69-x「僕は平々凡々な人間なものでね」

「おい佐々木」
「何だいキョン」
 とか言いながら俺の頬に触れるのはよせ。なんだかぞわぞわする。
「そうかい。これは失敬」
 戯けるなよ。

「けれど僕は平々凡々な人間なものでね」
「それが理由か? らしくねえな、理由と行動に関連性が見出せんぞ佐々木」
 喉奥で笑いながら、こいつはなおも手を離さない。
 離すつもり自体なさそうだ。

「らしくないかな? けれど悪くない気分なんだ。許してくれよ」
「何がだ」
 覗き込んでくる瞳が何か言いたげだったので、ついでに水を向けてやる。
 すると、するすると立て板に流れるように答えが返ってきた。

「キミが僕の日常にいてくれることが、かな」

 いつもよりも一層広がった笑みが、なんとなく昔に俺を引き戻す。
 いつか学生時代の大騒動。
 SOS団の日常の中。

 文化祭の話をした時
 古泉と会話が合いそうだと言った時
 朝比奈さんのお茶の味の話に
 長門に。

 一年振りに再会した佐々木が、何かにつけて俺との再会の約束を探してくれていたことを。
 ……俺に向かって手を伸ばしてくれていたことを思い出す。

『どうもキミと話している時は何だか笑っているような顔で固定されているようでね』

 ぐいぐいと小さな手で顔を整えていたお前の姿と、その一年前、ずっと隣で笑っていてくれたお前が重なった。
 お前の言うように「俺には見えない事情」を想像したとき、ようやく重なった。
 俺だって自分に高値なんかつけない。つけるほど自惚れちゃいない。
 だから、ふと事情に気付いた時は顔から火が出た
 そして、一層深く刻まれた……
 ……………
 ……

 もちろんそれから色々あった。

『やあ、親友』
 そしてもう一度出会ったとき、学生時代の姿との、デジタル的な変化に戸惑った俺に向かってこいつは笑った。
 俺が知っている佐々木である事を、あの春の背中と同じように端的に表現してくれた。

 あの春に言っていたように「新しい佐々木」になりながらも、俺が知っている佐々木であった事が、俺を忘れないでいてくれたのが嬉しかった。
 当たり前だろ? 忘れられちゃ誰だって寂しいからな。
 そしてそれからも色々あった。

 色々あって、色々あった……
 ……………
 ……

 学生時代と比べ、涙腺の奴にこらえ性がなくなったというか、体液が集中しやすくなったと思う。
 よく言われることなのでごく一般的な事象なのだろう。
 やっぱり俺は何処まで行っても凡人だ。

「そうだね。僕だってどこまで行っても凡人だ。だから」
 ふと、涙腺の温度を抑えようと俯いた俺の顔をあいつが覗き込んできた……まあ身長差はまた広がったしな……
 まあ俺の顔をあいつが覗き込んでくるのはいつもの事だが、俺の方は、いつもと違って涙腺から、あーそうだ、体液が垂れていた。
 それを、ぺろりとあいつが舐め取ったのだ、と、気付いた時
 そのままあいつの胸部に俺は引き寄せられていた。

「この平凡な日常に、僕の認識できるごく狭い視界の中に、キミがいてくれることがとても嬉しい」
 心音と一緒に、そっと耳元で囁かれた、願いとすら言えないようなごく小さな願いに、俺は「俺もだ」と小さく返す。
 そんな願いを嬉しいと思うなんて当たり前の事だからな。
 俺はどこまでいったって平凡なんだからさ。
)終わり

Part69-x「僕は平々凡々な人間なものでね」』

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最終更新:2013年02月25日 23:28
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