すとれい・しーぷ009
大学の敷地を飛び出し、家路についたオーナーは尋常でない速度で家までたどり着いた。
オーナーは決して身体が弱いわけではない。運動神経だって人並み程度にはあるのだ。
そう再確認していると、オーナーの自室に着いたようだ。
勢いよく扉を開くと、そのままフラフラとベッドに倒れ込みぜぇぜぇと荒い息を整えている。
オーナーは決して身体が弱いわけではない。運動神経だって人並み程度にはあるのだ。
そう再確認していると、オーナーの自室に着いたようだ。
勢いよく扉を開くと、そのままフラフラとベッドに倒れ込みぜぇぜぇと荒い息を整えている。
「オーナー・・・あの、大丈夫・・・ですか・・・?」
恐る恐る、壊れ物を扱うか如く、ベッドに伏せたオーナーの首筋に触れると、それは真っ白な見た目とは裏腹にものすごい熱を帯びて脈打っていた。
伝う汗すらも温かく、もはやそれは体温調節の意味を成していない。
わたしはそっとオーナーの顔の前に移動して、その綺麗な御顔を覆い隠すサングラスをそっと外す。上昇した体温によって曇ったグラスはやはりオーナーの視界を妨げていたようで、荒々しい息を吐き続けながらもわたしの頭を人差し指の腹で撫でてくれた。
伝う汗すらも温かく、もはやそれは体温調節の意味を成していない。
わたしはそっとオーナーの顔の前に移動して、その綺麗な御顔を覆い隠すサングラスをそっと外す。上昇した体温によって曇ったグラスはやはりオーナーの視界を妨げていたようで、荒々しい息を吐き続けながらもわたしの頭を人差し指の腹で撫でてくれた。
「ん、大丈夫・・・少し驚いただけ、だよ」
指先の心地よい温もりと相まって、そのたおやかな声はいっそう美しいものに聴こえる。
わたしはやはり、オーナーが好きだ。
それは忠心であり、感謝であり、憧れである。普通の神姫と一緒。
一つだけ、違う感情も混ざっているが、このことがオーナーに知れれば、きっと迷惑になる。だからわたしはいつも口を閉ざすのだ。
神を愛す。神に愛されたいと願う。なんとも不遜ではしたない感情だろう。
わたしはかぶりを振ってその疚しい考えを振り払うと、努めて冷静にオーナーの瞳を覗き込む。
黒い。黒い。澄んだ色。
まるでわたしの心を映しているようで、思考回路がちりちりと痛んだ気がした。
しかし、なぜ紅は突然学校を休んで買い物など?
わたしの頭には、憤りと疑問が同居し少しだけ熱を持っているような気がした。
オーナーを困らせた彼が、それでも許されてしまう彼が、とても憎らしく感じて、悔しかった。わたしも神姫でなければ、そうやって奔放に振舞い、オーナーを愛することができたのだろうか?
わたしはやはり、オーナーが好きだ。
それは忠心であり、感謝であり、憧れである。普通の神姫と一緒。
一つだけ、違う感情も混ざっているが、このことがオーナーに知れれば、きっと迷惑になる。だからわたしはいつも口を閉ざすのだ。
神を愛す。神に愛されたいと願う。なんとも不遜ではしたない感情だろう。
わたしはかぶりを振ってその疚しい考えを振り払うと、努めて冷静にオーナーの瞳を覗き込む。
黒い。黒い。澄んだ色。
まるでわたしの心を映しているようで、思考回路がちりちりと痛んだ気がした。
しかし、なぜ紅は突然学校を休んで買い物など?
わたしの頭には、憤りと疑問が同居し少しだけ熱を持っているような気がした。
オーナーを困らせた彼が、それでも許されてしまう彼が、とても憎らしく感じて、悔しかった。わたしも神姫でなければ、そうやって奔放に振舞い、オーナーを愛することができたのだろうか?
日も傾きかけた頃、寝台に身体を横たえていたオーナーの携帯電話が鳴った。
オーナーが休んでいる間も、数回鳴っていたが、それらとは違う音楽。
普段のオーナーからは考えられないような緩慢な動作でそのディスプレイを確認すると、
彼女の端整な顔が僅かに歪んだ。
なんとも言えない気だるそうな表情。一体何があるというのか、わたしは息を呑んだ。
些細なオーナーの動きでも、わたしはいまだに身構えてしまう。
もし、また倒れたりしたら大変だ。オーナーは必要以上にわたしの事を気遣ってくださるのだが、自分の事は無頓着…というよりは、限界を迎えるまで決して口はおろか、態度にも出さない。
信用がない、と言われてしまえばそれまでだが、わたしはそれを試練と捉えている。
オーナーの隣にいる権利。黙っていても、オーナーの事がわかるようになる。
それはきっと、最も理想とされる神姫とそのオーナのあり方なのだ。
オーナーが休んでいる間も、数回鳴っていたが、それらとは違う音楽。
普段のオーナーからは考えられないような緩慢な動作でそのディスプレイを確認すると、
彼女の端整な顔が僅かに歪んだ。
なんとも言えない気だるそうな表情。一体何があるというのか、わたしは息を呑んだ。
些細なオーナーの動きでも、わたしはいまだに身構えてしまう。
もし、また倒れたりしたら大変だ。オーナーは必要以上にわたしの事を気遣ってくださるのだが、自分の事は無頓着…というよりは、限界を迎えるまで決して口はおろか、態度にも出さない。
信用がない、と言われてしまえばそれまでだが、わたしはそれを試練と捉えている。
オーナーの隣にいる権利。黙っていても、オーナーの事がわかるようになる。
それはきっと、最も理想とされる神姫とそのオーナのあり方なのだ。
「オーナー。どう、されましたか…?」
遠慮がちに問うたわたしに向かい、オーナーは、まだ眠たそうな眼を数回開閉し微笑んだ。
しかしその表情はいつもの優しい笑みでなく、やはり気だるそうだった。
しかしその表情はいつもの優しい笑みでなく、やはり気だるそうだった。
「でかける予定、できちゃった」
ため息交じりに携帯のディスプレイをわたしに向けると、オーナーは部屋着を脱ぎ捨て、おとなしい黒のワンピースを掴んだ。
画面には、絵文字や顔文字といった装飾はなく、カタカナのみの奇妙な…よく言えば、簡素な文面が映し出されていた。
“神姫ヲ用意シテEDENマデコラレタシ”
画面には、絵文字や顔文字といった装飾はなく、カタカナのみの奇妙な…よく言えば、簡素な文面が映し出されていた。
“神姫ヲ用意シテEDENマデコラレタシ”
空のグラデーションが美しく映える中、オーナーとわたしは、商業区へと足を運んでいた。
ちょうど帰宅時間なのだろう、会社勤めのサラリーマンと何度もすれ違う。
夕方のゆっくりとした時間の流れに身をゆだね、オーナーは急ぐこともなく、ゆるりゆるりと歩えお進めている。
ちょうど帰宅時間なのだろう、会社勤めのサラリーマンと何度もすれ違う。
夕方のゆっくりとした時間の流れに身をゆだね、オーナーは急ぐこともなく、ゆるりゆるりと歩えお進めている。
「あの、オーナー、EDEN…とは、何処なのですか?」
まさか危険な場所なのでは。わたしの脳裏に一抹の不安が過ぎる。
巷では、裏バトルや、賭けバトルといった非合法的な神姫バトルが開催されている
と聞く。中には大金を賭けたバトルもあり、掛け金のなくなった女性は自分の身体を賭けるのだとか…。
強者にとってはまさにEDEN、天国というわけだ。
顔を真っ青にして身震いするわたしを見つめ、オーナーは首を傾げている。
巷では、裏バトルや、賭けバトルといった非合法的な神姫バトルが開催されている
と聞く。中には大金を賭けたバトルもあり、掛け金のなくなった女性は自分の身体を賭けるのだとか…。
強者にとってはまさにEDEN、天国というわけだ。
顔を真っ青にして身震いするわたしを見つめ、オーナーは首を傾げている。
「私も顔を出すのは2年ぶりになる、かな…昔はよく行ったのだけれど」
遠くを見るようなオーナーの黒い瞳が記憶の遥か底の暗い思い出を映し出したような気がした。やはり、賭けバトル場か。
確かに、わたしを起動したせいで、オーナーにかかる金銭的負担は大幅に増えたに違いない。
メンテナンスの工具代、消耗品、電気代etc...
確かに、わたしを起動したせいで、オーナーにかかる金銭的負担は大幅に増えたに違いない。
メンテナンスの工具代、消耗品、電気代etc...
「オーナー、やめましょう!わ、わたし…、わたし、オーナーのためなら眠ったままでもいいですから!そんな事したら、ご両親が悲しみます!!そんな事をしてまで、お金に困ってるなら、わたし……!!」
眠ったまま、永遠の時を過ごしてもいい。
本心だった。でも、何故こんなに涙が出るのだろう。
火照った回路を沈めるために瞳から止め処なく流れる冷却液の理由をわたしは知っていた。
悲しいという感情。怖いという感情。なにより、オーナーに迷惑をかけている自分への憎しみのため。
本心だった。でも、何故こんなに涙が出るのだろう。
火照った回路を沈めるために瞳から止め処なく流れる冷却液の理由をわたしは知っていた。
悲しいという感情。怖いという感情。なにより、オーナーに迷惑をかけている自分への憎しみのため。
「それは違うよ、ルキス」
泣き続けるわたしの頭をいつもの優しいオーナーの指が撫でる。
そして、彼女はまるで謳うかのように続けるのだ。
そして、彼女はまるで謳うかのように続けるのだ。
「私はルキスと一緒に居たいから、お金が欲しいんだよ。ルキスがいないと、もうダメなんだ。…確かにキミの言うとおり、こんな事してまで、って思うよ。でも、父さんも、母さんも、きっと好きにしなさい、って言ってくれると思うから」
涙が止まらない。オーナーを止めることのできない自分が不甲斐なくて、滝のように流れる冷却液は、オーナーの肩を濡らした。
EDEN
チューブライトで装飾されたその看板は商業区の一角の小さな店にかかっていた。
まるで海外ドラマに出てきそうな小粋なバーだった。
微かに開いた扉からは僅かだが酒の香りと喧騒が聞こえてきた。
危ない場所。わたしの回路がアラートを鳴らし始める。オーナーを中に入れてはダメだ。
チューブライトで装飾されたその看板は商業区の一角の小さな店にかかっていた。
まるで海外ドラマに出てきそうな小粋なバーだった。
微かに開いた扉からは僅かだが酒の香りと喧騒が聞こえてきた。
危ない場所。わたしの回路がアラートを鳴らし始める。オーナーを中に入れてはダメだ。
「オーナー、か、帰りましょう!まだ間に合います。考え直してくだ……あぁ!!」
わたしの声を聞くなり、オーナーは得も言わせぬ微笑をわたしに向けた。
その優しい笑顔はズルイ。言葉を失ったわたしをもう一度撫でてから、オーナーはついにその扉をくぐってしまった。
刹那、耳に飛び込んできたのは空を割くような破裂音。俗に言う銃声、というものだろう、わたしは反射的に目を閉じてしまった。
しばらく間があって、顔にくもの巣のような細い繊維が絡まる。
おそるおそる目を開けると、そこにあった光景は。
その優しい笑顔はズルイ。言葉を失ったわたしをもう一度撫でてから、オーナーはついにその扉をくぐってしまった。
刹那、耳に飛び込んできたのは空を割くような破裂音。俗に言う銃声、というものだろう、わたしは反射的に目を閉じてしまった。
しばらく間があって、顔にくもの巣のような細い繊維が絡まる。
おそるおそる目を開けると、そこにあった光景は。
『神姫バトル復帰おめでとう!!!!』
紅、碧、メル、ラン、ライア、端整な顔立ちの夫婦と思われる男女、その他諸々。
彼らは全員、蓋の開いたクラッカーを手に笑っている。
まさか。ひやり、とわたしの頬を冷や汗が伝う。
彼らは全員、蓋の開いたクラッカーを手に笑っている。
まさか。ひやり、とわたしの頬を冷や汗が伝う。
「すまんな、瑠璃。今日は学校に行けなくて。朝お前の母親に捕まってな…」
「久しぶりだな、瑠璃、ルキス!元気だったか?」
「この前のバトル、すごかったみゅ!復帰おめでとうなんだみゅ!」
「…………おめでと」
「ランちゃんノリが悪いじゃん!せっかくの祭りなのにさわがにゃそんじゃん!!」
「久しぶりだな、瑠璃、ルキス!元気だったか?」
「この前のバトル、すごかったみゅ!復帰おめでとうなんだみゅ!」
「…………おめでと」
「ランちゃんノリが悪いじゃん!せっかくの祭りなのにさわがにゃそんじゃん!!」
わたしは思い知った。自分の想像力、いや、妄想力のすごさを。
オーナーをちらりと見ると、先程までの気だるそうな表情とはうって変わって、照れたような、くすぐったいような、頬を蒸気させ俯き気味に笑っていた。
そんなオーナーの表情を見て、笑みをこぼしたのが、夫婦の奥方。
何処となくオーナーに似た雰囲気の優しい表情で笑うと一歩前に出て、オーナーの頭を撫でた。
オーナーをちらりと見ると、先程までの気だるそうな表情とはうって変わって、照れたような、くすぐったいような、頬を蒸気させ俯き気味に笑っていた。
そんなオーナーの表情を見て、笑みをこぼしたのが、夫婦の奥方。
何処となくオーナーに似た雰囲気の優しい表情で笑うと一歩前に出て、オーナーの頭を撫でた。
「本当におめでとう。あなたの笑顔を見たの、どのくらいぶりかしら?ねぇ、お父さん?」
たおやかな声に導かれるように旦那様はゆっくり頷く。
オーナーはそれを見てまた照れくさそうに笑うと目を閉じた。今までに見たことのないくらい安らかな表情で。
オーナーはそれを見てまた照れくさそうに笑うと目を閉じた。今までに見たことのないくらい安らかな表情で。
「ありがとう、母さん、みんな」
歓声の中、宴会は朝まで続いた。
鳥の囀る頃、またわたし達は歩き出す。
先の見えない、けれど暖かいであろうその場所に向かって。
鳥の囀る頃、またわたし達は歩き出す。
先の見えない、けれど暖かいであろうその場所に向かって。
To be continued...
おまけ
「母さん、仕送りいれてくれないと、今月生きていけない。今日、本当はこれを言いにきたんだけれど」
「母さん、仕送りいれてくれないと、今月生きていけない。今日、本当はこれを言いにきたんだけれど」
「…」
「ルキスに親不孝って怒られたよ。やめたほうがいいかな、一人暮らし」
「好きにしなさい」
。
next
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