10 「広報委員 上条美琴」
あたしたちを乗せたリモは、前に通った入出国ゲートに向かわずに、ドンドン街から離れて行く。最初は美琴おばさんや母がいるから、と思っていたあたしもさすがに車が高速に入るとさすがに不安になった。まさか、この二人は変装した暗黒組織の手下、とか??「なーに心配してるのよ?」美琴おばさんがニヤニヤしながらあたしを見る。「空港、ですか?」母が訊く。「ええ、いつものところからはとても無理で」美琴おばさんがため息をつきながら答えた。「利子ちゃん、覚悟してなさいね、しばらくあなた、時の人だから」あたしはなんのことだか理解出来なかった。「ほら、これ、今の様子よ」美琴おばさんは、バックから携帯データ端末を取り出し画面を見せてくれた。前に出入りしたことがある入出国ゲートの東京側はひとで溢れていた。殆ど空も見えないくらい。「これって……」あたしは絶句した。
「どれどれ?」隣に座っている母が端末を手にとって画面を見る。「いやぁ、どこの大スターが来るんですかねぇ、ってこれ? ちょっとすごすぎですね……
これじゃ、確かに出れませんね、ここからは……」最初は笑っていた母も、しまいには言葉を失っていた。「どっちにしても、あたしたちは東京に黙って戻れないのよ。佐天さん、利子ちゃん、記者会見をやらないとダメみたいよ」「えー、そんなのイヤですよー!!」あたしは車の中で叫んだ。その瞬間、あたしのアタマはギリギリと締め付けられるように痛んだ。「くうっ」あたしは両手で頭を抱えて下を向いた。「あ、ジャマーが動作したかな?」美琴おばさんが言う。「利子、大丈夫?」母があたしを抱きかかえるようにして優しくなでてくれた。「かわいそうに……」あたしのおでこに母は優しくキスをしてくれた。「おまじない、よ」「お母さん……」あたしは甘えるように母に抱きつき、美琴おばさんは、そんなあたしたちを優しい目で見てくれていた。
結局あたしたちは国際空港からヘリで学園都市を後にして、羽田空港ヘリポートに着き、東京に戻ってきた。「あー、やっと戻ってきたー! …… 痛たたた!」あたしは思わず大きく伸びをしたが、背中にちょっと軽い痛みを覚えた。「ほら、けが人なんだからもっと注意深くしてないとダメよ」母があたしをたしなめた。「利子ちゃん、これからが本番だからね、覚悟しててね」美琴おばさんが恐ろしいことを言う。「大丈夫よ、利子。殆どはあたしたちがしゃべるから。大体あなた、意識失ってたんだから質問の大半には答えられる訳がないでしょ?」母があたしの不安を押さえるように言う。「そ、質問の大半は、学園都市側の私に来るはずだから、あなたは黙ってなさいな。そうそう、あなたは未成年で18歳未満だから、顔出しはないし、声も変換されるから今日は大丈夫よ」あたしたちはヘリの乗降場カウンターからタクシーに乗り込んだ。「けが人を歩かせてごめんね、さすがに横付けはちょっと出来なかったわ」美琴おばさんがすまなそうに謝る。「いえいえ、リハビリみたいなもんですから、これくらいなら大丈夫ですよ」あたしは東京に戻ってきたことがとっても嬉しくて、その後に来る大騒ぎを軽く考えていた。でも、それが甘かったことは、その週に出た写真週刊誌であっけなく打ち砕かれるのだけれど……
あたしたちを乗せたタクシーは品川のあるホテルに入った。そこに泊まるのか?と思ったらそこから地下駐車場に下りた。「まるでアクション映画みたいだね?」あたしはまだ自分に起きていることが現実だとは思えなかった。あたしはひたすら美琴おばさんに付いて歩いた。それは母も同じだったようだけれど。あたしたちは地下の駐車場に待っていた1BOXリムジンに乗り込み、品川のホテルを出た。1BOXのリムジンはスモークガラスで、あたしたちからは外が見えるのだけれど、外からは中が見えないようになっているの、と美琴おばさんが教えてくれた。しばらく車は町中を走っていた。心地よい振動であたしは眠くなってうとうとしていた。車が止まった。あたしは目を覚ました。「着いたわよ」 美琴おばさんは厳しい顔になっている。あ、色つきメガネかけてる?「佐天さん、始まるわよ、しっかりしてね!」「はい。利子、あんたもしっかりするのよ」母はサングラスをかけていた。あたしは二人の雰囲気が全く違う事にちょっと驚き、一気に緊張した。
「さ、利子ちゃん、このパーカー被って? 顔を撮られないように深く被るのよ!」あたしは訳もわからずに美琴おばさんに言われた通りにパーカーを被った。「もっと深く、こう、ね?」お母さんがフードを直す。あごのところで紐を縛る。「それから、このサングラス付けて!」美琴おばさんからあたしはサングラスを受け取る。
車の外のざわめきが聞こえてくる。ガードマンのひとがこちらを見ている。ものすごい数の人たちがこの車を取り囲んでいる事にあたしは気が付いた。ひとだけじゃない。ものすごい数のレンズがあたしたちに向いている。「す、すごい……」あたしは思わずつぶやいた。通路の両側は、ひととカメラで一杯だ。「麻琴を連れて帰ったときよりはましよ、こっちの方が場所が広いし、統制取れてるし」美琴おばさんが皮肉っぽく片目をつぶってあたしに言う。麻琴がパニックになって電撃を飛ばした話をあたしは思い出した。麻琴の気持ちがよくわかる。すごく、怖い。まずい、このままだとAIMジャマーが動作しちゃう!
「大丈夫、ここ、あなたの中学校の体育館だから、安心してね?」 美琴おばさんが思いも掛けない事を言った。「へ?」一瞬あたしは力が抜けた。「利子、大丈夫よ、母さんがいるんだから、安心してなさい」 お母さんがあたしをしっかり抱きしめてくれた。そうだ、母さんと美琴おばさんがいるんだっけ。あたしは気持ちが落ち着いたのを感じた。「さぁ、佐天さん、利子ちゃん? 行くわよ!」美琴おばさんが、あたしをポンと叩く。あたしは現実に戻った。美琴おばさんが車のドアを開けた。「開いたぞ!」「出てくるぞー!!」「押さないで下さい!!」「前に出ないで下さい!!! 前に!!!」すさまじい喧噪が襲ってきた。 どよめきが、津波のように押し寄せてくる。ものすごい数のストロボの閃光とバシャバシャバシャバシャバシャという無数のカメラのシャッター音といろんな人の声が突き出される無数のマイクが向けられるTVカメラがあたしたちを押し包んだ。
記者会見が終わった。やっと終わった、というのがあたしの感想だ。 二度とこんな騒ぎに巻き込まれたくない。あたしは曇りガラスで上半身は隠されていたし、しゃべる声はまるで子供アニメのようなおかしな声になっていたので、自分が喋っているとは到底思えず、最初はまともにしゃべる事すら出来なかった。そのうちに慣れたのだけれど、その頃にはあたしがしゃべることはもう殆ど無く、あたしは黙って座っているだけだった。自分が喋ることはもうないな、と思ったあたしはそれ以後、第三者の立場で冷静に会見を見ていることが出来た。殆どが美琴おばさん、いや学園都市に向けられた疑惑、疑問、質問、悪意、誤解、そういったものから来るものすごい数の質問に、美琴おばさんは凛々しく、ある時は微笑みながら、ある時は厳しい顔で、ある時は怖い顔で、ある時は困った顔で、次々と答えていった……。美琴おばさんや母はずっと慣れていた。よくあんな場所でしゃべることが出来るなー、とあたしは素直に感嘆していた。
学校からあたしたちを乗せた1BOXワゴンはあたしたちの家の方ではなく、都心に向かって走っていることに途中で気が付いた。「どこへ行くんですか?」心配になったあたしは美琴おばさんに訊いてみた。「XXホテルよ」美琴おばさんもしかめっ面で答えてきた。「このクルマもつけられてるしね」美琴おばさんがため息をつく。「ワイドショーなんかで見てましたけど、追っかけられる側に立ってみると、ちょっとたまりませんね」母もうんざりした調子で言う。記者会見会場を出るとき、押し寄せるマイクとカメラの放列の中を下を向いたまま歩くというのは、なかなか難しいものであることをあたしは理解した。
美琴おばさんが手を握って引っ張っていってくれなかったら、あたしは絶対クルマにたどり着けなかっただろう。「ここが学園都市ならね、電撃お見舞いしてひるませることも出来るんだけど……」み、美琴おばさん、そんなことしてたんですか? あたしは思わずおばさんの顔を見てしまった。
「あたしたちは、まだ当事者だから仕方ない、って気もするんだけど」美琴おばさんが吐き捨てるように話を続ける。「上条の家もあなたの家もマスコミだらけで大変なのよ。上条のお義母様なんか、家からジャイロコプターでもないと出られないわぁ、って仰ってるくらいなんだから」「そう、なんですか……」
あたしはちょっと悲しかった。せっかく自分の家に帰れると思っていたのに。詩菜大おばさまと、母と、美琴おばさんと、みんなでごはんを食べられると思って楽しみにしていたのに。ケイちゃんとひろぴぃと一杯お話したかったのに。「不幸だ」思わずつぶやいたあたしに、「バカ言ってるんじゃないの! 命が助かった事に感謝しなさいよ! あなたの命を救おうとして、いったい、どれだけのひとが動いたと思ってるの!?」母があたしを怒鳴りつけた。「……ごめんなさい……」あたしは悲しくなった。 あたしは、あたしは、ただ。「まぁね、利子ちゃんは自分の部屋で寝たかったんだよね、自分の家でごはん食べたかったわけだよね?」目を赤くしたあたしは、うん、と黙って頷いた。
「あとひとつ、大事なこともしたかったんだよね?」「え? なんですか?」あたしは顔を上げて美琴おばさんを見つめた。「お手紙」美琴おばさんがにやりと笑いながら言った。あたしは最初何のことだか………… あ!「なななななな何を言ってるんですか~!!」「正解だったみたいね」意味がわかった母もニヤニヤしている。「ひとつ、言っておくわ」美琴おばさんがちょっと笑いながら言った。「上条のお義母さまから、捜査の際に、いろんなものを調べられて、あなたの机に隠してあった手紙も資料として押収されてるって話があったの。
だから、その出した相手も、関係者ということでまちがいなく事情を聞かれてると思うな」「やっぱり不幸だ~!」
ホテルに着いたけれど、正面入り口は警備上問題があるからと言うことで、あたしたちのクルマはそのまま地下駐車場へ誘導された。エレベーター前まで護衛のガードマンが作った人垣の中を抜ける形でエレベーターに乗り込んだ。あとから追っかけてきたマスコミの人とガードマンの人との間でちょっと小競り合いしているのが聞こえた。記者会見だってやったんだし、もういいじゃないの? 仕事なのかもしれないけど、しつこい。あたしたちは高層階に直行し、エグゼクティブクラス専用ラウンジでチェックインした。ここには報道陣はおらず、あたしたちはようやくホッと一息つくことが出来た。案内されたのは角部屋のスイートルームだった。「「すご~い」」 母とあたしはおもわず感嘆した。100平米以上あるらしい。洗面所2つ。トイレも2つあって、どっちも専用スペースになっている。お風呂はジャクジー付きで、外が見える。シャワールームは別にあって、ミストシャワーも出来る。アメニティは超一流ブランドの限定品で、あたしと母はきゃぁきゃぁ言ってはしゃいでしまった。「あたし、このまま持って帰りたい!」「こら、うちの生活レベルがわかるようなこと言わないの! そういうのは黙って持ってくの」 ……あのね、母さん……ハンドタオルもバスタオルも、そしてバスローブも分厚くて重い上等なもの。どれも 「別途販売しておりますので、御用の節はアシスタント・マネージャーまでお申し付け下さい」 とある。すごい、おもうしつけください、なんて言葉、聞いたこと無いような気がする。販売している、ということは持って帰れないってことだよね?「としこ、それは持って帰っちゃダメだからね」ちょっと母さんてば……、よっぽどあたしが気に入ってるように見えたのだろうか?「なーに、要るなら買ってあげてもいいわよー?」 美琴おばさんが声を掛けてきた。「いえいえいえ、結構ですから、大丈夫です、もったいないです」 とあたしはあわてて打ち消した。使い捨てスリッパもペタペタではなくて起毛のもの。あたしは、このスリッパを使わないで黙って持って帰ることに決めたwこれで十分だもん♪寝室にあるベットは大きいし、低反発マットは柔らかく包んでくれる。まくらはそれぞれ3つも用意されている。ベッドは電動で半分ほどが起きあがるのでそのままテレビは見れるし、その気になればここでごはんも食べられそうだ。別にマッサージチェアまで置いてある。信じられない。すごすぎる。ふと、あたしは心配になった。「この部屋、いくらするの? お金大丈夫?」「いいから、子供がお金の心配しないの!」 美琴おばさんが笑いながらぴしゃりと締める。(あたし、もう子供じゃないもん) ちょっとあたしはおばさんに心の中で反発してみた。
「ラーメンが2500円もするの!?」あたしはお風呂を使った後、何気なく手に取ったルームサービスの価格表を見て死ぬほど驚いた。どんなラーメンがでてくるのか、あたしには想像が付かなかった。なぜなら学校の近くの中華そばは280円なのだ。ざっと10倍もするラーメン、ってそれは本当にラーメンと言って良い食べ物なのだろうか?だいたいにおいて、1000円以下のものがない。あったのは、ごはん単品が500円、みそ汁単品300円、お新香セットは980円だった。単純にこれだけ頼んでも2000円近くになる。信じられない……「あら、利子ちゃん、おなか空いた?」 美琴おばさんがあたしに聞いてきた。 「はい、おなかと背中がくっつきそうです」「大変率直なご意見、承ったわ」 美琴おばさんは笑いながらシャワールームに歩いて行き、中にいる母に尋ねた。「佐天さんもおなか減ってるかしら?」「あー、いいですね、頂きましょうか」 母が答えたのが聞こえた。「おっしゃー、じゃぁどうせだし、豪華に行こうか!」 美琴おばさんが気勢を上げて宣言した。「さて、言い出しっぺの利子ちゃんは、何が食べたいのかな?」 戻ってきた美琴おばさんがあたしに聞いてくる。あたしは本当はラーメンが食べたかったんだけれど、こうなるとちょっと言い出しにくくなる。
「ラーメン頼んでも良いわよ?」とおばさんが片目をつぶってニコッとする。「でもね、ここに来るまで時間がかかるから、のびちゃってる事が多いんだな。
だからルームサービスでは、どっちかというと麺類はあたしはお勧めしないんだけど、トライしてみてもいいわよ?」おばさんにそう言われるとあたしも考えてしまう。 2500円もするのびたラーメンって、それはちょっと勘弁だ。「お寿司なんか、どう?」 おばさんが助け船を出してくれる。いいな、それ。 廻らないお寿司♪あたしはニッコリ笑って 「お寿司食べます」 と答えた。「利子ちゃん、お寿司で良いって言ってるけど、佐天さんはそれでいいかな?」 美琴おばさんはまた母のいるシャワールームに行った。「あ、その選択、良いですね」 と母が答えている。「生ビールもらう? つまみは刺身盛り合わせでいいかな?」「それ、行きましょう。海鮮サラダ入れといて下さい。食事代はあたし払いますから」 母が答えている。え、じゃ部屋代はおばさんが払うの? えー、それはちょっと……それでいいの?
「何を言ってるのよ、ここはウチが年契でキープしてるところだから、そんなことされるとかえって後で精算がややこしくなるから止めて。気にしないで良いからね」美琴おばさんはそう言って、部屋の電話でルームサービスをオーダーした。(ということは……、部屋代は前払いされてるってことか……でも食事代は別勘定なんじゃないのかな……)あたしはなんとなく、それ以上突っ込まない方がいいような、大人の世界を見たような気がした。「じゃ、あたしもお風呂入るわ。ルームサービスくるまで1時間くらいかかるから。
ガマンできなければ、そこにカップラーメンあるから食べて良いわよ?」そう言って美琴おばさんはバスルームに消えた。あたしはガマンした。値段表みると、このカップラーメン、450円もする。あほらしい。でも、実際のところは「利子ちゃんは育ち盛りだからねー、寿司も2人前ぐらい楽勝よねー?」
そう言って、美琴おばさんは特上にぎりを4人前、太巻きを2本も頼んだからだ。(さてんとしこ、期待に応えて頑張りますっ!) あたしは、それから1時間弱、クウクウ泣き叫ぶおなかを押さえ、必死で、耐えた。お寿司のために。
「食った~、もう入りません~ あ~シアワセ♪♪」 あたしは満足した。ホントに食べた。もういい。苦しい。動きたくない。「さすが、十代だね~。ウチの麻琴もよく食べるもの……」「すみません、なんかいつも満足に食べさせてないみたいで、みっともないところお見せしちゃって……」「あ~ら、大吟醸握りしめてゴキゲンなひとが何言ってるんだか、佐天さんたら……ふーぃ」母と美琴おばさんとは、日本酒大吟醸を3本空けて相当ご機嫌だった。あたしは、もちろん冷蔵庫のウーロン茶でした。念のため!「それで、明日なんだけど」 美琴おばさんが赤い顔であたしたち母娘に言う。「朝早く3時過ぎにここを出て、おうちには早朝に入るわ。今回は正面突破よ」すごいな、美琴おばさん。お酒飲んでても忘れてないんだ……。「明け方の3時半から4時頃は夜詰めの人だけで、一番きつい時間帯だからチャンス。
あたしと囮がお義母さまの家に入るから、かなりの人間はこっちに引きつけられると思うの。
その隙に佐天さんたちは家に入って。良いわね?」美琴おばさん、何からなにまで、本当にありがとう。「御坂さん、すみません、今回は本当にご厄介になってしまって……本当に有り難うございます」母が涙ぐんでいる。あれれ、また旧姓で呼んじゃってるよ……
「あはは、止めてよ佐天さんたら……。 あなたにそんな湿っぽいこと似合わないわよ?
ほら、利子ちゃんに笑われるぞー? ふーい……
それに、あのね、今回のことはね、個人的なことだけじゃなくて、学園都市としての責任問題でもあるのよ?公にはならないことなんだけれど、学園都市の人間が東京から中学生を拉致した、またその母親も学園都市を訪問中に同じく拉致された、なんてことはね、とんでもないことなのよ。
そしてこともあろうにその子が銃撃されるなんて、もうね、そんな事実が存在することすらいけないことなんだな、要は。だ・か・ら、今回私がここまで世話を焼いているのは、半分は仕事、とも言えるのよ。
仕事の費用なんかいくらかかってもいいの。だからさー、いっちばん高い大吟醸頼んじゃったのー、あははは」正直、あたしはこの美琴おばさんの最後のところにちょっとカチンときた、というかムカッとしたというか。そして、ちょっと悲しかった。「仕事」だったんですか? あたしたちを監視してたんですか? 余計なことを喋らないように?そんな、そんな……美琴おばさん……ひどいよ……「御坂さんはねー、学園都市に貸しがあるのよ、とっても大きい貸しが」 母さんはあたしの顔に不満の色を見て取ったのだろう、謎かけのようなことをゆっくりと言いだした。おっと、美琴おばさん睨んでる? 目がちょっと怖いかも。
「御坂さんはねー、学園都市のスターなのね。でもスター故に、学園都市から離れられないんだなー、離してくれないんだなー。それがわかってるから、麻琴ちゃんを詩菜おばさまに預けたのよね、可愛い盛りの娘をね。
自分のようになることを恐れたんだよねー。……学園都市に縛られるのは、あたしだけでたくさんだって」そ、それでマコを? 仕事で忙しいから、っていうのは口実だったの……?美琴おばさん、目が……赤い? 泣いてるの?「御坂さんはねぇ、利子、よくお聞き。あたしたちを見張ってるのは間違いないの、仕事でね。でも同じことが学園都市にも言えるのよ。御坂美琴、超電磁砲<レールガン>が見てるんだから、あんたら、へんな手出しするんじゃないよ! ってことなのよ。
わかった?」は……そう、なのか。あたしたちを見張ることで、あたしたちを守ってくれていたんだ……疑ってごめんなさい、おとなの世界って、単純じゃないんだね……。
「もうひとつあるんだけどねぇ、御坂さんてねぇ、照れ屋なんだけど素直じゃないんだなぁ…… としこー、このひとはなー、好きなオトコに毎日ケンカふっかけてたおんななんだよー? 相手をして欲しくてさぁ、毎日電撃飛ばしてたんだよぅー」「ちょぉっと、さ、さ、佐天さんなんと言うことをいうのよ!」
ふーん、やっぱり美琴おばさんってちょっと危ないタイプなんだ……「へへ、素直に『好きですぅ、つきあって下さーい』、なんてついに言えなかったひとだからねー、あたしも初春もほんと大変だったんだからねー、でさー、上条さんを追いかけてさぁ、同じ高校へわざわざ……むぐ?」「すと――――っぷ!! そこまで! ごめん! 佐天さん、私が悪かったわ、そこまでにして、お願い!!」美琴おばさんが母さんの口を押さえた。母がばたばたしてる。おばさん同士の酔っぱらいのからみなんて初めて見た……酷いもんだ。
「ぷふぁー、何するんですか御坂さんたら?」 美琴おばさんが離れるや母が大げさにため息をつく。「もうおしまい! 明日早いんだから、ほら、佐天さんもさっさと寝る!」「うー、まぁそうですねぇ? あと少しですから、お互いガンバりましょーねー! じゃ朝早いから、これでお開きにして寝ましょーねぇ……zzzzz」
いきなり母さんが落ちた。 マジ?「ちょっと、佐天さんたら、って、ホント?」 美琴おばさんがピタピタと母さんを叩くが、全く反応がない。 「早いわぁ……。 利子ちゃん、お母さんってお酒飲むと絡んで寝るタイプだった?」
美琴おばさんがあたしに聞いてくる。「いや~、家で飲むことは殆どないですから……、あたしもちょっと驚いてます……母さんってこういうひとだったんだ……」「あ~あ、佐天さん、利子ちゃんにバレちゃったわよ~、知~らないっと。……じゃ、お母さんをベッドに運ぶから、かけぶとんめくっておいてくれるかな?」美琴おばさんは、あたしは力をいれると傷口が開く可能性がある、ということで母を一人で引きずってベッドに寝かしつけた。あたしは、その間、力がいらない宴会の後かたづけをして、歯を磨いて、ベッドに潜り込んだ。美琴おばさんは、お肌のお手入れをしてくると行って洗面所に行った。時計を見ると、え、まだ夜の9時前? すっごい早いわ!と思うまもなく睡魔にあたしは取り込まれた……おなか一杯。しあわせ……zzzzzzzzz
早朝、朝3時半過ぎ。あたしたちはホテルをチェックアウトした。地下に降りるのか、と思ったらそのまま正面玄関に出た。「ふふ、地下には昨日の1BOXを横付けしてるから、張ってる連中の半分以上はそっちへ行ったはずよ」荷物はあらかじめベルキャプテンに頼んでおいたので、あたしたちは身一つという気軽な格好で、車寄せに来た1BOXに楽々乗り込んだ。すると中には、「おはようございます、とミサカ麻美は眠い目を擦りながらあいさつします」「同じくおはようございます、とミサカはあいさつします」ミサカ麻美さん(元10032号)……とミサカさん……誰だろう? 琴江さんじゃないようだし…… 二人とも黒髪で、麻美さんはあたしと同じような服を、もう一人のミサカさんは母と似たような感じになっている。「申し遅れました。このミサカは三重県にいます検体番号13874号のミサカです。
名前はまだありませんので、この機会に是非名前を付けてもらえたら嬉しいとミサカは20年溜まっていた思いを吐露します」名前がないって? 意味がわからない。それより、ミサカさんって一体何人いるの?
助手席に座ったその親玉、上条美琴おばさんがこっちに身を乗り出して、新たなミサカさんに言いだした。「ちょっと、アンタ、そんなこと決めるためにアンタ呼び出したわけじゃないんだからね?
アンタ、今日自分がやることちゃんとわかってるわね?」「はい、でも10032号や10039号のように学園都市にいる個体だけ優遇されるのは同じミサカとしてはいささか悲しい気持ちがします、とミサカは名前が欲しいという希望をひたすら隠してお姉様<オリジナル>の命令に従います」やっぱり、このひともウザいタイプなのだろうか……あれって琴江さんだったっけか……?「あー、わかったわよ。三重県にいるから、まずミエ。ミはあたしの『美』を使いなさい。エは……と」「ちなみにミエという名前をもつミサカは既に5人おり、うち2名が鬼籍に入っています。美枝、美絵、美江、美恵、美栄で、美絵と美恵が鬼籍に入ったミサカです。鬼籍入りした名前を付けられたりダブルブッキングすることを防ごうと、ミサカはしっかり予防線を張ります」先手を打って、三重ミサカさんが回答する。その光景を見ていたあたしは、今頃になって少し不気味なものを感じ始めた。これはただごとではない。双子とか三つ子とかそういうものでは絶対無い。ありえない。こんなに殆ど同じ、といえる人が大勢いるなんて……
(クローンなんでしょう) ズバっと冷静なあたしが回答した。こら、いきなり出てくるなっての!でも、やっぱりそうだよね、とあたし自身は納得した。そんな馬鹿な、という気はしなかった。あたしも学園都市に染まり始めているのだろうか……?でも人間のクローンって、許されているの? それは神をも恐れぬ行為のはず。
植物や昆虫の世界では単性生殖として存在し、実験動物レベルでは実用化されているけれど……まさか、そんな???あたしは美琴おばさんと、ミサカ麻美さんと、美英さんという名前に決まったらしいミサカさんを見比べていた……。「はい、上条委員、この通りです。どうですか? 似ていますか? とミサカは女子高生になった気分で質問します」「似ていますか? と美英も女子高生になりたかったという欲求を心の底に隠して質問します」はい?アタマの中で自問自答していたあたしはミサカさんたちの質問でいきなり現実に戻された。「服は似せたし、美英の格好は良いと思うけど、麻美の女子高生というのは諦めなさいよ」
美琴おばさんが苦笑していた。じょしこーせー???? 誰が?それは、無理でしょ、いくらなんでも、ねぇ。 二人とも、成熟した女性の体型だもの……。「やはり、無理ですか、残念です」と麻美さんが悲しそうに言った。はい。無理ですって。
「佐天さん、利子ちゃん、いい?」
美琴おばさんが、あたしたちに聞こえるように大きな声でしゃべり始めた。「まず、先導するガードマンの車が上条の家に着き、通路を造るの。そこにわたしと、この2人が上条の家に入る。そうすると朝張り込んでいる人間の大半は上条の家に集結するから、あなたの家の方は減るはずよ。その隙にこの車はあなた方の家の前に突入するから、あなたたちは家に入るのよ。入ったらまず門を閉めるのよ、開けて入ろうとすれば不法侵入だからそこまで突っ込むバカは普通はいないはず。
いいわね?」あたしと母は緊張して顔を見合わせた。「利子、あなたが門を開けなさい。あたしはあなたを守るから。鍵はこれ。右にひねるのよ、しっかりね!」「わかった。頑張ろうね、お母さん」あたしたちが「やるぜ!」と気勢を上げようとしたときに、美琴おばさんがまた言った。「で、その前にね、あなたたち、家に食料あるの? 明日は家から出られない可能性もあるから、この先の深夜スーパーで買い出ししておいた方が良いんじゃないかな? あたしも実は買っておこうと思うんだけど」反対者ゼロ。クルマは深夜スーパーの前に止まった。
前を似たような1BOXが走っている。美琴おばさんが言った「ガードマン」が乗っているのだろう。誰も歩いていない深夜早朝の街、こんな時間に走るのは初めてだった。よく知っている風景になった。もうすぐあたしの家。「もしもし、お義母様? 美琴です。まもなく付きますので受け入れ方宜しくお願いします………ええ、一緒ですけど、まずは自分の家に入って頂くのが……はい、そうですね。では一旦切ります」美琴おばさんが電話をした。詩菜大おばさまだそうだ。早く会いたいな……あれ?あたしは気が付いた。こんな深夜なのに沢山クルマが止まっているのだ。
見るとマスコミの会社のマークがついているものが多い。 テレビ局もいる。「ちょっとまずいかも」 美琴おばさんがつぶやいた。「ここまで多いとは思わなかったわ」あたしはちょっと不安になった。家に入れるんだろうか?「大丈夫よ、利子」 お母さんがあたしの手を握って来た。延々と繋がるクルマの列。でもその中でぽっかりと空いているところがあった。そこはあたしの家と詩菜大おばさまの家があるところ。「佐天さん、利子ちゃん、伏せて! 見えるとまずいから! さて、行くわよ、麻美、美英、いいわね!」「「了解です」」 ミサカさんたちが声を揃えて返事をする。あたしと母さんは伏せた。クルマが急ブレーキを掛けて止まった。
前の1BOXからガードマンが6人降りて上条家の入り口についた。「行くよ!」 美琴おばさんが助手席から降り、ミサカさんたちがドアを開けて家に走り込む。「クルマ出して!」 美琴おばさんが叫ぶ。扉を閉めないままあたしたちの1BOXは走り出し、あたしの家の前で止まった。「降りて!」 初めてドライバーの人が声を出した。あたしは反射的に買い物袋を1つ持ってクルマから飛び降りた。母さんも袋を2つ持って後に続く。外へ出ると、上条家のところではライトが煌々と点き、怒号やストロボの閃光、カメラの音が響いている。「こっちです、早く!」ガードマンの人が2人、あたしたちをカバーするように門の前に立つ。あたしは握りしめていた鍵を門の錠穴に差し込み、ひねる。開いた! 鍵を抜き取った!「おい!こっちにもいるぞ! ホンモノはこっちだ!」 叫び声が直ぐそばで聞こえた。「すみません!!XXテレビのレポーターの△△と申します! さてんさんですか?
恐縮ですが一言お願いします!!」テレビカメラのライトがこっちに向かってくる。あたしはそのレポーターを無視して叫んだ。「お母さん!、こっち、早く!」「としこ、先に入りなさい!いいから!」ガードマンが母に迫ったカメラマン?を排除しようとして、母まで一緒に押さえてしまっているのだ。あたしは門の中に入り、「お母さん、お母さん!」と叫んでいた。
反射的にあたしは袋のなかのタマネギを手に取り、「お母さんから離れてよ!!」とガードマンの方に投げつけ、1コがまぐれでガードマンに当たった。「わっ?」アタマを押さえたガードマンのおかげで母はカメラマンのかげから脱出して、門に飛び込んできた。あたしは母が入ったのを確認して門を閉めた。
「お母さん、大丈夫?」あたしは息を切らしながら母に尋ねた。
「大丈夫、靴脱げちゃったけど……」それでも買い物袋をしっかり握りしめているところは、さすが、だ。
門から顔を乗り出して
「すいません、週間レディースのXXですが、こんな時間にすみませんが、ひとこと、ひとことお願いします!」
という週刊誌のひとと、
「XXテレビです! すみません、ひとこと、ひとことでいいですから、お願いします!」
と、さっきのレポーターの人が叫んでいる。
そのうちにドドドという大勢の足音がこっちに来た。ミサカさんたちの偽装がばれたのだろうか。
「お母さん、家の鍵、早く開けて!」
「暗くて、よく見えないのよ!」
そこにTVカメラの煌々たる明かりがあたしたちを照らした。
「あら、ジャストタイミングね」
無事鍵を開けて、あたしたちは家の中に滑り込んだ。
「やっと、やっとお家に帰ってきた……」
「利子、ほんと、すごかったわねぇ……」 あたしたちは玄関のたたきに腰をおろして顔を見合わせてお互いに笑った。
しかし、その直後。
”ピン・ポーン ” 門塀の呼び出しボタンが押されているのだ。一回どころか、絶え間なくピンポンが鳴り続ける。「あー、やかましい!」 あたしは怒った。「空気が湿っぽいわね。朝になったら空気入れ替えないと、でも開けられるかしら、この状態で……」母はそう言いながら玄関の電気を点け、部屋の電気もつけてゆく。ああ、久しぶりの我が家だ……。やっと、やっとあたしは帰ってきた。わずか1週間程度だったけど、ものすごく長く離れていたように思う。「全くもう、うるさい人たちだねぇ」お母さんが鳴り続けるインターフォンを取った。「すみません! お疲れのところ、すみません、週間『女性の友』の記者のXXと申します。5分ですみますので、なんとか出て頂けませんでしょうか?」インターフォンにどよめきと押しつけがましい男の声が響く。「切っちゃおうね」母があたしに確認するように言う。「そうしよ、じゃなきゃ寝れないよ、お母さん?」あたしは大きく頷いた。「切る前に言っとくわね」 と母は言って、インターフォンに向かってまくしたてた。「夜明けの3時4時にひとのうちに押しかけて何を騒いでいるんですか!! 隣近所の迷惑です! お引き取り下さい!このインターフォンも電源切りますから無駄です! おやすみなさい!」その直後、また、ピンポーンと呼び出しが鳴り響く。 しつこい。母がインターフォンのスイッチを切るとピンポンも消え、外のどよめきだけが聞こえる。時計を見ると、明け方の4時10分。「あんた、ところでさっき何投げたの?」 母が聞く。「え? ……なんだっけ?」 あたしはスーパーの袋から中のものを取りだしてゆく。「タマネギ……だと思う」 あたしは答えた。「あらあら、じゃぁ痛かったでしょうね、あの人、かわいそうに……」 母はそういいながら、冷蔵庫の中を確認している。「これ、もうダメね……これも。これは……まだいいと」 主婦だ。さすがだ。「あたし、今日学校行けるかな……」 あたしはダメになったものをゴミ袋に入れながらつぶやいた。「今日はちょっと無理じゃないのかな? 明日で良いんじゃない? 」 母はまぁまぁ、と言う感じで言うが、あたしは一日も早く学校に行きたかった。ひろぴい、ケイちゃん、あたし、帰ってきたよ!
「はい……はい、どうもご迷惑かけてすみません。……ええ…………本当に困りますわね……、
はいどうも失礼致します……」上条詩菜が電話口でぺこぺこと頭を下げていた。「はぁ……」電話が終わった詩菜が大きくため息をつく。「どちらからの御電話でしたの?」美琴が聞く。「お隣の浦辺さんから。マスコミの人たちどうにかならないのかって、苦情よ。
うちに言われても困るんだけど、お気持ちもわかるし……」「そうですよね……間に挟まれてるから大変ですよね……」美琴は考えた。「アメ投げるしかないか……」夜が明けた朝8時過ぎ。美琴が外へ出る。どっと人が動く。カメラがうなりストロボが光る。張っていたアナウンサーが走ってくる。「はいはい、押さないで下さい、ちゃんとお話ししますから~」美琴がマイクでしゃべる。
「え~、皆様お仕事お疲れ様です。私は学園都市統括理事会広報部門責任者の上条美琴と申します。最初に苦情を申し上げます。皆様のお仕事は理解致しますが、まわりにお住まいの方々や、中学生の彼女の通学その他に多大な影響を与えており、はっきり言えば迷惑であるとまず断定させて頂きます。尤も、皆様方は社の命令でやむなくこちらにきていらっしゃることと理解しておりますし、各個人個人をつるし上げるつもりはございません。さて、当方よりご提案がございます。今回ここに詰めていらっしゃる会社につきまして、ここを撤退して頂いた会社の方々は、2ヶ月後に当方より学園都市に御招待致します。取材は機密部分には制限を付けさせて頂きますが、それ以外は基本的に自由に出来ることにしております。学園都市では今まで外部のマスコミを入れたことがございません。今回を逃すと次の取材はちょっと難しいのではないかと考えます。如何でしょうか?皆様におかれましては、至急上司とご相談の上、ご希望の社の方はこちらへお名刺を置いてお帰り下さい。受付時間は1時間とさせて頂きます」1時間半後。あれだけいたマスコミ群は綺麗さっぱり姿を消していた。
「まぁ、現金なものね…… それだけ学園都市を取材したいのか……」美琴はひとりつぶやいて、携帯を取りだした。「もしもし、 私。 おはよ。 ……なんとかね。 まぁどこも似たようなものよ。………… うん、利子ちゃんは大丈夫だったわ ……佐天さんもなんとかね。…… それはないわよ。 AIMジャマーはちゃんと効いてたし…… 変なこと期待しないでよね。…… うん、お義母さまもへとへとだったわ。 関係ないのに、ホント、バカじゃないのかしら、あいつら。
それで、お隣やらお向かいやらに相当迷惑かけてて…… うん、…… そう、それでね、結局アレ使うことになっちゃったの。…… わかってるけど、仕方ないじゃない、ここで私がブチ切れるわけにいかないでしょ? …… そうよ、だからあとはどうするかだけよ。
まさかそのまま…… そうね、うん。 今日の夕方には戻ろうかって思ってる。 麻琴はなんか言ってた?…… まぁね。 でも、圧倒的大多数の子供たちは親から離れて暮らしてるんだから、甘ったれたこと言ってるんじゃないって言っておいてよ! …… はい…… はい。 じゃ、宜しくね、 はい、 どうもね!」 美琴は電話を終えるとため息をついて、「あー、アイツもこれから大変だわよ……」 とひとりごちた。美琴はまた電話を掛ける。「おはよう、佐天さん。連中帰ったわよ。もう出てきても大丈夫よ」少し経って、家から佐天涙子が姿を見せた。「ふぁ~、お疲れ様です~。だけど、あんなにいたマスコミの人、なんで帰ったんでしょうね?」 佐天が首をひねる。「さ、さあね、他にやることが見つかったんじゃない?」 美琴が白々しく答える。佐天はその様子を見て、おおよその状況がわかったようで、「すみません、上条さん、何から何までお世話になりっぱなしで、本当にすみません……」と深く頭を下げた。「や、やめてよ。そんなことしないでったら。こっちも恥ずかしいでしょ?」美琴は佐天を起こそうとするが「いえ、あたし、今までずっと、偉そうなこと言ってきましたけど、結局は、実際には皆さんにご迷惑をかけっぱなしでした。本当にすみませんでした」佐天涙子はガンとして頭をあげようとはしなかった。「さ、佐天さんたら……ねぇ……」美琴はどう声をかけていいものやらとまどっていた。
そこへ隣の浦辺さんが出てきたのだった。「まぁまぁ、上条さんも佐天さんも、先ほどはごめんなさいね、でも本当に怖くて。
誰に言えばいいのかわからなくて、お宅に電話しちゃったの、ごめんなさいね」「あらあら、浦辺さん、まぁまぁ今回は本当に済みませんでしたわ。うちはそんなこと気にしてませんわ。
ほんと、災難でしたでしょ、すみませんでした」上条詩菜大おばさまも出てきて浦辺のおばさまと話を始める。「いえいえ、こちらこそずいぶんとご迷惑かけてしまってすみませんでした。うちもずっといませんでしたので」佐天涙子が浦辺おばさまと上条の大おばさまにまた頭を下げる。「佐天さんのところも、とんでもないことでしたわね。利子ちゃんが無事帰ってきて、本当に良かったわね、
よかったわ……」浦辺おばさまは、さっきの電話の剣幕はどこへやら、すっかりいつもの穏やかな調子に戻っていた。「さて、じゃあたしたちも戻りますか」そうつぶやくと、美琴は上条家に入った。中では美琴の妹達<シスターズ>の二人が美琴を待ちかまえていた。「ミサカは銀座のスイーツを食べてみたいと」「ミサカは銀座でアクセサリーを買いたいと」美琴は少し考えて宣言した。「おーし、じゃせっかくだし、ご褒美も含めて学園都市に帰る前に銀座に行くか!」「きゃほーい!」「さすがお姉様<オリジナル>ですね、とミサカは他のミサカに自慢げにこの喜びを自慢します!」……その頃、主人公である佐天利子は、自宅にようやく帰ってきたという喜びで緊張が一気に解け、学校に行くどころか自分のベッドでぐっすりと眠っていたのだった。
「利子、いい加減におきなさーい!!!」母、佐天涙子がバサーッとふとんをまくり上げた。「ひゃぁっ??」あたしは不意をつかれて驚き、次の瞬間「痛い!」 頭を抱えてうずくまった。AIMジャマーが動作したのだった。「ご、ごめんなさいね、利子。大丈夫? 驚かせちゃってごめん!」母がおろおろしながらあたしをさすったり撫でたりしている。「かあさん、驚かせないでよ……、あたし、まだ慣れてないんだから……」「ごめんなさい、ってあんたいつまで寝てるのよ、もうお昼よ? まったくどこが 『がっこうへ行きたいの~!』 なのよ?あんた、制服は一着無くなってるから買っておかないとダメでしょ? それから携帯。カバン。
警察から当分戻ってこないことを考えたら、学校に行く前に買ってくるもの、いっぱいあるわよ?」はた、とあたしも気が付いた。そうだ。学校に行こうにもカバンすらないのだ。「そっか、買い出しか……」ぺたんとベッドに座り込んだあたしは頭の中で確認を始めた。「さっさと着替えて、出かける準備しなさい!」母さんはあたしをしかりつけると下へ降りていった。だんだん、いつもの調子になってきた。嬉しいような、寂しいような。
母と二人で家を出ようとした時、あたしたちは写真に撮られた。「どちら様ですか? 肖像権侵害で訴えても宜しいのですか?」母が穏やかに言う。「どうして、芸能人でもないあたしを撮るんですか??」あたしはちょっと甲高い声になる。「やめなさい、利子。ビデオで撮られてネットに流れる可能性もあるんだから、あなたは黙ってなさい」母があたしを押さえる。その隙にパパラッチは逃げていた……。ちくしょう、あのバカ野郎、ヘンタイ、卑怯者~!「まぁ、写真を持ち込んでも、学園都市の取材許可とを天秤に掛けられて終わりだと思うけど……」仕方ないな、という顔でお母さんはつぶやいた。「お母さん、早く買い物行こう?」せっかくの気分を出だしでぶちこわされたあたしは、ちょっとブルーだった。
制服は袖詰めやら何やらで3日かかるとのことだった。出来上がってくるまで二着で使い回しするしかない。ノートだバインダーだ、カバンだとなんだかんだと買っていたら、結構な金額と結構な量になった。出がけのことがあるので、あたしたちは帰りは豪華にタクシーで家に帰ってきた。美琴おばさんが機転を利かしてくれた奇策のおかげで、早朝に帰ってきたあの時のような大集団はいないものの、それでもなんだかんだといるのがわかった。予想外なのは、どう見てもあたしと同じくらい、あるいは大学生くらいの男の人がいることだった。「あの子たちもそうなのかな? あんたモテそうね?」 母がからかうようにあたしに言う。「止めてよそんなの、あたし、気持ち悪い!」 あたしは速攻で否定する。「ふーん、もうあの彼一筋に決めたの? まだ早いと思うけどな?」母は方向を変えて攻めてきた。「な、なに言ってるのよ、娘をからかわないでよ! もう知らないから!」 狼狽するあたしを母はニヤニヤしながら見ていた……。
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*タイトル、前後ページへのリンク作成、改行及び美琴の一人称の修正等を致しました(LX:2014/2/23)
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