531 Dragon Blood 第2話 [sage] 2010/03/13(土) 16:53:35  ID:Es8ozAkA Be:

 夜になり、思わぬ形で気持ちを知られてしまった一は、自室のベッドで悩んでいた。

「はあ……」とため息を吐いたと思えば「うーん」と唸り、ベッドに身を投げ出したと思えば飛び起きていた。

 同室の純と智紀が気にならないはずがなく、悩みの種を聞いてみる事にした。それぞれ自分のベッドに腰を下ろす。

「何を悩んでんだ」
「気になります」

 声をかけられ、一は寝そべって二人を見る。そのまま少し考えた後、同じようにベッドに座ってもう一度二人を見た。

「ちょっと聞いていい」と一が前ふりで尋ね、純が「おう」と答え、智紀が頷く。

 二人の反応を見た一は、少し間を置いてから、迷いながらも口を開けた。

「――好きな人に告白したとするよ」
「したのか」
「もしもの話っ!」

 純は茶化して見せたが、胸の内では手を合わせて謝っていた。衣と透華のキスの事がある。一の様子を見ていれば、衣に突撃を受けたと容易に想像できた。
 図星で一は焦ったが、「もうっ」と軽く怒って見せてから相談を続けた。

「それで、告白したら『ありがとう』ってだけ言われるの。この場合、どう受け取ればいいのかな」

「ありがとうだけ?」と智紀がもう一度聞くと、一は「うん」と即答した。

 一般的に考えて、告白の返事が「ありがとう」だけなのは、体の良いお断りの意味だ。純と智紀もそう思ったが、相手が一なので軽率なことは言えなかった。状況からして、本人の実話に違いない。
 純と智紀はどう答えようかと唸った。

「『ありがとう』にもいろんな意味があるしなぁ……」
「もう少し詳しい情報が必要」

 一は考えあぐねている二人を見て、できるなら隠しておきたい追加情報を流すことにした。既にほぼ本人と特定されているので関係ないのだが、そうとは知らない一はあまり具体的なことは言いたくなかった。

「じゃあ条件を足すよ」
「頼む」
「それじゃ――ちょっと特殊な状況だけど、告白は偶然だったんだ。その子にはライバルがいて、その恋敵との喧嘩を通りがかりに聞いちゃって『ありがとう』って言ったんだ」

 純は「あちゃー」と顔をしかめた。どう聞いても登場人物は、一と衣と透華だ。悪いことをしたと思い、心の中で頭を下げた。

 智紀は恋敵が誰かを考えて、まずは衣が思い当たった。少し前だが、一は衣を気にしていた。衣の変化もそれで説明がつく。そして、智紀は顔には出さなかったが、衣が色恋沙汰で喧嘩をした事にかなり驚いた。

「恋敵も『ありがとう』って言われた?」と智紀が聞くと、一は「多分……」と言葉を濁した。この曖昧な答えで、智紀は三人の登場人物が想像通りだと確信した。架空の話なら、返事を曖昧にする意味がない。だが、肝心の『ありがとう』の意味がこれだけでは分からない。

 大体の状況を把握した二人は同じ結論に至った。まだ告白の返事はされてない可能性が高い。限られた情報から推測するのは、これが精一杯だった。

「それだとまだ何も変わってねーと思う。もういっぺんコクれ」
「私もそう思う」

 二人の意見を聞いた一は「そっかぁ」と盛大にため息を吐いてベッドに倒れた。
 隠す気があるのか分からなくなった純と智紀は、見合って苦笑いをしていた。



 透華が通う龍門渕高校は私立の女子高で、小等部、中等部を有する一貫校だ。理事長は透華の祖父が務める。
 早い話が校名の通り、龍門渕家の学校で、屋敷住まいの衣、一、純、智紀もここへ通っていた。

 そして、教室で一は、席に座って物思いに耽っていた。
 前日、偶然だったにしろ、透華に告白してしまったのだ。同じ教室にいる彼女をどうしても意識してしまい、授業がまるで頭に入らなかった。

 その透華をちらりと見る。背筋をぴんと伸ばしたきれいな姿勢で席に座り、涼しい顔でノートに記入していた。
 ついでにその隣の衣を見ると、ノートの切れ端で折り紙を折っていた。これで透華に負けない成績なのだからやってられない、と一はぼやく。
 最前列の席の智紀は、やや猫背だが真面目に授業を受けていた。反対に最後列の純は、いびきを掻く勢いで爆睡していた。

 みんなの普段と変わらない様子に、一は溜め息が出るのを抑えられなかった。こんなに悩んでいる自分が馬鹿らしく思える。

 気分転換に窓の外を見て、ここぞとばかりに教師に指名されたのはこの後の事だった。


 休み時間、授業で恥を掻いた一は、さっそく衣にいじられていた。衣が楽しそうに纏わり付く。

「あんなのも分からないのか」
「ちょっと考え事してただけ」
「考え事する余裕あるんだ」
「折り紙折ってた衣に言われたくないけど」
「衣は余裕あるもん」

 恋敵になって遠慮がなくなったおかげか、二人の会話はいつになくフランクなものだった。

「オレは全然わかんないぜ」と、授業終わりのチャイムを目覚ましに起きた純が割って入る。二人の衝突のきっかけを作った手前、少なからず気にしていた。

「寝てたら当然だよ」
「落第するぞ」
「総攻撃かよ……」

 矛先が自分に向いてたじろぐ純だが、結果オーライという事で笑って済ませた。


 衣が自分の席を離れたことで、透華の所に女子が隙を突いて寄ってきていた。下級生だろうか、憧れの先輩という感じで少し興奮気味に話す。

 透華は雰囲気が変わった途端に人気が上がった。何かと騒がしくて目立っていた以前より、今の清楚で物静かな彼女の方が受けがよかった。
 今の彼女は格段に近寄り難い雰囲気ではあるが、どこにでも恐いもの知らずはいるものだ。

 一言二言透華と会話しているのを見つけた衣は、慌てて飛んでいった。席に座っている透華の背中から抱きついて所有権を主張すると、女子は諦めて帰って行った。

 一部始終を見ていた一と純は苦笑するしかなかった。

「透華は人気者だねえ」と言う純の前に、突然お弁当箱が差し出された。
「あの、食べてください」と余所の教室の女子が、顔を赤くしていた。
「おっ、わりぃ」と慣れた手つきで受け取る純を見て、一は「純くんもね」と付け足した。



 龍門渕高校では年に一度、学校祭が開かれる。小等部、中等部、高等部が同時に開催する上に、龍門渕家の強大な権力が関わる為、規模はかなり大きかった。一流企業の協賛も多々ある。

 そんな盛大なお祭りで、クラス毎に出し物を催すのだが、透華のクラスには偶々演劇部の部員が複数いた。そのまま流れ的に出し物は演劇に決まり、台本も用意してくれる事になった。

 だが、学校祭は演劇部の活躍の場でもあるわけで、演劇部員は主要登場人物へのキャスティングを辞退する事になった。

 演じる作品は演劇部員のオリジナルで題名は『古い城』だ。内容は、中世ヨーロッパのお姫様と貴族の若い男との悲恋話というありがちなものだ。
 当然、演劇部員は意味もなくこのような話を選んだ訳ではない。登場人物の貴族の男に、うってつけの役者がいるからだ。

 ホームルームで演劇の配役を決める時、真っ先に名前が挙がったのは純だった。クラスの女子が貴族の男役を推薦すると、みんなが拍手をして賛同した。台本を書いた演劇部員の思惑通りだった。
 ほとんど全会一致の様子の中、純は困り果てながらも「やるしかねーか」と挙手して応じた。

 相手のお姫様役は、立候補者が出てすぐに決まるかと思われたが、そうでもなかった。純に気がある者がクラスに何人かいそうなのに、みんな尻込みしてしまい、手が上がらない。
 しばらくの沈黙の後、ある生徒が声を上げる。

「姫役は龍門渕さんがいいと思います」

 ほとんど槍玉に挙げられた形だが、当の透華は何も言わない。本人が断らないのを見て、また強引に決めようとみんなが一斉に拍手を始めた。以前の目立ちたがりの透華を知っているクラスメイト達は、特に悪いとも思わなかった。

 この多数決の暴力の中、本人より焦ったのは一だった。声を出して笑いもしないこの透華に演劇なんてできるわけがない。朝昼晩と透華を見ている一は、本当にそう思った。
 クラス委員が黒板の『お姫様』の文字の下に『龍門渕』と書き加え始める。一は急いで席を立ち、「ちょっと待ってよ!」と声を張り上げた。

 チョークを動かす手が止まり、クラス委員が一を見る。

「国広さん、何か意見ですか」
「透華はやると言ってないし、もう少し考えたほうが」と答えた時、「じゃあ、国広さんがやってくれるの」と誰かが言った。一はすぐに言い返す事ができず、言葉に詰まる。

 それでもそう時間を掛けずに立候補する気持ちを固めた一は、毅然と答えようとした。だが、口を開こうとした所で、透華に遮られた。

「私は構いませんわ」
「それじゃあ、お姫様役は龍門渕さんに決定します」と黒板に透華の名前が書き込まれる。

 再び拍手が沸き起こる中、一は出足を挫かれて口を開けたまま立っていた。そして、即答できなかった自分に嫌気が差して、力なく椅子に腰を下ろした。



 演劇の台本を手渡された透華と純は、さっそく屋敷に持ち帰って台本あわせをする事にした。提案をしたのは純だ。やるからには失敗したくはなかった。
 広間に一と衣と智紀も集まり、円になってそれぞれが台本を手にする。全員、何かしら役をもらっていた。

「よっしゃ、始めるか」と純が一つ咳払いをする。そして、舞台は開幕した。


「これは姫様、このような場所で一人でお月見ですか。各地の貴族や富豪があちらでお待ちかねです」と純が早くも役になりきってセリフを読む。
「どうも貴族というものが好きになれなくて……」と透華が物憂げに呟いてから、はっと顔を上げる。
「――とごめんなさい。あなたも貴族でしたね。何処の何方までは存じませんけど」と、透華の演技も純に負けていない。
「これは失礼」と純は手を胸に当てて一礼する。
「私はロレンゾ。階級までは聞かないでください。貴族と言うのもおこがましい位ですので」
「まあ、そんなに謙遜なさらずとも」
「謙遜ではありませんよ。でも、良い事もあります。貴族と言えなければ、姫様に嫌われずに済みますから」
「うふふ、面白い方ね」と自然に笑う。

 ここまで読んで、全員が透華の熱演にあっ気にとられた。
 あの透華が笑っている。しかも、とびっきり上品な笑顔で。他の演技も抜群に上手く、本当にお姫様がそこにいるような錯覚を覚えた。

 純は役を忘れて素で話し掛ける。

「へー、そんな顔もできたんだな」
「演じているだけですわ」

 そっけない返事をする透華は、いつもの無表情に戻っていた。
 今度はその変わり身の早さに驚いて、みんながぽかんと口を開ける。

 一は透華の演技を見て、感情豊かだった頃の彼女を思い出す。
 言いたい事をずばずば言う彼女は、気持ちを隠そうともしなかった。だから、いつも怒ったり笑ったり忙しい人で、一の苦労は絶えなかった。でも、それが楽しかった。

 過去を思い出してしんみりしている一とは対照的に、衣は瞳をきらきらと輝かせる。透華の演技を気に入ったようだ。
 衣は純の台本の端を摘み、くいくいと引っ張る。

「衣と役を代わろ! ロレンゾやりたい」

 衣はこの演目の結末を知って、あまり貴族の男役をやりたいとは思ってなかったが、透華を見て気が変わった。彼女がしっかりやってくれるなら、こんなに面白そうなイベントはそうない。
 だが、いくら衣の頼みでもできる事とできない事がある。純はやや呆れた顔で苦笑するしかない。

「オレは代わってやりたいけど、それはムリだろ……」
「なんで?」
「クラスのみんなが納得しないって。衣、ちっさいしさ」
「ちっさくない!」

 衣は本当の事を言われて頬を膨らます。こんなに可愛く怒る彼女に、大人の男役はミスキャスト必至だ。
 一と智紀も同意見で、衣の我侭を、笑って見ているしかなかった。



 学校祭の準備は着々と進み、演劇は体育館で舞台練習ができるまでになっていた。衣装は手間が掛かるので、用意できるのは本番前になりそうだった。

 途中途中で演劇部員の指導で止まりながらも、どうにか終わりまで演じた後、どこからともなく拍手が起こった。
 見ると、他のクラスのギャラリーがかなりの数いる。体育館の入り口には覗き見る人の影が絶え間なくあった。
 ギャラリーの数は日に日に増えるばかりで、皆、純の格好良さと透華の演技の噂を聞きつけて集まってきていた。

 女子が一人、タオルとペットボトルを持って純に駆け寄る。純のファンだ。

「これ、どうぞ」
「あんがと」

 もらった水をぐいっと飲み干す純の横を、別の女子が通り過ぎる。手にはやはりペットボトルの水を持っていた。

「あの、龍門渕さん、お水をどうぞ」

 女子が水を差し出して初々しく頬を赤らめる。透華は特に表情を変えず、「いただくわ」とだけ言って受け取った。一口飲むと、女子の表情が途端に明るくなる。

 それを同じ舞台上で見ていた一は、自分に役がある事を悔いた。「ボクの仕事なのに……」と、真っ先に水を持って行けなかった自分を責める。

 同じく見ていた衣は、のっしのっしと透華の所へ向かった。「衣もお水が欲しい」と言うと、女子は「えっ、もうないの。ごめんね」と謝った。
 衣は透華が手に持っている物を見た。

「トーカ、それちょーだい」

「はい」と渡すのを見て女子は「ええっ!」とうろたえた。そして、衣が一気飲みしてみるみる減っていく水を見て「あぁぁ……」と涙目になっていた。

 衣は恋も麻雀と同じで、相手は徹底的に潰す主義らしい。無神経に水をあげてしまう透華も、ある意味凶器だった。

 それを傍目で見ていた一は、透華の水をもらう衣が羨ましかった。あんな大胆な行動は自分にはできそうにない。

「ボクも欲しいなぁ」

 無意識に口に出た言葉が、近くの純に聞こえてしまう。持っている空のペットボトルを振って見せた。

「ごめん、もう飲んじまった」

 一は声に出していた事を知って顔を真っ赤にする。「いいよっ。自分の持ってるから」と逃げるように舞台から降りた。

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最終更新:2010年03月31日 19:14