでは幾万分の一もくみ取れまい。

だが、だがな、あえて言わせてもらおう。
“それは理由になっても、大義にはならぬ”。

ストレイボウを、ルクレチアの民たちを憎悪のまま殺戮する――――そこまでならば分からんでもない。
じゃが、この催しは別じゃ。その憎悪とこの催しは、因果が応報しておらぬ。
真実を知らしめよう? そのためならば真実を知らず平穏を享受する者が幾人、敗者と墜ちることを良しとすると?
無意味すぎるわい。真実のために真実を求めたところで、何も得られんのだから。
科学者も、技術者も、その叡智によって誰かの、何かの良きものとなるために叡智を求める。
その倫理を忘れてしまえば、ヒアデスの深淵はたやすく人倫を呑みこむじゃろう。

お前がまさにそれよ。真実を悟ったが故に、真実で“止まってしまった”オルステッドよ。
お前の言を逆手に取れば“愚かな人間が真実を知ったところで、真実は真実でしかない”ではないか。
ならば、妾の仲間達は、妾の友は、知ったところで変わらない何かを知らしめるための生贄だったとでもいうのか。

そんなのがもしこの乱痴気騒ぎの“本当の”目的だったというのなら――――舐めるのも大概にせよ若造。

というかの? ぶっちゃけいうてみい。真実とかどーでもよいのじゃろ?
勇者とか英雄とかどうでもよくて、なんか仲間と一緒に元気に未来に進んでいる奴らを見て、
『爆発しろ』とか思ったんじゃろ? あ、だから首輪か。
確かにうちのアシュレーとかは色んな意味でアレだからのう。
つい“いぢわる”したかったんじゃろ? トニー以上に素直じゃないのう。
なあに、紙面は山ほどある。足りなければ岩に、草に、家の戸棚に書き綴れる。
聞かせておくれよオルステッド。勇者と讃えられ、魔王と怖れられた人間よ。
その呼称を剥ぎ取った中にある、お主の本当の叫びを知りたいのじゃよ。

よおおおし乗ってきおったッ! まだまだ続くぞ終わらせぬぞッ。
ぼろ糞に言いまくってくれる。敗者の嘆きぞ、丁寧に拝聴せよ!!
全30000万字に上る妾の絶唱<うた>を聞けええええええええィッ!!

―――――――――

Opening 2 嘘つきの代償

Scene Player――――ジョウイ=アトレイド

盾の加護を緩めたジョウイは、流入する黒い流れに身を染めていく。
オディオは、全てを憎悪することで世界全ての憎悪と一つになった。
一なる憎悪を極めた先に、全てへの憎悪へと同化したのだ。
それは絵の具に対し同色の絵の具で対抗するのに似ている。
赤色も、青色も、黄色も、どんな色だろうが、この流れる黒河に呑まれれば黒に染まってしまう。
だが、同じ黒色ならば黒は黒を染めない。それは同じものであるからだ。
だから、オディオはオディオでありながらも、オルステッドでもあるのだろう。
同様にジョウイがジョウイのままこの泥の海に入れたのも、魔剣の中の黒色で身を擬態できたからだ。

されどオディオとは異なり、ジョウイのは所詮擬態だ。
擬態ではいずれ限界が来る。いずれはこの黒色に魂を呑まれてしまう。
だからこそ、ジョウイは盾を解き、刃を握る。
ディエルゴのときと要領自体は同じだ。ディエルゴとは、
核識たるハイネルの心の闇が、島に生じた怨念の核となって一つになったもの。
それと同じく自らの負の側面を表出させ、それをこの憎悪と怨念へと同化させる。
楽園への想いを死喰いに喰わせ、楽園に届かぬものへの憎悪をたぎらせる。
心の中から、胸の奥に沈む淀みをすくい上げる。
不可能ではない。別に、ジョウイは聖人君子ではないのだから。
人である以上心に闇は必ずあり、それはジョウイとて例外ではない。

たとえば、ロザリー。楽園を否定し、その外側へと飛び出した鳥籠の歌姫。
命が失われることを忌んだのは貴女だろう。傷つくことを厭うたのは貴女だろう。
その貴女が楽園を否定するのか。傷つくと分かっても飛び立つのか。
飛び立つならせめて教えてくれ。楽園を否定した貴方はどこに行くのだ。
そこは楽園より素晴らしいのか。否定するだけして、何も示してくれないのか。
なんたる身勝手。その身勝手が“何を永遠に失わせたか”も知らぬ愚者よ。
許せぬ、憎い、憎い、憎い――――

たとえば、イスラ。フォースを通じて僕の導きを知ったように、
お前の怒りは聞こえたよ、適格者。

終わりを奪った? ああ、そうだ。終わりたくない彼がいた。
僕はその願いをすくい上げたのだ。終わることに苦しみ続ける彼を僕がすくったのだ。
それを終わらせる? 希った理想郷のために彼がどれだけの苦しんだかも知らぬくせに。
お前は、理想の光だけを見て焦がれただけだ。そして、いざその裏側を見て幻滅しただけだ。
そんな程度の稚気で、彼の理想を終わらせようなど、許せるか。
許せぬ、にくい、にくい、にくい―――

たとえば……ストレイボウ。
絶望の牢獄にとらわれていた貴方ならば、貴方ならば分かってくれると思った。
己が行いによって全てを失い、それを悔い、取り戻そうと足掻く貴方なら、
誰よりも失うことを恐れてきた貴方ならば、楽園を理解してくれると思った。
なのに、貴方はそれを拒むのか。拒んでまで十字架を背負うのか。
時を越え、過去を変えて裁きが下る? なんと痛快な。それを貴方の友に聞いたらどんな顔をするのか。
条理をねじ曲げ、死ぬべきでない人たちを、優しい人たちを死なせたオディオに。
そのせいで、リルカはルッカはビクトールさんハナナミハリオウは!!

「おおおおお……」

ジョウイの心に呼応するように、黒く淀み始めた魔剣を握る右腕に魔力紋が走る。
抜剣状態特有の蒼白な顔の上で、獣のように血走った瞳が、物真似師同様、金色に染め上がっていく。
だが足りない。死喰いを統べるには、憎悪を支配するにはこの程度の同調では足りない。
心臓を掻き毟るように、ジョウイは心の中の闇を絞り出していく。

「おおああああAaaa……」

憎いのだ。オディオも、オディオの催しに乗って殺した奴も。
愚かな奴らが必要以上に殺し奪い踏みにじって!
何故この泣き声が聞こえない。屍の上で笑っていられるのだ。
その白い花の下に、どれほどの赤い血が流れているのかわからないのか。

「アアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」

ジョウイの内的宇宙に闇が広がる。
世界にあふれる不条理を覆い隠すように、夜空よりも昏い暗黒が満ちていく。
僕を捨てた父よ、少年隊を生贄にしたラウドよ、
憎悪のままに笑うルカよ、私利私欲を卑しく潜める都市同盟よ!
愚かしい、度し難い、救い難い。ならば作り変えてやる。屑がのうのうと生き続ける世界など要らない。
ジョウイの一なる憎悪は無色の憎悪と共に加速し、その瞬く間に世界全てへの憎悪になろうとする。
魔剣を通じ、死喰いの泥へと想いが送られていく。
その想いは、楽園への祈りではなく、楽園ではない世界への呪いだった。
そうでなくては、そうでなくてはこの力を支配することなど出来ないのだ。
楽園ではないこの世界が、そこでのうのうと生き続ける世界の全てが、憎い。
あいつも、そいつも、どいつも、こいつも――――全員、全部が、ぜん、ぶが……


「ア――――」


咆哮が、砕ける。奥底より響いていた呪いの叫びが力尽きたように霞む。
霞んだのは声だけではなく、魔剣から放出されるエネルギーも消失していく。
「――――あ、ああ……」
それでも振り絞ろうと、ジョウイは憎悪を放とうとするが、
乾いた雑巾を捩じったところで、喉の粘膜が切れるだけだった。
「…………ない……」
叫びすら尽きた喉から、血の匂いのする微かな声が漏れ出る。
深奥の泥濘よりも湿った、情けない響きだった。
その響きを掴み取ろうと、杯を置いたメイメイが続きを促そうとしたとき、先に返答が来た。

「………………憎めない……僕には、世界を……憎めません…………」

泣き言だった。これ以上ない、反論の余地もない泣き言だった。
できませんと、無理ですと、子供でももう少しうまく言い訳できるだろう喚きだった。
「だって、僕は……リオウと、ナナミと出会って、人間になれたんだ……」
その瞳には涙はない。だが、その色彩は憎悪の金色から輝く盾の碧に戻っていた。
「リルカと出会って、ニンジンの味を知ったんだ……」
稚児の言い訳。だが、それ故にその泣き言は、真実だった。
世界を憎むならば、世界にある全てを憎まなければならない。そうでなければオディオの座に届かない。
あれだけを憎む、これだけを憎むだとか、“本当の憎悪は、そんな都合の良いものではない”のだから。
「ストレイボウさんは、リオウを失って、砕けかけた僕を、待っていてくれたんだ……」
だが、ジョウイにはそれができない。全てを憎めない。
親友を、姉を、魔女を憎めない。そして、憎めぬものは増えていく。
この場所に立つまでに関わった全てのものを、敵を、味方を、憎めない。
デュナンを、ファルガイアを、ルクレチアを、彼らが生きた世界を憎めない。

なにより、なにより。
「……どうすれば、ピリカを憎めるのですか……?」
何の罪もない彼女を、何の咎もないあの子を、どうやって憎めるのだろうか。


それがジョウイ=アトレイドの限界だった。
ジョウイにも確かに憎悪はある。だがその想いは、理想から派生した影、副産物に過ぎない。
どれだけ憎もうとしても、憎めないものがある。大好きなものがあり、それがある世界を好んでしまう。
その程度の憎悪では、オディオはおろか、自分が模造品と見縊った無色の憎悪にさえ届かない。
ルカのように、それこそが己が全てと言い切れるほどの憎悪でなくてはその座に至れないのだ。
オディオにも――――不完全な想い<ゴミ>を食わされて激高する死喰いにも届かないのだ。

「!?」

泥がジョウイの胸に一閃を刻み、ハイランドの純白に穢れた黒色が付着する。
今のジョウイは感応石と共界線を使って精神だけをこの泥の海に送った、いわば精神体である。
だから、ただの物理的な泥などではこの白を穢すことはできないはずだ。
だが、この泥は想いを喰らう泥。
精神だけの存在である今のジョウイにとって、呑まれることは死と同義だ。
ジョウイは慌てて魔剣の力を発動しようとする。

「ぐ、剣が、重……」

だが剣の光は見る間に陰り、自分の腕と錯覚するほどに軽かった魔剣は、鉛のように自分の右手ごと泥に沈む。
まるで、自分の腕ではなくなったような気分をジョウイは覚えたが、
うっすらと血の赤に色付く不滅なる始まりの紋章を見て、それが錯覚ではないと知る。

「まさか、これは……」
「戻ろうとしてるのよ。紅の暴君と、黒き刃と、輝く盾に」

推論を形にする余力さえないジョウイを代弁するように、メイメイが事実を告げる。
この魔剣の根幹を成すのは、『紅の暴君』と『始まりの紋章』である。
既にディエルゴが指摘した通り、真正の適格者ではないジョウイはそのままでは紅の暴君を担えない。
故に、ジョウイは盾と刃を用いて足りない資格を補い、それはハイネルの力を以て始まりの紋章となった。
だが、その始まりの紋章もまた完全ではない。
紋章の所有者が殺し合い、勝者が敗者の紋章を手にするという正規の最終過程を得られなかった盾と刃は、
世界とつながる核識の力を以て、その始まりの形を維持しているのだ。
そして、ハイネルなき今、その力を維持しているのは伐剣王たるジョウイだ。

魔剣継承者として足りない資格を始まりの紋章の力で補い、
始まりの紋章を維持するための力を、魔剣にて補っている。
魔剣が紋章を支え、紋章を魔剣が支えるという奇矯な循環を以て、この異形の紋章魔剣は成立しているのだ。
ならば、その循環のエネルギーとは何か。それは1つしかない。
(僕の、心……魔法が、弱くなってるのか……)
紋章を宿したとはいえ、魔剣は魔剣。所有者の心の力が、剣の力になる。
ジョウイの魔法が、そのまま魔剣と紋章の力になるのだ。
その魔法が陰れば、循環は途絶え、ただの3つの力に戻るのは道理である。

「メイメイさん、まさか、最初から……」

右腕を引きずるようにほうほうのていで泥から逃げ惑う中、ジョウイは縋るようにメイメイを見た。
眼鏡が逆光に当てられ、ジョウイを見つめる瞳は窺い知れない。その叛意さえも。
口ではオルステッドの配下と言ったところで、本心ではオディオに反旗を翻したいのだろう。
だからメイメイは、現状ではジョウイには無理だと分かったうえで、
自身を言葉で誘導し、自滅へと誘った……救われた者たちを守るために、邪魔な僕を……

(違う。そうじゃない……選んだのはぼくだ……)

自分の胸に生じかけた憎悪を、ジョウイは左手で包む。
仮にメイメイがそう考えていたとしても、今、死喰いを誕生させようとしたのは自身の選択だ。
僕が選び取った道なのだ。
魔法を、理想を叶えるために、憎悪を滾らせて、理想を死喰いに喰わせて――

その時、ジョウイの中で何かの気づきが走り、身体が硬直する。
その隙を泥は見逃すはずがなく、ジョウイの足首をブーツごと噛み千切った。
精神体とはいえ、足は足。“人間は足が無ければ走れない”という常識が精神を捕え、ジョウイは泥の中に突っ伏した。
だが、泥に塗れたジョウイの中にあったのは絶体絶命への焦燥ではなく、愕然だった。

ジョウイ=アトレイドの魔法は、理想は、どうしようもなく好意から始まっている。
故に、憎悪しきれない。好きだと思えた彼らが世界にいる限り――憎悪は完成しない。
ならば、そういう弱さを殺せばいいのか。殺せば、確かに憎悪と同調できるだろう。
でも殺せない。弱さ<リオウ>を、甘え<ナナミ>を、愛しさ<ピリカ>を殺せるはずがない。
それを殺してしまえば、理想は終わる。ジョウイの魔法は、音を立てて崩壊する。
無色の憎悪を封印したこの魔剣こそがまさにその具現だ。
憎悪を身にやつせばやつすほど、魔剣の中の憎悪に同調すればするほど、魔法は陰り、魔剣の力が落ちる。
だが、魔法を以て魔剣を高めようとすればするほど、魔剣の中の憎悪は本能的に暴れ出す。
こっちは好きであっちは嫌いだという中途半端な想いではそも魔剣が成立しない。

この魔剣は最初から矛盾しているのだ。
理想により成り立つ魔剣の中に、憎悪を内包するという矛盾が。
それがある限り、憎悪と理想を抱くこの魔剣を真に使いこなすことができないのだ。

死喰いの泥が、ずぶずぶとジョウイを浸し、激痛とともに責め立てる。
その痛みはまるで、オディオが自分をあざ笑っているかのようだった。
憎悪の座を以て、憎悪を滅するという矛盾した理想を抱く限り、お前に死喰いもオディオも背負えないのだと。



MIDDLE PHASE

Middle 01 力を求めるということ

Scene Player――――ジョウイ=アトレイド

泥の海の中、外側からは精神が、内側から魔法が崩れていく中で、ジョウイはそれでもと手を伸ばす。
それでも理想が欲しい。そのためには、死喰いも憎悪も必要なのだ。
それでも足りなければ更なるものを。もっと強大な『力』が欲しいのだ。
全てを手に入れる『力』を。
もうろうと足掻くする中で、泥の中に全く異種の想いを見つける。
これまでは泥の中に隠れていたのか、残飯とはいえ死喰いに想いを喰わせた結果か。
位置で言えば、泥の海のまさに中心。そこで、これまでは見えていなかった『何か』が泥の奥に見えた。
希望や勇気といった、まだ喰いきれない想いかとジョウイは思ったが、
先の3つとは異なり、あまりにも静かに佇むそれは、泥に包まれども喰われることのない『何か』は、
まるで貴賓席に座るように、不気味に佇んでいた。

(死喰いの核か、何かか…………分からないけど、あれを手に入れれば!)

ジョウイは藁をもすがるように、残る意識で無我夢中に『何か』へと共界線を伸ばす。
喰われることなく、泥に守られたこれがなんであるかは分からずとも、
これが死喰いにとって重要な何かであることは分かる。
ならば、それを手に入れれば、更なる力を得て状況を打開できるはずだ。

「こんなところで、立ち止まれないんだ、僕には、力が――――」

ジョウイはその力へと意識を這わせ『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』
辺獄・愛欲・貪食・貪欲・憤怒・異端・暴力・悪意
力ちからチカラ血からより強くより速くより強靱によりしなやかに
第一界円・第二界円・第三界円・第四界円
至高へ頂点へ力を生命を極め求め究め力に血に奪い犯し
高慢・嫉妬・憤怒・怠惰・貪欲・暴食・愛欲
魔道を求道を我道にチカラただチカラちからチカカカララカカ
月・水・金・太陽・火・木・土・恒星・原動
チカラチカラ最奥真理深淵深層星辰の果て闇の宙天を越えて超えて
竜の門の向こう、寄せるエーギルをかき集め果ての果ての果てのチカラ――――

(なん、こ、れ、ハ……ッ!!)

ジョウイの心が触れたのは、圧倒的な『闇』だった。
もしジョウイが正常な状態だったとしても、そうとしか形容の仕様が無かった。
力、ただ力。頭の天辺から足のつま先まで、力への希求。
それ以外には何もない。それこそが存在意義とばかりに、とにかく力を望む、意志の塊だ。
ただその願いだけで闇黒を形成するそれに、憎悪に墜ちたゴゴの姿を思い出した。
憎悪のための憎悪に満たされたゴゴ。そのローブを隔てた先にあった、何もない『虚無』。
目の前の闇は、唯一の感情に満たされた物真似師のそれに似ているのだ。
(これが、力を、求めるということ……その、終点……)
ほんの僅かの接触で、ジョウイはその正体を理解した。理解させられてしまった。
力を求め続けてきたジョウイだからこそ、理解できてしまう。
ジョウイが抱いてきた力への望みなど、これに比べれば胎児のようなもので、
少し触れただけで気が狂いそうになるこの闇こそが、その極みの果てなのだと。
力のために力を求め、やがて意志を失い、全てを奪い飲み込む闇黒。
それが、理想と憎悪の矛盾にもがく愚かな人間の末路なのだと。

泥が、闇が、憎悪が、朽ちかけた理想を汚し、呑み、砕いていく。
だがジョウイにはもう何もできなかった。
双騎士の未練も魔女の魔法も魔剣の内側で、発動する余力などない。
なにより、その理想の果てをまざまざと見せつけられては、処方の仕様もなかった。
理想の終わりはいつだって、誰の手も掴めぬまま全てを失って、果てるのだ。

(ここまで、か)
泥に傷つけられ続けるジョウイを眇めながら、メイメイはくいと杯を傾けた。
死喰いを生まれることができる状態にするには、強い想いを喰わせなければならない。
死喰いを生むには、憎悪を使いこなせなければならない。
だが、ジョウイの想いは憎悪とは本当の意味で両立しない。
死喰いを誕生させるジョウイの論理は間違ってはいない。だが、それは実践できるものではなかった。
故にこの結果は必然。ジョウイが死喰いを背負うことは不可能なのだ。
いまここにある状況は、定められた伐剣王の末路が、少しばかり速まったに過ぎない。
(にしても、あの闇……やっぱアレって)
メイメイは杯越しに、想いを喰えなかった死喰いの怒りに励起して現出した闇を見つめる。
ここまで観てきた中には無かった力ではあるが、恐らくアレは――――
(いえ、今はこの子かしらね。見届けると、約束したのだから)
メイメイは頭を振って、悶え苦しむ惨めな王を見続ける。
一切の手出しの素振りも見せず、ある種酷薄なほどに、公平に。

「約束した手前、観るには観てあげるけど…………せめてニボシくらいの肴にはなってよね」

少しだけ、つまらなさそうにしながら。


何度汚されただろうか。
もはや四肢の感覚も無く、今のジョウイはただうずくまる肉塊だった。
精神の肉は死喰いの泥によって執拗なほどに汚染された。
少しだけ開いたはずの輝く盾の穴からは鉄砲水のように憎悪が流入し、更に開くことはあれど閉めることは不可能だった。
そして、そんなジョウイを一切認識することなくただ力を求め続ける闇の姿が、奮い立たせるべき理想を無自覚に破壊していく。

そこに王としての威厳など欠片もなく、
まるで大人3人に囲まれ、虐められている子供のようだった。
だが、無理もない。
子供の理想で、大人の世界に口を出したのだ。出る杭が打たれるのは世の習いである。


やはり、自分はオディオの座に相応しくないのか。
無いのだろう。ジョウイにもそれは分かっていた。
自分がいかに分不相応な願いを抱いているのか、言われるまでもなく分かっていた。
憎悪の無い世界などない。オディオはこの世からなくならない。
理想は、絶対に完成しない。
だから耐えよう。少しは我慢しよう。
闇がある以上、光もまた必ずあるから。
明けない夜はないから。いつか太陽は昇るから。
諦めずに生きていれば、いつかきっと報いは来るから。

救いを求めれば、いつか必ず勇者は、救いはあるから。
だから、それまで強く生きてほしい。誰かを救える強さをもってほしいのだ。

「だから、それ以上は諦めろ」

そう言われた気がした。うなずくべきなのだと思う。
それが当然で、実現可能で、至極真っ当なのだろう。
僕がわがままを言っているだけなのだと思います。
でも。
うずくまりながら、足蹴にされながら、それでも想わずにはいられない。

憎悪を抱かず、世界を好んではいけないのでしょうか。
傷つかなければ、癒されてはいけないのでしょうか。
痛みを知らなければ、優しくなれないのでしょうか。
欠けなければ、得ることはできないのでしょうか。

それが秩序だというのなら、貴方達が正しいというのなら、せめて教えてください。
渇くのです。餓えて、渇いて仕方ないのです。



こぼれなければ、すくえないのですか。




その問いは音にも波にもならず、誰にも省みられることはなかった。
そんなものなど知らぬとばかりに、力を求め続ける闇が震える。
闇がその虚無を示すように、虚空に穴を開け、
その吸引力で四肢を泥に縛られたジョウイを引き千切ろうとする。
それは泥のような自然的な現象とは一線を画く、明確な魔導の術法だった。
それが分かったところで、ジョウイにはどうすることもできない。
誰も彼もを置き去りにしてきた孤独の王に、助けなどない。
そしてこの期に及んで救いを求めぬ彼に、雷は輝かない。

だが、それでも。



『AAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!』



天より、雷が轟いた。


Middle 02 責任を負うということ

Scene Player――――天雷の亡将

爆音とともに泥が跳ね上がり、見えぬ地底の天井にすらびたりと泥が飛ぶ。
四肢を縛る泥の感覚がなくなったことに気づき、ジョウイはゆっくりと頭を上げた。
「リ、クト……? いや……」
不意に口から出たのは、ジョウイも分からぬ名前だった。
ただ、闇魔導の一撃を体半分で阻むその姿に、雷神と鬼神の姿を見たからだった。

「アル、マーズ……」

黒煙のような影であったが、その筋骨隆々な偉丈夫は紛うことなきゴーストロード。
だが、その手には斧も武器もなく、なによりも上半身の右半分と左腕がもの見事に欠損していた。
もしも実際の肉体であったならば、黒々とした軟い脳漿と内蔵が垂れ出ていただろう。
「なんでここに、いや、その形は――――ッ!?」
全くの埒外にあった存在に、ジョウイは驚きを声にしようとするが、
再び暴れ始めた泥が、それを阻む。
だが、亡霊の影は残った肩でジョウイと泥の間に立ちふさがり、泥を浴びた肩が影ごと抉れてしまう。
そして、そんな肩などどうでもいいとばかりに、
亡霊は締め上げるように口でジョウイの襟を掴みあげ、半分しかない顔でねめつける。
「な、なに、を――――ぐ、ああっ!」
肉体を失い、完全になくなった眼窩でジョウイを見つめたあと、
亡霊は残る限りの力で、ジョウイを蹴り飛ばした。
地底の天井を突き抜ける勢いで、あの地下の楽園へと。
「く、ヘク、さん……ッ!!」
ジョウイの目からみて下に落ちていく景色の中で、亡霊は、ジョウイが亡霊にした存在は、
肩の荷をおろして、一息つくかのように、ただジョウイを見上げていた。
「そう……それが……“王”としての、貴方の答えなのね」
天井を見上げる亡将に、泥が怒りを以て貪り集まる。
その骸に、メイメイは尊敬の念を以て厳かに一献した。


地底の楽園に、手をつく音がする。精神を戻したジョウイの肉体が崩れ落ちた音だった。
天地も定まらぬ心地とばかりにその瞳は揺れており、石畳の冷たさだけが、ジョウイをここに繋ぎとめていた。
「どうして……」
丘に打ち上げられた魚のような浅い呼吸の狭間に、疑問がえづくように浮いた。
それは当然、突如現れた亡霊の将のことに関してのことであった。
だが、それは現れた原因についてでも、何故あのようなことをしたのかでもない。
そんなこと、考えずともわかる。“地上で決定的な――が生じたのだ”。
だから彼が己に問うのは、その前のことだ。
「なんで、気づかなかった……?」
ジョウイは先ほど、核識の力を以て地上の戦闘の状況を把握した。
貴種守護獣を生ずるほどの強い想いの源と、それにより生じた貴種守護獣の力を認識した。
ならば気づけたはずだ。想いだとか、守護獣だとか、そんなことよりもまず識らなければならないことが。
その魔剣の力で、外道の法で、終わりを奪った一人の豪将のことを。
なぜ自らの下に現れるまで、オスティア候のことを考えていなかったのか。

如何にジョウイが仮眠状態にあったといえ、天雷の亡将は魔剣の力で起動した存在だ。
魔王と亡将は共界線でつながっており、それを通してミスティックと輝く盾の力は送られていたはずだ。
だから、いくら眠っていたとしても、よほどの事態があればジョウイにもそれを認識できるはずなのだ。
現に、こうして記録を辿れば、亡将に何が起こったのか認識――――

ビキリ。
「あ、があああああ!!!!!」
追認しようとしたジョウイの中で、何かが砕ける。
何か、としか表現できなかった。骨のような肉のような、脳のような、あるいは全部と呼ぶ何か。
その何かを掴むよりも先に、痛みが来る。
腕を磨り潰されたか、背骨を圧し折られたような巨大な喪失でありながら、
あるいは、両手の指の爪に縦に鑿を打ってから“ぺり”と“まくる”ような鮮烈さを備えた、
痛みとしか呼びようのない波濤が、ジョウイを呑む。
痛い。ただそれだけの信号で、自分の中の何もかもが喪失しかけるほどの痛み。
(ディエルゴに書き込まれたのと、似て……まさか、これも……!!)
既に一度経験していなければ、完全に堕ちていただろう苦痛の煉獄。
それは、まさに記録だった。
死してなお傷つけられた、亡将に刻まれた痛みの記録だった。
銃弾や炎や水塊によって打ち据えられた肉体の痛みがジョウイに走る。
だが、それだけでは済まなかった。
天空の剣に衣を剥がされながら打ち据えられたラグナロクの痛み。
魔界の剣によって斧としての命さえも奪われたアルマーズの痛み。
相手の武器と撃ち合って、限界以上の力に耐えかね、砕けていった数々のナイフたちの断末魔。
それら全てが、堰を切ったようにジョウイを呑みこんだ。

人間が絶対に味わうことのない、声なき者の阿鼻叫喚の中で、ジョウイは改めて認識した。
これが、魔剣を真に継承するということ、核識になるということ。
一方通行で力を与え、対象を使役するなどという都合の良いものではない。
その対価として絶えず対象との情報を交感し、咀嚼し、対応を求められる。
いわば、繋がったものの全てを背負わなければならないということ。
こと純粋な武器・兵器として考えるなら完全な欠陥品。
それが魔剣の真実であり、代償だった。

だが、その代償の痛みの中で、ジョウイには痛みよりも強い疑問が渦巻いていた。
この痛みは元からジョウイが受け止めなければいけない痛みだ。
何故それが今になってジョウイに送られる。
先ほど泥の海で彼に触れたときに、送られたのか。
これでは、誰かが、その送信を止めていたとしか――――
「ガっ……! ま、ざ、か……」
強烈な気づきに押され、ジョウイの呻きが止まる。
繋がっているから、何かあれば気づくと思っていた。思い込んでいた。
だが、それが今になって繋がった。繋がってしまった。
その事実が意味するところは、一つしか考えられない。

(途中から、切っていたのか? 魔剣からの支援を、断っていたのか?)

天雷の亡将は、戦闘の途中から魔剣から送られる力を受け取っていなかったのだ。
故に、ジョウイは亡将の主として識らねばならない情報を識ることができなかった。
武器の死に全身の神経をズタズタにされながら、ジョウイは絶望の棍を強く握りしめる。
痛みよりも体内で疼く痛みに、ジョウイの脳裏は飽和する。
感知した想いと、亡将より得られた情報から逆算すると、恐らくはジャスティーン顕現の直前だ。
何故そんなバカなことをしたのか。もしその窮状を把握できていれば、
力の供給なり、よしんば無理でも、撤退の指示は出せた。ならば、何故。何故。
(……嘘を、吐くな。そんなこと、分かっているだろ)
この期に及んで答えから目を逸らそうとする感情を、理性が嘲る。
力の供給? 魔剣の憎悪さえ持て余す身分でそんなことをしている余裕があったか?
ジャスティーンと現時点で真っ向から戦うには、膨大な供給が必要であり、
それはジョウイの行動に致命的な支障をきたしただろう。死喰いの誕生など不可能なくらいに。
撤退? それこそ笑い者だ。彼がどういう存在なのか、誰よりも分かっていただろう。
永くは保たない。それを承知で、現世に縛ったのは他ならぬジョウイだ。
それを撤退させるなど、ただの感傷に過ぎない。
支援も撤退も無意味。何故なら彼は最初から。

目を背けていた事実を、痛みと共にジョウイは嚥下する。
魔剣を手にしたあの局面でジョウイは最初から遺跡への撤退を目算していた。
だが、ただ撤退する訳にはいかなかった。
その後ジョウイが遺跡を制圧するための時間が必要で、ジョウイが抜けても戦闘を継続させる兵力が必要で、
しかもセッツァー達に戦闘継続を選択させるほど、セッツァー達と戦術的に噛み合う人物が必要だった。
必要だったから、奪った。残酷な兵理を以て彼の終わりを、彼の祈りを、彼の全てを奪った。

(僕は、オスティア候を……)

既に死喰いは傍にいない。それでも、ジョウイの中に痛みが渦巻く。
熱された油を浴びるようにイスラの怒りが体内で巡る。
だが、それに抗する術をジョウイは何一つ持たなかった。
憎悪を失った視点で見つめるその怒りは、あまりにも正当なる憤りだ。
どれほど言葉を弄しようが、結果が全てを物語っている。
何が戦場を用意しただ。さもオスティア候の望みを尊重したかのようにほざくな。
彼がお前を望んだのではない。お前が彼を欲したのだ。
美化するな。目を逸らすな。お前がしたのはたった一つ。

(彼の理想郷を……捨て駒にしたんだから……)

死したオスティアさえも奪い尽くし、捨て駒にしただけだ。
もともとあそこで朽ちる予定で、戦略の内だったのだ。
いなければいないで、別の手を考えていただけだ。
それを今になって支援だ退却だなど、己が幼稚な満足以外の何物でもない。
冷たくなっていく血液の中を罵倒が巡る。イスラだけではない。
元王国軍第三軍団長・キバ、その嫡子であり、父を失った軍師クラウス。
そして、彼らのようなジョウイによって奪われ、犠牲になった者たち。その類縁。
全うすべき『終わり』を失ってしまった者達の怨嗟が、魔剣の王たるジョウイを責め苛む。
(恨まれて、呪われて、当然なんだ。あの人だって――――)
だが、そこでジョウイの手の震えが一瞬止まる。
誰もがジョウイを苛むなかで、彼の声だけは聞こえなかったのだ。
オスティア候。血河に溺れる定めを負ったエレブ大陸の命運を握る一翼“だった者”。
今この瞬間、最もジョウイを呪う資格を持った人物の嘆きが聞こえないのだ。
(……捨て駒にしたんだ。なんで、あの人は、ここに……)
一番ジョウイを糾弾するべき妄念が、泥の底でジョウイを助けた事実が疑問となって痛みを和らげる。
嘆きから目を背けたいだけの逃避に過ぎないと分かっていても、考えてしまう。
供給を断っていたとしても共界線自体は繋がっていたから、そこを辿ってジョウイの下へ来ることはできただろう。
だが、何故来たのだ。亡霊体すら半分以上欠けた姿で、何のために泥の前に立ちはだかり、僕を逃がしたのか。
供給を拒んだのは、ジョウイの手を内心で拒んでいたからではないのか。だったら、なんで助けた。

(まさか)

違う。“助けるから、供給を拒んだのだ”

(それを、承知で……あの人は……全うしたのか……全てを……)

四つん這いで蹲るジョウイの掌が、固く握りしめられる。
ゴーストロードが魔剣の加護を断ったのが、ジョウイを助けるためだとすれば、辻褄が合う。
魔女の神秘を無効化する天空の剣、盾の生命を喰らう魔界の剣。
この二つを前にしては、力を供給をすればするだけ、泥沼の消耗戦に陥る。
そう悟ったゴーストロードは魔剣からのバックアップを断った。
そして、退路を断った亡将は自らに残る全ての魔力と妄念の全てを賭して、貴種守護獣に立ち向かった。
王の道の先に必ずや立ちはだかる、この世界の貴種守護獣の能力を可能な限り暴くために。

――――殿を託します。どうか、せめて、武運を。

本隊退却の時間を稼ぎ、本隊の消耗を抑え、減らせずとも敵軍の情報を可能な限り引き出す。
自身の敗北を以て、伐剣王の勝利のため、天雷の亡将は全うし切ったのだ。『殿』の役割を。

「く、うううう、ぐひ、ぅ」

蹲るジョウイの口から奇声が漏れ出す。笑おうとしたのに、痛みで唇が旨く動かなかった。
自分で捨て駒にした王がそれを心の底で自覚せず、識ろうともせず、
捨て駒にされた将のほうが覚悟を決めていたという事実。それを哂わずにいられようか。
なんたる屑。なんたる下劣。これでオディオを継ぐものを名乗るとは噴飯ものだ。
そんな屑のために彼は戦った。最後まで、最後の最後まで戦った。
伐剣王が本来直ぐにも背負わなければならないその痛みを、自分の中に溜め込んでも、
せめて最後の眠りの間だけでも届かせぬように、独りで戦い抜いた。

未来を、全てを失った王が、たった1つの導きを呪いにして。
リフレインするほどに、呪言となって魂を囚えてしまうほどに、楽園を信じて。
かつてオスティアを背負った王として、その亡魂を礎に変えたのだ。

「ああああああああ!!! ぼくは、ぼくは……ッ!!」

ぶちまけてしまいたかった。臓腑も、魂魄も何もかもを吐き出してしまいたかった。
ぼくが理想郷を想うよりも遥かに深く重く、貴方は楽園を想っていた。
その想いが、重過ぎる。
貴方が祈った者は今にも圧し折れそうなほど蹲っていて、地獄の中で貴方が掴んだ手は冷たくて震えている。
そんな屑なのです。貴方を従えるほどの王としての器量も資格もないのです。
その想いに応えたい。けれど、貴方の信頼に応えられるほど、背負えるほど強くないのです。
そんな無能こそが、貴方が生かし、託したものの正体なのです。

追い打ちをかけるように、魔剣の中で渦巻く怨嗟が更に大きくなる。
この花畑全体が、小刻みに震え、呻いているようだった。

――――姫が、姫が、ここに還るべき姫が、死んだ。
    絶えた、楽園を継ぐべき姫子が絶えた。絶えてしまった!!

ああ、そうだ。こうやって何度血を流してきたことか。
そのくせその怨嗟に正面から向かうこともできない。
そんな奴に、魔王になることも、オディオを継ぐことも、出来るわけがない。
デュナン地方一つでさえ満足にことを成せぬ小僧が、
文字通りの『世界』に手を伸ばそうとすれば、潰されてしまうのは当然ではないか。
投げ出してしまいたい。逃げ出したい。
全ての責務と全ての犠牲も何もかも忘れて、
どこか遠い所で、全てが終わるまでひっそりと生きていけたら、どんなにいいだろうか。
それはかつてジョウイがリオウとナナミに願ったことだった。
優しい君たちに、地獄は似合わないから。いてほしくないから。
いつかその日が来るまで、争いから離れて静かに生きていてほしい。
それと同じことを、ジョウイもすればいい。
全てが救われるその日を信じ続けて、白い花を愛でながらひっそりと静かに朽ちていけばいい。
それが、考えうる限り最上の幸福だ。

「……それでも、それでも、リオウは逃げなかった!!」

血反吐を吐きながら、ジョウイは断崖の一歩手前で堪える。
逃げてほしいと思った。都市同盟軍の主なんて、そんなものを背負うなんて辛いことをやめてほしいと思った。
それでも、リオウは僕の前に立った。それでも、僕はリオウの前に立った。
どれほどに傷つこうと、どれほどに悲しもうと、それでも歩き続けることを止めなかった。
背負ったもののために、信じてくれた人のために、僕が、君が、そうしたいと想ったから。

「だけど僕には、資格が、ない……」

ならば、どうすればいいのか。
逃げ出したくないと思っても、先に進むための道は認証式のゲートでふさがっている。
理想と憎悪は常に互いを滅しあい、魔剣も死喰いも制することができないのだから。
ならばいっそ死喰いそのものを諦めてしまうべきか。
彼が生かしたこの命を無駄にしないためにも、より安全な手段を模索するべきではないか。
たとえば、彼らの下にもう一度戻り死喰いのことを話して、
それを止めるためとでも言って仲間に戻ったふりをして――――
いや、それでどうなる。ぼくがなすべきは、なるべきなのは。

今度はディエルゴの精神干渉ではない、現実に即した袋小路。
物理的に、状況的に、精神的に、論理的に、オールチェックメイトの状況。
考えうる全ての道筋を封じられてもがくジョウイの目に、ふとしたものが目に付く。
綺麗に製本された、一冊の書。ジョウイが眠りから覚めたとき、傍にあったものだ。

「……これ、は……?」

朦朧とする意識を集中させて、ジョウイは左手で掴んだ書物の重さを感じる。
恐らくメイメイが置いたものだろうが、起きて直後に、死喰いの活性があったため放置していた。
万事休すというべき状況で、ジョウイはゆっくりとその書の始まりをめくる。
別に、ここに解決法を記されていると期待するほど、ジョウイは楽観主義者ではない。
だが、文字通り万事休す――打つ手無しで、手を休めるしかない――の状況で、
それくらいしかすることがなかったから、めくっただけだった。

「マリアベル、さん……」

冒頭の数行をぼそりと、著者の名を呟く。
その名の響きに疼く痛みは、自分の目の前で散った命の傷みだった。
珍妙に書かれた文章も、ジョウイは生来の生真面目さで読み進めていく。
オディオに紡がれる罵詈雑言さえも、どこか自分への糾弾に聞こえてしまうのも理由だった。
(内容から考えて、書いたのはゴゴさんが戻ってきてから……
 後のことを考えて、僕もいろいろ皆のことは調べていたけど、そんな暇があっただろうか)
口汚い罵声のオンパレードの中で、ふと、ジョウイはその疑問を覚える。
執筆時間のなさも、まるで自分の死を理解してから書かれたかのような文章も疑問だ。
だが、それはこの書がメイメイの手元にあったとすれば、紋章札のような超自然的な術理を前提とすれば解決可能だ。
それにしたとて、わざわざオディオを罵倒するだけのためにこんなものを遺す女性だっただろうか。

そう思いながら読み進めるジョウイの手が、途中で止まる。
そこで、オディオへの記述は止まっていた。



Middle 03 ノーブルレッドの遺産(煉獄篇)

Scene Player――――マリアベル=アーミティッジ

よっしゃ次の曲目は『魔王<ぼく>は友達が――――オディオはもうおらんな?

ここまで下らんことを記して済まなんだな、お前たち。
妾が死んだ状況を見るに、世界に記したとてこれを最初に読むのがお前たちかオディオか、半々で読み切れんかった。
故、先ずああいう書き出しを用意する必要があった。
オディオが最初に読んだときに、怒るか、呆れて読む気も失せて捨て去るようにな。
ふふふ、隙を生じぬ二段構えとは恐れ入ったろう。ほめて良いぞ?
とはいえ、あんな奇矯なものを記したことは初めてでのう。
遥か昔、アナスタシアと文通していた頃の奴の文面を参考にしてみたのじゃが……煽りというのはああいうものでよいのか。

と、流石にもう脱線する余裕もない。本題に入るぞ。
わらわは死んだ。もうこれは覆せん事実じゃ。ないものは当てにするな。
お前たちで首輪をなんとかするしかない。その前提を先ず認識せよ。
とはいえ、妾はそこまで悲観しておらん。じゃから今度こそ聞け。寝るなよヘクトル。
先ずおさらいを兼ねて要点から行くぞ。

首輪の機能を構成するのは大まかに分けて3つ。
1.感応石(監視制御)
2.ドラゴンの化石(物理型爆弾)
3.魔剣の破片(魔法型爆弾)

首輪に対するアプローチは以下の3つ。
A.首輪を制御・管制する中枢制御装置の破壊あるいは掌握。(システムへのアプローチ)
B.首輪を改造して、爆発システム自体を変更する。(機械的アプローチ)
C.感応系能力を用い、通信系を阻害する。(精神的アプローチ)

となる。ここまでは良いな。
で、お主らがこれを読んでおるということは、どういう結果であれ魔王やセッツァー達との戦闘は終わっておるのじゃろう。
流石にあの戦闘中に偶さか中枢がにょっきり出てきたなどというわけでもあるまい。
そして、現状の禁止エリアから考え、南を潰された場合足が止まる。よって案Aは現実的ではない。
まあそれは妾が生きておった時から言うておったのだからさしたる問題ではない。

であるからB案とC案なのじゃが……正直、わらわが死んでB案が潰れたというのがお主らの懸念じゃろう。
案ずるな。救いがなければ死んでおった妾じゃ。こんなこともあろうかと万一のリスクマネジメントは施しておる。

……こんなこともあろうかと。

……こんなこともあろうかと。

う、うむ。異端技術者<ブラックアーティスト>の端くれたる者、一度は言ってみたい科白であったが、
いざ言うてみると気恥ずかしいものではあるな。

と、とにかくじゃ。
あの雷の後に、墓やらなんやら態勢を立て直してた間に、
ルッカのカバンから首輪改造に必要な小型の工具は妾が見繕って、各自のデイバックに分散させてある。
一人一人の工具ではちと心もとないが、生き残り全員分をかき集めればそれなりになるじゃろう。
解体工法に関しても同様。書き殴りで済まんが、全員の筆記用具に分散させてしたためてある。

ここまでする必要があるかは正直分からん。が、地形が変わるほどの破壊が連発されると、
工具も記録も、誰か一人に持たせるのはあまりにリスキーじゃ。一発蒸発が容易に考えられるからな。
(着ぐるみの解れを修繕するまで手持ち無沙汰であったことは黙っておいた方がよいだろう)

どうじゃ。これほどの周到、妾でなくては成し得まい。

ほ め る が い い。


ふふ、おだてても何も出んぞ。(既にほめられたというロール)
で、肝心の手足なんじゃが。アナスタシアにやらせよ。
ほれ、そこらへんで嫌そうにしておる連中。まあ聞け。
確かにアナスタシアは寝間着とサンダルで買い物に出かけるような気安さで
軽犯罪法に引っかかりそうな奴ではあるが、ああ見えて、機械工学には通じておる。
ここにはないが、妾のヘルプデバイス『アカ&アオ』も奴の作品でな。腕は妾が保証するよ。

……悪いが“その”可能性は考慮せん。
妾は願った。あやつは聞いた。それを裏切る仮定など、したくないでな。
とはいえ、アナスタシアが五体満足である保証もない。永劫を待ち続けて、腕が錆びておる可能性もあるしな。
すまんが、可能な限り皆で支えてやってほしい。とりあえず、B案の遂行はそれで行けるはずじゃ。

ただ、ここまでそろえても、ドラゴンの化石はともかく、魔剣の欠片まではどうにもならん。
故に万全を期すならばC案との複合が望ましい。
アキラよアナスタシアの作業の間だけでよい。オディオから横やりが入らんよう、ジャミングを頼む。
……万一の場合は、何としても紅の暴君を揃えよ。
アキラ無しで感応石を阻害するとなると現状それしか手が思いつかん。
イスラの在不在にかかわらず、魔力さえあれば少なくとも補助にはなろう。

長くなったが、少なくともB案単独での解除は試せるはずじゃ。
ただ、試みると簡単に言うたが、お主らも知ってのとおり、まだ生体での解除は誰も試しておらぬ。
この喫緊した状勢で無茶をするな、とは言えん。だが、それでも命を第一とせよ。
妾の案なぞ所詮は苦肉の策。より良い手が浮かんだなら迷わずそちらを選べ。よいな。


―――――――――――


成程、とジョウイはマリアベルの周到さに舌を巻く。
マリアベルは見抜いていたのか。“残される彼らが潜在的に抱く欠陥”を。
故に、自分がいつ死ぬかはさて置いて、自身の死によって起こるダメージを極力減らそうとしていたのだ。
ジョウイも首輪解除の三本柱、アキラ・紅の暴君・マリアべルを崩そうと動いていたのだから、
マリアベルの慧眼にはただ素直な賞賛しか抱けない。
現実に、ジョウイは紅の暴君しか手中に収められず、崩したはずのマリアベルは柱を守り抜いた。
ジョウイも、決して多くはなかった時間を彼らの戦力調査に割いていたため、マリアベルの保険までに手は回せていない。
柱が2本残っていれば、少なくとも勝負目は残るだろう。

だが、それでもジョウイには疑問が残る。
マリアベルの保険は、知ろうが知るまいが、彼らのデイバックの中に分散している。
こんな書物に記さなくても、諦めなければ見つけるのは容易だろう。
そもそも、死んでから慌てて遺すようなやり方は杜撰に過ぎる。後手に回り過ぎだ。
ならば、何故そんなものを遺す必要がある。あるいは、死んだからこそ、遺すべきものがあったのか。
その回答もまた、その続きに記されていた。
そしてそれこそがマリアベルが本当に遺したかったものだった。

――――さて、ここまでは“既にお前たちに書き遺した”ものじゃ。
    その気になれば、荷物をあさり、アナスタシアに聞き、思いつくじゃろう。

だから、ここから先は――ただの感想じゃ。この首輪に対する一技術者としての、な。
裏付けも何もなく、推論以下の妄想。どこにも書き置かず胸中で弄んでいたものよ。
欲望に乗せて綴るには相応しかろう。

技術者として言わせてもらうならこの首輪――――はっきり言って駄作じゃ。

別に不当な評価をしたいわけではない。系統の異なる異世界の技術を複数組み合わせ、
それらが相殺されることなく首輪として完成しているという点では妾も舌を巻く。
じゃが、そこまでの技術があるなら“そもそも異世界の技術を組み合わせる”必要がないのじゃよ。
分かりやすく言えば核じゃな。魔剣とクラウスヴァインによって物魔複合属性で2倍の火力を構築しておるが、
ここまでのことができるオディオならばそんな手間かけずとも自分の力でその火力を作れるじゃろう。
そうであったなら、妾達は構成材料に気づくこともできず、お手上げであったはず。

この島が我らの世界からいくつもの要素を抽出して作ったツギハギであり、
そうであるが故に、その継ぎ目にオディオの未知なる要素があるかもしれん……
アシュレーはそう推察したそうじゃが……それはこの首輪にも言える。
異なる技術を組み合わせたことで、ツギハギとなってしまい、継ぎ目が見えてしまう。
継ぎ目が見えれば、そこで分解できる。解析できる。アプローチの仕方が見えてしまう。
分かるか? 異なるシステムを組み合わせることは、セキュリティを脆弱にするだけなのじゃよ。
現に妾たちはこの首輪を3つの要素に分解し、3つものアプローチを見いだせておる。
だからこそ、お前たちは妾のような技術者がおらんくなってもまだ解除の可能性が残る。

だが、妾はオディオが手を抜いておるとは考えん。そういうには、この首輪の作りは“真摯すぎる”。
人が作ったものには、作り手の意志が必ず潜む。この『技術の無駄遣い』に対する妾の回答はこうじゃ。

これは道具ではなく芸術――――“人に見てもらうために”作られたものである、と。

様々なアプローチの方法が考えられるが故に、首輪を解こうとするものはそうそう諦めん。
全部の要素が分からずとも、どれか一つくらいには心当たりがあろう。
故に、誰もが、首輪を解こうと向き合う。“首輪を、省みようとする”のじゃよ。
それこそが、綻ぶことを承知して技術を複合させたオディオの目的であろう。

天からふりそそぐものが世界を滅ぼそうとしたあの時、奴が手にしていた破片の中にあったあの邪気。
ちょこ坊から聞いたが、あれはあやつの世界におった邪悪なるものの力らしい。
ただ、イスラも自分の世界の何かを感知しておったところを見ると、この2つの世界の複合じゃろう。
『闇黒の支配者』と『狂える界の意志』。
趣味が良いというか悪いというか、妾たちの命は敗者たちの残滓に握られておったというわけじゃ。

解除に全力を尽くせば尽くすほど、妾達は首輪の要素を知ることになり
……最終的にあの魔剣の破片に潜んだ『闇』を省みることになったのじゃよ。

妾は思う。オディオが、この世界に各々の勝者を喚んだとすれば……
妾達がたつ大地、解き明かそうとするこの催しそのものが、各々の世界の敗者の力で構成されておるのではないか、と。
敗者が勝者に勝てればよし。負けても目的は達せられる。
この戦いを否定し、オディオにあらがおうとすれば、妾達はマーダーを倒し、首輪を制さなければならない。
そのとき、妾達は否が応でも敗者に向かい合うようにできておるのじゃよ、この戦いは。

この島は、この戦いは、敗者の墓標<エピタフ>。風も吹かぬ地の底で嘆き続ける敗者を封じた墓碑。

それこそが、妾はこの首輪を通じて想った最悪の仮説じゃ。
悪趣味にもほどがあるわい、この墓参りは。
自分のところに来たければ墓を踏んづけて登ってこいと言っておるのじゃからな、オディオは。
じゃが、妾はそれでもこれを遺さずにはおれん。
この仮説が被害妄想という真実で止まるならば、わざわざ遺したりせん。
じゃが、この仮説の先に見えるものを警告せずにはおれんかった。
そう、攻略実現性のなさから放置したこの首輪の対するアプローチ法の案A……中枢制御装置についてを。

首輪を解き明かそうとすれば、敗者の墓碑を巡ることになる。
それが妾の仮説じゃ。ならば、制御装置に向き合おうとすれば、そこにも墓碑があると考えられる。
そこにある墓碑に刻まれているのが“誰”なのか。

妾が見聞きした限りでは、名簿に載った参加者は9つの世界群に分けられる。
妾たちの住む人と守護獣の世界。
シュウやちょこのいた、人と精霊の世界。
ロザリーやユーリルがいた人と魔族の世界。
ニノやヘクトルのいた、人と竜の世界。
イスラのおった人と召喚獣の世界。
ゴゴのいた人と幻獣の世界。
ジョウイのおった人と紋章の世界。
カエルや魔王の奴がおったと考えられる、人と時の世界。

そして、アキラやサンダウン、ストレイボウのおった……人とオディオの世界じゃ。
ただ、無法松はアキラの世界の人物であって、サンダウンの世界には関わっていないらしい。
それをふまえると、こ奴らもそれぞれ別の世界から呼び出されたようじゃから、
更に世界が分派する可能性はあるが……ルクレチアに呼び出されたことから見て、
オディオと強く関わる世界群と考えるべきじゃろう。

そこから、まずこの世界で確認された各々の世界の敗者を並べるぞ。

まずは当然、この戦いの始まり。
『魔王』オディオ。こやつを抜きにしては語れまい。

んで『焔の災厄』。あやつがこの戦いとどう関わっておるかは、多く語る必要もあるまい。

そして、敗者としてこの戦いに直接関わっておる者達。

『狂皇子』ルカ=ブライト。
『魔族の王』ピサロ。
『時を越えるもう1人の魔王』。
『破壊』ケフカ。

ついで、この戦いを支えるシステムとなっているもの。
首輪に秘められた『闇黒の支配者』。
それを封じ込める『狂える界の意志』。
感応石を用いた放送を行っておるところを見ると、ヴィンスフェルトも意識されておるのかのう。
意外に几帳面じゃなオディオ。

とまあ、並べてみればよくもまあここまで揃えたりというところじゃ。
妾達の世界の敗者をほぼ網羅しておる。

そう。ほぼ、なんじゃよ。全てではなく、欠けておる。
オディオがそんな欠けを許すか? 
ここまでのことをしでかす奴が、敗者の中で、更に敗者を作ると思うか?
妾は思えん。故に、妾はオディオの憎悪を信頼し、この仮説を遺す。
奴は欠かすまい。その欠けを埋める敗者の残滓こそが、首輪の、この島の中枢。

ルッカ=アシュティアが魔王を味方と捉えたとすれば、魔王は敗者であり勝者でもある存在。
ならばこの世界の本当の敗者『大いなる火』も関わっておろう。

そして、残る最後の世界の敗者も――――


ジョウイはその文章を読み終わり、目を閉じた。
マリアベルの至った仮説が限りなく正解に近いと、この場にいるジョウイだけが理解できた。
ならば、あの泥の中にあった『何か』の正体は定まる。

(だけど、それでも……ぼくには、なにも……)

ジョウイの中で、冷徹な算盤がなかば習性的に弾かれていく。
立ち塞がる壁の隙間を縫うように、ゴールへのラインが通っていく。
だが、最後の一歩が通らない。進むべき道が真っ暗で見えない。
そのために必要な『犠牲』を、ジョウイは恐れる。
そのために不可欠な『資格』を、ジョウイは抱けない。

理屈だけでは踏破できないこの迷宮を解き明かす最後の鍵が足りなかった。
踏み出せない一歩を悔やむように、ジョウイは自然と本に目を落とした。

『さて、言い遺したことはこれで全部じゃ。長々と語ってすまなんだな。ときに――――』

その最後に書かれたものに、ジョウイは虚ろな瞳が、僅かに見開かれる。
ページをめくるたびに、鼓動が早まり、喉を鳴らす。
そして、本を閉じたとき、欲望によって記された賢者の書物は、光輝となって灯火となった。



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145-2:さよならファイアーエムブレム(後編) イスラ 149-2:リプレイ・エンピレオ
カエル
ストレイボウ
146:一万メートルの景色 アキラ
147-2:Phalaenopsis -愛しいきみへ、愛するあなたへ- アナスタシア
ピサロ
148:オディオを継ぐもの ジョウイ
143:堕天奈落 オディオ


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最終更新:2012年12月16日 04:32