<純君視点>

智紀の素顔を初めて見たのは、龍門淵に入って少し経ってから。
昔も今も眼鏡を外したあいつが飛び切り綺麗なことに変わりはないけど、その時はさして気にも留めなかった。
口数の少ないパソコン少女としか思ってなかったから、別段感動したりもしなかったんだ。

それなのに、今では随分様子が変わってしまった。
ともすれば周囲に埋没しがちな目立たない智紀を、しっかりと見つけることが出来る。
教室中に散らばった制服の群れ中にあっても、校庭で固まったジャージの群れ中にあっても、
あいつは俺にとって特別で、一目でそうとわかるんだ。
理由は簡単。
いつも想っているから。

特別だなんて……
口数の少ないパソコン少女と思っていた頃と比べると、我ながら極端な変わりようだとは思う。
でも、心の真ん中にあいつがいるんだからしょうがない。
いつの間にか智紀が好きになってしまったんだ。


「純は純だから」

あの一言を境に、智紀は気になる存在になった。

(もっとよく知りたい)

そう思って、好きでもない勉強を教えて貰ったリ、出不精を口実に外に連れ出したり、
自分でもちょっと強引だと感じながら距離を縮めた。

68 名前:名無しさん@秘密の花園 mailto:sage [2010/09/20(月) 04:10:37 ID:Us+8LnM+]
智紀は口数が少ない代わりに言葉に嘘がないから

「私もテスト勉強で忙しい」

グサッとくることもあったけれど、

「でも、純が留年したら大変だから付き合ってあげる」

言葉に嘘がないからこそ、本当の優しさを感じることが出来た。

龍門淵邸内に宛がわれている智紀の部屋に行って二人で勉強したり、
帰り途中に買って来たお菓子を一緒に食べたり、
一緒に過ごす時間が増えれば増えるほど、愛しさは増していった。

智紀はいつも黙って俺を部屋に上げ、柔らかい視線を投げてコーヒーを淹れてくれた。
そこは飾り気が無く実用的に整頓され、自分のものとは違う匂いが微かに漂っていた。
間もなく殆ど毎日智紀の部屋を訪れるようになり、雨の日は窓叩く雨粒を数え、夜になれば星を見上げた。
無口な奴だから時折深い沈黙が訪れることもあったけれど、あいつの部屋では気にならなかった。

夜の帳が下りるのにあわせて別れの挨拶をし、部屋を後にする。
一歩外に出ればそこは龍門淵家の豪奢な邸宅内で、絨毯が敷かれた長い廊下にランプの光が揺れている。
なんだか、不思議な感じがした。
自分の部屋へと戻る途中で龍門淵邸の廊下を歩きながら、
俺はいつも、終わらない遠足に来ているような高揚感に包まれていた。

69 名前:名無しさん@秘密の花園 mailto:sage [2010/09/20(月) 04:11:21 ID:Us+8LnM+]
体のあちこちに智紀と過ごした時間の余熱がくすぶっている。
眼鏡の奥の息を飲むほど美しい瞳を思い出す。
目が合うとそれだけで胸が苦しくなるあの感じ。
誰かの隣にいることを芯から心地良いと感じるなんて初めてのことだったし、
芯から切ないと感じることも初めてだった。

智紀に会って本当の恋を知ったような気がする。
一緒にいる喜び、言葉が途切れた瞬間にふと過ぎる寂しさ、別れた後の虚脱感と充足感。
全部智紀が教えてくれたものだ。

幾日も智紀の部屋で過ごすうち、俺はあいつが好きになっていた。
そのことを自覚すればする程、ふとした瞬間に過ぎる寂しさは大きくなった。
目が合う度に、微笑みかけられる度に、同じ想いで俺を見つめてくれたらいいのにと、
そんな風に思えて仕方なかったから。

70 名前:名無しさん@秘密の花園 mailto:sage [2010/09/20(月) 04:11:56 ID:Us+8LnM+]
きっかけはささいなこと。
それでも切なさに押しつぶされるには十分だった。
いつものように部屋を訪れた俺に、コーヒーを渡しながら智紀が言った。

「9月14日は純の誕生日だけど、何か欲しいものはある?」

そんなの、一つに決まってる。
欲しいのは智紀の心。
俺と同じ想いで見つめて欲しい。
その綺麗な瞳に俺を映して、いつものように嘘のない言葉で好きだと言って欲しい。

簡単なことなのに、切なくてたまらなかった。
智紀が俺を好きだなんて思えなかったから。
高望みしてる。
笑おうとしたけれど、上手く笑えなかった。

「どうしたの?」

少ない中にありったけの心配が込められた智紀の声が聞こえた。
綺麗な瞳に映った俺の顔はみっともなく泣き出しそうだ。

「どうもしてない」

ただ好きなだけだよ。
それだけのことがこんなに切ないなんて思わなかったんだ。

「本当にどうしたの?」

ごめん、智紀。

「好きなんだ」



71 名前:名無しさん@秘密の花園 mailto:sage [2010/09/20(月) 04:20:26 ID:Us+8LnM+]
「智紀が欲しい。好きなんだ」

自分の声じゃないみたいに遠くに聞こえた。
こっちを見つめる智紀の顔に驚きの表情が広がった。
言葉が途切れて沈黙が訪れる。
いつもは気にならないのに、押し潰されそうになる。
その永遠にも思える空白の後で智紀が優しく笑うのが見えた。

「私も純が好き」

いつもと同じ、余計なことなんてない真っ直ぐな言葉。
智紀が近づいて来て、額と額をコツンと触れ合わせてからもう一度同じことを言った。

「私も純が好き」

見つめられ、視線を通して気持ちが届く。
恋が報われた嬉しさを俺はその時初めて知った。

(さ…さすがの俺も今のは死ぬかと思った…このフリーザ様が死にかけたんだぞ…!)

あとはもう黙って智紀を抱きしめることしか出来なかった。



終わり

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最終更新:2012年06月17日 09:52