『ムッシュ・ムニエルをご紹介します』
ある晩、佐々木が俺の家庭教師で遅くなったので、俺の家に泊まることになった。
「キョンくーん。おやすみの時にヤギさんの絵本読んでー」
またかい
「自分で読めるだろ。お前はもう小学校でもお姉さん組なんだから」
「妹さんの教育のためにも読んであげた方が良い。年長になった時に読み聞かせを止めて、とたんに本嫌いになった例は枚挙に暇が無いらしい」
そうなのか?妹の成長のために控えるようにしていたのは逆効果だったのか。
「そうか。だったら俺が本好きになるために、俺は佐々木ちゃんに毎日読み聞かせして欲しいなー。ちょうどアラビアンナイトの王様みたいに」
「キミが望むなら、それくらいやってあげても良いよ。くつくつ」
やったー夢みたい。毎晩佐々木と一緒に寝れるなんて。
「キョンくん。今日から佐々木おねえちゃんと一緒に寝るのー?」
~~~~~
「妹よ、それは違う。佐々木が読み聞かせするのは昼休みとかで、夜じゃない。そしていやらしいことは一つも無い。そうだろ、佐々木」
「そうだね。僕達はまだ中学生だから」
浮かれて勘違いした俺が馬鹿だった。そうだよな。うんうん
「じゃ、佐々木おねえちゃん一緒に寝ようねー。キョンくんヤギさんの絵本読んでねー」
はいはい、わかりました。
「ムッシュム・ムニエルをご紹介します。ムッシュ・ムニエルは~~」
また魔法使いが少年をビンに閉じ込める話か。幼稚園児の読む本だよ。やれやれ
でも、俺がいつも読んでる漫画と比べると、人のことは言えない。
いつの間にか妹と佐々木は幸せそうにスースーと寝息を立てて寝ていた。
さて、俺も自分の部屋で寝るか。
そう思って立ち上がった瞬間。どこからともなく20センチくらいの透明なビンが現れた。
そして、俺と妹と佐々木の体が宙に浮き、世界がグルグル回って俺は気を失った。
~~~~~
「キョン、起きて」
マイワイフ佐々木の声が聞こえる。うん?もう朝か?
だんなは会社で疲れているんだ。日曜くらいゆっくり寝かせなさい。
「しょうがない、妹ちゃんやっちゃって」
「キョンくーん。起きてー」
グフ。
我が娘よ。フライングアタックは危険だから止めなさい。
「ここはどこだ?」
何だったか忘れたが、とにかく良い夢を見ているところを起こされた。
「良かった。無事だったみたいだね」
「キョンくん。怖いよー」
妹の部屋でも俺の部屋でもない。
「状況を観察するに、僕達三人は大きなビンみたいな入れ物に入れられているみたいだよ」
俺達は馬鹿でかい部屋の馬鹿でかい机の上の、馬鹿でかいビンの中にいた。
透明なガラスのような壁で隔離され、立ち上がるとガラスの天井が頭に当たる。
「どうすりゃ良いんだ?」
畜生狭すぎるぞ。
「僕にもわからない」
右手に出口らしきものがあるが、手を通すのがやっとみたいだ。
「畜生」ガンガンガン
力任せに壁を拳で叩くが、拳を痛めただけで壁はビクともしない。
「これから僕達どうなるんだろうか」
「エーン。帰りたいよー」
気持ちはわかるが、泣くな妹よ。
俺達が対策を検討しようとした時、いつの間にかテーブルの横に巨人が立っていた。
髪がやたらと長いのが特徴だ。
『―――やっと―――手に入れた―――あなたが―――それ―――』
「もしかして僕達を食べるのでは?」
「怖いよー。キョンくーん」
佐々木も妹も恐怖でガタガタ震え、俺の腕に必死でしがみつく。
畜生。あんな怪物に勝てる気が全部無いが、佐々木と妹だけは逃がしてやりたいぜ。何か方法は無いのか?
こういう時、俺に超能力があれば…
髪の長い巨人が俺達を見つめ、言葉を発する。
『―――うかつ―――三人も―――いる―――失敗―――』
その直後、俺達を乗せた透明な乗り物は動き出す。
その動きについていけず、いつの間にか俺達は気を失った。
~~~~~
目が冷めると妹の部屋のベットの上。全部夢?
拳が痛いのはベットの柵にでもぶつけたからだろうか?
悪夢でも見ているのか、両脇の妹と佐々木は俺の腕に必死にしがみつき、うなされるような寝言をつぶやいていた。
(おしまい)