951 :名無しさん@秘密の花園:2010/08/30(月) 04:24:41 ID:CrmQDkZ9
>>946
奇妙な関係でした。
初めて言葉を交わしたのは、お互い失恋した直後。
涙を流して真っ赤になった彼女の瞳と目が合った時は、鏡をみているのかと思いました。

私と彼女は無言の内に、相手が自分と同じ傷心を抱いていることを感じました。
そしてどちらからともなく近づき、痛みを分け合ったんです。
それが、私と菫さんの出会いでした。


私には好きな人がいました。
一歳年下の幼馴染で、物心ついた時から彼女をお嫁さんにすると口に出していた程、愛していました。
勿論、時が経つうちに彼女、神代小蒔と結ばれることが、到底叶わない夢物語だとは理解しました。
それでも分家と本家という関係の中で、ずっと本家の彼女を支えていけるんだと思っていたんです。
小蒔の隣にいるのは私だと……。

その夢が砕け散ったのは、小蒔が宮永照と逢引している場面を目撃した時。
小蒔の愛が私ではない誰かに向けられていることを知ったその時に、私が彼女の隣にいる意味は無くなってしまいました。

胸を引き裂かれるような痛みに包まれて私は思わず視線を逸らしました。
すると、その先に自分と同じように深い悲しみを湛えた人の姿が見えたんです。
それが菫さんでした。

目が合い、お互いの内に同じ痛みを見出した時にはもう、私と菫さんは不思議な縁で結ばれていました。


954 :名無しさん@秘密の花園:2010/08/30(月) 23:00:19 ID:CrmQDkZ9
<菫視点>

まるで鏡を見ているようだった。
震える肩、青ざめた顔、きつく結んだ唇。
唯一涙を浮かべた瞳に映る人影だけが私と違っていた。
霞の視線の先には神代小蒔が居て、私は彼女が誰を愛していたのかを知った。

もしそこで踵を返していれば、霞とこんな風になったりはしなかっただろう。
私と同じ様に失恋の痛みに震える姿も記憶の片隅に追いやられ、時を置かず消え去っていたはずだ。
しかし、運命の悪戯が働いたとでも言えばいいのだろうか、
私は霞と目が合ってしまった。
一度目が合った後で黙って逸らすには、彼女の視線はあまりにもはかなく、痛々し過ぎた。

辺りに満ちる喧騒から私と霞が切り離されていくのがわかった。
夜の東京の片隅で静かに向い合いながら、重なり合う視線を通して、
彼女の悲しみが私に流れ込んでくるようだった。
私と同じ、愛する人を失った深い絶望が……。
その瞬間私と霞は別ちがたく結びついてしまったのだと思う。
傷つき引き攣れた彼女の心に触れた後では、最早その場を去ることは出来なかった。

だからといって、違和感が無かったわけではない。
勿論霞のことは前年の全国大会を通じて知ってはいたが、気安く話しかけるような間柄ではなかった。
引き寄せられるように近づきながらも、なんと声をかければいいかわからずにいた。

私は白糸台の制服姿で、霞は永水女子の巫女服を纏った姿で歩を進め、
手の届く距離まで来たところでお互い立ち止まった。
黙って向き合っている私達の姿を不思議そうに見つめながら通り過ぎていく人の目を感じたが、
彼らは当の私自身も奇妙な気持ちでいたことに気付いただろうか?


955 :名無しさん@秘密の花園:2010/08/30(月) 23:02:10 ID:CrmQDkZ9
少しの間奇妙な居心地に悪さに包まれた後で、先に口を開いたのは霞の方だった。

「石戸霞です」

彼女の大人びた姿によく似合う落ち着いた声だった。

「知っている。私は…」
「白糸台の弘瀬菫さんですね。知っています」

そこで改めて見つめ合い、少し笑った。
同じ麻雀師としてまんざら知らないわけではないが、
こうしてきちんと言葉を交わすのが初めてだということを、私も霞も思い出したのだ。
その最初の機会が思わぬ形で訪れたことを思い、二人して苦笑した。
ほんの僅かに気持ちが通じ合っただけだが、歩き出すには十分だった。
私達は間もなく手ごろな喫茶店を見つけて腰を下ろし、おずおずと話を始めた。

私は宮永照の話を、霞は神代小蒔の話をした。
その人にどんな想いを抱いているのかは、お互い改めて言葉にしなくてもわかっていた。
勿論、よくも知らない他人と傷の舐めあいをしているという自覚はあった。
報われなかった想いのたけを聞いて欲しかっただけだと言われれば、否定はしない。
けれど、その相手が霞を置いて他にいなかったことだけは確かだ。
彼女についても同じことが言えただろう。

麻雀の四角い卓上は宇宙に例えられる程千変万化の起伏に富むが、現実世界もそれと何ら変わらないということだ。
どんなツモを引いてくるのかは、その時になってみなければわからない。
その一瞬一瞬の行為が積み重なって、どんな手牌になっていくのかも。
失恋という牌を掴まされ、その代わりに余った牌を切って河に流すように、
私は照の少し悲しげな冷たい瞳に惹かれたことを思い出し、
霞は自分よりも年下の神代小蒔を守りたかったと明かした。

恋した人との思い出を語りながら笑顔を浮かべるところも、
その笑顔がやがて沈痛な面持ち変わるところも、霞と私は同じだった。
まるで鏡を見ているかのように。
私はそんな彼女の痛みを自分のことのように受け止めた。
そして自分を慰めるように彼女を慰めたいと思った。

どうしてそんな風に思ったのかはわからないが、コーヒーカップに添えられた細い指先や、
時折揺れる長い髪に悲しみが透けて見えて、無性に霞が愛おしかった。
もしかしたら、鏡に映った姿を見るうちに情が移ってしまったのかも知れない。

956 :名無しさん@秘密の花園:2010/08/30(月) 23:08:52 ID:CrmQDkZ9
そんな出会いを経て、私と霞はそんな風に奇妙な縁で結ばれた。
あとはごく自然な成り行きで、時折合って話をするようになった。
回数を重ねるうちに彼女に対する愛おしさは募っていった。
私の境遇は、霞の悲しみを自分のことのように受け止めるに十分だったし、彼女は大人びて美しかった。

失恋をしたばかりで節操もないと言われればそれまでだが、いつの間にか霞に恋をしていた。
それでも、自分の役割を忘れるほど馬鹿でもないとは言っておく。
私は彼女を映す鏡だ。
彼女と同じ悲しみを映し、一時それを忘れさせるための鏡。
役割を越えて別の姿を映すようなヘマは許されない。
もし私が自分に芽生えた恋心を映せば、その瞬間鏡は割れてしまうだろう。
私と霞はそういう出会い方をしたから……。

こんな風に霞への恋を諦めるなんて、出会った時には思わなかった。

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最終更新:2011年11月28日 19:33