<純君視点>

男みたいな格好をしているのは、単に好きだから。
もし期待していたら悪いけど、本当にそれだけ。
特別な理由があるわけじゃないんだ。
王子様になりたいとか、少女革命を起こしたいとかはこれっぽっちも思ってないし、

「それでも男ですの?」

透華が俺の見てくれを指して男扱いしてくれば、その都度

「俺は女だ」

って、ちゃんと否定している。
それもこれも女としての自覚があるから。
服装や言動がちょっと変わっているだけで、あとはどこにでもいる女の子なんだ。

ま、人がどう思うかは人の勝手だから、俺が男に見えたからといって本気で目くじらを立てたりはしないよ。
龍門淵高校には俺が入学して程なく出来た「井上純ファンクラブ」なるものがあって、
女子生徒達が密かにプロマイドを集めてるらしいけど、やりたきゃ勝手にやればいいと思ってる。
そういうファンの子から差し入れがあれば、悪い気はしないしさ。

一度ファンからの差し入れだと勘違いして、清澄のチビのタコスを食っちまったのも、
来るもの拒まずの精神が身についていたからなんだ。
悪気があったわけじゃなくて、言うなれば日頃の習慣というやつ。
何を隠そう、俺は今までファンからのプレゼントを受け取らなかったことなんて一度も無いんだ。
たとえそれがいらないものであっても、突き返して相手を泣かせたりしたら後味が悪いだろ。
勿論チビのタコスを食べたのは俺だし、それについては何の言い訳もしないけれど、
そういう事情があったってことはわかって欲しい。
ファンを大事にしているがゆえってことでさ。

54 名前:名無しさん@秘密の花園 mailto:sage [2010/09/16(木) 20:25:31 ID:4RM6JJwA]
なんだかんだ言って格好つけているけど、チヤホヤされれば素直に嬉しいんだ。
でも、違和感がないわけじゃない。
例えば

「井上さんは誰よりも格好いいです。良ければ私と付き合って下さい」

なんて女の子から告白されれば、

(もし俺がこんな格好をしてなかったら、この子は告白してくれたかな?)

心の隅で否定的にとらえてしまうこともある。
男の子を見る目で俺のことを見ているんじゃないかってさ。

誰かの代わりにされるのは、正直なところ良い気はしない。
男みたいな格好をしているからといって、男になりたいわけじゃないんだ。
ワイシャツの襟ぐりを大胆に開けて、その上にネクタイを引っ掛けるのも、
スカートの下に黒のレギンスを履いてパンツファッションにするのも、単に好きだから。
自分のこれだと思うスタイルが相手の琴線に触れたのなら勿論嬉しいけれど、
でも、好みが変わることだって勿論ある。
半年後、俺が女の子らしい服の趣味に目覚めることだって有り得ない話じゃない。

そうなった時、「井上純ファンクラブ」の子達はどうするだろう。
こっそりプロマイドを集めるなんてこともなくなるんじゃないかな。とはいっても

「私、井上先輩が好きです」
「君は俺のどこが好きなの?」
「格好いいところ、王子様みたいで頼りになるところ」
「じゃあ、もし俺が普通の女の子になったら、君は俺のことが嫌いになる?」

実際にそんな風に聞いてみたりは勿論しないよ。

「俺のどこが好き?」

なんて、いかにも面倒くさい奴が言いそうな台詞だから。

55 名前:名無しさん@秘密の花園 mailto:sage [2010/09/16(木) 20:27:30 ID:4RM6JJwA]
あれは、龍門淵に入って暫く経った夏の初め頃だったと思う。
すでに発足していたファンクラブの女の子に告白されたんだ。
その気がないから断ったんだけれど、それから一週間ほど経った頃、
その女の子が彼氏らしい男の子と連れ立って歩いているのを見かけた。
彼女の顔に浮かんだ楽しそうな表情を見てたら、ふいに虚しくなった。
俺のことを好きになるのも、他の奴を好きになるのもその子自由だけど、
もうちょっと節操を持ってもいいんじゃないかって、心がささくれ立ったったみたい。

(好きって、そういうことだったん…)

新緑の眩しい風薫る季節におよそ似つかわしく気分のまま、龍門淵邸に帰ったよ。
その足で真っ直ぐ麻雀部屋に向ったのは、苛立ち紛れに対局に没頭したかったから。
けれど俺の思いに反して、人がいなかった。
誰もいなかったわけじゃなく、対局に必要な頭数が足りなかった。
そこにいたのは智紀だけだった。

どうして智紀に相談する気になったのか、自分でもよくわからない。
あいつと会ったのは透華のスカウトで龍門淵に入学した後で、会ってからまだそんなに日が経っていなかったし、
正直に言うと地味でパッとしない奴、くらいにしか思っていなかった。
揃った前髪にどこにでもありそうな眼鏡をかけた、無口なパソコン女。
もし龍門淵高校麻雀部という特殊な籠の中におさまっていなかったら、言葉を交わすこともなかったタイプ。
でも、よりによってただのクラスメイトだったら友達にもならなかったであろう智紀に、
俺は心にわだかまった想いを吐き出した。

「ファンクラブの女の子に告白されたんだけど、その子が彼氏と歩いているのを見かけてさ」
「あの子達はみんな、俺を王子様か何かだと思ってるんじゃないかな」
「ただ好きでやってるだけなのに、勝手に好きになって、勝手に離れて」
「もし俺がこういう格好をしなくなったら、どうするんだろう」
「あっさり手の平を返すのかな」

今思い返しても火が出るくらい恥ずかしい。
まったく、面倒くさい奴もいたもんだ。
智紀はというと、そうやって俺が感傷に溺れながら一心不乱に喋り捲った後で、言ったんだ。

「今日の純、面倒くさい」

無愛想に

「でも、純が女の子らしい格好してるところは見てみたい」

って。

56 名前:名無しさん@秘密の花園 mailto:sage [2010/09/16(木) 20:31:10 ID:4RM6JJwA]

「へ?」

そんな風に言われると思ってなくて驚いていた。
言葉が続かなかった。
ぼーっと、智紀が微笑むのを見ていた。

「純は純だから」
「それ、どういうことだ?」
「女の子の格好をしていても、純は純だってこと」

普段無口な分、智紀がいざ口を開くと一言一言がとてつもなく重いと知ったのは、その時が初めてだった。
微笑が消えてもとの無愛想な顔に戻るまで、俺は何も言えずにあいつを見ていた。
智紀はそれ以上言葉を費やさなかったけれど、いつまでも余韻が尾を引いた。

「純は純だから」

あいつの笑顔がなんだか無性に嬉しくて、気付いたら胸の鼓動が早まっていた。

(久々にキレちまったよ……)

智紀を意識するようになったのは、その時からだ。


続く

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2012年06月17日 09:44