インターバトル0「アーキタイプ・エンジン」
涼しい秋の風が網戸を通って、彼の頬をなでた。
私はたわむれに彼の頬をなでていた空気の粒子を視覚化して追う。
くるりと彼の頭の上で回転した空気は、そのまま部屋に拡散して消えた。
彼はもう一時間ほどデスクに座りっぱなしで、ワンフレーズずつ、確かめるようにキーボードを叩く。彼の指さばきが、ディスプレイに文字を次々と浮かべる。浮いている文字。
その後ろの、ベッドの上に座りながら、彼の大きな背中を見ている。これが私。
私は武装神姫。天使型MMSアーンヴァル。記念すべき最初のマスプロダクションモデル。全世界に数千万の姉妹がいる、そのうちの一人。
パーソナルネームは、マイティ。彼が一晩考え抜いて、付けてくれた名前だ。
私はこの名前に誇りを持っている。
うーむ、と、彼がパソコンチェアの背もたれに寄りかかって、腕を組んだ。再び
涼しい風が部屋に遊びに来る。窓を見る彼。外は快晴。ついで視線に気づいて、私を見る。
彼はくすり、と微笑む。ちょっと陰のある、はにかんだ笑顔。
「おまえは、食べ物は食べられるのかな」
壁の丸い時計をちらりと見て、彼は訊ねた。私に。
「はい。有機物を消化する機能があります。99.7パーセントエネルギー化して、排泄物を出しません」
「いや、それはいいんだが」
彼はちょっと困った顔をして、私はすぐに彼の言わんとしていることを悟った。
「味も識別できます」
「そうか。良かった」
昼飯にしよう、と、彼は台所に立つ。ワンルームの小さな部屋。一つの部屋がリビングとダイニングとキッチンと、仕事部屋と寝室を兼ねる。十畳以上あるから狭くはない。
カウンタをはさんでキッチンが見える。キッチンの横のドアは廊下があり、玄関へと続く。それまでに洗面所経由のお風呂があるドアがあって、玄関に近い方にトイレのドア、と並ぶ。反対側は大きな納戸だ。
カウンタの手前には小さなテーブル。一人暮らしのはずなのに、なぜか椅子が二つある。そのことを聞いてみたら、
「セット商品だったのさ」
と、苦笑した。
いい匂いがキッチンから漂ってくる。ガスコンロの上で、フライパンが踊る。お米と、たまねぎと、玉子、そしてお肉が舞う。
ほどなくして、テーブルに大小二つの皿が置かれて、そこに金色のご飯が乗せられた。
チャーハン。私のプリセット知識が料理の詳細を再生する。
私はテーブルに座らせられて、小さいお皿のほうが手前に寄せられる。
「多いか」
「いえ、丁度良いです」
彼は微笑して、椅子に腰掛けた。
「小さいスプーンがこれしかなかった」
と、彼はプラスチックのデザート用スプーンをくれた。
「いただきます」
私はチャーハンをほお張る。
おいしい。
有機物を摂取するのはこれが初めて。私のコア頭脳に新たなネットワークが築かれているのが分かる。
「おいしいです」
私は心からそう言った。
心、から。
そう。このときに、私が生まれたのかもしれない。初めて。
私はたわむれに彼の頬をなでていた空気の粒子を視覚化して追う。
くるりと彼の頭の上で回転した空気は、そのまま部屋に拡散して消えた。
彼はもう一時間ほどデスクに座りっぱなしで、ワンフレーズずつ、確かめるようにキーボードを叩く。彼の指さばきが、ディスプレイに文字を次々と浮かべる。浮いている文字。
その後ろの、ベッドの上に座りながら、彼の大きな背中を見ている。これが私。
私は武装神姫。天使型MMSアーンヴァル。記念すべき最初のマスプロダクションモデル。全世界に数千万の姉妹がいる、そのうちの一人。
パーソナルネームは、マイティ。彼が一晩考え抜いて、付けてくれた名前だ。
私はこの名前に誇りを持っている。
うーむ、と、彼がパソコンチェアの背もたれに寄りかかって、腕を組んだ。再び
涼しい風が部屋に遊びに来る。窓を見る彼。外は快晴。ついで視線に気づいて、私を見る。
彼はくすり、と微笑む。ちょっと陰のある、はにかんだ笑顔。
「おまえは、食べ物は食べられるのかな」
壁の丸い時計をちらりと見て、彼は訊ねた。私に。
「はい。有機物を消化する機能があります。99.7パーセントエネルギー化して、排泄物を出しません」
「いや、それはいいんだが」
彼はちょっと困った顔をして、私はすぐに彼の言わんとしていることを悟った。
「味も識別できます」
「そうか。良かった」
昼飯にしよう、と、彼は台所に立つ。ワンルームの小さな部屋。一つの部屋がリビングとダイニングとキッチンと、仕事部屋と寝室を兼ねる。十畳以上あるから狭くはない。
カウンタをはさんでキッチンが見える。キッチンの横のドアは廊下があり、玄関へと続く。それまでに洗面所経由のお風呂があるドアがあって、玄関に近い方にトイレのドア、と並ぶ。反対側は大きな納戸だ。
カウンタの手前には小さなテーブル。一人暮らしのはずなのに、なぜか椅子が二つある。そのことを聞いてみたら、
「セット商品だったのさ」
と、苦笑した。
いい匂いがキッチンから漂ってくる。ガスコンロの上で、フライパンが踊る。お米と、たまねぎと、玉子、そしてお肉が舞う。
ほどなくして、テーブルに大小二つの皿が置かれて、そこに金色のご飯が乗せられた。
チャーハン。私のプリセット知識が料理の詳細を再生する。
私はテーブルに座らせられて、小さいお皿のほうが手前に寄せられる。
「多いか」
「いえ、丁度良いです」
彼は微笑して、椅子に腰掛けた。
「小さいスプーンがこれしかなかった」
と、彼はプラスチックのデザート用スプーンをくれた。
「いただきます」
私はチャーハンをほお張る。
おいしい。
有機物を摂取するのはこれが初めて。私のコア頭脳に新たなネットワークが築かれているのが分かる。
「おいしいです」
私は心からそう言った。
心、から。
そう。このときに、私が生まれたのかもしれない。初めて。
私は、マイティ。