704 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2007/07/22(日) 23:54:05


 氷室が言葉を言い終わるのを待っていたかのようなタイミングで、停留所にバスがやってきた。
 時間帯が悪いせいか、停まったバスの中には運転手以外の人影は見当たらない。
 そして、停留所の脇で、俺たち二人は立ち尽くしていた。
 さっきから俺の頭は壊れたまま、凍ってしまったかのように動かない。
 たった一つの事実を理解するために、全ての機能が停止してしまっている。

 俺は、氷室に告白されたのだ。

「…………」

 嬉しくない、なんて口が裂けても言えるわけが無い。
 俺だって今まで散々氷室への気持ちについて考えあぐねていたのに、そこで氷室から好意を伝えられたのだから、これはもう舞い上がってもいいくらいだ。
 女の子の方から告白させてしまって恰好悪いな、とか、他に誰も居ない場所で助かった、とか、そういう余計な考えは一切隅に追いやっておく。
 ようするに。
 氷室の気持ちがはっきりした以上、残る問題は俺自身の気持ちを伝えるだけ。
 そして、ここまで来てしまったら、もう、ああだこうだと言い逃れをする暇なんか、1秒たりとも存在しないってことだ。

「う……」

 焦燥感が一気に競りあがってくる。
 試験直前まで試験勉強をしてこなかった時のような感覚。
 やらなきゃいけないことはもうすぐ目の前にあるのに、手持ちの武器が心元なさすぎて泣けてくる。

 ……でもそれは、氷室だって同じだったはずだ。

 氷室だって勇気を出して、俺に告白してくれたに違いないのだ。
 ならば俺は、せめて彼女の勇気に応えなければならない。
 気の利いた言葉なんて、即興では……いや、何十日と考えたところで、一つも思いつかないが。
 それでも、持てる限りの言葉を総動員して、目の前の女の子に告げよう。
 そう、決めた瞬間。

 ――私は『アリス』にならなきゃいけないの!!

「……え?」

 ……なぜかはワカラナイが、水銀燈の泣き顔が、頭をよぎった。

705 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2007/07/22(日) 23:56:23


 おかしい、なんでこのタイミングで水銀燈を思い出すんだ?
 水銀燈を連想する『何か』を見たり、考えたりしたのか?
 そんな馬鹿な。
 いま、目の前に居るのは氷室だし、考えていたことも氷室のことだったはずだ。
 だというのに、どうして……いや、待て。

 もしかして、いま、この瞬間、俺は水銀燈のことを忘れていやしなかったか?

 その事実に気がついたとき、俺は自分でも不思議なくらいにショックを受けた。
 さっきまであれほど、水銀燈を見つけ出さなきゃならないと息巻いていたのに。
 氷室のことで頭が一杯で、他のことが全部消えてしまっていた。
 ……自分がとんでもなく不誠実な男になったような自己嫌悪だ。
 俺はさっき、家で氷室と雛苺を見て何を思ったんだ?
 あの二人の間には、離れていても絆がある。それを羨ましいと感じたはずだ。
 そう思ったのは、俺もそうありたいと、水銀燈との絆はまだ残っていると、信じていたかったからじゃないのか?
 それなのに、俺は……。

「……衛宮?」

 その声と、バスのドアが開く音に、我に返った。
 見れば、氷室が不審そうに俺の顔を覗き込んでいる。
 ずっと黙っていたから、不安に思われてしまったんだろう。
 慌てて返事をしようとして……氷室に言おうと思っていた言葉が、綺麗さっぱり頭の中から抜け落ちてしまっていることに気がついた。
 なんなんだ、あっちを思い出したと思ったら今度はこっちを忘れちまったのか。
 再び自己嫌悪に陥り、思わず頭を掻き毟りかけたが、幸いにしてそれは未遂に終わった。
 なぜなら、次の氷室の言葉によって、俺はそれどころではなくなったからだ。

「……いま、もしかして水銀燈のことを考えていたのか?」

「……っ!?!?」

 い、いきなりなにを!?
 いや、確かに今、水銀燈のことを考えてたけれども!
 何で今日に限って、こんなにも氷室と考える事がニアピンするんだ!?

「……その様子では、どうやら図星だったようだな」

 硬直する俺を余所に、氷室は何かを確信したような目つきで、そうかそうか、と頷いて見せた。
 なにを納得したのかは知らないが、ちょっと待って欲しい。
 恐らくその納得は、俺にとって一方的にマズイ類の代物だ。

「いっ、いやいや待て待て、待ってくれ氷室!!
 確かに水銀燈のことを考えてたけど、でもそっち方面の理由でってわけじゃ……!」

「……ほう。
 色々と問い詰めたいところではあるが……生憎もうバスが来てしまった」

 氷室はくるり、と踵を返し、バスのステップに足をかける。
 緊張に顔を赤くしていた少女の姿は既に無く、いつもどおりの学園の才女の後姿だ。

「今日のところは返事を聞くのは止めておこう。
 次に会うときは、今日の返事を聞かせて欲しい」

「氷室、お前……」

「最後に。
 客観的な視点から、一つだけ、言っておく」

 氷室はステップの上で、振り向きながら告げた。

「衛宮は二つのことを同時に処理できるほど、器用な人間じゃない。
 一つのことに、ひたすら愚直に向き合っていく。
 そういう男だよ、私が好きになった、衛宮という男は」

 その言葉は。
 ストン、と拍子抜けなくらいあっさりと、俺の胸の底に収まった。

706 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2007/07/23(月) 00:04:02


 最後に小さく手を振ると、氷室は閉まるドアの向こうに消えた。
 間も無くバスは唸りをあげて動き出し、道の向こうへと消えていった。
 ……結局。
 俺は何一つ、自分の言葉を告げることなく、氷室と別れてしまった。
 氷室の気持ちに対して、何一つ応えてやる事も出来ないまま。

「……不甲斐無い、なあ」

 ゴツン、と自分の頭に拳をぶつけてみる。
 鈍く痛い。
 自分のことすらも満足に理解できていなかったなんて。
 全くもって、自分の頭が不甲斐無かった。

 だが、これからしなくちゃいけないことだけは、俺の心が理解している。
 ならば、後は心の赴くままに。
 俺は、水銀燈を探しに行かなきゃならない。



――とても短いInterlude


 バスの中。
 声が届かないのを確認してから、少女は小さく呟いた。

「……我ながら不甲斐無い。
 このままいけば私の不戦勝だったのにな。
 だが……こういうフェアプレイも、恋愛の醍醐味、か」


――Interlude out



α:刑事の基本は聞き込み調査。動く人形を見なかったか、町中で聞いて回ろう。
β:困ったときの魔女頼み。柳洞寺のキャスターを頼ってみよう。
γ:前にアーチャーもやってたな。新都の高層ビルの屋上からひたすら見張る。
δ:犯人は現場に戻る。nのフィールドにもう一度行く方法を探す。

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最終更新:2007年07月23日 16:18