862 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2006/09/20(水) 15:03:13


 引くことは出来ない。
 氷室を助け出すために。
 倒すことは出来ない。
 雛苺を傷つけないために。
 ならば――全てを防いで見せるしかない!

 覚悟を決める。
 撃鉄を倒す。
 魔力が走り、脳を焼く。
 この手に剣を。
 元よりこの身は、ただそれだけに特化した魔術回路――!

「投影、開始《トレース、オン》!!」

 両の手に確かな質感が生れる。
 迷い無くそれを握り掴む。
 ……工程完了。
 幾度と無く夢想した幻想、二つで一つの夫婦剣。
 その名を『干将・莫耶』。
 投影された模造品とはいえ、世に謳われた名剣。

「――ふっ!」

 ヌイグルミの群は、既に眼前に迫っていた。
 その先頭に居たクマを、右手の干将で横薙ぎに打ち返す。
 クマは剣の腹に弾かれ、後続の数体を巻き込んで吹き飛んだ。
 続いて飛んで来たウサギとトラを、左手の莫耶で抑えて止める。

「ぐっ!」

 たかがヌイグルミと侮る無かれ。
 両手で抱きかかえられる程の質量が、高速で飛んでくるのだ。
 中身が柔らかい綿であることを差し引いても、衝撃は軽くない。
 しかも、それが一体ならいざ知らず、その数に際限は無い。
 受け続けていたら、あっという間に圧殺だろう。

「は、あ……あああ!」

 だが、俺はその集中砲火の中で立ち続けた。
 通常とは反対向き、峰打ちにしたままで剣を振るう。
 受け、止め、弾き、往なし、交わし、避け、挟み、流し、打ち、そして斬らず。
 雨のように降ってくるヌイグルミを、二本の剣で捌き続ける。

「そんな……どうして!?」

 その様を、雛苺は呆然と見ていた。
 当然だ、ただの人間があれだけの質量の暴力を前に対抗できると思えるわけが無い。
 だがしかし、ならば衛宮士郎が健在なのもまた当然。
 なぜならば、正義の味方を目指した時から、衛宮士郎はただの人間ではないのだから。

「やめてくれ、雛苺! 俺は氷室を取り上げたりしない!」

「イヤ……鐘は雛苺のものなのよ! あなたなんかにはあげないの!!」

 しかし、雛苺はもはや止まらない。
 再び両手を天にかざす。
 背後のひときわ大きいプレゼントボックスが口を開く。
 浮かび上がったのは、やはりクマのヌイグルミだった。
 ……ただし、問題はその大きさ。
 側に立つ氷室の背丈より、さらに大きいヌイグルミが……!

「ぺちゃんこになっちゃえっ!!」

 雛苺の掛け声と共に、俺に向かって投げ飛ばされてきた!

「まずっ……!」

 さすがにあれは受けきれない!
 咄嗟に両手の干将莫耶を投げ捨てて、思い切り横に跳ぶ。
 飛び込み前転の要領で床に一回転、そのままなんとか受身を取る……!

 巨体が巻き起こす衝撃に、地面が揺れた。

863 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2006/09/20(水) 15:05:26


「っ、はぁ……!」

 ……間一髪。
 さっきまで俺の立っていた場所は、大型クマによって占拠されていた。
 もしあそこに居たら、間違いなく押し潰されていた。
 しかし、一息つく暇もなく。

「うわっ!!」

 普通サイズのヌイグルミが再び殺到する。
 普通サイズと大型サイズの波状攻撃か……!
 干将莫耶では大型サイズが受けきれないし、かといって他の武器では扱いきれずに傷つけてしまうだろう。
 こうなったら、多少ヌイグルミを傷つけるのも仕方ないか……?
 そう、仕方ない……。

「……ワケ無いだろうが、クソ!」

 干将莫耶を再度投影、ヌイグルミを打ち落とすついでに、弱い思考を振り払う。
 俺の誓った道は、そんな甘い道じゃない!
 誓った道は、九を救うために一を切り捨てずに、十の全てを救う道。
 未だ至らぬ道だけど、目指す場所はそこだと決まっている。
 ならば、全てのヌイグルミをヒトだと思え。
 そして全てを……氷室を救ってみせろ。
 その程度が出来ずに、ヒトを助けられる道理はない……!!

「う、お、ああ――――!!」

 捌く。
 捌く捌く捌く捌く捌く捌いて捌いて捌いてさらに捌いた。
 視界に入るものは、ネコだろうがイヌだろうがウサギだろうがタヌキだろうがキツネだろうが全て『無事に』捌いてみせる。
 腕が重い。
 斬らずに剣を振るうのが、こんなに疲れるとは思わなかった。

「……Pourquoi!? なんで平気なの……!? クマさん、もう一度――!!」

 雛苺の声。
 視界の端に、二度目の大型クマの姿。
 再び跳んで避けようとして――つんのめった。

「な、に――!?」

 足元に、ヌイグルミの山……!?
 柔らかい綿を踏んでバランスを崩した上体は、跳躍できずにそのまま転倒する。

「ぐっ!」

 転んだまま見上げれば、頭上には大型クマの影。
 もちろん、こんな体勢では避けられるはずがない。
 ……情けない。
 1秒後には落下してくるだろうソレを見ながら、感じたことは恐怖ではなく悔しさだった。
 何てザマだ。
 氷室一人、満足に救えないのか、俺は。
 ならば、ここで終わっても仕方ない。
 誰も救えない正義の味方なんてこんなものだ。
 ああ、いっそ目を閉じて終わりを待とう。



 だが、目を瞑る直前。
 俺の目の前を、一枚の黒羽がすい、と横切った気がした。



α:「私の下僕になにをしてくれてるのかしら?」雛苺の周囲に黒羽が!
β:「そこまで。止まりなさぁい、雛苺」氷室の喉元に白刃が!
γ:「こ…………の、浮気者ぉっっっっ!!!!!」俺の後頭部に衝撃が!?

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最終更新:2006年09月20日 15:50