佐々木とキョンの驚愕第1章-3

 俺達は通学路から少し脇にそれ、閑静な住宅街の小さな公園に移動した。
 ソメイヨシノと書かれた看板の場所に桜の木が一本と、
 滑り台とブランコがあるだけの小さい子供でも遊びそうにない場所である。
 その割には雑草等は綺麗に刈られており、こじんまりとはしているが見栄えは悪くはなくそれなりに利用できる環境は整っている。
 だが裏道からしか入れないために公園内どころか人通りすら少ない。
 こんな場所よりも近くに喫茶店にでも入って話をしたいところだったが、
 電波な話を真剣に議論するところを同じクラスの奴にでも見られたら在らぬ噂が発炎筒のように立ち込めるだろう。
 俺がそんな噂を聞いたら黄色い救急車を呼んでやるかもしれないね。
 そんなことを考えていると佐々木はブランコに向かい片側に腰を掛け鞄を太股の上に置いた。
 周りを見渡したのだがベンチはないし俺も佐々木の隣のブランコに座った。
「こうしてブランコを利用するのは何年振りだろうか。
この年になっても中々座り心地はいいのだが、少し羞恥心というものが邪魔をするのが残念だ」
 確かに少し恥ずかしい。これならいっそ腹を括って喫茶店に入って話をしたほうが良かったかもしれない。
「たまにはこんな静かな場所も悪くないと思わないかい?僕たちの生活は喧騒の渦の中にあると言っても過言ではないからね。
特に最近は高校生という新しい肩書きになって間もないんだ、こうやって落ち着くことも必要だと僕は思うんだ」
 確かに最近こんな風に過ごす事もなかったな。耳を澄ませると何かの鳥の鳴き声や風の切る音が聞こえる。
 僅かに車の音が聞こえるのがこの場所をちょうど喧騒の渦の目にあたる場所のように思わせた。
「僕は橘さんの『その時』を受け入れようと思うんだ」
 何の脈略もなくそう言った。今までの長い前振りの帳尻を合わせるかのように。
 佐々木がこれほど早く決断しているとは思わなかったから、流石にこの答えは想定外だ。
「あの約束は考える時間が欲しかったからじゃないのか?いや…むしろ断るための口実にしか思えなかったんだが」
 我ながらなんとも気の利いていない発言だ。考えるのと発言するのと同時進行は辛い。
 佐々木は鞄の上に両手を置いて足元を見つめながら、
「先ほどの話し合いで僕はこう言ったよね、直感や解析は苦手だと。あれは本当にそう感じているんだ。
 だから僕は色々な知識を蓄えたり人の経験を考えたりして補っている。
 そんな僕があの話を聞いて幾分も経たずにこの様に決断したのは早計としか言い様がないだろう。
 だけどね、この決断はキミの発言がきっかけだったのさ」
 俺の発言?
「そう。受身は危険だ、ってね。それを聞いた時このまま断ったとしてもまた受身になるんじゃないかと思ったんだ」
 おい、あれはそういう意味で言ったんじゃないんだぞ。
「解っているよ。あの時キミが言いたかったのは誘いに乗ることによって相手の思い通りになる、ということを言いたかったんだろう。
実はキミに言われる前から僕も同じ様に考えていた。相手の思惑を回避し、時間稼ぎと不測の事態を穏便に済ませる事だけを考えていたんだ。
その考えはキミの発言によって一層深まった。でも同時にこの考え自体が既に相手の後手に回っていると言える事にも気づいたのさ」
 そんな事はない、あの時はあれが最善だったんだ。それに仕掛けたのが向こうな訳だし後手に回るのは必然じゃないか。
 これから考えて先手を打ってやればいい話だろ?
「キミはもう既に半分答えを口に出しているんだよ、キョン。まず先手を打つのは無理だ。
理由は先手を打つためには相手のことをある程度理解していることが前提だからね。
橘さんはもう何年も僕を監視していると言っていた。
そんな人に最近知り合ったばかりの僕と今日が初対面のキョンでは太刀打ちが出来ないだろう。
だからキミの言う通り僕達は常に後手に回ざるを得ない。だけど後手に回る事自体が問題じゃないんだ。
先手必勝なんて四字熟語があるけどあれは攻撃を先に仕掛けることで不意を突き、
相手が混乱している間に勝ってしまおうという事だと僕は勝手に解釈している。
将棋だろうとオセロだろうと後手に回ったからといって必ず負ける訳じゃないからね。
寧ろ後手の方が有利な事もあるくらいだ。だけどそれはその事に対して対処法がある場合に限る。
残念ながら僕の知識、というより世間一般常識から先程の事柄に対しての対処法が見つからない。
新しい対処法を考えようにも相手が何をやっているかしっかり理解している事と、
自分に対してどのような影響が出るかという事が解らないと考え付く事は困難だ。
僕はこのようにお手上げなんだがキミはどうだい?
先程の出来事が理解できて自分にどのような影響が出たか説明できるなら教えて欲しいんだ」
 自分の頭の中身が貧困な物であることを恨む。何一つ考え付くことがない。
「そう自分を卑下しないでくれたまえ。僕にも全く理解できないんだからキミと同じさ。
常に先手を取られ続けられることが分かっているのにその対処法が見つからないんだ。
ならせめて相手の土俵に上がれば何か分かるかもしれないと思った訳だよ」
 佐々木は少し上を見上げオレンジ色の雲を見つめていた。
「キミの言葉でどう足掻いても今の僕達に勝ち目はない事に気づいたんだ。だから僕は咄嗟にあの約束を取り付けた。
ああやって条件を出したからにはこちらから何かをしない限り、『その時』まで僕達には手を出してはこないだろう。
この場でこうやって話が出来るのはキミのおかげなのさ」
 違う、俺は何もしちゃいないんだ。
 佐々木のあの時の分かったという言葉の意味が他にもあったなんて事気づきもしなかった。
 これほど佐々木が深く考えていたのに俺は一体何をしていたんだ?
 情けねぇ、感情に任せて突っ走っただけじゃねぇか。
 遠くからカラスの鳴く声が俺に無力感を与えてくる。
「…怖くないのか?」
 言葉を途切れてしまう事を気まずく感じ咄嗟に質問したとはいえ我ながら知恵の浅い質問をしてしまった。
「ないと言えば嘘になる、無知は恐怖だからね。それにまだ動揺もしているんだ。
過去問すらやらずに何時が試験日か分からない難関大学を受ける受験生のようにね。
だけどキミが一緒に来てくれたおかげでその覚悟が出来た。そのお陰で怖さも大分吹き飛んだね」
 そう言うと佐々木は天を仰いだまま鞄を左手に持ちブランコから立ち上がり、
「キミは本来この話に関係ない。これは元々僕の問題だからね。
だからここからは僕一人で話を着けるよ。キミの身の保障が出来かねる。
何、橘さん達だって無茶な条件を話しているんだ。キミに関わらないよう僕が説得するよ。
ただし何かあったらこうやってキミに相談させて欲しいんだ。そうだね…当事者のサポート役といったところだろうか」
 いつもの表情だったが何となく元気がないように感じた。
 俺がそう感じただけかもしれない。だが俺は佐々木の横顔を見つめたまま何も言えなかった。
 何となくこんな自分に自己嫌悪を感じる。
 そのまま佐々木は座ったままの俺の前に立ち、鞄で塞がっていない右手を握手を求めるように差し出した。
「そろそろ暗くなってきたね。帰ろうか」
 俺の気持ちを気遣うような行動。何となくブルーな気分になっていた俺は条件反射的にその手を握った。
 佐々木の手がやけに温かく感じる。そしてそのまま太股の上の鞄を左手で持ちその手を借りて立ち上がった。
 だが立ち上がっても何故か佐々木は手を離さない。俺より少し小さくしっとりとした手がしっかりと俺の手を挟んでいる。
 その仕草に違和感を感じた俺は佐々木の顔を見て、
「おい、佐々――」
 そこで俺の言葉は途切れた。佐々木は待っていたかのようにじっと俺を見ていたからだ。
 大きな瞳は黒曜石のように深い輝きを放ってその瞳を見ている俺が逆に覗き込まれ吸い込まれるような感覚に陥った。
 その間も手はずっと繋いだままで先程の異質な空間とはまた違った雰囲気を味わっている。
 そのまま数分は経っただろうか?本当は数十秒…いや、ほんの数秒かもしれない。そんな錯覚を感じた頃に佐々木が口を開いた。
「今日は付き合ってくれてありがとう、キョン」
 そう一言言うと佐々木は眉を下げ目を緩ませながら俺に優しく微笑んでいた。

その夜俺の頭は普段と違い労働時間外にも関わらず活動していた。
 今日という一日はなんというかこう色んな意味で密度が凄まじかったためである。
 そのため原因はざっと考えても俺の苦手科目の数くらい出てくるのだが一番の理由はあの佐々木とのやりとりだ。
 あの後佐々木も俺も無言で歩を進め、佐々木と別れる時に一言別れの挨拶をかわしたくらいだった。
 そして俺は家に帰宅し、けたたましく走り回っていた妹に出迎えられ部屋に戻った。
 その後は晩飯を食い風呂に入り宿題を済ませた後、ウダウダ過ごし寝る支度をして今に至る。
 実はこれらのことをしているときもずっと頭の中はこの事でフル回転していた。
 佐々木の言い分は最もだ。元々俺に関係のない話な訳であり、本来なら佐々木が一人で解決する問題だったかもしれない。
 そもそも平凡な高校生である俺一人が加わったところで常軌を逸した連中に対抗するのに何の力になるというのだろうか。
 きっと佐々木はすぐにその事に気づき、元々関係のない俺には極力火の粉が降りかからないようにしたに違いない。
 橘達もどうやら佐々木に協力をしてもらわなければ何もできないような様子だったし素直に協力をすれば危害を加えないだろう。
 それに俺も平凡な高校生として佐々木の悩みくらいはサポートできる可能性がある。
 こっちのほうがよっぽど現実的だし悪くはないんじゃないだろうか。
 だがな……

――それでいいのか?

 確かに今話したことなら比較的安全に事が進むと思う。だがこの考えは幾つかの事柄を無視しているよな。
 ひとつめは既に俺が関わっちまってるって事だ。でもとかもしとか元々とかそんなもん関わっちまった以上いくら考えても事実は変わりはねぇんだ。
 後もうとっくに火の粉は降りかかってる。流石にあんな火の粉はあまり浴びたくはないが。
 それにこういう事について人並以上の知識はあるつもりだ。夕方の体験で少しは経験の耐性もあるだろうしな。
 まぁそれでも一般人と比較しても団栗の背比べ程度のものだろうが…ないよりかは幾分かましだろう。
 ゲームで一番安い装備しかなくても装備してりゃそれなりに違う。
 ふたつめは安全に事が進むのは俺だけだという事だ。
 佐々木がこれからどうなるかどうか話を又聞きした奴でもろくなことにならない事が分かるだろう。
 顔を見知った奴がそうなるとしているのにお前は話を聞くだけなのか?他に出来る事があるだろうが。
 …おい、そこのお前だ。俺は自分に訊いてるんだよ。大事な事だからしっかり耳を傾けておけ。
 お前も俺ならこの流れで俺が話しそうな内容くらいもう解ってるだろ?

――俺も当事者になるのが今一番できることじゃないか。

 先ほど平凡な高校生である俺が橘達に対抗する力にならないと考えたがそれは悩みを聞くことだって変わりはしない。
 悩みって言ったって普通の悩みじゃないのは火を見るより明らかだ。
 もし地球が謎の侵略者に狙われててそれと戦わなければならないとか言われたらどんな答えを用意するんだ、俺?
 話を聞いても愚痴こぼし程度にしかならず何の解決にもならない。
 逆に俺の身に本当になにか及んでないか余計な気苦労までさせるかもしれない。
 それどころかもし佐々木が急にいなくなっちまったらどうする?
 仮にも顔見知った仲だし事情も知っているであろう俺は何もする事が出来ず、
 無力感と後悔に煽られ途方にくれた情けない姿をしているに違いない。
 佐々木の事を含め自分までもがそんな姿になる事が予想できてお前はそれでも何もしないつもりなのか?
 この考えに今の俺の気持ちを加味して考えると取る行動はひとつしかないだろう。結局俺には殆ど選択肢はないってわけだ。
 ただ佐々木の気遣いが無駄になっちまうな。
 せめて俺だけでもこの問題から遠ざけようとしてくれたろうに。
 だがそれはあいつの責任感でやったことであって本心とは違うはずだ。
 お前もあの桜舞い散る下り坂で聞いたよな。
 「あいつは不安だと言ってたじゃないか。」
 これがあいつの今の本心だとこれ以上に分かりやすい言葉はない。
 そりゃ自分のことを神だと祀り上げて理解できない力を使い、
 何をしようとしているかわからん連中相手に不安にならない奴はオスの三毛猫くらいいないだろう。
 そんな時自分の他に同じ立場に立たされた人間がいれば俺みたいな奴でも一人より二人のほうが少しは気が紛れるかもしれん。
 付き合いの密度は濃いとは言えないがそれなりに月日はたっている訳だしな。
 更に佐々木には勉強や興味深い話等日頃から色々と世話になってるし、
 大量に溜まった借りをそろそろこの辺で返しておいてもいいだろう。
 もし佐々木がどうしても自分で解決したいならそれはそれでいいじゃないか。
 だけどその前に一言くらい俺が何か言ったっていいだろ?
 まぁ普通に考えると激戦を繰り広げる戦場の最前線に送り込まれる兵士のように思えてしまうだろうが俺ならほんの少し違うはずだ。

――興味あるんだろ?

 テレビや雑誌や本でしかなかった空想の世界が目の前に広がっているかもしれないんだ、興味がないといえば嘘になるよな。
 今より危ない目に合うんじゃないかって?そんなもんミステリーに危険はつきものと言って強がっておけ。
 先程言った兵士の心境の方が遥かにでかいのも否めないだろうが……。ほら、そこは怖いもの見たさってやつさ。
 ただできれば当事者ってのはやっぱり勘弁してもらいたいって気持ちも少なからず未練があったりもするが。
 こんなもんでいいだろう。そろそろ決めてもらおうか。結局どうするんだ?今すぐ明確に……
 「ごちゃごちゃ煩い。ついていくに決まってんだろ。」
 俺は出来た人間とは言えんが助けを求めている知り合いを見捨てる程落ちぶれてる訳じゃない。
 何が出来るかわからんがこの気持ちに嘘はない。
 我ながら頭がおかしいんじゃないかというくらい自問自答をしたわけだが俺の取る行動はひとつに絞られた訳だ。
 そしてその行動をとる覚悟ももう粗方決まっている。
 佐々木はこれに対しどういう反応をしどういう風に事態が転ぶかわからんが、
 これ以上ごちゃごちゃ考えても決断が今下される訳でもないし時間の無駄だな。
 というか考えたくてもここ最近学生の本分である勉強の時でさえまともに使ってなかった俺の頭が悲鳴を上げている。
 「さて寝るか」
 俺には独り言を言うような癖はないと思うが敢えて言い聞かせるように口に出してみた。
 大丈夫だと思うが明日のために寝付けないと困るからな。
 佐々木の件を筆頭にお馴染みの通学路、学校の授業に国語の小テストと普通の高校生にしては中々ヘビーなスケジュールだと言えよう。
 いや、もう普通の高校生とはいえないかもしれない……って俺の頭よ、もうサービス残業は済んだんだぜ?ほら休んだ休んだ。
 かなりの時間を費やした考え事に疲れたのかおおよその決断が下され安心したのか、程よく睡魔が訪れ俺の考えは杞憂に終わった。

 その翌朝、俺は珍しく妹やアラームよりも早く目が覚めた。
 睡眠時間が普段より短いはずなのに妙に体が軽い。
 誰も見てないにも関わらず気合を入れるが如く無駄に跳ね上がるように起き、
 足取り軽やかに部屋を出る。
 台所で「珍しく自分で目を覚ましたのね。」と母親に一声かけられながら
 朝の挨拶をかわし用意してあった飯に手をつけた。
 半分ほど食った頃に今日は時間に余裕があることを思い出す。
 全く習慣と言うものは恐ろしい。ついいつものペースで食っちまった。
 飯を食い終わり身支度を整えようと洗面所に移動しようとした頃、
 台所に妹がやってきて物珍しそうに俺を見ていた。
「あれ、キョンくん今日はやーい。どしたの?」
 どうしたも何もない。ただなんとなく目が覚めただけだ。
 一応それらしい理由に心当たりがないこともないがお前に話したところでよくわからんだろう。
 それよりもお前の学校のほうは新しいクラスになってどうなんだ。
「うん、おもしろいよー。あのねーんとねー」
 早く目が覚めて時間に余裕があるとはいえ朝から長くなりそうな話は勘弁してくれ。
 同じ学生とはいえ小学生よりは忙しいんだ。帰ってからいくらでも聞いてやる。
「ほんとに?じゃあまた夜にいっぱいはなすねー」
 妹はスキップのようなリズムを取りながら歩き楽しそうに独り言を言いながらテーブルに着いた。
 俺に話す内容を考えているのだろうか。ちょっといくらでもと言ったのはまずかったかもしれん。
 話す内容が一通り終わってもまた別の話題がオアシスの水の如く続けてあふれ出てくるのを失念していた。
 そんな後悔を尻目に俺は台所を後にする。顔を洗いいつもの様に着替えを済ませ鞄の中身をチェックした。
 よし、完璧だ。完全に身支度が整ったところで時計を見る。何時もより20分は早い。
 佐々木が来る時間は10分以上後なのだが、いつもは俺が待たせてるしたまには俺が待ってもいいだろう。
 というよりなぜか今日は家にいると落ち着かない。さっさと話をしたいというのがあるのだろうか。
 そんな期待を叶えるかのように玄関に出ると同時に声を掛けられた。
「おや、今日は随分早いんだね」
 そっちこそ随分と早いじゃないか。この時間は流石にお前でも普段いない時間のはずだ。
「桜の花も見納めだからね。夕日だと桜本来の色が分かりづらいんだ。
だけど朝から見るには登校時間もあるし時間的余裕はない。
だから早く出てきたわけさ。もう葉桜になってるのが殆どだけど花はまだ少し付いている。
一面満開に咲き誇る桜は言うまでもなく壮観だ。だけどぽつぽつと疎らに広がった新緑と
淡い紅色の組み合わせだって中々感慨深いと思わないかい」
 その感想に答えたいところだが生憎俺は俳人でも何でもない。
 芸術とかそのあたりの事にはからっきしなんでな。
「まぁそうだろうね」
 佐々木は目を細めながらいつもの笑い方をしていた。
 そう、「いつも」の様に。
 佐々木の様子はまるで昨日の事が無かったかのように全く変わってない様に見えた。
 お馴染みの独特の笑い方といい早く来た理由の言い草といいまさに佐々木そのものだった。
 だが全く変わらないその仕草を見た俺はほんの少し違和感を感じた。
 この違和感はきっと昨日もあったはずだ。
 気づく事が出来なかったのは俺は別の事に囚われていたからだろう。
 だからあの時は思い浮かぶ言葉が何も無かった。
 佐々木に言葉をかける事が出来なかった訳なのだが、
 思い浮かぶ言葉があれば何か言えたのかと聞かれれば答えはノーだ。
 あの時の俺には決定的に欠けていた物がある。
 それは心構えだ。
 岡部の様に精神論を論じるつもりもないし妄信するつもりもない。
 ただ人間物事に対してアクションを試みる時何かしろ心構えが必要なのは事実だ。
 俺にはそれが無かった。後から用意する事も出来るにも関わらずな。
 理由は「別の事に囚われていた」って事なんだが、その内容ってのは俺の身の安全の事だ。
 俺は佐々木の事も心配していたがどうやら本能的に自己防衛を優先していた。
 自分の事が可愛くない奴なんてそう簡単にいやしない。
 まして本能なんだから自然にとっちまう行動でもあるしな。
 俺があの時感じた無力感は無意識にこの事を感じ取っていたからだろう。
 これは首を突っ込むにはやばすぎる。俺の手には負えない。
 なら首を突っ込まない程度に手助けできることを探そう。
 俺の理性はそう主張していた。
 だがこんなもん覚悟一つで簡単に一歩は踏み出せるもんだ。
 人間理性だけで生きれるなら覚悟や精神論なんて言葉は生まれていない。
 問題はその覚悟を決めるのが至難の業なんだがそれは腹を括った。
 そして掛ける言葉も深夜サービス残業をしたおかげで、俺の考えられる範囲での殊勝な言葉が頭に保存されている。
 駄目かどうかなんて考えは今は必要ない。やる事をやるだけだ。
 俺はまだ冬の寒気がほんのり残った朝の空気を一息吸い腹の底から吐き出すように言った。
「昨日の事なんだがな」
 すると佐々木は想定内といわんばかりの様子と共に、顔をこちらに向け俺を諭すような眼差しを送ってきた。
「昨日の事っていうと橘さん達の件だね。あれなら昨日僕が話したとおりだよ。
キミには迷惑をかけてすまなかった。僕の方は気にしてはいないからね」
 前もって答えを用意していたように答えてきた。というか十中八九答えを用意していたに違いない。
 だが俺の方だってまだまだ想定内の出来事だ。昨日起こったことの手前、佐々木の気持ちとそれに対しての答えは大体予想できた。
 ここで引き下がる訳にはいかない。
「違う。その事も関係なくは無いが佐々木、お前の事だ」
「僕の事?」
 疑問系だが表情は変わらない。変化が見られる事を少し期待したがそれでもまだ予想していた反応だ。
 本題はここからさ。
「そうだ。お前自身はこれからどうなると考えているんだ?
たしかに俺は元々無関係だが今はもう無関係と言えん。
事情を知った以上、顔を知らない仲ではない奴の動向に無関心なほど俺は無神経じゃないからな。
本来関係ない俺が巻き込まれた事を未練たらしくいうつもりはないんだ。
ただその変わりというか……お前の考えをもう少し詳しく聞かせてもらいたい。どうだろう」
 佐々木はすぐに答えなかった。
 そりゃそうだ、こんな意地の悪い質問の仕方をしたのは初めてだからな。
 今まで佐々木に対してこんな条件を突き出して物事を聞き出すような事はしたことがない。
 我ながら汚い戦法だとすこし後ろめたさがあるくらいだ。だがこれは俺にとっては駆け引きだ。
 と言うか一種の論破とも言える。俺が真っ向から意見を言ったとしても佐々木の気持ちは昨日のままだろう。
 あの佐々木と駆け引き…乃至は意見を論破しようとしているんだ。
 それを変えると決めた以上どんな事でもやる必要がある。
 鳶が鷹になるくらい無理がある話なのに形振り構って入られない。
 今は出来る限り佐々木の考えや気持ちを引き出して主導権を握る必要がある。

 それから暫くたっても佐々木は答えなかった。
 変わりに顔を少し右に向け景色を見るような遠い目をして俺をみている。
 まるで俺の心を見ているかのような仕草に少し動揺したが、俺は普段の態度と変わらないように努めた。
 その行為に少し慣れ、何時発言するともわからない返事を待ち続ける時間は、
 終わりが無いと聞くがまさにこんな感じなんだろうと考えられるくらい余裕が出来はじめた頃合だ。
「明日ありと 思う心のあだ桜 夜半に嵐が 吹かぬものかは」
「……は?」
 俺はご馳走であるはずの豆が勢いよく自分目掛けて飛んできた鳩の様な反応をしてしまう。
 緊張と慣れの狭間から突然違う場所に引き摺りだされ彷徨う感覚。
 そんな状態から状況を飲み込もうとはじめても既に遅い。そのまま佐々木が続け様にこう言った。
「親鸞が9歳の時に作った歌さ。不意の事情でその日の内に行うはずだった髪を剃り僧侶になる儀式が遅れて、
明日に持ち越しになる事になった時に親鸞は歌でこう応えたそうだ。これはね――」
「……ちょっと待ってくれ」
 プログラムのトラブルでエラーを吐き、
 フリーズしたパソコンのようになった俺の頭がようやく復旧した。
 たった一言でこの様になってしまう許容量しかない頭で、
 駆け引きだの論破するだの大口を叩いてる様子はマーフィー牧師でも失笑物だろう。
 だがそれでも何もやらず諦めるのは俺の考えに反するわけだし止めるわけにはいかない。
 それにここで長考すると佐々木は話をどんどん進めてしまうだろう。さっさと考え始めちまわないとな。
 なぜそんな歌を詠んだ?その歌の意味は?
 他にもあらゆるホワイが頭の中で提示されているがさっぱりわからん。
 大体佐々木の言葉の意図も意味も分からないのに、
 それに対する答え方を考えようというのが無謀といえるんじゃないだろうか。
 他の視点から考えてって、まてよ……そもそもこれは俺の質問に対する答えになってるのか?
 佐々木が意味も無く歌を詠んだりするわけはないだろうがまずはこれから聞いてみたほうがよさそうだ。
「その歌は俺の質問の答えなのか?」
「そうさ」
 やはりそうらしい。
「答えてもらって悪いんだがさっぱり意味が分からん。説明してくれ」
 佐々木は少し頷いたような仕草をして、
「桜の花は古来から春という季節を代表するくらい日本に親しまれてきた植物だ。
薄い桃色の花が咲き乱れる様子は自然の花火と言っても相応しい。
だけど火薬を使った花火よりは長持ちするものの短い間にその姿は消え失せる。
夜中に嵐とまではいかなくとも突風が吹いたり、
大雨が降ったりとありがちな天気でもあっという間にね。
でもそれは人間だって同じ。すごく低い確率だけど、
今日の学校の帰りにも僕が交通事故にあって死んでしまうとは限らない。
誰にも未来なんて予想できないからね。他にもそういう要因を考えればキリが無い。
だから何があっても悔いの残らない様その日のうちに出来る事は明日に回さずその日に実行しよう、とそんな意味なんだ。
儚いものだからいつまでも当たり前の様にあると思ってはいけないってことさ」
 授業中に教科書の朗読役に当てられた生徒の様に淡々と話した。
 そう思えるのはその言葉は俺にだけ向けられてるのではない気がしたからだ。
 佐々木が朝飯前と言わんばかりに話した内容は教科書の朗読やくだらない雑談とはかけ離れたものだった。
「橘さん達を全く信用していないわけじゃないんだ。
様子を見る限り嘘は殆どついてないと思う、突飛過ぎる話なのは別として。
ただ何が起こるか予想がつかないというのは本当に恐ろしいことさ。
それが物理の法則で図りきれず自身に身の危険が降りかかるかもしれないものなら尚更ね。
こんな事は必要最低限の人物構成で十分なのさ」
 俺が佐々木と同じ立場ならこの覚悟ができただろうか。
 友好的とはいえ半ば強制染みた話し合いの場を作り出せる立場の相手に不安になりながら。
 俺は同じ状況でこんなに気丈に振舞えるだろうか。
 相談できる奴は自分より冴えない唯の付き添い一人しかいないのに。
 俺は何の見返りも期待できない危険な道を一人で進む勇気があるだろうか。
 本心から一緒に来て欲しいと言わずに。
 俺の前に立っている年端の変わらない顔の整った少女の覚悟はそう思わせる強く思えた。
 俺にその強さはないかもしれない。
「お前の気持ちは良く分かった」
 佐々木の助けになる事は何一つ出来ないかもしれない。
「分かってもらえたかい」
 けれどもこれだけは出来るはずだ。
「俺も一緒に協力させてもらえないか?相談役じゃなく当事者として」
 自然にそんな言葉が出ていた。
 暫く続く静寂と共に暖かくも冷たくもない風が吹き荒れている。
 その中佐々木は見知らぬ人に急に呼び止められたような表情を俺に向けながら、
「……僕の言った事がわかってもらえなかったかな?」
「理解したさ。これから先お前には理屈では説明できん事が付き纏うってことだろ?
 そしてそれに対するお前の考えと覚悟もな。それを承知の上の答えだ」
 不思議と不安や戸惑いなんて感情を全く感じない。
 その言葉を聞いた佐々木の表情は驚きと共に若干の失望が見られる。
「僕の配慮はキミに届かなかったわけか。ならはっきり言わせてもらう。
 キミが来た所で事態が変わる確率は途轍もなく低い。ないと言い切ってもいいくらいに。
 無駄だと分かってるのにこれ以上巻き込みたくないんだ。
 それとも彼ら相手に有効な手でも思いついたのかい?」
 多分佐々木も半分分かってこんな質問をしたんだろう。
「そんなもんない」
「なら――」
「それでも決めたんだ」
 第三者に事情を説明して審議を開けば100人中99人は佐々木に賛同するものになるだろう。
 残る1人はって?どこにでも1人はロクでもない奴がいるもんだ。適当に答えたりとかな。
 俺もそんな奴と殆ど変わりやしない。
 おもちゃを買ってもらえないのにおもちゃ屋で駄々をこねる子供と同じような我侭だ。
 ただ一つ違うのは自分のためのおもちゃじゃないってところだな。
 佐々木が一つ大きな溜息をつき穏やかで落ち着きのある眼差しを向け、
「聞き訳がない……というにはちょっと言葉のニュアンスが違うみたいだね。
キミとは1年と少しばかりの交流があるがこういう面を見るのは初めてだ。
だから一つ聞かせてもらいたい」
「ああ」
「キミは自分では頭が悪いように言ってるがそんなことはない。
僕やキミの様な一般人が一人増えたとして、
この事態に対してどういう意味を持つのか僕が言うまでも無く理解していたからね。
そればかりではなく自分の身に取り返しのつかない事が起こるかもしれない事も。
それを理解しながらなぜ僕に協力すると言うの?」
 ここが正念場だ。だがここは考えるまでも無い。
 昨日の夜に考えた内容がそのまま答えに当てはまるはずだ。
 さぁ思い出せ。答えは予習万全、オールグリーン。明快だ。
 佐々木の覚悟に相応して答える事ができる言葉は恐らくこれしかない。
「それはな、俺が――」
 突然中から水が溢れ水圧に負けたかのようにバタンと俺の家の玄関ドアが開いた。
「いってきまーす。キョンくん、佐々木さんおまたせー」
 靴の先を地面でケンケンしながら我が妹が乱入してきた。
 ……なんだこの安っぽい昼ドラの演出みたいなタイミングは。
 前もって出演者に台本を配ってもらわないと困るね。
 演劇に全く無縁の奴らにアドリブで演技させるのは少しばかりハードルが高いぜ、神様。
「キョンくんどしたの?」
「なんでもない」
 突然の妹の襲来に呆気に取られていたのか俺を見て妹が不思議そうな顔をしている。
 さて、どうしたものか。今から言うには余りにも空気が違いすぎて不自然だ。
 というか妹が居る状態でこの話はもうできないんじゃないだろうか。
「キョンくんやっぱりへんー。なに困ってるの?お話してー」
 困ってるのはお前のせいなんだがな。
 第一相談したところで内容の半分も理解できるとは思えない。
「大丈夫――」
 ここで俺の言葉は止まった。俺の頭の中でなんとも言い難いものが駆け巡ったからだ。
 例えるなら火花、化学反応、いや……もっと分かりやすい言葉がある。
 閃きだ。あの漫画とかでピリーンとか演出でありそうなあれだ。
「おい」
 俺は妹を見ながら呼びかけた。
「なにー?」
「お前にちょっとした問題を出す。今佐々木と話して聞かせてもらった教えてもらったものなんだ。
 これでその人の性格が分かる問題らしい。すぐ終わる簡単な問題だから安心しろ」
「うんー」
 俺の妹とは思えない程素直な返事だ。
 少し余裕があるとはいえ忙しい朝の時間をいやな顔せず即答で裂けるのは、小学5年生とは思えない程純粋じゃないだろうか。
 悪く言えばよく考えず答えた幼稚な行動とも取れるがそこは身内の贔屓目で目を瞑らせてほしい。
「お前に身近な奴、そうだな……学校の奴でいい。お前と付き合いのある奴だ。ある日そいつがすごく悩んでる。
そしてお前は悩んでる内容を偶然知ってしまう。とても一人で解決出来る事じゃない内容だ。ここまではわかるか?」
「わかるー」
 本当に分かってるのだろうか。かなり心配だが今はこれだけが頼りだ。
「そいつは一人で解決しようとするが無理なのは目に見えている。
苦しんだそいつの姿を見てお前は心配するがそいつは大丈夫と言い張る。
お前は何か力になってやりたいと考えるがお前が協力しても解決できない。
だが悩み事だから他の人に相談するわけにはいかない。そんな時お前ならどうする?」
 伝わったか不安だが大体こんなところだろう。
 妹はうーと口を蛸の様に尖らせ顎に人差し指を当てながら考えている。
 そして考えがまとまったのか、その仕草をやめ俺の方に向きこう言った。
「いっしょに考えてあげるー」
「お前が協力しても解決できないかもしれないんだぞ?」
「それでも一人より二人の方がいっぱい考えられるもん。それに学校のお友達が困ってるのみすごせないよー」
 てへへと無邪気に笑いつつもはっきり言った。状況にもよるがうちの親の育て方は悪くはないようだ。
「そうか」
「うん!これでなにがわかるのー?」
「もうそろそろ学校行く時間だから帰ってから教えてやる」
「えー。今教えてー」
「駄目だ。帰ってきてからな。学校遅れるだろ?」
 むーと頬っぺたに空気を詰め込んで不貞腐れる妹。
 これで賽の目は振られた。後は結果を待つのみだ。
 いつもの十字路で妹と別れ再び佐々木と二人になった。
 今日は余裕をもって出たから話しながらでも間に合うだろう。
 木につく緑の葉が若干目立つかなという変化くらいしか昨日と変わり映えしない風景。
 大して広くもない道に所狭しと車や自転車、通行人が通る。
 時間を潰す様に周りを見渡してみたが大したものは何一つなかった。
 昨日と同じく静かな時間が流れている。
 自分では手応えがあるが高得点を取れているるかと聞かれれば、
 元々の成績が良くないため何とも言えない様な心境だ。
 やる事はやったしこれで駄目ならもう俺にはどうしようもない。
 痺れを切らして隣を見る。佐々木と目が合った。
 何食わぬ表情をして少しばかり溜息のような吐息を漏らしている。
「妹さんをダシに使うとは恐れ入るよ」
「ダシに使ったわけじゃない。あいつが話してみてと言ったから話したまでさ。
あいつにも分かるように少し脚色はしてあるけどな。とはいえ勝手にお前の提案にしてすまない。
咄嗟だったから機転が利かなかった」
 佐々木が少し自虐的な微笑をしつつ、
「僕は全然気にしていないよ。それに機転もしっかり利いていたさ。方向性は違うけどね」
 皮肉のスパイスがたっぷり入った一言を頂いた。
 俺だってかなり罪悪感があるんだから当然の一言と言えよう。
「しかしキミも中々食えないね。いいと悪いの両方の意味でね。
その調子で橘さん達にもこれからもよろしく頼むよ」
 俺は足を止める。忠犬ハチ公の様に待ち侘びた俺に待望の一言が聞こえた。
「いいのか?」
「仕方ないじゃないか。あそこまで食い下がって来るのに駄目だ言っても、
キミは僕に黙ってアクションを起こすに違いないからね。そうなると結局キミを巻き込むのと同じ事なのさ。
それならいっそ一緒に居た方が監視できるというものだよ」
 佐々木は出来の悪い生徒を持つ先生のような口ぶりでそう答えた。
 実際出来が悪いし俺の目的は果たされたわけだからそれはそれでいいさ。
 予定より大幅に狂い不恰好だがなんとか形になった事を素直に喜んでおこう。
「さて……」 
 佐々木がふと思い出したかのように呟いた。
「それじゃあさっきの続き、聞かせてもらえる?」
 続きって何だ。
「それはな、俺が――の続きさ」
 大事な場面の再確認をするべくページを戻すようにもう一度思い返す。
 出来の悪い演劇の山場で語られるような歯の浮いた台詞が出てきた。
「言わなくてもさっきのでわかっただろ」
 顔を佐々木の方向に向ける。佐々木は微笑んでいた。
 悪戯に成功した子供のような独特の笑みを俺に向けて。 
「さぁ……よくわからないな。だから聞かせてもらえるかい?
 勿論嘘や誤魔化しは駄目だからね」
 あの台詞を今この場所で言えってか?
 そんなこと言っちまった日にゃフロイト先生も爆笑しちまうような状況になる事受けあいだ。
 もう事件は解決し誰も刑罰を受ける必要はないのに、
 自分が首を絞められに階段を上る死刑囚みたいな真似はしたくない。
 だが答える以外の考えが思い浮かばない。どうやら観念するしかなさそうだ、畜生。
 佐々木の無言の催促を肌に感じ春うららかな天候の中、
 坂道を歩く汗とは違う別の汗を背中にかきつつ俺はこう言った。
「それはな、俺が……こういう不思議な事に対して目が無いからさ」
 一瞬時が止まった様に佐々木は呆然としていた。
 やがて思い出したかの様にいつもの笑いをしていたのだが少し様子がおかしい。
 そしてそれは徐々に音声として明確になった。
「くく……ぷっはっはっは……あっはっはっは」
 まさに関をきったような笑いというのはこういうことを言うのだろう。
 あの佐々木が周りが怪訝に思うくらいの大きな声で爆笑していた。
 一年以上付き合っていたがこんな笑い方を見るのは初めてだ。
 どんなジョークやお笑いにもこれほど笑っていた記憶が無い。
 その後も暫く笑い続けようやく笑いが収まった頃、
「キミってほんと面白いね」
 なんだその全て分かってますという顔は。
 言っとくが俺は嘘は言ってないぞ。これも本心だからな。
 俺の表情を見て佐々木が少し含み笑いを繕いながら、
「そういう事にしておいてあげるよ。それでも不満なら僕の思ってる事をキミに話そうか?」
「別にいらん。終わった話をいつまでも話題にするのは蛇足だからな」
「それは残念だ」
 これで一応決着がついたわけだがどうにも腑に落ちないのは気のせいだろうか。
 試合に勝って勝負に負けた感覚が妙に芯に残る。早めに忘れたいもんだぜ。
 だが気分が優れない上にこの急勾配を見ると余計気が滅入りそうだ。
 隣を見る。俺とは対称的な佐々木の屈託の無い笑顔が忌々しく見えた。

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最終更新:2007年12月06日 11:19
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