「しかし、暇だね」
「まあ、確かにな」
「少し計算違いだったよ。新生文芸部の文芸誌があんなに早く売れてしまうとはね」
今日からいよいよ北高の学園祭が始まった。
新生文芸部がとりあえずの目標として掲げた、学園祭での文芸誌の発行。
部員全員によるチェックを終えて、いよいよお披露目となった文芸誌は、漫画研究会やコンピ研の作品
とともに展示・販売されたのだが、販売から1時間も経たないうちに印刷した150部(一冊は図書室に寄贈
した)すべてさばけてしまった。
売り子で俺と佐々木は座っていたのだが、前評判が良かったらしく、次々と売れていった。文芸部だけ
じゃなく、SOS団も宣伝に協力してくれたおかげかもしれない。涼宮と古泉には、後で礼を言っておこう。
さて、予定よりはるかに早く文芸部誌を売り切った俺と佐々木は、とりあえず部室に戻った。
既に校内はお祭りムードの熱気に包まれ大賑わいであるが、文化棟のここは会場として使われておらず、
熱気もここまでは届いていない。各文化系クラブは、各展示会場に出っ張らって、ここにほとんど人はい
ない。
文芸部の部長・長門優希は自分のクラスの出し物に参加しており、朝倉は俺たちのクラスの委員長として
、俺たちのクラスが行っている出し物の運営と準備にあたっている。国木田は鶴屋さんの手伝いに行ってお
り、こちらに来れる状態でない。
いま、文芸部にいるのは俺と佐々木の二人だけなのだ。
「お茶でも飲むか」
俺は急須にお湯を入れ、少しおいてから煎茶の葉を沈めてしばらく置く。そして湯呑に注ぐ。
「いい香りだ。色合いもいいね」
これは朝比奈さんに教わった美味しい煎茶の入れ方である。朝比奈さんはついでに茶葉を分けてくれたの
だが、これが実にいい茶葉だった。
「お菓子を持ってきているんだ、キョン、食べるかい?」
ありがたくいただこう。
「しかし、キョン。君とここにいて話しているのも悪くはないが、せっかくの学園祭だ。楽しまなければ
もったいない気がする。二人でどこか見て回ろうか」
確かに佐々木の言うとおりだ。北高の生徒として、楽しむのも大事だな。
「そういえば、涼宮さんが九組でやっている出し物に僕たちを招待してくれていたんだ」
なにをやるつもりだ、あいつらのクラスは。
「『お客も店員もみんなでコスプレ喫茶』とか言っていたけど。涼宮さんと古泉君のアイデアらしい」
・・・・・・何考えているんだ。ん、そういえば、あいつが監督した例の、原作俺「SOS探偵団」はどこで上映
するつもりだ?
「映画研究部の作品と入れ替え制で、視聴覚教室で上映するそうだよ。自分がそれに出演しているのは
少し気恥ずかしいけどね」
それも見に行かなきゃならないな。
とりあえず、俺達は部室を出て、みんながいるところへ向かうことにした。
「お~い、キョン」
俺の後ろから大声で呼ぶのは、聞き間違えるわけがない、谷口である。
振り返ると、奴は一人ではなかった。
「お久しぶりです」
夏休みの旅行先で、偶然出会った谷口から「彼女」と紹介された美女――周防九曜がそこにいた。光陽女学院の制服
に身を包み、長い髪をなびかせている。
「谷口君に招待されたので友達を一緒に連れて来ました」
そうは言うものの、そこにいるのは九曜一人である。友達とやらは何処へいったんだ?
「何かこの学校に知り合いがいるらしくて、挨拶してくるとか言っていました。最近うちの学校に転校してきたのです
けど、たまたま北高に知り合いがいることを知って喜んでました」
偶然とはすごいものだ。その友達とやらもさぞかし喜んでいるだろう。
九曜を案内すると言う谷口と別れ、俺と佐々木は、学園祭のパンフレットを見ながら、何処を廻ろうかと考えていた。
「鶴屋さん達のクラスにでもいってみるか」
国木田が手伝いにいっているのだが、何をやっているのかはわからなかった。案内をみると「甘味茶屋・野点」となっ
ていた。
「茶道をとりいれた和風カフェてところかな」
とりあえず行ってみるとしよう。
「やあやあ、キョン君に佐々っち、よくきたっさ!」
笑顔で俺達を迎えた鶴屋さんの姿に、俺達は唖然とする。
派手さは無いものの、しっとりと落ち着いた和の装い。家紋付きの着物姿は、優雅さを感じさせる。
「いらっしゃい、キョン、佐々木さん」
鶴屋さんの横に並んだ 国木田の装いも紬仕立ての紺色の着物で、二人の姿はまるで名家の若旦那と女将さん
である。七夕の時といい、このコスプレコンビはとことん凝るようだ。
「二名様ご案内~」
教室の中は見事な茶室と化していた。
「いらっしゃい、キョン君、佐々木さん」
あでやかな着物姿の天使は、言うまでもない朝比奈さんである。他にも着物姿の生徒が何人かいた。
「皆鶴屋さんが用意してくれたんだ」
国木田の言葉に、俺は唸った。さすがは資産家。桁がちがうわな。
佐々木と並んで正座して座り、朝比奈さんが点てた抹茶を作法に従い、静かに頂く。
「美味しい」
苦みは少なく、お茶の風味がよく味わえる。添えられた柿の干菓子は程良い甘さで、この席に相応しい。
「結構なお手前でした」
俺と佐々木は揃って、頭を下げて礼を述べた。
鶴屋さんのクラスをでて、今度は長門のクラスへ向かうことにした。
「それにしても、国木田君と鶴屋さんは益々仲が良くなっているようだね」
うむ。何かあれば、鶴屋さんは国木田をご指名のようだからな。単なる先輩後輩の中じゃない様な気がするな。
そんなことを俺達が喋っていると、またしても後ろから声を掛けられた。
「あの、すいません」
声をかけて来たのは、俺達と同じぐらいの、光陽女学園の制服を着た女生徒だった。
「すいません、人を探しているんですけど」
その言葉で、俺はもしや、と思った。
谷口の彼女――九曜が言っていた、転校してきた友達とはこの女生徒のことだろう。
その女生徒の口から出た名前に、俺は少なからず驚いた。
「古泉一樹さんのクラスはどこだかご存じありませんか?」
ツインテールに結ばれた女生徒の髪の毛が揺れていた。
最終更新:2023年09月03日 11:42