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雨の上がりの心地よい昼下がり。短く切りそろえた黒い髪を風になびかせながら、嬉しそうに走る一人の少年。胸には大事そうに紙袋を抱きしめている。年の頃は12、3。パッチリとした黒い瞳、野暮ったい黒縁眼鏡、服装はこざっぱりとした白のシャツに黒のズボン、そして首には不釣合いな太く重そうな首輪。この首輪が所有者の印となるので、外せないように金属を溶接してつけてある。見た目より軽いらしく、走るたびにチャリチャリと軽い音を立て、跳ねる。その様子を、ギラついた幾つもの瞳が窺っていたのだが、少年は全く気がついていなかった。「ふふ。今回はちゃんとお使い完了しそう♪ 前回の時は、転けて川に落としちゃったんだよね。今回は気をつけ…うわっ!」そう言った途端に何かに躓いて、見事顔面から地面に突っ込む。しかも水溜まりの上にビチャリと。大切な荷物を守ろうと両腕を高く持ち上げたので、受け身が取れなかったのだ。「うぅ…痛いよぅ。でも、荷物は死守できたからね。」ドロドロになりながら起き上がると、前に誰かが立っていて、不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。もしや…と思い眼鏡の汚れを拭き取ってみれば、案の定、その人の服が泥水で茶色く汚れていて。「おいおい、何すんだよ、あんた。俺の一張羅が汚れちまったじゃねえか。」「ご、ごめんなさい。」「ごめんなさい済むなら警察はいらねえよな? まあ、許してやらない事もないが…ちょっと顔かしな。悪いようにはしねえよ。」気持ち悪いほどの猫なで声を出しながら、腕を掴み、荷物を取り上げてから、その少年を仲間の待つ路地裏に引きずり込んだ。難癖をつけて言う事を聞かせる。ごろつき達がよく使う手段の1つだ。運悪く、この少年が今回のターゲットになってしまったようだ。数人の男に囲まれて小さくなっている少年。「服の弁償はお前の体でいいぜ。」「か、体って…ぼくは…」「金持ちのメスとちょっと寝ればいいのさ。簡単な話だろ?」顔を覗き込み軽く顎をしゃくれば、怯えたように目を逸らす少年。これなら簡単に落とせそうだなと、ニヤつく男達。「で、でもあの…」「ん~お前何処の奴隷だ? ご主人様に迷惑かけてもいいのかい?」最後の一押しと、所有者の名前が刻まれた首輪に手を伸ばす。「あ、駄目です。その首輪は…」「ん…キゲンデ・プッラト・シロウ=カズ…」首輪を掴みそこに彫り込まれている所有者の名前を読み終わる前に、ごろつきが煙を噴いて倒れた。「ご主人様がトラップしかけてあるんですよ。ってもう遅いですよね…」名前を聞いた途端に他の男達が顔色を変えてざわめく。「シロウって…もしかしてシロウ=カズサか? あの、変態魔法研究者…の。」「ああ~失礼な! ご主人様は変態じゃありません~~~!!」「ひい、に、逃げろ! あんなのに係わったら何されるかわかったもんじゃねえ!」蜘蛛の子散らすとはまさにこの事か…一目散に逃げていく男達。「ひ、ひどい~! ああ! 荷物返して下さい~~~!!」後に残ったのは踏みにじられて無惨な姿となった紙袋が1つ。「あう…またお使い失敗です…」ぼくは2年位前にこの『ネコの国』に迷い込んでしまった人間だ。さっき難癖をつけてきたのもネコの国の住人な訳で、全身毛皮に覆われたネコ姿の半獣。『ネコの国』の男の人は、大体が半獣か、もさもさのトトロみたいな姿をしている。何でか女の人は、ぼくと同じ人型で、違うのはネコ耳と尻尾がついる所。ここにきた当初は色々あって、ぼくは身も心もボロボロだった。そんなぼくに優しく(?)手を差し伸べてくれたのが今のご主人、シロウ=カズサ様。姿は半獣?と言うのか、ほぼネコ。今までご主人様のような姿の『ネコ』は見た事がない。体はぼくより大きくて、2本足で立って歩く。体はふかふかの真っ黒い毛に覆われていて胸元に白い差し毛が入っている。瞳は綺麗なエメラルドグリーン。性別、男仕事は魔法の研究。らしい。ぼくは詳しく知らないんだ。研究室には絶対に入れてくれないし、聞いても教えてくれないから。回りからは一目置かれるみたい。昔ご主人様を怒らせた猫が……って噂も絶えない。 変態とか失礼な事言われるようになったのは数年前から。どうもぼくの所為らしい。『ヒト』って珍しくて、人召使の男は、お金持ちの女性が持つものなんだって。お仕事の内容も普通は…ええと、その、夜のお供…Hなわけで…人との間には子供が出来ないから色々いいみたい。だから男のネコが、男の人召使を側においておくだなんて気が知れない、おかしい…て。それで『男食い』やら『変態』やら言われるようになってしまったんだ。でもそれは違うんだよ。だって、だって……そんな事を考えていたら、お家に着いてしまった…そーと玄関のドアを開けて怖々と挨拶をする。「あ、あの、ただいま…です。」そうしたら研究室ってプレートが掛かったドアの隙間から、手だけが現れて荷物をよこせって指が動く。「あ、あの、ご主人様、その、ええと…」「…またかよ…」「ごめんなさい~!」そうなんだ、またなんだよね。お使い失敗したの。前もその前もそのまた前も…だけど。ぼくは本当にドジで何をやっても失敗ばかりで。食事を作れば鍋を焦がし、洗濯すれば染みだらけ、掃除をすれば物がなくなるか増えるかする。いつもの事なので、ご主人様も諦めていたのか、呆れたような力の抜けた声。それでもまだ指は動いていて、ぼくに来いと言っているみたい。小さくなりながらドアの真ん前に行けば首輪掴まれて引き寄せられて。「…トラップ発動してる…。 何があった?!」声を荒げて怒鳴られた。この首輪のトラップは、ご主人様が魔力を込めて作ってくれた物で、発動したら、また魔力を込めなくてはいけない。それをやるだけでも魔力を無駄に使ってしまう訳で、うう~これで2つのポカだ…ご主人様怒っちゃってるんだろうな…「ええと、あの、その、ぼくがドジしちゃって…」「体は?」「え? はい。 何ともないです。」「はあ、お前はほんっとーーーーーに駄目駄目だな。」いつもの声の調子に戻っていた。もしかして…心配してくれたのかな? ちょっぴり期待してみたり。「体洗え、部屋汚すなよ。」 首輪を離してからタオルを投げつけられ、早く行けとばかりに手でシッシとされた。一気に気持ちは急降下。シャワーを浴びながら自分の体を鏡に映してなぞっていく。このツルペタで凹凸の無い体って何? 本当はぼく、これでも15歳になる女の子なんだよね…昔から成長悪くて、チビでガリで女の子の月のものまだだし、本当貧粗で…って自分で何言ってるんだろ。まあ、これだから男の子で通ってるんだけどね。何で変な噂流れるのに男のカッコをさせるんだろう…ってずっと不思議に思っていたんだけど、これはご主人様の優しさなのかも知れないって数日前に知ったんだ。ちょっと前にお友達になった人召使君に教えてもらったんだけど、女の人奴隷って体力なくてすぐ死んじゃうとか、闇ルートで売買されてるとか、使い捨てとか…その訳は知らないけど…あまりいい噂を聞かないそうだ。ぼく2年以上もこの国にいるのに、何も知らなかった。人召使いの本当のお仕事も知らないままご主人様の傍で、何もせずぬくぬくと暮らしていたんだ。お風呂から上がって、そのまま出て行ったら何かにふかっとぶつかった。眼鏡無いからよく見えないけど、ご主人様だ。ぼくが出てくるのを待っていたみたい。体を少し離してから、ぼくの事を頭上から足先までじろじろ見ている。隠すような所ないけど…一応タオルで前を隠して、モジモジしながらご主人様を見上げる。「あの…何か?」いきなりご主人様がタオルを奪い取って、ぼくの体に触れた。ご主人様の掌は、柔らかい肉球とその間から生えている毛でふにふにしてとても気持ちが良いんだ。ここに来た当初はよくこの掌で撫でてくれていたんだけど、1年前からあまり触れてくれなくなった。全身ゆっくり撫で回されたと思ったら顎に手を添えて顔を上に向かされた。ご主人様の顔が目の前にあって、宝石みたいな綺麗なエメラルドの瞳がスッと細くなる。もしかして、ぼくを人召使いとして使ってくれるつもりなのかな…何も出来ないぼくに残されている事ってこの体くらいだから。そりゃ、初めてでどうすればいいか全然わからないし、少し怖いけど、ぼくご主人様が大好きだから何されたって大丈夫。何だって我慢出来る。覚悟を決めて目を閉じたら、鼻先とオデコにざらりとしたネコ舌の感触。その後ぺたりと何かを貼られた。「異常ないみたいだな。」「へ?」情けない声出して固まったまま目を開けると、タオルを頭に掛けられ、ご主人様の気配が遠ざかる。慌ててタオルを外したら、ご主人様の後姿が目に入る。大きな尻尾を左右にゆらゆらさせながら、そのまま研究室の中に消えていった。鼻とオデコに絆創膏が貼ってあって、今のはぼくの体を調べてくれていたんだって…うわ。ぼく、何勘違いしてるんだろう。ここ数ヶ月ご主人様は研究室に篭りっぱなしで、顔を会わせる事も少なくなっていた。初めのうちはお仕事で大変なのかな? って思っていたんだけど、それだけじゃないみたい。何となくだけど、ご主人様のぼくに対する態度が変わってきているような気がするんだ…さっきの事だってそう。前から言葉使いは乱暴だったけど、どこかが前と違う。ぼくを遠ざけているような、避けているようなそんな気がして。毎朝、ご主人様より早くに起きて食事のお手伝いとかしたいのに、気が付くと目覚まし時計止まってて。慌てて台所に行くと、もうぼくの分の朝食がテーブルの上に用意されている。ご主人様は片付けまで済ませて研究室に。 前は、どんな時だって食事は一緒に食べてくれていたのに…ぼくも練習がてらおかず1品作って。ご主人様、不味いそれを文句を言いながらも食べてくれていた。それがとても嬉しくて。話とかしなくても一緒に食事をとれるのっていいなって思っていたんだ。やっぱりぼく駄目駄目で嫌われちゃったのかな…呆れられて見限られちゃったのかな…そのうち捨てられちゃうのかな…て、最近悪い事ばかり頭に浮かんでグルグル回っている。今朝も1人テーブルについて寂しく食事。とても美味しい料理だけど…何だか少ししょっぱい。そう思ったらスープに何か落ちた。あ、気が付かないうちにぼくの涙で味付けしちゃってたんだ…「ダメダメ、こんな気弱になっちゃ! ますますご主人様に避けられちゃう。」ごしごし涙を拭い両頬パシッと叩いて気合いを入れる。そうだ、落ち込んでちゃ駄目だ。急いで食事を済ませ洗い物をする。食器は、全て割れないアルミ製の物。よく落として割っていたから、ご主人様が全部交換してくれた。洗濯物(ご主人様は服を着ていないので殆どがぼくの物。)をまとめて洗濯機に投げ込む。ボタン押せば乾かしまで完了してしまう全自動洗濯機。これもぼくの所為で交換した物。ぼくの為の無駄な出費…ぼくって居るだけでも迷惑だよね…って、落ち込んじゃ駄目だってば!他にも何かお手伝いしたいんだけど、やれば失敗して、ご主人様の仕事を増やしちゃうから止められているんだよね。「お前は何もするな!」て、あの柔らかい肉球でポクンとよく殴られたっけ…。何かぼくに出切る事無いかなって、ご主人様のいる研究室に行ってみる。いつもはしっかり閉まっているのに、今日はドアが少し開いていた。その隙間から中を覗いたら、ご主人様がベッドの横で上向きで転がっている。「ご主人様?」声かけても返事無くて、かわりに小さな唸り声が聞こえてきた。入るなって言われていたけど…もし苦しんでいたらって心配になって、そーっと中に入って側に行く。様子を窺ってみたら、ご主人様寝てるだけみたい。規則正しく胸の白い差し毛が上下してる。手を伸ばしてその毛を梳いてもピクリとも動かない。相当疲れてるのかな…根を詰めすぎないでほしいな。何かあったらぼく…そう言えば…こうやってゆっくりとご主人様をみるのは久しぶりだ。たまにふくふくする鼻とか、ぴんぴんしている髭とか見ているだけでも心がほわわってする。前は、ブラッシング、耳掃除、爪の手入れとか身の回りのお世話を遣らせてもらっていたんだよね。下手なりに頑張って。ご主人様、文句言いながらも終わるまでじっとしていてくれた。研究室に篭ってからは、ほとんど触らせてくれなくなっちゃった。いくらやっても全然上達しないから、もう、ぼくにはやらせてくれないのかな…また涙が出そうになって慌てて頭を振ってやり過ごす。やだな…今日のぼくは少しおかしい。先日お友達に、ご主人様を喜ばせたいって言ったら、やっぱり一番はエッチじゃないかなって。ぼくのエッチの知識って学校で習った性教育位だったから、色々と教えてもらったそれは、びっくりする事ばかりだった。勝手にそんな事するのいけない事だと思うけど、初めてはご主人様とがいいし、好きな人とのエッチって気持ちいいものって言ってたし、ご奉仕してあげると男の人は喜ぶみたいだし…何も出来ないぼくだけど…ご主人様を気持ち良くさせる事位は出来るかも知れない。もしこれが上手くいったら、ぼくにもお仕事をさせてくれるかもしれないし、少しはぼくをみる目を変えてくれるかもしれない。敏感な耳の所に軽く触れてみると無意識の反応でプルルと動く。でも目を覚ます気配は無い。誰もいないのはわかっているけど、辺りをキョロキョロ確かめてからゴクンと唾を飲む。「…ご主人様、起きませんよね?」ドキドキしながらご主人様の股間に手を伸ばしてみれば、毛皮の奥に何かコロンとした物に触れる。これって…たまたま? ここもネコと同じなんだ。それじゃあってその上の毛を掻き分けてみたら…あった。プクンとした脹らみ。両方の手でいじっていると、中からピンク色のつるんとした物が姿を現す。これがオチンチンだよね…? 何か思っていたよりも小さくて可愛い。ぼくの小指より太いかな。やっぱりヒトとは違うんだ…。指先でチョンと突っついてみたら、ご主人様が小さく唸った。ここって敏感なんだ…これ以上触たら気持ち良くする前に目を覚ましてしまうかもしれない…それならばとズボンと下着を脱ぎ捨て、ご主人様を跨ぐ。ぼくの心臓は早鐘のようにバクバク打っている。エッチするなら今しかない。何故かぼくそんな脅迫観念に囚われてしまって。ちょっと無理なカッコでご主人様のモノに腰を下ろしていく。先っぽがぼくのあそこに触れるとそこから背筋にかけてゾクゾクッとした。なんだろう。この感じって…やっぱりいけない事しているからかな? やっぱり止めた方がいいのかな?って躊躇していたら、いきなりご主人様が目を開けた。「あっ…?」「あっ…!」目と目が合ったとたん、びっくりしてそこにしっかりと座り込んでしまった。…もしかして全部入っちゃったかもしれない…そのままの状態で数分固まってしまったぼくとご主人様。「おい、こら、ナニやってんだよ!!」「ごめんなさい、あの、エッチ…してます。」ぼくの答えを聞いたら繋がったそこと、ぼくの顔を交互に見て、素っ頓狂な声を上げた。「バカ、アホ、マヌケ!! 早く退け!!」ぼく、慌てて立ち上がろうと体に力入れたんだけど、何故か動けない。それじゃあって腰だけを上げようとしたら、中が裂けるんじゃないかと云うくらいの激しい痛みが走って、ぼくはまたそこにへたり込んでしまった。「い…いたい…。 どうして…?」「ああ、全部入れちまったのか……だからバカって言ってるんだよ!!」「ふえ…何でですか?」「お前な~猫のペニスがどんなモノなのか知らないのか?」「…はい。」「トゲトゲが付いてるんだよ! 入れる時はいいけど抜く時にそれが引っかかって痛いんだ!はあ~お前何も知らないんだな…」ご主人様呆れたみたいで、顔に両手をやってから頭をぐしゃぐしゃと掻きむしる。「まったく…何でこんな事を……」「ぼくちゃんとお仕事したかったんです。ぼく役立たずだから…家事下手くそで…お使いもちゃんと出来ないし…すん…普通、人召使いはこんな使い方するモノなんでしょ? ぼく主人様に気持ちよくなってもらいたくて…クスン。やっぱりぼくは駄目駄目なんですね…」今まで我慢していた涙があふれてきてしまった。首輪をもらったあの日から、泣かないって決めたのに…泣き虫なぼくを、もうご主人様には見せたくなかったのに…「ああ、泣くな! だから、お前は何もしなくていいと言ってるだろう。全く馬鹿な召使いだ。」ご主人様ぼくの涙を少し乱暴に手で拭い、少し考えてからボソッと呟いた。「…仕方ない、目ぇ瞑れ。」鼻をすすりながら両手で顔を覆うと、ご主人様は聞き取れない位小さな声で呪文を唱えはじめる。詠唱が終わると、ぼくのお尻に敷いていたふかふかの毛の感触が無くなっていき、かわりに温かい肌の感触。ぼくの中の物もなんか少し変わってきたような…びっくりして手を顔から外すと、目に入ってきたのは、裸の若い男の人。黒い癖のある髪の毛の中から、黒いネコ耳がピンと立っている。ぼくのお尻をくすぐっているのは、黒い大きなシッポ。だと思う。…瞳は宝石のようなエメラルド。男の『ネコ』でもマダラという少数が女のネコと同じ姿してるって聞いたことがある…「ご主人様…ですよね…?」ご主人様、何も言わないで上に乗っているぼくを押し退ける。引っかかりの無くなったソレは力なくずるりとぼくの中から出て行った。ご主人様、ぼくに背を向けあぐらをかいて大きな溜息1つ。耳は怒ったように頭に張り付き、お尻から生えている尻尾が不機嫌そうにブンブン揺れ、床を叩く。ぼくは小さくなりぺたんと床に座り込んで様子を窺い、言葉を待つ。ご主人様ぼくを横目で見てまた溜息。そして長い長い沈黙。それに耐えられなくなったのはぼく。広い背中に恐る恐る手を伸ばし軽く触れると、ご主人様の耳がピンと立ち上がり尻尾がブワっと膨らんだ。「あの…ご主人様、ぼくは…」「出て行け!!」言い終える前にドアの方を指差して、これ以上ないって位の剣幕で怒鳴りつけられた。やっぱりぼくは何も出来ない駄目な召使なんだ…ご主人様を気持ちよくさせることすら出来なくて、かわりに変身という魔法で貴重な魔力を無駄に使わせてしまったんだ。「ご主人さ…」「早く!!」その一言で突き放されたような気がして、捨てられた気がして、ここを出て行ったら一生ご主人様にあえなくなるんじゃないだろうか…不安で必死に尻尾に縋り付く。「ごめんなさい、ごめんなさい、スン、嫌いにならないで…ボクを追い出さないで…」「ああもう!! 早くここから出て行けと言っているだろうが。今までの俺の苦労が全て無駄になる!」尻尾を掴んでいる手に力を込めて、頭プルプル振りながら嫌々をする。「お前は本当に大バカ者だな。どうしてくれるんだ。この姿は……」こちらに体を向きなおし尻尾をブンと振れば、ぼくの手は簡単に振り払われてしまう。ますます不安が広がって涙がまたこぼれた。「ひんっ…ご、めんっ…なさい…ぼくご主人様しかいないのぉ…ここに…居させて下さいぃ…ぼく、どんな事でも…ひっく…しますから…」ご主人様の膝に手を置いて、顔を見上げ懇願する。そうしたら、ご主人様の瞳孔が暗闇の中にいる時みたいに大きく広がって、すぐに線みたいに細くなった。『ネコ』の瞳は感情の起伏でも状態が変わるものなんだ。ご主人様は今何を考えたんだろう…?「わかった…じゃあお前の希望通り人召使の仕事をさせてやるよ!!」言うなり腕を引かれて押し倒されてしまった。上から睨み付けられている顔は凄く怖くて、でもキラキラと輝いている瞳は綺麗だなと思った。ぼくのシャツを力任せに引き裂き、現れた肩口に歯を立てて噛み付かれた。「いたっ…!」「何でもするんだろ? どんな事でも我慢しろ。」いつもとは違うドスを含んだ低い声。怒られた事はあったけど怒鳴られた事は一度もなかった。言葉遣いとかは乱暴だったけど乱暴に扱われる事は一度もなかった。ぼくは完全にご主人様を激怒させてしまったんだ。何て事をしてしまったんだろう。ぼくは取り返しのつかない事をしてしまったんだ…
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