42-855「夜桜十重奏 -ヨザクラデクテット-」

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『2人で夜桜を見ないかい』  突然、佐々木からそんなメールが来た。  俺は驚きはしたものの、特に断る理由もなく、単純に夜桜を見るのもいいかもしれないと思ったわけで、 『いつ行くんだ?』  と、了承のステップはスキップして詳細を尋ねていた。 『もう少し迷うと思ったんだがね。決定が早くて安心したよ。  日時と場所についてなんだが、1つ謝らないといけないことがある。  行くのは今日の夜がいいんだが、僕は予備校があるんだ。 早く切り上げるようにするつもりだけど、どうしても9時は過ぎてしまいそうなんだ。  僕から誘っておいて悪いんだけど、それでも構わないかい?』  ふむ。 9時を過ぎるか。 まあ家は男の俺には結構放任主義なところがあるからな。  それ以前に、もっと都合のいい日はなかったのかと思うが…。 そこは聞かないでおくか。 『構わないが、予備校は大丈夫なのか? というか予備校は近くか?』  短くそれだけ。 ハルヒ曰く、俺のメールは素っ気なさすぎるらしい。  なんというか、苦手なんだよな、そういうの。 それに、改善したらしたで、『なんか変…っていうか似合ってない』とか言われそうだしな。  …とメールの返信が到着。 もちろんFrom佐々木だ。 『そうか、良かった…。  予備校は構わないよ。 場所は近くと言えば近くだ。 安全第一!って両親がね。  それと場所だが、懐かしの中学校はどうだい?』  ふむふむなるほど。 大体は把握した。 『中学か。 確かにあそこなら桜がたくさんあるしな。 いい桜が見れそうだ。  それでだ佐々木。 久しぶりに2人乗り…してみるか? 塾が近いなら迎えに行けるしな』  我ながらいい提案だな。 佐々木と久しぶりに2人乗りって言うのも悪くない。  …って返事が早いな佐々木。 『いやはや、まさか君からその言葉が聞けるとはね。  僕からのわがままとして聞いてもらおうと思っていたんだが…。 頭でも打ったのかい?  いや冗談だよ? 怒らないでくれ。 こうして携帯の文字盤に向かっている今でも、君のむっとした表情が見えるからね。  話を戻そう。 塾まで迎えに来てくれるなら是非お願いするよ。  塾の場所はね……』  前半の意味が分からないが、俺はいつでも紳士のつもりだ。  それにしても、さすが佐々木。 塾の場所の説明が簡潔明瞭である。 たった3行で丸分かりだ。 『分かった。 じゃあ今日の夜な』  そのメッセージを送信し、携帯をポケットへしまう。  さて、今俺はSOS団部室、もとい文芸部室におかれた椅子のうちの一つに座っている。  そこでどうして今のような荒技が可能だったのかというと、我らが団長ハルヒが団長机に突っ伏して爆睡中だからである。  どうしてか……は知らんが。 というかお前はさっきの国語寝てたじゃねえか。 「おやおや…誰とのメールでしょうかね」  ……突然目の前に現れてくれるな古泉副団長。 しかも顔が近いぞものすごく。 「これは失礼。 それで、誰とのメールだったんですか?」  別に誰でもいいだろう。 俺にもプライバシーってもんがあるんだぞ。 「それは常日頃から心得ていますよ。 ただ、あなたの表情が気になったもので」 「わたしもです~。 誰とメールしてたんですか?」  朝比奈さんまで…。 しょうがない…白状するか。 「佐々木、ですよ。 ってなんで2人とも不機嫌そうになるんだよ」  全くなんだってんだ。 「それは…どんな内容だったんですか?」  メールの内容まで聞くか古泉。 まあでも朝比奈さんも聞きたそうにしてるし、そんなやましい事もないから別にいいだろう。 「今日の夜、俺らの中学に夜桜を見に行かないか、って誘われたんだよ。 それだけだ」 「だっ、だめですよぅ」  なんで急に泣きそうな顔になるんですか朝比奈さん。 これじゃまるで俺が悪いことしたみたいじゃないですか。 「涼宮さんにばれたら大変なことになりますが。 おもに僕が」  ばれたら、ってなんだよ。 別に友達と夜桜見に行くくらい問題ないだろう?  というか朝比奈さんはどうして嫌なんですか。 「ど、どうしてってそれは…禁則…です…」  ちくしょう。 この上目遣いには耐えられん。 「前にも言いましたが、相手が佐々木さんだから大変なんです。 どうか分かってください」  ああ、あのなんか昔の俺を知ってる佐々木がどうのこうのって話か。  確かに俺も朝比奈さんが知らない男と仲睦まじく喋ってたら嫌だがな…要はばれなきゃいいんだろ? 「キョンくん…? わたしがキョンくんの知らない男の人と仲良くしてた事ありましたっけ…?」  ああ、こっちの話です朝比奈さん。 「ですが…」  古泉が答えに詰まったその時、 「なーにがあたしにばれなきゃいいってぇ?」  背筋が凍るような微笑みをたたえたハルヒ団長が立っていた。 俺の後ろに。 「いや、これは…だな、ハルヒ」 「あんたはいいの。 で、古泉君とみくるちゃん」  朝比奈さんはもちろんのこと、古泉も一瞬びくってしたような気がした。 「なんでしょう?」 「な…なな…な」  いかん。 朝比奈さんは『な』しか言えてない。 それに古泉の0円スマイルが崩壊寸前だ。 「あたしが言いたいこと、分かってるわよね?」  俺は口出しができないらしい。 ハルヒが俺の肩を今にも砕かんばかりの勢いで掴んでいる。 「いえ…これは彼のプライバシーにかかわる問題でして…僕たちも詳しい事は知らないんです」  …こいつ逃げやがった。 相変わらず、朝比奈さんは『な』しか言わない。  するとハルヒは俺の首を思いきり後ろに倒し、上に向けさせた。 眼前にはハルヒの顔がある。 「あんたに聞くしかなさそうねぇ、キョン?」  く、苦し…。 とりあえずこのキャメルクラッチを外してくれないか。 そろそろ極まりそうだ。 「だめよ。 白状するまで外してあげないんだから!」  ……なんだよそんなに気になるなら言ってやるよちくしょう。 「今さっき、お前が爆睡してる時に佐々木から『夜桜を見に行かないか?』ってメールが来たんだよ。 それだけだ」  やっと外れた。 ふぅ、と一息ついた頃に、ハルヒからの質問攻めが再開された。 「どこで? なんで突然? というかあんたたちなんで1年ぶりで急にそんなに仲良くなってんのよ。  で、あんたはオッケーしたのエロキョン?  あ、べ、別にあんたが気になったりとかしてるわけじゃなくて、SOS団の雑用が犯罪に走らないかが気になってるだけなんだからね!」  …随分な言われようだな。  まあ特に断る理由もないし了承はしたが……ってなんだよその顔は。 行く行かないは俺の自由だろう。  まあそこが一筋縄でいかないのがこの涼宮ハルヒなわけだが……成行きにまかせて言っちまった……さて、どうしたものか。 「ふーん…。 オッケーしたの…。 ふーん」  そろそろ古泉の携帯が鳴るころか? …などと、体は子ども頭脳は大人!で有名な眼鏡少年張りに、顎に手を当て考えにふけるハルヒを眺めていると、 「まあいいわ! せいぜい2人の時間を精一杯楽しむことね! 桜もそろそろ散る頃だし」  と、制服のスカートを小さく翻して団長机に戻った。 「古泉」  なんとかアイコンタクトで合図を送る。 「ええ、僕も不思議に思っていたところです。 今回は閉鎖空間の発生が感じられませんし、連絡も来ません」  おお、なんという奇跡……ん? ハルヒ今何て言った? 「何よ、人の話はちゃんと聞きなさいよ。 せいぜい2人の時間を精一杯楽しむことね! って言ったのよ」  と言って、にぃと笑う。 古泉が「あ、なるほど…」としたり顔で頷いている。 がしかし、俺が聞きたいのはそこじゃない。 「違う違う。 その後だ。 桜がどうとか」  ハルヒは一瞬、そんな事言ったっけ? という顔をして、 「ああ…桜もそろそろ散る頃だし、って言ったのよ」 「そういえば朝からニュースで言ってましたね~」  本当ですか朝比奈さん。 なるほど、佐々木がどうしても今夜、と誘ってきた理由が分かったぞ。  今度は俺がしたり顔をする番だ。 「なによ。 そんな事が気になったわけ? あんたってばホントどうしようもないわね……って有希、その本逆さまじゃない?」  ハルヒの愚痴をへいへいってな具合に流した俺だが、長門の本が逆さまだったのにはおでれーた。 おっと失礼、驚いた。 「……うかつ」  うかつ…ってどうしたんだ長門。 まさかお前どこか悪いところでもあるのか? 「違いますよキョンくん…。 わたしにも分かります……長門さんの気持ち…」  え…どうしたんですか朝比奈さん? 突然悟りを開いた仏さまのような顔をして…。 「いいんですよ、キョンくんは」  はあ…。 なんか心配なんだが……と朝比奈さんと長門を交互に見やり、分からん…と正面を向いた。  同時に、長門が読んでいる本をいつものようにパタンと閉じる音で団長が解散をコール。  各々が帰り支度を始める中、「おや…これは」と古泉が小さく呟いた。 「これを見てください」 と差し出す腕を何気なく見て、これまた小さく驚愕。  機関から支給されるという、いかにも高機能そうな時計。 もちろん電波時計なわけだが…。 「1…分、早い…だと……!?」 「……うかつ」  長門が消え入るような声で発したその声は、おそらく俺にしか聞こえなかっただろう。  *** 「待ったか?」  一応時間よりも5分ほど早く来たつもりだが、佐々木は既に待ち合わせ場所に立っていた。 「僕も今来たところだよ。 今日は突然すまなかった」  さすがにもう春だけあって暖かいのだろう。 佐々木はミニスカルックだ。 ……いや、断じてやましい事は考えてないぞ。 「いいさ。 それより、後ろ乗るか?」  自転車の荷台を指さす。 「ちょっとここは人目が多いから…」 「あ」  確かに通行人が多い。 そりゃ大通りだから当然だな。 少し赤面しているのが自分でもわかる。 「すまん……。 荷物はかごに乗せといていいからな」 「くっくっ…。 変わらないね、そういう変に親切なところは」  変に、ってなんだよ。 普通に紳士で悪いか。 「悪くないよ。 うん、悪くない。 むしろ君の長所ではないかな?」  はいはい。 悪ふざけはこの辺りにして…行こうか、俺たちの中学へ。 「僕としては良い戯れのつもりだったんだが……それもそうだ。 行くことにしよう」  それからは、世界でも稀有であろう俺の1年間を話し、今日の出来事を話し、佐々木の1年間を聞き、橘たちとの出会いも聞いた。 「お前も大変そうだな…」  思えば長かった1年間をしみじみと思い出し、佐々木の勉強ずくしの1年間を憐れんだ。 「お互い様だよ、と言いたいところだが、僕の方は退屈そのものだったよ。  別に勉強が嫌いという訳ではないんだが、やはり同じ日常の繰り返しとなるとね……。  それに、女子の数も決して多くはないし、ましてや僕に男友達ができるはずもない。  君の……涼宮さん、いやSOS団の話をする時の顔は、なんだかんだ言ってもやっぱり楽しそうだからね」  うらやましいよ、と佐々木は呟く。 悲しみの影が見えたのは気のせいか。 「中学3年の時の反動が強いのかな…。 君と過ごした1年は忘れられない。 とても大きな存在だったんだろうね」  その大きな存在というのは俺か、過ごした時間か、という愚問は声には出さない。  佐々木は『今』が楽しくないのだろうか。 勉強だけだから、というわけではなく、生活そのものに退屈しているのだろうか。  友達関係が上手くいっていないのだろうか。 俺から見てもこいつは社交的には俺より遥かに優れた点がいくつもある。  それをふまえて考えてみても……こいつが学校で上手くいかない理由は見つからない。 とするとただ単に日常に飽きただけなのだろうか。  ──しかし、俺は何も言えない。 「ごめんな、佐々木」 「どうしたんだい急に」  少し驚いて俺を振り返る佐々木。 その顔にはきょとんとした表情が伺える。 「いや、何も言ってやれなくてごめんな、って」 「…くっくっ。 そんな事はないよ。 前に言っただろう? 君はね、『聞き上手』なんだ。  僕はね、キョン。 君に話を聞いてもらうだけで嬉しい。 だから君が謝ることなんて1つもないんだよ」  佐々木はそう言って、こちらに駆け寄り、自転車の後部座席にちょこんと乗った。 「うわっ…とと。 …と、突然乗ったら危ねえじゃねえか」  すると佐々木には珍しく、ふふ…と笑って、 「もう人目もない。 我らが中学校まで2人乗りといこうじゃないか」  なんだこいつは…。 暗くなったと思ったら突然明るくなりやがって…と半ば勢いだけで、自らも自転車へ飛び乗る。 「飛ばすぜ、しっかりつかまっときな」  と意味不明なセリフをダンディに呟き、自転車は夜の街を疾走する。  佐々木が後ろで笑いをこらえているのは分かっている。 だが俺のテンションは柄にもなくハイだった。  どうしてだろうか、そんな疑問など夜風に預けちまえ。 ……あれ? これはマジでやばいんじゃないか? 俺。 「キョン、頭の中がその口から外へと全て筒抜けだ。 僕の大切なお腹のためにも想像だけにしておくれよ」  そういう佐々木の声は、必死に笑いをこらえているのか、小刻みに震えていた。  *** 「着いたな……」  懐かしの中学校の校門前で自転車を降りてたたずむ俺と佐々木は、少しばかり思い出に浸る。  ………。  数十秒の沈黙の後、佐々木が口を開いた。 「さて、不法侵入に挑戦だよ」  不法侵入て…。 と少し呆れる俺の目の前、佐々木はその軽い体躯で校門を乗り越えた。 「ほら、キョンも早くおいでよ」  佐々木はいつにもなく楽しそうだった。 そんな佐々木を見るのもまた楽しい。  …分かったから落ち着きなさい。 そんな風に母親のような事を言いつつ、俺も校門を乗り越える。  校庭の周りに植えられた桜のうち、ベンチの置いてあるひときわ大きな桜の木を目指して歩く。 「そういえば、卒業式の後、ここで少し話をしたのを覚えてるかい?」  覚えてるとも。 内容まではさすがに覚えてないが。 「そうか、覚えてくれていて良かった。 他愛もない小話ばかりだったね。 僕も詳しくは覚えてないけれど」  しばらく沈黙が続いた。  とは言っても、居心地が悪い時間ではなく、日頃溜めこんだ不満を少しずつ昇華させることができる──そんな沈黙だった。 「桜、綺麗だね」  それは間違いない。 ただの懐かしい中学の桜ではなく、佐々木がいて、その思い出を語りながらの花見でもあるからだ。 「これはきっと、君と話しながら見る夜桜だからだろうね。 多分、1人で見ても味気ないものになると思う」 「同感だ」  時折、春の夜の心地よい夜風が頬をなで、桜の木を揺らす。 「ニュースでね、満開の桜が見れるのはおそらく明日の午前中まで、っていう事を知って、急いで君に連絡したんだ」 「そうだったのか」  おおよその見当はついていたが、それなら佐々木も俺なんか誘わずに、橘たちと行けばよかったのにな。 「くっくっ。 君ってやつは肝心なところで…って言っても仕方がないかな?」  今日は佐々木の笑った顔を良く見る。 鳥のさえずりのような笑い声もだ。 「本当に感謝するよ、キョン。 これでまたしばらく頑張れそうだよ」  佐々木は強いやつだと思う。 自分ではそんな事がないように言っているが俺はそう思う。  俺の知る限り、何かに挫けることはなかった。 何でもじゃないが、苦にしながらも前向きに切り抜けるやつなのだ。  そんな事を考えながら、何気なく校庭を見渡した。  ……ん?    …見間違いか? 見間違い…だよな?  暗闇の中、必死に目を凝らす。 「どうしたんだいキョン。 さっきからぶつぶつ呟いているようだけど」 「いや、なんか変な物が見えたような気がしてだな…」  あれは……あのシルエットは…。 必死に目を凝らす。 「変な物って…キョン? 冗談は止めてくれよ。 今は夏じゃないし、なにより僕らは夜桜を見に来たんだ」  そんな不気味なもんじゃないぞ佐々木。 だが、下手したらもっとタチが悪いかも知れん。  『そいつら』はだんだん近づいてきている。 速度からしてどうやら歩いているようだ。  そして、俺と佐々木の目の前に着くと─ 「キョン! あたしたちも夜桜観賞会に参加しに来たわよ!」  ─なんて事を言ってのけた。  メンバーは……なんてこった。 SOS団の全員に鶴屋さん、そして佐々木団までもが一緒にいた。 「妹ちゃんも誘ってあげようと思ったんだけど、さすがに時間が時間だから止めといたわ」  ああ、あいつは夜遅いと必ず寝坊するタイプだからな。 それが賢明だろう。 「ってそうじゃないっ! なんでハルヒがここにいるんだよ」 「何よ。 あたしがいちゃいけないってわけ? ふーん…。 佐々木さんと2人きりがいいんだ」  何もそんな事は言ってないが…。 あ、いや、佐々木? そんなこともあるぞ? 「っていうのは冗談よ。 佐々木さんごめんなさい。 でもね、桜……今日散っちゃうんだったらみんなで見るのが1番!」  にかっ! とおてんとさんもびっくりの眩しい笑顔を作り、 「あんたもそう思うでしょ? キョン」  本当にこいつは…。 ったく呆れちまう。 「くっくっ、僕もちょうどそんな事を思っていたところだよキョン。 みんなで見るのが一番だね」  佐々木がそう言うんなら…まあ、いいか。 「みんなで見るのも悪くないのかもな。 だけどな、和やかムードをぶち壊すのだけはやめてほしかったぜ…って聞いてねえ!」  すでにハルヒは、走りながら校庭中の桜の木にタッチしていく、という意味不明な作業を開始していた。 「面白い人じゃないか」 と佐々木が面白そうに言った。 「まあな。 秋なのに桜を咲かせる意味分からんやつだからな。 その辺は否めないな」  半ば呆れながら、文化祭の時の事を思い出す。 「秋に桜を? それは驚きだ。 それじゃあこの桜たちを一気に舞い上がらせたりもできるのかな?」  それはそれで困るだろうが…。 現実になるからあいつにそんな事吹き込むんじゃないぞ佐々木。  しかし…確かに2人ならば静かなのが良かったが、大勢来たからには派手にやるのも悪くない……というのは自己中心的だろうか。  それから、そういえば…と少し離れた場所に立つニヤケ面に目をやると、あいつもこっちに気付いたようで歩きながら近づいてきた。 「いやはや、彼女から『キョンと佐々木さんがどこで花見をするのか教えてちょうだい!』 とメールが来たときは驚きましたね」  お前……分かってただろう古泉。 「やはりお見通しですか。 実は部室での一言で分かってしまったのですよ。 しかし僕では彼女を説得するのは不可能ですから」  困ったものです…とため息をつく古泉。 まあいいさ。 今日は夜桜のおかげで心が広くなってるからな。  とりあえずここにいる面子を見回す。  早くも桜に見入って「きれいですねえ」「そうですねえ」と言葉を交わす朝比奈さんと橘。  どこから持ってきたのか羊羹やら大福やら様々な和菓子を黙々と食べている長門と九曜。  「ふん、つまらん」と顔には嫌悪の表情を浮かべる藤原(仮)と「まあまあそう言わずに、こんな時くらい素直に楽しんでもいいじゃないですか」とそれを諌める古泉。  校庭の向こう側には、桜の木1本1本に向かって何やら叫んでいるハルヒと「面白そうだねっ」とそれを追いかけて行った鶴屋さん。  そして俺の隣には、夜桜を見上げて思案顔の佐々木がいる。 「佐々木、どうかしたのか?」 と何ともなく尋ねてみると、 「え? いや、なんでもないよ。 ただ、綺麗だなあ、この桜たちも今日で見納めかあ……って思ってただけさ」  なんか全然違う事を考えているような気がしたが……。  深く追求する気などないので、これ以上突っ込むのも止めておこう。  それからは真夜中の校庭で意味もなく騒いだり、花見と称してお茶会を開いたり、佐々木による桜の説明会があったりで時間は瞬く間に過ぎて行った。 「………そろそろ、23時30分…」「──時……間──」 という2名の宇宙人による時報が発信された。 「もうそんな時間なの? さすがにあたしもやばいわね。 …それじゃあ今日は解散ね!」  気づかぬうちに1日が終わろうとしていたようだ。 団長命令に従い、夕方と同じようにそれぞれが帰り支度を始める。  そういえば佐々木団の団長は佐々木じゃないのか? と、一瞬思いもしたが、全員ハルヒの言葉にしたがっているようだ。 「今日は楽しい夜を過ごせて良かったよ、キョン……っと、まだこの言葉を言うのは早いかな?」  ああ、それは佐々木を家まで送ってからな。 「ちょっとキョン。 もちろんあたしも送ってくれるわよね?」  へいへい。 ハルヒといえども、この時間に女を一人にするわけにはいかない。 「キョン、じゃあ2人乗りはしてくれないのかい?」  佐々木が残念そうな顔をするが、こればっかりは仕方がない。 「すまんな。 この状況で女を1人にしていくのは俺にはできない。 乗りたくなったらいつでも言ってくれ。 都合が合えば乗せてやるから」 「キョン」 「なんだ?」  心なしか、ハルヒが震えているように見える。 「寒いのか?」 「違うわよ。 あんたもしかして佐々木さんと2人乗りしながらここに来たの?」  あれ? どうしてお前はそんな怖い顔をしてるんだ? 「……こ…の…エ・ロ・キ・ョ・ン! 明日部室で覚えときなさいよ! SOS団規則に則って厳重に処罰してあげるから!」  なんで俺は怒られたんだろうか…? ハルヒの考えることはいつもよく分からん。 「なんとなく分かるよ。 涼宮さんの気持ち。 こっちも譲れないけどね」  今日の俺はどうかしているのだろうか? 佐々木の言っている事もよく分からん。 「……私も…」「──私…も──」  寄ってきたのは長門と九曜。 こいつらは……送る必要があるのだろうか? だからといってその言葉を無碍にすることもできないが。 「あ、じゃあわたしもいいですか…?」「お姉さんもよろしく頼むっさ!」「では僕も…」  朝比奈さんに鶴屋さんも寄ってきた。 ……古泉、お前は男だから『も』じゃないだろうが。 「それならみんなで帰ればいいんじゃないの?」  団長が今日1番のもっともな事を言った。 「そうだな。 そうするか」  それに俺も賛同し、藤原がすでにいないことに気づく。 まあ…あいつは心配ないだろう。  橘も呼び、大所帯で帰ろうとした刹那、長門が「危険」と呟いた──と同時に、突風が俺たちを襲った。 「うお!?」「きゃあ!」など小さな悲鳴が上がり──時間にして3秒ほどだろうか、突風は吹き続けた──俺は地面に尻もちをついていた。 「ったくなんなんだ……!!」  悪態をついた俺の目に入ってきたのは突風にものともせず立っていた長門と九曜、そして──  校庭の真ん中でつむじ風とも竜巻とも言いづらい、空気の渦が巻いていた。  そしてそれは校庭に咲く桜を巻き込み、舞い上がらせ、見事な桜吹雪を作り出していた。  俺に続き、起き上がった面々も感嘆の声を上げている。  無理もない。 舞台やドラマで見るものとは規模が違っているのだ。 物理法則などまるで無視している。  そして、こんなことができるのはあいつしかいないだろう。  しかし、俺は本日2度目になるであろう、古泉の「おや…」を聞いた。 「どうしたんだ?」  周りに聞こえないように、小声で話しかける。 「この空気の渦、涼宮さんの力ではありませんね」  なに!? と俺が驚愕の声をあげるのを遮るように、これまた小声で話しかけられた。 「あれは多分、佐々木さんの力なのです」  橘…それは本当か? 「おそらく、ですけどね。 古泉さんも分かると思いますが、私には佐々木さんの力だというのがなんとなく分かるんです。 言葉では説明できませんけど…」  なるほど……。 念のため、この事態を確実に理解しているであろう2人に尋ねてみる。 「長門、九曜」  2人は全く同じ動きで俺の方を振り向き、口を開いた」 「……涼宮ハルヒの能力は行使されていない」「──この…力…の……発生源…は……彼女──」  長門と九曜が目を向けた先には、この事態に違和感を抱いていないのであろう、「わあ…きれいだな」と感嘆の声を上げている佐々木がいた。 「何これ! すごいすごい!」「感動にょろ!」「………!!」  突然の奇跡にはしゃぐハルヒと鶴屋さん、傍では言葉も出ない朝比奈さんが口をパクパクさせている。 「しかしこれは……驚くべき事態ってやつじゃないのか?」  俺の問いかけに、橘が戸惑った顔で返事をする。 「何か感じたりはしていたのです。 それほど佐々木さんの気持ちも大きいということなのでしょう」  どういうことだ…? と、言葉を詰まらせる俺に、今度は古泉がハンサムスマイルを携えて返事をする。 「つまり」  少し間を置き、佐々木の方を見てから、こんな事を言った。 「彼女も涼宮さんと同じ、といったところでしょう」  古泉の発言に思わず息を呑んだが……ますます分からん。  佐々木とハルヒが一緒? それはないんじゃないか? いや…俺があいつらの全てを知っているわけじゃないが……。 でもどっか違うだろう…?  そんな風に難しい顔をして考える俺を見て、古泉と橘が笑いだした。 「な…なんだよ」 「いえ……あなたはいつも少し違った方向に考えているんですよ」 「ふふ、それは治らないからしょうがないのかもしれませんね」  …ふう、やれやれ。 俺が考えても意味がないってことなのか…。 「……つまりあなたは」「──鈍……感──」  もう何とでも言ってくれ……。 俺は深いため息をついた。  ***  結局その竜巻は5分ほどで鎮まり、俺たちは帰路についた。  俺が家に着くころにはとっくに24時を過ぎており、叱られることこそなかったものの、晩飯は自分で作らなければならなかった。  ちなみに、幸か不幸か、佐々木が自分の力だということに気づくことはなく、さらにその竜巻に近所の住民が気づくこともなかったらしい。  そして現在、午前9時56分、ニュースでは昨日の出来事が報道されていた。 『……中学校の校庭に咲いていた桜の花が、すべて散っていたとのことです。 学校関係者によれば、件の桜は昨日までは満開であり……』  佐々木……。 頼むからその力を気まぐれで使わないでくれよ?  俺の自転車の後ろならいつでも開けておくから、な? .

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