15-616「佐々木IN北高「鍵」-2

昼飯を済ませた俺はそのまま中庭でぼんやりとしていた。なんだろう、さっき古泉が聞かせてくれた話、そのどの部分かは自分でも
わからないんだが、とにかくその何かが俺の胸になんとも言いようのないモヤモヤした感じを残していた。
その原因がわからないまま昼休みは終わりに近づき、俺は教室に戻った。教室の扉を開ける前に一呼吸、気持ちを落ち着かせる。
もしこの世界が陳腐な学園ラブコメみたいになっていたとしたら、この後に起きる出来事は決まっている。覚悟を決め、扉を開ける。
「「キョン!」」
ほらやっぱりだ。ハルヒと佐々木、俺の最も身近な二人の少女が偶然にも示し合わせたかのように同時に俺の名を呼ぶ。次の展開は
こうだ、二人は一瞬顔を見合わせると、今度は恥ずかしそうな表情を俺に・・・
「アンタどこほっつき歩いてたのよ!」
前言撤回。ハルヒにそんな展開を求めた俺が悪いんだよな、うん。まあ、佐々木がそんなラブコメを好きだとも思わないし、そんな
世界に改変したりしてないらしい事にも感謝しておくべきか。ただハルヒ、前にも言っただろ。そう言う台詞は幼馴染が照れ隠しに
怒っているような感じで言ってくれ。
「バカ言ってんじゃないわよ。我がSOS団に敵対した勢力の敗残兵が送り込まれてきたのよ。団長を守るのは下っ端たるアンタの
重要任務でしょうが!それとも、まさかもう買収されてたりしないでしょうね。裏切り者とスパイは極刑よ」
俺はさっきの古泉とまったく同じポーズを取り、同じように呟いた。やれやれ。
「なあハルヒ。さっきも言っただろ。佐々木は特になにかを企んでこの学校に来たわけじゃない。それは俺が保証するし、おまえも
一度俺を信じると言っただろ。一度そう言った話を蒸し返すのはおまえらしくねーぞ」
そう言うとハルヒはアヒル、いや、ペリカン並みに口を尖らせて不満タラタラと言った感じで
「そうだったわね。じゃあそう言うことにしといてあげるわよ」
と言うとプイと横を向き、窓の外を見つめはじめた。その様子になにか嫌な予感を感じつつ、今度は佐々木に話しかける。
「悪かったな、佐々木。で、おまえもおれに話がある様子だったが」
「ああ、別に謝ってもらうことはないよ。涼宮さんやSOS団の皆さんに迷惑をかけたのが僕たちなのは事実だからね。話のほうは、
そうだね、また次の機会でいいよ」
そう言うと佐々木はハルヒのほうに向き直り、
「ごめんね、涼宮さん」
と声をかけたがハルヒから反応は返ってこなかった。俺と佐々木はお互いに顔を見合わせ苦笑するしかなかった。気がつくと、また
クラスメイト達がこちらの様子を窺ってはニヤニヤしていた。なんだって言うんだ、いったい。
予備校に行くからと終業早々に帰宅した佐々木と別れ俺は部室へと足を運んだ。珍しくハルヒの姿はなく、長門と古泉の二人だけが
そこにいた。古泉は俺の姿を見ると、
「すみません。今日はアルバイトが入ったもので休ませていただきます。涼宮さんにもそうお伝えください」
と言って俺と入れ違いに廊下に出て行こうとした。その古泉を呼び止めて、俺も廊下に出る。
「どうしました?ああ、昼休みにお話した件ならあれ以上の情報はまだ入ってきていませんが」
いや、それはいいんだ。おまえがアルバイトってことは、またハルヒのアレだろ?そう尋ねる俺に古泉は微笑を浮かべたまま答えた。
「ご明察です。ただ、今回もこの間の騒動の時と同じように神人は出ているのですが暴れたりはしていないようです」
そうか。ハルヒの不機嫌な様子を見たときの嫌な予感は的中しちまったようだな。
「悪いな。まあ俺のせいみたいなところもあるし、お仲間達にも謝っておいてくれ」
俺がそう言うと古泉は一瞬唖然としたもののすぐにいつもの笑顔に戻ると
「これはこれは。あなたからそのような事を聞けるとは思いませんでしたよ」
と言いやがった。見損なうな、俺だって男だ。自分が悪いと思ったときは素直に謝るさ。
「いえ、そうじゃありません。あなたが今回の閉鎖空間出現の原因が自分にあると思っているとは予想外だったもので」
そんなのはすぐに想像がつくだろ。コンピ研とのゲーム大会やおまえがセッティングした対生徒会長戦でもわかるように、ハルヒは
敵を見つけてはそれに勝利を収めるのが好きなのさ。そして今回、こないだの騒動の中心人物だった佐々木が転校してきたんだから
ハルヒにしてみればうってつけの「敵発見!」って感じだったはずだ。それを俺が全面否定しちまったからな。せっかくのおもちゃを
取り上げられたような気分なんだろうよ。ん、どうした、今度は苦笑してないか、おまえ?
「この分だと今回のアルバイトはしばらく続きそうだなと思いましてね。たしかに今回の発端は佐々木さんが転校してきたところに
あると思いますし、それに火をつけたのはあなたです。ただ、火のつけ方に関してあなたと僕に見解の相違があるようですが。では
そろそろ行かないとまずいので失礼します」
そう言い残し、古泉は去っていった。相変わらず、判りやすいようで判りにくい解説をする奴だ。

入れ替わるように朝比奈さんが天使のような笑顔を見せてやってきたので、俺はそのまましばらく廊下で待機することになった。
着替えを終えSOS団専属メイドモードになった朝比奈さんに呼ばれ、部室に入る。すぐに差し出されるお茶をありがたく頂きつつ
朝比奈さんと会話する至福の時間、しかしそれは台風上陸、いや、ハルヒ登場と共に消えうせた。
全身から不機嫌オーラを発するハルヒは無言で団長席に座りパソコンを立ち上げる。おそらくSOS団ホームページのカウンターを
1回回し、空っぽのメールボックスを覗いた後はネットサーフィンって流れだろう。いったいどんなページを見ているのか知りたい
気もするが、履歴を覗き見するのはジェントルマンじゃないからな。
朝比奈さんはと言えば、先程までの天使の笑顔はどこへやら、沈むのがわかっている船から逃げ遅れたねずみのように青い顔をして
隅の席で縮こまっている。長門は相変わらず無表情に読書中だ。まあこいつが慌てふためくような事態になったら俺は真っ先に命の
危機を感じて遺書を書き出すだろうね。
古泉欠席を報告しても無言のままだったハルヒは15分足らずでネットにも飽きたのか椅子の音もけたたましく立ち上がり
「帰る」
とだけ言い残して、いつものように集団下校もせずにとっとと姿を消した。
着替えた後鶴屋さんと待ち合わせがあると言う朝比奈さんに戸締りを頼み、俺は長門と一緒に部室を出た。
夕暮れ時の通学路。元気よく坂を駆け下りていく生徒達に追い抜かれながらゆっくりと俺の後ろを歩く長門を振り返り、声をかけた。
ハルヒには悪いが、先にいなくなってくれて助かった。ハルヒのいるところじゃできない質問を長門にしなきゃいけないからな。
「なあ長門。今回の件についてもう少し詳しく聞いていいか?やっぱり佐々木が転校してきたのはあいつの『能力』のせいか?」
「そう。古泉一樹から報告されていると思うが、三週間前にこの世界のごく一部に改変が加えられた。改変の対象は四人。いずれも
その生活に大きな影響を及ぼすほどの改変は受けていない」
四人、か。それはやっぱり佐々木の周囲の人間なんだろうな。
「まずは彼女の両親と前の学校の担任教諭。この三人は彼女の転向したいと言う意思を簡単に受け入れるようその部分だけの思考を
改変されたと情報統合思念体では判断している。もう一人はこの学校の学年主任。成績的に、彼女が北高の編入試験に合格するのは
容易な事。その点において何らかの能力を使う必要はなかった。ただし、逆に試験における得点や前の学校での成績から判断すると、
古泉一樹のいる特進クラスに編入されるべきところだった。それを学年主任があなたのクラスに振り分けたのは彼女の能力」
そうか。じゃあそれで希望がかなったなら、もうこれ以上世界を改変したりすることもないだろう。
「そうとは言えない。これをきっかけに、再度世界が改変される可能性が発生している」
つまり、佐々木はまだ何かやり残してるってことか?
「彼女とは限らない。涼宮ハルヒによって改変が行われる可能性もある。いや、現時点ではその可能性のほうが高いと判断できる」
…なんてこったい。佐々木の起こした極小の世界改変が古泉曰く『だんだん弱くなっている』はずのハルヒの能力まで刺激して
寝た子を起こしちまったわけか?
ちょうど下り坂が終わったところの交差点。俺の横で足を止めた長門はそれには答えず、赤信号を見つめたままこう言った。
「あなたは二人にとっての鍵」
二人、って言うのはハルヒと佐々木両方ってことか?
「そう」
以前長門に俺がハルヒにとっての鍵だと言われたときの事を俺は思い出していた。どのように鍵としての役割を果たしているのかも
わからないまま、今度は佐々木にとっても鍵だって言うのか。じゃあ、俺はどうすればいいんだ?
「それはあなたが考えること。私が教えられるのはここまで」
信号が青になり、長門は振り向きもせずにそう言い残して自分のマンションの方角へと歩いて行った。俺はその背中を見送りつつ、
何か妙な気分を感じていた。例えるなら、胸の中に完成図のないジグソーパズルのピースが一片一片溜まっていくような気分を。

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最終更新:2007年08月04日 09:17
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