41 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2006/09/04(月) 04:10:27


――Interlede Side Himuro


 目覚めの気分は最悪だった。

「…………」

 上半身だけ起こして、しばし呆、とする。
 一分ほどそうして過ごすと、ベッド脇の机の上に置いた眼鏡を手に取った。
 眼鏡をかけると、ようやく視界が鮮明に見えるようになる。
 時計に目をやれば、時間は朝の6時半。
 ……これほど精神的に参っていても、いつもどおりの時間に目覚めてしまうとは。
 自分の規則正しさに呆れてしまいそうだった。

「何がしたかったんだろうな、私は……」

 昨日のことを思い出す。
 昼休み。
 偶然出会い、偶然同行し、偶然抱きとめられた。
 放課後に会う約束をし、部活動中もその約束は憶えていた。
 放課後。
 いきなり家に招待されて面食らい、しかし当人がその重大さを理解していなかった。
 どうやら途中でその意味に気付いたようだが、こちらも心の準備で手一杯だったため、話すことはしなかった。
 家に着いたらついたで、早速私室に案内された。
 今思い返してみても、私の狼狽ぶりはとんでもないだったことだろう。
 そして――。

「――――ふう」

 再びベッドの上に身を投じる。
 心の中に、しこりのような物が沈んでいるような感覚。
 その重さに、身体までもがずぶずぶとベッドに沈んで行きそうだった。

「衛宮、士郎」

 その名前を口にした途端、心の沈殿物はより一層重く堆積した。
 なんだというのだ。
 私の、いまだかつて知ることのなかったこの感情は。

「わかってはいるのだがな」

 そう、わかっている。
 恐らく正しいであろうと思われる推測ではあるが、私はこの感情がわかっている。
 ただ、私自身には縁が無い物だろう、と思っていただけだ。

 いつまでもこうしているわけにはいかない。
 そろそろ朝食の時間だ。
 私がどれだけ物思いにふけろうとも、生活のリズムは待ってはくれない。
 寝間着を脱いで、制服に手を掛ける……がしかし、このまま学校に行く気にはなれなかった。
 行ったところで学業に打ち込めるとは到底思えなかったし、なにより……。

 ――えっと、その、だ、大丈夫か氷室?

「…………、よせ」

 頭を振って記憶の再生を止める。
 そう、なにより。
 いま学校に行って、衛宮とどういう顔をして会えば良いのかわからない。

「……なんとも。存外乙女であるのだな、氷室鐘」

 我がことながら失笑してしまう。
 ならば、乙女は乙女らしくせいぜい振舞うがよいだろう。

 ……部屋の片隅に置かれている、トランクケースをちらりと見る。
 まだ中で寝ている『あの子』には悪いけど、声を掛ける気にはなれない。
 今日は一日、出かけてみよう。
 いつもなら寄り付かないような場所にも、今日は行ってみたい気分だった。


――Interlude Out

42 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2006/09/04(月) 04:11:21


『銀剣物語 第三話 氷室鐘の憂鬱、あるいは溜息』



 氷室ととんでもない別れ方をした、その翌日。
 俺は一時間目終了のチャイムと同時に、自分の教室の戸を開けた。
 目指すは3年A組の教室。
 授業が終わるなり教室を飛び出した俺を、教室の中の生徒が奇異の目で見ているが、それはこの際無視する。

 目当ての人物は当然、氷室鐘その人。
 目的は、昨日の一件を――水銀燈のことも含めて――謝罪すること。
 休み時間は短いが、用件を告げて謝るだけの時間なら大丈夫だろう。

「あれぇ、衛宮くん?」

 そんなふうに意志を固めている俺の前に、聞き覚えのある声が飛んできた。

「三枝?」

 3年A組の教室から今まさに出てきたところだったのは、陸上部のマネージャーこと三枝由紀香だった。

「どうしたの? うちのクラスの誰かに用事ですか?」

「ああ、その……」

 丁度いい。
 三枝は、氷室と蒔寺を加えた三人で行動していることが多い。
 せっかくなので、三枝に取次ぎを頼むことにする。

「氷室にちょっと用があるんだけど……悪いが取り次いでもらえるかな?」

「えっ? ……えっと、その……」

 ……なんだ?
 氷室の名前を出した途端、三枝は困ったように視線を泳がせる。
 まるでテストの悪い点数を指摘された子どものようだ。
 やがて三枝は、不安げにうつむきながら口を開いた。

「それがね……鐘ちゃん、今日は学校に来てないの」

「…………な、」

 なん、だって?

「先生が、お休みの連絡も来てないって言ってたし、おうちに電話しても、誰も出ないし……
 ねえ衛宮くん、鐘ちゃん、昨日どこか具合悪そうにしてなかった?」

 ……三枝の言葉に、なんと言って応じたのか。
 俺は、


α:呆然と自分の教室に戻った。
β:そのまま学校を飛び出していた。

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最終更新:2006年09月16日 05:29