868 名前:揺れぬ心  ◆UOt7nIgRfU 投稿日:2009/05/07(木) 03:31:23 G9t3gyn8

――初めて見つけた時は、取り乱すほどに心が震えた――。
気づかれずに埋もれてしまうところだった華麗な打ち筋に、
この私が魅了された。矢も楯もたまらず。という表現を自分が
取ってしまうほどに――――。

「……輩、…先輩!」
「んっ、……あぁモモ、済まない。少し考え事を…」
県予選前日の夕方、私はモモと作戦詰め、そして他校の分析を
急いでいた。
「…呼んでるのに気づかないんっすねぇ。気配は消してないっすよ?」
龍門渕の牌符データをプリントアウトしたものから目を外し、少し
寂しげな顔をしてモモが私を見つめる。
……その目は少しズルい。そんなことを思ったが冷静さをつとめ、
言葉を返してやる。
「済まないと謝っただろう? 気づいてない訳じゃない」
「それはそうっすけど……耳に届かない位思い詰めるのは
 体に悪いっす」
そうつぶやき、モモは手の中のデータ集で口元を隠してこちらを
窺うような…子犬のようにあどけない上目遣いをした。

駄目だ。またひとつ、心を揺らがせる表情を見つけてしまった。
胸の奥がチリっと焼けるようなこの感情は、日に日に増してゆくばかり。
しばらく見られているだけで、全て見透かされるような……
そんな不思議な力が、モモの瞳にはある。

「明日の大将なんすから…気負い過ぎてもだめっす」
「…うむ、だが緊張は誰でもある。流石に眠れぬことはないだろうが」
「クールが売りの先輩でも緊張することがあるんすねぇ」
「そりゃ私だって人間だからな」
「大丈夫っす。明日は私が削りまくってトバす勢いでいくっす。
 だから先輩は戦闘機に乗ったつもりで構えててほしいっす」
「頼もしいな。二つ名の通り、ステルス戦闘機ってところか?」
「……それっす」
少しの間を空けてモモがはにかんだ。

部室の窓から、沈もうとする夕陽がモモをかすめる。橙に溶け込むような
眩しさに思わず目を閉じかけた。

廊下を歩く靴音が近寄ってきて、立て付けの悪い扉の前でそれが止まる。
少し苦戦する音もその後に続いた。
「お疲れー、ユミちん!」
一際大きな音の直後、入ってきたのは蒲原智美。相変わらずの
スイカ口の笑顔をたたえていた。
「あれ、ユミちんひとりか。データまとめ大変っしょ?」
「…いや、もう終わるところだ」
「そか。んじゃ、明日はがんばろー。わははは」

全く、何をしに来たか分からないな。そんなことを思いながら、
去っていく足音を見送ってため息をひとつつく。
「今日も存在感のなさは絶好調ってとこっすね、私」
「まぁそういうな。コンプレックスは転じれば魅力になる。それに……」
席を立ち、顔を伏せて落ち込んでる体のモモへと私は歩を進めた。
そっとその肩に手を置き、励ましとも慰めとも取れる言葉をかけようと
したのだが……首を巡らせ、こちらへ顔を向けてこられた。
例の吸い込まれるような深い色の瞳だ。
―――思考がスパークした。

「…世界中の誰からも見つけられなくとも、私が見つけてやる」
想定していた言葉とは違うものが口をついて出た。表情こそ
変えなかったが、内心はとんでもないことになっている。
「……先輩」
ガタンと、安いパイプ椅子の音が広がった。
モモの長い前髪が微かに揺れ、それが停止した瞬間―――。

「大好きっす――――――!!」
まるでおもちゃを買ってもらったような子供のように喜び、全力で
私は抱きつかれた。何度も繰り返している流れだが、こればかりは
慣れろと言うのは難しいものだ。
「ま、待てモモ! ひとまず落ち着け!」
「落ち着かないっす! 先輩からあんなこと言われて落ち着けるのは
 アンチだけっす!」
(まいったな……。予選前だと言って我慢させすぎた反動が来たのか?)
「先輩! 約束してくださいっす!」
「な、何をだ?」
「明日――、予選で私が活躍出来たら…一番になれたら…」
「一番になれたら?」
「先輩と一緒にデートがしたいっす!」
「で、デート……?」
「そうっす!ふたりで休みの日に、遊園地行ったり映画観に行ったり、
 ふたりっきりで甘い時間が過ごしてみたいっす!」
抱きついたまま、交互に両足をぱたぱたと動かすモモの様子は
私も抱きしめ返してしまうほど可愛らしく……しかし、何とかその
欲は寸でで抑えきった。

「……わかった、分かったから一旦離れてくれ。正直言って苦しい」
本当は苦しいからではないのだが。

「あ、それは失礼したっす。……分かったってことは、デートして
 くれるっすか?」
「ああ、一番になったら、な」
「約束っすよ!?」
モモがそう言うや、私の顔を両手で包み込んできた。疑問を感じる
間もなく、モモの唇が私の唇に重なった。
「契約代わりにもらっておくっす」
「……お前なぁ…」
大丈夫だろうか。私の顔は真っ赤になっていないだろうか?
そんな心配ばかりしている私をよそに、嬉しそうに笑うモモ。
私の心はモモに関してだけはすっかり揺れてしまうようになってしまった。
完全に棲みつかれてしまったようだ。
明日の予選では気持ちを切り替えなくてはならないな。

「先輩、私一番になるっす! 鶴賀のため、ひいては先輩の為に!」
「期待してるよ、モモ。お前がいてくれて本当に心強い」
「任せてほしいっす!」

そう言い切ると胸を張るモモ。…あぁ、本当にお前に会えて良かった。
心底そう思うよ。
「それじゃ私は帰るっす。先輩も明日に響かないように早めに
 切り上げてくださいっす!」
ぴしりと敬礼のポーズを残して、早足で立ち去るモモ。心なしか
足音がステップを踏んでるように軽やかな音を弾けさせていた。


「ふぅ……私も帰るとするか」
太陽も西の地平線を焦がし終え、若い夜の色が濃くなり始める空。
ノートパソコンの電源を落とし、部室を後にしようとしたその瞬間――。

「加治木先輩。私は明日、先鋒で良いんですよね?」
――――ビクッ!!

声のする方を振り返ると、もう1台のノートパソコン前に、津山睦月!
「あ……あぁ、睦月、いたのか」
「えぇ、最初から、ず―――――――っと。」
(気づかなかった……)
「いいんですよ。東横さんよりもステルスって言われるのにも慣れました」
冷ややかな津山の声が部室に低く垂れ込める。

「人前でデートの約束はしない方がいいと思います。お疲れ様でした」



何者にも揺れぬ心。これを取り戻すのが、目下私の最重要項目だろう。


―END―

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最終更新:2009年07月11日 16:32