それは年末の、とある寒い朝。
それこそ空気中のあらゆるものが凍り付いているようなそんな朝のことだ。
朝。新しい朝が来た。希望の……おっと、いかんいかん。今のご時勢、鼻歌一つでもどこでジャ●ラックが聞いているか知れたものではない。
そこで俺は心の中、正確に言えば己のぬくもりに満ちた布団の中でそっと奏でることにした。
大学そばという立地に見合った実にアカデミックな発想ではなかろうか。
さすが俺。朝イチから実に詩人である。
そんな詩人には無粋なベルなど不要であり、よって俺は鳴り出す前の目覚まし時計のベルをそっと止めた。
素晴らしい朝なのだ。目覚まし時計の奴にも休息をやるべきではないか?
おお、なんという優しさ。無機物まで労わるとは。
俺の優しさにはどうも底がないらしい。
優しい奴には優しくすべきというのが鉄則だが、残念ながら目覚まし時計に俺をねぎらう機能はない。
やむを得ず俺は俺自身によって俺をねぎらうことした。
つまり布団への滞留である。
なに。そんな安い報酬でねぎらいになるかだと?
ふっ、それで俺は十分に満足できるのだ。だからそう、もうしばらく……と思っていると自室の扉が開く音がした。
「キョン、いい加減に起きたまえ」
くっ無粋な奴が来た。
言うまでも無いが我がルームシェアメイトの佐々木である。
「キョン?」
とりあえず背中を向けたまま寝息を立ててみせる。
まあコイツには悪気はない。
むしろあるのは善
「……って何事もなかったかのようにヒトの布団に入ってくるな佐々木!」
「くっくっく、起きていたのかい?」
朝っぱらから人の布団にするりと入ってきた佐々木を叩き出す。
佐々木を叩き出す。我ながらごろがいい。
ごろのよさに免じて許してやろう。
許すから出てけ佐々木。
「くく。おやすみ」
「寝るなまだ前半だぞ!」
「何の話だい?」
「さあな?」
「お前は俺を起こしにきたんだろ。これじゃ起きられんだろうが」
するっ、と布団に入ってきたかと思うと横になったままの俺の背中にぎゅっとしがみついてきた。ついでに足まで絡めてくる。
無理やり起きるにはいささか辛い姿勢だ。
「仕方ないだろ親友。こうも寒いのだ。目の前に行火があったらついしがみつきたくなるのが人情と言うものだよ」
「人を一人用可搬型の暖房器具みたいに言うんじゃない。いいから出てけ」
「くく、はいはい」
するすると出て行く佐々木である。
なら最初からするな親友。
「くっくっく。まあキミならまず即座にツッコミを入れてくれると思ったのでね。つい」
「まったく。お前がそんな事をするから年の暮れだというのに俺は死刑執行確定になっちまったじゃねえか」
「おや?」
俺が窓を指差すと、その先には物凄い形相の団長閣下以下SOS団メンバーが居た。
朝も早よから何やってんだアイツらも。
「年末の団活があるから起こしてくれ、って言ってたのはキミだろ?」
「まあそれを言われると弱いが。さて支度支度と」
「くく、ま、行ってきたまえ」
「何言ってんだ」
ひらひらと手を振る佐々木の手を取る。
「お前も行くんだろ」
「僕は団員じゃないからね」
「ゴタゴタ言うな。絡んだ時点でお前も問答無用で関係者なんだからな」
「でも」
「ほら」
「一緒に行こうぜ」
「ん」
その後、俺が打ち首獄門市中引き回された上に断頭台にかけられついでにご町内十周走らされたのはまあお約束と言う奴だ。
お約束だから、まあ敢えて言う必要もないことなんだがね。
)終わり
最終更新:2012年12月31日 10:52