69 :371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg:2007/12/14(金) 02:59:15
寝ぼけ眼をこすりながら、廊下をぺたぺたと歩いている小さな人影を見つけた。
「あれは……」
雛苺だ。
俺に負けず劣らずふらふらとした足取りで、居間へ向かっている。
「うにゅぅ……」
随分眠たそうな様子だけど……雛苺って、朝に弱かったっけ?
雛苺が我が家にやってきてからまだ数日しか経っていないけど、朝から元気な姿を見てる事が多かったような気がする。
「おおい、雛苺」
まぁ、なんにしても、見かけた以上は声をかけないのも失礼だ。
俺が名前を呼ぶと、雛苺はぴたっ、と足を止めた。
「ふぇ? ……あ、シェロゥ~!」
土蔵の前に立つ俺の姿を見た途端、ぱっと顔を輝かせて廊下から飛び降りる。
そのまま庭を突っ切り、俺の前まで駆けてくる。
そしてぴしっ、と手を挙げると、太陽のような眩しい笑顔で挨拶をした。
「シェロゥ、おはようなの!」
「ああ、おはよう。
すぐに、朝ごはんの準備するから、もうちょっと待っててくれな」
「うん!
ヒナ、シェロゥのごはんだーいすき!」
両手を上げてバンザイの恰好をしてみせる雛苺。
しかし、こうして見ていると、いつもの元気な雛苺だよな……?
さっきの、眠たそうな姿はなんだったんだろう。
なんとなくそんなことを気にしていると、不意に雛苺が意外なことを尋ねてきた。
「ねぇシェロゥ、水銀燈はもう見つかったの?」
「えっ?」
睡眠を取っていない脳に、痺れるような軽いショックが走った。
まさか、雛苺が水銀燈の安否を訊いてくるとは思わなかった。
「シェロゥ?」
「あ、あぁ……水銀燈か……」
ショックは一瞬で立ち消えて、残ったのは俺と、不思議そうに俺を見上げる雛苺だけだった。
なんで俺がビックリしたのか、よくわかってないって感じの顔だ。
……いや、俺もなんでこんなに驚いてるのか、自分でもよくわかってないけど。
「えっと、雛苺は、水銀燈のことが心配なのか?」
俺は膝を折ってしゃがみこみ、雛苺と目線を合わせながら尋ねた。
なんとなく、上からの目線で聞いちゃいけないことのように思えたからだ。
雛苺は、指を口元にあてて、考えるそぶりを見せてから、答えた。
「んーん?
ヒナは心配してないよ?」
「え?」
またしても意外な発言だった。
心配してないのに、水銀燈のことを尋ねるとはこれ如何に?
雛苺は言葉を続ける。
「あのね、ヒナ、水銀燈のことは、あんまり好きじゃないの。
すぐに怒るし、いじめてくるし」
「そ、そうか……」
そりゃそうだろうな。
会うなり宣戦布告、即戦闘開始だったし。
水銀燈に加勢した俺が言うのもなんだが、アレで印象が良いわけが無い。
でも、だとしたら余計にわからない。
水銀燈の事が嫌いなのに、どうして……?
「でもね、シェロゥ。
ヒナは、ひとりぼっちでいることのほうが、もっともっと嫌いなの」
「あ……」
ガツン、と。
今度は、頭を殴られたような衝撃を受けた。
「ヒナはね、鐘に起こしてもらう前は、ずーっと鞄の中でひとりぼっちだったの。
目が覚めて、鐘と会った時、とっても嬉しかったのよ。
だから、鐘がシェロゥと仲良しになったとき、とっても怖かったの」
ああ、そうか。
俺は、雛苺と戦ったときのことをまざまざと思い出した。
氷室が、もう自分と遊んでくれなくなるから。
自分がまた独りぼっちになってしまうのが怖かったから、雛苺はあんなに俺を拒絶していたのか。
「今まで仲良くなった子も、最後はいつも……鞄の中で待っててね、ヒナはいい子だから出来るよね、って。
ヒナはいい子だから、鞄のなかでずっと待ってるのよ。
でも……もし、眠ったまま誰にも起こされなかったら……」
それは……死ぬことと、何も変わらないんじゃないだろうか。
永遠に眠り続けること。
誰にも干渉されず、干渉できないのならば、ソレは世界と隔絶している。
そこに意識があろうとなかろうと……いや、意識があるとすれば、それはあまりにも残酷な地獄だろう。
と、思わず考えが暗くなってしまった俺に、雛苺は今までの話がなんでもなかったかのように、明るい声で言った。
「だからシェロゥ、水銀燈を早く見つけてあげてね。
だって、ずっと一人ぼっちだと、とってもとっても寂しいもの。
水銀燈だって、きっとそうよ」
「雛苺……」
考えてみれば、ごく普通の、当たり前なことかもしれない。
アリスゲームという異常な戦いに参加していることを除けば、彼女達は数少ない仲間……言ってみれば、姉妹なのだ。
姉妹を想う心に、理由は要らない。
ようやく俺は、どうして雛苺が水銀燈のことを尋ねた時、自分があんなに驚いたのか、わかったような気がした。
俺は、いつの間にか、自分だけが水銀燈のことを考えてるって思い込んでいたんだ。
それが自分だけじゃなかったってことを知って、あんなに動揺したんだろう。
「雛苺、実は水銀燈は……」
水銀燈は、もう見つけたんだ。
そう教えようとして、寸前で考え直した。
確かに水銀燈は連れて帰った。
けど、水銀燈はまだ目覚めていない。
雛苺の言葉を借りるなら、目覚めていない水銀燈は、まだひとりぼっちのままなのだ。
そう、俺がやるべきことは、まだ、終わっていない。
「……水銀燈は、必ず見つける。
そして、もう二度とひとりぼっちになんかさせないから」
この無垢な少女の前で、改めてそう誓う。
雛苺は、もう一度太陽のように笑って、
「うんっ!!」
と大きく頷いた。
最終更新:2008年01月17日 20:43