次の日、彩女は朝早くから沐浴をしていた。
記四季が流されないようにと作った囲いの中に入り、朝の冷たい水をすくい白い裸身にかける。それだけで身が引き締まるようだった。
「―――――――――ふぅ」
頭から水を被った彩女は背筋を逸らし頭を振る。
狼特有の荒々しさの中に、どこか乙女らしいたおやかさを備えた彼女の髪が揺れる。
と、銀の耳が小さく動く。
「・・・・・・覗き見はどうかと思いますが」
「えーいいじゃん。彩女はハウリンと違って良い身体してるんだもん」
水の中からアメティスタが姿を現した。
それと同時に彩女は少し顔を赤らめて
「・・・今日は、キャンペーンバトルの時の約束を果たしに来ました」
恥ずかしそうに、そういった。
「ん? ・・・あ、そっか」
彩女のその言葉にアメティスタは首をかしげ、すぐに思い出す。
・・・キャンペーンバトルに参加する代わりに、一日彩女を好きにする約束を。
「・・・少し恥ずかしいですが・・・その・・・え・・・と・・・」
彩女は、囲いの中で恥ずかしそうにもじもじしている。
もちろん裸だ。
「・・・その・・・好きに・・・して・・・ください・・・・」
最後の方はもう消え入りそうな声だった。
彩女はそういったきり顔を真っ赤にして俯く。
その様はまるで新婚初夜の新妻のようだった。
「へ? なにいってんのさ。早く服来て遊びに行こうよ」
「・・・・・・・・・・・・・はい?」
記四季が流されないようにと作った囲いの中に入り、朝の冷たい水をすくい白い裸身にかける。それだけで身が引き締まるようだった。
「―――――――――ふぅ」
頭から水を被った彩女は背筋を逸らし頭を振る。
狼特有の荒々しさの中に、どこか乙女らしいたおやかさを備えた彼女の髪が揺れる。
と、銀の耳が小さく動く。
「・・・・・・覗き見はどうかと思いますが」
「えーいいじゃん。彩女はハウリンと違って良い身体してるんだもん」
水の中からアメティスタが姿を現した。
それと同時に彩女は少し顔を赤らめて
「・・・今日は、キャンペーンバトルの時の約束を果たしに来ました」
恥ずかしそうに、そういった。
「ん? ・・・あ、そっか」
彩女のその言葉にアメティスタは首をかしげ、すぐに思い出す。
・・・キャンペーンバトルに参加する代わりに、一日彩女を好きにする約束を。
「・・・少し恥ずかしいですが・・・その・・・え・・・と・・・」
彩女は、囲いの中で恥ずかしそうにもじもじしている。
もちろん裸だ。
「・・・その・・・好きに・・・して・・・ください・・・・」
最後の方はもう消え入りそうな声だった。
彩女はそういったきり顔を真っ赤にして俯く。
その様はまるで新婚初夜の新妻のようだった。
「へ? なにいってんのさ。早く服来て遊びに行こうよ」
「・・・・・・・・・・・・・はい?」
ホワイトファング・ハウリングソウル
第三十話
『木霊』
「おお・・・でっかい木・・・」
「・・・樹齢どのくらいかは判りませんが、少なくとも主より高齢ですね」
記四季の所有する土地の奥深くにある巨大な樹海。
その入り口に彩女とアメティスタはいた。
「・・・って言うか何なんですか。人がアレだけ決心をしたっていうのに・・・沐浴までしたっていうのに・・・」
いたといっても地に足をつけて立っているのは彩女だけである。アメティスタは彩女におぶさっていた。
「・・・なに? 欲求不満?」
からかうように楽しげに、彩女の獣耳に吐息をかけながらアメティスタは笑う。
「・・・・・・ち、違いますっ!」
彩女はそういってそっぽを・・・向こうとしてやめた。
動かそうとするとアメティスタが耳を咬み始めたからだ。
「ねぇ彩女。ボクこの木に登りたいな」
「・・・それは私に貴女を背負ったまま木に登れと仰ってます?」
「仰ってます。さ、行ってみよー」
アメティスタのその言葉に少し肩を落しながらも彩女は大木に手をかけた。
彼女たち神姫の身長からしてみれば大木はもはやバベルの塔である。落ちればひとたまりも無いが彩女は器用に登っていく。アメティスタはしっかりと彩女にしがみ付き、徐々に高くなっていく視界を楽しんでいた。
「・・・あ、そこの枝とかいいんじゃない?」
「あそこは駄目ですよ。鳥の巣がありますから」
彩女はそういうと反対側の枝に乗る。
落ちないようにアメティスタを支えながら下ろすと軽く深呼吸をした。
「・・・凄いね。こんなに高いところに登ったのは初めてだよ」
アメティスタは目の前に広がる緑の景色を見ながら嘆息した。
「何が見えるという訳ではないのですが、普段とは違った視点を見るのも悪くないでしょう」
アメティスタの隣に座りながら彩女が言う。
それきり二人は景色に見入り、しばらく無言の時間が続く。
「・・・ね、もしもの話だけどさ。・・・彩女は、記四季さんが死んじゃったらどうする?」
「―――――――え?」
心地よい沈黙を破ったのは、彩女にとって予想だにしない言葉だった。
彩女は思わずアメティスタの方を見る。彼女は目を細め、まるで遠くの何かを見ているような表情だった。
「いやもしもの話だよ? もしも・・・記四季さんが彩女よりも先に死んじゃったら、彩女はどうする?」
「・・・その、どうする・・・と・・・言われても・・・」
彩女は答えに詰まる。
考えたこともなかったが、記四季は高齢である。それを考えるといつ逝ってもおかしくはない。無いのだが・・・彼女はそれを認めたくなかった。
「・・・判り・・・ません。主の後を追うべきなのか・・・しかし・・・」
考えれば考えるほど深みにはまり思考は沈殿する。
恐らく殆どの神姫は考えることもないだろう。主の死後、自分はどうするべきなのか。その答えが・・・彩女には判らない。
「・・・そっか、もういいよ。馬鹿な質問してごめん」
何事も無かったかのようにアメティスタは彩女に向かって微笑む。
・・・この質問に満足の行く回答なんて無いだろう。アメティスタ自身も答えることが出来なかったからだ。
「そういえばさ、明日だよね。彩女の誕生日」
「あ、はい。・・・誕生日とは言っても起動した日なんですけれどもね」
突然の話題転換に戸惑う暇も無く彩女は答える。
「明日で丁度、一歳になります」
「ん、そっか。まだ一歳か・・・ボクなんか二歳だよ」
そういってアメティスタは笑う。
何となく自分のほうが年下に思えていたのだ。それは多分、彩女が真面目なせいだろう。
「そういえば年上でしたね。すっかり忘れてましたけど。・・・そういえばアメティスタ。貴女は主といつ知り合いました?」
ふと、彩女はアメティスタに言う。
「ん? ボクがこっちに来てすぐだよ。ちょうど二年と少し前、かな」
「・・・そうですか。でしたら・・・主の奥様の事をご存知ありませんか?」
「・・・・・・」
彩女のその言葉に、アメティスタは少し困ったような顔をする。
“あやめ”の事は、いずれ記四季自身の口から言うべき事と思っていたからだ。
これは自分が言うべき事ではないし、自分の口から彩女が知ることではないと。
「・・・ご存知なのですね」
未来を視ておけばよかった。
アメティスタは迂闊な自分を少しだけ呪う。
もうこうなっては知らないと言い逃れは出来ない。
「知ってるよ。知ってるけどさ・・・彩女はどうして興味を持つの?」
「・・・それは。・・・主の書斎で写真を見つけて・・・それに書かれていた名前が・・・」
「キミの名前だったと。・・・確か前に聞いた話じゃ、書斎は立ち入り禁止だったよね」
アメティスタの言葉に彩女は銀の耳を伏せる。
いくら記四季の身を案じていたとはいえ、その命を破ってしまったことを恥じているのだろう。
「・・・しょうがないな、彩女は。悪い子だ」
「・・・返す言葉も御座いません。ですが、ご存知なら何か・・・教えていただけませんでしょうか」
普段から丁寧な彩女の口調がますます丁寧になる。
言葉こそ本当に丁寧で懇願口調だが、その裏には強い想いが隠されている。
「・・・“あやめ”さんはね」
それを感じ取ったアメティスタは、一拍の間をおいて語りだした。
「先天性色素欠乏症・・・アルビノだったんだ。詳しいことは知らないけど・・・合併症がどうとかで、記四季さんと二人でここに越してきたときはもう末期でね。一年前に亡くなった」
ボクが知っているのはこれだけ、とアメティスタは手を広げる。
その答えに彩女は・・・なんともいえない表情をしていた。
望むものが手に入った喜びと、それが何を意味するか判らない悲しさと・・・あとは何だろう。アメティスタには判らない。
しかし、その表情だけで・・・彩女自身すら気づいていなかった不安を、アメティスタは見抜いた。
「・・・ただ一つ、言える事があるよ。彩女、キミは“あやめ”さんの代わりじゃない。キミはキミで、彼女は彼女だ。記四季さんはちゃんとキミを ―――彩女を見ているよ」
「―――――――――そうか。・・・そうですよね。私は私・・・か」
彩女はそういって俯いていた顔を上げる。
そこには先程までの影は無く、心配事が杞憂に終わった清々しさだけがあった。
「そゆこと。彩女は気にしすぎなんだよ。・・・さて、木の上も堪能したし・・・記四季さんの書斎に無断で入っちゃった悪い狼に・・・お仕置き、したいな?」
いいながら、アメティスタは彩女の腰に手を回す。
「う・・・きょ、拒否権は・・・」
「無いよ」
「も、黙秘権・・・」
「あるけど無駄だよ。すぐに喋りだすからさ・・・」
「え、あ、ちょ・・・・ん・・・」
そのままアメティスタは彩女を押し倒し・・・そこから先は生い茂る葉に阻まれ見ることは出来なくなった。
「・・・樹齢どのくらいかは判りませんが、少なくとも主より高齢ですね」
記四季の所有する土地の奥深くにある巨大な樹海。
その入り口に彩女とアメティスタはいた。
「・・・って言うか何なんですか。人がアレだけ決心をしたっていうのに・・・沐浴までしたっていうのに・・・」
いたといっても地に足をつけて立っているのは彩女だけである。アメティスタは彩女におぶさっていた。
「・・・なに? 欲求不満?」
からかうように楽しげに、彩女の獣耳に吐息をかけながらアメティスタは笑う。
「・・・・・・ち、違いますっ!」
彩女はそういってそっぽを・・・向こうとしてやめた。
動かそうとするとアメティスタが耳を咬み始めたからだ。
「ねぇ彩女。ボクこの木に登りたいな」
「・・・それは私に貴女を背負ったまま木に登れと仰ってます?」
「仰ってます。さ、行ってみよー」
アメティスタのその言葉に少し肩を落しながらも彩女は大木に手をかけた。
彼女たち神姫の身長からしてみれば大木はもはやバベルの塔である。落ちればひとたまりも無いが彩女は器用に登っていく。アメティスタはしっかりと彩女にしがみ付き、徐々に高くなっていく視界を楽しんでいた。
「・・・あ、そこの枝とかいいんじゃない?」
「あそこは駄目ですよ。鳥の巣がありますから」
彩女はそういうと反対側の枝に乗る。
落ちないようにアメティスタを支えながら下ろすと軽く深呼吸をした。
「・・・凄いね。こんなに高いところに登ったのは初めてだよ」
アメティスタは目の前に広がる緑の景色を見ながら嘆息した。
「何が見えるという訳ではないのですが、普段とは違った視点を見るのも悪くないでしょう」
アメティスタの隣に座りながら彩女が言う。
それきり二人は景色に見入り、しばらく無言の時間が続く。
「・・・ね、もしもの話だけどさ。・・・彩女は、記四季さんが死んじゃったらどうする?」
「―――――――え?」
心地よい沈黙を破ったのは、彩女にとって予想だにしない言葉だった。
彩女は思わずアメティスタの方を見る。彼女は目を細め、まるで遠くの何かを見ているような表情だった。
「いやもしもの話だよ? もしも・・・記四季さんが彩女よりも先に死んじゃったら、彩女はどうする?」
「・・・その、どうする・・・と・・・言われても・・・」
彩女は答えに詰まる。
考えたこともなかったが、記四季は高齢である。それを考えるといつ逝ってもおかしくはない。無いのだが・・・彼女はそれを認めたくなかった。
「・・・判り・・・ません。主の後を追うべきなのか・・・しかし・・・」
考えれば考えるほど深みにはまり思考は沈殿する。
恐らく殆どの神姫は考えることもないだろう。主の死後、自分はどうするべきなのか。その答えが・・・彩女には判らない。
「・・・そっか、もういいよ。馬鹿な質問してごめん」
何事も無かったかのようにアメティスタは彩女に向かって微笑む。
・・・この質問に満足の行く回答なんて無いだろう。アメティスタ自身も答えることが出来なかったからだ。
「そういえばさ、明日だよね。彩女の誕生日」
「あ、はい。・・・誕生日とは言っても起動した日なんですけれどもね」
突然の話題転換に戸惑う暇も無く彩女は答える。
「明日で丁度、一歳になります」
「ん、そっか。まだ一歳か・・・ボクなんか二歳だよ」
そういってアメティスタは笑う。
何となく自分のほうが年下に思えていたのだ。それは多分、彩女が真面目なせいだろう。
「そういえば年上でしたね。すっかり忘れてましたけど。・・・そういえばアメティスタ。貴女は主といつ知り合いました?」
ふと、彩女はアメティスタに言う。
「ん? ボクがこっちに来てすぐだよ。ちょうど二年と少し前、かな」
「・・・そうですか。でしたら・・・主の奥様の事をご存知ありませんか?」
「・・・・・・」
彩女のその言葉に、アメティスタは少し困ったような顔をする。
“あやめ”の事は、いずれ記四季自身の口から言うべき事と思っていたからだ。
これは自分が言うべき事ではないし、自分の口から彩女が知ることではないと。
「・・・ご存知なのですね」
未来を視ておけばよかった。
アメティスタは迂闊な自分を少しだけ呪う。
もうこうなっては知らないと言い逃れは出来ない。
「知ってるよ。知ってるけどさ・・・彩女はどうして興味を持つの?」
「・・・それは。・・・主の書斎で写真を見つけて・・・それに書かれていた名前が・・・」
「キミの名前だったと。・・・確か前に聞いた話じゃ、書斎は立ち入り禁止だったよね」
アメティスタの言葉に彩女は銀の耳を伏せる。
いくら記四季の身を案じていたとはいえ、その命を破ってしまったことを恥じているのだろう。
「・・・しょうがないな、彩女は。悪い子だ」
「・・・返す言葉も御座いません。ですが、ご存知なら何か・・・教えていただけませんでしょうか」
普段から丁寧な彩女の口調がますます丁寧になる。
言葉こそ本当に丁寧で懇願口調だが、その裏には強い想いが隠されている。
「・・・“あやめ”さんはね」
それを感じ取ったアメティスタは、一拍の間をおいて語りだした。
「先天性色素欠乏症・・・アルビノだったんだ。詳しいことは知らないけど・・・合併症がどうとかで、記四季さんと二人でここに越してきたときはもう末期でね。一年前に亡くなった」
ボクが知っているのはこれだけ、とアメティスタは手を広げる。
その答えに彩女は・・・なんともいえない表情をしていた。
望むものが手に入った喜びと、それが何を意味するか判らない悲しさと・・・あとは何だろう。アメティスタには判らない。
しかし、その表情だけで・・・彩女自身すら気づいていなかった不安を、アメティスタは見抜いた。
「・・・ただ一つ、言える事があるよ。彩女、キミは“あやめ”さんの代わりじゃない。キミはキミで、彼女は彼女だ。記四季さんはちゃんとキミを ―――彩女を見ているよ」
「―――――――――そうか。・・・そうですよね。私は私・・・か」
彩女はそういって俯いていた顔を上げる。
そこには先程までの影は無く、心配事が杞憂に終わった清々しさだけがあった。
「そゆこと。彩女は気にしすぎなんだよ。・・・さて、木の上も堪能したし・・・記四季さんの書斎に無断で入っちゃった悪い狼に・・・お仕置き、したいな?」
いいながら、アメティスタは彩女の腰に手を回す。
「う・・・きょ、拒否権は・・・」
「無いよ」
「も、黙秘権・・・」
「あるけど無駄だよ。すぐに喋りだすからさ・・・」
「え、あ、ちょ・・・・ん・・・」
そのままアメティスタは彩女を押し倒し・・・そこから先は生い茂る葉に阻まれ見ることは出来なくなった。