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万獣の詩04

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万獣の詩 ~猫井社員、北へ往く~ 第4話

 
 
=─<Chapter.4 『AQUA VITAE』 in >──────────────────────=
 
 
 ――9:00~15:00、清掃中につき入浴不可――
 これは分かる。
 
 左方に掛かった青い「男」ののれん、右方に掛かった赤い「女」ののれん。
 これも分かる。
 
 問題は。
 
 赤と青ののれんの挟まれた中央、「混」を表する紫ののれん。
 
 
「今日こそ皆でここに入ろうぜー ――でっ!?」
 言った傍から間髪入れず、ネコの副主任が後頭部をはたく。
「たっ!?」
 呆れた顔をしたイヌの主任がポカリとやる。
「どぉあっ!」
 あまり深くは考えずにオオカミの大男が背中をどつく。
「あでぺっ!?」
 タカの青年、なんとなくノリで側頭部をばちこん。
「にゃっ」
 カモシカの女騎士、なんとなく面白そうだったという理由で眉間にチョップ。
「み゙ゃっ」
 追い討ちをかけるようにヘビの尻尾ビンタ。
 
 あまつ最後までオロオロしていたイヌの少女にまで、
「………た、たあぁ!」
 ぽす、とわき腹に右ストレートを入れられては、痛くはなくてもハートが傷つく。
 ヒースクリフ・ワザリングスカイのナイーブな心が傷つくのだ。
 
「ひ、ひでぇー! 何だよてめーら、よってたかって――
 でも。
 むんずと。
「じゃあ、『これ』は任せたわよ」
「ああ、分かった」
「ギャー!? 何すんだよたいしょー!!」
 そんな事はこの際どうでもいい、傷つこうと傷つくまいと。
 襟首を掴まれ、ずるずると男湯へと引きずられていく赤毛のネコ。
「離せー!!」
 おお、とうとうオオカミの大男に足首まで抱え上げられた。
 見事なまでの担架運びに中ぶらりん。
 
「……学習能力が無いわね」
「ああ、全くだ」
 昨日も、一昨日も同じような事を言っていたような気がする。
 なにか、『混浴は男のマロンだー』とか。
 
「うむ、いっそ明日はハリセンでも持ってくるかな」
 スパーン!と良い音がしそうである。空っぽそうだし。
「あら、じゃあ私は帳簿でも持って来ようかしらね」
 パカーン!と良い音がしそうである。スカスカそうだし。
 
「じゃ、じゃあ……拙者はとんかちっ「「いや、それは流石に危ないから」」
 
 
 
=―<4-1 : Heathcliff in : 5th day PM 9:08 >───────────────────=
 
 
「風呂だーーーーーー!!」
 疾走、跳躍、着水。
 盛大に上がる水音と、派手に飛び散る水しぶき。
 おっけー、さいこー。
「うひゃーー♪」
 すぐさま泳ぐ。泳ぐ泳ぐ泳ぐ。
 
「ぎゃあぎゃあうるせえなあ…」
「身体洗う前にお湯に入るだなんてマナー悪いですよー」
 入り口の方で何か言ってるのは無視。
 つーかこんなにお湯があって、しかもオレらしか入る奴らが居ねーんだ、
 ちょっとくらい汚れたって大した事ねーだろ?
「細かい事気にすんなよー」
 そういって湯船のヘリを掴んでバタ足。
 あー、広いっていいなー!
 
 
――< interrupt in >─―
 
 俺が言うのもなんですけど。
「わー♪」
 ホント師匠って、なんであんなに馬鹿なんですかね?
 
 さっきまであんなにプンスカ怒ってたのに、三日どころか三分も経ってませんよ?
 鳥頭より酷い。
「にゃー♪」
 あんなんで俺の倍近く生きてるとか、どう考えても理不尽です。
 
――< interrupt out >─―
 
 
「……ヒース、だからその、鳳也やイェスパーの手前、もう少し節度をだね――」
「はぁ? 何言ってんだよたいしょー、無粋だなぁ」
 タオルで前を隠したラスキの大将が
 例によって面白みの欠片もねー事を言うけど、こればっかりは譲れねーな。
「大浴場だぜ? しかも貸切なんだだぜ?」
 そうさオレ達ゃエンペラー。
「ならここで泳がないでいつ泳ぐんだよっ!」
 今しか出来ない事を今楽しむ。
 それが人生を楽しく生きる上での一番のヒケツってヤツだろう?
 ……だっていうのに、なんだ、皆ノリわりーな。
 なんか不自然に目を逸らして。
 ラウと鳳也に至っては、完全にシカトして身体洗い始めてやがるし。
 
「…だからって無理して泳ぐ必要もないじゃないか……」
 でもそんな中でも一人、きっちりツッコミを返してくれるのがラスキの大将。
「ハッ! 大将、分かってねーなぁ」
 期待通りの観客的反応、分かってねーけど分かってるじゃねーか。
 おかげでオレも次継ぐ言葉に困らなくて済む、そういう律儀な所が大好きだぜっ!
 
「温泉と言ったら『覗く』か『泳ぐ』! それが男のロッマーン、だろぉ!?」
 
 ざばーっと立ち上がって、ビシィッと大将を指差す。
 うん、決まった! フクゾー・モグロもビックリなくらいにバッチリ決まった!
「ししょー、前ぐらい隠してくださーい……」
 うっせーなー鳳也の奴、だからそういう細かい所をいちいち気にするんじゃねーよ。
 大体オレはタンショーでもなけりゃホーケーでもねーぞ、
 隠さなきゃいけないような自信のねーモノなんか持ってねーや。
 
 そもそもだな、
「団体旅行での枕投げ、女子部屋行き、隠れて酒飲みは基本だろ!?
体育祭や文化祭に、メンバー全員で一致団結するのは普通だろ!?」
 こういう風な時、必ず「バカバカしい」とか「将来役に立つわけでもないし」って
 真剣にやらないで非協力的な奴が一人くらい居るけどな、
 でもそういう奴はオレに言わせりゃ、もう人生の半分近くを損してる、若さがない!
 
 若い時の無茶は、若い時にしか出来ないんだぜ?
 過ぎ去ったセーシュンは戻って来ない、一度きりのセーシュンなんだぜ?
 ……だったらそのセーシュンを目一杯、楽しめるだけ楽しまなくてどーすんのよ!
 オレ様まだまだ63歳、人生の10分の1も生きてませーん!
 
「だから皆ももっとセーシュンを楽しもうぜ! 具体的には明日こそ混浴とかっ!」
「はいはい」
 ――だってのに冷たっ!?
 一度しかないセーシュンだってのに冷たっ!??
 なんか「はいはい」って、ラスキの大将までオレの事無視してザバザバ身体洗い出すし。
 そりゃねーだろ? なぁ?
「しゅにーん、そっちに置いてあるトリ用シャンプーちょっと取ってくださーい」
「あーこれだねー? そーら」
 …何だ何だ、しかも共謀してオレの事無視しやがって、この良い子ちゃん共め!
 お前らだって男だろ?! おっぱい大好きの野獣だろ?!
 大体、こっちは五人、向こうは三人、多数決の原理で勝ってるじゃねーか、
 混浴という桃源郷を目前に、どうしてそれに訴えねーわけ!?
 しりちちふとももが嫌いな男がどこにいる、お前らだって女体の神秘に興味津々くせに、
 なんで混浴を否定するんだ、どうして男のロマンを否定するんだー!
 にゃーッ!!
 
 
――< interrupt in >─―
 
「――多数決の原理で勝ってるじゃねーか!」
「――どうして男のロマンを否定するんだー!!」
 ……馬鹿だなこいつ。
 いくら壁二枚隔ててても天井は仕切りなしで繋がってんだから、
 んな大声で叫んだら普通に考えて女湯に丸聞こえだろうってのによ。
 
「にゃーッ!!」
 ……ああ、こんだけ離れてても女湯の方で
 みるみる殺気が膨れ上がってんのが分かっちまう自分の勘が難儀だぜ。
 …あいつ、死んだな。
 くわばらくわばら。なんまんだぶなんまんだぶ。
 
――< interrupt out >─―
 
 
「…大体てめぇ、ネコのくせに何だよそのテンションの高さは……」
 ん? ざっと身体を洗ったみたいでいそいそとお湯に入ってきたラウのヤローが
 何か哀れんだような目でこっちを見てくるな。 
 ……へん、なんだいオオカミのくせしてこそこそ前をタオルで隠しやがって。
 自分のモノに自信の持てない、
 欲望に正直になれねー男の哀れみなんかいらねーぜ!
「風呂嫌いじゃなかったのかよ、ネコは」
「ははん、そりゃー風呂は嫌いだけどな、でも温泉は別だ!」
 再度ビシィッと指差しちゃうオレ。
 …むやみに人を指差すなってかーちゃんが言ってた気がするが、まぁそれはそれよ。
 
「なんてったってケンコーにいいからな、温泉はっ!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 
 
――< interrupt in >─―
 
 ……確か、入り口に書いてあったけどな。
 
   ━━このお風呂の効能━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 
     そんなものありません、単なる普通のお湯です。
    大体こんな雪原のど真ん中で温泉なんて湧くわけないじゃないですか。
    無理して入っても病気が治ったり美容が増したりとかしませんので
    長湯してのぼせないようにしてくださいね。あしからず。
   ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 
 ……いや、わざわざそういうのを明記する辺りどうなんだろうというか、
 ウサギの考える事はやっぱりよく分からないなぁとも思うんだけど。
 …でもあの調子じゃヒース、少しも読んでないな。
 『旅館の大浴場=温泉=健康にいい』っていう彼らしい安直思考とでもいうか……
 
 ……ああでも、いつだったかヒースが酷いインフルエンザに掛かった時、
 キャロが人に伝染(うつ)す前にさっさと帰らせようって、
 『ヘビの国の超貴重な霊薬よ』って色付きの砂糖水渡して帰らせたら。
 
――『すげー、メチャクチャ効いたぜあの薬ー♪』
 
 ……次の日元気ピンピンになって出社してきたっけ。
 …………
 …………
 ……まぁ、イワシ占いも信心からって言うし、信じてるのなら効果はあるのかもね。
 ここはそっとしておいてあげよう…。
 
 
 
=―<4-2 : whirlwind of grassland : 5th day PM 9:13 >───────────────=
 
 
 濡れたタイル張りの床に、同じく壁を見ればの水滴を孕んだタイル絵。
 ほこほこと立ち昇る白い湯気は湿気をたっぷり含んで、
 かぽーんと音がしてきそうなくらいの、ばっちりのどかな銭湯風景。
 
「はぁ~、ごくらくごくらく~~~」
 ざぼん、とお湯の中に入った大将が、ん~と手足を伸ばしながらそう洩らす。
 ……ハァ、じじくせーなぁ。『まだ』65だってのに。
「若さが足りねーんだって大将、もうちょっとこう、若者らしくしてみたらどうなんだよ」
 思わずそんな悪態だって口から出て来もするんだけどよ。
「そんな事言われたってねヒース、今日も一日寒い中駈けずり回ったわけだしさ」
 このイヌときたら、ゴキゴキ首や肩を鳴らしながら、
「もう肩が凝って肩が凝って、腰は痛いは足先は冷えるわ、背中は突っ張るは……」
「……あんた肉体年齢幾つだよ……」
 『あ゙ー』とか『ゔー』とか言いながら首筋揉んでやがるし。…ゾンビかよたいしょー。
 ったく、年がら年中堅っ苦しいカチコチした服着こんで、
 一日中デスクに座りっぱなしか歩き回ってばかりかの仕事なんてしてるから、
 そーいう風に老化が進むんだよ、肉体がジジイになるんだ。
 そんなんじゃベットの上で女も喜ばせられねー、
 つーかギックリ腰とか起こしたりしたらどうする気なんだ? 洒落にもなんねーぞ?
 
「そういう事言うから師匠はお子ちゃまだって言われんだですよ」
「…………ん」
 だっつーのに、こいつらまで。
「そうだそうだ、風呂が身に染みるようにならねえ内はまだまだガキだってこった」
 ラウのヤローまで大将に肩入れするのが気に入らねー。
 
「あ゙ー、古傷に」「肩こりに」
「「お湯が染みるな~~~~~~」」
 …………。
 …くっ!
 ち、ちくしょー、悔しくなんかねーぞ、お前らだけ勝手な意気投合されたって!
 
「ぼくは茹っちゃうので…………」
 …ん?
「……熱いお湯には入れないんですよね」
 …………。
 
 
 ぽつん、とそいつだけこっちじゃなく隣の水風呂に入ったヘビが一匹、
 じっとりとした目でオレらの方を見て来やがる。
 暗っ!?
 つーか暗っ! ていうか忘れてたよイェスパー、お前の存在!!
 なんでお前いつもそんなに根暗なわけ!?
 
「べ、別に熱ーいお風呂に入らなくったって銭湯の醍醐味は味わえるさ、ねぇラウ君?」
「そ、そうだな、ぬるーいお湯に長く浸かるってのも、悪かぁないぞ、なあゲロにゃん?」
「オレに振んなよ!?」
 引き攣ったお愛想笑いを浮かべたイヌ科の連中からバトンタッチされてもよ?
 あのな、お前らオレが何か気の利いた台詞を言えると思ってるのかと。
 本気で思ってるのかと。
 
「…………」
 ああほら、視線を外して、なんかいじけだして。
「ぼ、僕らはなんてったって種族が違うんだからね、そういう部分の差異は仕方がないさ。
変に画一的になろうと肩肘張らないで、各人が楽しめるように楽しめばいいんだよ」
「そうですよイェスパー、せっかくの裸の付き合いなんだから」
 ……って、鳳也?
「もっと気楽に――」
 …あっ!? こら馬鹿、やめっ
「――リラックスですよー♪」
 
 
   ――バッシャアン!!――
 
 
「ギャー」「うおわぁっ」「っ!」「…!」
 弾け飛ぶ湯と、それを頭から被る羽目になったオレらの悲鳴。
 薄目の先に映ったのは、視界一杯に広がる白、白、白。
「ん~♪」
「ん~、じゃねえよ馬鹿! あれほど羽根広げんなって言ってただろーがっ!!」
 理不尽なくらいの全展開。
 畳んでた時も十分邪魔っけだったけど、広げると更に当社比五倍の邪魔ぶりだ。
 広かった浴場が、おかげでいきなり狭くなる。
「んな事言われてもですよ。部屋はあんな狭いんだし、
お風呂でぐらい羽根を伸ばしたっていいじゃないですか」
「っだぁ! 羽毛飛び散らしまくりで何言ってやがるバカドリ! いいから広げんな!」
 そうだそうだ、
 なんか“ん~”って両手組んで前の方に伸びしながら暢気に言いやがってよ。
「お前の羽根はでかすぎるんだっつの、常識外なんだよ常識外!」
 辺りの床や湯船には無数の羽毛がプカプカ浮いちまうし、
 要はばっちいから広げんなって――
 
「……グダグダうっせーんですよてめぇら。目ん玉突つき抜かれてーか? あぁ?」
 
 ――おぉぅ?
 ……ホ、ホウヤ?
 
 
   ※お酒を飲んでからすぐにお風呂に入ると酔いが回りやすく危険です
   ※アルコールにあまり強くない人は控えるようにしましょう
 
 
「大体なぁ」
――バッサ――
 ちょ、何丁寧語やめてタメ口になってんだてめぇ。ていうか逆切れか!?
 …いや、それよりもお前、やめろ、やめろ!
 
「『狭い』んだよ、このホテルも、この街も」
――バッサ、バッサ――
 分かった、分かったから! 分かったからやめろ!
 は ば た く な !
 
「ほ、鳳也ブレイ 「「シュバルツカッツェも、ル・ガルも、アトシャーマも!」」
――バッサバッサバッサバッサ――
 ……でも無駄だったっぽい。
 一度勢いがつけられたそれは、もう大将の静止も空しく荒れ狂いだす。
 うわー、大惨事。
 
 
 …つーかでっかいだけならいいんだよ。
 羽根がでかい、邪魔っけだっつーだけならまだ問題もねーんだって。
 ……問題なのは、それが『浮く』っつー事で。
 トリの中でも猛禽って呼ばれる鳳也の、オレより頭一個でかくて体重も90kg近い、
 その身体があれで浮く、空を飛ぶって事が問題なんだ。
 オレやティルだったら抱きかかえたまま飛んでける野郎だから、
 まー最大積載量は自重も含めりゃ確実に150kg越えてるんじゃねーかな。
 実際鳳也の背中見てみりゃ分かるけど背筋とんでもねーし。
 異形の背中ってか、ある意味凄い通り越してグロい、あそこまで行っちまうと。
 もうね、鬼の顔よ鬼の顔、地上最強生物もびっくり。
 
 
「『狭い』んだよ! あんなゴチャゴチャ、ちまちま建物建てやがって!!」
 
 ――ガリガリガリ、とか、ズガガガーッって音を立てて、腰掛けや桶が滑ってく。
 台上のシャンプーが転がり落ちて、そのまま壁際まで猛然と転がって行きやがった。
 入口のガラス戸が、まるで嵐の夜の窓みたいにガタガタと鳴って、
 湯船には放射状に荒い小波、ざばざばと口切り一杯の縁から溢れ零れる。
 ……『ただ羽ばたいてるだけで』だぜ?
「なんだよあの狭い路地とか、人多すぎの大通りとか! おかしいだろバーカ!」
 誓って【魔法】じゃねー、ただの【物理現象】だよ。
 …そんな魔力一切無しのただの肉体活動だけで、これだけの事を起こしやがる、
 それがこのノリ軽トリ野郎のアホみたいなトコ。
 つか、まじ台風。建物の中なのに。よっぽど魔法だろコレお前。
 
「トリだってな、十分な広さがないと空飛べるだけ羽ばたけないんだよ!
だっつーのに人ごみの中で『トリさん飛んで見せてー♪』って、無理むりムリ無理!」
 いや、むしろ建物の中だからか?
 壁とか天井とかに当たった風が跳ね返ってきて、なんかもう乱気流状態じゃね?
 瞬間最大風速何mいってんだ? 20m/s? 30m/s?
 風呂入ってるからいいものの、素で地面の上だったらこれぜってー立ってられねーぞ?
「トリなら空飛べて当たり前とか、無条件で空飛べるとか、皆思いすぎ!!」
 辛うじて薄目を開けた視界の先で、四方からぶつかり合った風に巻き上げられ
 スパーンと1m近く垂直に跳ね上がる湯桶まで見えやがる。
 ちょっ!? ツイスター!!?
 広げればちょっとした大通りでも端から端まで塞げる翼だけでも十分異常なのに、
 局地的台風とかつむじ風とか起こしてんじゃねーよ、この非常識生命体!
「ネコも、イヌも、ウサギも、トリの事全然考えてねーし。何このトリに優しくない街!」
 
 ――なんて叫びたいんだけど、でも言葉になんねぇ。
 至近距離からの風圧と水しぶきで、満足に目も口も開けてられないような状態で。
 立ち上がったら立ち上がったで、仰向けにひっくり返るのは目に見えてる。
「トリがトリなのに満足に『羽根も伸ばせない』ってどーいう事よ、ええ!?」
 よく見えねーけど大将もラウもイェスパーも、もう風呂の縁や壁に掴まりながら
 掛かってくる水圧と風圧に顔を庇うので一杯一杯な見たいだ。
 ……おいおいおいおい、つーか洒落になんねーぜ?
 このままじゃやべーかもって、マジで真剣にヒヤッとし始めた時。
 
「――酷いですよー……うえーん」
 ピタリ、とやんだ風。
 背中に垂直90度の状態で見事に静止した翼。
 よよよ、と湯船の中に泣き崩れるトリ。
 つか『うえーん』って。
「どうして皆して俺の事いじめるですかー」
 …………。
 ……こ、この酔っ払いめー!
 イェスパー程じゃねーけど、そういやこいつも酒癖悪いんだった。
 唐突に笑い出したり泣き出したり怒り出したり、そういうの何上戸って言うんだっけか?
 はた迷惑な。
「……えへへへへへへ」
 ほら今度は急に笑い出すし。酔ってる酔ってる、ぜってー酔ってる。
 
「翼の付け根にー♪ お湯がー染みるーですよー♪」
「………そ、そうか」
 耳までずぶぬれになった大将が、辛うじてそう力なく呟く。
 ガキみてーにニコニコしながらそう言われちゃあ、そう返すしかねーだろーな。
 …キャロといいイェスパーといい、だから酒乱は嫌なんだ。
 
 
 
=―<4-3 : mavi djinn : 5th day PM 9:20 >────────────────────=
 
 
 やれやれ、妙な時間くっちまったけど、それじゃー改めてメーンイベント。
 
「よーし総員、女湯覗くぞー」
 
「えー?」
「だりぃ」
「めんどくせーです」
「…………」
 
 …………。
 
「あーもうお前ら! ノリ悪いなっ! それでも男かっ? 男かあっ!?」
 ホンットこいつら、揃いも揃って面白みの無い奴らだなぁっ!
 旅行で温泉といったら、『女湯を覗く』はもう定番のフラグでイベントだろっ!?
 例えば官能小説で旅先の温泉のシーンが出てきたのに、
 覗きも混浴も濡れ場ねーだなんて、そんなの許されると思ってんのか!?
 
「そりゃ僕も男だけど、少なくともケダモノではないという自覚はあるよ」
 …そのクソ暑苦しい長毛、身体はこの上なくケダモノな分際で何言ってやがる大将。
「そうですよ、俺もナンパはするけど、犯罪者にはならない主義です」
 分かってねーな鳳也、『若い頃の犯罪は買ってでもせよ』って言うだろ?
 ていうか勝手にキレておいて勝手にシラフに戻ってんじゃねーよ、しばくぞ?
「大体俺はお前みたく女に飢えちゃいないからな」
 バーカ、そうやって『女には飢えてない』とかほざいてる時点で爺だって気がつけ。
 ……女はなぁ、幾らあっても、ありすぎて困るようなもんじゃねーだろっ!?
 お前は百の乳を見ればもう満足なのかと、千の尻を見ればもう要らないのかと!
「…………」
 ……な、なんとか言えよヘビッ。
 
「っかー、イヤだねー、どいっつもこいっつも心の年齢がジジイばっか!
ジジイフェスティバルかよ!? お前らのリビドーと若さはホエアイズイッツ?」
 野生の欲望とチャレンジ精神を失った現代の若者の不甲斐なさを嘆くオレ。
 …おお? てかオレ結構いい事言ってない? オレひょっとして偉い?
 
「……あのな、てめえみてえにンなアホな事に本気で情熱注げるほど
元気もパワーも有り余ってるような暇人、少なくともこん中にゃいねえって気づけ」
「そうそう、僕は疲れてるんだ、もうちょっとゆっくりさせてくれないか」
「どっかの誰かさんと違って、皆今日も一日ヘトヘトになるまで労働したんですよ」
「…………」
 
 ……オイコラちょっと待てや。
 なんだその、まるで人がこれっぽっちも働いてない暇人だみたいな言――
 
「ていうかそもそも師匠は一生懸命働かなさ過ぎなんですよ」
「うんうん、隙あらばサボるしねぇ」
「そうだそうだ、人生で嘗めた苦汁の数が足りな過ぎんだっつのな。
仕事の後のビールの一杯を旨えと思えねえのがその証拠だって」
「…………ん」
 
 …………。
「な、なんだよおまえら全員してよってたかって! 弱い者イジメして楽しいか!?」
「事実じゃねーか」
「そうですよ」「うん」「……うん」
 そ、即答!?
 
「大体、師匠をつかんで毎日空を飛ばなきゃダメな俺の身にもなって欲しいですね」
 う、うっせーな、仕方ねーだろ、オレは空飛べないんだから。
 それにあれはつかまる方だって怖えーんだよ、離されたら一巻の終わりだし。
「……その割にはやたら注文がうるさいし、微妙に楽しんでるような部分もあるですが」
 ……そ、それはその、仕事の上でやむを得ずな事であってだな……
「つーかもうちょっと減量してください。せめてティルちゃんくらいに。正直しんどいです」
 ってお前、それはオレに骨皮スネ夫になれってか!?
 
「第一お前、荷物持ってやれよ」
 …………。
「え、それ何ラウ君、ちょっと詳しく聞かせて。ヒースまた荷物おっつけてるの?」
「ああ。昨日今日って荷物持ち手伝ったけどよ、ありゃあ酷えぜえ?」
 うわっ、てめえラウ、大将に告げ口しやがるかよ!
「ちゃ、ちゃんと持ってるだろ!? オレはオレの荷物!」
 慌てて立ち上がってラウと大将の会話の間に割って入る。これだけは阻止しねーと。
 
「…だから前を隠し「「持ってるじゃねーか、10kgもするカメラ、首からぶら下げてよ!」」
 
 そうだ持ってるぞ、クソ重てー業務用の一眼レフ。
 首の骨折れるんじゃねーかって思うくらいのあの漬物石、
 オレだってきちんと首からぶら下げて毎日仕事で街の中駈けずり回って――
 
「…テレビカメラとか三脚とかその他撮影機材の入ったバッグとかで、
俺らの荷物はいっつも40~50kgくらいあったりとかしますけどね」
「…………(コクコク)」
 
 ――っだぁ!? 鳳也のヤツ余計な事をっ、イェスパーもさりげなく頷きやg
「……ヒース?」
「にゃあっ!」
 ひぃ。
「今更にゃあとか言ってもダメだ、ちょっとそこに正座(すわ)りなさい」
 う、うるせー、好きで言ってんじゃねーよ。
 ……つ、つーかやべー、大将目ぇ座ってるよちょっと!?
 これは『あれ』か?
 ひょっとして『あれ』か!?
「な、何が悪ーんだよたいしょー!」
 濡れて全身の毛がべったりで通常時の当社比三倍怖い大将からあとじさる。
 『あれ』だけは勘弁、
 まだキャロにジャーマンスープレックス食らった方がマシだ。
「助手・弟子・見習いに荷物持ちさせるなんて、この世界の常識だろ!?」
 
 ……いやいや、当然だろ?
 普通みんな、新入社員はいびるよな? 見習い新入りはしごくよな?
 自分らだってその道に入った頃は『それ』させられたんだし。
 アシスタントの仕事は雑用お茶汲み荷物持ち、肉体労働・重労働からって習ったろ?
 そういう不遇の体験が、ひいては不屈の企業戦士ガッツを生むんだぜ?
 
 …ついでに言やぁ、『一生懸命働かなさ過ぎ』だとか『すぐサボる』とか言うけどよ、
 サボれる隙があったら仕事をサボろうとするのは人間として普通の心理だろ。
 どこの世界に残業手当もつかねーのにサービス残業するネコがいるんだっつーの。
 サボれる限界までサボり倒す、余った時間は自分の時間!
 怠けられる限界まで怠け倒す、通常業務の拘束時間は8:30から17:00まで!
 仕事は最小、苦労も最小、白い目で見られようが有給休暇は使い切る、これだね!
 
「そもそもにしてオレはね、『アーチスト』なの『アーチスト』! 芸・術・家!
センシチブ(繊細)でクリエイチボー(創造的)なのを仕事にしてる人間なの!」
「…アー『チ』ストでなく、アー『ティ』ストなんじゃ……」
 うっさいこのイヌっころ!
 
「背は小さい、力は非力、体力は皆無、…何よりガラスのようにナイーブな心を持った
そんなオレが、40kgも50kgもあるような荷物を担いでえっちらおっちら働けると!?」
「…うわぁ、普段はチビって言われると怒り狂うくせに、こういう時だけは背が低いのを
露骨に武器にして来てるですよ、自分の言動に一貫性を持てないんですかねこの人は」
「だな、マダラでもねえくせに非力だの貧弱だの、何言ってんだこのゲロにゃんは」
 うっさいバカ! ハゲ!シナチク!
 お前らのかーちゃんデベソ! ウンコ!ウンコ!ウンコウンコウンコ!
 
「ふん、そーいうわけでオレはハシより重いものは持てないの! 肉体労働NGなの!
あーゆーおーけー? どぅーゆーあんだすたんりありーどぅー!? はーいー?」
「…な、なんだよ、人間の言葉しゃべれよ」
 ふはははははは、ほーら生意気な事言おーと所詮は無学のオオカミだな、ウンコ。
 ヒトから伝わったとかいうこのハイセンスな言葉、
 田舎者の野良オオカミにゃー理解できまい、にゃはははははははははは!!
 
 ……実はオレも意味よく分かってないけどなっ!! でぃすいざぺーん!
 
 
 ――ザバッ――
「というわけで不肖ヒースクリフ、これより女湯に特攻、玉砕して参ります!!」
 敬礼っ、回れー右。
「あっ、こら!?」
 位置について、よーい、ドン!
「ちょ、待たないかヒース!」
 ざーんねん、待てって言われて待つ馬鹿は居ないぜたーいしょー。
 『あれ』を食らわされるのだけは死んでもごめん、ダッシュダッシュダーッシュ。
「だからタオルー。前くらい隠しましょうよししょー」
 ……し、しつけーな鳳也。この期に及んで。
 
 
――< interrupt in >─―
 
「………!」
 走り出すネコの姿を視認して、
 ぽつんと所在なさげに水風呂の中で体育座りしていたヘビの青年が顔を上げた。
「…………」
 そうして何を思ったか、そのまま湯船の横、壁に取り付けられた蛇口を捻る。
 
――< interrupt out >─―
 
 
 どうせそこら辺に落ちてた石鹸で足でも滑らして頭打って終わりだろ、と思ってたら。
「よっ」
 ただでさえ濡れた、滑り易い風呂場の床だってのに、
 バネみてえに屈伸した後の垂直ジャンプで自分の身長分くらい飛び上がりやがって。
「ほっ」
 ドンピシャで壁のレリーフに指をかけた後、
 腕の力だけで全身を持ち上げ、くるりと身を翻してレリーフの上に登りやがった。
 ……おいおいちょっと待てってよ。
 あれ、俺でも無理だぞ?
「たぁっ」
 しかもそんなメチャクチャ狭え足場、
 おまけに濡れて滑って俺なら掴めも踏ん張れもしないようなレリーフの上から、
 更に跳躍して左横の滝みてえになってる注湯口に手を掛けて。
 同じように身を起こして足を掛け、
「てりゃっ」
 三度飛び上がってしてその上の通風孔に手を掛ける。
 また同じように腕と指の力だけで全身を引っ張り上げて足を掛ける。
 
 ……な、何が『ハシより重いものは持てない』だあのガキ。
 どこのロッククライマーだてめえ。
 
 
――< interrupt in >─―
 
 煙と何とかは高い所が大好きって言うですが。
 
 気がつけばカメラ片手に塀の上を走ってるですし。
 知らない人の家のベランダをカメラ構えて走ってるですし。
 三~四階建てはありそうな大きなお屋敷の屋根の上を走ってた事もあったですし。
 教会の塔の上や、立ち入り禁止なビルの屋上に何故か居た事も何回か。
 
 ……本当に、羽根も無いのにどうやって登ってるんですかね、うちの師匠は。
 
「……い、いけない、早く止めるんだ!」
 
 ん?
 
――< interrupt out >─―
 
 
「いけない、早く止めるんだ!」
 ん?という顔で、状況をよく認識していないらしいラウ君と鳳也が振り返るけど、
 事はそんな悠長で居られる場合じゃない、事態は一刻も争う。
 ……古来より、それは往々にしてそういうものだと相場が決まってるんだ。
 
「ヒースが女湯を覗いた日には、確実に僕らも逆鱗の巻き添えを食らうぞ!」
 
 ――曰く、『子供の監督不届きは親の責任』。
 ――曰く、『ペットの不始末は飼い主の責任』。
 
 
 真っ先に意味を悟ったらしいラウ君が顔を蒼くして手近にあった桶を掴み、
 ……そうしてそのままの姿勢で固まった。
 彼の技量なら正確な投擲、
 不安定な足場に居る今のヒースを撃墜する事は実に簡単なのだろうけど、
 でもいかんせん、向こうの高さが高さだ。
 あの高さから落ちたら、打ち所が悪かった場合最悪の可能性もありえる。
 今にも投げつけられる姿勢でギリギリと奥歯を噛みしめて身の動きを留める姿は、
 粗野で直情的に見えるかもしれないけど、
 彼もこれでなかなか常識や道理を弁えて行動するタイプの人間である事の証左。
 
「――っ! トリッ、飛べよ!!」
「無理ですよそんな!」
 歯噛みして鳳也の方に向き直るけど、そうしている間にもヒースはもうほとんど
 壁の頂上、天井の開けた境目付近まで到達してしまっている。
 隣自体は混浴のフロアだけれど、遮蔽物の向こう側に行かれてしまう以上、
 あの壁の向こう側に降りられたらアウトだ、もうどうしようもない。
「こんなに一杯羽根が水吸っちゃってたら、飛べるわけないじゃないですかもう」
「……っ、このっ、アホウドリがあっ!!」
 激発して投げつけられた桶が、スコーンと床に跳ね返って盛大に宙を舞う。
 …僕もあれだけ離れた相手を『攻撃』ではなく『捕獲』、
 それも一歩間違えば大惨事という状況下での『精密な捕獲』を可能とする魔法は
 生憎と手札の中にはない。
 ましてやこんな、ロクに詠唱や集中もしてられないような刹那の中でだなんて。
 
 ヒラリととうとう、ヒースが壁の頂上に膝を折って身を伏せる。
 万事休す。
 万事休すかとも思われて――
「……! イェスパー!!」
 
 
 
――< switch over >─―
 
 へへーん、まあざっとこんなもんさ。
 ぎゃあぎゃあうるさいオオカミ野郎の声を背後に、遥か眼下の石床を見下ろす。
 登っちまえば後はこっちのもんだ、『降りるだけ』なら楽だからな。
 
 さて。
 
「《――翼》」
 ……心を針に。
 細めた視線の傍らに、振り上げた右手で印を切る。起呪。起結。展開。指向。
「《綿毛。落花。淡雪》」
 めいっぱい吸い込んだ息を、肺の奥から喉を通して絞り出すように。
 魔力を乗せた声で大気を震わせ、言霊(ことば)で現実(うつつ)を支配する。
 まず現相(リアル)が存在して、そこから意味(イデア)が生じるんでなく、
 まず意味(イデア)を置いて、そこに現相(リアル)を誘致するチカラ。
「《舞い落ちるもの》」
 ちなみにこいつは、高い所からの落下衝撃をある程度緩衝する魔法。
 普通も普通の、そう大した魔法でもない、それも散々使い慣れた魔法だから、
 まぁオレみたいな並の魔法使いでも片手間に使える小魔法だ。
「《我が身に宿――」
 足先から太股まで、覆うようにして魔力を指定、固着させて。
 
「――る》ぁっ!?」
 
 でも次の瞬間、何かが。
 視界が歪んだと思った瞬間、圧倒的な質量がオレの身体をすくい上げる。
 完成しかけていた術が、霧散して。
 
 
 
――< turn out >─―
 
「! 馬鹿、落ち――」
 そのうねりに突き飛ばされて、ぐらりとこっち側に身体を揺らす師匠。
 高さ10m近いですから、まぁラウさんが叫ぶのも無理ないですけど。
 ……でも、大丈夫ですよ。
 
 ――!!!!!!!!――
 
 耳をつんざく、水飛沫の轟音。
 何か重い質量が落ちてきた時特有の、爆発するみたいな水の音。
 …でも全部が固い床、タイルの真上で起こった事です。
「がぼがぼがぼがぼ……」
 ばたばたともがく師匠の姿を、呆然とした表情で見つめるラウさん。
 まぁ無理もないですか。
 
 飛び散った水が、でもすぐに巻き戻し中の記録映像を見てるみたいに
 集合して元の大きな水の塊の中に戻ります。
 上の方に行ってた――師匠を叩き落したでっかい水の塊も、
 するすると戻ってきてそれに合流、一つの大きな水の塊になりました。
「ごぼごぼごぼごぼ……」
 暴れる師匠をすっぽり包んで、それでもまだ大きさに余裕のある巨大な水球。
 …水球って言っても重力に逆らって空中で形を留めてますから、
 なんかもうゼラチンやスライムみたいな感じですね、あのぷよぷよ感は。
 ちなみに作ってるのはもちろん……
 
「――イグラシア」
 
 
 
――< next over >─―
 
 ああ良かった、間に合って。
「――イグラシア」
 思わず感謝の思いも込めて、
 ぼくは自分にしか見えない横の『彼女』に声を掛ける。
 ……返事が返ってこないのを分かってても。
 
 空気の中の水分を集めていたら絶対に間に合わなかったけど、
 すぐ傍にたっぷり水があったのが助かったな。
 だからヒース先生を引き落としつつ余裕を持って受け止められるだけの水を、
 こんなに早く展開できた。
 …ま、ぼくの入ってた水風呂はすっからかんになっちゃったけどね。
 
 …ただ、流石にこれだけの量の水を遠隔操作するのは消耗も激しくて、
(……はぁ)
 疲労に思わず嘆息が洩れた時。
 
 
「ブ、ブラックパイソン!!?」
 
 
 ……?
 ぶらっくぱいそん??
「あー、そうかラウさんは初めて見るですねー」
 …………
 …………
 …………
 ………!!!!
 う、うわわわわわわわわわ!?!?
 
 
 慌てて股間を隠すのに身を沈めようとしたけど、ああしまった、もう水はない!
 どどど、どうしよう、どうしよう、どうしよ――
 
「――取り込み中で申し訳ないんだけどさ、イェスパー」
 なな、なんでしょうかラスキさん!?
「何かヒースがゆらゆら浮かんでるんだけど、そろそろ許してやってくれないか?」
 ――あ。
 
 
 
――< turn end >─―
 
 精霊魔法というのは、確かヘビの国の神秘の一つ。
 かつて砂漠を統一していた亡き大帝国の皇帝が、一代にして編み出したっていう、
 蛇国の魔法の秘中の秘、叡智の粋たる自律魔法術式群だと聞いたんだけど。
 
「うわーい♪」
「…………」
 広げられた鳳也の翼に向かって、
 『すぺしうむコウセン』みたいにちゅーと水を掛けている光景を見ては、
 なんかもう凄い魔法にはこれっぽっちも見えないな。
 ……花壇に水をやったり、塀の落書きを消したりするのには便利そうだけど。
 
「ぶえぇ耳に水入った……、ちくしょー…、明日こそはー…」
「……お前も懲りねえなあ」
 横ではぶくぶくと顔の半分まで沈めながらヒースが呟いている。
 『不屈の精神』と言えば聞こえがいいけど、
 これはもう単純に『諦めの悪い』とか『学習能力がない』とかの、
 その次元の問題だろう。
 
 ……全く、どうしてたかが風呂に入るだけでもうちはこんなに騒々しいのか。
 僕は静かにお湯に浸かりたいんだけどな、本当に。
 
 
 
=―<4-4 : grooming : 5th day PM 9:42 >─────────────────────=
 
 
 大体取材記者なんてのは、必然的に多数の人との対面を要求される職業だからね。
 受付嬢や商人ほどじゃないにせよ、身だしなみは重要な要素だって言える。
 外見の第一印象で不快感を与えちゃったら、当然インタビューも弾まないわけだし。
 
「だからって幾らなんでも長過ぎだろ、女の化粧かあ?」
「……仕方ないじゃないか」
 なので腰掛けに座ってビールをあおっているラウ君のお気楽な悪態には、
 ムッとした声も返すというものだ。
「僕はラウ君達と違って、こんなに毛が長いんだから」
 
 
 だいぶ乾いてきた被毛に固めのブラシを入れながら毒づく。
「いいね、鳳也も、ヒースも、ラウ君も、毛が短くて櫛を入れる必要がないんだから」
 例によってごっそり絡まって来た抜け毛に溜め息をつきながら
 丁寧に摘んで脇のくずかごに入れた。
「どうせトリマー(男性用床屋)に行った事もないんだろ、そんな便利な身体だと」
 毎日毎日キリがないと思うけど、でもそれでもこうしてこまめに手入れしておかないと
 積もり積もってもっと酷い事になるのは分かってる、やらないわけにもいかない。
 服やベットに引っ付く毛を減らす為にも、避けて通れない面倒な仕事。
 
「オレは行ってるぜー? 三ヶ月にいっぺん」
 隣でふんふん鼻歌を歌いながら返事を返すのはヒース。
 知らない人間が聞いたら驚くかもしれないけど、これで結構彼はおしゃれさんだ。
 ネコだからってだけなのかもしれないけど、
 こんな性格の割にはヒゲの手入れや毛質の維持にやたらと気配りが細かい。
 ……まぁそれも「仕事や日常生活のため」ではない
 「女の子にモテるため」にこその必要以上の頑張りみたいだから、
 いずれにせよ僕とは手入れの目的・方向性が違う、
「……僕は一ヶ月に一度だけどね」
 結局彼は「短毛」の男で、僕は「長毛」の男なわけだしね。
 
 
 上品だとか、高貴だとか、優雅だとか。
 僕みたいな長毛のイヌやネコを指して、皆口々に言ってくれるけど、
 でもそんな高貴さを保つため、僕らがどれだけ苦労してるかは考えてはくれない。
 
 マダラや短毛の男と比べて、僕らはずっとずっと身体が汚れやすい。
 風で舞い上がった砂とか泥とか木の葉くず、ゴミにほこりが引っ絡まるし、
 汗による蒸れや匂いも篭りやすい、何より抜け毛が最悪だ。
 ただでさえそれらが酷い僕ら長毛の男に取って、ハウスダストは天敵も天敵、
 もともと蒸れ易い体質だから、皮膚炎や湿疹にもなりやすいんだ。
 ダニの温床にしないためにも休みの日は必ず掃除するようにしておかないと、
 結果的には体中痒くなってバリカンで刈られる羽目に『なる』……
 ……というか独り暮らしを始めて最初の数年に、二回ほど『なった』。
 
 ――ティル君と暮らし始めてからはそういう事もなくなったけど、
 でも死活問題にもなれば、そりゃ身だしなみや整理整頓にも気を使うようになるさ。
 「長毛の男にはお高くとまった神経質なのが多い」ってよく言われるけど、
 でもそんな神経質にもならなきゃダメな、僕らの身上も少しは考えてもらいたもんだ。
 
 おまけにそれで、客商売やサービス業ともなればだよ?
 流石に香水をつけるまではいかなくても、特に夏場は消臭グッズが欠かせない。
 朝晩二回、きちんとシャワーも浴びるようにする。
 …これは好きとか嫌いとかの問題でなく、社会生活を送る上での必要な事だよ、
 それでも僕なんかまだマシな方で、もっと酷いのは飲食業の人達だ。
 夏場でも「長袖」「長ズボン」「手袋」「帽子」が欠かせない。
 なにせ抜け毛が酷いから、どんなに暑くてもそれを脱ぐわけにはいかないだろ?
 料理に毛が入ってたらお客さんには怒られるし。
 それも湿気の凄い調理場でとかになれば、もう地獄だね地獄、焦熱地獄。
 彼らに比べれば夏場ワイシャツの第二ボタンまで外せる僕は、
 きっとまだまだ恵まれている方なんだろうな、職業的に。
 
 
「…毛のお手入れの話になると、途端に僻み屋で愚痴っぽくなるですねー主任は」
「当たり前だ」
 鳳也が呆れた声を上げるけど、でもこればかりは僕も菩薩の心じゃ居られない。
 仕事抜きのオフレコ、プライベートの問題だからこそ、ね。
「こんな面倒な身体じゃなかったら、毎朝あと30分は寝てられる」
 短毛の連中は、ずるい。
 誰が好き好んで女と同じ位――ううん、女以上に身だしなみに時間をかけるもんか。
 こんな面倒な事、せずに済むならしたくないに決まってる。
 鳳也も翼の手入れが大変だろうが、
 でも体毛自体は産毛だから僕の苦労も分かれないし、
 
「そんなに嫌だったら、いっそバリカンで丸刈りにしちまえばいいじゃねえか」
 何よりも腹立たしいのが、ラウ君みたいな男の存在だ。
 
「他人事だと思って、気楽に言ってくれるなぁ」
 元々オオカミ、それも荒事専門の非接客業を生業としてるのもあるんだろうけど。
 彼みたいな男の場合、変に手入れをして櫛で被毛を撫で付けるより
 ブラシも入れずに適当にほったらかして、
 毛質も荒れて逆立った状態にしていた方が立ち姿が様になる、絵にもなる。
 ……便利っていうか、これはかなり卑怯な特性だ。
 オオカミやイノシシの中にはツンツンヘアーとかざんばら髪とか、
 むしろ寝癖を直さない、化粧をしない素のままの方がずっとかっこいい(可愛い)
 なんてお買い得な人種がいるらしいけど、
 あれがまさしくそんなずるいタイプの人間なんだろう。
 …僕がそんな事やっても似合わない、苦笑いの種にしかならない人種なだけに、
 ああいう『そういう苦労』とは一生縁がない人間が羨ましくてたまらない。
 
 ……ああそうとも、僕だって欲しかったさ、ワイルドさとかワイルド属性とか!
 時にケダマと間違われさえするこの容姿が、接客業の上では大きな武器だとしても、
 僕個人、一人の男として感想を言わせて貰えば、でも嬉しくもない!
 ――【ラッシー(お嬢さん)】なんて呼ばれて、喜ぶ男がどこの世界にいると思う?
 
 
「でもそんな風に愚痴ってる割には、割と丹念に白の襟巻きとか手入れしてるですし」
 …………。
「なんだかんだでちょっぴりナル入ってますよねー、主任も」
 ……う、うるさいなぁ、鳳也の奴。
 別にこれはナルシストとかそういうのじゃなくて、ただ。
 ……ただ。
 
 ……これは父さんの。
 グリノールブリッジの血を受け継いだ人間である事の証左だから。
 見苦しくないように。
 恥じないように。
 例え縁が切られていたのだとしても、それでも汚名を浴びるわけにはいかない。
 見た目だけでも、形だけでも、せめて気品を、相応しい様態を。
 …父さんの子として。
 ……異母兄(にい)さんの弟として。
 
 パチン、と枝毛切り用のハサミで、マフラーに例えられる首周りの白い飾り毛を切る。
 よく褒め称えられるこれも、でも綺麗な状態に保つのはとても大変だ。
 出がけにトリマーには行って来たけど、
 もう四週間も経つせいか毛先の乱れやほつれ、枝毛の跳ねが多くなって来た。
 ……あと四週間は床屋にいけない以上は自分で手入れをするしかない、
 鏡を見ながら、ちょびちょびとはみ出した毛を切っていく。
 
「ほーら、ナルシストですよ」
「ナルシストだな」
「やーいナルシストー」
 
「……だ、だから誰がナルシストだっ!」
 三人同時に言われては、流石に赤面して囃し立てる声の方を振り返った。
 約一名気配が足りない気がするが、そういえば何やら部屋の隅、カウンターの横で、
 イチゴミルクを無心にチューチューしてるヘビの姿が見える。
 …………あれはそっとして置くとして。
「女の子だって枝毛の処理くらいするだろ、僕がそれをして何が悪いんだ!」
「でもなー?」
「ねー?」
「なぁ?」
 なんだ三人して。缶ビールをあおりながら失礼な。
 僕はそこまで自己愛の強い、俺が一番セクシー!とか言い出す変態じゃないぞ。
 むしろ君らの方がよっぽど頭の中がサクラサク――
 
「だって全身鏡の前に全裸で立つ奴って、ナルシスト以外いねーだろ」
 
 ――…………。
 
「…そ、そんなの偏見――」
「あー。あれは『あれ? ひょっとして僕ナルシスト?』とか一瞬思っちゃった顔ですよ」
「ほおぉ」
「――!! う、うるさいうるさい!」
 ヒースの言葉と、続くやたらと観察眼の鋭い鳳也の指摘に、
 思わずカッとなって動揺した声も上げてしまったのだが。
 
――ニヤニヤ。ニヤニヤ。ニヤニヤ――
 
 …………!
 ……いけないいけない。僕はヒースじゃないんだから。
 こういう安いからかいに乗るのは相手の思うツボだ、ここは冷静に対処しないと。
 
「……仕方ないだろ。毛が湿ってる内に服を切ると、変な臭いが篭るじゃないか」
 冷静に感情を抑えて、語調を整える。
 別に変態だとか、変な趣味があるとかそういう事じゃないんだ、あくまであの、
 『よく乾いてない洗濯物特有の悪臭』を回避するための方策。
「ましてや僕はこんな毛の量が多いんだから、君らだって分かってるはずだろ?」
 マダラでない男だったら、分かるはずの感覚。
 毛がある分女性やマダラよりは体臭が篭りやすいのは当たり前なんだから、
 こういう所にもうちょっと気を使って然るべきなのにさ。
 だっていうのに。
 
「ナルシストだなー」
「ですねー」
 …!
 
「…ヒースはいいな、尻尾も細くてまとまってて! 鳳也も尾羽があるだけだもんな!」
 そりゃ、腐るさ。ふて腐れるし、いじけもするよ。
 くどいようだけど『仕事抜き』だからね、僕だって怒るし、大人げなくもなる。
 仕事の上の、仕事の席でなら、過剰な謗りも罵倒も仕事だから黙って耐えるけどさ、
 でも上下関係抜きのオフ、友人同士の会話になってくれば話は別だよ?
「ラウ君も! もう少しきちんと身体を乾かしてから服を着た方がいいんじゃ!?」
「はん。バーカ、傭兵に身だしなみに気を使えってか?」
 そうしてこっちの方はこっちの方で。
「血と脳漿の臭いに比べりゃ、んなもん気に留めんのも馬鹿らしいさ」
「…………」
 ……住んでる世界や、価値観の次元が違うって感じかな。
 別の意味で話にならない、当てにならない。
 
「大体たいしょー、そんなに生乾きが嫌ならこいつを使えばいいじゃねーか」
 ……ん?
 …なんか、ヒースが急に何か思いついたみたく自分の荷物をごそごそと。
 ……い、嫌な予感がするな……、
 ヒースがああいう風に目をキラキラ輝かせてる時は大抵ロクな――
 
「じゃーん、猫井ご謹製新型秘密兵器、『ドラいやーん』!!」
 
 ――…………。
 
 
 
 下毛を梳いて死に毛を取り除くための金属製の固めのブラシを置いて、
 今度は上毛を整えるための柔らかめのブラシを取り上げる。
 僕くらい毛の量が多くなると、ブラシも使い分けないとダメになるから大変だ。
 
「これを使えば……って、何だよたいしょー、無視すんなよー」
「…な、なんだよお前、その妙ちきりんなマスケット銃」
「おおっ!? よくぞ聞いてくれたー!」
 
 まずは尻尾。
 ここは僕らイヌにとって非常に大事で、常に外部に露出する部分だから特に丁寧に。
 そうして次は膝から下、肩から先、首の周りの飾り毛といった、
 人に見られる可能性がある部分を特に重点的に梳いて毛質を整えていく。
 
「これをこうして、スイッチを入れると、ほらー」
――ブオーン――
「おおおお!? なんか熱い風が出てきやがったぞ!?」
 
 お腹や背中、腰の辺りなんかは正直どうでもいい、そんな見られる場所でもないし。
 反面で意外と気を配るのが、耳下やうなじみたいな頭の部分かな。
 半折れの耳は僕の目印みたいなものなので、耳毛もしっかりと整えておく。
 
「へへーん、これはだな、ここに魔洸電池をはめ込む事で火と風の魔力が
伝わってだな、タービンの原理で砲口から熱風が吹き出るって寸法なのよ」
「ほおぉ、おもしれえなあ、つまり熱風の出る銃か」
「熱っ?! 熱つっ!? や、やめてくださいよラウさんー!」
 
 恋人や奥さんのいるイヌだと、その人にやってもらうんだろうけど、
 生憎と僕にはまぁそんな人居ないからな、寂しいけど一人で全部やるしかない。
 流石にこれまでティル君にやってもらうのは……セクハラだろうしね。
 ネコの男は耳かきを、イヌの男はブラシ入れを、
 可愛い奥さんにやってもらうのが夢って男が多いみたいだけど……
 ……まぁ僕に限っては、『たぶん一生それはない』から。
 
「これさえあればどんなに濡れた毛を乾かすのも即行簡単!……なんだけど、
実はこの『ドラいやん』、試作段階なだけあって色々問題があってなぁ」
「へえ? 別に問題ねえじゃねーか、ちゃんと動いてるし……って、アッチチチチ!」
 
 最後に女性用の櫛で胸の飾り毛を整えて、それで終わりだ。
 下毛も十分乾いたみたいだし、下着を身に着け、バスローブを手に取る。
 
「一つはその風の熱さが調節が出来ないって事なんだけどよ、もう一つがあれだ――
 
 
――ちぃっと火の魔力が強すぎてさ、毎日使ってると、ハゲる」
 
 
 
「「ぎゃああああああああっ!!?」」
「おわあっ!? 何すんだバカーーーッ!!」
 尻尾穴に尾を通して、帯を締め終わったところでそんな大絶叫に振り返った。
 
 見ればラウ君が地面にマスケット銃状の機械を叩きつけようとして、
 でもそれを素早く跳んだヒースがナイススライディング、
 地面に叩きつけられるギリギリのところで間一髪キャッチ。
 ……そんな漫才風景が展開されている。
 
「何すんだよてめー、壊れたらどうすんだよこのバカオオカミめ!
これ時価何セパタだと思ってやがる! プロトタイプだぞプロトタイプー!?」
「うっせえよてめえ、人をモルモットにしやがって」
「あああ、悪魔の兵器ですー、早くこの世から完全破壊してくださいー」
 物凄い剣幕でギャアギャア言い争うネコとオオカミとタカ。
 ……まったくこの三人と来たら、仲が良いのか悪いのか分からないな、本当に。
 
「―― ヒース」
「あん?」
 そうしてそんな彼らに。
「嘘は良くないな。…そのガラクタ、技研のライナさんのところに遊びに行った時、
失敗作だから欲しかったら上げるって、タダで貰って来たものだろう?」
 仕返ししてやれないのもまた、僕的に少々面白くない。
 
「……てへ♪」
 途端にバツが悪そうにウインクして頭を掻くヒース。
「てへ♪じゃねえよこのバカネコッ! 何が猫井の新製品プロトタイプだあっ!?」
 怒り狂うラウ君。
「ていうか主任、知ってて黙ってましたね? 知ってて黙ってましたね!?」
 恨みがましい視線でこっちを見てくる鳳也。
 
「さあね? だってどうでもいいじゃないか」
 ――この立ち位置は、悪くはない。
 ――ここからの眺めは、嫌いじゃない。
「僕はナルシストらしいからね。自分の容姿にしか興味のない薄情なイヌなんだよ」
 
 
「…………」
「…性格捻じ曲がってんなあオイ……」
「ていうかたいしょー、何であんな前の事覚えてんだよー」
 口々にぶつくさ呟く三馬鹿だけど、
 だけどフン、と冷たく、鼻で笑うだけに返事を留めておいた。
 
 ――敵に回すと恐ろしいという事実を知らしめるのは、楽しい。
 ――だけど従ってさえいればどこよりも安全だと教えるのは、心地良い。
 
 …昔は重荷でにしか感じられなかった『責任』『責務』という言葉を、
 めんどくさい事としてるなとしか思えなかった『自分を大きく見せる』という行動を、
 それでも悪くないと思えるようになったのは、【猫井】に入ってからだ。
 慕われる事、頼られる事、敬われる事。
 ……悪くないっていうか、いつの間に僕はそれに――
 
 
 
「つか、オレが改造したのは事実なんだぞ? 電池で動くんじゃなかったのを、
ちこっとあれこれいじくって電池でも動かせるように変えてだな」
「…そんな危ないもん、とっととどっかに捨ててきてくださいよ……」
 諦め悪くもまだぶつぶつ言ってるヒースに、鳳也がうんざりした様子でそう呟く。
 ああ、それは僕も同感かな。
 いくら腕のいい魔科学のメカニックだとは言っても、
 流石に『技研』に勤めているような本物の英才達に比べてはプロとアマチュア、
 ヒースの技術力は1~2枚劣る。
 …そんな彼が特に資金や設備も無しに自費で個人改造したような危うい機械、
 正直何が出てくるのか僕にも分からないんであって。
 
「何言ってんだ! これでも何とかハゲる副作用を無くそう……と思って
色々頑張ってみたけど無理だったんで、そこで発想の逆転、むしろハゲ促進力を
増す方向で、いかに頭髪に良くない熱風を送り出すか、色々と研究改造――」
「余計わりいよ?! 何考えてんだお前!!」
 …ほらまたワケの分からない事してる。
「ははん、『衝撃のダウングレードは時々良質のアップグレードに勝る』んだぜ!?」
 しかもまた適当な事を――
「現にいじくり回した成果あって、理論上では一日1分、丸一年間使い続ける事で
イヌやネコの毛根なら根こそぎ死滅させされるっつーシミュレート結果が――」
 
 …………。
 
 横を見ると、約二名がガクブルしながら後頭部を両手で抱えていた。
 ああ、そういえば浴びてたっけ、この悪魔の放射線。
 ……というか、これは確かに正真正銘の『衝撃のダウングレード』だな、
 なんて恐ろしいものを作り出してるんだろうこのネコは。
 兵器に転用できるぞ、
 ……嫌がらせにしか使えないだろうけど。
 
「でもって風の温度は変えられねーけど、ここのダイヤルをこういじると……」
 え? 何? まだ何かあんの?
 もういいよヒース、いいからこれ以上変な機能を見せびら――…
 
「ア・ト・ミッ・ク、ファイヤーーーーッ!!!☆」
 
 
 ――ゴッ、と。
 明るい脱衣室を更に煌々と照らし上げて、一直線に噴き出す火炎螺旋。
 
「これが最終殲滅機構、ファイナル・アトミック・ファイヤー(FAF)モードだぜぇっ!」
 掠った腕の毛、手羽先、飾り毛に、
 炙られた毛がちりちりと焦げる、特有の嫌な匂いが立ち昇る。
「欠点は満タン電池を10秒で使い尽くしちまうって事だけど、
でもこれならどんな濡れた身体や洗濯物だってイ・チ・コ・ロ・確実ぅっ!」
 ……うんそうだね、確実にイチコロだね。
 もう乾かすとか乾燥させるとか以前に、確実にイチコロで燃えて無くなるね。
 …ははは、ほら、『確実ぅッ』とか言いながらVサインしてないでさ、
「もう乾かすとかそんな生易しいレベルねーな♪ これさえあればどんな汚物も消d――
 
 
 とりあえず、三人で一発ずつ殴っておいた。
 
 
 
=―<4-6 : they are : 5th day PM 9:56 >─────────────────────=
 
 
 
「あらラスキ、ようやっと出てきたのね」
「…ん。すまないキャロ、例によって時間が掛かってね」
 のれんを潜ると、バスローブ姿のキャロ達が待ちかねたように声を上げた。
 
 風呂を出てすぐの、少し広間になった空間に、
 品のいいアンティークやカウンターを備えたBAR兼軽食喫茶みたいな一角がある。
 お風呂上りのお客にアイスクリームやお酒、
 あるいは夜食をつまみたい人のためにサンドイッチなんかを出してるみたいだけど、
 湯上りの僕らは、そこで待ち合わせするのがここ数日のお馴染みだった。
「…なんで殴るんだよー……」
「うっせえ馬鹿! あんなおっそろしいもん作りやがって、殴られて当然だろ!?」
 後ろの方でミャアミャアガウガウ言ってるのは、まぁ気にしないとして。
 
「もしかして、結構待ったかな?」
「ううん。みんなでアイスとあんみつ食べてたから気にする程でもないけど」
 ぺろり、と口の周りについた蜜を舐めながら答えるキャロ。
「……よく入るな、さっきの今で」
 ついさっきまで苦しそうにお腹を抱えてたはずなのにのこの変わり身の早さ、
 思わず呆れた声も上がるのだけど。
「ふむ。昔から言うであろう? 女のデザートは別腹だと」
 溶けかけたバニラアイスを堪能しながら、レティシアさんもキャロに味方し。
 ……おまけにちゃっかりその隣には、
 いつの間にか脱衣所から居なくなっていたイェスパーの姿まで。
 
 見えない見えないと思っていたら、
 どうやらさりげなく女性陣に混じってアイスクリームを楽しんでいたみたいだった。
 ちなみに幸せそうに嘗めているのは、イチゴバニラ。
 ……イチゴ好きだなぁ。
 
「そんな冷たいものを食べて、身体冷えないのか、イェスパー?」
「…………ん」
 あんなに寒いのが苦手なくせに、アイスを食べるヘビというのもあれだけど。
 …でも水霊使いなせいもあるのか、どうも彼は水菓子や氷菓がお気に入りらしい。
 アイスだけでなくゼリーやババロア、水ようかん、
 肉食のくせしてよーく冷えたフルーツポンチや冷凍ミカンにも目がないと来てる。
 中でもとりわけに大好物なのが、いちご味のカキ氷。
 ……アンパン位ならともかく、シロップや水飴みたいなクドいのが苦手な僕にとっては、
 正直どれも遠慮したいような代物ばっかりなんだけどさ。
 
「それよりも、ちょっと頼まれて欲しいのよ」
「ん?」
 と。
 そんな事を考えていたら、ふいにキャロが困ったような表情で切り出して来る。
「ティルちゃんが、ちょっとお風呂で湯当たりしちゃってね」
「ええ!?」
 
 慌てて指差されるがままにカウンターの奥を覗いてみたら、
 ティル君がすっかり元気を無くしてぐったりと長椅子の上に横たわっていた。
 今にも「きゅ~」という音が聞こえてきそうなくらいの
 ものの見事なグッタリぶりに、
 隻眼のウサギのバーテンダーさん――どういう過去があったかは知らないけど、
 何故か左目が大きな切り傷で潰れている――も困惑してるのが見て取れる。
 
「だ、大丈夫かいティル君!? どうしてこんな……」
「いやぁ、冗談のつもりだったんだけどねぇ」
 驚いた声を上げる僕に対し。
「ああ、冗談のつもりだったのだがな」
 女性二人が、どこか白々しい様子で顔を見合わせると頷き合った。
 
「ちょっとまぁあれよ、からかい過ぎちゃって、…ね?」
「悪い悪いと思ったのだが、あまりにも反応が可愛らしすぎたものでなぁ」
 
 …………。
 ……どうやら僕らが男湯で騒いでる間に、女湯でも色々と悶着があったらしいな。
 ていうかティル君、ああ、かわいそうに。
 あんな恐ろしい女傑二名に、一体どんな破廉恥な悪戯をされたっていうんだ。
 君ら二人と違って、ティル君はものすごく繊細で純粋な女の子なんだぞ?
 よしよしよしよし、可哀想に可哀想に、辛かっただろう怖かっただろう、
 よく頑張ったよく頑張った、偉いよ偉い。
 
 よーしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし
 
 
「…ラ、ラスキさぁん……」
 なでなでしてあげたら、目を閉じていたティル君が薄目を開けて僕を見る。
 …うん、まだだいぶ顔が赤いね。
 でも力無くだけど尻尾が反応してる辺り、多少元気は戻ってきたみたいだ。
 ずれた濡れタオルを額に戻してあげながら、そんな事を考える。
 
「ラスキ、あんた男なんだから部屋戻るのにティルちゃんに肩貸してあげなさいよね」
「それはいいが……君らはどうするんだよ?」
 ティル君をこんなにした張本人の割には、随分とのん気な言い方にムッとする。
 大体、僕じゃなくてもキャロやレティシアさんだって
 女性ながらに十分ティルに肩貸して上げられるだけの力はあるだろうに、
 なんでまたわざわざ僕が風呂から上がってくるまで待ってたんだ?
 
「私達はね、どうしてもここでやらないといけない事があったから」
「ああそうだ、ここで逃がしては機を失うと、決意を新たに待ち構えていたのだ」
 
 何を――…と言いかけて。
 だけどそれを遮るように、ちゃりんとキャロがカウンターの上にセンタ硬貨を置く。
「――お釣りは要らないわ♪」
 そうして大変華のある動作で、勢いをつけて丸椅子の上から立ち上がると、
 つかつかと未だにギャアギャア騒いでるラウ君とヒース、鳳也の傍に歩み寄って、
 
 
 次の瞬間ヒースの喉に猛然とラリアットを決めていた。
 ――それはそれはもう緩から急、美しくも流れるようなモーションで。
 
 
「どう? 『セーシュン』とやらの熱き血潮の味は」
 ごんっ…という鈍い音を立てて、後頭部が床の絨毯に打ち付けられると同時に、
 ふぎゅ、とも、ふぎゃ、ともつかない情けない悲鳴が上がる。
 ……まるで高い所に飛び移ろうとして失敗して落っこちたネコみたいな声。
 横のイェスパーとティル君が、確かに小さく息を飲んだ。
 
「そう言えばなんか、『多数決では男の方が勝ってる』らしいけど……」
 表面上は穏やかな笑みを浮かべて周囲を見回した、
 たったそれだけで両隣に立っていた鳳也とラウ君が三歩分位後ろに飛びのく。
「……あら、残念ねヒース、あなたの味方は誰も居ないってよ?」
 ……鳳也はともかく、ラウ君は一応元傭兵の歴戦の猛者なんだけどな。
 その猛者を飛びのかせる辺り、流石は我が班最長寿のお局様。
 
「――っ! かっ、《駆け降り来よ書の魔獣っ、」
 バスローブの裾を踏んづけられて逃げられないと悟ったヒースが、
 それでも瞬時の判断で魔法行使の為の詠唱を口の端に昇らせたのは、
 素直に賞賛すべき行動だったと思う。
 うん、大したとっさの判断力、
 そうしてどんな窮状でも諦めないのは、彼がネコであるが故の不屈さの表れだ。
 追い詰められても尚その瞳は抵抗の色を失ってはおらず、
 瞳に宿った輝きは、生き汚い生命のしぶとさを凝縮したかのような美しさで。
 
「《審判の杖は―― 「「 キンタマ踏み潰すわよ? 」」 ――ギャーーーーッ!!?」
 
 ――でもそんな美しさも、情けない悲鳴と共に一瞬で消滅、雲散霧消した。
 実際に片足を股の上にかざされては、それも無理はないか。
 ああなるともう魔法の詠唱は不可能だよな、冷静に意識を集中できる、
 落ち着いて術のイメージや詠唱の言葉を思い出せるような精神状態じゃない。
 …うん、ていうか、怖い。
 鳳也やラウ君まで、更に二歩ほどバックステップして直立不動で硬直状態。
 イェスパーに至っては、見るのも哀れなくらいガクガクブルブルと身を震わせていた。
 …気持ちは分かる、僕だってあんなのの近くには居たくない。
「ラ、ラスキさん……」
「見ちゃダメだ、ティル君、見ちゃダメだよ…」
 ガクガクするティル君の前に、そっと目を隠すように身体を移動させる。
 目を見開いたままのイェスパーは、また軽く失神してるのだろう。
 
「ふむ。大体にして女の身体が幾らあっても足りないというのなら……」
 ああ、しかも這って逃げようとするヒースの頭上、
 挟み込むようにして仁王立ちするのは、下ろした長髪をなびかせる灰色魔人だ。
 普段は後ろ頭で結って丸めている髪が豊かなウェーブを描いているせいか、
 いつもよりもずっとずっと美人に見えるレティシアさんが、
「思う存分――」
 大胆には下着が見えるのもお構いなしに大股開き、
 存分に生腕生足を覗かせてしゅるりとヒースの上半身に巻きつけて、
「――味わうがいい」
 これ以上ないってくらい……ネックロック。
 
「うきゅぇっ」
 なんか明らかにヤバい声を上げて、カッと瞳孔が見開かれるのが見えた。
 パタパタと空しく振り回される手が、なんか陸上の魚みたいで。
 
「ははは、どうしたほら、お前の欲しがっていた『ふともも』だぞ? んん?」
「そうよそうよ、ほーら、柔らかいでしょう? うふふふ……」
 あれでも必死に抜け出そうとしているんだと思うけど、
 でも多分のれんに腕押し。
 ヒースはチビなだけで、決してパワーやスピードが無いわけじゃないんだけど、
 いかんせん元カモシカの国の特殊部隊出身で、
 現在の猫井保安部員でもある『本職』レティシアさんの絞め技だ。
 あれはもう外れないなと素人の僕でも分かるほど、
 それくらいそのロックは完璧にキマっていた、ヒースの逃走を許そうとはしない。
 
「うふふふ、ほーら、『ふともも』だけじゃないわぁ、『おしり』よー」
 ドスン、と足をバタバタさせるヒースのお腹にキャロが腰を下ろし、
 フギャッ、という聞くに堪えない悲鳴が響き渡る。
「ははは、ついでに『ちち』もサービスしてやろう、嬉しいか? 嬉しいだろう?」
 ギリギリと首に回された腕が絞まって行く度に、
 でも確かにヒースの後頭部がレティシアさんの胸板にめり込んでいく。
 ……顔が青くなるのと引き換えに。
 
 しり・ちち・ふともも。
 男なら欲しない者は居ないという、願って止まなかった三種の神器を
 一度に堪能できている稀有な人間だというのに、
 でもそんなヒースを羨ましいと思う男は、たぶんこの場には一人も居ない。
 さながらそこは現世に顕現した地獄界。
 修羅獄卒と化したオニババ二匹にさいなまされる愚かな罪人を見て、
 ただ戦々恐々と怯え震える事だけが僕らに許された行動だった。
 ――ああ、自分はああはなりたくないな、って。
 
 ……でも。
 広い、広いこの世界。
 猛者ってやつは、いるもので。
 
「ぐっ、がっ、あっ……くうっ、…う、ゔ、ゔれじいもんか、こんな、こんな――」
「ほお? それはまたどうした事だ? あんなに騒いでいたでは――」
「――こんな粗末な乳ぃっ!!」
 
 
 
 「 」
 
 
 
「……ケツデカ…デブネコ」
 うわ。
「……しかもやっぱり毛糸パンツじゃねーか、この…オバねこババにゃんっ」
 うわあああぁ!?
 
「大体こんな、柔らかくもねー、筋肉の塊、オレは、『ふともも』とは、認めな――」
 怨嗟の声を最後まで聞かず、
「ひゃあっ!?」
 僕は寝そべっていたティル君を俵抱きに肩に担ぎ上げると、
「…………!」
 軽く気を失っているイェスパーの腕を強引に引き摺って駆け足、
 フロアの出口、階段の方へと走り出していた。
 
「――あぎゃああああああああああアあアアあアアあAaa!!!?!?」
 
 途端に炸裂する、身の毛もよだつおぞましい悲鳴には背を向けて。
 
 
 
――< switch over >─―
 
「――あぎゃああああああああああアあアアあアアあAaa!!!?!?」
 
 耳をつんざくような絶叫をバックコーラスに、
 どっこいラスキの旦那だけがこの修羅場からの脱出に成功する後ろ姿を視認する。
 あっ、てめ、こら!?
 ていうか思いっきり俺らを見捨てて、イヌっ子とヘビだけ攫って逃げやがったな!
 俺だって逃げられるもんなら逃げだしてえけど、
 いくらなんでも位置が悪い、階段はちょうどフロア中央を挟んで対角線上の反対側。
 …これがもし戦場だったなら、斧槍振り回しての一点突破、
 敵陣を突っ切っての逃亡っつう分かり易い選択肢しか浮かばねえはずなんだが、
 別に敵でもなけりゃ命のやり取りもしてないだけにそれも無理で。
 
 ……はぁ。ったく、だからこういう『めんどくせえ事』は嫌いなんだ。
 『ややこしくて』困るからな。
 頭で考えなきゃ駄目な事も、力で何とかならない事も、しちめんどくさくて困る。
 
 殺し合いなら、もうちょっと簡単なんだよ。
 生きるか死ぬかだもんな。
 潰して、壊して、どかして、蹴り倒して、叩き殺す。
 考えてる暇もねえし迷ってる暇もねえ、んな事してたらおっ死ぬからだ。
 
 正しいとか間違ってるとか、実は善人だったとか実は悪人だったとか、
 愛憎のもつれ、痴話ゲンカ、忠義、組織、主義に陰謀。
 そういうややこしいもんが全部関係ねえから、だから殺し合いは大好きだ。
 死んだ奴が負けで、生き残った奴が正義。
 そうしてそんな楽な事をしてれば金も貰えるんだ、願ったり叶ったりじゃねえか、
 実にシンプル、簡単でいいね。
 女の腐ったようなぐだぐだしたやり取りよりは、よっぽど楽で、気軽でいい。
 
 …………。
 
 ……苦手なんだよ、痴話ゲンカの仲裁なんて。
 俺みてえな頭の悪いガサツな男に、んな小器用な事できると思ってんのか。
 ガキのお守りだの、女のご機嫌取りだの。
 ……困るんだっつの。
 ……こういう時、どうしろっていうんだよ本当に。くそっ。
 
 確かに俺は、幾つもの『修羅場』を潜ってきた歴戦の傭兵ってやつだよ。
 でもな?
 だからってこっちの修羅場もお手の物だとか、そういう思い込みはよしてくれな?
 俺はラスキの旦那みたく、揉め事仲裁のプロじゃねえし、
 ついでにあっちのノリ軽タカ男みたいな、世渡り上手の要領良しでもねえ!
 ガキンチョネコみたくガキ同然に振舞うには、汚えモンも見過ぎた。
 
 だからやめてくれよ、こういうややこしい事は。
 俺は。
 
 
「にゃぎゃああああっ?!! にゃぎゃああああああああああっ!!!!」
 なんて事を俺が考えてる間にも、
 ガキンチョネコの奴は面白いくらいにじたばたビクンビクン暴れ回ってやがる。
 ……ど、どうしろっていうんだよ? 俺に?!
 ……!! こ、こら、やめろ!
 そういう助けを請うような目で俺の方を恨みがましく見るんじゃねえよっ!
「ふふふふふふ」
「はははははは」
 そんなガキンチョネコを見て楽しそうに笑ってるお前らも怖えんだよ!
 目が笑ってねえ! 目が笑ってねえってば!!
 ああ――…
 
 
 …――ちょいと名が上がって、周りから一目も置かれるようになったからって。
 でも破格の待遇と給金についつい釣られて今の仕事場に入ったのは、
 やっぱり間違いだったんじゃねえかって、最近よく思うんだ。
 20年間の長期契約に喜んだのは、今から思えば浅はかだったな。
 ……ひとところに落ち着かない、誰か特定の人間には飼われないのが、
 傭兵が傭兵たる所以、この仕事の一番の旨みだったってのをついつい忘れてよ。
 
 逃げるのが無理ならどっちに加勢すべきか考えて――でもさっきから答えが出ねえ。
 アホみたいに突っ立って、本当に俺は何をしてるんだ?
 どっちかが敵なら、話は早えのに。
 金が絡んでるんなら、悩む必要すらねえのに。
 同じ傭兵同士、縁もゆかりも無い者同士なら、ここまで悩む必要もねえんだよ。
 くそっ、だから。
 だから。
 だから。
 だから。
 
 ……だから困るんだ、『情』とか『しがらみ』とか、『ダチ』ってもんは。
 柄にもなくむず痒くなって――…
 …――そしていつも、どうしていいか分かんなくなる。
 
 
 
――< change place >─―
 
 こうなると、「治安がいい」「平和だ」というのも考え物になってくる。
 枕を高くして眠る余裕もないヘビやカモシカの国でならああもならないのだろうが、
 いかんせん皆緊張が弛緩してるというか、はっちゃけているというか。
「やれやれ、たまったもんじゃないな」
 それではっちゃけてるだけだったら僕も別に文句は無いのだけれど。
 でも本人達は『強めのスキンシップ』の一環のつもりだろうと、
 少しはあのやたら気まずくて身動きの取れないプレッシャーに巻き込まれる側の
 気持ちも考えてもらいたい。
「幾ら他に客が居ないからって、まさかあんな広間でおっぱじめるなんて」
 幼くも線が細いイェスパーやティル君には、あんな乱痴騒ぎは刺激が強い。
 ……現にほら、こんなにもオロオロして。
 
「…………あの。ヒース先生は……」
 置き去りにして来た事を悔やむようなイェスパーの不安を、
「ああ、気にしなくていいよ。あれもいつもの『じゃれ合い』の延長線上だから」
 でも僕はさらりと打ち消しておいた。
「キャロもレティシアさんも、ヒースの事が『大嫌いだけど可愛くて』仕方ないのさ」
「…………?」
 分からない、といった様子で首を傾げるイェスパー。
 『喧嘩するほど』を通り越して、『本気で殴り合うほど仲がいい』というのは、
 やっぱり余人にはなかなか理解しがたいものだとは思うけど。
「特にキャロには、あれでヒースが『必要』なんだよ」
「…………」
 ――要は僕と局長の関係と同じ。
 ネコの彼女が副主任なんていうストレスの溜まるポジションを勤め続けるには、
 どうしても『オモチャ』が傍に必要だ。
 
 相性の良い者同士を同じチームに組み込むのは、人事の基本。
 古くからネコ以外を登用してきた猫井は、その事をどこよりもよく分かっている。
 高め合うライバル同士の関係にせよ、ウマの合う友人同士の関係にせよ、
 お互いの実力を100%引き出せるような主従関係や同僚関係、
 職場のメンバー達の仲が良くて仕事が楽しい、不和や精神的ストレスが無い事が、
 結果的には愛社精神や仕事効率の向上に繋がる事を分かっている。
 
 個々の有能さ無能さの足し合わせだけで、単純に集団の総合力が決定するなら、
 でも【ヒト召使い】のような存在がこれほど世に重宝される説明がつけられない。
 その担い手にしての運営者が機械でない、あくまで人間でしかない以上、
 『仲がいい』とか『ウマが合う』とか、『気の置けない』なんていう副次的な要素は、
 「有能だけど心が弱い人間」の能力を100%引き出す為の不可欠要素だ。
 だから「有能な人材さえをかき集めれば」なんていうのは素人の考え方であって、
 集団において本当に重要なのは、「いかに歯車同士が噛み合うか」の方。
 
 ……実際、仮にヒースがいなくなったら。
 きっと次第にストレスを溜め込んで、キャロは遠からず「潰れて」しまうんだと思う。
 僕のやり方では、キャロみたいな女性の深奥までには踏み込めない。
 ――ヒースはあの通り、うざったいし、うっとおしい。
 ――バカで、無思慮無分別で、歯に衣着せぬ物言い、お世辞ってものを知らないけど。
 ――でもだからこそ嘘をつかない、お世辞も言わない、相手を欺かず騙さない。
 ――あの着飾らなさに、だからキャロも。
 
「…まぁもっとも、だからこそバカにしかできない損な役割なんだけどね」
「…………?」
「ん、ああいや、それはともかくにしてもだ」
 子供の頃、異母兄さんのスペアとして帝王学を仕込まれた僕はともかく、
 この辺の感覚はやっぱり二人にはまだ理解しがたいのだろう。
「また一つ大きな事を学んだだろう、イェスパー」
 むしろ彼もヒースになれない以上、ヒースとは全く気性の方向性を逆にする以上、
「『不屈の精神』と『余計な挑発』は、似てるけど全然違うものだ」
 重要なのは目指す事ではなく、反面教師とする事の方だ。
 
「前者は価値ある行いだろうけど、後者はそれこそただの無駄だ。
相手を怒らせて不和不利益だけを招き寄せる、要らぬ火の粉しか呼び込まない」
 ――『勇気と無謀が違うようにね』と。
 そう言うと彼も逡巡した後に、コクリと納得の意を表す頷きを返す。
 それでいい。
 こっちの考え方の方が、彼の性情には馴染みやすいだろう。
「多弁であれば、嘘をつかなければ、正直で素直であればいいってわけじゃない。
『沈黙は金』って言葉もあるし、『嘘も方便』ってのも確かに真実なんだよ」
 無口よりも、臆病よりも、子供を泣かせてしまう怖い顔よりも。
 彼にとってそれよりももっと大事なのは、まずは自分に自信を持つっていう事だ。
 その基本ができていなければ、口下手だって直しようもない。
「…無口を直そうとするのは良い心がけだけど、そんなに気負い過ぎないようにね」
 ポンと頭を叩くと、イェスパーは多少たじろいだように身じろぎする。
 確かに口下手で無表情だけど、でもこういう風に基本は素直でいい子だから、
 長いこと接していればむしろ彼という人間の思考は分かり易い程に分かり易かった。
「……少なくともヒースみたいなのに憧れちゃ駄目だよ?」
 ……何よりも良き上司たるもの、
 部下の努力を認めた上で、きちんとそれを褒めて伸ばして上げられるようでないとね。
 さすがに『あれ』は無謀というか怖い物知らずだと理解してるのだろう、
 コクコクと頷くイェスパーを見ながら考える。
 
「ティル君も、あんな風に凶暴でおっかない女の人にはなっちゃ駄目だよ?」
「ふぁい……」
 俵担ぎに肩にかかえたティル君にも声をかけるけど、
 どうも声に張りが無いのは、やっぱりまだ湯当たりで辛いからなのかな?
 ……うん?
 ……なんだいイェスパー? 変な目でティル君を睨んで。
 ……な、なんだ? なんだか怖いな??
 
 
「ああほら、見てごらん、真っ暗だねぇ」
 何か妙なものが漂い始めた場の空気を変えるために、窓の外の景色を指差す。
 もう夜も10時を回った刻限、
 二階階段ホールから見える範囲では、少なくとも通りには人っ子一人見当たらない。
 見渡すと正面の店なども全て明かりを消していて、
 このホテルからの明かりだけに、寂しく舞い落ちる雪が照らし出されていた。
 ひさし部分に設置された天窓を見上げれば、
 雲ひとつない墨色の夜空に、『銀』と『赤』の二つの月が、満天の星空が見える。
 こうして手を当てた嵌め殺しの二重ガラスの向こうには、
 でもきっと冷え冷えとした、冬の夜の空気が広がっているのだろう。
 …澄んだ空気が織り成す粛々と静謐な景色に、思わず厳粛な心持ちにもなる。
 
 不夜城シュバルツカッツェの夜なんかとは、比べ物にもならないこの静けさ。
 『就寝の鐘』の時刻を過ぎたからだろうか、
 一階のフロントにもポツンと当番のウサギが一人だけ立っていたに留まり、
 二階の廊下に至っては完全に僕ら以外の人の気配がない。
 
 …シン、と静まり返った広大なホテルが、こうなるとほんの少しだけ不気味だ。
 僕ら八人しか泊まっている人間がいないんだ、という認識も合わさって、
 幽霊の出そうなホテル、というイメージが、違和感無く脳内に忍び込んで来る。
 流石に廊下にまでは暖房が行き届いていないのだろう、
 ひんやりとした空気が、バスローブ越しにも湯上りの身体に冷たくて。
 
 ただ、悪くはない。
 こういう静けさも、こういう寒さも。
 曇った窓ガラスを指で拭き、粉雪が舞い散る人影の無い通りを見下ろしていると、
 どこまでも深く冷たく、自分の中の深淵に沈み込んで行くような。
 沈思黙考、
 しんしんと降り積もる白い雪。
 …世を捨てて隠遁生活を送るなら、これほど適した景色もないと思う。
 文豪や学者といった人種がこれ以上無いくらいに似合いそうな街。
 確かに寒さは厳しい、寒さは厳しいけど――
 
「……ラスキさぁん」
 
 ――でもだからこそ、ささやかな温もりのありがたみが分かる。
 
「はは、どうしたんだいティル君」
 甘えたように首筋に顔を摺り寄せてくる彼女を抱え直しながら、
 僕は微笑ましい気持ちでそう声をかけた。
「あったかいでござる♪」
 ネコならごろごろと喉も鳴らしてそうなくらい、気持ち良さそうに目を細めて、
 背中に体重を預けてくる彼女。
 …うん、可愛いね。
 僕が65で、ティル君が31だから、まぁ本当に『娘』だとしてもおかしくない年の差かな。
 娘を嫁にやりたがらないワガママお父さんの気持ちもよく分かる。
 こりゃあ滅多な馬の骨にはやれないなぁ、少なくとも僕の目の黒いうちは。
「ふかふかお日様の匂いがするでござるよ」
「そうかぁ」
 むしろいい匂いがするのは女の子であるティル君の方なんだけど、
 でもティル君は、元々“ああいう事情”の子だし、
 やっぱり父親の愛情っていうか、父親の背中や匂いに恋焦がれてもいるんだろな。
 ……うんうん、そう思うと俄然やる気も湧いて来る。
 夕焼けの帰り道を、遊び疲れた娘を背負って歩むだなんてシチュエーション、
 僕的にかなり憧れの情景だから――
 
 
「…………いいな」
 
 
 ――って、イェスパー?
 
「だめぇ!」
 ぎゅうっと、思考を遮るかのように首にティル君の腕が巻きつけられる。
 …え? なに? 『だめ』って何が?
「……何が駄目なんだよ、お前慣れ慣れし過ぎだぞ…?」
「低体温野郎には関係ないでござるよ! 部外者はあっち行けでござる!」
 
 イェスパーとティル君。
 相対年齢的にも近いものがあるはずの二人が、
 『どうしてか』急に仲の悪くなる時がある事を知ってはいたけど。
 
 えええ? なになに、なんで、どうしてまた?
 ……なんで『僕』を挟んで、そんな剣呑に睨み合ったりなんかするんだい?
 
「…!! ラスキさんに迷惑だろうが! いいから降りろッ!」
「うー!」
 シュゥッ、と威嚇の音を鳴らして舌をチロチロとちらつかせるイェスパーに、
 尻尾の毛を逆立ててまで威嚇の唸り声を上げるティル君。
 
 ……ふ、二人とも??
 
 
 
――< change place >─―
 
 別に師匠はマゾってわけではないですし、
 副主任やレティちゃんも本当は鬼畜サドってわけでもねーです。
 
 ただ何ていうですかね? 師匠の『いじめて君オーラ』が絶大?
 魔性の魅力とか、もうその域ですね、師匠のあれは。
 全ての女の子を鬼畜サドに変える為に生まれて来たような人間ですよ、うん。
 
 
「うみゃっ、うみゃあ゙あっ!? うみゃあ゙あ゙ああああああっ!!」
「ほほほ、どうしたのかしら、お・ん・な・の・子・み・た・い・に・泣・い・ちゃ・っ・て」
 
 
「……仲がよろしいのですね」
「……そうなんですよ」
 片目のバーテンさんが困ったような顔でそう呟いて来たので、
 俺も力無くですが相槌を返しておきました。
 俺ら四班の人間にとっては『いつもの事』ですけど、
 でも部外者である第三者が見たら、まぁ普通に引く光景なのは分かってるです。
 
「に゙ゃっ、や、やめっ……み゙ゃあああああああああ?!!」
 電気あんま。
 今師匠が副主任やられているのは、つまりはいわゆる一つのそれですね。
 …足コキとかの変な趣味がある人なら悶えて喜ぶ所なんでしょうけど、
 でも師匠の苦悶と苦痛と懺悔と後悔とが入り混じった泣き叫びをナマで聞いてると、
 とてもじゃないけどご同伴したいとは思えないです。
 
 ネコの脚力から繰り出される、情け容赦無しの100%フルパワー電気あんま。
 あられもなく涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった上になんかガクガクしてる師匠の顔が、
 その恐るべき威力と効果のほどを物語ってるです。
 地獄。
 男にしか分からない地獄。
 『電気按摩』と書いて『こうかいしょけい』とルビをふる、例えて言うならそんな地獄。
 
「ははは、ほらほらどうしたどうしたぁ? 暴れたところで苦しいだけだぞぉ?」
 レティちゃんがギリギリと締めつけ拘束する中で、
 びくんびくんと師匠の全身がヤバげな痙攣を繰り返しているところからも
 それがよく分かります。
 ……ついでにそんな師匠を見つめるレティちゃんの目が明らかに興奮に染まってて、
 ほんのりと頬が赤く上気してるのも。
 
「……いつもあんな感じなのですか?」
「……あそこまで行くのはたまにですけど……まぁ軽いのならいつもかもです」
 
 ああ、師匠もバカですね。
 抗えば抗うだけ副主任やレティちゃんも悪乗りして興奮するだけだってのに、
 どうしてああもジタバタするですか、
 ほんっっっっっとうに学習能力が無いですね、いつもの事ですけど。
 ボロゾーキンのようになった師匠を回収する俺の身にもなってくださいですよ。
 
 
 
 ――『ネコは一つの事に夢中になると周りが見えなくなる』
 そういう言葉は師匠にこそ当てはまれど、
 副主任さんには全然当てはまらない言葉だと思ってたです。
 ……最初の頃は。
 
 クールで、したたかで、人前では常に余裕めいてて、頭の回転も速い『大人の女』。
 どんな相手に対してもボロを見せない完璧な副主任が、
 でもやっぱりネコだって気がついたのは、『夫婦漫才』の中でだったですかね。
 他にも幾つかあるにはあるですけど、
 やっぱり一番分かり易いのは「師匠とケンカしてる時」ですか。
 
 俺が四班に入って来た時には既にそうだったですから、
 あの二人がいつからそうだったのかはちょっと分からないですけど。
 ……髪が乱れてスーツに皺が寄るのも関係無しに、取っ組み合いのケンカをする。
 ……タイトスカートが破けるのも気にせず、激怒して部署内を追いかけっこする。
 そこまで副主任を怒らせる事ができるのは、でも師匠『だけ』です。
 普段の副主任さんは、あそこまでは怒りません。
 どんなに腹の立つ嫌な相手にであっても、こめかみに青筋こそ浮かべるですが、
 声を荒げるまでいったのは見た事はないですよ。
 
――『必要なんだよ、キャロみたいな女性には、ヒースみたいな存在がね』
 
 主任の言葉を思い出して、でもただただ頷くばかり。
 ……完全に『壊れて』しまってるです、今の副主任を見るにつけては。
 
 
「どうしたの? ほら? さっきまでの威勢は? 誰がオバサンですって? ええ?」
「にゃ……にゃああ……にゃあああああっ!!」
 『電気あんま』は飽きたらしく、今は『わき腹くすぐり』に移行してるですが、
 でもやってる事がやばいのには変わりないです。
 
 バスローブがはだけて胸部や脚部が露出した身体、涙に濡れた瞳、いやいやする頭。
 ……男の痴態だってのが大いに問題ですが、
 でもそんな師匠を衆目の面前で押し倒して馬乗りになってる副主任はもっと問題。
 つーか年下少年を逆レイプしてる痴女にしか見えません。マジで。
「ほーら、ほーら、ほぉーら」
 …あー、ていうかそもそもあれもう完全に目がイっちゃってますもん。
 もう目の前の師匠以外何も見えてないし、頭の中から抜け落ちちゃってるですね。
 人前だって事さえ忘れてる可能性大、
 かと言って今止めに入ったら、こっちまで巻き添えくらう危険性も大です。
 俺まで逆セクハラ、逆レイプ。
「ねぇ、ごめんなさいは? ごめんなさいはヒース?」
「にゃあああっ、にゃああああああっ! にゃああああああああああああん…っ」
 爛々と輝くあの瞳と、恍惚陶然としたあの表情は。
 …あれが『ネズミをいじめるネコの表情』ってやつなんでしょうかね?
 口先では降伏を勧告してるのに、でももっと抗ってくれる事を望んでいるような。
 屈服を強要しつつも、でももっともっと抵抗して逆らってくれる事を期待しているような。
 ……生きのいいオモチャを手に入れた、いじめっ子の顔。
 
 綺麗だけど、怖いです。
 とっても残虐で、冷酷で……でも、やっぱりとっても綺麗だと思います。
 生き生きしてるですよ、いつのどんな時よりも。
 羽交い絞めにされてくすぐり地獄くらって、泣きながらビクンビクンしている師匠の姿も。
 それに馬乗りになって、完全に目の色がおかしくなっちゃってる副主任の姿も。
 別に乳繰り合ってもまぐわってもいないですのに、
 だけど男の俺が思わずゾクゾクしちまうくらい、絵になる光景だって思います。
 ……あ、乳首舐めた。
 
「……皆さん、本当に仲がよろしいのですね」
「そうなんですよ」
 繰り返されたさっきと同じ質問に、
 いつの間にか釘付けになってた視線の傍ら、話半分で返します。
 
 ええ、本当に皆、いい人なんですよ。
 『苦手』や『真似できない』はあっても、『大嫌い』や『嫌悪憎悪』はありません。
 あの師匠と副主任、レティちゃんの姿を見てれば、分かるですよね?
 お風呂場での主任さんとラウさんのやり取り、
 イヌの主任とネコの副主任の、2人のタッグを見てれば、分かるですよね?
 ネコとイヌとオオカミでも、ちゃんと仲良くなれるです。
 皮肉を言い合ったり、素直じゃなかったり、取っ組み合いの喧嘩をする事はあっても、
 でも本当は皆、皆が大好きなんですよ、心の底では仲良しさんなんです。
 仲良し子良しが、でも俺ら四班の一番の――…
 
 
「……なのに何故、皆さん『同衾』はなさらないので?」
「――はい?」
 
 
 ドウキン……
 
 
 ……って、
 
 
 なんですか?
 
 
 
 
 
「……ああ、いえ、申し訳ありません」
 きょとんとする俺の目の前で、
 片目のウサギさんが失言だったって言わんばかりに口元に手を当てて謝ったです。
「一介のバーのマスター風情が、出すぎた事を申しました」
「はぁ」
 『ドウキン』って、結局なんの事だったですかね?
 ……まあ別にどうでも良いですけど。
 
 
「うんうん、分かればいいのよ分かれば」
「わあっはっはっはっはっは、いやはや、まったくだ」
 晴れやかな笑い声に視線を戻してみれば、
 きっと思う存分オモチャをイビリ倒してストレス発散したですね、
 やけに肌のつやつやした副主任とレティちゃんが爽やか笑顔で胸を張っていました。
 
 その足元では散々もみくちゃにされた挙句半裸に剥かれた師匠が、
 女の子座りでさめざめと啜り泣いてます。
 片方の肩からずり落ちた浴衣、
 覗く赤い毛並に覆われた首筋と胸板が、マダラでもない男のくせに無駄にエロいです。
 あれじゃ副主任だけでなくレティちゃんまでもが襲う理由も分かるですよ、
 ……まぁ、どうせすぐに復活して性懲りもなく同じ目に遭うに決まってるですけど。
 
「お客様は、ご同輩の方々がお好きですか?」
「そりゃあ勿論ですよ」
 差し出されたカクテルをストローで啜りながら、俺は満を持して答えます。
「主任も、副主任も、師匠も、イェスぱんも、ティルっちも、他の四班のメンバーも、
ラウさんやレティちゃんの事だって、大好きですよ?」
 当たり前じゃあないですか。
 
「だって『同僚』……ううん、『友達』ですもんね」
 
 
 
=────────────────────<Chapter.4 『AQUA VITAE』 out >───=
 
 
 
 
 

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