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万獣の詩外伝04

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万獣の詩外伝 MONOGURUI 004

 
 
 また呼び出された。
「実はラスキ、今日は是非ともお前に頼みたい取材があるのにゃ」
 ――今日は一体なんだろう。
 ――肩揉み? お茶汲み? 手の届かない上の棚の荷物を取ってくれ?
 ――それとも斜向かいの商店までヤキソバパンを買いに?
 
 ……内心暗澹とした表情でそんな事を考えてたラスキの表情が、
 その言葉と同時に晴れやかなものへと変わり、千切れんばかりに尾も動きだす。
 
「お仕事でございまするか!」
「うむ、お仕事にゃ」
 
 ヒトの世界においての『コリー』と呼ばれるある種の犬は、主に牧羊犬と呼ばれ。
 古来より先祖が毎日草原で羊を追い回していた影響であろうか、
 気性穏やかで躾もしやすい、大型犬ながらに室内犬に適した犬なのを差し引いても、
 その莫大な必要運動量、毎日の散歩の大変さがネックの一つであり。
「して、目的地は!? 虎国にございますか? 熊国にございまするか!?」
「ワハハ、落ち着けぃラスキ! 目が輝いておるぞ!」
 ――要するに血統あげてのワーカーホリック(仕事中毒)。
 お仕事しないと病気にさえなる、偉いんだかダメなんだかよく分からない犬である。
 
「とりあえず三つほど企画書を用意したのにゃ、好きなものを選べぃ!」
「!! は、ははぁ、ありがたき幸せ!」
 ばさりと卓上に投げ出された企画書は三束。
 普段であれば仕事の選択権など無いのがサラリーマンの常だと言うのに、
 此度はやけに贅沢な話。
 嬉々として企画書を手に取ったラスキは。
 
 次の瞬間慄然と凍りついた。
 
 
 【恐怖!エビラ襲来! 蛇国の砂海に現れた謎の巨大甲殻生物を追え!】
 【衝撃!鉄球ライオン丸! 狐国の山奥に噂のケイ素生命体は存在した!?】
 【驚愕!伝説の黄金都市エル・ドラド! 西域の秘境に眠る古代遺跡を探る!】
 
「……この企画、局長殿の差配でございますか」
「いかにも!」
 自信満々にふんぞり返った女上司の瞳が。
「 血 迷 わ れ た か 」
「 何 と ?」
 猫科動物のごとく拡大した。
 
「…全長1kmを超える巨大生物なんて、生物学的に存在するわけがございませぬ。
ケイ素生命体とかいう輩にしても、どうせ正体はゴーレムか何か。
挙句西域に眠る幻の黄金都市だなぞ、一体何百年前からある伝説とお思いか!」
 
 『局長の飼い犬』ことラスキエルトの別なる字名、
 『常識のラスキ』の銘は伊達ではない。
 ラスキエルトは 常 識 派 。
 
「だいたい体高数百メートルとか体重100万トンとか。現実にそんな怪獣がいたら、
身体を維持する毎日の食事量は一体どれくらいになってしまうとお思いですか!
この世界はあっという間に地面まで食べつくされてしまいますぞ!?」
「ド、ドラゴンとかはあのでかい図体の割にゃーそんなに食べないじゃにゃーか!
きっとそういうのなのにゃ! 魔力摂取で肉体を維持とかしてるのにゃ!!」
 
 …自分達が隣のヒトの世界の生物達と比べればだいぶ規格外、
 少なめの食事量で倍以上の身体能力を保持しておきながらのこの言い草。
 しかしラスキエルトは 常 識 派 だ。
 
「そもそも件の砂海が生まれたのは300~400年前、帝国中期の時分にござる。
それなのに何で今更こんな巨大甲殻生物、普通に考えてもっと昔から話題に――」
「ね、ネコの国かイヌの国の秘密研究所の実験生物が逃げ出して
巨大化したとか幾らでも考えられるニャ! カクジッケンによる放射能汚せ――」
「 落 ち モ ノ の 特 撮 映 画 の 見 す ぎ な り 」
 一 刀 両 断 。
 
「お、おみゃーはこれを世界の危機と感じにゃーのか! このまま放っておいたら、
そのうち人間の環境破壊に怒ったエビラが帝都に襲来して、帝都炎上の大惨……」
「 帝 都 は も う 滅 び ま し た 」
 すでに滅んでるからもう燃えませぬ。
 
「そもそも何ですか、この此処の部分の解説は!」
 おまけにパン、と企画書の束を軽くはたいてラスキが指差した先には、
 
 ∥ 立ち上がったのはその四者。
 ∥ 今は亡霊の身と成り果てた放浪女王と、屍食らいのその従者。
 ∥ 力自慢の双角の巨鬼に、その忠実なペットである三つ首の白魔犬……
 
「……人間が一人もいないではございませぬか」
 これだけで既に胡散臭さ全開なのだが。
「きっと早く人間になりたいなぁとか考えてる、正義の妖怪人間な人達なのにゃ」
 ――もうメチャクチャだ。
 
 ∥ エビラを操っていた真の黒幕は、悪いウサギの魔法使いだった。
 ∥ 四者の活躍により元のおとなしさを取り戻したエビラは、
 ∥ 夕日をバックに静かに砂海の奥深くへと帰っていったのである。
 ∥ さようならエビラ!
 ∥ ありがとうエビラ!
 ∥ 君が残してくれたメッセージを、僕達は一生忘れない!
 ∥ エビラはいつだって子供の味方!!
 
「……一体何処でございまするか? この情報の出所は」
「ボクの秘密のネットワークなのにゃ。ちなみに全て提供者の原文そのままにゃよ?」
 途中からもうゴ○ラではなくてガ○ラ。
 放浪女王とその従者と言えば、ラスキの情報ネットワークにも入ってきた覚えのある、
 蛇の邦々で最近密かに広まりつつある怪談話、新手の都市伝説の類であるが。
 
“…大方そのような流行の怪談話を自分達の地域に結びつけた逸話をでっちあげて”
“話題を呼び呼び観光客の注目や地元の名物化を狙ったあざとい地域振興であろう…”
 
 穿った見方ではあったが、常識的かつ政治的に考えればそれが一番妥当な話。
 ラスキエルトは 常 識 派 。
 
“……胡散臭さ350%! この情報は間違いなくデマ!”
 
 デマ認定でました。
 
 
 しかもおかしいのがこれだけならまだしも。
「この……【衝撃!鉄球ライオン丸! 狐国の山奥に~】に関してもですな」
 
 ∥「僕は、ライオネルバッハちゃん!」
 
「原文のままにゃ」
「…………」
 随分フレンドリーかつポップでライトなケイ素生命体である。
 
 ∥ 魔法少女:姉と魔法少女:妹は、一人のヒト召使いを巡って醜く争いあう間柄。
 ∥ 嫁姑もびっくりの骨肉血みどろな女の争いを繰り広げつつ、
 ∥ それでも襲い掛かる大魔王の手先を日々魔法少女的に撃退していたのだが、
 ∥ 単独では対抗し得ない怪人相手に、ついに絶対的窮地に陥ってしまう。
 ∥ 迫り来る鉄拳。
 ∥ 妹のピンチをとっさに姉が庇った時、それが二人の雪融けの瞬間。
 ∥ 長年の確執は横に置き、ヒトの声援をバックにる二人の力が今合わさるッ!
 ∥「「ラブラブホーネット外道照身霊波光線ッッ!!」」
 ∥「ら、らいおねるばっは~!」
 ∥ 姉妹の力が合わさる時、1+1は4にも5にもなり得るのだッ!
 ∥ 魔法少女姉妹の放った聖なる浄化の光に、悲鳴を上げて消滅する怪人。
 ∥ かくして山奥の村のささやかな平和は守られたのであった……
 
「…昼ドラ要素と魔法少女物の融合とは、これまた前衛的でございますな」
「うむ! ラスキもそう思うかにゃ! これは大当たりの匂いがプンプンするにゃ!」
 思いっきり皮肉を込めて言ってやったのだが。
 局長にはそれが理解できないのだ。
「というかどうするんですかこれ、なんかライオネルバッハちゃん消滅しちゃいましたぞ」
「ライオネルバッハちゃんじゃないニャ! UMA『鉄球ライオン丸』君にゃ!!」
 勝手に命名までしてるし。
「それに、昔から黒光りするのは1匹見つければ30匹はいるって決まってるニャ」
「…………」
 この無意味な自信は、本当にどこから来るのやら。
 
「…大体ですな」
 嘆息と共に、その三日月形に折れた耳がぱたぱたと動き。
 
 ∥ それは生き物というにはあまりにも大きすぎた。
 ∥ 大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把過ぎた。
 ∥ それはまさに『鉄塊』だった。
 
「…この部分からしておかしい。鉄の塊がこんな溌剌と動くわけがございませぬ!」
 パスン、と再び、細く柔らかな毛に覆われた手が紙束を打つ。
 
 ――鉄、というのはそもそも、鉛や亜鉛に次いで魔力伝導率に劣った金属である。
 反魔や抗魔の性質を帯びるでもなし、通常の金属製品にはともかく、
 マジックアイテムや魔法科学製品の素材とするには不適な金属の代表例。
 
 おかげで大抵のゴーレムは木製(ウッド)か石製(ストーン)なのが常であり、
 それこそ魔法金属を用いられた『金属製の』ゴーレムなど、
 要拠点の軍事施設や、余程の大金持ちの屋敷の防衛機構に見かける程度。
 確かに性能は木製や石製より遥かに優れるも、
 下手をすれば一体で安めのヒト奴隷と同じくらいの値がつく破格の品なのだ。
 ましてや『鉄製』のゴーレム(魔導人形)など、『常識的に』考えて。
 
「金属製ゴーレムがかような山奥に現れるなど、『常識的に』考えてありえませぬ」
「だから言ってるじゃにゃーか、ゴーレムでなくケイ素生命体だと!」
「…どうしてそう発想が飛躍しまするか……」
 そこは普通に見間違いか勘違いと推察すべき所だろうにと、
 思わず頭を抱えてしまうラスキ。
 
「しかしにゃあラスキ、この話は特に信憑性が高いにゃよ? 
何せ情報屋の話じゃ、問題の村の村長さんから直々に聞き出した話にゃと……」
「…その村長さんというのは、お爺ちゃんですかな? お婆ちゃんですかな?」
「お婆ちゃんだそうにゃ」
 
“――ボケでござるな”
 ラスキ大確信。
 人間、歳を取ったら童心に返ると昔から相場が決まってるのだ。
 
“おおかた、少しばかり山のヌシ的な野生の黒鱗竜か大熊を見間違えたのであろう”
“害獣に悩まされる村を、通りすがりの旅の武芸者や魔法使いが退治する…”
“…そこら辺に吐いて捨てるほど転がってる、別に珍しくもないエピソードにござる”
“魔法少女など笑止。胡散臭さ400%!”
 
 400%の大台出ました。
 
 
「あまつ最後の西域密林帯の黄金境探索に至っては……」
 発案、構成、費用。
 全てにおいて問題外の造りである。
「承服致しかねまする。…思うにこれらの企画、局長の独断かと」
「ど、独断とは何を根拠に――」
「 と ぼ け ま い ぞ 」
 
 一喝すると、おもむろに紙の綴じ目を鼻先に持っていって匂いを嗅ぐラスキ。
 ――イヌの嗅覚は大陸無双と知られ、
「…筆跡を誤魔化そうとも無駄。この書類からは局長の匂いしかいたしませぬ。
幾多の者の手を経たのではなく、局長一人の手によるは明白!」
 名探偵さながらの探知能力を誇るのだが、
「……うわぁ、匂いって。ラスキお前何ていうかフェチっぽいのう。
いつからボクのストーカーになったにゃ? エロいイヌにゃねー」
「と、とととっ、とぼけまいぞッ!」
 エロい能力なのは確かに否定のしようがない。
 
「きょ、局長の辞書には、独断専行とか、業務上横領とか、職権濫用とか、
そういった言葉は載っていないのでございまするか!?」
 局全体に割り振られた予算と人材を、局長個人の独断で私的に用いる事は、
 猫井の社規にあっての犯罪スレスレな横暴行為であるが。
 
「 聞 こ え ん の う 」
「…………」
 酷い凸凹コンビなり。
 
 
 
 暫しの睨み合いの後、嘆息して折れたのはやはりイヌの側。
「……かような西域探索、さすがに一介のジャーナリストの本分を越えていまする」
 いつもいつものパターンである。
「もっと探検家とか冒険家とか、そのような人種に任せるべきかと」
 主君を諌めるは、忠臣の勤め。
 UMAだの秘境だの古代遺跡だの、とかくそういうのが大好きなこの上司だが、
 しかしラスキ達の本分はあくまで技術者、猫井社員はインテリ層。
 アドベンチャーだのトレジャーハントだのは、当たり前だけれども専門外だ。
 
 ――そもそもにして『西域』というのが、
 獅子国の北西、羚羊国の西、熊国の南西に広がる前人未到の魔境一帯、
 文明の及ばぬ危険な未開域を指して言う言葉である。
 
 その自然は豊かを通り越して茫洋、その地形は雄大を通り越して峻険、
 (ヒトの世界で言うところの熱帯雨林に相当するような)
 以東では見たことも無い奇怪な動植物が見渡す限り鬱蒼と跋扈し、
 ひしめく葉により天は遮られて昼でもなお薄暗く、
 並び立つ樹木の太さたるや、まず大人十人分の手を繋いだ長さには匹敵する。
 とどめとばかりに地磁気も魔力磁場も狂っているようで、
 コンパスを含め幾つかの位置把握魔法が当てにならない事で有名だ。
 
 知的生命体が存在しないわけではないようなのだが、
 そもそも2000年前の大戦においての戦線の西端が『西域』の手前まで、
 戦火に見舞われなかったが為に、皮肉にも仔細や全容が不明な事態と相成っている。
 名も知られぬ、あるいは忘れられたような種族が数多く住まうとされ、
 過去多くの探検家や冒険家を飲み込み、そのまま吐き出さなかった黒の森。
 
 …数少ない生還者の報告に、原住の部族に襲われた話も多く含む事から、
 ネコやイヌの国のような文明国にあっては
 『危険な魔物や未知の病原菌が潜み、“食人”種族が住む野蛮人達の大地』とされ、
 対外進出に積極的なネコでさえ余程の物好き以外近寄ろうともしなかった。
 
 ……実際ラスキも、そんな『普通の』イヌネコの一人。
 
「東方は猪国にさえ行った事のある“探検屋”のお主が、やけに弱気ではにゃーか」
「東はまだいいんですよ……って誰が“探検屋”でござるか誰が!?」
 
 好きでやってるわけじゃないのはともかくとして、それでも『東』はまだいいのだ。
 決して自然が険しくないわけではないが、それでもまだ平野が多い。
 猫国に隣接する狐耳国や虎国は、それでも街道が整備された治安の良い国だし、
 中でもトラの国は大陸の食料庫なだけあって、あれで中々の富裕国。
 王都と主要地方都市間を鉄道が繋ぎ、
 移動手段と輸送網の整備は大陸でも有数のハイレベルを維持している。
 比べて『西』は――…
 
「砂漠、山岳、大森林。おまけに蛇国と羚羊国は、大陸でも有数の戦乱地域!」
 蛇国はおよそ百年ほど前から小国群立の戦国の世であるし、
 羚羊国は20年ほど前の先王の失政から治安が芳しくなく、現在は完全な内乱状態。
 めまぐるしい版図の変化に、あるいは内乱による国家機能の低下から、
 鉄道の敷設どころか街道の整備さえままならぬような状態だ。
 そこにあの地の果てまでの砂漠と、無数の山谷が横たわる起伏に富んだ山国。
 
「獅子国や熊国とて、東側はともかく西側の大部分は未開域――」
 平原国である獅子国だが、北西部には仙境と呼ばれる霞たなびく奇岩帯が連なるし、
 森林国である熊の国も、東はともかく西側の話はあまり伝わって来ない。
 道は碧に飲まれ、石畳は獣道に変わり、川には橋架なく、森は余所者を惑わす。
 ……魔洸や機械の恩恵は届かない、広がっているのはそういう世界だ。
 
「――100kg200kgの撮影機材を担いで、どうやってそれを踏破いたしまする!」
「む……」
 そこにこれだけの重量の精密機械、馬一頭や翼竜一匹ではどうしようもない、
 最低限辻馬車や隊商の往来が確約されていなければ、そもそも足が確保できぬ。
 ひるがえって陸路は絶望的。
 そうして。
 
「だ、だったら海路にゃ! にゃー達猫井には魔洸船団が――…
「…だからそれを、局長の一存でどうやって動かすというのですか……」
 魔洸船とは。
 技研の主導で開発され、現在では猫井の海上運輸部門が建造し切り回す
 魔洸エンジン搭載、大陸最新鋭の金属船舶の事であり。
 帆を使わずとも風に逆らって走り、圧倒的な安定性能で浮沈伝説を更新し続ける、
 諸国からは『てつのふね』の名で呼ばれた猫井の技術の集大成だが。
 
 高価な稀少素材や魔法金属を多数使用し、
 またその機構の少なからずが落ちモノの部品頼りで建造されている事から、
 現存艦数たった12隻、量産が利かないのが最大のネック。
 現に今も12船全てが既存航路での物資輸送および旅客客船にフル稼働の状態で、
 新規航路の開拓なんて危険な航海に回す余裕は、およそ一切存在していない。
 
 
 ――エビラや鉄球ライオン丸君に真実味を見出す事は出来ぬ。
 ――西域秘境なぞ、黄金境探索以前にそもそも満足な到達帰還すら叶わぬ。
 
「さすればこれらの企画ッ」
 ギラリ、と目を光らせて冷徹に青年が判断を下す。
「このような取材と呼ぶに値せぬ蛮行をもって社の経費を無駄遣いしたとなれば、
いよいよもって本社に申し開き出来ぬ破目に陥り申――
 
「 否 !! 」
 
「…!!」
 ばむ、と卓上に両手が打ち下ろされ。
「見にゃれい、ラスキ殿!」
 
 ぽちり
 
『えー、今日は獅子国は武の総本山と名高い、三絶寺にやって参りましたー』
 
“……! こ、これは……”
 
『さすが四千年の歴史、四千人の門弟を有するだけあり、もう山全体が一つの――』
「……不屈の精神を持った企業戦士(もののふ)にあっては、」
 ――それはおよそ一切のオカルト特番に。
『今回特別に閲覧させてもらった寺の竹簡によると、やはり歴史の表舞台に広く
三絶寺拳法が現れたのは、大戦期カモシカの国との西部共同戦線においてで――』
「自己(おのれ)に与えられた過酷にゃ業務命令(さだめ)こそ、」
 ――聞いた事も見た事もない。
『凄いですね、この水の波紋! ですがホラ、ご覧の通り魔力計測計の反応はゼロ!
本当に一切魔力は使っていない、あくまで人間個人が備える力を最大限に――』
「かえってその若い闘魂(たましい)を揺さぶり、ついには……」
 ――まじめな特集であった。
 
“……そ、某(それがし)達が取材・監修した、一昨年の年末特番!!”
 誰が知ろう。
 作成指揮をとったのは、他でもない四班主任ことラスキ本人だったのだと。
 
「……ラスキ」
 たじろぐイヌに向けられるのは、全幅の信頼を含んだ上役の笑み。
「出来ておる喃……」
 
 ――失態である。
 なまじっか真面目に、気合入れて仕事に取り組むからこんな事になった。
 仕事なんてほどほどに手を抜いてやるのが一番。
 サラリーマンの極意とはそのようなもの。
「…ラスキ、ボクは信じてるのにゃ!」
「……う」
 しかし基本ご主人様に褒められるのが大好きなイヌにとって、この言葉は……
 
「お主にゃら出来ると、……いや、」
「……あ、あう」
 ラスキエルトの背中はじわりと濡れ。視線は落ち着きなく周囲をさ迷い。
 ていうかキョドってるキョドってる。めっちゃキョドってる。
「お主にしか出来んとッ!!」
「……く、くぅん……」
 いい歳こいた大男が、追い詰められたような目でくぅんとか鳴いてもダメである。
 
「……だ、だめ、やっぱりだめっ、ダメでございまする!」
 が、それでもそこで、さながら
 『初体験で勢いに流されそうになりつつも恋仲の男にゴムをつける事を要求する』
 女子(おなご)のように抵抗したるは、流石猫井の主任であっただろう。
 
――偉いイヌじゃのう。
――将来良いお嫁さんになるのは間違いなしよ。
 
 しかしかような流れにおいては、大抵の場合
 『若さに任せて「外に出すから」と相手男の暴走がままに生挿入されてしまう』のが
 王道的展開と古来より決まっており、
「大体、どうしていつも局長は、そんなまともじゃない企画ばっかり――」
「 ま と も じ ゃ に ゃ い と 申 し た か ! ! 」
「ア、アゥゥンッ??」
 失言である。
 ついうっかり本音トークで口を滑らせてしまった。
 これではますます 大 ピ ン チ 。
 
「…大体の、ラスキ。おみゃーさっきから文句ばかりにゃが……」
 いつの間にか取り出した扇子をパチンと閉じる様は、
 今すぐにでも悪代官に転職できる似合いぶりだ。
「じゃあお主だったらどういう企画で行きたいか、具体的に話して貰おうじゃにゃーか」
「へ…? …え…いや…――」
 戸惑うラスキに対して、びしりと閉じた扇子を突きつけて、
「ボクの番組をそんにゃ『まともじゃにゃい』言うからには、
さぞかしお前のまともな番組なんにゃろうにゃ!? にゃああ!?」
 なんという可愛……でなく、恐ろしい迫力。
 猫目全開、今にもフシャーッとか言い出しそうな、ヤクザもビックリの恫喝だった。
 
「そう……でございますな」
 それにほんの少しだけ平静さを取り戻したラスキは、
 おもむろに胸ポケットから黒手帳を取り出すと。
 
「そう言えば最近――これは熊国の方からの情報でございますが――
とあるヤギの旅芸人一座がニューウェーブと称して、ヒトの楽師を迎えたとか」
 伊達に猫井テレビの特別派遣取材部主任。
 対外取材で一年の半分以上を国外への旅行滞在に費やしているだけあり、
 局長ほどではないが、ラスキエルトも独自の情報網を保持している。
 
「ヒトの技術登用と言えば、もっぱら技術者や研究者、建築家、教育者といった、
実用技術方面での起用がこれまで通常でございましたから、
このような非実用の芸術方面での登用は、新しくも興味深い事例ではないかと」
 集める情報の方向性は、上司とはまったく逆なのであるが。
 別に不正や裏情報を追う政治記者でもない以上、
 この手の“どうでもいい話の種や酒の肴”を集めるのに必要なのは、
 日頃の注意力と、街の酒場でも他グループの歓談にも積極的に入っていく姿勢、
 あとはそれら膨大な雑談から要不要、重要無用を抜き出す根気強さであり。
 
「あるいは南部のさる所領で、なんとヒトを領主代理に任命した領地があるとか」
 何よりラスキには夢がある。
 必然的にヒトの世界の文化技術に触れる機会も多い猫井勤務のラスキだが、
 そんな男が神のごとく信奉しているヒトの世界の番組。
「実際、なんでも未だかつてない相当思い切った施策が次々断行されてるとかで、
ここは一度本格的に取材して、詳しい経緯を聞きたいと思っていた次第なれば」
 ――【プ○ジェ○トX】。
 
 ―― 『 ○の中のす○る~♪ ○の中の○河~♪ 』
 ―― 『 み○な何処へ○った~♪ 見○られること○なく~♪ 』
 
「既存と異質の融合。異文化同士の手の取り合い。新風による現状の打破と再生…」
 一人で風呂に入れば鼻歌で『地上の○』を歌い出すも茶飯事。
 ラスキエルトはプロジェクト大好きっ子にござる!
「…やはり王道にございますな! ドキュメンタリーとは彼の様にしてあるべきかと!」
 結果としてヒト奴隷の地位向上にも繋がるし、
 結果としてそれら組織団体の宣伝や知名度向上にも繋がる。
 まさに一石二鳥、社会にも貢献。
 …と、ラスキは思ったのだが……――。
 
「ラスキ」
「は!」
 静かな声が響いた。
 
「……大衆報道(マスメディア)において重要な事、
【正確性(ジャーナリズム)】と【娯楽性(エンターテイメント)】、いずれかにょう?」
 厳かな、しかし迷うはずのない問い。
「ジャーナリズムかと」
 深々と頭(こうべ)を下げながら、ラスキは信念と共にそう答える。
「――にゃにゆえ?」
「世のため人のため、真実を伝えるのがジャーナリストの務めなれば!」
 『真実は常に一つ』。
 世に満ちる誤謬(イドラ)を取り除き、真実への木鐸たるのが報道関係者の務め。
 少なくともラスキエルトはそう信じている。
 ……信じて、いた。
 
「……面(おもて)を上げい」
「は」 (スッ)
 
――比類なき忠義と大儀に大して支払われたのは。
 
 ガッ!!
 
――ねこパンチであった。
 
「きゃいんっ」
 鼻っ柱をぺちこんされて、ぶざまに転がる身長200cmを目前に、
「……今にゃんと申した?  ジ ャ ー ナ リ ズ ム が 何 に ゃ と … ? 」
 広々とした机を土足で踏み越える、幽鬼のような身長150cm。
 
「 真 実 さ え 報 道 し て お れ ば 視 聴 率 が 取 れ る の に ゃ ら 、 今 頃 ……」
 
 毎日お気楽なはずの局長の貌(ひょうじょう)に疲労が色濃く浮かんで見えたは、
 猫井テレビの視聴率絶対主義の厳しさゆえ。
 言い聞かせる間でもなく、ラスキもその事は知っている。
「どんなに有用で為になる番組を作っても、面白くにゃければ見てもらえぬ……」
「う……」
 真理である。まずは興味を持ってもらわなければ全てが始まらず、
「面白くにゃくて見てもらえなければ――」
 しかしラスキエルトの企画番組は……
「――広告収入も入らんのにゃ、駄犬( た わ け )ぇっ!!」
「きゃいいんっ」
 
 ……そのままだと正直言ってN○Kの教育番組。
 小学校の社会科教材には使えるが、ゴールデンタイムには と て も と て も 。
 
 そうなれば当然視聴率は下がり、視聴率が下がれば番組作成の予算も減り、
 予算が減れば取材出張にも支障が及んで、支障が及べば番組の質も低下する。
 為になる、世のため人のためな番組は作ったというのにこの仕打ち、
  し か し こ れ が 現 実 、資本主義的情報化社会とはかようの如く厳しきもの。
 
「 も う せ 」
「……き…ひ……(ガクガク)」
 『駄犬』の一声と共にボカリと蹴られて転がった100kgの巨躯、
 その襟首が容赦なくか細い女手に捻り上げられた。
「ボクは【ジャーナリズム】、【エンターテイメント】、
い ず れ が マ ス メ デ ィ ア に お い て 最 も 重 要 か と 尋 ね て お る 」
「……あ…あ……(ビクビク)」
 
「……エンターテイメントか?」
 
「そうかエンターテイメントか!」
 
「エンターテイメントと申すのにゃなッ!!?」
 
 ――最初から質問じゃなかったそうな。
 
 そのままの勢いで胸倉を突き飛ばされ、
 名犬の「め」の字もないくらい女の子座りでガクブルする半泣きイヌを尻目に。
 幽鬼は足音も立てずに部屋の隅に歩みを進めると、
 つと戸棚の上から、一塊の奇怪なぬいぐるみを摘み上げた。
 
 …海棲恐竜の胴体に、ネコの頭部をくっつけたようなその珍妙なぬいぐるみは、
 俗に『にゃっしー君』と呼ばれるもので。
 猫国北部『ニャス湖』に生息すると言われていた怪物、『ニャッシー』をモチーフに、
 一時期原型共々猫国の女性層に『キモカワイイ』と大流行した人形であるが。
 当の『ニャッシー』本体が、実は村おこしを狙った地元住民によるヤラセ、
 偽物であったという事実がおよそ30年程前に発覚すると、途端に狂熱は霧散、
 今では全く話題に挙がらなくなってしまった、よくある廃れマスコットである。
 
 ――ただし、未だ一部に熱狂的なファンが根強く存在し。
 そうしてその一連のヤラセ疑惑を究明暴露したのが、かつての局長の上司、
 今は本国本社の社会報道局の局長に大抜擢された、
 とある男だという事はあまり知られていない。
 
「あの折……『ニャッシーなど居ない』と言われた恨み……」
 ぎりりり、と砕けんばかりに食いしばられた歯の裏で。
 女の脳裏に浮かぶのは、怜悧ながらも冷たい目をした黒曜種イヌ♂の鮮明な幻。
「 忘 れ よ う と て 忘 れ ら れ ぬ わ !!」
 握り締めた右手の握力に耐えかね、人形の腹部から迸ったは、
 内蔵音源によるにゃっしー君の間延びした “にゃ~~~~” 鳴き声。
 
 ――果たして局長は正常なのだろうか?
 いい歳こいて、責任ある地位にも就いておきながらUMA発見に傾ける、
  嘔 吐 を も よ お す よ う な こ の 執 念 。
 
「…レアモノにゃ、ラスキ。レアモノの首級(くび)をこれへ!」
「……!!」
 振り向いた局長の笑みは、まさに肉食獣のそれ。
 ――笑うという行為は本来攻撃的なものであり、動物が牙をむく行為が原点である。
 
「何ていうかこう、未だかつて誰も見た事がにゃいようなとびっきりのレア……
……そう! 敢えて具体的に例えるにゃら、伝説のオロチの如く八つ首の、
魔法攻撃をことごとく無効化するよーにゃブラックドラゴンとか生け捕って参れ!」
「!!!!」
 
“――い、”
 やけに例が具体的なのはさて置いといて。
“――いるわけがない…!”
 そんなもの存在するわけないじゃんと、そう考えるのが常識人ラスキ、
 なるべくアドベンチャーとは無縁の真っ当堅実な毎日を送りたいと考える65歳である。
“――しかも、ド、ドラゴンを生け捕りって…??”
 おまけに『殺めるは易し、伊達にするは難し』。
 野生のワイバーンすら捕獲どころか普通に追い払う事さえも怪しいラスキエルトに、
 こんな無理難題、横暴もいいとこ、絶対無理で、もういじめにしか思えず……
 
「ラスキ」
 
 ――それでもその声で、時は果てなく凍りつく。
 
 
 
 両肩に乗せられた白い手が、被毛の上を走り。
 するすると鎖骨から首下、顎下へと滑って、毛と肉の上から男の頭蓋を押し包む。
「本当に、愛い奴(ういやつ)にゃのう…」
「……あ」
 女の濡れた指先から加わる力は、決して男のラスキを拘束できる強さではない。
 それなのに彼が全く動くことができないのは、
 この世にそんな筋力腕力では計れない、別の『強さ』が存在するから。
 …――別の『弱さ』が存在するから。
 
「ラスキはいつも、ボクの命令を何でも聞いてくれるのにゃ」
 
 忠義とは、しかし突き詰めれば理不尽、
 主君の過ちを知りながらも、大儀に背いてまでその命に従う愚直の臣。
 組織の悪を知りながらも、大恩故に裏切る事ができぬ因果の徒。
 最初から分別が出来るなら、そもそも忠義など貫けない。
 
 だからイヌは愚かであり、自縄をもって自縛する。
 ネコでもオオカミでもない以上、絶対に『ご主人様』をは裏切れぬ。
 ……ましてやラスキは『名犬』『忠犬』。
 
 凛々しく聴こえるその語句も、しかし実際は『ご主人様』の側からの一方的な言葉。
 『名犬』とは、『ご主人様』が仕込む芸をたちどころに覚える賢さを持ち。
 『名犬』とは、『ご主人様』の命令に絶対服従、決して反抗の意思は匂わせず。
 『名犬』とは、『ご主人様』の役に立ち、主に不満や不快を与えぬもので。
 『名犬』とは、『ご主人様』の危地には命を投げ出し、勝てぬ相手にも立ち向かう。
 『名犬』とは。
 『名犬』とは。
 『名犬』とは、ただの――…
 
 
「よう見えよるにゃ…」
 艶を含んだ言葉と猫目が、見下ろす先は濡れた双眸。
 オオカミに比べるとだいぶ愛らしい、黒のつぶらに僅かに茶がさした対の黒玉。
 立てば悠々頭二つ追い越す恵まれた体格も、
 こうして正座の姿勢になってしまえば、逆に頭一つ女に追い越された形だ。
 その手がボタン一つ外れた胸元から除く、豊かな白い襟毛をなぞり。
 細く突き出た顎をなぞり。
 ちりちりとススキの穂のような、長くカールがかかった耳の毛をなぞり――…
 
「 … ラ ス キ は ボ ク の 道 具 ゆ え の う 」
 
 …――にたり、と。
 我欲を剥き出しに歪められた朱の唇、熱い吐息と共に吐かれた言葉は、
 あまりにも不遜、あまりにも傲慢。
 しかし。
「……ん」
 
 ――耳まで裂けた口から漏れる息が、同じように熱を帯びるのは何故なのか?
 ――慄きが、明らかに怖れ以外のものを含むのは何故ゆえか?
 
「――はい……」
 射竦められ、いじられるがままに耳を垂らし。
 恍惚とした声が全てを表し、当然とした眼差しが全てを表す。
「――ラスキエルトは……」
 獣毛の下で頬を赤らめ、熱に浮かされたように呟くこの男は。
 
「……局長の道具にござる……」
 
 ぱたぱたと振れる尾。
「……蛇の邦中央域の砂海と呼ばれる一帯には、」
 ふいに耳元で囁かれた言葉に、
「エビラと呼ばれる謎の巨大甲殻生物が出没するそうにゃ」
 ビクリとその体躯を震わせて。
 (ていうかさりげなく識別名称が『エビラ』で決定だ)
 
「 い か に ラ ス キ ? 」
 おどおどした瞳が見上げる先に、およそ容赦の色はない。
「この儀、真実(まこと)かにゃあ?」
 体長数百メートルの巨大生物が現実に存在するなんて不可能である。
 しかし。
「あ、ありえま―― 「 こ の 儀 真 実 か に ゃ あ ? 」
 猫井の犬(さむらい)が上司(しゅくん)に対し不可能と申し出る事も、
 ま た 不 可 能 。
 
「……い、」
 
 あーあ、
 
     いきだめし
「……『 現 地 取 材 』にてぇ……(泣)」
 
 人 柱 決 定 。
 
 
 
 
 
 
 
 
 いったい部下にどう説明したらいいのか、中間管理職名物「板挟み」。
 ……悩み悩んだ挙句、神経性の下痢でラスキがトイレから出られなくなるのは、
 まさにこの夜の事である。
 
 
 
 
 
━━< おまけ >━━
 
 というわけで、やってきました蛇国の砂海。
 
「……相変わらず何もねえ所だなあ」
 ギラギラと照りつける太陽、一面の(一部青い)砂、乾いた熱風。
 地元民であるヘビの少年がどこか懐かしそうな様子で伸びをしているのに対し、
 北国生まれのオオカミの傭兵にはやはり慣れない環境なようで。
 しかし。
 
「ちょ…ラスキ、ホントだいじょぶなの?」
「 な 、 な゙ ん の こ れ じ ぎ ……」
 ――獣人男性の、その中でも特に毛の長くて豊富な青年である。
 砂漠で毛皮のコートを着ていたら、我慢大会になるは必定。
 一応熱射病と水分喪失を避ける為、白い長衣で肌の露出は控えているのだが、
 おかげで通気性は悪化、不快指数は か え っ て 倍 増 。
 
「…ご、ごのみ゙はずでに、ね゙ごいふだいでん!(この身は既に、猫井不退転!)」
「そ、そう…」
 忠誠心である。
 忠誠心がモルヒネのように、暑さ苦しさを麻痺させているのだ!
「砂だーーーー!!」
「わわーーーん♪」
「って、ちょっとヒース! ティルちゃんも! 勝手に向こう行かない!!」
 そうして童心に返ったのか、それとも最初から精神年齢が低かったのか。
 ――まるで遠足の引率である。
 
「と、とにかく、一旦どこか日差しの防げるところで休憩しましょ」
「そ、そうですね」
 弱ってしまったラスキにネコとタカとで肩を貸して、たどり着いた先。
 
「………」「………」「………」「………」「………」「………」
 大きな看板に、大陸共通語で大雑把に描き殴られた『海の家』の文字。
 ――『浜茶屋』。
 
「……う、海ねーじゃん!」
“ “ “ “ “ 全くもって! ” ” ” ” ”
 
 経営しているのはヘビの老夫婦であるらしい。
「い、いらしゃんせ~」
 しわしわのくちゃくちゃ、鱗もくすんだヘビの老婆が、ぷるぷるしながら一行を迎えた。
 
「あ、お品書きに『ビール』あるですよ」
「『ラムネ』も『サイダー』もあるぞ」
「……『ラムネ』と『サイダー』って何が違うんだ??」
「って、えー、何、『サザエの壷焼き』ぃ!?」
「『お刺身盛り合わせ』もありまする!」
「…な、なんでこんな砂漠のど真ん中で『ウニ』とか『アワビ』が……」
「あいィぃ…」
 
 わいわいがやがや。
 大陸有数の文明都市圏からの来訪者なはずなのだが、
 ――まるで田舎者である。
 
 と。
「テイルナートうに食べたいでござる! うに!」
 『うに』という言葉の持つ高級感に魅せられて、
 小市民的な期待に目を輝かせるのはうにを食べた事のない犬耳少女だが。
「えー、オレうに嫌いなんだよなー」
 不満げにヒゲを振るわせるのは、味覚がお子ちゃまなにゃんこ。
 マツタケとかウニとかが、そんな言われる程美味しくないのを知っているのだ。
「なんつーか、生臭いっつーか、えぐいっつーか…」
「あら、何言ってんの、さては取れたての活けうにを食べた事ないのね」
 ただし生ウニのあの独特な匂いというかえごみというかは、
 保存用のホウ酸処理と、死んでから時間が経った事による腐敗臭が原因であって、
 取れたばかりのウニをその場で剥いて食べると、意外な程に甘くて美味しい。
「……取れ立てなら、だけどね」
 ……本当に『取れ立てなら』、なのだが。
 
「う、うにぃ」
 と、そうこうしている間に、どうやら注文の品が来たらしい。
 テーブルの中央にドカンと置かれる、なにやらトゲトゲのものが山と乗った皿。
「??? はさみ?」
 同時につけられた小皿と金ハサミに、小首を傾げるのは犬耳娘だが。
 そこでキラリと目を光らせるのが、
 うに流免許皆伝、ラスキエルトとキャロライン。
 
“ふっ、我ら『ぶるじょあじー』!”
“接待で『うに』も『かに』も(経費で)食った事があり申す!!”
 波止場の景色も壮観な世界最大の貿易都市、
 シュバルツカッツェの猫井TV本社ビルにもよく出張する主任級記者の二人にとって、
 こ の 金 ハ サ ミ は 実 に 馴 染 み の 深 い も の ……
 ……な、はずだったのだが。
「生うにを食べるのにはねー、ちょーっとばかりコツがあるのよ♪」
「ティル君! ここは拙者らが――」
 
   ワキワキワキワキワキワキワキワキ
 
「…………」「………ウェ」
 
「う、うわぁ! う、動いているでござるよ!?」
「……生きてるんだから当たり前だろう?」
 きらきらと目を輝かせての、興奮と畏怖が交じり合ったようなイヌの少女の声と、
 呆れたように言いながらウニ用ハサミに手を伸ばすヘビの少年の声が、
 どこか遠くから聞こえていた。
 
“―― ウ、”
“―― ウニにあらず!!”
“…な、何生物??”
 
 バージェス流が刺客、ハルキゲニア。
 このどう見てもウニじゃない謎生物を見て、二人の貌に死相が浮かんだ。
 それなりに世界各地を巡り、それなりに美食も極めたはずのラスキとキャロの細胞が、
 全身で戦闘(たべるの)を拒否していた。
 
“こ、この世界……”
“まこと不思議に満ち溢れており申す……”
 世界企業猫井の社員にだって、分からない事ぐらい、あるのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
「うめぇーーー!? ウニうめぇーーー!!!?」 (猫♂)
「う、うにいいぃぃぃぃ…(惚)」 (犬♀)
 ――この日生まれ出でたウニ?大好きは二匹、
「…………(モグモグモグモグモグモグモグモグ)」 (羚羊♀)
 ――いや、三……
 
 
 
 
 

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