「女の子がそんなこと口にしちゃいけません!」てな感じのどっかで聞いたことのある言葉を吐いた俺だったが、それでも取りすがってくる佐々木のしつこさは、なんだろうね?「その行為自体を非難するほど、僕は理解が無いわけでもないし、自分の容姿に自覚が無いわけではないよ?ただね、君がどうしているかという、ちょっとした知的好奇心という奴がむくむくと頭をもたげてきてね。もちろん、こんなことを他の男子生徒に聞いたりはしないよ。君だからこそ、聞けるわけだしね、くっくっ」あたりまえだ。情熱と妄想をもてあます男子中学生にそんな質問なんかしてみろ?お前みたいな奴は、速効で暗がりに引きずり込まれかねないんだぞ?「どうなんだい、キョン?君は僕や、あるいは他のクラスメイトでしたことがあるのかい?」なんでこんな会話の流れになっているのか、誰かに説明して欲しいところだが、佐々木の表情には冗談だけではない、幾分かの真剣さ覗いている。笑い話にさせながら、できれば聞き出したいと思っているんだろうか?「しない」短く、簡潔に答えた。これで必用十分のはずだ。「どうしてだい?」じっと俺の目を見て聞いて来た。だから、なんだよその幼馴染みの本心を今日こそ聞き出そうとするような表情は?「・・・初恋の親戚の姉ちゃんの話はしたよな?」佐々木が無言で頷く。「その姉ちゃんで、その、してた。そしたら、姉ちゃんはろくでもない男と駆け落ちした。まったく関係ないはずなんだが、俺がそれをしたからバチが当たったような気がした」佐々木は無言だった。てっきり「それは非論理的だよ」ぐらい言うと思ったんだがな。「で、まあ、しばらく時間がかかったが俺も気を取り直した。そのうち、クラスの中にちょっと可愛いなと思えるような女の子が居た。別に告白するつもりなんてなかったんだが、その子でしたんだ。・・・そしたら、その子はある日突然に転校しちまった」偶然だと思いたい。が、二度も続けば俺の心に心理ブロックをかけるには十分だった。「で、俺は身近な女性の使用を禁じたわけだ。好きかどうかも関係なくな。もし俺がすることが原因だったら悪いからな。ま、そのうち、そもそも妄想の中で知り合いをどうこうすることが、人間としてどうか?と思うようにもなったしな」だから、しない。「なるほど、君の過剰なまでの紳士ぶりには、そんな背景があったのか。くっくっ、なるほど」
「っつーか、そういうお前はどうなんだ?」我ながら親友の女の子に何ということを聞いてるのかとも思ったがそこは俺のプライベートを聞き出した代金の代わりということ許容されるだろう。それに、その何だ。別に俺も本気で佐々木が…その、一人でアレコレしてるのを聞いきたいワケじゃなく(本当だぞ)ほんのイタズラ心で、佐々木の赤面したり焦ったりする女の子らしい、そんな一面を見てやろうかなとかいう、本当にくだらない軽い気持ちだったわけだ。「ほぅ…先ほどキミのことは紳士だと言ったが どうやら僕のその評価は改めなければならないらしいね。」そういって喉の奥で殺したような独特な笑いを見せた。「くっく…しかし、そうは言ってもキミから聞き出した手前 僕だけ語らないというのはフェアーじゃない。」あの、ササキさん、何を答えるか解ってるんですか?っつか、ナンデソンナニ答エル気満々ナンデスカ?「さっきも言ったように、僕はそういった行為自体を非難する気は無いし それに僕だって年頃の女だ、欲求不満に駆られることだってあるさ。」少しは恥じらう姿を見れたりするかと思ったが完全に想定外だ。できるなら今すぐ数分前に戻って俺の口を塞ぎたい気分だ。ビーンボールの応酬は時として友情にヒビをいれかねない、と忠告しておくよ。くっくっく。いや、僕としてはほんの牽制球のつもりだったのだが、手元が狂ってしまったようだ。すまない。若気の至りだ、謝っておく。え、逃げたな、だって?心外だな。そもそも危険球ごときで謝罪をするのは日本独自の、NPBの慣習に過ぎないんであって(以下佐々木のメジャーオタクっぷりと日本の野球文化についての考察と批評) ・・・というわけで松坂のジャイロボールとはそもそも、ん?何を話してたんだっけ?なっ、うまくごまかしたな、だって?・・・直球で来い、というわけか。・・・いいよ。君こそ逃げるなよ。投げてもいいのかい?本当に?「ところで、キョン。 キミは僕に性的な意味でのパートナーは居ると思うかい?」突然、恥じらいもなく答え始めたかと思えば急になんて事を質問してきやがる。「でも、僕のことを聞きたいと言ったのはキョン、キミだよ。」うぐ、そう言われてしまうと反論できん。「それともなにかい、キミは僕がこの手の話題を話すことが出来ないと仮定した上で 僕が恥じらったりする姿を見てみたいとか、そういう事を考えていたのかい?」流石は佐々木、鋭い。「もし、キミがそう考えたなら…世間的にはあまり誉められた趣味じゃないから 可及的速やかに改めるべきだと進言しておこう。」「そ、そんな事は考えてない。 単純に聞かれたから聞き返してやっただけだ。」少し声がうわずってしまったが、俺が答えたんだから的な軽い気持ちで聞いたのは事実なので、この返答も100%嘘にはならない…よな。「くっくっ…そうかい。」対する佐々木はいつもの笑いをして短く返事をしただけだった。「さて、話が脱線してしまったね。 で、キョン、僕に性的な意味でのパートナーは居ると思ってるのかい?」さっきの質問を繰り返してきた。「恋愛は精神病とか公言する、お前のことだし… そんな男は居ないんじゃないのか?」そう言う俺は答えながら妙にモヤモヤした気分になる。「ご名答。」佐々木の、その返事を聞いて妙に安心した気持ちになる。一体どうしたっていうだろうね、今日の俺は。「しかし、補足しておくと“恋愛”とかを抜きにして “性的な”意味でのパートナーの事を僕は言ったつもりだよ。 俗に言われているセックスフレンドというヤツだね。」随分とストレートに単語が出てきたな…。「キミなら、そのくらいストレートに言わないと伝わらないだろう?」に、してもだな、仮にも年頃の女の子なんだからもう少しオブラートに包んだ言い方をしたらどうなんだ。「くっくっ、善処しよう。 さて話は逸れたが、どちらにせよ僕にそんな相手は居ない。 なら欲求不満になったらどうする?」「どうするって…お前……」その先は言うのが流石に憚られる。別に男友達と話している分には気にも止めないことなのだろうが今、俺の目の前の相手は口調はどうあれ女の子だ。だから、この言いにくいってのは何となくわかるだろ?「くっくっ…いや失礼。 答えにくい質問だったね。」俺の心情を知ってか知らずか、佐々木は涼しい顔で答える。「性犯罪に走るわけにもいかないからね。 そうなると一人で荒ぶる気持ちを鎮めるしかない。」そう聞いた途端、思わずよからぬ妄想をしてしまった。「顔が赤いが、大丈夫かいキョン?」「あ、いや…大丈夫だ。」平常心だ、心を無にするんだ、俺。「流石に具体的に、どうやってるか迄は話さないが そこら辺はキミだって、健全な男子中学生だと思うし 異性がどうやって一人でしているか全く知らないわけじゃないだろう? なので、ご想像にお任せするとしよう、くっくっ。」そう言って小悪魔的に目を細めた佐々木は口を歪め、いつもの笑いを漏らした。人のまばらな図書館の片隅のテーブル席で、俺の正面に座っていた佐々木は疲れたのだろうか椅子と身体を真横に向けると大胆に足を組み直し上半身だけを俺の方に向けた。「そして、いよいよ本題だね。」片手で頬杖を付いた佐々木が俺の瞳を覗き込むように言う。「そもそも、僕は何かを想像しながらする事はあまり無い方だ。 だから、クラスメイトや知っている男子を想像することも殆ど無い。」「…ん、今、殆どって……?」思わず漏れた言葉。佐々木でも誰かを考えながらすることはあるということなのだろうか。「鋭いね、キョン。 僕が敢えて無いと断言しなかったところに、よく気が付いたね。」これでも俺は人の話は真面目に聞く方だからな。「くっくっ、だからキミは最高の聞き手なんだよ、僕にとってね。」「…いや、それより…」俺は佐々木に性的な対象にする人物が居ることに驚くと同時に、さっきのモヤモヤが再び溢れてくるのを感じた。「…誰だか気になるかい? でも、それは流石に秘密だよ。」そういって頬杖を崩し、その手の人差し指を唇に当てた。絶対に答える気はないということだろう。「でも、そうだね…僕の近くにいる人物、とだけ言っておこうか。」「え…」「あぁ、勿論、ちゃんと人間の男の子だ。 僕に特殊な趣味はないよ。」何を勘違いしてるのか佐々木が補足してきた。別に俺はノーマルだし佐々木の事もノーマルだと思ってる。余計な補足だ。それよりも気になることがある。「でも、それって、お前…そいつのことが」何となく、言葉が途切れ途切れになってしまう。「どうだろうね? 単に性的な対象としてみているだけなのかも知れないし もしかしたら、彼に好意を寄せてるのかも知れない。」「でも、恋愛は精神病の一種とか言ってなかったか?」「そうだね、恋愛は精神病の一種って考えは変わらないよ。 だから、僕自身にも何で時たま彼が頭に浮かぶのかが解らない。 もしかしたら、心の底では彼と結ばれることを僕は望んでいて 表層では否定している恋愛という精神病に既に冒されているかも知れない。」俺は何も答えることは出来ない。「でもね、恐らく彼は気付いてないし、僕もそれを望んでる。」そういう佐々木の顔は、どこか淋しい影を落としているようだった。「お前…告白しちまえば良いのに。」なんで、そんな言葉が出たんだろうね。「そんなつもりはないさ。 今の僕は恋愛なんて精神病に冒されている暇はないしね。 それに僕と彼との距離は今くらいが丁度いい。 告白によって今の彼との関係を崩したくはないんだよ。」そんなもんなのか。「そんなもんだよ。 …くっくっ、要らぬ事まで喋ってしまったようだね。」「……。」知ってはいけない佐々木の秘密を知ってしまったみたいで俺はというと何も言うことが出来ず、ただただ閉口するしかなかった。「安心したまえ、僕が今すぐ誰かと駆け落ちしたり キョン、キミの前から消えてしまったりすることはないさ。 僕としてもキミという最高の聞き手であり、親友と離れるのは辛い。」「安心って、何のだよ…」「くっくっくっくっ…さぁて、何だろうね。」そう答える佐々木の顔は、まるでイタズラに成功した子供のようにどこまでも屈託のない笑顔だった。図書館を出ると、辺りは既に一面闇夜に包まれていた。閉館時間まで図書館に居た俺と佐々木は、あの後当初の目的であった勉強に戻り、俺はといえば相変わらず佐々木に付きっきりで難解な数字と文字が延々と続いている数学を教えて貰っていた。「…真っ暗だな。」自転車を自転車置き場から取ってきた俺は図書館の出口で待っていた佐々木に声を掛けた。「そうだね。」「自宅まで送るから、後ろ乗ってけよ。」そういって、自転車の後部を指しながら佐々木に言った。「くっくっ…助かるよ。」「なぁ、佐々木よ…」帰り道、自転車に佐々木を乗せた俺は夜道を快走しながら後ろに居る佐々木に声を掛けた。「なんだい?」「図書館の話…他の男の前では言うなよ。 お前は無防備すぎだ。 お前、自分の話で欲情した輩に襲われるかも知れないぞ。」「それは僕のことを心配してくれているのかい?」「当たり前だろ、親友なんだから。」何故だろうか、俺の腰に回す佐々木の腕に一瞬力がこもった気がした。「…安心したまえ。 あんな赤裸々告白、キミ以外の前では話すつもりは無い。」「そうか。」「あぁ。」そういうと佐々木は額を俺の背中に押しつけてきた。「いや、すまない。 少し疲れてしまったようだ、寄りかからせてもらうよ。」「好きにしろ。」俺は佐々木を自宅に送り届けるためにペダルを踏み月明かりと街灯に照らされる住宅街の道を駆け抜けた。
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