420 :変わらぬ関係と、変わった感情:2009/12/15(火) 00:32:21 ID:yZ3EEOnF
ふわふわと綿毛が飛んでいる。
ふかふかの緑の絨毯の中、智美ちゃんがたんぽぽの綿毛をふうっと吹いたからだ。
それはすぐに風に乗って、ふわりふわりと青い空を背景に漂っていった。
『ワハハ』
それを寝転がりながら見送って、智美ちゃんは絆創膏がぺたぺたと貼り付けられた顔をこちらに向ける。
あちこち擦り傷だらけで、おてんばで、でも、たんぽぽの茎を千切ろうだなんて最初から考えもしない、千切るぐらいに寝転がる、そんな智美ちゃん。
『……ぁう』
きゅっ、と、その笑顔に、胸の奥が甘く疼く。
私は、そんな智美ちゃんに寄り添うように寝転がり、小さな片手に抱かれて、まるでかくれんぼをしているみたいに、二人で密やかに見つめ合った。
『たんぽぽ、たくさん咲くといいな!』
『う、うん』
ワハハって満面に笑って、私に内緒話をするみたいに顔を寄せてくる彼女に、小さな心臓は、今にも爆発しそうだった。
智美ちゃんと一緒で、近くで、触れて、幸せで一杯で、このままずっとこうしていたいと、幼心に強く思って、どうすればそうできるだろうと、無い頭で必死に考えたりもした。
『ん? 佳織、眠いのか?』
『……ぅん』
『そっか、じゃあ寝てていいぞー』
頭を撫でられて、実は眠いなんて嘘だったのに、本当に眠くなってきて、よく分からないけど恥かしくなる。
彼女の傍にいると、いつも自分がよく分からなくて、それが嫌じゃなかったから。
私は、いつも手を伸ばした。
そして、たくさん甘えるのだ。
『おやすみー』
『うん、お、おやすみなさい』
優しく、このまま眠ってもいいと智美ちゃんは言ってくれるから、私は甘えて、智美ちゃんの小さな胸に頭をおいて、智美ちゃんのトクントクンって音を聞きながら、私は智美ちゃんの手を握って、静かに目を閉じた。
胸の奥がくすぐられているみたいに、なんだかずっと、落ち着かないけど楽しかった。
そう、当時は気づかなかったけど。
私はきっと、この頃から、
彼女の事を――――――
トクン、トクンと聞こえる。
それは、鼓膜の奥に優しく沁みこんで、心にまで浸透する、大好きな音。
あ、智美ちゃんの音だぁって、私は心地よく思った。
緩やかに瞳を開くと、ほらやっぱり、私を片腕で抱き寄せて、胸に押し付ける眠り方は、昔から変わらない、智美ちゃんの――――
「――――はいっ!?」
がばっと起きた。
いえ、起きます。
起きるよ!?
このまま眠るとか、どれだけ高度な技術ですかってぐらい難しいです!
「さ、さささ智美ちゃん?!」
小声で叫ぶなんて、難しい事をしてしまいながら、私はそのまま、智美ちゃんの寝顔を、訳が分からないまま、本能に負けて直視してしまう。
「っ」
私がいきなり離れてしまったからか、むずがる様に片手をもぞもぞさせて、口元がひにに? として、わははぁとゆっくりと静かな寝息に戻っていく流れを。
そんな、子供の頃と変わらない、幼い寝顔の柔らかさに。
――ドクン、と。
その愛らしさに、堪らず胸がうずいた。
「……っ!」
慌てて眼をそらして、ようやく、私は周りの状況を見つめる事が出来た。
そこは、見知らぬ部屋でって…………
「……あぁ」
そうでした。……今は、合宿中だったのだ。
とても良い経験をさせて貰った、心から楽しかった合同合宿の最終日。
清澄の部長が、今日が最終日だから「無礼講よー♪」と、アルコールを出してきて、最初は怒ったり呆れたり渋っていたりした面々も、誘惑とその場のノリに負けて、あれよあれよと口にしだして……
暫くして、とっても騒々しい騒ぎになったのだ。
「……って、あれ、私、記憶がない?」
騒ぎの途中から、ぷつりと記憶の糸が途切れていた。
サアァァ、と、一瞬で血液が逆流する不快感を覚えながら、私は眼鏡をしたまま眠っているとか、智美ちゃんの胸を枕にしていたとか、抱き寄せられていたとか、でもそこまでの過程がまったく思い出せない事に不安で一杯になる。
暗い部屋だからよく分からなかったけど、冷静になると、そこは人の気配が濃厚で、私たち以外のほぼ全員も、この部屋で眠っているのではないだろうか?
私は智美ちゃんのはだけた浴衣を直してあげながら、とりあえず、智美ちゃんを起こして部屋に戻ろうと決めた。
「さ、智美ちゃん、起きて、智美ちゃん!」
「……んー」
「ね? ここじゃなくて、ちゃんと部屋で、布団の中で眠ろう? 他の人たちは、何だか丈夫そうな人ばっかりだったし……起こさなくても、だ、大丈夫だよね?」
「……むー?」
揺すりながら、そこらじゅうで寝息とか、寝言とか色々と聞こえて、起こした方が良いのかなって不安になるけど、でも、部屋の中は暖かいし、暖房は付けっぱなしで、所々身を寄せ合っているから大丈夫だと思う。
だから、私は智美ちゃんだけでも起こそうと、彼女を揺らし続ける。
「ん、んんん。………? ……わはは?」
ぴくりと、何度目かでやっと、彼女に反応があった。
智美ちゃんは、目を閉じたまま、ふらふらと手を伸ばして、ぽんっと、私に触れた。
そのまま、その手の平が、頬を撫でて首筋にまで流れていった。
「―――ぁ」
ドクンと、さっきよりも強く、胸と、それから喉が鳴った。
痛くて、
甘い、
押し殺して、久しぶりの感覚だった。
そんな私に気づかずに、智美ちゃんは半分開いた目をこちらに向けてくる。
「…………おはよぉ?」
「お、おはよう、さとみ、ちゃん」
「…………まだ、夜だぞぉ?」
「あの、お、お部屋で寝よう? ね、智美ちゃん、お願い」
「…………ん、んん? んー、分かった」
寝惚け顔で、智美ちゃんがくあっと欠伸をして、私に手を差し出してくる。
私は自然に握り締めて、智美ちゃんを静かに起こした。
小さな背中。
小さな手首。
小さな、その肢体。
順に見つめていきながら、いつの間にか、年上の彼女の背を追い越して、私の方が、彼女を包み込める様に抱きしめられそうな、抑えがたい現実。
喉が、異様に渇いた。
「……じ、じゃあ、行こうか? 智美ちゃん」
「……おー」
目をこしこしと擦る仕草がいちいち可愛くて、心の中で「うー!?」って、人の気をしらない彼女に少しだけやきもきとしてくる。
そんな、無防備な姿を晒したら、知らないからと、今にも大声で叫びたい気持ち。
「さ、智美ちゃんは、もっと警戒心を持たないと駄目だよ」
「……わは?」
智美ちゃんの手を引いて、部屋に戻りながら、私はいまだ寝惚け眼の智美ちゃんから目を逸らして、もごもごと言う。
智美ちゃんは当たり前だけど、よく分からないみたいで、眠そうな顔で首を傾げている。
「だっ、だから、もっと、危機感を持って欲しいんだもの」
「……?」
大きな瞳が、不思議そうに私を映す。
唇も今だけは閉じられて、それは、普段はあまり見られない、彼女の素の、表情。
「さと、みちゃ」
「……必要ないだろー?」
それから、笑顔になる彼女の、花開く瞬間。
きっと私にしか分からない、彼女の魅力。
「っ」
「佳織がいるから、大丈夫だって」
根拠の無い、彼女の「大丈夫」という声の明るさと、深い信頼が、胸を、抉った。
「…………それ、は」
意味なんて、分からない。
多重の意味に解釈できるそれは、寝惚け姿とあいまって、私には判断がつかなくて。
なのに、それを、私は私の都合が良いように受け止めてしまう。
……。
…………抱きしめて、閉じ込めてしまいたくなる。
「そう、だね。私がいるから、大丈夫だよ」
「おぉ、佳織はしっかり者だからな」
「……うん」
いつの間にか部屋の前にいて、智美ちゃんを敷かれた布団の上に招いて、私は、暗闇なのを良い事に、酷く痛みを堪えた表情で、智美ちゃんの背中を見つめた。
今、この部屋は、私と彼女の二人きり。
他の面々は、まだ、あの大部屋にいたのを、私は横目に確認をしていた。
だから、
きっと、
今このまま手を伸ばして、引き寄せてしまえば、
そのまま、押さえ込んで、彼女の全てをもらえるのだろう。
「…………ふふ」
それは、
ありえなかった。
ただの、妄想という名の夢物語。
私は首を振って、微笑んで、早速布団にもぞもぞと潜り込む智美ちゃんを見送る。
私は彼女の幼馴染で、それ以上でもそれ以下でもない、きっと、私が今襲い掛かったりなんてしたら、智美ちゃんは「ワハハ」なんて私の前で笑ってくれなくなる。一生、私を怯えた目で見つめてくるんだ。
抜けない棘は、ただ心と身体をじわりと蝕む。
そんなの、絶対に嫌だから。
ギリッ、と、
私は密かに、舌を強く噛んだ。
「ワハハ、寝るぞー」
「うん、寝ようか」
「明日は、早く起きて、温泉に行こうな」
「そうだね。一緒に入ろう」
「……そうだなぁ、それから、お土産を、買っとかないとなぁ」
「うん、ちゃんと買っておかないと駄目だよ」
すぐに、瞼を重そうに閉じて、会話をしながらも、変わらない寝つきの良さに、私は唇を緩める。
眼鏡を外してしまったからよく見えない、その寝顔を想像して、きっとそう違わないだろう愛らしい寝顔に思いを馳せて、私はそっと目を閉じる。
あの頃の。
たんぽぽを見送った幼い頃の純粋さのない、どろりと汚れた私の欲情を、押し殺して。
血の味が広がる口内に、いやだなぁって薄く笑う。
ごめんね、智美ちゃん。
私は、あの頃とは違った意味で、貴方が好きです。
貴方が欲しいです。
「…………ばかみたい」
今夜は、一睡も出来ないだろうなって、
智美ちゃんの寝息を耳に、私は少しだけ泣いた。
おまけ。
大部屋で起きた私たちは、並んで部屋に戻り、この光景を目撃した訳だけど……
「……仲良いですよね。本当」
「……ああ」
「……なんか、私たちも負けていられないっすよ、先輩!」
そこには、
蒲原先輩の胸に頭を置いて、健やかに眠る佳織と、その佳織を片腕で抱き寄せて、その温もりを享受する蒲原先輩の、なんともラブラブな光景が広がっていた。
「……昨日も、凄かったですけどね」
「……ああ、思い出したくも無いがな」
「……私も、あれほどの敗北感を味わった事はないです!」
前日の私の記憶。
『智美ちゃん、大好きー!』
『ぐはっ!? おあっ!? ちょ、よ、酔っているのか佳織!?』
『うふふ、智美ちゃんすきすきすきすき~♪』
『ちょっ、い、息が……!?』
『苦しいの? じゃあ人工呼吸だよ! ちゅー』
『よし目を覚ませ!』
『智美ちゃん、ラブー』
『ワッハッハ、ちょっと水もってきてくれ、誰か! 頼むから!』
『うぅ、無視するんだ?! さ、智美ちゃんは私の事、嫌いなんだー!』
『ワッハッハ、佳織はさっきから泣いたり笑ったり怒ったり、私は疲れたぞー。飲まないとやっていられないぞー』
『じゃあ、飲ませたら許すよ?』
『…………。……どうやって?』
『口移し!』
『やっぱりな!』
『……智美ちゃんが大好きです!』
『佳織、今日で三十二回目の告白だな』
『うん。私ね、ずっとずっと、智美ちゃんが好きだよ! 大好き!』
『そっか、ありがとうな。私は、佳織が素面の時に言わせてもらうよ』
『わーい♪』
『よしよし』
『……もっと撫でて?』
『ワハハ』
とまあ、始終こんな感じだった。
最初は囃し立てたりからかったりしていた面々も、最後には塩どころか砂糖を吐いて、避難するぐらいだった。
何より、蒲原先輩が意外に余裕があって、適確に佳織を介抱したり、危ない発言を誤魔化したりしたおかげで、最後まで健全に終わった所は素晴らしいと思う。
他の面々が当てられて、軽い(?)告白大会になったけど、蒲原先輩は「ワハハ」と笑って、
私に「いいかむっきー、ユミちんもモモには近づかないでこっちにいるんだぞ? あと、あっちとそっちと、特に清澄のおっぱいさんの所は特に危険だから行かないよにな!」と、優しく声を掛けてくれた。
「……いざという時は、これ以上ないぐらい頼れます。蒲原先輩」
「………ん、こほんっ!」
「いやぁ、照れるっす」
私が、昨日の二人を遠まわしに皮肉っているのに気づき、わざとらしく咳ばらいする加治木先輩と桃子。
溜息を押し殺し、私はまったく、と、言葉とは裏腹に、くすりと笑う。
色々と言いたい事はあるけれど、とりあえず。
彼女達の寝顔はあまりに幼くて、幸せそうで。
起こすに起こせそうにないのが、とりあえずの目先の問題の様だった。
おわり
以上です。
頑張って隠して時々高確率で暗くなるかおりん。
実は気づいていてワハハなカマボコ。
作者は、蒲原先輩は馬鹿じゃない派です。駄文失礼しました!
最終更新:2009年12月20日 15:52