「ところでマスターさん、つかぬ事をお伺いいたしますが」
夕食が済み、私たちは並んで(と言っても私は卓袱台の上で、ですが)TVを見ていたときの事。
番組がCMになったのを機に、少し前から思っていたことを、思い切って聞いてみることにしました。
「なんでしょうか犬子さん?」
マスターさんは、手にしていた湯飲みを卓袱台の上に置くと、正座の姿勢のままでこちらに膝を向けなおしました。
私もそれに習って、マスターさんに向き直ります。同じように正座、というのは残念ながら武装神姫の関節構造上ムリなので、中途半端にそれを真似た、膝立ちのような姿勢でですが。
「マスターさんは、どうして私をお買い求めになったのでしょうか?」
「ああ、そのことですか。……実はですね、私はとある理由から、私に代わってPC管理をしてくれるパートナーが必要だったのです。つまり……」
マスターさんの表情が心なしか強張ります。
まるで、なにか決意を固めるかのように。
自らの罪を認め、それを今から告白するかのように。
「実は機械オンチだった私に代わって……!」
「………………………………実は存じておりました」
「気付いていたのですか?」
「気付いていたのです」
というか、どうして気付かれてないと思っていたのかと問い詰めたい衝動を抑制するのに大変でした。
PCは必要なため揃えたものの、その設置は知人にお願いしたとのこと。その後はなんとかサイト閲覧とメールのやり取りは覚えたものの、不要な重いアプリケーションを常駐しっぱなしにしてたのはともかく、ウィルス対策ソフトをはじめとする各種重要なソフトも初期インストール時のままでアップデートせず、不用意にセーブしたデータはその後どこにあるか探し出せず、そうしてデスクトップにはフォルダとファイルが散乱しまくり、そうした「荒れ放題」と言うほかなかったPCを整理したのは誰だと思っているのでしょうか。
そのほか、ビデオや炊飯ジャーのタイマー予約が出来ないのは言うに及ばず、ケータイは通話とメール専用機、TVのリモコンは電源とチャンネルと音量の部分だけが使い古され、電気ポットはヤカンで沸かしたお湯を保温しておくためのものetcetc。
ある意味で、武装神姫とはもっとも縁遠いお方なのです。
しかしそれだけに、私としてもお仕えし甲斐があると申しましょうか、分類上は「玩具」とはいえ、もともとそういった生活サポートも視野に入れて開発された最先端電子機器の塊でなおかつ高度なプログラミング技術の結晶たる武装神姫にとって、そのあたりはまさにホームグランドでして。
機械オンチなマスターさんが武装神姫を購入を決意したのは、まさに英断であり最良の選択であったと自負しております。
が、私がお聞きしたかったのはそれとはもうちょっと違ったことでありまして……。
「あの、それでですね……数ある武装神姫たちの中から、なぜ私をお選びになったのかな、と」
「なるほど、そちらでしたか」
自らの「罪の告白」がスルーされたことに安心したのか、マスターさんは表情を和らげると、卓袱台の上の湯飲みを手にとって、一口。
卓袱台の上に戻されたそれに、私は急須を抱えてお代わりを注ぎます。
「ありがとうございます」
深々。
「どういたしまして」
深々。
「それで、なぜ私が犬子さんを選んだかといいますと……別に、深い意味はなかったのです」
マスターさんが言うには、初めて武装神姫の存在を知ったのはぶらりと立ち寄ったお店の店先で、その時は「なんだかかわいいお人形さんが並んでいますね」くらいにしか思ってなかったそうです。
その後、ネット放浪の最中に偶然武装神姫のことを書いてあるサイトにたどり着き、自分の見たアレが「そういうモノ」だったことを初めて知ったのだとか。
そうして武装神姫に興味のわいたマスターさんは、そのままサイトを伝ったりカタログや本を読んだり、武装神姫を知っている方にお話を聞いたり、お財布の中身と貯金通帳と月末の支払いとを見比べたり、お給料とボーナスの振込みの日を指折り数えたりして、ようやく武装神姫の購入を決意したそうです。
その実、最初に武装神姫を見かけてから数ヶ月、武装神姫のことをもうちょっと詳しく知ってからも実に1ヶ月はたっているとか。
「ですがもともとそういった意図での購入でしたので、『これが欲しい! これでないとダメ!』というのはなかったのです。それでとにかく、お店に行って決めようとしたら、店先に残ってたのは、70%オフで売っていたお侍さんと、それから騎士様に犬さんと猫さん、イルカさんとサンタさん、それに新発売ののぼりのついてた寅さんに牛さんでした」
その時のことを懐かしむように、マスターさんは語ります。
「このうち、やたら安かったお侍さんは、そのあまりの安さが素人目に不安になって回避しました」
「……なるほど」
私はそれだけを口にして、心の中で紅緒型さんの不遇に合掌しました。紅緒型さんがよく安売りされるのは性能が要因ではなく、その、なんと申しましょうか、純粋に需要と供給のバランスからくるもので……。
つまりマスターさんのように、個々の武装神姫にこだわりなくあくまで武装神姫の電子秘書的なサポート性能を期待しての購入を検討される方には、まさにうってつけの値段設定だったという事は……まぁ言わぬが花なのです。
「同じように、他より安くて箱が一回り小さかったイルカさんとサンタさんも回避しました」
「それは正解でしたね、マスターさん。ヴァッフェドルフィン型さん及びツガル型さんはあくまでEXウエポンセットであって、神姫の素体が含まれていないのです。
一応それでもコアユニットはありますので起動及び電子秘書としての役割は果たせますが、それを買っていたら、今頃マスターさんは胸像とお話していたのです」
「そうなのですか」
「そうなのです」
その当たりは箱の裏にしっかりと明記されていますが、それを見落とすのも機械オンチのうちなのでしょう。
「それで、新製品と寅さんと牛さんは、見るからに部品が多くて複雑そうだったので、断念いたしました」
「賢明な判断だとおもいます、マスターさん」
彼女らの売りである工夫次第で様々な形態を実現可能な複雑な合体機構は、マスターさんの手にかかれば前衛芸術作品へと昇華されることが容易に想像できます。
実際のところは、その当たりは神姫が自分で管理できるであろうということも言わぬが花なのです。
「そうして残った候補の中から、私は……」
そこでマスターさん、一度言葉を切り、少し照れくさそうに頬をかいて。
「一番可愛かったのを、買ってきたのです」
……あー、なんと申しましょうか、非常に武装神姫冥利に尽きるといいますか、ありていに言って幸せです。
腰部に接続されたドッグテイルが、ぶんぶん振り回されるのを制御不能なのです。
それでもってなおかつ、非常に照れくさいです。
「しかし……マスターさん、購入まで随分と長くお時間かけられたのですね」
その照れを隠すように、私はぎこちなく話題を変えます。
「そうですね。もとより安いものではないですし、そもそも僕がそういったものを手にするとは、ついぞ想像すらしていませんでしたし、何を基準に選んだらいいやらすらわかりませんでしたからね。
いやはや、我ながら優柔不断のきわみでした、お恥ずかしい」
「いえ、そんなことはありませんよ、マスターさん。それは、マスターさんが真剣に考えてくれたという証なのです。誇りこそすれ、卑下することなど何一つとしてないのです」
「や、そう言って頂けると恐縮です」
深々。
「いえいえ」
深々。
「それに、ですね」
「はい?」
顔を上げた私は、笑顔で続けます。初期プログラムに設定された笑顔ではなく、マスターさんとの生活で勝ち得た、私オリジナルの満面の笑顔で。
「マスターさんの悩んだ期間が、
もうほんのちょっとだけ短くても、
もうほんのちょっとだけ長くても、
『私』はマスターさんに出会えませんでした」
マスターさんは、神妙に私に言葉の続きを待っています。
「もし別の機会に購入していたら、ここにいたのは別のタイプの武装神姫だったのかもしれません。
いえ、もしハウリンタイプだったとしても、
『私』より前の棚に並んだハウリンだったかもしれません、
『私』より後ろの棚に並んだハウリンだったのかもしれません。
マスターさんがそれだけの時間を悩んでいて頂いたからこそ、『私』は今こうしてここにいることができるのです。
マスターさんが悩んだ時間は、きっと『私』がマスターさんに出会うために必要な時間だったのです。
もちろんそれは『私』にとっての都合で、マスターさんにとっては『私』でなくてもよかったのでしょうけど……マスターさんと出会えた『私』は、それだけの時間をかけてくれたマスターさんと、マスターさんと出会えた幸運に感謝しているのです」
「……犬子さんは、ロマンティストなんですねぇ」
微妙に的を外したマスターさんのご返答は、しかし照れ隠しなのが丸判りなのです。ですから私は、さらに流れに乗って攻め立てます。
「ロマンティストなんです。というか、ことオーナーとの絆に関する限り、武装神姫はみなロマンティストなのですよ」
「そういうものですか」
「そういうものです」
マスターさんは、優しく微笑み、湯飲みをこちらに差し出します。
「お代わりをいただけますか?」
「はい、少々お待ちを……はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
深々。
「どういたしまして」
深々。
「あ、CM明けました」
「おっと、危うく見逃すところでした。ありがとうございます」
深々。
「どういたしまして」
深々。
夕食が済み、私たちは並んで(と言っても私は卓袱台の上で、ですが)TVを見ていたときの事。
番組がCMになったのを機に、少し前から思っていたことを、思い切って聞いてみることにしました。
「なんでしょうか犬子さん?」
マスターさんは、手にしていた湯飲みを卓袱台の上に置くと、正座の姿勢のままでこちらに膝を向けなおしました。
私もそれに習って、マスターさんに向き直ります。同じように正座、というのは残念ながら武装神姫の関節構造上ムリなので、中途半端にそれを真似た、膝立ちのような姿勢でですが。
「マスターさんは、どうして私をお買い求めになったのでしょうか?」
「ああ、そのことですか。……実はですね、私はとある理由から、私に代わってPC管理をしてくれるパートナーが必要だったのです。つまり……」
マスターさんの表情が心なしか強張ります。
まるで、なにか決意を固めるかのように。
自らの罪を認め、それを今から告白するかのように。
「実は機械オンチだった私に代わって……!」
「………………………………実は存じておりました」
「気付いていたのですか?」
「気付いていたのです」
というか、どうして気付かれてないと思っていたのかと問い詰めたい衝動を抑制するのに大変でした。
PCは必要なため揃えたものの、その設置は知人にお願いしたとのこと。その後はなんとかサイト閲覧とメールのやり取りは覚えたものの、不要な重いアプリケーションを常駐しっぱなしにしてたのはともかく、ウィルス対策ソフトをはじめとする各種重要なソフトも初期インストール時のままでアップデートせず、不用意にセーブしたデータはその後どこにあるか探し出せず、そうしてデスクトップにはフォルダとファイルが散乱しまくり、そうした「荒れ放題」と言うほかなかったPCを整理したのは誰だと思っているのでしょうか。
そのほか、ビデオや炊飯ジャーのタイマー予約が出来ないのは言うに及ばず、ケータイは通話とメール専用機、TVのリモコンは電源とチャンネルと音量の部分だけが使い古され、電気ポットはヤカンで沸かしたお湯を保温しておくためのものetcetc。
ある意味で、武装神姫とはもっとも縁遠いお方なのです。
しかしそれだけに、私としてもお仕えし甲斐があると申しましょうか、分類上は「玩具」とはいえ、もともとそういった生活サポートも視野に入れて開発された最先端電子機器の塊でなおかつ高度なプログラミング技術の結晶たる武装神姫にとって、そのあたりはまさにホームグランドでして。
機械オンチなマスターさんが武装神姫を購入を決意したのは、まさに英断であり最良の選択であったと自負しております。
が、私がお聞きしたかったのはそれとはもうちょっと違ったことでありまして……。
「あの、それでですね……数ある武装神姫たちの中から、なぜ私をお選びになったのかな、と」
「なるほど、そちらでしたか」
自らの「罪の告白」がスルーされたことに安心したのか、マスターさんは表情を和らげると、卓袱台の上の湯飲みを手にとって、一口。
卓袱台の上に戻されたそれに、私は急須を抱えてお代わりを注ぎます。
「ありがとうございます」
深々。
「どういたしまして」
深々。
「それで、なぜ私が犬子さんを選んだかといいますと……別に、深い意味はなかったのです」
マスターさんが言うには、初めて武装神姫の存在を知ったのはぶらりと立ち寄ったお店の店先で、その時は「なんだかかわいいお人形さんが並んでいますね」くらいにしか思ってなかったそうです。
その後、ネット放浪の最中に偶然武装神姫のことを書いてあるサイトにたどり着き、自分の見たアレが「そういうモノ」だったことを初めて知ったのだとか。
そうして武装神姫に興味のわいたマスターさんは、そのままサイトを伝ったりカタログや本を読んだり、武装神姫を知っている方にお話を聞いたり、お財布の中身と貯金通帳と月末の支払いとを見比べたり、お給料とボーナスの振込みの日を指折り数えたりして、ようやく武装神姫の購入を決意したそうです。
その実、最初に武装神姫を見かけてから数ヶ月、武装神姫のことをもうちょっと詳しく知ってからも実に1ヶ月はたっているとか。
「ですがもともとそういった意図での購入でしたので、『これが欲しい! これでないとダメ!』というのはなかったのです。それでとにかく、お店に行って決めようとしたら、店先に残ってたのは、70%オフで売っていたお侍さんと、それから騎士様に犬さんと猫さん、イルカさんとサンタさん、それに新発売ののぼりのついてた寅さんに牛さんでした」
その時のことを懐かしむように、マスターさんは語ります。
「このうち、やたら安かったお侍さんは、そのあまりの安さが素人目に不安になって回避しました」
「……なるほど」
私はそれだけを口にして、心の中で紅緒型さんの不遇に合掌しました。紅緒型さんがよく安売りされるのは性能が要因ではなく、その、なんと申しましょうか、純粋に需要と供給のバランスからくるもので……。
つまりマスターさんのように、個々の武装神姫にこだわりなくあくまで武装神姫の電子秘書的なサポート性能を期待しての購入を検討される方には、まさにうってつけの値段設定だったという事は……まぁ言わぬが花なのです。
「同じように、他より安くて箱が一回り小さかったイルカさんとサンタさんも回避しました」
「それは正解でしたね、マスターさん。ヴァッフェドルフィン型さん及びツガル型さんはあくまでEXウエポンセットであって、神姫の素体が含まれていないのです。
一応それでもコアユニットはありますので起動及び電子秘書としての役割は果たせますが、それを買っていたら、今頃マスターさんは胸像とお話していたのです」
「そうなのですか」
「そうなのです」
その当たりは箱の裏にしっかりと明記されていますが、それを見落とすのも機械オンチのうちなのでしょう。
「それで、新製品と寅さんと牛さんは、見るからに部品が多くて複雑そうだったので、断念いたしました」
「賢明な判断だとおもいます、マスターさん」
彼女らの売りである工夫次第で様々な形態を実現可能な複雑な合体機構は、マスターさんの手にかかれば前衛芸術作品へと昇華されることが容易に想像できます。
実際のところは、その当たりは神姫が自分で管理できるであろうということも言わぬが花なのです。
「そうして残った候補の中から、私は……」
そこでマスターさん、一度言葉を切り、少し照れくさそうに頬をかいて。
「一番可愛かったのを、買ってきたのです」
……あー、なんと申しましょうか、非常に武装神姫冥利に尽きるといいますか、ありていに言って幸せです。
腰部に接続されたドッグテイルが、ぶんぶん振り回されるのを制御不能なのです。
それでもってなおかつ、非常に照れくさいです。
「しかし……マスターさん、購入まで随分と長くお時間かけられたのですね」
その照れを隠すように、私はぎこちなく話題を変えます。
「そうですね。もとより安いものではないですし、そもそも僕がそういったものを手にするとは、ついぞ想像すらしていませんでしたし、何を基準に選んだらいいやらすらわかりませんでしたからね。
いやはや、我ながら優柔不断のきわみでした、お恥ずかしい」
「いえ、そんなことはありませんよ、マスターさん。それは、マスターさんが真剣に考えてくれたという証なのです。誇りこそすれ、卑下することなど何一つとしてないのです」
「や、そう言って頂けると恐縮です」
深々。
「いえいえ」
深々。
「それに、ですね」
「はい?」
顔を上げた私は、笑顔で続けます。初期プログラムに設定された笑顔ではなく、マスターさんとの生活で勝ち得た、私オリジナルの満面の笑顔で。
「マスターさんの悩んだ期間が、
もうほんのちょっとだけ短くても、
もうほんのちょっとだけ長くても、
『私』はマスターさんに出会えませんでした」
マスターさんは、神妙に私に言葉の続きを待っています。
「もし別の機会に購入していたら、ここにいたのは別のタイプの武装神姫だったのかもしれません。
いえ、もしハウリンタイプだったとしても、
『私』より前の棚に並んだハウリンだったかもしれません、
『私』より後ろの棚に並んだハウリンだったのかもしれません。
マスターさんがそれだけの時間を悩んでいて頂いたからこそ、『私』は今こうしてここにいることができるのです。
マスターさんが悩んだ時間は、きっと『私』がマスターさんに出会うために必要な時間だったのです。
もちろんそれは『私』にとっての都合で、マスターさんにとっては『私』でなくてもよかったのでしょうけど……マスターさんと出会えた『私』は、それだけの時間をかけてくれたマスターさんと、マスターさんと出会えた幸運に感謝しているのです」
「……犬子さんは、ロマンティストなんですねぇ」
微妙に的を外したマスターさんのご返答は、しかし照れ隠しなのが丸判りなのです。ですから私は、さらに流れに乗って攻め立てます。
「ロマンティストなんです。というか、ことオーナーとの絆に関する限り、武装神姫はみなロマンティストなのですよ」
「そういうものですか」
「そういうものです」
マスターさんは、優しく微笑み、湯飲みをこちらに差し出します。
「お代わりをいただけますか?」
「はい、少々お待ちを……はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
深々。
「どういたしまして」
深々。
「あ、CM明けました」
「おっと、危うく見逃すところでした。ありがとうございます」
深々。
「どういたしまして」
深々。
こんな風にして、私とマスターさんの夜は、他愛無く過ぎていくのです。